その後4
2006年2月15日、DVD発売になりました。
よかったです。
見本にワンセットもらいましたけど、
もったいないので、封も切っていません。(´・ω・`)
その後3
宝くじと艇庫解体
ここだけの話ですが、
宝くじ、昨年末に30枚購入しました。
3億円、当たったら、艇庫を移築&改装&保存して、
いろんな理由で学校に行けない人のクラブ活動の場として
しゃべり場(NHK)ならぬ「たまり場」にできないかなあーと
そんな夢のようなことを考えていました。
クラブのためだけに通うのもアリだと思って。
・・・・(´・ω・`)・・・・・
(´・ω・`)でも当たりませんでした。(´・ω・`)
・・・・(´・ω・`)・・・・・
松山第一高校の艇庫は、2006年1月10日頃から解体されました。
ドラマのファンのみなさま、申し訳ありません。
私がふがいないのも、解体という結果になった一因です。
おもしろい続編が書けていたら・・。
いろいろ構成は立てて、書きかけてみましたが、
別の話になっていくから
あれはあれで終わっていいのかなあ・・・。
m(_ _)m
(2006年4月7日)
その後2
視聴者の方からさまざまなご希望があるのは私もさまざまな掲示板で拝読しています。
2005年10月現在、DVD、スペシャル続編その他のお話は残念ながら一切ありません。
私のほうからは重松圭一プロデューサーと関西テレビさんに判断を一任しています。
大三島の艇庫は期限を限って建設許可を受けているそうですが、
2005年末まで延長するそうです。(2005年10月20日)
その後1−2
杏さんからの手紙
重松プロデューサーから、いろいろ撮影グッズをもらいました。
松山第一高校のジャケット、
スポーツ・タオル(実は携帯で懸賞に応募してはずれた)、
もったいなくて、使えません。
そしてなんと、主演の鈴木杏さんの手紙。
これはお礼を書かねばと思ったのですが、
力が入りすぎて妙な手紙にってしまったなあ。
杏さん、ごめんなさいね。
ヘンな人だなあと思ったでしょうね。
お仕事も受験勉強も、がんばっていきまっしょい。
他のメンバーには、ありがとうのカードを買ったまま、
出せませんでした。
感謝の気持ちを言葉にするのは難しいです。
(2005年10月20日)
その後1−1
重松圭一プロデューサーがわざわざ新潟まで挨拶に来られました。
鍋茶屋さんで、私と夫と三人でお昼を食べました。
おいしいものも召し上がってらっしゃるでしょうけど
「コンビニ弁当しか食べてないんで・・」と言ってくれました。
重松さんは一滴もお酒を飲めません。
本当に誠実な、まじめな方でした。
新幹線の駅までお見送りしました。
挨拶して振り返ると、重松さんはまだ深々と頭を下げておられました。
そういえば映画の桝井プロデューサーもお酒は飲みません。
そういえば今回の件でも、桝井さんには、いろいろ相談に乗ってもらいました。
私・・というか、私の娘、「がんばっていきまっしょい」は、
いい人といい出会いをしています。感謝感謝です。
(2005年10月某日)
ドラマの放映が終わって
最終艇、無事に放映、終了しました。これでやっと心静かに過ごせます。
制作に関わった全てのみなさん、ほんとうにお疲れ様でした。
たくさんの方が見てくださいました。
番組公式ホームページ、いろんな掲示板など、批判もありましたけど、
これだけ興味を持ってドラマを見てもらえたこと、心から感謝します。
番組の中でテロップが出たかどうか覚えてないのですが、
このお話は全てフィクション=作り話です。
私の実体験もありますが、
現実は原作とは違うし、映画もドラマも原作をさらに展開させています。
(たとえ私小説であっても、小説は書いた瞬間、虚構にシフトします。)
この話は、私の願望の寄せ集めです。
後悔だらけの高校生活を、私はこの小説を書くことで、やり直しました。
私はマイナス思考&バリバリ後ろ向きで、がんばりのきかない人間です。
長期間、休部になっていた女子ボート部を復活させたのは、ひとつ上の学年の先輩。
その代の試合結果はまずまずでした。
その先輩は現役で志望大学に合格、順当に結婚、出産して、今もバリバリのキャリアウーマンです。
鈴木杏さんの演じた悦子は、その先輩そのものでした。
内面は繊細でありながら、前向きなパワーにあふれてて。
テレビなので悦子の明るさが全面に出るといいなと思っていたのですが、
イメージにぴったりの悦子でした。
演じていることを感じさせない、自然な演技にひきこまれました。
特に第四艇ラスト、「最後まで漕ごう!」、印象に残っています。
田中麗奈さんが好演した映画の悦子は、私に近いでしょうか。
私は、高校 入学当初、バドミントン部でした。
ひと月で練習についていけず退部してぶらぶらしていたところ、
同じクラスに唯一の男子の一年生部員がいて、ボートレースの時に試しに漕がしてくれました。
それで、なんかできると勘違いしたんですね。
その後、唯一の女子部員に誘われ、艇庫に遊びに行き、あたたかく迎えてもらい、入部しました。
学校にも家にも居場所がなかったし、私を必要としてくれてるのは女子ボート部だけだったから。
実際の部員は、運動部の経験のある人とない人が半々でした。
私は一年、二年は補欠、レギュラーになってからはコックスでした。
コックスなのに冬の陸トレでぎっくり腰になりました。今だに腰が悪いです。
実際は、腰を痛めると動くこともできないし、ボートは漕げません。
レース中、漕ぐのをやめると失格、伴走は禁止だったと思います。
私の父は電気工事士でした。気難しく愛情表現が下手でした。
私が23才のとき、亡くなりましたけど、ついに心の底からの和解はなかったですね。
なんで悦子の家はクリーニング店かといいますと、
幼いころ、よく遊びに行った親戚の家がそうだったからです。
また、おばあさんが悦子の心のよりどころとして登場しますが、
私がものごころついたとき、母方、父方、両方の祖母ともに亡くなっていました。
母方の大叔母がふたりいて、私を可愛がってくれました。
また、私に姉はいません。しっかり者の妹がいます。
松山東高校から京都大学に進学した憧れの存在は従姉でした。
同じクラスだった唯一の男子部員は、小・中学校とも別で、
幼なじみでもないし、恋愛関係もありません。
最終艇の関野ブーと悦子の別れ、「ドラマのほうが良かった」というご意見が多いですが
この部分、単行本にはありましたが、文庫本の校正の段階で、
わざとらしい場面に思えたので、削りました。(´・ω・`)
以下、転載します。
*マガジンハウス版単行本(絶版)197〜198ページ
(関野ブーが商船大学に合格したことを告白、悦子のモモちゃんと関野ブーの誤解がとけ・・)
>関野ブーは急に真顔になった。
>「俺は、悦子のこと、ずっと見てきた」
>どきんとした。悦子と呼ばれたのは初めてだった。誰か別の女の子のように感じる。
>「これからも、ずっと、大勢の人間にまぎれても、俺は悦子のことだけ、見とる」
> 何か喋ろうとしたら、関野ブーは、いきなり悦子を肩でひきよせ、抱きしめた。
>大きく厚い胸だった。関野ブーの唇が、そっと髪に、そして額に触れた。
>まるで何か大切な宝物をいつくしむように。
>次の瞬間、はじかれたように関野ブーは悦子から離れ、すっと手を差し出した。
>月明かりの下で、ふたりは不器用に握手した。
>関野ブーの掌はごつごつして、熱かった。
>「お前はここに残るんか」
>「ここにはおらん」
>関野ブーはそれ以上、質問を重ねなかった。
>「誰か側にいて欲しくなったら、いつでも連絡してくれ」
>渡されたメモには、寮の住所と電話番号が書いてあった。
>「いつでも、どこにおっても、とんでいく。それだけは約束する」
>関野ブーはまっすぐ悦子を見ていた。
>「じゃあな」と言い、関野ブーは白い明かりのついた商店街をゆっくりと歩いていった。
>悦子にはまだよくわからなかった。誰かを好きになるというのは、どういうことなのか。
>大人の階段は昇るというより、深い地下室におそるおそる降りていくような感じがした。
この場面、さらっと自然で、それでいて印象に残るいいシーンになりました。監督、ありがとうございました。
錦戸亮さんはその役の心理状態を、目や表情で表現できる役者さんですね。
私も一生に一度、こんなこと言われてみたいもんです。
なんで削ったかというと、私なりの判断があったんですけど、
正直、文庫が出た直後、削りすぎたと思いました。(´・ω・`)
ドラマにするならこの場面は必要だと思いました。
ドラマの脚本には、単行本にあったシーンも入れてもらっていいですよ、とプロデューサーさんにお伝えしました。
単行本ですが、残念ながら、マガジンハウスさんとの出版契約を切ったので再販の可能性はありません。
ネットの古本屋さんか図書館で探していただければ幸いです。
原作者って、どんな感じかといいますと、
私はまるで月面から地球のできごとを眺めているような、
木の陰に立って飛雄馬を見つめる姉・明子のような。(´・ω・`) 何もできないんですよね。
事前に確認のために脚本が届くんですけど、その段階で読んで泣き、放映を見て涙し。
いつのまにか、原作者という立場を忘れて、なんか一生懸命に見てました。
ボート部の同期だけでなく、同じ世代の知人から、
いろんなことを思い出したという感想をもらいました。
またボートを漕ぎたくなった、という感想もありました。
私も同じ気持ちです。
いろんなことを乗り越えられたのは、重松プロデューサーのふんばりがあったからこそですね。
最初から最後までお世話になりました。これからも娘(このドラマ)をよろしくお願いします。
監督さん、金子ありささん、ほんとに大変だったですね。一回一回、感動のある脚本と演出、感謝します。
アシスタントプロデューサーの豊福さん、女優さんたちのマネージャーのみなさん。
先輩や同期がロケにお邪魔した節は、大変お世話になりました。
相手になってくれて、ほんとにありがとうございました。
みんな1000%、ドラマを満喫しておりました。
スタッフのみなみなさま。
熱中症にならなくて良かったー。怪我、火傷、事故、過労死、なくて良かったー。
ふるさと愛媛をきれいな映像におさめてくださって、ありがとうございました。
特に編集の方々!徹夜ご苦労様でした。
そしてそして、役者さんたち。熱演、ありがとうございました。
メインの五人の女優さん、二人の男優さんはじめ、ベテランの方々はもちろん、
男子ボート部の先輩たちが、回を追うごとにキャラが立ってきて、
ひとりひとり存在感が出てきて、それを拝見するのも楽しみでした。
おひとりおひとり、私の印象に深く残っています。
再放送、DVD、シナリオ付きピクチャーブック、続編、スペシャルを望む視聴者のみなさんのご要望、
原作者の私も、大事に受けとめています。
メディア化に関しては、関西テレビさんからご相談があったら、考えます。今のところ、何もないですが。
小説の続編に関しては、私としては『明日は明日のカキクケコ』(マガジンハウス刊)を、そう思って書いたんですけど。
そのままだと芸がないので、主人公の設定を変えたから、続編とは読めないようです。(´・ω・`)
斎藤美奈子さんのリクエストもあったので、まったく同じ登場人物での続編も何パターンか書きかけています。
評価してくれる出版社があれば世にでるかもしれませんが、今のところ、出版の可能性は全くないです。
ドラマと映画に関しては、続編の提案はありません。
ドラマの場合、五人の進路と私の原作の進路が合ってないので、小説の続編と一致しないですね。
いずれにしても全く未定です。
先日、改めて映画を見直しました。じーんときました。
映画もドラマも、私は運がいいですね。
ではまた、いつかどこかでお会いしましょう。 Someday, somewhere, by chance.なんちって。
制作に関わったみなさま、出演者のみなさまの、今後のご活躍をお祈りします。
敷村良子(2005年9月19日)
ちょっとだけロケ見学
5月某日、ロケ現場にお邪魔してきました。
ちょうど最初の新人戦の試合を撮影中で
出演者のみなさん、スタッフは、早朝7時に出艇したきり上陸してないという話でした。
私がいた午前10時から11時半まで、休みもとらず、ほぼずっと撮影してました。
遠くからそっと見て帰りました。
映画のときも、大掛かりな撮影で、びっくりしましたが、
今回はそれ以上で、関西テレビさんがどんなに力を入れているか、実感しました。
拙い原作なのに、ほんとにありがたいことだと思います。
今治市内の現役ボート部選手のみなさん、
対岸でじっと待っていたエキストラのみなさん、お疲れさまでした。
地元のみなさんやボート部OGも喜んでくれていて、
原作者としてはそれがいちばん嬉しいです。
(2005.6.2)
いよいよ
「がんばっていきまっしょい」が関西テレビでドラマ化されることになりました。
まだ会ったことのないボート競技のOB--宇和島東でシングルスカルを漕いでいた人が、
この小説をプロデューサーに勧めてくれたと聞いています。
世の中に優れた小説はいろいろあるのに、発表して9年にもなるこの小説がテレビドラマになるなんて、
ホントに、人生、何が起こるかわからんもんです。 原作というより、映画の力が大きいと思いますが、
この物語が、私の知らないところで大事に思われているのは、すごくすごくありがたいことです。
ドラマ化の承諾を出すまでには、頭がおかしくなるくらい--まあいつもちょっとおかしいんですが--真剣に悩みました。
お願いしたって実現することじゃないので、贅沢な話ですが、正直言って、いじって欲しくないという気持ちがありました。
これが自分の書いた他の作品なら、ここまで悩まなかったと思います。
---それほど私にとって大事な思い出が入っている小説なのかもしれません。
嬉しいはずなのに辛いこの気持ちは、誰にでもわかってもらえる種類のものではないと思っています。
これが友だちの話だったら、夫と同じように「めでたいことやんけ」と言えると思います。
とはいえ映像化の影響力は大きいもの。ドラマになるなら文庫化してもらえるという話。こんな話もう二度とないかも・・。
それに、なんたって、愛媛県や松山市のPRになるのは間違いありません。
映画のときも、映画のファンクラブができ、みなさんでロケ地を訪問してくれました。ましてやテレビの地上波です。
愛媛県は映画「船を下りたら彼女の島」(磯村一路監督)まで作ったほどで、県も松山市もロケ誘致に力を入れてます。
松山市民の税金でいただいた「坊っちゃん文学賞」。ぐるぐる考えは同じところを回り・・・。ぐずぐずと悩んだ結果、
プロデューサーを信じてお任せすることにしました。脚本は金子ありささんです。
三宅監督や鈴木杏さんはじめ、みなさんの力で、きっと原作以上のドラマになることでしょう。
(鈴木さんの舞台を見た演劇関係の友人が「彼女は凄い」と言ってくれました。)
ボート部の先輩も松山東高校はじめ地元のみなさんもドラマ化を歓迎し、盛り上がっているそうです。
原作者としては、それが何よりも嬉しく、ドラマ化をお受けして良かったと思います。
どなたにも事故や怪我のないよう、無事ロケが終了するよう祈りつつ、遠くからそっと見守りたいと思います。
がんばっていきまっしょい。
2005.5.27
敷村良子
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