| 吉野・喜蔵院から前鬼まで |
| 大峯奥駈道は吉野から熊野まで山上ヶ岳、弥山、八経ヶ岳、釈迦ヵ岳など二千メートル近い山々の尾根を縫うように続いている。奥駈修行は今も行われていて、靡(なびき)といわれるれる拝所で祈りを捧げながら歩きます。 奥駈は吉野を中心に多くの寺院が行っているようですが、右の手形は今回、喜蔵院の修行でいただいた入行之證です。毎日3、4時に出発し、夕方5時頃に宿坊に到着する日程で、3日間歩きました。 | ![]() |
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| 修行日程 地名は靡(拝所)を示しています | |
| 7/1日(土) 移動 | 武蔵小金井(7:38)=東京(8:16/8:36)=京都(11:20/11:43) =吉野(13:53)=吉野山−喜蔵院(14:40) |
| 7/2日(日) 1日目 喜蔵院−山上ヵ岳 |
喜蔵院(3:00)−水分神社−金峰神社ー五十丁茶屋後−二蔵ノ宿 −鍋かつぎノ行者堂−五番関−洞辻茶屋後−鐘掛岩−西ノ覗き −裏行場−大峰山寺内陣(大護摩供厳修)−喜蔵院宿坊(17:20) |
| 7/3日(月) 2日目 山上ヵ岳−弥山 |
宿坊(4:00)−小笹ノ宿−阿弥陀ヶ森−脇ノ宿−経筥石−大普賢岳 稚児泊−七曜lヶ岳−行者還り−一ノ多和−石休場−講婆世ノ宿 弥山弁財天奥の宮=山小屋(16:40) |
| 7/4日(火) 弥山−前鬼 |
山小屋(4:00)=八経ヶ岳−明星ヶ岳−菊ノ窟遥拝所−船ノ多和−峰中 一切霊位回向塔−楊枝ノ宿−仏生ヶ岳−孔雀ヶ岳−縁ノ鼻−釈迦ヶ岳 −深仙の宿−大日ヶ岳−太古ノ辻−両童子岩−前鬼・小仲房(18:34) |
| 7/5日(水) 前鬼−喜蔵院 |
前鬼・小仲房(8:00)=バス=喜蔵院=吉野(15:20)=京都 =東京=武蔵小金井(22:00) |
| 洞辻茶屋(浄心門)で写した大峰奥駈道 |

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| 07/02 3:53 AM2:00起床−3:00出発 夜も明けない吉野水分神社、碑伝奉納、休憩 |
07/02 4:57 金峰神社 ここも碑伝奉納 うまい具合に、疲れたころに休憩です |
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| 07/02 6:58 助四郎尾根を歩く総勢31名です。服装は美しく白衣に袴(鈴懸)、袈裟、念珠を付け、 安全のため皆、金剛杖を持った |
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| 07/02 10:45 五番関(女人結界門) 宗教的な 理由で山上ヵ岳まで、未だ女人禁制が残る |
07/02 13:48 山上ヶ岳の裏行場へ、絶壁に 突き出た岩を廻る時は本当に怖かった |
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| 07/02 16:49 大峰山寺で大護摩焚いて、厳かな雰囲気のなか法要が行われた 碑伝(ひで)を持ち頭巾(ときん)を付けた方が大先達(院主さん)です |
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| 07/03 9:27 稚児泊 早々と昼食を済ませ 今日の宿、弥山(1894m)に向け出発です。 |
07/04 4:41 八経ヶ岳(日本百名山)山頂 豊島、樋口、鈴木(よしえもん)です |
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| 07/04 12:27 釈迦ヵ岳山頂 大先達(院主さん)に、伝説の岡田雅行が 単身担ぎ上げた『釈迦如来』のいわれを聞きました |
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| 07/04 14:00 深仙の宿(聖地) 休憩のあと大日岳の鎖場修行に向かった 岩盤が崩れていて、登り、降り、相当の覚悟が必要でした。 |
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| 07/04 17:16 両童子岩 岩場歩きは山靴より 草鞋か地下足袋の方が安全のようです |
07/05 10:39喜蔵院帰着 先達の法螺吹き師 苦しい時、何時も法螺の音に元気付けられた |
| 先達、野村文雄さんが写しました 07/02 16:50 大峰山での行者問答 迫力ある緊張した問答が続きました。 |
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| よしえもんのひとこと |
| 世界遺産に登録された『紀伊山地の霊場と参詣道』をほぼ歩き、吉野から熊野本宮までの『大峰奥駈道』だけが残っていてどうしても歩きたかった。以前、奥駈は危険で薦められなく止めた方が良いと言われ、自分の年(67才)を考え諦めていました。知人から今年、喜蔵院の奥駆に参加すると聞き、私も迷わず申し込みました。 喜蔵院からの大峰奥駈修行の行程案内をまとめると以下の通りでした。 『期日 : 七月一日(土)〜五日(水) 一日の午後三時に喜蔵院に集合 コース : 逆峰修行 吉野山より入峰し前鬼山まで、前鬼よりバスで喜蔵院まで戻る 会費 : 五五、〇〇〇円 服装 : 鈴懸 または 白衣に袴 一般の人は白色の上下 袈裟、念珠 満行賞(バッチ) 中央(黄色) 不動明王を表す 尚 詳しい行程表と参加名簿は当日受付にて渡します。』 これだけの案内で、リュックの荷物を作り、切符を手配しました。でも、心配なので吉野に早めに着き、服装(袈裟、念珠、杖、網笠)を調えた。新人(新客さん)何も判らず非常に不安だった。 一日目の出立は 2:00 起床 朝食 → 3:00 出立 喜蔵院を出発、日の出前の暗い道を懐中電灯で足元を照らしながらどんどん高度を上げて行き、少し疲れてきたなと思う頃、最初の靡(なびき)に着いた。経を上げ、般若心経を唱え、うまい具合に一休みできます。出発してから1200mH くらい登り 13:30 頃山上ヶ岳に着いた。それから 絶壁の岩場に吊り下げられる西の覗き、次に荷物を置き裏行場に向かいました。絶壁の平等岩を廻るのは自分の手と足で、命がけである。この頃参加したのを少し悔やみました。 二日目、4時出立、痩せ尾根、鎖場は続きますが気持ちよく歩けた。この梅雨どき、珍しく雨に会わなかったが、午後3時頃ひととき、雨が強く降ってきた。弥山の山小屋までの胸突き八丁の坂道、自由歩行になり頑張って43分で登った。(年齢×分=43才相当とか、頑張り過ぎでした) 三日目、4時出立 40分くらいで八経ヶ岳に着いた。ここから釈迦ヵ岳まで見晴らしもよく素晴らしい道が続いた。先達、五人くらいの法螺吹きの美しい音に何度も元気付けられた。2`の重さの法螺貝を持ち、苦しいのに坂道でよく吹けると思います。大先達の『ザーンゲ、ザンゲ(懺悔)』に続く全員の『六根清浄』の唱和が、山登りの小一時間続いた。これは古い絵巻物の世界です。 ウオーク&山歩きとの違い いま私が歩くのは健康のため、生活習慣病防止のためと思っています。今回の奥駈修行は先達に京都、滋賀の講の方も何人か居て昔から続いている生活、歴史を強く感じました。衣服(それは美しい)の形から入り、靡で般若心経を唱え、峰中の歩いている時、法螺の音に元気付けられます。ザーンゲの掛け声に唱和し行場で気力、体力を鍛える、異次元の世界に触れました。 7月5日、帰りの新幹線でやったーと言う気分、体力があれば来年もと思うようになりました。 |