夢街道慕古の旅
| 曹洞宗を開いた道元禅師は宇治に生まれ、越前に入り永平寺を開いた。毎夏恒例の慕古の旅は 道元禅師の往時の足跡をたどる旅で、宝福寺住職・西垣実行委員長を中心に毎年行われている。 この道は街道歩きの名に相応しく大和街道(伏見街道)、鯖街道、若狭街道、丹後街道、北国街道、 永平寺街道を歩く。京都・伏見から福井・永平寺までまで8日間交代で、旗を持ち、笈館を背に250` 禅師ゆかりの寺でお経を上げ、献香(焼香)しながら、また夜は座禅を行う,「禅を歩む」旅であった。 |
| 2004年8月25日(水)〜9月1日(水)コースの説明 | |
| 8月25日(水) 往復24km |
宝福寺集合(14:00)−中書島駅=宇治駅−宇治・興聖寺−宇治駅=中書島駅 −@宿舎(16:30)−夕食後座禅(宝福寺)−@宿舎(就寝) (=電車移動 ) 道元禅師が開創した、興聖寺に笈館を背負い拝登「お経をあげ、献香(焼香)」し また、伏見・寺田屋近くの今日の宿@に戻った。 |
| 8月26日(木) 30km |
宝福寺出発(8:30)−伏見・欣浄寺−伏見街道−建仁寺−円山公園 −知恩院(昼食)−ケーブル八瀬駅−A大原・野田家(16:30) @宝福寺(伏見)から北上、各所で参拝し知恩院で昼食、八瀬駅さらに、しば漬け店 で休憩、今日の宿Aに着く。 |
| 8月27日(金) 36km |
大原出発(8:00)−鯖街道−大原・寂光院前−途中峠・花折峠−坊村・腰越 −朽木・興聖寺−B朽木・笹百合荘到着(17:30) 鯖街道を北上し、途中峠・花折峠通り、朽木・興聖寺で献香、今日の宿Bに着く。 |
| 8月28日(土) 38km |
朽木出発(8:00)−保坂・宝生寺−水坂峠−熊川宿(昼食)−上中− 若狭街道−田上・常在院−岩屋・円成寺−北国街道−C三方・源与門(17:50) 保坂から水坂峠を経て、若狭街道に入り、三方町Cに着く、昨日、今日と 長い行脚が続いている。 |
| 8月29日(日) 27km |
三方出発(8:00)−三方・臥龍院−丹後街道・椿峠−坂尻(昼食)−関峠 −莇生野・幸松寺−松島・永建寺−D敦賀・東条家(16:30) 椿峠から美しい日本海を見る、感動もの。坂尻・砂浜で若狭湾を見ながら昼食。 関峠を通り幸松寺、永建寺に献香し、今日の宿Dに着く。 |
| 8月30日(月) 25km |
敦賀出発(8:00)−栄新町・永賞寺−葉原小学校−木の芽峠口−峠上・顕彰碑 −言奈地蔵−木の芽街道−二ッ屋・追分−今庄・棟岳寺−Eふれあい会館(17:00) 台風が近ずき小雨、木の芽峠・頂上では雨も上がった。北国街道を歩き 今日の宿Eに着く。 |
| 8月31日(火) 46km |
今庄出発(6:00)−湯尾駅(朝食)−脇本宿・顕彰碑−武生・御誕生寺−深草・ 龍泉寺(昼)−新保・宗生寺ー鯖江・万慶寺ー北国街道−F福井・すずや(17:30) 夜半台風は通過したが、朝まだ風は強く土砂降り、脇本顕彰碑まで雨だった。龍泉寺 の昼食時、濡れた靴下を交換した。朝早い出発、マメは出来るし、疲れバテ、バテだ。 |
| 9月1日(水) 20km |
福井・すずや出発(8:00)−永平寺街道−越坂峠−永平寺参道・井上(食事) −永平寺到着(拝謁・焼香・拝観)−完歩記念碑−下山・井上解散(16:00) |
| 初日事務局の宝福寺に集合し 伏見の興聖寺まで往復した。 僧侶の方 は行脚姿で、一般 参加者は普通の歩くスタイルで 8日間の旅を始めた。 一行25名、夕食後午後8時 から宝福寺座禅堂で修行した。 初めての経験、また毎夜行う 座禅終了まで、禁酒だった。 (その後はOKです) 「寺ブーム」などと言われている。 悩みを抱え 「1人で静かに時を過ごしたい」 と言う声が多く宿坊や座禅会が にぎわっているようだ。 教わった座禅の基本 1.素足になる 2.足は両方の足をももの上に 深くのせる。また左足をもも の上に(少し崩しても良い) 3.手で輪をつくり、へその下に 置く 4.口は、舌先を上あごの歯の 付け根につけて閉じ空気が こもらないように 5.目は半眼。閉じずに、視線を 約1m前方に落とす 6.座禅中に眠くなったり、姿勢 が悪かったりしたら警策で 右肩を打ってもらう。自ら進 んで打ってもらう場合も 笈館(宝福寺秘蔵の道元禅師 御頂相)は永平寺まで背負って 行く。結構重く私は30分くらいで 交代を頼んだ。ゆかりの寺に 着くと、仏前に供え般若心経を 唱え、献香した。 木の芽峠は古来より、峠を 越えて京都に向かう人、また 都を出て北陸に向かう人々に とって、急坂の石畳の道、茅葺 の茶屋の印象はことのほか深 かったと思われる。 永平寺を開かれた道元禅師 は病気療養のため、木の芽峠 に至り、高弟の徹通和尚と涙な がらの別れをした。その折 草の葉に かどでせる身の 木の芽山 雲にみちある ここちこそすれ 禅師の思いがこの詠歌です。 道元は再びこの峠に姿を現す ことはなかった。 最後の31日は座禅は無く、長 い旅の疲れを取り、明日の別れ を惜しみ心行くまで、乾杯した。 |
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| 8/25 道元禅師帰国後初めて 開いた興聖寺にて献香 |
8/25 新撰組で有名な寺田家 (京都市伏見) |
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| 8/26 円山公園・荼毘塔 (道元禅師)での献香 |
8/27 朽木の名刹・興聖寺で 庭園の説明を聞く |
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| 8/28 若狭と近江国境に 位置する熊川宿、 |
8/28 若狭街道を歩く、この先は 丹後街道 |
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| 8/30 笈館を背に、風が強いと 旗持ちも大変。栄賞寺 |
8/30 木の芽峠 西垣住職の 説明を聞く |
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| 8/30 峠・道元禅師の碑 お経を上げ、献香した |
8/30 峠・茶屋住人前川さんの 心温まる接待を受ける |
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| よしえもんのひとこと 今回の慕古の旅は永平寺まで 行脚する 「修行ウォーク」の 言葉がぴったりであった。 長距離で、時間が無くなると 歩く早さが6`くらい、アンカー (最後の人)役でやっと付いて 行けた。 このHPを纏めるのに言葉(敬称 とか)使い方が良くわからず、 間違っている時は御容赦下さい。 でも、大変良い勉強になった。 |
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| 8/31武生・御誕生寺にて 板橋老師と西垣住職 |
8/31 福井市内、先頭を歩く 西垣慶峰師 |
京都伏見から福井永平寺まで
