平成・奥の細道 二本松から大河原へ
 東京(深川)を出発してから3年目、今回は福島の二本松をスタートし貝田宿で県境を越え、陸奥
 (宮城県)の大河原まで歩いた。見かける陸羽街道の国道標識も300km以上を示すようになった。
 第7回大会 行程
4/29日(祝)
二本松−福島 23km
新小平駅(6:35)=大宮=郡山=二本松駅(9:03)−霞が城公園(9:50)スタート−亀谷観音堂
−智恵子記念館−西光寺−南体育館−共楽公園−福島県庁(16:15)ゴール
4/30日(土)
福島−貝田 28km
福島県庁(8:30)−文知摺観音−ふれあいセンタ−旧伊達郡役所−観月台公園
−貝田駅(16:10)ゴール=福島駅(宿泊)
5/01日(日)
貝田−大河原 28km
福島駅(7:40)=越河小学校(8:50)−越河宿−鐙摺り坂−白石城−大河原公園−
大河原駅ゴール(15:50)=福島駅(17:45)=大宮=新小平駅(19:52)


芭蕉が二本松を経て福島に着いたのは6月
17日、翌日有名な歌枕 信夫文知摺をたずねた。


 
奥の細道 抜粋 『信夫の里』
          
ずり   たづね
あくれば、しのぶもぢ摺の石を尋て、
しの     ゆく はるか
忍ぶのさとに行。遥 山陰の小里に
 
なかば うづもれ      わらべ
石の半土に埋てあり。里の童部来り
        
この   はべりし
て教ける。『昔は此山の上に侍しを、
ゆきき   むぎくさ
往来の人の麦草あらして、此の石を
こころみはべる       このたに
 試 侍るをにくみて、此谷に突き
      
おもて
落とせば、石の面下ざまにふしたり』
 
いう
と云。さもあるべき事にや。
  
さなへ          ずり
  早苗とる手もとや昔しのぶ摺り
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 早苗とる 手もとや昔
        
しのぶ摺り

 <句意>
 早苗とる早乙女たちの手つきを見ていると、 
 昔、しのぶもじ摺りをした手つきもあんなで
 あったろうかと偲ばれる
 4/30 福島市郊外,阿武隈川右岸にある
 文知摺観音に到着
 芭蕉句碑 芭蕉はこの後、阿武隈川の『月の輪の渡し』を越えて飯坂へ  
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 文知摺石、『信夫摺』という染物の型石と
 伝えられている
 4/30 月の輪の渡し辺りからの吾妻連山  4/30 まちのお祭り、鹿踊り 二本柳宿 
 近くで鹿の泣き石の碑がありました
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 4/30 貝田宿、この先で宮城県に入る  5/1 鐙摺り坂、鎌倉に向かう義経の一行
 が馬のあぶみを壊したと伝えられる難所
 5/1 益岡公園(白石城)、宮沢賢治隊
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