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| 『会社の歴史』 |
創業は昭和11年。父の故・義一が糀の専門店として、当大月市内に店を構えました。父はそれまで、長野県岡谷市の製糸工場に勤めていましたが、自分で商売を始める準備をしようと、製糸工場近くのみそ工場で糀のことを勉強。そして本場の技術を習得し、帰郷しました。
私は昭和45年ころから父の仕事を手伝い始め、50年に現在地に店を移して、独立しました。味噌を導入したのもその頃です。農家の兼業化が一層進み、大豆を作っているところでも、各家庭でみそを作ることが少なくなりました。それまでの糀の得意客が、「吉村さんのところで味噌を作ってもらいたい」と、自分のところでとれた大豆や米を持ってくるようになったのが始まりです。
味噌作りは父に教わりながら始めました。その後、全国各地を回るこうじ商に聞いたり、自分で各地を回って技術を磨きました。大豆を一晩水に浸した後、@水を入れて煮る方法A水を抜いてふかす方法ーの両方の利点を取り入れ、大豆の他には、「塩・こうじ」だけを入れ、製品として出すまで一年以上寝かせます。当然、食品添加物は一切入っていません。 |
| 『方針』 |
大量生産される市販の味噌には、発酵を止めるためのアルコールやソルビン酸が使われているものがあるという。そうすると香りがなくなるため、化学調味料を入れざるを得なくなる。中には、発酵が進んで色が濃くなり過ぎないように、漂白剤を入れるものまであるという。
大豆につぃては当初、国産大豆と輸入物の両方を使っていました。国産物が輸入物に比べ倍以上の値段だったためです。しかし、輸入物はたんぱく質の含有量が少ないため「パサパサしたみそができる」と、国産の転作大豆に限ることにしました。
現在では、糀と味噌の需要はほぼ半分ずつ。味噌は量産のきかない手作りのため、卸売りはせず、直販か直送が中心です。
国道を車で通り、買っていった人が知人に進めてくれるため、全国各地に得意客がいます。東京・八王子方面からも、味噌よりも高い交通費を使って「添加物のない味噌を」と、毎月買っていく人もいます。
将来の抱負は、もう少し店を拡張すること。「これからも研究の余地はまだまだある。そのためにも、もう少し広げたい。そして、一人でも多くの人に、安全な自然食品としての味噌の味を知ってもたいたい!」
今は、お客様に「おいしい!」と言ってもらえることが一番の励みです。今に満足することなく、常により上質な味噌作りに励みます! |
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