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[初めに] あなたへの手紙を書こうと思い立ったのは1999年の3月2日でした。 真夜中の二時半頃、ガタガタと言う音に目を覚ました私達が見たのは、自分のマットレスの上で、激しく痙攣してもがき苦しんでいるあなたの姿でした。足はまるで走っているように宙をかき、目はうつろで苦しそうに息をはずませていました。マリコ(妻)と2人で打つ手も無いまま見守る中で、まるで「痛いよう、痛いよう」 と泣き叫ぶように続けさまに悲鳴を上げるあなたの姿に、2人はあなたの死を覚悟しました。 今日、つまりこの手紙を書き始めた1999年3月7日、あなたはまだ生きています。4月の12日には16歳になるはずです。 幸いあの夜1時間半ほどで発作は収まりました。しかし残された時間はもうあまり無いかも知れません。眼は右眼の一部がぼんやりと見える程度です。耳も、もうほとんど聞こえません。足は麻痺して動かず、もう歩行はおろか介助無しにはおしっこもウンチも出来ません。 |
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[出会い] 「子犬が6匹生まれたけれど、貰い手がいなくて処分しなければならないの。貰ってくれる人をさがしているわ。」 あなたの親犬はスウェーデン生まれの黒いダックスフントの父親と、アメリカ生まれの茶色いダックスフントの母親で、どちらかがドッグショーのチャンピオンになった事があったはずです。あなたの毛の色も全体的には金色っぽい茶色でしたが、時に黒っぽくなった事もあります。季節によってかなり変化しました。 近所に住む知り合いのスウェーデン人の奥さんにマリコが連れて行かれた先は、同じくスウェーデン人の奥さんと日本人の夫の家でした。リビングルームでは、親犬の色と同じくそれぞれ金色や黒色の産毛に包まれた小さな6匹の子犬達が、尻尾をふってちょこまかと動いていました。 あなたの名前をポコにした理由は特にありません。一晩たってなんとなくひらめいて、それがピッタリだと思えたからです。ただ、お菓子のコマーシャルに出てくる「ポコちゃん・ペコちゃん」からすると、男の子の名前ですが、あなたは女の子でした。外人相手には、イタリア語のPOCOで説明をすましています。「チビ」
と言ったところでしょうか。 もっとも、マリコの話ではそこの子供たちはショッカバッタとの別れを大変寂しがったそうです。太っちょで尻尾の骨が曲がってはいましたが、性格的には一番社交的でチャーミング(?)だったそうですので。 |
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[ダックスフント] 胴長短足・大きな耳と、長い鼻、今でこそダックスフントは、特にミニチュアダックスフントは愛犬家の間で大の人気者ですが16年前のその頃は、あまり有名ではありませんでした。特にあなたのようなスタンダードサイズのダックスフントは、かなり珍しく、大人からは良く犬種を聞かれました。 ただ、子供たちには「あつ、アベルだ。ダックスフントだ。」と良く言い当てられました。その頃放映されていたテレビのアニメーションで、フィンランドを舞台にした「牧場の少女カトリ」の主人公が連れている犬、それがダックスフント、それも多分ポコと同じスタンダードサイズのダックスフント「アベル」だったからです。 |
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[子供たち] あなたはすぐに近所の子供たちと友達になりました。大人に対しては、時として問題をおこしたあなたですが、子供にはどんなに乱暴に扱われても絶対に危害を与えませんでした。 「絶対に危害を与えませんでした。」と言うといかにもおとなしかったように聞こえますが、子供たちが初めて家に来るとあなたはまず玄関で大声で吠え掛かります。子供たちは、びっくりして立ちすくみ、犬になれない子ですと、まず玄関から入れなくなります。 すかさずマリコが「ガマン!、恐がらないで。恐がるとこの子は弱虫だと思って、かえって面白がって吠えるから。ガマン。」と言います。子供たちは歯を食いしばってガマンします。すると「何だ、恐がらないや!」とあなたは拍子抜けしてトコトコと部屋の奥に入ります。 もっとも子供たちにとって、あなたは単なる私たちの家へ来る口実だったような気もします。子供のいないよその家へ行くのは、何となく新鮮だったのでしょう。別の子を、さも「僕の行き付けの家だよ」とでも言うように、得意げに連れて来る子供もいました。別に遊んであげるわけでもなく、自由にさせただけだったのですが。幼稚園へ行くのをサボって自家製のヨーグルトを食べる事を楽しみにした子もいました。「ハチミツのせてね!」と言って。彼はずっと後までポコを可愛がってくれました。 犬の綱の持ち方を見ると、その子の性格が良く分かります。注意深い子、気まぐれな子、色々ですが幼児には持たせない様にしました。 |
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[くせ] あまえると、すぐにおなかを見せて、ひっくり返るのは、特にダックスフントには多い癖のようです。お嬢様としては、やや恥ずかしいポーズですが。私達はこれを「コテェーン」とよびました。 同じような呼び方に「ペンギン」がありました。前両足をあげるいわゆるチンチンの事です。ダックスフントのような胴長の犬種には、ぎっくり腰の恐れがあり、良くないポーズなのですが、本人(?)が好きなポーズでした。私たちは、こうするとあなたは自分が人間になったような気がしたのでないかと思っています。 好きな場所は近所の公園のベンチ、ベンチに座って、ただひたすら人間ウオッチングをするのが好きでした。「また座ってる」と良く近所の子供や奥さんにからかわれましたが本当に何時間でも座っていたがりました。 もっとも13歳を過ぎるあたりから、もうそうした姿を見る事は少なくなりました。他人(人間にも犬にも)に対する興味が薄れ、ひたすら自分の中に引きこもっていったようです。その姿、まるで人間の老人と同じだと思いました。
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[寝床] 小さい時から「寝る時は檻に入れて」と言う本に書いてあった「しつけ」を実行しました。いざと言う時困らないようにと。 伊豆にあるマリコの両親の別荘に行ったある夜、二階の寝室に行くと、一階から寂しそうなあなたの「すすり泣き」が聞こえ、約6年に渡る「しつけ」は水泡に帰しました。 一旦私たちの部屋で寝かせると、それからは家に帰っても頑として檻へ入る事を拒否しました。ある日無理に檻に入れて寝かせると翌朝、プーンと臭い匂いが。そう、嫌がらせに檻の中にウンチをして、檻を置いてあった玄関の中に蹴散らしたのです。こびりついた糞を掃除している私たちに上目勝ちに精一杯愛嬌を込めて、尻尾をパタパタさせます。私たちが怒ると、尻尾を後足の間に挟むように引っ込めて、シュンとしている姿は、いかにも哀れっぽくて、つい笑ってしまいました。 その後、寝室のベッドの足元に座布団をひいてあげたのですが、余程うれしかったのか、夜遅くなると「ねえ、もう寝ましょうよ」と居間と寝室の間の廊下で誘い始めます。私たちがテレビを見ていたりして寝ないと、二つの部屋の間を何度も行き来して、やがてどちらかの部屋で寝てしまいました。居間に寝たので、起こさない様こっそり寝室へ入って私たちが眠ると、しばらくしてゴソゴソと起上がり、寝室に入って来て足元の座布団に乗ってきます。 最初はそれでも私たちのベッドに上るのは禁止していたのですが、しばらくして私がちょっと油断するとすぐに上がってきました。特に年を取ってからは、どんどん起きるのが早くなり、早朝、私を起こして朝食をねだって、食べ終わりトイレを済ませるとさっさと寝室にもどってベッドに飛び乗って、マリコの隣に寝ます。(私は早寝早起きタイプ、マリコは宵っ張りの朝寝坊タイプなのです。)マリコに寄り添って寝るあなたの姿は「幸せそのもの」と言った様子でした。短い手でマリコに抱き着くように寝たかと思うと、しばらくして見ると、仰向けに「コテーン」しながら大の字になって寝ています。良く寝る犬でした。 |
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[遊び] 好きな遊びは水遊びでした。初めて近所の鶴見川へ行った時、川辺で鎖を放すと喜んで走り回りましたが、ちょっとしたきっかけで、勢い良く川へ飛び込んでしまいました。しかし川の水はかなり汚く、心地よくなかったらしく、慌てて這い上がってきました。自慢の毛並みは泥水で哀れにしぼみ、耳はだらりとたらして、尻尾を下げ「失敗した!」としょんぼりとして私たちの足元までたどり着きました。 それ以来、勿論鶴見川で放した事はありませんし、他の場所でも私たちはあなたの綱を外では放しませんでした。交通事故も恐かったし、ウンチをしても気が付かなくて拾えないし、第一犬嫌いの人にも迷惑です。もし欧米のような広いドッグランがあれば、あなたも私たちも、どんなに楽しく幸せだったでしょうか。 お風呂は嫌いでしたが、水遊びは大好きでした。近所の公園に、道路計画の中断された部分があり、そこに時々地元の消防団が来て、防火訓練をします。道路のマンホールの蓋を外し小型のポンプで水を吸い上げ、ホースから放水します。ウオーンという音と共に、ホースから、行き止まりの道沿いに勢い良く放水が始まります。春以降陽射しが暖かくなると、この消防団の放水の音が聞こえるたびに、私たちはあなたを連れて、勇んで部屋を飛び出しました。 長毛のあなたにとって、夏は苦手なシーズンでした。暑い日はぐったりとして、歩くのも嫌がりました。年を取ってからは、「この夏をのりきれるか」が大きな問題でした。 公園の遊具で遊ぶのも好きでした。滑り台は大のお気に入りでした。さすがに梯子階段は上れないので、滑る方からお尻を押し上げてあげると、嬉しそうに滑り降りました。もっとも幼児づれのお母さん達に見られると「汚い」と言われそうなので、こっそりでしたが。また名前は知りませんが、進行方向に向かって、横方向に高さを変えて並べた、平均台のような遊具の上を器用に跳んで渡りました。 あなたが歩いている写真が無いのが残念です。ここを渡ったと言っても、多分信じてはいただけないと思いますので。今見ても、良くこんな所を渡れたものだと思います。 一方、ブランコはあまり好きではなかったようです。片手に抱いてブランコに乗ると、必死にしがみついてきましたから。 1989年の暮れ、私が独立して自宅で仕事をするようになると、毎日の散歩は私にとって、大切な日課となりました。犬にも「公園デビュー」があり、それと共にいろいろな犬の思い出もたくさん出来ました。若い犬と老犬、良く可愛がられている犬、そうでない犬、そして既に死んでしまった犬。 |
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[お友達紹介] 話は前後しますが、仲の良かった犬の友達のご紹介をします。 ■
ベリ(ポコの姉妹) あなたの元の飼い主、つまり親犬の飼い主がスウェーデンに帰る事になり、最後まで手元で飼っていた子犬、つまりポコの姉妹、ベアトリスを手放す事になりました。 今でも2匹は姉妹だった事が分かっていたのだと信じています。2匹並ぶとどちらがあなたでどちらがベリ(ベアトリスでは長いのでこうよびました)か、私たち夫婦にも分からなくなる事がありました。あなたの方が多少大柄で鼻が長かった程度でそっくりでしたので。 一緒に生まれたので、どっちが姉でどっちが妹という事は無い(?)のでしょうが、私たちにとってベリはポコの妹でした。お互いに相手の家へ行くのが大好きで、しょっちゅう訪ねたり、泊まったりしました。その時は、お互いその家で、われら夫の座る椅子に当然のように座りました。また2匹で同じソファーに並ぶと、なんとも言えず平和で可愛かったものです。 ベリは1998年12月、喉のガンでなくなりました。9月に具合が悪くなった後あっという間に、病状が進みました。喉が痛くて食べものが喉を通らず、最後は注射器に流動食を入れて、口から流し込みました。それでも時々、私たちの家に泊まったり、あなたと一緒に散歩しましたが、辛そうにゆっくりと公園を歩いていました。体力が日に日に衰えていくのがはっきりと感じられました。 ある冬の日の夕方、Eさんから電話があり、さっきベリが死んだという事を聞かされました。あなたも私たちと一緒に会いに行きました。リビングルームの中央やや玄関廊下よりにタオルがひかれ、ベリが横たわっていました。2人の子供たちが既に成人して巣立ってしまったEさんの部屋は、何だかだだっ広く、しんと静まり返っていました。普段私たちが行くとそわそわと歩き回る、チャコ(後述)もそっと傍らに座っていました。あなたも何か感じたらしく、おとなしくそっと遺骸に鼻をよせ、ペロリとベリの鼻を舐めました。目の上が陥没して、体力を使い切ったようなベリの死に顔でした。 私は仕事で行けませんでしたが、マリコとあなたは一緒に火葬場について行きました。 ■
チャコ ベリの飼われていたEさんの家で既に飼われていたシェットランドシープドッグです。 穴熊掘りのダックスフントと牧羊犬のシェットランドシープドッグでは、まったく動きが違います。猟犬のダックスフントは独立心が強くわがままなのに比べ、シェッティーは群れを統率しようとする性格が強く、一緒に散歩する時でも常にグループの前に行ったり、後ろにいったりして、グループをまとめようとします。たまに預かって散歩する時でも、あなたやベリに比べ落ちている食べ物などに気を遣わずに済み、大変楽でした。もっとも三匹一緒に散歩する時は、あなたとベリが匂いを嗅ぎまわったりであまり歩こうとしないのに比べ、チャコだけがたくさん歩く必要がありました。歩かないとウンチが出ず、あなた達とは別に、追加の散歩をする必要がありました。便秘がちで、Eさんが旅行で数日あずかった時も、散歩中なかなかウンチをせず、便秘が2~3日続いて閉口した事があります。 また、あなたと反対に、車に乗るのが大の苦手でした。一度伊豆まで一緒に載せたのですが、座席に座ってブルブルと振るえ口からよだれと泡を出して、固まっていました。 チャコは1999年の5月に亡くなりました。Eさんのリビングルームには、ベリとチャコ、そしてあなたの写真がたくさん置いてあります。 ■
ミミ(ミミイ) 同じマンションに住むビーグル。ポコの「妹分」と言ったところでしょうか。2つ年下。 とにかく、私も今までこれほど食いしん坊な犬を見た事がありません。キッチンカウンターの扉を開けて、中の食べ物を取るのは朝飯前。ちょっと目を離すと、プルトップタイプの缶詰、蓋をテープで密封したスチールの箱に入った新しいクッキーの箱等でも、開けて中身を食べてしまいます。 この子も、良くお預かりしました。あなたより小さいので、始めは遠慮していたのですが、あなたが年を取ってあまり強くないと見るや、私の家でも好き勝手をするようになりました。ミミをあずかる時は、食べ物と名の付くものは、生米、スパゲッティー、そうめんを始め食品すべて、をミミの手の届かない床から1メートル以上は上のキャビネットに移し替える必要があります。またレンジ下のオーブンは上開きのドロップドアのため、まずドアを開けて、そのドアを足場にして調理台の上の食べ物を取ろうとします。また、移し替えても匂いが残るらしく、ドアを開けてしまうのでキッチンカウンターのドアはすべてカムテープで完全に目張りして開かないようにする必要があります。 ミミもめっきり歳をとりました。もう殆ど耳は聞こえません。以前のように綱を引っ張って先頭をきろうとはしません。しかし食欲だけはまだあるようです。 |
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[事故] あなたと一緒に外出して、一番困ったのは、いきなり手を出してくる大人です。前にも書きましたが、子供の場合は、たとえいきなりたたかれても、安心していられましたが大人の場合は緊張させられました。 あなたに限らず、「おや可愛い。」などと言いながら、知らない犬にいきなり正面から近づくのは、大変危険です。以前犬を飼っていたから大丈夫と安心しているような人が一番危険です。 また、家にいる時、いきなり入って来る人間には当然のように吠え掛かります。実はこうして何度か、事故を起こした事があります。 一つの事故は、藤枝の私の実家で起こりました。 郵便局の人が、玄関のチャイムを鳴らしてから、こちらが玄関に出る前にドアを開けて入ってきてしまたのです。私の家では、普段ドアの鍵を必ずしめているので、こんな事はなかったのですが、実家では昼間、鍵は開けっ放しだったのです。玄関近くで寝ていたポコは突然の事にびっくりして、いきなり彼に飛び掛かり噛み付きました。 |
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[病気] あなたは2歳の後半から、アトピー性皮膚炎にかかりました。季節の変わり目(夏の前後がひどい)は特に皮膚が膿んで赤く腫れ上がり、かきむしった後、毛は抜け落ちました。 このころのあなたの写真はほとんどありません。本来なら一番生き生きとした盛りだったのでしょうが。 多くの試行錯誤のあと、ようやく効いたのは、アメリカから新しく伝えられた「抗生物質」を使う方法、そしてホルモンを調整する為の子宮と卵巣の摘出手術でした。その時あなたはもう7歳になっていました。 摘出手術は、その前にも考えたのですが、可哀相に感じて出来ませんでした。しかし今思うと、もし子供を作らないなら、早めに手術した方が良いようです。子宮蓄膿症をはじめ病気の原因になりますので。雄の場合も去勢手術をすると、前立腺関係の病気にならないようです。 犬のアトピー性皮膚炎に抗生物質を使う方法は、今でもまだあまり知られていないようです。また、抗生物質を使ってくれた獣医さん自身にも、使い方は良く分かっていなかったようです。勿論犬用の薬ではなく、人間用ですので、体重に合わせて量を調節する必要があります。最初は1錠ずつあげていたのですが、様子を見ながら次第に減らし、クスリを3分の1錠から4分の1錠にカットして、1日1回から2回、様子を見ながら与えました。クスリは、私は万能鋏で、マリコは包丁で切りました。お互いにこちらの方が使いやすいといって。 医師の話では、抗生物質はそんな少量では利かないはずで、やめても良い筈だったのですが、そう思ってやめると、必ず湿疹が出ました。また、「このクスリをのむと下痢をし易くなるから注意しなさい。」と言われたのですが、逆にクスリをのまないと下痢をし、下痢の時に多めにのませると下痢がなおりました。多分、あなたの下痢は内蔵に一種の湿疹が出来たために起こりクスリが利いて湿疹がなおると、一緒に下痢も止まったのだと、今でも勝手に考えています。
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3月のメモより] 3月2日 初めて発作が起こった日です。 夜の長い発作の後、眠れない長い夜を過ごしました。あなたは苦しそうにうずくまりぐったりとしています。水を飲ませようとしましたが、チョロッと舌で舐めただけですぐ顔を背けました。私はあなたが横たわる布団のそばで疲れ果てたような顔を見詰めました。 顔は白髪で真っ白。発作のせいか口が少し開いて舌が見えます。夜が明けてきましたが、時間は進みません。行きつけの病院は9時始まりです。 ようやく8時半が近づいたのであなたを抱いて車に乗りました。マリコはじっと歯をくいしばってハンドルを握っています。 環状2号線はあまり混んでいませんでしたが朝日が眩しかったような気がします。すれ違う車に、やけにトラックが多かったのを覚えています。車は8時45分に病院に着きました。マリコが狭い路上の端に苦労して駐車している間に、私はあなたを抱いて車から飛び出しました。ちょうど医師がドアの鍵を開けたところでした。発作の説明をすると「あーあ、ポコちゃん、とうとう来ちゃったか!」というのが、医師の最初の言葉でした。 痛み止めとステロイドと思われる太い注射をしました。それでも通常より細い針だそうです。「この方が痛くないから。」との事でした。飲み薬を貰いましたが、医師の様子や、今まで死んでいった犬達の事を思い出すと気休めに過ぎない気もしますが、一方これだけが頼り、という気もします。 |
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