大使館
  ’97フジテレビヤングシナリオ大賞応募作品(三次選考落選)
 (解説)
 今のところ代表作品(笑)
 シナリオの先生にはケチョンケチョンに言われたが何故か選考経過で粘った。
 花火とうなぎをネタに使ったのだがこの後カンヌとベネチアで同じタイトルの
邦画が活躍したのは偶然か?
 
 
   あらすじ
 
 
 バカロニア共和国という無名な小国の悲願であった大使館が
日本にオープンした。そこで多くの著名な日本人を招いて国を
あげてのセレモ ニーが行われたが大統領の「ウサギ小屋」な らぬ
「鳥かご」発言で一転、翌朝、抗議に来た日本人が庭を占拠する
事態となった。
 事態の収拾を余儀なくされた大使館。庭から花火を打ち上げ、
日本人たちの動きが止まっている間に網を掛け文字通り一網打尽に
する作戦を書記官イワンが提案、大使ルドルフ、 副使ヒポタマス、
書記官フリシュと賄いのヨ ーコという頼りない職員らも交えて、
時に勘 違いや早合点に阻まれながらも作戦は進められていった。
 そんな折、ルドルフが自らの隠し芸を庭の日本人たちに馬鹿に
されたことから事態が悪 化、戦車を使って日本人皆殺しと主張する
強 硬派、ルドルフ、工作員プアリとあくまで当初の計画を推し進め
ようとする穏健派のイワ ン、フリシュらが対立、ヒポタマスはプアリ の
差し向けた毒入り梅干しの餌食となってし まう。
 やがて庭の日本人にも毒入り梅干しの魔の手が忍び寄るが、
ややネジの外れたヒポタマ スの宴会芸と梅干しの代わりにうなぎを
調達 したイワンの機転の利いた行動で対応、今後 さらに両者の
対立が激化するかに思われたが 花火職人権兵衛の放った花火は
予想以上の効 果を発揮して、作戦を完遂することなく事態 をあっけなく
収拾してしまう。
   
 人物
イワン(28)書記官
ルドルフ(56)大使
ヒポタマス(50)副使
フリシュ(39)書記官
ヨーコ(50)賄い婦
プアリ(35)工作員
権兵衛(70)花火職人
大統領

 

Oバカロニア大使館・全景
   日本庭園と純日本風の建物が美しいが広めの庭園に比べ
   建物はやけに小さく 見える。
 
○正門・前
   高い塀と高い門。門柱の間に赤いテー プが張られ正装の
   男女がハサミを構えている。
   その手前では多くの人々が立っている。
女性の声「バカロニア共和国の悲願であった大使館が日本にオープン
 します!それでは どうぞ!」
   テープカットで周囲は拍手に包まれる。
   その中でにこやかに拍手をする白髪長身のルドルフ(56)
 
○庭園(夜)
   ライトアップされた園内で盛大なパー ティが催されている。
   ルドルフが日本人男性とにこやかに話している。
   光のあまり届かない隅の庭石に座るガッチリとして頭の薄い
   ヒポタマス(50)と 赤毛で細身のフリシュ(39)。ルドルフを見ながら
   グラスを傾けて、
ヒポタマス「立派なもんだな、大統領と大使がいくら親日家だからって
 これじゃどこの国の大使館か分かんないぜ。もっとバカロニアとしての
 誇りとか、こう…」
フリシュ「私、昔、写真でこういうとこ見たことがあります。たしか京都とか
 いうところですよね」
   ヒポタマス、うなずきながら、
ヒポタマス「あー、日本人の心の故郷ってとこだろ、どおりでここにいる
 連中、みんな笑っているわけだ」
   満面の笑みを浮かべる日本人たち。
   太めの中年日本人女性、ヨーコがヒポタマスとフリシュに歩み寄り、
ヨーコ「もう一杯いかが?」
   大使館内の宴は続く…
 
○正門・前
   サングラスにマスクをかけた日本人たちがはしごやプラカードを
   持って並んでいる。 プラカードには「日本人を馬鹿にするな」
   「国へ帰れ」などと書かれている。 口々に「なめるな」「大使を出せ」
   などと言って門をこじ開けようとする日本人たちをかき分けて
   ルドルフがやってくる。
ルドルフ「ちょっと通してくれ」
   門の横にある小さな扉から中に入るルドルフ。
 
○大使館・執務室・中
   二階の畳張りの一室。狭い。大きな窓から門の外の様子を
   うかがうヒポタマスとフリシュ。
ヒポタマス「全く一晩でああも変わってしまうとは不思議な人間たちだ」
   扉が開きルドルフが入ってくる。
フリシュ「大使!」
ルドルフ「いやあ朝まで付き合わされてな、まいったよ」
   ルドルフ、乱れた髪や服を直しながら、
ルドルフ「それにしてもなんだあの騒ぎは」
   ヒポタマス、ため息をついてリモコンのスイッチを押す。
   テレビの画面に中年のヒゲ面の男が現れる。
ルドルフ「大統領閣下!」
   うなずくヒポタマス。
ルドルフ「まさか暗殺されたんじゃ、そういえば…」
   ヒポタマス、人差し指に唇を充てて、
ヒポタマス「しーっ」
   画面に映った大統領がにこやかに、
大統領「日本人の皆さんこんばんは。このたび我がバカロニア
 共和国の念願であった大使館がオープンしました」
ルドルフ「大統領自らこのようなコメントを発表するとはなんと
 素晴らしい…」
フリシュ「しーっ」
大統領「日本庭園をはじめ建物も純日本風にアレンジしました。
 特に建物は郷に入れば 郷に従えということで鳥かごのように狭く
 設計して日本人の心を追求しました…」
   テレビを消すヒポタマス。ルドルフ、頭を抱えてため息。
ヒポタマス「大統領は日本を誤解しすぎていますね」
フリシュ「私聞いたことがあります、日本人ってウサギ小屋って
 言われても怒るんですよ」
ヒポタマス「何!本当か!」
 
○庭園
   門扉を破壊してなだれ込む日本人達。
   次々に庭に座り込む。
 
○大使館・執務室・中
   部屋の隅のFAXから紙が出てくる。
   フリシュ、紙を手に取り、
フリシュ「大統領からです」
   ルドルフ、紙を奪い取り、
ルドルフ「親愛なるルドルフ大使、そちらの騒動の解決はすべて
 あなたにお任せします」
   首を傾げながら窓の外を見るルドルフ。
ルドルフ「日本の警察は何をやっとるんだ」
ヒポタマス「ここ2、3日は忙しいそうです」
 
○正門・外
   小旗を振る群衆の前を通り過ぎるランナーを警察官が
   必死に整理している。
 
○大使館・執務室・中
   窓の外を見ているルドルフ。
ヒポタマス「庭に座っているだけですからね、大きな騒ぎが
 起きないかぎり警察も動きませんよ」
ルドルフ「自衛隊とかは来ないのか」
ヒポタマス「来るわけないでしょう、日本中が大騒ぎになりますよ」
ルドルフ「意外に難しい国なんだな」
   うなずくヒポタマスとフリシュ。
フリシュ「つまり勝手にやれってことですよ」
ルドルフ「おい、冷たいこと言うなよ」
   ヨーコが入ってきてコーラをテーブル
   の上に置いて去っていく。
ルドルフ「冷たいコーラ…はて、コーラ、コロ、コーロ、ココロ、ココロ」
   ヒポタマス、フリシュ、心配そうに、
ヒポタマス「た、大使」
フリシュ「く、苦しすぎます」
ルドルフ「…そうだ!その手があったか」
   ルドルフに注目するヒポタマスとフリシュ。
ルドルフ「日本人の心に訴えればいいんだよ」
ヒポタマス「心?」
ルドルフ「日本人は心ってやつを大切にするだろ」
ヒポタマス「ええ、聞いたことがあります」
ルドルフ「その心に訴えればいいんだよ」
ヒポタマス「でもどんな方法で?」
ルドルフ「うーむ」
フリシュ「歌とかはどうですか」
ルドルフ「そうだ、その手があったか!おい、ヨーコさんを呼べ」
 
○庭園・ステージ
   簡素な赤いステージの上で、座り込ん でいる日本人たちを
   前にして5人の日本人中年男性が歌をうたっている。
   日本人たちは聞き入る様子もなく口々に「うるせえ」「大使を出せ」
   などと叫んでいる。
 
○大使館・執務室・中
   窓から身を乗り出すようにして庭を見ているヨーコ。
   ヨーコ、恍惚の表情で、
ヨーコ「やっぱりいいわあ」
   ヨーコを見ているルドルフ、ヒポタマスとフリシュ。
フリシュ「あれってGSってやつですよね、
 あの人たちはあれで喜ぶんですか?」
ヒポタマス「さあな」
   頭を抱えて座り込むルドルフ。
 
○同・便所・中
   ズボンのチャックを上げながら洗面台に立つルドルフ、
   手を洗い、くわえているハンカチで手をふき、またくわえる。
   窓の外から謡が聴こえてくる。
   窓の外を見るルドルフ。
 
○同・執務室・中
   窓の外から謡が聴こえている。
   ハンカチをくわえたルドルフ慌ただしく駆け込んでくる。
ルドルフ「☆△◎◆□●」
   窓際にいたヒポタマス、
ヒポタマス「は?」
   ルドルフ、くわえていたハンカチを取り、
ルドルフ「何だあれは」
   日本大事典なるものを広げているフリシュ。
フリシュ「能です」
   ルドルフ、フリシュと固く握手をして、
ルドルフ「そうか、その手があったか、古典芸能で説得する。
 憎いねえ」
フリシュ「でも・・・・・・」
ヒポタマス「奴ら、喜んでないんです」
ルドルフ「何だって!」
   窓際に走るルドルフ。
   扉が開き、お盆を持ったヨーコ入ってくる。
 
○庭園・ステージ
   座り込んでいる日本人の前で「薪能」が行われている。
   日本人たちは口々に「あつい」「大使を出せ」などと
   叫んでいる。
 
○大使館・執務室・中
   窓際で頭を抱え込むルドルフ。
ルドルフ「薪能なら夜だろう」
   ルドルフの横にいるヒポタマス。
ヒポタマス「そういう問題じゃないんです。奴ら、結構若いのが多くて」
   日本大事典を広げているフリシュ。
フリシュ「もっと若い世代に訴えかけるものじゃないとだめですね」
   空きグラスをお盆に乗せるヨーコ。
ヨーコ「そういえばうちの息子はヘビメタとかいうのを聞いてますけど」
ルドルフ「ヘビメタ?」
   フリシュ、下唇を噛みながら、
フリシュ「ヘヴィメタルです、手荒いロックといった感じでしょうか」
   ルドルフ、下唇を噛みながら、
ルドルフ「ヘヴィメタルね、それでいこう」
 
○庭園・ステージ
   黒い革の服を着た男たちが髪を振り乱して叫んでいる。
男たち「バカヤロー!」
   大音響の音楽が流れる。
   座り込んでいる日本人たちは黙って見入っている。
男たち「バカヤロー!」
 
○大使館・執務室・中
   電話が鳴り、受話器を取るフリシュ。
フリシュ「すみません、すぐやめさせますから」
   フリシュが受話器を置くとすぐに呼出音が鳴る。
   受話器を取るフリシュ、
フリシュ「はいバカロニア大使館、あ、申し訳ありません、
 すぐにやめさせますので」
   フリシュ、受話器を置きながら、
フリシュ「あいつらに好きなようにやれって言ったのがまずかった
 ですかね」
ヒポタマス「言っても言わなくてもたいして変わらんだろう」
ルドルフ「ヘヴィメタじゃなくてパンクとかいうのじゃだめなのか」
ヒポタマス「とこがどう違うんですか」
   腕組みをして考え込むルドルフ、ヒポタマス、フリシュ。
   電話が鳴る。
 
○庭園・ステージ
   座り込む日本人たちを前にして革の服を着た男たちが
   飛び跳ねている。
男たち「バカヤロー!」
   男たちの後ろのセットが爆発する。
 
○大使館・執務室・中
   電話が鳴り出す。
   フリシュが受話器を取る。
   窓際のフリシュとヒポタマス、
ルドルフ「さっきからあいつらバカヤローとしか言わないぞ」
ヒポタマス「そういうところが最近の若者にウケているらしいんです」
ルドルフ「ほう、バカが流行るのか」
ヒポタマス「そうです、時代はバカなんです」
ルドルフ「はあ、バカねえ」
ヒポタマス「ええバカです。バカ。バカ。待てよバカ、イワンのばか…
 そうだイワンだ」
   フリシュ、受話器を置きながら、
フリシュ「ああなるほど、あいつなら」
ヒポタマス「仮眠室にいるはずだからすぐ呼んできてくれ」
   走り去るフリシュ。
ルドルフ「誰だ?」
ヒポタマス「イワン書記官です」
ルドルフ「ああ、その手が…誰だ?やっぱり分からんな」
ヒポタマス「無理もありません、当直専門の人間ですから、
 大使はまだ見かけたこともないはずです」
ルドルフ「で、そいつはすごい奴なのか?」
ヒポタマス「大使の前で言うのも恐縮ですがかなりの日本通です」
ルドルフ「国立公園と国定公園の違いも分かるのか?」
ヒポタマス「ええ、多分」
ルドルフ「ヒポタマス君がそう太鼓判押すのならすごい奴だろう」
ヒポタマス「太鼓判?」
   扉が開きフリシュが入ってくる。
フリシュ「イワンを連れてきました」
   眠い目をこすりながら入ってくる小柄なイワン(28)。
フリシュ「イワン、ルドルフ大使がお呼びだぞ」
イワン「何?」
ヒポタマス「こら、無礼だぞ」
イワン「だって昼間っから起こすことないじゃんか」
フリシュ「こら、言葉を慎め」
   フリシュ、イワンを部屋の外に連れて行こうとする。
ルドルフ「まて」
   イワンに歩み寄るルドルフ。
ルドルフ「イワンとやら、お前かなりの日本通らしいな」
イワン「保育園と小学校が日本だったからね、ある程度のことは」
ルドルフ「じゃあ面積が最大の都道府県はどこだ」
イワン「北海道」
   ヒポタマス、小声で、
ヒポタマス「そんなの俺でも分かるよ」
   うなずくフリシュ。
ルドルフ「じゃあ面積が最小なのはどこだ?」
   ヒポタマス、フリシュ、小声で、
フリシュ「東京ですかね」
ヒポタマス「佐賀も結構小さいぞ」
   イワン、首を傾げて、
イワン「さあ…」
ヒポタマス「おい、どうしたんだ、佐賀だろ」
フリシュ「東京ですよ」
ヒポタマス「うるさい、お前はだまってろ、佐賀だよ佐賀」
フリシュ「どうしてそんなゴリ押しするんですか」
ヒポタマス「イワンは大使以上の日本通ですって太鼓判を
 押しちゃったんだ」
フリシュ「太鼓判?中途半端に余計なことを知ってるんですよね、
 大使は…大変ですよ、イワンが日本通じゃなかったら
 副使の首が」
ヒポタマス「そんな大変なことなのか、太鼓判は…」
   イワン、首を振りながら、
イワン「はっきりとは答えられません、難しい質問です」
   ヒポタマス、悲しい表情をして、
ヒポタマス「イ、イワンのばか」
   表情をゆるめるルドルフ、
ルドルフ「すばらしい」
   ルドルフ、笑顔でイワンの肩をたたき、
ルドルフ「ちょっと外で飯でも喰おうか」
   ルドルフ、イワンが去る。
ヒポタマス「何だ、どうなってるんだ」
   日本大事典を広げるフリシュ、
フリシュ「何だ、そういうことか」
ヒポタマス「おい、どうなってるんだ」
   事典を奪おうとするヒポタマスをかわすフリシュ。
フリシュ「だめですよ、自分で調べて下さい」
 
○正門・外
   路上を走るランナー。  
   沿道の観衆をかき分けて正門にたどり着くルドルフ。
 
○庭園・ステージ
   座り込んだ日本人たちを前にして浪曲が披露されている。
   眠っている日本人もいる。
 
○裏門
   大型トラックが横付けされている。
 
○大使館・執務室・中
   扉が開きルドルフが入ってくる。
ルドルフ「何だあれは」
ヒポタマス「日本人の怒りにふれぬようにして明日の夜まで持ちこたえて
 くれとイワンからの指示で早速、落語を」
ルドルフ「明日の夜までか。それにしても何だか面白くない落語だったぞ」
ヒポタマス「何でも浪曲とかいう落語だそうで」
ルドルフ「何だ、ああいうスタイルなのか」
   フリシュが段ボールを抱えて入ってきて部屋の隅に積んで走り去る。
ルドルフ「その箱は?」
ヒポタマス「イワンが頼んだんです。まだ下に山ほどあります」
   箱を開けるルドルフ。
   中には小さな段ボールの半球が詰められている。
   ルドルフ、2つの半球をあわせて球を作り、
ルドルフ「ボールだな」
ヒポタマス「何をする気なんでしょう」
   ルドルフ、球をたたきながら、
ルドルフ「そうか、その手があったか」
ヒポタマス「何か?」
ルドルフ「野球だよ、ベースボール」
ヒポタマス「野球ですか」
ルドルフ「実を言うと日本人は野球が大好きなんだよ、だから奴らと
 試合をして決着をつけようという訳だ」
ヒポタマス「じゃあグラブとバットを用意します」
   扉に向かうヒポタマス。
ルドルフ「そんなもの、いらんよ」
   ルドルフ、ヒポタマスの頭に球を投げつける。
ヒポタマス「あ、痛くない」
   ルドルフ、高笑い。
   ヒポタマスも笑いだす。
   フリシュが段ボールを抱えて入ってくるがつまづいてしまう。
   箱の中に入っていた粉が散らばる。
 
○庭園・ステージ
   浪曲が披露されている。
   座り込んでいる日本人のほとんどが貧乏ゆすりをしている。
 
○大使館・執務室・中
   ルドルフ、ヒポタマス、フリシュがテーブルを囲んでいる。
   テーブルの上には段ボールの半球と黒や白の大小さまざまな粒が
   並べられている。
ルドルフ「この半球はボールにして野球をするとしてだな」
フリシュ「待って下さい、野球をするのにどうしてこんなにたくさんの
 ボールが必要なんですか」
ルドルフ「そりゃお土産だよ」
ヒポタマス「お土産?」
ルドルフ「サインボールだよ、日本人は野球を見る度に買ってるらしい
 からな」
フリシュ「誰のサインボールを」
ルドルフ「決まってるだろ、俺のだよ、俺がここの大使だからな」
ヒポタマス「それはまずいでしょう」
ルドルフ「じゃあ松井とかイチローとか書けばいいだろ、グチャグチャに
 書けば誰も分からんしな」
ヒポタマス「ああ、なるほど」
フリシュ「この粒というかよく分からないのは」
ルドルフ「うーん、ちょっとなめてみるか」
   黒い粒を口の中に入れるルドルフ。
ルドルフ「うーん、ずいぶんと刺激的だな、お前たちもなめてみろ」
   ヒポタマス、フリシュも口の中に黒い粒を放り込んで渋い顔をする。
   ルドルフ、テーブルを叩いて、
ルドルフ「そうか、その手があったか!」
ヒポタマス「また何か?」
ルドルフ「カレーだよカレー。この粒は全部スパイスなんだよ」
ルドルフ「野球にカレー、日本人の心。あいつめ憎いことをするねえ。
 そうだ早速ヨーコさんにカレーを作ってもらおう」
   ヨーコが入って来て、
ヨーコ「いいのかい、庭の人たち。爆発寸前だよ」
 
○庭園・ステージ
   浪曲が続いている。
   座り込んでいる日本人たちがざわめいている。
 
○大使館・執務室・中
   窓際に立つルドルフ、ヒポタマス、フリシュとヨーコ。
   庭の方から浪曲が聞こえてくる。
   フリシュ「日本大事典」を手にして、
フリシュ「日本人は落語が大好きなはずなんですけど」
ヨーコ「ばかだねえ、あんた達は。あれは落語じゃなくて浪曲。
 全然違うんだよ、何時間も浪曲を聞いてたんじゃあの人たち
 かわいそうだよ」
ルドルフ「そうか、そりゃいかん。あの男の浪曲をやめさせて早く
 次のをやれ」
   フリシュ、ヒポタマス、首を横に振る。
ルドルフ「何も考えとらんのか?」
ヒポタマス「それが」
フリシュ「あの日本人、何時間でも任せて下さいって張り切って
 ステージに上がったもんで」
   ルドルフ、大きくため息。
ヒポタマス「私の宴会芸でも披露するか」
フリシュ「あんなことしたら捕まっちゃいますよ」
ルドルフ「ああ、あれはほんとに捕まるぞ」
ヒポタマス「じゃあ、大使・・・・・・」
   ルドルフを見つめるヒポタマスとフリシュ。
ルドルフ「わ、わかったよ」
 
○同・廊下
   ふらふらと歩いているイワン。眠い目をこすりながら大あくび。
 
○大使館・執務室・中
   ヒポタマスとフリシュがテーブルを囲んでいる。
   テーブルの上には段ボールの半球、スパイス状の粒と五十センチ
   程度の竹筒が並べられている。
ヒポタマス「これが野球、これがカレー、そして今度は竹筒か」
フリシュ「いよいよわからなくなりましたね」
   部屋の隅に目をやるヒポタマスとフリシュ。そこには白髪で背の
   低い権兵衛(70)が座っている。
ヒポタマス「あれは?」
フリシュ「イワンが呼んだ職人です。たしか権兵衛とか」
権兵衛「ごんのひょうえじゃ」
ヒポタマス「お前、職人だそうだが何の職人なんだ?」
   権兵衛は口角をわずかに上げて笑うだけ。 
   イワンがあくびをしながら入ってくる。
フリシュ「イワン、一体こりゃどうなってるんだ」
   イワン、口角をわずかに上げて、
イワン「まあ、見ててよ。それより庭の人たちは?」
フリシュ「今、切り札がいくところだ」
イワン「切り札?」
   扉が開き、チューリップハットにジーンズのつなぎを着た
   ルドルフが顔をのぞかせて、
ルドルフ「いいか、紙とハサミを沢山用意しろ。足りなきゃ買ってこい」
   ルドルフ、去る。
イワン「あれが切り札?」
ヒポタマス「いや、捨て駒かもしれん」
 
○庭園・ステージ(夜)
   ライトアップされたステージに立つルドルフ、ハサミで器用に
   紙を切り始める。
ルドルフ「はい、出来ました」
   黒い下敷きに乗せて日本人たちにかざしたのはチューリップの
   型紙。
ルドルフ「じゃあ、みなさんもどうぞ」
   座り込んでいる日本人たち、ざわつきながら紙とハサミを
   動かし始める。
 
○裏門(夜)
   ろうそくを立てて何やら作業をしている権兵衛。
   イワンが背後から歩み寄り、
イワン「中でやればいいじゃん」
権兵衛「人様の家を汚すのはいやじゃ」
イワン「そう思って汚れてもいいように風呂場を空けといたのにさ」
権兵衛「風呂場でも便所でも人様の家じゃ」
   黙々と手を動かす権兵衛。
   イワン、笑みを浮かべながら、
イワン「何か手伝おうか」
   イワンと権兵衛、並んで何やら作業を始める。
イワン「俺、こういうの昔からやってみたかったんだ」
権兵衛「…」
   汗をぬぐうイワンのほほが黒く汚れる。
 
○大使館・浴室・外(夜)
   ヒポタマスとフリシュが立っている。
ヒポタマス「あのじいさん、この中で何かやってるらしいんだよ」
フリシュ「職人職人って何の職人何ですかね」
ヒポタマス「俺もそれが気になってな、のぞいてみるか」
   浴室の引き戸を開けようとするヒポタマス。
フリシュ「待って下さい」
ヒポタマス「何だ」
フリシュ「この展開は、鶴の恩返しですよ」
ヒポタマス「鶴の恩返し?」
フリシュ「どうもおかしいなと思ってたんです」
ヒポタマス「でもあれは若い女が出てくるんだろ」
フリシュ「そうです、ということは」
ヒポタマス「あ!化けてたのか」
   笑顔のヒポタマスとフリシュ。
フリシュ「もしかしたらまだ鶴になってないかも」
ヒポタマス「まいったな」
   引き戸の取っ手に手をかけるヒポタマス。
フリシュ「気をつけて下さいよ、気づかれると鶴になってどっかに
 行っちゃいますから」
   中をのぞき込むヒポタマス。
ヒポタマス「ば、化けてる!」
フリシュ「えっ?」
 
○庭園・ステージ(朝)
   白み始めた空の下、目を充血させたルドルフがよろけながら
   紙細工を日本人たちに見せる。
ルドルフ「さあ、これがお待ちかねのイルカです」
   日本人の中から「それはクジラだ」「クジラはさっきやった」などと
   ヤジがとぶ。
ルドルフ「よく見て下さい、この鼻のラインがイルカです」
   日本人からは「シャチを作れ」などというヤジがとぶ。
 
○大使館・浴室・外
   折り重なって倒れているヒポタマスとフリシュ。
   ヨーコが歩み寄り、
ヨーコ「ほら、起きなよ、いくら私の裸を見たからって朝までのびる
 ことはないじゃないさ」
 
○大使館・執務室・中
   ヒポタマスとフリシュがテーブルを囲んでコーヒーを飲んでいる。
   フリシュ、頭を叩きながら、
フリシュ「すごいもの見ちゃいましたね」
   ヒポタマス、頭を激しく振りながら、
ヒポタマス「お前はまだいいよ、俺なんか全部見ちゃったんだぞ」
   ルドルフが飛び込んできて、被っていたチューリップハットを
   床にたたきつける。
フリシュ「大使!」
ヒポタマス「どうしたんですか?」
ルドルフ「どうもこうもないよ、あいつら、侍を作れって言うから
 作ってやったら刀の差し方が違うだのまげが違うだの。忍者を
 作ったらそれはイカ男だってぬかして。バカにするにも程がある、
 こうなったら強硬策だ」
   ハンカチを口にくわえて出ていくルドルフ。
フリシュ「…どうしましょう」
ヒポタマス「ん?」
フリシュ「出し物です。午後からは猿回しがあるんでいいですけど」
ヒポタマス「お前また何時間も猿回しを見せるんじゃないだろうな」
フリシュ「三匹手配したんで飽きさせませんよ」
ヒポタマス「あのな、猿を変えても奴らはずっと猿回しを見ることに
 なるんだからな、浪曲の二の舞だぞ」
フリシュ「分かりました、何とかしますからとりあえず今のことを
 考えましょう」
ヒポタマス「んー」
フリシュ「具体的に、すぐ実行出来るようなことを探すんです」
ヒポタマス「忍者が延々寿司を喰うってのはどうだ?日本人は
 喜ぶだろ」
フリシュ「そんなことしたらこの辺は火の海ですよ」
ヒポタマス「それじゃサッカーなんかはどうだ」
フリシュ「あんな庭で出来るわけないでしょう、川や池や月山は
 ただでさえ凸凹なのに」
ヒポタマス「そうか、それなら・・・・・・」
   庭の方から破壊音と重く沈んだエンジン音が響く。
   窓際に走るヒポタマスとフリシュ。
 
○庭園
   古めかしい戦車が建物の壁をかすめて進んでいる。
 
○大使館・仮眠室・中
   畳の上に布団をひいてで寝ているイワン。
   振動と破壊音で目を覚ます。
 
○庭園
   戦車に駆け寄るヒポタマスとフリシュ。
フリシュ「こりゃすごい」
   ヒポタマス車体を叩きながら、
ヒポタマス「おい出てこい。出てこないとバカロニア共和国刑法
   のもと…」
   戦車のハッチが開きルドルフが出てくる。
フリシュ「大使!」
ルドルフ「こいつを使うときがきたようだ」
ヒポタマス「これは?」
ルドルフ「わが家の家宝だよ。聞くところによると祖父の祖父が…」
フリシュ「何をするつもりなんですか?」
ルドルフ「決まってるだろ、奴らをぶっ飛ばすんだよ」
ヒポタマス「よくこんなものを持ち込めましたね」
ルドルフ「わしもまずいかなと思ったんだが公用車で届け出たら
 すんなりと」
ヒポタマス「そういえばナンバープレートがついてますね」
   ルドルフ、ヒポタマス、顔を見合わせて笑う。
フリシュ「そ、そんな…暴力で解決するなんて」
   たまらず駆け出すフリシュ。
ヒポタマス「おい、フリシュ君」
   日本人たちが物珍しそうに戦車に寄ってくる。
ルドルフ「おい、寄るな、あっちいけ、しっ、しっ」
 
○大使館・廊下
   全力疾走するフリシュ。
フリシュ「イワン、イワン、イワン」
 
○同・当直室・外
   当直室のドアを叩くフリシュ。
フリシュ「イワン、どうにかしてくれ、イワン、出てきてくれ」
   その場に崩れるフリシュ。
   歯ブラシをくわえたイワンがフリシュの背後に現れ、
イワン「どうしたの?フリシュさん」
   フリシュ、イワンに抱きついて、
フリシュ「イワン、どうにかしてくれ、大使が戦車で日本人を
 ぶっ飛ばそうとしてるんだ」
イワン「戦車?」
フリシュ「そうだ、あんな暴力、許せないよ。だから、
 早く何とかしてくれよ」
イワン「大丈夫…あんた、いい大使になれるよ」
フリシュ「ありがとう、俺、いい大使になるよ。いい大使になって
 ママに喜んでもらうんだ、ママ、ママ」
   泣きじゃくり、鼻水を流すフリシュ。
   イワン、気づかれないようにゆっくりとフリシュから離れる。
 
○庭園
   戦車に群がる日本人たち、記念写真を撮ったりしている。
   中には砲台に座って語り合っている人もいる。
 
○大使館・執務室・中
   イワンとフリシュがいる。
フリシュ「そういうことだったのか、でもあの人達を魚みたいに
 扱って大丈夫なのか」
イワン「実力行使もたまには必要だよ、話せば分かる人って
 結構いないんだから」
   ルドルフとヒポタマスが駆け込んでくる。
ヒポタマス「いやあ、ひどい目にあいましたね」
ルドルフ「まったくだ。奴らがあんまりしつこいから「俺はここの大使だ、
 無礼者」って言ってやったら目の色変えて襲ってきやがったよ」
フリシュ「・・・・・・当たり前ですよ」
ルドルフ「ヒポタマス君、納屋にマシンガンがあったな」
ヒポタマス「はい」
ルドルフ「よし、このテラスからぶっ放そう」
ヒポタマス「すぐ持ってきます」
ルドルフ「よし。だがその前に」
   ルドルフ、ハンカチをくわえて出ていく。  
   ヨーコが顔をのぞかせて、
ヨーコ「お猿さんが来たよ」
フリシュ「あっ、お通しして下さい」
ヨーコ「いっぱいいるけど、全部通しちゃっていいのかい?」
ヒポタマス「お前、猿を増やしたのか?」
フリシュ「ええ」
ヒポタマス「言っただろう、猿を変えても見てる側では
 猿は猿なんだから…」
イワン「副使」
   ヒポタマスに歩み寄り耳打ちするイワン。
ヒポタマス「何、網をかける?」
 
○同・便所・中
   ハンカチをくわえて便器の前に立つルドルフ、
   水のしたたる音とともに恍惚の表情。
 
○同・執務室・中
   イワンとヒポタマス、フリシュがいる。
ヒポタマス「網をかけるだなんて、そんな漁師みたいなまねしたら、
 庭の奴らがだまっちゃいないだろ」
フリシュ「だから夜まで待つんです」
ヒポタマス「夜まで待ってどうするんだよ」
フリシュ「日本人の動きをとめてサーッと」
ヒポタマス「どうやって」
   フリシュとイワン、目を合わせて微笑む。
ヒポタマス「お前らデキてるのか、ずるいな、俺にも教えてくれよ」
イワン「その前に、一人だけ夜まで待てない人がいるから…
 ここは副使が…ひとつ」
ヒポタマス「おい、それじゃ、俺が出世できなくなるだろ」
イワン「これはわが国の未来のため。それに比べりゃ出世なんか」
フリシュ「こうなったら正直に言っちゃいますけど私の理想の上司は
 副使のような方です、冷静で責任感があって・・・・・・」
イワン「それに大使がいない間はあなたが代行だよヒポタマス『大使』」
ヒポタマス「うーむ」
   悩むヒポタマス。
 
○同・便所・中
   ズボンのチャックを上げながら洗面所の前に立つルドルフ、
   手を洗い、口にくわえていたハンカチで手を拭き、また口に
   くわえる。そして扉の取っ手に 手を掛け、開けようとするが、
   開かない!
ルドルフ「◎◇☆*※!」
 
○同・便所・外
   ヒポタマスが扉の取っ手を鎖で縛っている。
ルドルフ(声)「おい、開けてくれ」
   扉は激しく揺さぶられている。
ヒポタマス「よーし、これで…まてよ、こんなこと俺がやらなくても…
 あいつらペーペーなんだから出世も関係ないし」
   首を傾げて自分の手を見るヒポタマス。
ヒポタマス「だまされたのかな」
   鎖が解けそうになると慌てて縛り直すヒポタマス。
 
○庭園・ステージ(夕)
   夕焼け空の下、ステージでは猿回しが行われている。
   日本人たちは熱心に見入りながら口々に「芸が甘い」
   「猿を変えろ」などと叫んでいる。
 
○大使館・執務室・中(夕)
   ヒポタマスが大使席の豪華な椅子にもたれ掛かりながら、
ヒポタマス「ほう、大使ってのはなかなかいいもんだな。そうだ」
   机の上の電話の受話器を取るヒポタマス。
ヒポタマス「あ、お前か、俺、今、大使の椅子から電話してるんだぞ、
   今日の飯は?」
   ヒポタマスを見ているフリシュ、呆れている。
 
○同・便所・中(夕)
   扉に爪を立てながら倒れ込むルドルフ。
ルドルフ「出してくれ、あいつらの勝手にはさせん」
 
○同・外壁(夕)
   黒いタイツを着た中年男、プアリ(35)が壁をよじ登っている。
 
○同・執務室・中(夜)
   ヒポタマスが大使席に座って電話をしている。
   ヒポタマスを見て呆れているフリシュ。
   扉が開き、顔や手を黒く汚したイワンが入ってくる。
フリシュ「イワン、準備は出来たのか」
イワン「それがあと一つだけ足りないものが」
フリシュ「何だ」
イワン「でかい筒」
フリシュ「でかい筒?どうしても必要なのか」
イワン「あれがないと物足りなくなっちゃうんだ」
   イワン、ヒポタマスに歩み寄るが、
フリシュ「無駄だよ、副使は今、調子に乗ってるから「おれのは
 どうだ」とか言うに決まってるから」
イワン「なるほど」
   考え込むイワンとフリシュ。
 
○同・便所・中(夜)
   宙空を見つめながら便器の水を流しているルドルフ。
ルドルフ「出してくれ・・・・・・あいつらの勝手にはさせん」
   窓の外からプアリが顔をのぞかせて、
プアリ「大使、大使」
   うすら笑いをしながら水を流していたルドルフ、はっと我に返り、
ルドルフ「誰だお前は」
プアリ「バカロニア共和国工作員、プアリです。大使を助けに来ました」
ルドルフ「どうして分かったんだ?」
   プアリ、微笑んで、
プアリ「これが私の仕事ですから。さあ、急いで奴らを殺りましょう」
ルドルフ「奴ら?庭の奴らか」
プアリ「ええ、庭の連中から大使館の職員、つまり私と大使以外は
 みな殺しにします」
ルドルフ「何?ヒポタマス君やヨーコさんも殺すのか、それはちょっと
 気がひけるな」
プアリ「大使を裏切ることは国家を裏切るも同然です、さ、早く」
   ルドルフ、うなずいて窓に向かう。
 
○同・執務室・中(夜)
   ヒポタマスが大使席に座って電話をしている。
   イワンとフリシュが考え込んでいる。
   扉が開き、プラスチックコンテナを抱えたヨーコが入ってくる。
ヨーコ「差し入れだよ」
フリシュ「誰の?ですか」
ヨーコ「あら、あんた達が頼んだんじゃないのかい?」
   ヒポタマスが受話器を置いてヨーコに歩み寄り、
ヒポタマス「おっ、差し入れか、どれ、いただくとするか」
   コンテナの中から弁当箱を取って大使席に戻るヒポタマス。
フリシュ「副使が頼んだんですか?」
ヒポタマス「いや、知らんよ。イワンじゃないのか」
   フリシュ、イワンを見る。首を振るイワン。
ヒポタマス「まあ、いいだろ、腹が減っては」 
   弁当箱のふたを開けるヒポタマス。
ヒポタマス「シンプルな弁当だな。まあいいか、腹が減っては」
   口の中に梅干しを放り込むヒポタマス。口をすぼめながら、
ヒポタマス「戦が出来ぬ、ぬ、ぬふふふふ」
   笑いながら倒れるヒポタマス。
フリシュ「副使!」
   コンテナから弁当を取ってふたを開けるイワン。
イワン「日の丸弁当!」
   日本大事典を広げるフリシュ。
   イワン、梅干しを指でつぶすと中から黄色い汁が出てくる。
ヨーコ「死んじゃうのかい?この人は」
イワン「ワライダケのエキスだから一時的なものだけど・・・・・・」
フリシュ「ヨーコさん!庭の人たちは?」
ヨーコ「お猿さんが終わったから配っちゃったけど」
   部屋から飛び出していくフリシュ。
   イワン、こめかみに指を充てて、
イワン「おばさん、この辺にスーパーがありましたね」
ヨーコ「おばさんだなんて」
イワン「ちょっと行ってきます」
ヨーコ「あたしは何をすればいいんだい?」
イワン「フリシュさんと一緒に庭の人たちが弁当を食べないように
 何とか時間を稼いで下さい」
ヨーコ「そんなこと言われても」
イワン「大丈夫、あの人はもう立派な日本通だから」
   走り去るイワン。
 
○同・便所・中(夜)
   誰もいない。
   鎖がこすれるような音がして扉が開きフリシュが入ってくる。
フリシュ「やっぱり」
 
○庭園(夜)
   庭の一隅に戦車。
 
○戦車・中
   操縦席に座るルドルフとプアリ。
プアリ「ここなら安全です」
ルドルフ「しかし日の丸弁当とは考えたな」
プアリ「私たちがサンドイッチを食べるように日本人はあの弁当を
 いつもたべてますから」
ルドルフ「そしてその弁当の梅干しをかじって」
プアリ「笑いが止まらなくなったところで」
ルドルフ「この大砲が火を噴く」
プアリ「というわけですね」
   ルドルフ、プアリ、大笑い。
 
○庭園・ステージ(夜)
   日本人を前にしてステージに立つフリシュ。
フリシュ「それでは次の小噺を」
   日本人たち、口々に「引っ込め」「飯を食わせろ」などと
   叫んでいる。
   フリシュの額から汗が流れる。
   日本人のヤジはさらに大きくなる。
   フリシュ、恐る恐るステージの陰のヨーコを見て、
フリシュ「ヨーコさん」
   ヨーコ、うなずきながら、
ヨーコ「あたしゃどうなっても知らないよ」
   ヨーコがヒポタマスを連れてステージの上に上がる。
   ヨーコ、笑いのとまらないヒポタマスをなだめながら、
ヨーコ「さあお客さん、これからバカロニア共和国駐日副使の
 ダンスショーが始まるよ。本当はお金を取りたいけど今日はタダ。
 そら、見てけドロボー」
   ヨーコ、ヒポタマスに小声で、
ヨーコ「パーッと派手にお願いしますよ」
ヒポタマス「ひひひ、まかせとけって」
   唾を呑み込むフリシュ。
 
O庭園・全景(夜)
   姿は見えないがヒポタマスが叫び声を上げるたび日本人たちの
   吐き気をもよおしたような声が聞こえる。
 
○大使館・便所・中(夜)
   誰もいないトイレの窓の外からヒポタマスの叫び声が聞こえる。
 
○正門・中(夜)
   日本人の吐き気をもよおしたような声とヒポタマスの奇声が
   聞こえる中、門の外をうかがうフリシュとヨーコ。
   イワンとヨーコが台車を押してくる。
フリシュ「イワン」
   イワン、ステージの方を見るが顔を背け、渋い顔をして、
イワン「何だありゃ」
ヨーコ「とうとうやっちゃったのさ副使の宴会芸」
イワン「まあいいよ、さ、ヨーコさん、これをあの人たちに配って」
   ヨーコ、台車を力強く押していく。
フリシュ「あの人たち、飯は喰えないしおまけにあんなものまで
 見せられて爆発寸前だから、すぐに作戦を」
イワン「いや、まだでかい筒が」
フリシュ「それは大丈夫」
イワン「え?」
フリシュ「いいのを見つけたよ」
 
○戦車・中
   操縦席に並ぶルドルフとプアリ。
ルドルフ「どれどれ、奴らはそろそろ笑いだしたかな」
   小窓をのぞき込むルドルフとプアリ。
 
○庭園(夜)
   弁当を開ける日本人たち、が、梅干しを箸でつまんで捨てている。
   彼らに配られたのは・・・・・・うなぎ!
 
○戦車・中
   小窓をのぞき込んでいるルドルフ、プアリをにらみつけて、
ルドルフ「どうなっているんだ」
   プアリ、目を泳がせながら、
プアリ「日本人はうなぎと梅干しは一緒には食べないんです」
ルドルフ「食べ合わせとかいうやつか・・・・・・変な習慣ばかりだな、
 この国は」
   突然、戦車全体が激しく揺れる。
 
○庭園(夜)
   大使館の城壁に砲身を上にして戦車が立てかけられている。
   手をはたくイワン、フリシュ。
イワン「さて・・・・・・」
 
○庭園・全景(夜)
   爆裂音とともに夜空に花火が打ち上げられる。
   日本人たちが急に静かになる。
 
○庭園(夜)
   日本庭園の池に並ぶ竹筒。
   次々と花火を打ち上げる権兵衛。
   イワンは無線機を持っている。
イワン「いいから遠慮しないでどんどん打っちゃってよ」
権兵衛「言われんでも分かっとるわい」
イワン「俺、これ終わったらあんたに弟子入りしようかな。
 小さい頃からの夢だったんだ、花火職人って」
   権兵衛は聞こえていない様子、次々と花火を打ち上げる。
   無線機を構えるイワン。
イワン「フリシュさん、庭の人たちが花火に見とれているスキに
 網を掛けるんだ」
フリシュ(声)「どうしてこんなこと、思いついたんだ?」
イワン「日本人は花火を見ると動きが止まるんだ。これだったら
 どんな暴徒でもチョロいもんでしょ?」
フリシュ(声)「でもあの人たち、大使の隠し芸で使ったハサミを
 持ってるんだけど、網、切られちゃったらどうしよう」
イワン「何だって?」
フリシュ(声)「どうしよう…どう…しよ…う」
イワン「もしもし?もしもし?」
 
○大使館・屋根(夜)
   夜空を彩る花火。
   瓦の上に腰掛けて無線機を持ったままだらしなく口を開けて
   花火に見入るフリシュ。
フリシュ「どう…し…よう…」
 
○庭園(夜)
   火種を持ったまま、立てかけられた戦車によじ登る権兵衛。
   無線機と火種を持っているイワン、
イワン「今だ、チャンス、チャンス、網を掛けて!」
 
○大使館・屋根(夜)
   口を開けたまま花火を見るフリシュ。
   持っている無線機からはイワンの声。
 
○戦車・中
   垂直に傾いた操縦席の中で折り重なっているルドルフとプアリ。
ルドルフ「そうか、あれは野球やカレーじゃなくて花火の材料
 だったのか」
プアリ「み、見たい。花火、見たい」
   コロンコロンと乾いた音が車内に響く。
 
○同・外観(夜)
   壁に垂直に立てかけられた戦車。
   一際大きな爆発音とともに砲身から特大の花火が
   打ち上げられる。
 
○庭園(夜)
   日本人たちに混じって花火に見とれているヨーコ。
   池のそばではイワンが口を開けて花火に見とれている。
   権兵衛、花火を打ち上げながら、
権兵衛「花火に見とれてしまうようじゃ職人失格じゃ」
   美しい花火の競演・・・・・・

 

taishikan.jpg (28714 バイト)
 
○大使館・屋根(夜)
   花火が終わってもフリシュの至福の表情は続く。
フリシュ「ママにも見せたい…」
 
○戦車・外観(夜)
   ハッチが開いてルドルフとプアリが転がり出てくる。
ルドルフ「お前の言うとおりにしたら大変なことになった」
プアリ「大丈夫です、これから巻き返しましょう」
ルドルフ「もう信用するもんか」
   逃げるように走っていくルドルフ。
   プアリも後を追う。
 
○庭園(夜)
   池の淵で夜空を見上げるイワン。
   ヨーコが背後から歩み寄り、
ヨーコ「イワンさん、イワンさん」
   イワン、ヨーコの声に間をおいてから反応して無線機を構え、
イワン「あっ、そうだ、網、網を掛けなきゃ」
 
○大使館・屋根(夜)
   口を開けたまま夜空を見るフリシュ。
イワン(声)「網、網、網」
   無線機のイワンの声で我に返るフリシュ。
   慌てて傍らに置いてあった投網を庭に放り投げる。
 
○庭園(夜)
   イワンとヨーコがいる。
   イワン、無線機に向かって、
イワン「網、網、フリシュさん、網」
ヨーコ「もう終わったよ」
イワン「え?」
ヨーコ「あんた達が花火の余韻を楽しんでる間に庭の人たち
 みんな帰っちゃったよ」
イワン「みんな?」
ヨーコ「喜んでたよ「来年もきます」ってね」
イワン「権兵衛さんも?」
   ヨーコ、うなずいて、
ヨーコ「もっと修行しろって言ってたよ」
イワン「…」
ヨーコ「あんたの趣味かい?あんなに派手にやっちゃって
 経費大丈夫なの?」
イワン「さあ、大使が何とかしてくれるよ」
ヨーコ「それもそうだね。じゃあこの辺の残り物でパーッと
 打ち上げでもやろうか」
   顔を見合わせて笑うイワン、ヨーコ。
 
○大使館・屋根(夜)
   無線機を持って瓦の上を歩き出すフリシュ。
フリシュ「うん、すぐ行くけど…大使はどこ行っちゃったんだろう」
   屋根から庭を見おろすと投網の中でも
   がいているルドルフ、プアリとヒポタマス。
   ヒポタマスは笑っている。
                                    −完−
 
            ※1997/1999Y.M:この作品の無断転載等を禁じます。
 
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