
はじめに |
私は特に文学の研究者でもないし、特別な専門教育を受けたわけではない。ただ、高校時代より文庫本が好きで、あの小さな体裁の中に何の飾り気もなく、無機質に並ぶ活字の世界にただはまりこみ、快感を感じるほどその所有、読破に挑戦していた。
とにかく、ただ本が好きなだけの人間がどのように文学に接し、どのように自分の中で消化してゆくかを記述してゆくことはありそうであまりない。正式な文学史も分類もなにも知らない(後年学んだが)一般の読者の代表として思うがままに語ってゆこうと思う。
最初は、星新一(先日お亡くなりになりました)などをなんとなく、次から次へと劇読した。そのショートショートの簡潔な世界は、読書癖を定着化させるには適役だった。その後、月並みではあるが、夏目漱石、芥川龍之介、森鴎外などごく普通の世界を彷徨ううちに太宰治にはまってしまう。「人間失格」で頭にカウンターをくらったのだ。(こういう人って、多いやろなあ)もともと、漱石の心理描写の世界に浸っていただけに、こういう深層心理の世界には一発でまいってしまう。その後、田山花袋、島崎藤村(大好き!)など一般的に有名な作家はほぼ、読破したと思う。
関西フォークにはまっていたため、プロレタリア文学も一通りは読んだ。小林多喜二、徳永直は特に好んだ。石川啄木にはまりきったのもこの頃だ。詩集を読み始め、そこで、中原中也と出会う。後述するが中也の言葉はショックだった。
素人らしい発想であるが、「新潮文庫100冊の本」という企画があり(今もあるんかな?)この100冊を読みこなす作業も平行していった。しかし、すぐ途中で興味ある作家やテーマが続々と現れ、結局100冊終わるのは大学卒業までかかる。たとえば、遠藤周作。「おバカさん」に代表されるキリスト的無抵抗者(って私が勝手にネーミングした)が出てくる小説は好きだった。「彼の生き方」など涙なくして読めない。小説といえば、石川達三だ。これぞ小説といえる作品群は本当にはまった。「金環食」「人間の壁」は必読だ。そして高橋和巳に出会う。もう狂ったように読みふけった。「憂鬱なる党派」「邪宗門」など3回づつは読んだ(というより、3回くらい読まないとわからんのだ)。すごい知的小説だった。その後ドストエフスキーにはまる下地となった。
文学と平行して哲学系の本もよく読んだ。はっきり言ってよくわからん本が多かったが、実存主義の世界はすっきりと頭の中に入る。ヤスパース、サルトル、ニーチェ、そしてなんと言ってもキルケゴール!有神論主義者の方が実存主義は前向きっぽくていいように感じるのは私だけだろうか?それ以外におきまりの(北杜夫「マンボウ青春期」の影響だ!)デカルト、カント、ショウペンハウエルもかじったが、よくわからなかった。その後、当たり前のように、マルクスの著にはまってゆく。経済学としてのマルクスは古典化してしまったが、哲学書としては最高だと思う。
大河小説と呼ばれる長編も、学生時代しか読めないやろうといろいろ読んだ。「人間の運命」「橋のない川」などはムリしてでも読んでよかった。人生観が本当に変わる。申し訳ないが、吉川英治などの歴史大河小説はすべて、中途挫折した。おもしろくなかったとしかいいようがない。
そして、社会人になってからは、まったくというほど読んでいない。プルーストの「失われた時を求めて」もチャレンジしたが3巻で挫折。今は旧書を思い出したように、読み返すくらいだ。しかし、この読み返しがまた楽しい。社会人として読むのはやっぱり、学生として読むのとは違う。漱石や達三など、新鮮に読める。しかし、あらためて小説や文学の本はもう読まないだろう。このホームページの雑学のコラムに記するようなノンフィクションや実務書、専門書の世界に入っている。現実の方がおもしろいのだ!一時期まるで読まなかったが、ここ7年は毎年150冊〜200冊のペースで読んでいる。もちろん、その中に文学はほとんどない。(そして、最近はパソコンの解説書ばっかり!!)近隣の図書館にはお世話になりっぱなしだ。
ここまで読んでお気づきのように、私は立派な下降志向者だ。どうも、立身出世のストーリーは受け付けない。挫折、自己否定、堕落などのキーワードのある文学を好む。これは変えようのない志向の問題であり、誰から何を言われようとどうにもならない。といっても現実の私は確かに破滅型っぽい行動や思考があるが、はっきりいってただの天心万欄な少年であり、アホな冗談ばかりが噴出する明朗なおっさんでもある。文学の思考と現実の私のギャップはなかなかまわりに理解されないし、されようとも思わない。私はどんな角度で見ても私なのだ。
後にユングなど深層心理学にはまるのであるが、人間の心の奥底の世界に触れるうまい言葉や言い回し、表現を求めて文学の世界に浸っていたように思う。どちらかと言うと、私の頭の中は理系の構造があり、よけいにこの世界に神秘の輝きを感じたのかもしれない。数字や規則や法則のない表現の世界として、文学は憧れの境地だったのである。教養を深めようとか、仕事に生かそうとかする読書はつまらない。ただ、自分の心の向かうまま、乱読し続けるのが読書の醍醐味だと思っている。