楽園の詩
楽園の詩
  99フジテレビヤングシナリオ大賞応募作品(一次選考落選)
楽園の詩・改
  ’00創作テレビドラマ脚本懸賞応募作品(一次選考落選:推定) 
 
 沖縄にかつてあった風習「針突(はじち)」を題材にした作品。
個人的に「初」となる恋愛モノのつもり。
「恋愛なんかちっぽけな悩みだ」と強調したかったが題材負け。
ただ針突の話は魅力があるので当時のお話を描くと面白いかも
しれない。それだけ資料集めは大変だけど。
 元の作品と「改」は人物設定と細かい場所での改訂が
加えられた。本来、このような投稿は好ましくはないのだけど
どうにか成仏させたいと思って再応募。で、みごとに成仏(悲)
 ちなみに元ネタはひろ氏に提供いただいた。この場を借りて
御礼申し上げたい。
 
  人  物
 広瀬由加(22)大学生
 猿谷瞬(20)由加の恋人
 金城和子(22)看護婦
 我那覇雪子(16)
 与儀マサ(16)(106)
 染谷(40)医師
 書店の女
 宝石店の女
 

 

 
 針突(ハジチ)〜沖縄にかつて存在した女性だけに許される
入れ墨の習慣。大学生の広瀬由加は卒論取材のためにこの
ハジチを一目見たいと思い沖縄にやって来た。その由加を
追って来た猿谷瞬は由加の恋人。猿谷は由加を助けようと
するが、なかなか本物のハジチを見ることが出来ない彼女に
とっては足手まとい。由加に対する思いが次々と裏目に出て
しまう猿谷は何をしていいのか分からなくなってしまう。
 そこで出会ったのは古本屋の娘、我那覇雪子。
 雪子には東京に住む姉がいた。猿谷と知り合った雪子は
東京の話を聞くことと引き換えに「沖縄民俗大事典」という本を
渡す。だがそれすらも由加の誤解を招いてしまう。
 猿谷に怒りをぶつける由加。猿谷は反論できない自分の
不甲斐なさに耐え切れず由加のもとを去る。 雪子に会い
猿谷の行動は誤解だと知る。知らない間に清書されている
卒論、密かに自分に贈られた指輪。由加は猿谷の優しさや
存在感を強く感じ彼の後を追うが街に猿谷の姿はない。
浜辺にも。探し疲れた由加は諦めて砂浜で居眠りをしてしまう。
そして夢か現か由加の前に現れたのは夢にまで見た手に
ハジチを施した与儀マサという若い女性。彼女は親が決めた
結婚を控え、恋人との最後の別れにやって来たのだった。
きっとまた逢える…マサに比べれば自分の悩みなど大した
ことはないと感じる由加。
 最終日の空港には由加と猿谷の姿があった。猿谷をどこか
たのもしく感じる由加。そんな二人を見守る老婆がいた。
年老いているが彼女こそがあの与儀マサ。彼女の手には
確かに由加に見覚えのあるハジチがあった。
 
 
 
 
○浜辺(夕)
   設定は九十年前。
   夜景もなくどこか古めかしい雰囲気。
   さざ波の合間に聞こえる沖縄民謡。
   楽しそうに踊る若い男女のシルエット。
   その中の女性たちの姿がぼんやりと
   浮かび上がる。
   彼女らの手の甲には針突(ハジチ=入れ墨)が
   施されている。
   その中の一人、与儀マサ(16)も楽しそうに踊る。
   草陰で居眠りしていた広瀬由加(22)目
   を覚ます。
由加「(辺りを見回す)え?あれ?」
   由加、マサのハジチを見て慌てる。
由加「あっ!ねえ!ねえ!」
   踊りの一団はスーッと遠くに去っていく。
   マサの微笑み。
由加「ねえ!もっとよく見せてよ!ねえ!」
 
○那覇総合病院・待合室(夕)
   外来患者らが出入りする。
   長椅子に座り、居眠りをしている由加。
   ビクッと身体を震わせ目を覚ます。
由加「夢か…」
   由加、ため息。
由加N「みなさんは針突(ハジチ)というものを
 ご存知だろうか」
   時間が経つにつれ、次第に人影は少なくなる。
   一人消え、また一人消える。
由加N「ハジチ、それはかつての沖縄にあった古い
 入れ墨の習慣。女性のみに許された風習。
 手の甲から手首にかけて様々な文様を施す」
   由加、バッグから本を取り出す。ハジチの写真。
由加N「初潮を迎える頃、初めて針を入れ、 
 結婚を一区切りとして終わる。ただ、彼女らに
 とっては一生の宝物で、模様が薄くなると何度も
 入れ直す」
   最後の患者が消え、待合室は由加一人だけ。
   由加、ため息。
由加N「宗教的な意味合いも強く、ハジチのない
 女性は死後、冥界をさ迷うとされ、それを入れる
 前に亡くなった少女でさえも葬儀の際にはハジチを
 入れた。そんな神秘的な風習に心惹かれない女性が
 いようか…私は見たい、どうしてもハジチが見たい」
   由加、本を閉じる。
 
○メインタイトル
 
○那覇総合病院・待合室(夕)
   由加が長椅子に座る。
   皮膚科診療室から顔を出す金城和子 (22)
和子「あの、ちょっと」
   由加、立ち上がる。
 
○同病院・皮膚科診療室(夕)
   白衣の染谷(40)と由加、和子。
染谷「やっぱり難しいんじゃないのかなあ」
由加「え?」
染谷「二、三日待ってもらったんだけど、何も
 手がかりがないでしょ?それなら老人ホームとか
 資料館をあたってみれば?」
   由加、表情を暗くする。
染谷「そっか。万策尽きてここに来たってわけだ」
由加「…はい」
染谷「珍しいね、ハジチを卒論の題材にするって人は。
 今は地元の若いやつらだって知らないよ、
 ハジチなんか」
   由加、うな垂れている。
   染谷、ため息をつきながら、
染谷「私が把握してるだけだとね、たった一週間じゃ
 ダメな確率が高いよ。今どきハジチを入れてる人
 なんか、まず、いないから」
由加「十人…ですか?」
   染谷、頭を振る。
由加「五人?」
染谷「いいや」
由加「三人?」
   染谷、頭を振り、
染谷「いや、二人、この病院に来るのは二人だけだ。
 それも高齢でね、そう頻繁に来られる方では
 ないんだよ」
由加「私、待ちます。それでも」
染谷「個人的には連絡先とか、教えてあげたいん
 だけどそうもいかなくてね。まあがんばってとしか
 言えないな」
   染谷、ため息。
   由加もため息。
 
○同病院・待合室(夕)
   診療室から出てくる由加、疲れ果てた表情。
   その後ろから和子がやってくる。
和子「あの、ちょっと」
   立ち止まる由加。
 
○街・書店・前(夕)
 
○同・店内(夕)
   本を物色する猿谷瞬(20)
猿谷「(雑誌を見て)これだよ!これ!」
   レジには女性店員。
猿谷「(財布の中身を見ながら)あ〜、だめだなあ。
 おばちゃん、負けてくんない?ちょっと足んないん
 だよね」
女「だめだよ」
猿谷「これ、プレゼントなんだよな。由加がキャーッ
 うれしい!なんて叫ぶのが目に見えるようだよ。
 だからさ、ねえ」
女「だめ。だいたい女の子が入れ墨の雑誌なんか
 読むわけないでしょ」
   雑誌は「入れ墨ジャーナル」
猿谷「それが見るんだな。ハジジってえの。ソツロンって
 やつで使うんだってさ。ソツロンソツロンって
 俺なんだかよく分かんないんだけどさ…」
   猿谷は興奮して喋りつづける。
 
○走る車(夕)
   軽自動車が走る。
 
○同・中(夕)
   和子が運転する車。助手席に由加。
由加「ハジチのこと?」
   和子、頷く。
   由加、カバンから資料を本を取り出す、
   ハジチの写真。
由加「この辺がそう。地域によっていろいろ
 あるけど」
   和子、運転しながら、
和子「どうしてそういうことをやるの?」
由加「これもまちまちだけど、女性になった証
 だったり、婚礼のしるしだったり、ただ単に遊びで
 入れたものだったり。それからおまじないみたいな
 ものだったり…詳しいことは今、調べてるんだけど」
和子「ふうん」
由加「でも、不思議だよ、こんな習慣が明治まで
 残ってたなんて。あのね、沖縄本島のハジチは
 本土の人間にさらわれないようにって、女の子が
 かわいければかわいいほど醜いハジチを
 入れたんだって」
   由加、目を輝かせながら、
由加「石垣島のハジチは海の青を表現したって
 言うし、沖永良部島の人はアマングヮーって
 ヤドカリから生まれたって伝承があるから、
 左手に入れるのよ、ヤドカリの模様」
   和子、興味深そうに写真を見ている。
由加「場所によっては祖母のハジチの模様は
 孫娘が継承するところもあるし、何だか
 ロマンチックだよね」
   信号待ち。
   和子、一枚の写真に見入っている。
由加「あなた、沖縄の人?」
   和子、頷く。
由加「でも、知らないんでしょ?」
   和子、躊躇して頷く。
由加「ほらね。沖縄の人自体が忘れてしまった
 習慣だから、研究してもよく分からないって
 頷けるでしょ?」
   和子、頷く。
由加「興味、あるの?」
和子「いや…私のひいばあちゃんが入れてたから、
 ハジチ」
由加「ウソ!」
   由加、立ち上がる。
和子「もう、死んじゃったけどね…」
   由加、座りながら、
由加「何だ…あ、ごめん」
和子「いいの、ありがと」
由加「え?」
和子「私のひいおばあちゃん、話してくれなかったの、
 ハジチのこと。ありがと、よく分かったわ」
由加「あ、もうちょっと聞いていい?」
和子「何?」
   と、外からフロントガラスを叩く男。
   猿谷。
由加「シュンボ…」
和子「お友達?」
由加「(頭を抱え)何なの?」
猿谷「見つけたよ、見つけたよ、ハジジの本!
 でもさ、お金がちょっと足りなくて。でも
 パチンコで稼ぐほどじゃないしさ…」
   興奮して喋りつづける猿谷。
和子「(冷めている)」

 

楽園の詩

 

 
○那覇グランドホテル・前(夜)
 
○同ホテル・客室(夜)
   由加がドアを開けて入ってくる。猿谷が続く。
猿谷「ねえ」
由加「(無視)」
猿谷「ここに来て由加が全然かまってくれないから
 予定が狂っちゃって。俺さ、こう見えても一人で
 行動するの、苦手なんだよ」
由加「私は一人の方が気楽なんですけど」
猿谷「でもさ、それじゃあ寂しいってえの。
 婚前旅行なら婚前旅行らしくさ」
由加「そんなん誰が決めた!」
猿谷「あれ?違うの?普通こういう形式だとさ。
 たとえ由加が学生だとはいえ、さ」
由加「静かにして!」
   猿谷、沈黙。
由加「あんまりしつこいと、ここから追い出すよ」
猿谷「…せっかく来たのに、もったいない
 じゃんか」
   由加、ため息。
猿谷「あ!じゃあ、明日、出かけようよ。ねえ、
 どこ行こっか?ビーチに行く?それとも街に
 繰り出す?お揃いのアロハなんか着ちゃってさ」
由加「悪い、もう話す気力もないわ」
   由加、ベッドに潜り込む。
猿谷「あの、明日さ…」
由加「黙って。一休みしたら書きはじめるから
 どっか行ってて」
猿谷「何か手伝うよ…」
由加「…」
猿谷「…」
   猿谷、涙を浮かべる。
 
○同ホテル・ベランダ(夜)
   満天の星空を見上げながら泣いている猿谷。
   街の喧騒。遠くからはさざ波の音。
   部屋の中から由加の悲鳴を聞いて慌てる猿谷。
 
○同ホテル・客室(夜)
   猿谷が入ってくる。慌てふためいている由加、
   机の上の卒業論文の原稿の上にコーヒーが
   こぼれている。
   猿谷、慌てて自分のシャツを脱いでコーヒーを
   拭き取ろうとする。
由加「待って!」
   と言った時には既に原稿のインクはのび、
   にじみ、文字が読み取れない部分も。
由加「余計なことしないでよ!」
   由加、汚れた原稿を手に取り、力なく、
由加「ちゃんと頭使いなよ、バカ…」
猿谷「ごめん…」
   猿谷は汚れたシャツを握り締め再び
   泣きはじめる。
 
○那覇総合病院・前
 
○同病院・待合室
   外来患者で混雑している。
   周囲を見回す由加。老人女性の手に目が
   行ってしまう。時に若者の入れ墨。
   ため息をつく由加。
   和子がやってくる。
   和子、由加、ともに会釈。
和子「彼?」
由加「え?」
和子「昨日の人、シュンなんとかって人。彼でしょ?
 一緒に来てるんだ」
   由加、ため息まじりに、
由加「シュンボか。さあね、どうだか」
和子「え?」
由加「帰ったら、別れるつもり。バカなくせに世話を
 やこうとして、私が振り回されるのよ」
和子「いいじゃない、そういう人」
由加「じゃああげるよ。あいつなんか。この
 忙しいのに勝手について来て、困ってんだ。もう、
 いらない、いらない」
和子「いいの?そういう人って、いざ、いなくなると
 寂しくなるものよ」
由加「大丈夫、私、一人でも生きていけるし」
和子「そんなものなのかな?」
   和子、怪訝そう。
 
○ビーチ
   水着の若者たち。歓声がこだまする。
   猿谷が砂浜に寝そべって周囲をうかがって
   いながら時折、使い捨てカメラのシャッターを
   切っている。
 
○那覇グランドホテル・前(夜)
 
○同ホテル・客室(夜)
   猿谷はベッドで寝そべっている。
   由加が入ってくる。
猿谷「おかえり、飯食った?」
由加「とっくに。シュンボは?」
猿谷「…もちろん。今日はいろんなところに
 行ったし」
由加「へえ。ちゃんと沖縄満喫してるじゃん
 何処行ったの?」
猿谷「う、海に行ったよ。白い砂浜、青い海。
 浜辺じゅうに溢れるアベック、家族連れ。
 まさに米洗い状態」
由加「芋だよバカ」
猿谷「芋?あ、そっか。でね、そりゃもう
 すごかったのなんの、例えば…」
由加「(遮るように)もういいよ」
猿谷「…」
   由加、ベッドに寝そべる。
猿谷「あのさ、撮って来た、ハジチの写真」
由加「ウソ!」
   猿谷、ちょっと嬉しそうに写真を見せ
   る。若い女性の写真ばかり。
   由加はがっかりして、
由加「違うよこれ、タトゥー。本物の入れ墨。
 これはボディペイント、身体に色塗ってる
 の。これはどう見てもステッカー、これは
 化粧だし、全然ダメじゃん」
   由加、疲れた表情でため息。
由加「ムリなのよ、シュンボには」
   由加、眠ってしまう。
猿谷「由加?」
   猿谷、涙を浮かべる。
由加「…」
   猿谷、部屋を出ようとするが、不意に
   由加が寝返りをうつ。
猿谷「あ、ちょっとお茶でも買ってこようか
 と思ってさ、あの、その…」
   猿谷、由加が眠っているのを見てホッ
   とする。
   猿谷の腹が鳴る。
 
○繁華街(夜)
   猿谷、歩いているが女性の腕に目が行
   ってしまう。
   ふと宝石店の前に立ち止まりショーウ
   ィンドウのサンゴの指輪を見る猿谷。
   価格は一万円。
 
○宝石店・店内(夜)
   店内には中年の女。
   猿谷が中を覗く。
猿谷「店の前の指輪」
女「サンゴだね、買うかい?」
   女は指輪を持ってくる。
女「彼女にかい?いいよ、これ」
   女は何も聞かず宝石箱に入れ、紙袋に。
女「はい、四万円」
猿谷「よ、四万円?」
女「あ、消費税を入れて四万と二百円だね」
   猿谷、ショーウィンドウを見る。
女「ああ、値札変えるの忘れてたね。ごめん、
 やめとくかい?」
   猿谷、迷っている。
女「彼女、喜ぶよ」
猿谷「買うよ…買いますよ」
   猿谷、財布から四万円を出して残りの
   小銭、千円札を物色するがないようだ。
   猿谷の財布を覗き込んでいた女、
女「いいよ、三万円で。あんたの全財産じゃ
 ないか」
   女、一万円だけを猿谷に返す。
女「簡単にお金を使い果たすもんじゃないよ。
 そういうのをバカって言うんだ、気をつけな」
猿谷「よく…言われます」
   猿谷、情けない表情。
 
○繁華街(夜)
   猿谷、満足げな表情で歩いている。
   ふと、古本屋の店頭の図書に目をやる。
   「日本の入れ墨文化」
   本を熱心に開く猿谷、やがて店内に。
 
,○古本屋・店内(夜)
   薄暗い店内。
   猿谷、本を物色している。
   レジには我那覇雪子(16)熱心な猿谷の
   表情を見ている。
   雪子の祖母がハタキを持ってやってくる。
   雪子も慌てて店頭に行き、店じまいの準備。
雪子「(猿谷に)あの、閉店ですけど」
   猿谷、不意に極彩色のハジチの本を見つける。
   豪華本「沖縄民俗大事典」
   猿谷は指輪の入った紙袋を置いて本を開く。
雪子「あの…」
   猿谷、震える手で最終ページを開く。
   価格は二万円。
   本を本棚に戻して駆け出す猿谷。
雪子「あの、ちょっと!」
   猿谷、紙袋を置き忘れたまま。
 
○繁華街(夜)
   店じまいをした店も多い。
   全力疾走する猿谷。
 
○宝石店・前(夜)
   閉店している。
   猿谷がシャッターを叩く。何度も何度
   も叩いていると、シャッターが開き、
   さっきの宝石店の女。
女「何だい?」
猿谷「あの、この指輪、返品」
女「は?」
   猿谷、指輪の入った紙袋を持っていない。
女「ダメだよ、ウソついちゃ」
猿谷「で、でも、返品したいんです」
女「あんたほんとにバカだね。モノがなきゃ 
 返品のしようがないだろ?」
猿谷「あ!」
   猿谷、肩を落として振り返り、
猿谷「探して来ます」
女「ダメ、ダメ。見つかったってお金は返さ
 ないよ。ニセモノ持って来たりされたら困
 るからね。あたしゃ迷惑なんだ。もう来な
 いでおくれ」
   女、シャッターを閉める。
猿谷「くそっ!」
   溢れ出す涙を拭いて駆け出す猿谷。
 
○那覇グランドホテル・全景(夜)
 
○同ホテル・客室(夜)
   由加が寝ている。
   猿谷が駆け込んでくる。
猿谷「由加!由加!」
由加「何よ…うるさいなあ」
猿谷「ハジジの本、あった、あったよ」
由加「ふうん」
猿谷「買わなきゃ」
由加「勝手にどうぞ」
猿谷「由加!」
由加「どうせたいしたことないのよ。私、凄
 い本だったらいっぱい持ってるし」
猿谷「本当なんだって!」
由加「もう、うるさいなあ。だいたい、ハジ
 ジじゃなくてハジチだよ。バカシュンボ!」
   由加、やがて寝息を立てる。
   猿谷、涙を流しながら寂しそうに部屋を出る。
 
○路上(夜)
   猿谷が歩いてくる。
   雨が降り出す。
   雨足が強くなっても猿谷の足取りは重い。
   閉店した古本屋の軒下では雪子が紙袋を
   かばうように持って立っている。
   雪子、猿谷を見つけ、
雪子「あの、忘れ物です」
   猿谷、驚いている。
雪子「よかった」
   雪子、びしょぬれで満面の笑み。
 
○那覇グランドホテル・全景
   雨が降っている。
 
○同ホテル・客室
   猿谷のハミングで目を覚ます由加。
由加「何やってんの?」
   猿谷、髪をセットしている。
猿谷「あれ?ひょっとしてお気づきでない?」
由加「何よ」
猿谷「今日は、日曜日」
由加「あ!こんな時間!」
   慌てて部屋を出ようとしている由加。
   猿谷が追う。
猿谷「ねえ、どこ行こっか?早速ビーチに行く?
 それとも街に繰り出す?お揃いのアロハなんか
 着ちゃってさ。なあに、雨なんか俺たちには
 関係ないさ」
由加「は?」
猿谷「今日も行くの?日曜だよ?」
由加「もちろん。だっていつ来るか分からな
 いじゃん。ハジチ入れた人」
猿谷「いいじゃん、休みの日くらい」
由加「遊びに来たんじゃないんだよ。何度言ったら
 分かるのかな、このバカシュンボ!」
猿谷「ごめん。あ、そうだ!」   
   猿谷、宝石箱を取り出すが、由加はその
   前に部屋を出て行く。
猿谷「…」
   うっすらと涙を浮かべる猿谷。
 
○那覇総合病院・前
   雨が降っている。
   「本日休診」のプレート。
   傘を差して立っている由加。
   和子が出てくる。
和子「今日も?」
由加「うん。いつ来るか分かんないし」
和子「休みの日ぐらい彼とのんびりしなよ。
 ちゃんと連絡してあげるから」
   和子、メモ用紙を取り出すが…
由加「いいよ」
和子「でも…」
由加「いいの!」
和子「(苦笑)頑固ね」
 
○古本屋・店内
   雨音が響く。
   猿谷がハジチの豪華本「沖縄民俗大事典」を
   食い入るように見ている。
   レジでは雪子の祖母が居眠りをしている。
   猿谷、レジの方をちらちらと見ている。
   本を閉じ、またレジを見る。猿谷の手が
   震えている。
   暫く表紙を見つめる猿谷、結局本棚に
   戻してしまう。
   雪子がやってくる。
雪子「ただいま!」
   雪子、猿谷と目が合い、微笑む。
 
○那覇グランドホテル・客室(夜)
   誰もいない。
   由加が入って来る。
由加「ちょっと、いる?」
   返事はない。
   ベッドに横たわる由加。
   そこに猿谷が帰ってくる。手には小さな
   紙袋とコンビニのビニール袋を抱えている。
猿谷「あ、ごめん、帰ってたんだ」
由加「どこ行ってたの?」
猿谷「あ、ちょっとね、市内観光。ついでに
 コンビニでお寿司買って来た」
   由加、ため息まじりで、
由加「あいかわらずいい気なもんね」
猿谷「あ、これ食う?俺、腹減ってないから。
 ほら、いろんなもの見て興奮しちゃって。
 そういう時って腹減らないんだよね。どう?」
由加「…いらない」
   猿谷、ガッカリ。
猿谷「…そっか」
由加「あたしはこんなに苦労してるってのに、
 いい気なもんだ」
   猿谷、荷物を置き、
猿谷「見つからないの?ハジジ」
   由加、ため息をつき、
由加「ハジチ。見つかってたら、もっと
 はしゃいでるよ」
猿谷「ねえ、もう諦めたら?せっかく沖縄来
 たのに勿体ないじゃん」
由加「何てこと言うの?卒論書かなきゃ卒業
 出来ないのよ?」
猿谷「だから、ちょっとごまかして…」
由加「これだからフリーターは困るわ。いい?
 卒論ってのは大学卒業の手形みたいなもの
 なのよ、上手く書かなきゃ卒業出来ないの」
猿谷「うちの姉ちゃん、ちょっとごまかしたけど、
 卒業したよ」
由加「どこの大学よ?」
猿谷「…短大」
   由加、ため息。
由加「シュンボに説明しても無駄ね。ま、勝手に
 くっついて来たんだから無理もないけど。
 シャワー浴びてくる」
猿谷「あのさ!」
由加「今度は何?」
   由加の冷たい視線。
猿谷「…あのさ、最後の夜にでも、パーッと
 やろうぜ…最後の夜くらいさ。外、出なくても
 いいし。あ、いいね、ここでやろうよ、
 お酒とか、つまみとか買いこんで、いいじゃん、
 ねえ…」
由加「勝手にどうぞ」
猿谷「あ、そうそう、これ」
   猿谷、宝石箱を取り出しながら、
猿谷「安物だけど、何となく気になったから
 買って来た。ほら、沖縄といえばサンゴじゃん?」
   由加は猿谷を全く無視してバスルームに。
   残った猿谷、またまた涙を浮かべる。
 
○古本屋・店内
   本を食い入るように見ている猿谷。
   レジの雪子が様子をうかがう。
 
○那覇総合病院・待合室
   待合室の由加。相変わらず周囲の外来
   患者に目を向けてはため息。
 
○公園
   猿谷がベンチに座っている。
   自転車に乗った雪子が通りかかる。
   雪子、猿谷に気付いて自転車を降り、
   歩み寄る。
猿谷「?」
雪子「いつも来てる人?だよね」
猿谷「ああ、こないだはありがとう」
雪子「何か探してるの?」
猿谷「ううん」
雪子「よかったら手伝うよ」
猿谷「いいよ」
雪子「同じ場所にいるじゃん。いつも」
猿谷「うん」
雪子「ねえ」
猿谷「(ためらいながら)…ハジジ、の本」
雪子「ハジジ?何それ?」
   猿谷、ふと自分の手に目を落とす。
   猿谷の手にはサインペンで書かれた模様。
雪子「ああ、ハジチってやつね。で、これ?
 何やってんの、バッカみたい」
   雪子、ケタケタ笑う。
猿谷「笑うな」
雪子「それで本、見てたんだ」
   猿谷、頷きながら、
猿谷「連れが卒論の研究とかで来ててね、
 協力してやりたいんだ」
雪子「連れって、彼女?」
   猿谷、得意げに頷く。
雪子「へえ、かっこいい」
   雪子、猿谷の腕を見て、
雪子「それにしても下手クソだね」
猿谷「どうしても上手く描けないんだ、
 くすぐったいし」
   雪子、思案して、
雪子「ねえ、試してみる?私で」
   雪子、悪戯っぽく笑いながら自分の腕を
   差し出す。
猿谷「よせよ」
雪子「一回やってみたかったの、そういうの」
   雪子、猿谷を見つめる。
   猿谷、笑い出す。雪子もつられて。
   …セミが鳴いている。
   ベンチに並ぶ猿谷と雪子、はしゃいでいる。
   雪子、サインペンで模様を入れられた
   自分の手を見て、
雪子「へったくそ」
猿谷「俺のよりはいいだろ」
雪子「うん、けっこういいね」
   雪子、自分の手をかざす。
猿谷「でもさ、俺が見た写真は、おばあちゃんの
 手だったから、こういう手だとね、何だか変な感じ」
雪子「そっか」
   雪子、立ち上がり、
雪子「分かった」
   雪子、猿谷の手を引っ張る。
 
○古本屋・店内
   猿谷と雪子。
   レジに座る雪子の祖母の手にサインペンで
   模様を描く。あまりにもリアル。
   祖母は笑っているだけ。
雪子「こっちの方がリアルでしょ?」
猿谷「でも、悪いよ、こういうの」
雪子「いいんだよ。あ、写真撮っとこうか、
 証拠写真」
   雪子、店の奥に走る。
 
○那覇総合病院・待合室(夕)
   周囲の様子をうかがう由加。
   暫くすると何人かの人に付き添われた
   老婆が歩いてくる。
   付き添い人の死角に隠れてよく見えないが、
   老婆の手の甲に黒い星のハジチが見える。
   立ち上がる由加。
   老婆は皮膚科の中へ。
   …待合室の中を走り回る子供たち。
   子供がぶつかっても気にしない由加。
   老婆が出てくる。
由加「あ、あの!」
   染谷が顔を出し、
染谷「君、ちょっと」
   染谷が由加を呼び止めるのを気にも止めずに
   歩いていく老婆と付添い人。
由加「え?」
染谷「ちょっと、いいから」
   由加、老婆の行き先を気にしながら染谷の
   ところに。
   染谷、由加に小声で話すと、
由加「拒否?」
染谷「残念だが諦めてくれ」
由加「だめだよ、そんなの」
染谷「そう言われても事情ってのがあるんだよ。
 大学生ならそのくらい分かるだろ?」
   由加、暫く思案して、
由加「だめだ、私、やっぱり沖縄に来た意味が
 なくなる!」
   由加、走り出す。
   診察室の奥から和子が飛び出して由加の
   後を追う。
染谷「金城さん!」
 
○同病院・玄関(夕)
   和子が由加の腕をつかむ。
由加「何するのよ!」
和子「お願い、そっとしといてあげて!」
由加「だめだよ、目の前にいるのに、そんなこと
 出来ない!」
和子「お願い!」
由加「だめ!もう私には時間がないの!」
和子「お願いだから、あの人の、あの人の
 事情も考えてあげて!」
   和子の絶叫に由加はおとなしくなる。
   玄関先では老婆がゆっくりとタクシーに
   歩み寄っている。
和子「お願いだから…」
   由加の力が抜ける。
由加「どうして?どうして拒否、なの?私、
 間違ってる?」
   和子、頭を振り、
和子「事情なのよ、分かってあげて」
由加「事情?」
和子「私のひいばあちゃん、どうしてハジチの
 こと話してくれなかったか分かる?」
   由加、ゆっくりと頭を振る。
和子「昔ね、ちょっとだけハジチが話題に
 なったことがあるの」
 
○農家
   殺到する報道カメラマン。
和子(声)「その時、大勢の取材の人々が沖縄に
 押しかけたわ。沖縄はもちろん、東京の
 カメラマン。全国から観光客もやって来た」
 
○同・縁側
   老婆の手のハジチを撮影するカメラマン。
和子(声)「珍しかったのね、初めは。うちの
 ひいばあちゃんも研究の役に立つなら、って
 取材に協力してたけど、そのうち変わって
 いったの、周りが」
 
○農村
   老婆、手を隠しながら歩く。
   周囲の人々の迷惑そうな視線。
和子(声)「周りの人々の視線が奇異の目に
 変わっていった。まるで魔物でも見るように。 
 実際にそういう風に書きたてる週刊誌も
 あったから、観光客も怖いもの見たさで来たわ」
   老婆に話し掛ける男性たち、老婆を説得し、
   手を見てはしゃいでいる。
和子(声)「ハジチを見せるのを渋るようになると
 大学の研究員だとかウソを付く人もいて。
 ひいばあちゃんは仕方なく見せてたんだけどね。
 だまされてるのも知らずに」
   老婆を悲しい表情で見つめる少女。
由加(声)「違う!」
 
○那覇総合病院・玄関(夕)
   由加と和子。
由加「私は違う、そんなんじゃない!」
和子「分かってる。でもあの人たちから見たら
 みんな同じなのよ。それだけ心を傷めてるの」
   玄関先、老婆が乗り込んだタクシーは
   ゆっくりと走り出す。
和子「実はあなたの見せてくれた本の中に
 ひいばあちゃんの写真もあったのよ」
   由加、泣き出す。
和子「あの人言ってたけど、ハジチ、今でも
 取材してる人がいて、やっぱり追い回される
 こともあるみたい」
由加「違うのに、違うのに!違うんだってば!」
   由加、和子の手を振り切って走っていく。
 
○那覇グランドホテル・前(夕)
 
○同ホテル・客室(夕)
   由加が帰ってくる。疲れ果てた表情。
   部屋の奥ではシャワーの音。
   ため息をつきベッドに腰掛ける由加、
   ふと数枚の写真に気付く。
   由加の顔が紅潮する。
由加「シュンボ!」
   返事はない。
   由加、写真を見る。一枚目に雪子の祖母の
   手の写真。サインペンで模様が描かれて
   いるが一見本物。
   由加の表情が強張る。
   猿谷がタオルで身体を拭きながら出てくる。
猿谷「あ、早いね」
由加「ちょっと!これ、どういうつもり?」
   由加、写真をつきつける。
猿谷「え?」
由加「え?じゃないわよ、いい?あんたのような
 人間が無理な取材をするから、あたしは
 迷惑するのよ」
猿谷「取材って?俺は」
由加「もう!言い訳しないでよ!もう!あんたと
 なんか来るんじゃなかった!」
   泣きだす由加。
猿谷「違うよ、俺は別に…」
   猿谷も泣きだす。
由加「もう!嫌い!この疫病神!」
   机の上の原稿用紙を投げつける由加。
猿谷「…」
   散乱する原稿用紙。
   猿谷は一枚一枚丁寧に拾う。
 
○古本屋・店内
   猿谷がやってくる。
   レジには雪子。
雪子「どうだった?喜んでくれた?」
   猿谷、苦笑。
雪子「そっか…」
   猿谷、レジの前の豪華本「沖縄民俗大事典」
   に気付く。
雪子「あ、それでしょ?いつも読んでたの」
   猿谷、本を手に取る。
雪子「買う?もしよかったらまけてあげるよ」
   猿谷、本の最終ページを見る。二万円。
猿谷「いや…いいよ」
雪子「ねえ、あなた東京の人?」
   猿谷、頷く。
   雪子、部屋の奥の祖母と目を合わせる。
   祖母はゆっくりと頷く。
 
○那覇総合病院・待合室
   人は少なくなっている。
   由加が疲れ果てた表情で座っている。
   和子がやってくる。
由加「何?」
   和子、頭を振る。
由加「いい気味だ、と思ったでしょ?」
和子「え?」
由加「私があんなに泣き叫んで、いい気味だと
 思ったでしょ?」
和子「そんなことないよ」
由加「違うよ、絶対。胸がスッとしたんじゃ
 ないの?」
和子「ねえ、どうしてそんなに卑屈になるの?
 明日、帰るんでしょ?だったら、遊んだ方が
 いいよ、食べ物もおいしいし。沖縄って
 そういうとこだよ、あなたたちにとっては。
 だからもっと楽しい顔をすればいいのに」
由加「どうしてあんたに言われなきゃ
 いけないのよ!」
   和子、由加の頬をひっぱたく。
和子「…ごめんなさい」
   和子、走っていく。
   由加は顔を横に向けたまま。
 
○喫茶店・前
 
○同・店内
   猿谷と雪子が向かい合わせに座っている。
猿谷「東京?」
雪子「そう、東京のこと、聞かせて」
猿谷「ううん、東京と言われてもな、俺、埼玉だし」
雪子「埼玉も東京でしょ?」
猿谷「(苦笑)みたいなもんかな」
   雪子、首をかしげながら、
雪子「ねえ、聞かせて。違うとこ、でもいいの、
 沖縄とどう違うとか」
猿谷「あ、星は見えないね」
雪子「星?」
猿谷「そう、星は見えない。ここは降ってくる
 くらい見えるね」
   猿谷、思案して、
猿谷「でも、東京には人がいるよ、星と同じ
 くらい。いや、もっとかな?」
雪子「へえ」
猿谷「東京の夜景、高いとこからみるとね、
 星のように見えるんだ、その一つ一つが
 家の電気だったり、外灯だったりするんだ」
雪子「そっかあ、じゃあお姉ちゃんも星の
 一つなんだ」
猿谷「え?」
雪子「お姉ちゃん、東京にいるの。工場で
 働いてるんだ」
猿谷「へえ」
雪子「ときどき、手紙が来るだけなんだけどね。
 同じようなこと言ってた。人が多いって」
   雪子、目を輝かせながら、
雪子「絶対、行くんだ。お姉ちゃんに会いに。
 あ、そうだ」
   雪子、カバンから本を取り出す。
   「沖縄民俗大事典」
雪子「あげる」
猿谷「え?」
雪子「東京の話をしてくれたお礼」
猿谷「そんな」
雪子「おばあちゃんがいいって言ったから
 大丈夫」
猿谷「でも」
雪子「いいんだってば」
   雪子、猿谷に本を押し付ける。
   猿谷は財布を出す。
猿谷「あ、でもな」
雪子「いいんだってば、お金はいらないの!」
   猿谷、財布からケース入りのテレホン
   カードを取り出し雪子に渡す。
猿谷「じゃあこれをあげるよ、テレホンカード。
 東京タワーの夜景。まだ使ってないから、全然」
雪子「ありがとう」
   雪子、カードに見入っている。
   猿谷は雪子の笑顔を見ている。
雪子「あ、ちょっと。お茶、いっぱい飲んじゃった
 から。まだまだ沢山してね、東京の話」
   雪子、カードを机の上に置いたまま
   席を外す。
   猿谷、本を見て、雪子のカバンを
   見つめる。財布を取り出し、ありったけの
   紙幣をテレホンカードのケースに挟んで
   雪子のカバンに押し込む。
猿谷「ありがとう…ありがとう…」
   周囲の客や店員が心配するほど猿谷の
   目からは涙が溢れている。
 
○那覇総合病院・待合室(夕)
   由加一人だけ。穏やかな表情。
   和子がゆっくりと歩み寄る。
和子「さっきは…ごめん」
   由加、ゆっくりと頭を振る。
和子「痛く、なかった?」
   由加、笑いながら、
由加「目が覚めたよ」
   和子、由加の隣に座り、
和子「ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
由加「何?」
和子「どうして、ハジチなの?やっぱり私には
 ただの入れ墨にしか見えないんだけど」
由加「研究のため。それだけ」
和子「だったら他にもあるじゃない。あなたが何を
 勉強してるのか知らないけどわざわざこんな
 遠くに来て、苦労すること」
由加「そんなの私の勝手でしょ!あんたに何で
 そんなこと言われなきゃいけないの!」
和子「…」
由加「…ごめんなさい」
   暫しの沈黙。
由加「…結婚の証だから。そういうの、
 一度見てみたかった。それがきっかけ」
   由加、笑みを浮かべて、
由加「私、あのバカにプロポーズされたんだ。
 沖縄来る前に」
和子「プロ…ポーズ?」
由加「プータローのくせに何考えてんの?って
 思ったけどさ。バッカだよね。いつもいつも
 ビービー泣いてるくせに。そういう時だけ
 『俺が養ってくから大丈夫だ』なんて
 言っちゃってさ」
和子「返事は?」
   由加、頭を振る。
由加「嫌いじゃなかったんだけど、結婚して
 何が変わるんだろうって考えたら、なんだか
 面倒くさくなった。恋愛とかそういうのも全部。
 それでもあいつは何でも体当たりで
 飛びかかってくる。あいつほんとバカ」
和子「みんな面倒くさいんじゃないのかな?」
由加「え?」
和子「そういうの、みんな我慢してると思うんだ」
由加「我慢してる、かあ…」
和子「一人で生きてくのは大変。でも二人で
 生きてくのも楽じゃないと思うんだよな。
 神様だって人間にそんな簡単に楽は
 させないと思うし」
由加「…そうなのかな」
和子「そう。だからもったいないよ」
由加「(笑う)どうだか」
 
○那覇グランドホテル・前(夕)
 
○同ホテル・客室(夕)
   部屋にはだれもいない。
   由加が入ってくる。
由加「ねえ、いないの?」
   由加、ベッドに横たわる。
由加「シュンボ」
   反応はない。
   由加、ため息。
和子(声)「明日、帰るんでしょ?だったら、
 遊んだ方がいいよ、食べ物もおいしいし。
 沖縄ってそういうとこだよ、あなたたちに
 とっては。だからもっと楽しい顔をすれば
 いいのに」
   由加、ため息。
猿谷(声)「…あのさ、明日の夜にでも、パーッと
 やろうぜ、最後の夜なんだしさ。外、出なくても
 いいし。あ、いいね、ここでやろうよ、お酒とか、
 つまみとか買いこんで、いいじゃん、ねえ」
   由加、ため息。
   外からは若者や子供のの歓声が聞こえてくる。
由加「仕方ないか」
   由加、深くため息をつき、立ち上がり出て行く。
 
○スーパーマーケット・店内(夕)
   ワイン、ビール、つまみ等を物色する由加、
   その中には沖縄独特の食材も。
   試食する由加、ゴーヤンはちょっと苦手そう。
 
○那覇グランドホテル・客室(夕)
   つまみ、酒を並べる由加。
   窓からは夕焼け。
 
○同・洗面所(夕)
   髪の手入れをする由加。手グシ。
   口紅なんかも塗ってちょっと色っぽい。
 
○同・客室(夕)
   由加、テーブルに頬づえ。
   携帯電話を掛けるが、誰も出ない。
   由加、部屋から出て行く。
 
○路上(夕)
   ホテルの近く。
   由加がやってくる。周りを見渡していると猿谷。
   由加、手を上げようとするが猿谷の横には雪子。
猿谷「じゃあ、ここで」
雪子「ありがとう、楽しかった」
   雪子は目を輝かせている。
   猿谷、雪子と別れると由加と目が合う。
   由加、怒りの表情。
 
○那覇グランドホテル・客室(夕)
   由加、手酌でワインをあおる。
   猿谷はベッドに肩身を狭くして座っている。
由加「ごめんじゃないわよ」
   猿谷、慌てて、
猿谷「ほ、ほら、偶然会ったんだよ、東京の話を
 すれば本をくれるって。ハジチの本だよ、ほら」
   猿谷、「沖縄民俗大事典」を出す。
由加「そんなこと言ってんじゃないよ!私がせっかく
 お酒を買って、最後の夜を二人で楽しもうと
 思ってたのに、何なの!」
   由加、本を放り投げる。
   猿谷、ちょっとムッとする。
由加「何よ」
猿谷「…」
由加「こんなんでつられて」
   由加、ため息まじりで、
由加「あ〜あ、バカシュンボは沖縄を満喫して、
 私はこの有り様。いったい世の中どうなってんだ」
   由加、手を出す。
猿谷「?」
由加「弁償して」
猿谷「え?」
由加「買ったお酒とか、おつまみとか。おごろうと
 思ったけど。やっぱやめた。だから、弁償して」
   猿谷、俯く。
由加「どうしたの?」
猿谷「ない」
由加「どうして?あの女に使っちゃったの?
 バッカじゃないの」
   猿谷、俯いている、
由加「さぞ楽しかったんでしょうね」
   猿谷、小声で、
猿谷「そんなことないよ」
由加「何?」
猿谷「楽しくなんかない」
由加「よくそんなことヌケヌケと言えるわね、
 さんざん若い子と遊んでおいて」
猿谷「若い子って…由加だって充分…」
由加「歳比べてんじゃないの!バカ!」
猿谷「…ごめん」
由加「もうムカつくんだよね。あんたが謝るの
 聞いてると」
猿谷「…ごめん」
由加「出てってくれない?」
猿谷「…」
由加「早く」
猿谷「…由加はやることがあっていいけど、
 俺は何をやっていいのか分かんないんだよ、
 いきなり一人にされても、何やっていいか
 分かんないんだよ」
由加「はいはい。私が悪者なのね」
猿谷「いや、違う、取り消す、ごめん」
由加「でも、いいじゃない、あんな若い子と
 イチャイチャ出来たんだからさ」
猿谷「違う!あの子、本当に東京のことを
 聞いてきただけなんだ」
由加「へ〜え、たいしたもんね。それでお金
 使っちゃったの?どこで?ねえ、コーヒー
 一杯が何万円もするの?ここって」
猿谷「どうして信じてくれないんだ!」
   猿谷、泣き出す。
猿谷「俺は由加の何なんだ?」
由加「…また、私が悪者なんだ」
猿谷「ごめん、でも…」
   由加、ベッドに寝そべり、
由加「もういいよ」
猿谷「俺は…」
由加「もういいから!…一人にさせて」
猿谷「俺…」
由加「私を…困らせないで」
   猿谷、肩を落とし荷物をまとめ始める。
   由加、ちょっと驚くが見て見ぬふり。
猿谷「由加、ごめんな」
   由加、反応なし。
猿谷「俺、バカだから。もうちょっと頭良かったら、
 由加の探してるハジジ、見つけられるのに」
   由加、反応なし。
猿谷「ごめん、バカで」
   猿谷、部屋を出て行く。途中、振り返るが、
   寂しげな表情。
 
○同ホテル・前(夕)
   バッグをかついだ猿谷が出てくる。
   猿谷は肩を落として歩いていく。
 
○同ホテル・客室(夕)
   布団にくるまる由加。動かない。
   街の喧騒が聞こえてくる。
   突然、ドアをノックする音。
   由加、ノックを無視しようとするが執拗なため、
   ドアを開ける。
   雪子が立っている。
   由加、怪訝そうな表情。
   雪子は肩で息をしている。
雪子「あの…」
   由加、怪訝そう。
由加「何?」
   雪子、メモを見ながら、
雪子「あの…さ、猿谷さんの…」
由加「え?ああ、あいつなら…」
   雪子、頭を下げて封筒を差し出す。中には
   一万円札と小銭。
由加「?」
雪子「こういうの、もらえません」
由加「え?」
雪子「あの本はあげるって約束だったから、
 こういうのは嫌いです」
由加「ねえ!ちょっと!」
雪子「東京の話、ありがとうございました。
 それだけ伝えといて下さい」
   雪子は走り去る。
   由加は暫く呆然としているが椅子に座り
   「沖縄民俗大事典」を開く。
猿谷(声)「ほ、ほら、偶然会ったんだよ、東京の
 話をすれば本をくれるって。ハジチの本だよ、ほら」
雪子(声)「東京の話、ありがとうございました。
 それだけ伝えといて下さい」
   由加、本を机の上に置く。その横には
   汚れた原稿。それを持ち上げると下には
   新たに清書された原稿。汚い字だが、
   クソ丁寧に書かれている。
   驚く由加、原稿をパラパラとめくる。
   最後に「完」とあり、全て書き終えている。
   原稿の下には小さな宝石箱。開けてみると
   いつか猿谷の買ったサンゴの指輪。
由加「バカ…」
   切ない表情の由加、暫くして立ち上がり、
   出て行く。

 

楽園の詩
 

 

 

○繁華街1(夕)
   かなり暗くなっている。
   ゲームセンターから出てくる猿谷、バッグを
   担いで歩く。周囲は全く気にしていない
   様子でバッグが通行人に当たり、
   文句を言われようが全く動じない。
 
○繁華街2(夕)
   水着や派手なシャツに身をまとった若者たち、
   アベック、グループ。それぞれが楽しそう。
   周りを気にせず肩寄せ合って歩くアベックもいる。
   彼らを気にしながら歩く由加。街を歩く
   男たちに声を掛けられても相手にしない。
 
○同・宝石店・前(夕)
   由加が立ち止まる。
   ショーウインドウにはサンゴの指輪。
   由加はポケットをまさぐり赤いサンゴの
   指輪を取り出す。同じモノ。
   価格は四万円。
   由加、苦笑。
 
○浜辺1(夕)
   夕陽にアベックたちのシルエット。
   水辺ではしゃいでいるものもいれば、
   砂浜で肩寄せ合っているものもいる。
   由加、砂浜近くの草むら上に仰向けに寝そべる。
   由加、空を見上げやがてゆっくりと目を閉じる。
   街の喧騒はどこかに消えさざ波の音だけが
   聞こえてくる。
 
○浜辺2(夕)
   冒頭シーンの浜辺。九十年前。
   全く人影がなく建物や照明が全く見えない。
   由加、さざ波の音で目を覚ます。
   起き上がる由加。周りを見渡して不思議そう。
   さっき自分が来た道も舗装されていない。
   アベックの姿もない。
   与儀マサ(16)が走ってくる。シルエットから
   段々と見えてくるその姿。
   マサ、周りを見渡しながら、
マサ「ユキヒデ!ユキヒデ!」
   由加、草陰に隠れているが、背後から野犬に
   吠えられ飛び出してしまう。
マサ「きゃっ!」
由加「…ごめんなさい」
マサ「大丈夫?」
   由加に手を差し出すマサ、白い手には青さが
   鮮やかなハジチ。
由加「あ!」
マサ「え?」
   由加、ハジチに見とれていると、
マサ「ああ、これね」
   マサ、恥ずかしそうにしている。
由加「もしかして…結婚?」
   マサ、頷く。
マサ「そう。結婚、するの」
由加「へえ、おめでとう」
   マサ、会釈のみ。
由加「ユキヒデ、って人?相手は」
   マサ、恥ずかしそうに、
マサ「聞いてたんだ」
由加「ごめん」
   マサ、ためらいながら、
マサ「…違うよ」
由加「え?」
マサ「結婚相手は他の島の人。名前しか知らない」
由加「でも、それって」
マサ「親が決めたの」
由加「いいの?それで」
   マサ、頷いて、
マサ「いいのよ」
由加「でも、好きな人、いるんでしょ?」
   マサ、どっちともとれない反応。
   遠くから男の声。
男(声)「マサ!マサ!」
   男が走ってくる。
マサ「あなたは、好きな人がいるの?」
   由加、頷いて、
由加「でも、とりかえしのつかないことをしちゃった。
 もうダメかも」
マサ「会えるんでしょ?」
由加「え?」
マサ「ダメでも、会えるんでしょ?その人に」
由加「う、うん」
   マサ、笑いながら、
マサ「じゃあ、大丈夫よ」
   マサ、歩き出しながら、
マサ「あなたの悩みはちっぽけよ」
由加「え?」
   マサ、男のもとに走り、熱いキス。
   よく見るとマサは涙を流している。
   二人、夕闇に消えていく。
   由加はまた寝そべって空を見上げている。
   ゆっくりと目を閉じる由加。
   遠くから猿谷の声が聞こえてくる。
猿谷「由加!由加!」
   設定、現在に戻る。
 
○那覇グランドホテル・前(朝)
 
○同ホテル・客室(朝)
   ベッドの上で由加が寝ている。その隣では
   猿谷が由加の手をつかんだまま寝ている。
   由加、目を覚ましてきょとんとしている。
由加「あれ?」
   由加、猿谷の手をほどこうとするが
   なかなか手を離さない。
   猿谷の寝言。
猿谷「ほら、こんなとこで寝てたらあぶないだろ!」
   猿谷手を離さない。
猿谷「ダメだって。ここは。ウミガメが来るよ!」
   由加、笑いだす。
   猿谷の手をやっとのことでほどいた由加、
   歩き出す。
   窓の外は抜けるような青空。
   部屋の隅にはペアのアロハシャツが丁寧に
   掛けられている。
猿谷(声)「ねえ、どこ行こっか?早速ビーチに行く?
 それとも街に繰り出す?お揃いのアロハなんか
 着ちゃってさ」
   今度は猿谷の寝言。
猿谷「海が俺を呼んでるぜ!」
   由加、呆れた表情で、
由加「仕方ないな」
   由加、猿谷に飛びかかる。
由加「願いどおりにしてやるぞ!」
猿谷「いたたたたた!」
   由加、笑っている。
   猿谷、まんざら痛そうでもない。
 
○ビーチ
   人々の歓声。波の音。
 
○那覇空港・前
 
○同空港・出発ロビー
   由加と猿谷が走ってくる。二人とも大荷物。
   猿谷は足を引きずっている。
由加「もう!間に合わないじゃん!」
猿谷「何言ってんだよ!由加が変なこと
 やるからだよ」
由加「変なことって何よ」
猿谷「パラ、パラ、パラゾール」
   由加、笑いながら、
由加「バカ、パラセーリングでしょ、全くすくい
 ようがないね、バカシュンボ」
猿谷「バカシュンボじゃなくて、瞬です。俺は
 猿谷瞬です。ちゃんと名前で呼んで下さい」
由加「ちぇっ」
   由加、足を止め、
由加「もうダメだ、もう歩けない、限界。飛行機、
 あきらめよ」
猿谷「ダメ」
   猿谷、由加の手を引っ張るが歩こうとはしない。
猿谷「もう、しょうがないやつ!」
   猿谷、自分と由加の荷物を全て持って走り出す。
   由加、猿谷の後を追い、
由加「ちょっと、あん…しゅ、瞬、瞬!」
   猿谷の差し出した手を握り一緒に走る。
由加「あれ?チケットあったかな」
猿谷「今ごろそんなこと言うなよ」
   由加、ウエストバッグからチケットを取り出すが、
   落としてしまう。
   床に落ちるチケット、由加が拾おうとするが
   先に手を伸ばしたのはすれ違った
   一団の中の老婆、与儀マサ(106)
由加「どうもすみません」
   マサの皺だらけの手には確かに由加に
   見覚えのあるハジチ。
由加「あ?」
   呆然とする由加。
   マサは微笑んでいる。
猿谷「何やってんだ、行くぞ」
   猿谷、由加の手を引く。
   マサは付き添いの人たちと歩き出す。
   離れていくマサを見続ける由加。
             ―完―

 

              ※1999/2000Y.M:この作品の無断転載等を禁じます。

 

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