エッセイ集

薪と薪ストーブ

1999年2月


  寒い冬に家の中で暖をとる方法はいろいろある.灯油,電気,ガスが主なものであり,ふつうの家庭では灯油ストーブが最も普及しているようだ.手軽な方法として電気ストーブとガスストーブがあり,ちょっとしゃれた方法としては冷暖房両用のエアコンがある.今どきの都会では,煙突から煙を出そうものなら周りの家からひんしゅくを買うのが関の山なので,薪を燃やして暖をとるなどという家はまずない.

 その昔は囲炉裏やストーブで薪を燃やすのが主流であり,都会の家で座敷などがある場合には火鉢に炭をおこし,それに手をかざすというのがあたりまえだった.わたしの小さいときの記憶では,やたらと厚着をし,火鉢を抱え込んで過ごしたのが冬の印象である.つまり,冬は寒いのを我慢するのがあたりまえであり,火鉢があれば贅沢であり,ましてや炬燵などあろうものなら天国という感じだったのである.そして,わたしの場合は,まことに残念ながら都会生活だったために,囲炉裏に燃える火を一家で囲んだという記憶が全くない.薪ストーブの経験は若い頃の山歩きのときの山小屋のストーブであり,薪集めを手伝おうとしたのはよいものの,雪の積もった林の中を倒木を担いだまま,スキーで見事に滑り降りてくる小屋番のオヤジを見て呆然とし,とても手伝いは務まらないと思った記憶があるだけである.

 ところで,薪が燃えるあの明るい火の色には,ヒトの本能をくすぐる何かがある.それは多分,原始のヒトの野生の本能を呼び起こすのだろう.燃える薪ととともに生きるなどということは,ちかごろの生活では無縁になりつつある.家屋の密閉性をやたらと良くしているため囲炉裏などはまずもって作れない.ただし,一つの方法として薪ストーブがある.最新式の薪ストーブは,床下から空気を取り込み,燃えたあとの排気は当然煙突から出すので,完全密閉性の家でも使える.ただし,煙を出すので都会の家には向かない.煙だけではなく,煤の大きな固まりまでが煙突から飛び上がるので,洗濯物を干すときには気をつけなくてはならない.当然ながら,都会のようなヒトの生息密度が高い環境条件では無理すじである.

 幸いにしてわが家は田舎暮らしの典型的なものであるので,近代的密閉型住宅と薪ストーブのコンビネーションを実現した.このストーブは部屋のコーナーに置くようにつくられた3角形のもので,前面は耐熱ガラスのため中で燃える薪の火がしっかりと見えるというしろものである.このストーブに火が入ると,どうゆうわけか落ち着いた気持ちになる.やはり火が燃えるあの色と音のせいだろう.それと,暖かさの質が薪ストーブ独特の柔らかさを持っている.体の芯からじわーっと暖まるあの感じは,灯油や電気やガスやエアコンでは絶対に味わえない.

 薪ストーブのメンテナンスも意外と大変である.第一に煙突掃除屋というのが最近は無くなった.便利屋に声をかけてもいい顔はしない.しかたないので自分でやろうとしたけど,屋根の傾斜がきつくて登れない.結局は知り合いの設計士に「何とかしてくれ!」と頼んだ.若い彼は,自分でやるけど足場作りは業者に頼むということで,たいそうな足場を組み,真っ黒になって掃除をしてくれた.そのかわり,足場代だけで目の玉が飛び出るような代金が飛んでいった.毎年これでは大変だ,ということで若い設計士のアイデアを生かし,吊り下げ式半自動煙突掃除装置を考案設置した.要するに煙突の先端から掃除用のブラシにおもりをつけ,これをワイヤと滑車を組み合わせて固定しておくというものである.掃除するときにはワイヤを緩めてブラシを煙突の中におろしていけば掃除ができるということになる.まだ,一度しか使ってないけど,年に一度しか使わないものなので次の機会は一年後である。

 メンテナンスの最たるものは薪集めである.薪を準備するということは,これが結構大変なことであるが,ここ里山では日々の暮らしのなかから自然と薪は生まれてくる.雑木林の間伐や枝降ろし,倒木や枯死木の整理などの結果が薪や焚き付けを作りだす.この場所に住み着いてから毎年,こうしたことを繰り返してきたので,手近の林はきれいになり,今は周辺の里山へと手を広げている.つまり薪を手に入れる場所が次第に遠方になるわけであるが,問題は薪を手に入れる雑木林が最近では宅地造成や住宅の建設などで急速に消滅しつつあることだろう.薪ストーブのある生活は,田舎が田舎でなくなるとともに,だんだんと難しくなって行く.しかし,こうしたライフスタイルがいつまでも続けられることを期待したい.



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