(解説)
in Tears(2012)
’00日本シナリオ大賞応募作品(落選)
映画のシナリオはもうこりごりと思いつつ出してしまった。
何故なら長いから。ページ数は多いし、印刷に時間はかかるし、
大体、穴開けるのがしんどい。千枚通しだと手に血豆が出来る。
この話はロボットが出てくる。3年近くも暖めておいた企画。
本当は他の公募に出そうとしたんだけど長すぎてどうにも
短くならなかった。
「来年にしよっかー」とは思ったが、なにしろロボットが旬な時代。
捨て置けず、無理矢理応募。
あらためて読み直してみると、人物はぐちゃぐちゃだし
セリフもめちゃくちゃ…掲載に耐えない作品と知りつつあえて掲載
描き方を工夫すれば面白くなると思うんだけど…
よきアイデアをお願いします。
in Tears(2012)
人 物
in 2042
阿南紀子(25)
阿南久志(54)紀子の父
那須康彦(54)久志の友人
佐藤信二(29)紀子の婚約者
田中葉子(25)紀子の友人
in 2012
那須康彦(24)
阿南久志(24)
ルナ4098
パーセク3255
那須銀造(55)康彦の父
那須晴子(53)康彦の母
所長(61)
桂木洋子(28)ロボ研助手
伊勢幹子(53)真紀の母
釜本(70)
広畑(22)
阿南一郎(29)久志の兄
教授
助手
大工
学生
(回想)
那須康彦(6)
伊勢ルナ(6)
伊勢幹子(29)
○成田空港・全景
T『2042年 6月』
○同空港・出発ロビー
大きなトランクを引っ張っていく佐藤信二(29)。
佐藤は何度も振り返るが人影はまばら。
中にはロボットの姿も。
田中葉子(25)が駆けてくる。
葉子「信二君!」
佐藤「(振り返り)葉子!」
葉子「どこいくの?」
佐藤「…ああ」
葉子「いいの?今日、式でしょ」
佐藤「…ああ、いいんだ。もういいんだよ」
歩いていこうとする佐藤。
葉子「待って!」
佐藤「いいんだよ、あいつはもっともっと自由になればいいんだ。
紀子が俺に束縛されて苦しんでたの、知ってただろ?」
葉子「(頷く)」
佐藤「じゃあな」
葉子「待って!」
佐藤「何だよ」
葉子「私も連れてって」
佐藤「?」
葉子「私、何でもするから。掃除でもお料理でも何でもするから」
佐藤「冗談言うなよ」
葉子「邪魔だったら、邪魔しないように…信二に認めてもらうように
頑張るから」
佐藤「…」
葉子「お願い」
葉子、佐藤の胸の中に飛び込む。
信二はためらいながらも葉子の背中に手をまわす。
○結婚式場・全景
聞こえてくるパイプオルガン。
○同・教会・前
扉が開き、新郎新婦が出てくる。
それを待ち受けていた参列者のライスシャワー。
しかし歓声が悲鳴に変わる。
一同の視線の先、式場の屋上に立っている阿武紀子(25)。
白いウェディングドレス姿。
○結婚式場・屋上
紀子が立っている。
ドレスの裾が揺れている。
紀子「もう、みんな来ないで!来ないでって ば!」
下で紀子を見守る阿南久志(54)ら礼服姿の男女。
ロボットの姿も見える。
久志「紀子!いいから降りてきなさい」
紀子「いいの、私なんか死んでしまえばいいのよ」
久志「紀子!」
紀子「お父さんだってこんな娘を持って恥ずかしいでしょ?こんな…
こんな…結婚式当日に新郎に逃げられるような情けない娘を!」
紀子、飛び降りる。
久志「紀子!」
○東京総合病院・全景(夜)
○同病院・病室・前(夜)
足音、近づいてきてドアを開ける。
○同・中(夜)
薄暗い。
ベッドの上に紀子。
入ってきたのは久志。
久志「紀子…」
紀子は窓の外を見ている。
久志「紀子…」
紀子「…」
久志「…」
紀子「…情けないよね、こういうの。この人しかいないって思ってた
のに。相手もそう考えてくれてると思ってたのに」
久志「紀子…」
紀子「赤い糸ってほんとにあるのかな」
久志「…」
久志はポケットからメモ帳を出す。
紀子「?」
○銀座(夜)
人々で賑わっている。話し声、時に笑い声。
紀子(声)「城南大学?」
久志(声)「そこに康彦って男がいる。クビになってなければ
助教授あたりにはなってるかな」
一新されさらにレトロな雰囲気になってしまった和光の
時計が定刻を刻み辺りに時刻を知らせるためワルツ調の
音楽を奏でる。
立ち止まり聞き入る人、そうでない人。
信号待ちをする紀子。
紀子(声)「その人がどうかしたの?」
久志(声)「父さんの大学時代の同級生でな。その人に会えば
お前も何か感じるものがあ るかもしれない」
紀子(声)「…いいよ、めんどくさい」
久志(声)「だまされたと思って会ってみなさい」
歩行者用の信号が青になると一斉に人の波が動きはじめる。
滑るように歩く人の姿も。
その中の一人がつまずくとコートの裾から車輪。
体勢を立て直すと電子音を響かせて再び進んでいく。
紀子も歩きはじめる。
○城南大学・全景(夕)
ひびの入った校舎群。
人影はまばら。
紀子(声)「那須康彦。城南大学工学部助教授。同大学大学院修了。
専門はロボット工学。授業では出席をとらず試験も後期に簡単な
レポートを一回。単位がとりやすいので学生には人気の授業。
但し講義自体は聴くに堪えない退屈なものらしい。おまけに
ゼミ活動は至って消極的。こんなに学生を小ばかにした人間に
一体何があるのだろう?」
○同大学・階段教室・中(夕)
広い室内。
正面の座席に座る紀子。
教壇には那須康彦(54)が落ち着かない様子で辺りを歩き
回っている。
机の上には汚い風呂敷包み。
窓からは夕陽が長く差し込んでいる。
紀子はじっと康彦を注視している。
時折ため息をつきながら窓の外を見る康彦。
靴を鳴らしたり、机にツメを立ててカタカタと音を立てている。
紀子(声)「妻子なし。離婚歴もなし。見た目はまあ、そこそこ
だけどこれまで浮いた話は皆無に等しくホモセクシャルの噂も。
論文もろくに発表しないためか五十を過ぎても講師に甘んじている。
ただ研究者としての腕前はいいらしい」
康彦「どうしても…かね(ため息)」
紀子は風呂敷包みに手を伸ばすと、
康彦「それに触るな!」
康彦は大事に風呂敷包みを抱えている。
紀子「?」
康彦「…」
思い切ったように息を吐く康彦。
康彦「あれは今から三十年くらい前だったかな…」
○メインタイトル
―in tears(2012)―
○城南大学・全景
前出シーンとは違って新しい校舎。
T「30年前」
木には蝉。
T『2012年 8月』
キャンパスにはだらだらと歩く学生たち。
正門の前では白衣姿でビラを配る女性、桂木洋子(28)。
一陣の風が吹き洋子の手からビラが離れる。
はらはらと飛んでいくビラ。
洋子は髪を整えると何事もなかったかのよう。
○同大学・階段教室・中
初老の教授の講義。室内はややざわめいている。
学生たちはカード型の学生証を片手に授業を受けている。
学生証をくるくる回す学生もいればうちわ替わりに
小刻みに扇ぐ者も。
その中に那須康彦(24)と阿南久志(24)二人は何枚もの
学生証を持っている。トランプを扱うように片手で開いたり
閉じたりしている。
教授「ええと…ロボットの歴史から見ると黎明期。つまり現在まで
の発展はめざましいとは言えないのじゃな、これが。まあ早い
話が過去の漫画など想像の世界には及ばないのが実情っちゅう
わけじゃ。じゃあ授業の途中じゃが出席をとる。出席簿は端まで
行ったら後ろに回してくれ」
康彦と久志、目を合わす。
学生の手から手へ回っていく電子出席簿。
学生たちが一枚だけ学生証を出席簿に通す中で教授の目を
盗んで何枚もの学生証を扱う康彦と久志。
その手つきはあまりにも素早い。
電子出席簿は何事もなかったかのように他の学生の手に渡る。
目を合わせて頷く康彦と久志。
教授「例えばアトムが予定通り作られると今年で九歳になるかな?
ちょっと似ているんじゃが国産ロボットという設定じゃったジェッター
マルスっちゅうロボットは作品での設定じゃと誕生はあと三年後、
ドラえもんはあと…百年後かの。だが悲観することはないんじゃ。
近年提唱されたハイパーフ ァジー理論じゃ。この理論を応用
すれば極めて人間に近いロボットも作れる。ということで今日は
ハイパーファジー理論について…」
教授、黒板に大きく字を書く。
そして教授が振り返ると康彦と久志の姿はない。
教授は気付く様子もなく、
教授「これからは掃除、工業など単目的なロボットではなく例えば
亡くなった家族の代わりといったような使命を持ったロボットも
現れてくるに違いない…」
教授の講義は続く。
○同大学・階段教室・外
辺りは静か。
静かに、そーっとドアが開く。
誰も出てこないと思いきや匍匐前進して出てくる康彦。
その後に久志が続く。
久志は立膝をつき障子を閉めるようにゆっくりとドアを閉める。
二人、頷くとそのまま勢いよく走りだす。
久志「連勝連勝!」
康彦「次はどこだ」
久志、ポケットからメモを取りだす。
久志「次は…応用工学。五〇一教室」
康彦「客は?」
久志「八人」
康彦「まずいな、あの授業はタイミングが早いぞ」
走り去る二人。
康彦(54)の声。
康彦(声)「俺と久志…つまりあんたのおやじさんとはウマがあってな。
中学校からずっと同じクラス。大学までクラスも同じなら学部学科、
専攻まで同じ。中学では揃って 帰宅部だった。とにかく何をやる
にも一緒。おまけに大学じゃバイトばっかりやってたから卒業する
のに人より時間がかかった」
紀子(声)「バイト?」
康彦(声)「そうだ。当時の大学はまだまだ出席さえすればどうにか
なったからな」
紀子(声)「え?」
康彦(声)「代返だよ。出席簿がわりのカードリーダーに預かった
学生証を通す。固定客さえつかめばいくらでも金になった」
○同大学・学食・中
康彦(24)と久志が駆けてくる。
待ち受けるように群がる数人の学生たち。その中には
ガラの悪そうな広畑(24)とそのな仲間たち。
久志「お待たせ。田中教授のロボット工学概説、前期試験はなし。
出席だけで単位が取れるよ。後期もよろしくね、よろしく、
よろしく。はい、はい」
康彦と久志は学生証と引き換えに金を受け取っていく。
広畑も学生証を受け取り、
広畑「本当に出席になってるんだろうな」
久志「こっちだって商売でやってんだよ」
康彦「俺たちが信用できないのか?」
睨みあう康彦と広畑。
広畑「ま、いいけどよ。去年頼んだ奴らは何もせず金だけ呑んで
いやがった。まあ、卒業するときにたっぷり礼はしてやったけどな」
広畑、金を放り投げると腕を鳴らし、高笑いをしながら歩いていく。
その後ろをゾロゾロとついていく軍団も金を放り投げていく。
久志「おい!」
康彦「待てよ」
久志「でも」
康彦「あれでも客なんだから」
久志、金を拾いながら、
久志「何だよ、あいつら」
紙幣を数える久志、ため息。
久志「あとちょっと足りないな。もう前期の授業は殆どないし、あ〜あ。
試験を受けるぐらいの頭があればもっとガッポリ稼げるんだけどさ。
あ、俺、兄貴に頼んでみるよ」
康彦「やめろよ」
久志「平気だよヤッちゃん。兄貴最近景気いいみたいだし」
康彦「いいからやめろってば」
押し問答を繰り返す康彦と久志。
康彦(54)の声。
康彦(声)「金は別に悪いことに使ってたんじゃない。遊ぶために
使うこともあったが主に食費や教科書代に充ててた。(笑う)
殆ど買うことはなかったけどな。久志なんかはおやじさんが死んで
兄貴一人頑張ってたから家計の足しにもしてたみたいだけど」
紀子(声)「そんなことせずにさっさと卒業す ればいいのに」
康彦(声)「おっしゃる通り」
久志の顔に飛んできたビラがへばりつく。
ビラ「アルバイト募集 ロボ研 高給優遇 白衣支給」
久志「ねえ、見てよ」
康彦(24)思案して、
康彦「…悪くねえな」
○ロボット研究所・全景
○同研究所・玄関・前
康彦と久志が歩いてくる。
康彦「おい、これやっぱり怪しくねえか。時給なんか変に高いだろ」
久志「研究員のバイトってそんなもんじゃな いの。俺さ、そういうの
憧れるんだよね。白衣着てさ、眼鏡直しながらえらそうに試験管
振ったりしちゃって」
康彦「バカ、素人にそんなことさせるもんか。肉体労働に決まってる
だろ。きっついぞ、お前なんか一日ももたないぞ」
久志「大丈夫だって。俺、時給さえよければ噂のバイトだってやるよ」
康彦「噂のバイト?」
久志「医学部のバイト。ほら、薬品のプールに死体沈めるってやつ」
康彦「バカ、あんなの嘘に決まってるだろ」
建物のドアの前に立つ二人、目を合わせる。
康彦の指図でためらいながらも久志がノックする。
かすかに機械音。
久志「いないのかな?中から音はするんだけど」
久志がノックする。
弱々しい。
康彦「バカ、こういうのはな、もっと威勢よく」
ドアを力まかせに殴りつける康彦。
久志「だったら最初から自分でやればいいのに」
康彦、何度も何度もドアを叩く。
久志「あのさ、ドア開けちゃえばいいんじゃないかな」
康彦、肩で息をしながら、
康彦「あ、そっか」
ドアを開ける康彦。
機械音は大きくなる。
康彦の指図で先陣をきる久志。
久志「あのぅ…」
返事はない。
機械音。
そしてどこからか歌声が聞こえる。
久志「いないみたい」
康彦「バカ、そんな蚊みたいな声じゃ誰も来ないだろ。お〜い!」
久志「だからさ、そういう前に自分でやれば…」
奥から白衣を来た洋子がやってくる。
洋子「なんなの、騒々しい。用があるんだっ たら呼び鈴を使ってよ。
そのほうが無駄なエネルギーを使わずにすむでしょ」
康彦、久志に指図。
久志「あのぅ」
洋子「何?」
久志、ビラを差しだす。
洋子「ああ、バイトね。でもね、せっかく来てもらって悪いんだけど」
久志「え?」
洋子「もう一杯なの。この大学は貧乏な学生が多いから。空きが
出来たら…そうねえ、とりあえず連絡先でも」
洋子、ポケットをまさぐってペンとメモ用紙を取り出そうとする。
と、奥から男子学生が二人、悲鳴を上げながら走ってくる。
洋子「あら」
学生たちはそのまま逃げていく。
洋子「大丈夫みたいね、さ、こちらへ」
康彦「大丈夫って…ここ、本当に大丈夫なのか」
洋子、歩いていく。
○同研究所・廊下
洋子、白いつなぎを手渡す。
洋子「はい、これ」
康彦「これって…」
洋子「作業着。自前の服、汚したくなかったら着替えて」
久志「作業着って…白衣じゃないの?」
洋子「あら、これだって白いじゃない」
洋子、つなぎを押しつけて、
洋子「そのへんで着替えて。大丈夫、誰も見やしないから。じゃ、よろしく」
洋子、研究室の中に入っていく。
作業着に着替えはじめる康彦と久志。
久志「ねえ」
康彦「?」
久志「ここ、人は誰も見てないんだけどさ」
康彦、周囲を見渡す。よく見ると様々な形のロボットの目が光る。
康彦「げっ!お前ら、見てんじゃねえよ」
ロボットたちは方々に消えていく。
着替えた久志、研究室に入ろうとする。
康彦も続こうとするが遠くから女性の歌声が聞こえる。
立ち止まり、聞き入る康彦。
久志「ヤッちゃん」
康彦「あ、ああ」
久志、康彦、入っていく。
○同研究所・研究室・中
久志と康彦、入ってくる。
洋子、所長(62)と数人の助手がいる。そして室内のあちこちに
ロボットが転がり部品なども点在している。
洋子「じゃあ、こっちに来て」
手術台のようなベッドの上には人間型ロボット。
そのロボットを必死に押さえつけている洋子。
所長がバーナーを操作する。
ロボットの叫び声。
久志「(怯え)はああああ!」
洋子「こっち来て、ちゃんと押さえてて。先生が修理できないでしょ!」
康彦、力まかせにロボットを押さえつけるが固定できない。
ロボットの叫び声。
所長「ちゃんと押さえんか!」
ロボットの叫び声。
激しい機械音。
ロボットの回路がスパークし火花が飛び散る。
弾き飛ばされる洋子、所長、康彦。
久志はひるんでいる。
洋子「もう!役立たず!」
肩で息をしている康彦。
洋子「じゃあこっちに来て」
○駐車場
建物脇の駐車場。
一台のトラックに乗り込む洋子。
洋子「さあ、乗って」
康彦と久志は呆然としている。
洋子「一人は荷台に」
康彦の指図で久志が荷台に。
荷台にはロボットの残骸。
ピクピクと動いている部品もあり久志は悲鳴をあげる。
康彦「これは?」
洋子「ロボットのスクラップよ。中には使えるものもあるけど引き取り
手がないんじゃ仕方ないでしょ。さ、乗って」
車が走りだす。
○路上
一直線の道。
歩道橋をくぐり走っていくトラック。荷台にはロボットの
スクラップに囲まれて怯える久志。
○リサイクル工場・全景
ごみ焼却場を思わせる施設。
○同・溶融炉・前
金属の音がぶつかる音。
溶接の音。
遠くで、近くで。
トラックが停車し洋子、康彦、久志が降りる。
洋子「こっち、早く」
康彦「まるでゴミ処理場だな」
ロボットの悲鳴、あちこちで。
巨大で深い溶融炉の手前で釜本(70)が康彦と久志を指図する。
釜本「こら、ちゃんと押さえんか!」
暴れるロボットを必死に押さえる康彦と久志。
康彦「くそっ」
久志「くぅ」
洋子「ちょっと力入れてんの?」
康彦「くそっ」
釜本「よし、そのままだ。いい子だからおとなしくしてろよ」
ロボットの悲鳴。
釜本「うわっ!」
洋子「きゃっ!」
ロボットの振り上げた手ではじきとばされる洋子と釜本。
釜本「逃げるぞ!押さえてろ!」
立ち上がりロボットに歩み寄る釜本。
釜本「よし…いい子だ…」
久志「お…俺、耐えられないよ…こんなの…どこがリサイクル工場だよ」
釜本「なあに、リサイクルなんて名ばかりさ。このロボットだって
ボルト一本を再利用して使っただけでそのロボットはリサイクル
商品になる。まあ、企業の一種のパフォーマンスとでも言うのかな」
ロボットの悲鳴。
康彦「だ、だったらそのまま焼却炉の中に放り込めばいいだろ?
どうして…」
釜本「それは気持ちの問題だ。こいつらも働きづめで苦労してきた
はずだ。だから心臓部の燃料電池を取り出して最後くらいは熱い
思いをしないようにという。まあ…親心みたいなもんかな」
久志「そんなの意味ないじゃん」
溶融炉の中にシャワーが降り注ぐ。
康彦「これは?」
釜本「塩酸。溶融の前に完全にロボットの機能を停止させるためだ。
下手な刺激を加えると厄介なことをするロボットもいるから な」
久志「?」
釜本「自爆装置。ドカーン。さて…」
ロボットの突然の悲鳴。
はじきとばされる釜本と洋子。
康彦と久志は必死に耐えている。
釜本は起き上がれない。
釜本「大丈夫だ…そいつのとどめを刺してやれ」
康彦「ど、どこを」
釜本「もう一人のあんちゃんの手元にある」
久志「お、俺?」
釜本「そうだ、頼む」
久志「で、出来ないよ!」
釜本「頼む、そいつをそれ以上苦しめないでくれ!」
康彦「おい!」
洋子「男でしょ!」
久志「くそっ!」
無我夢中でロボットの胸のコードを引きちぎる久志。
ロボット、悲鳴を上げるがやがて動かなくなる。
久志「ねえ、ヤッちゃん、やめようよこんなとこ。探せば他に
もっともっと楽なバイトがあるってば」
康彦「そうだな」
康彦、久志の荒い息遣い。
○ロボット研究所・研究室・中(夕)
康彦と久志、洋子。
洋子「はい、今日の日当。日払いだとやる気が出るでしょ」
康彦、久志、不機嫌。
洋子「どうしたの?」
康彦「なんか約束が違うんじゃない?」
洋子「何が?」
康彦「研究所のくせにあんな仕事」
洋子「あら、仕事の内容の約束なんかしたかしら」
久志「でも普通さ、研究所って言えば…」
洋子「私だって研究したいわよ。でも研究費を稼ぐためには
仕方ないの」
康彦「ちょっと待ってくれよ」
洋子「いやならやめればいいでしょ。希望者だって他に
たくさんいるんだから」
康彦、久志、不機嫌。
洋子「なにも分かってないくせに」
女性の美しい歌声。
洋子「あれ、また出っぱなしだ。ルナ、ルナ!戻りなさい」
声の持ち主が姿を現す。ルナ4098(アンドロイド)その横には
ジュークボックス型のロボット、パーセク3255。
洋子「部屋に戻りなさい、ルナ」
ルナ「はぁい。行くよ、パーセク」
呆然とルナを見ている康彦。
久志「あれもロボットなの?」
洋子「そうよ。かわいいでしょ。お茶にでも誘ってみる?エタノール
しか飲めないけど」
久志「でもロボットだからなあ」
康彦「ルナ…」
○路上(夕)
康彦と久志が歩いてくる。
久志は腰を押さえ足を引きずってかなり疲れている様子。
久志はボーッとしている。
久志「じゃあね」
康彦「ああ」
久志、立ち止まり、
久志「じゃあさ、俺、情報誌とか買って探してみるよ」
康彦「え?」
久志「バイトだよ。新しいバイト。夏休み短期とかなら結構あるはず」
康彦「あ、ああ」
久志「ヤッちゃん?」
康彦「あ、ああ。俺さ、もうちょっと続けてみるよ」
久志「は?」
康彦「そのさ、すぐやめるのは気がひけるし。ほらあの女に
「やっぱりね」とか思われたらシャクじゃんか…」
久志「そんなの関係ないってば。何なら兄貴の仕事手伝う?大きな
仕事が入ったみたいだから人手も足りないはずだし」
康彦「いいよ、もう少し我慢すればいいことだし」
久志「何言ってんの?ヤッちゃん頭おかしくなっちゃったん
じゃないの?」
康彦「…」
久志「あんな面倒な仕事、進んでやるわけないじゃんか。
どうしたの?さてはあの女が気になる?白衣着たいけすかない女」
康彦「違うよ」
久志「じゃあ何?あのロボット?あんなのが気になるの?どうして?
ヤッちゃんどうして…」
康彦「うるせえなあ」
久志「…」
○河川敷(夕)
鉄橋を渡る電車。
○駐車場(夕)
住宅街の駐車場。
康彦が歩いてくる。
那須銀造(55)が車を洗っている。
銀造「康彦!」
銀造を見る康彦。
康彦「また洗ってんのかよ」
銀造「ワックス変えたんだ。ツヤが違うだろ」
銀造、得意げ。
○那須家・前(夕)
住宅街の一軒家。
○同家・キッチン・中(夕)
那須晴子(53)が料理。
康彦が通り過ぎようとすると、
晴子「ヤッちゃん」
康彦「は?」
晴子「お父さん呼んできて。多分、駐車場にいると思うから。
ったく、いつもいつも車洗っててすりへっちゃわないのかしら」
銀造が入ってくる。
銀造「ワックスかけてるから心配無用だ。磨けば磨くほどツヤがでる」
晴子「お父さん」
銀造「そこで会ってな。康彦、ツヤが違ってただろう。今度のワックスは
舶来物だ。やっぱり欧米のワックスは一味違うな。だいたいシェアが
違うんだ、シェアが」
康彦「…」
康彦、去る。
晴子「ちょっと、すぐご飯なのよ」
銀造「康彦」
晴子「…大丈夫なのかしら」
銀造「?」
晴子「成績よ。これ以上留年されたらたまったもんじゃないわ」
銀造「心配するな」
晴子「そんな呑気でいいの?家を出たら分からないんですよ。
本当に大学に行ってるかどうかも。学校行っててもちゃんと
授業受けてるかも分からないし」
銀造「心配しすぎだよ。だいたい大学ってそういうところだからな」
晴子「どういうところなのよ」
銀造「砂場」
晴子「訳分かんない」
○同家・康彦の部屋・中(夜)
ベッドの上の康彦。
天井を見ている。
○マンション・前(回想)
幼少の那須康彦(6)が自転車を漕いできて急停車。
建物の前には伊勢ルナ(6)と伊勢幹子(29)。
康彦「ルナちゃん」
ルナ「ヤッちゃん」
康彦「ほんとにいっちゃうの?」
ルナ「うん」
康彦「どうして?ねえ、どうして?」
幹子「…康彦くんだったっけ?急に引越しが決まっちゃったのよ。
せっかく仲のいい友 達が出来たかと思ったら…ごめんね。
ちゃんとルナに手紙書かせるから」
ルナ「わたしちゃんとかく。てがみ」
康彦「ルナちゃん…」
ルナ「ヤッちゃん…」
幹子「じゃあ、そろそろ行かなきゃ」
幹子、トラックの運転手に、
幹子「これが議員宿舎の住所です。車はここに停めて荷物を…」
トラック、発車。
ルナは車窓から、
ルナ「ヤッちゃーん!」
自転車を漕ぐ康彦。
康彦「ルナちゃーん!」
ルナ「ヤッちゃーん!」
遠ざかるトラック。
転倒する康彦。
○もとの部屋(夜)
康彦、ため息。
○ロボット研究所・前
雨が降りだす。
○同・研究室・中
休憩時間。辺りは静か。
部屋の隅でパーセクと遊ぶルナ。
パーセク「じゃあ、今度はルナちゃんの好きなワルツ」
ルナ「わーい」
ルナ、ワルツに合わせて踊りだす。
ルナに見とれている康彦。
洋子が康彦の頬に缶ジュースを近づける。
洋子「頑張ってるね。どれくらいになる?」
康彦「…二週間、かな」
洋子「お友達、一日で逃げ出したのに。だいたい友人同士とか
カップルとかで来た人はたいがい、片方やめると全滅するのよ」
康彦「いいじゃん、別に」
洋子「気になるの?」
康彦「え?」
洋子「あの子。ルナ」
康彦「別に」
洋子「きれいだもんね。ロボットにしておくのはもったいないわ」
康彦「そっか」
洋子「人間だと思った?」
康彦「別に」
洋子「正式にはルナ4098って言うの。でも実際にモデルがいてね。
伊勢ルナって女の子。歳は…あなたと同じくらいかしら?父親は…」
康彦「伊勢和彦。元内閣総理大臣」
洋子「よく知ってるわね」
康彦「小さい頃遊んでたから」
洋子「ほんとに?」
康彦「ほんのちょっとの間だけど」
洋子「もしかして初恋の人?」
康彦「違うよ」
洋子、笑いながら、
洋子「本人ならもっとよかったのにね」
康彦「…そんなの関係ねえよ。バッカじゃねえの」
洋子「本人はね、3年前アメリカで行方不明。総理の娘が行方不明じゃ
まずいだろうって代わりに作られたの。日本の科学の水位が集められた。
分かるでしょ?だからあんなに精巧なの。日本一、いや世界一の
技術を集めたロボットよ」
康彦、ルナを見ている。
洋子「でもね、総理が急死してからは別。ルナもただのロボットってわけ。
さすがにロボットは選挙には出られないしね。おまけに家族も引取りを
拒否してあの状態。話し相手にでもなってあげれば?」
康彦「いいよ、別に」
洋子「たまには初恋気分に浸ってみれば?」
康彦「そんなんじゃねえよ」
洋子「どうだか」
ブザーが鳴る。
洋子「さ、仕事仕事。ルナ、パーセク、あっち行ってなさい」
ルナ「はあい」
ルナ、パーセク、去る。
康彦も立ち去ろうとするが、
洋子「ちょっと」
洋子、康彦にカギを投げる。
洋子「ロボット格納庫のカギ。今日からあなたが締めて帰って」
康彦、カギを見つめている。
○同研究所・廊下(夕)
私服に着替える康彦。
カギが落ちる。
○同研究所・倉庫・前(夕)
ロボット格納庫というプレートがある。
ゆっくりとカギをかけようとする康彦。
しかし思い直したようにカギを開け、静かにドアを開ける。
中をそっと覗き込む康彦。
○同研究所・倉庫・中(夕)
ルナとパーセクが向かい合って座っている。
パーセク「じゃあ、ルナちゃんのために新曲」
ルナ「えー、ほんと?」
パーセク「こっそりダウンロードしたんだ。聞いてみる?」
ルナ「うん」
そっとドアが開き、康彦が覗き込む。ルナ、康彦のほうを振り向く。
ルナの頬に差し込んだ夕陽があたる。
康彦「あ」
ルナ、にこやかに、
ルナ「こんにちは」
康彦「…こんちは」
ルナは再びパーセクと。
康彦はルナに見とれている。
○同研究所・前(夕)
車の整備をしている康彦。
物陰から様子をうかがう久志。
出ようとするが慌てて引っ込む。
一台のトラック。
阿南一郎(29)が降りてくる。
一郎「よお、康彦くん」
康彦「あ」
一郎「ここで研究してんのか。かっこいいなあ。久志のやつとは
大違いだ。あいつは夏休みもバイト三昧で困るよ。学生の本分は
勉強だってあれほど言い聞かせてるのに」
康彦「はあ」
一郎「あ、そうそう」
一郎は荷台から掃除機のようなロボットを降ろす。
一郎「こいつがさ、故障してるみたいでさ。直してくれないかなあ」
康彦「接触不良…ですかね」
一郎「原因はどうでもいいんだけどさ、壁の色塗ってるときに
ハシゴを倒そうとしたりしてさ、俺に恨みでもあるのかな」
一郎の腕には包帯。
康彦「それも?」
一郎「ああ。でもこいつがいないと何かと不便だからな。何とか直して
くれよ。出来るだけ早く、頼むよ」
一郎、トラックに乗りながら、
一郎「さて次の仕事、仕事」
康彦「仕事?これからですか?」
一郎「ああ。ペンキ屋だけだと食ってけないんだよ。今の世の中。
だから夜は、コンビニの店員さん。じゃあな」
トラック、走り去る。
久志は物陰にそのまま。
○リサイクル工場・溶融炉・前
康彦が廃棄ロボットを運び込む。
釜本。
釜本「今日はまた綺麗なロボットだな」
ロボットは美しい女性型。
康彦「何故なんですかね」
釜本「?」
康彦「使えそうなやつだと普通、中古品として再生されるんだけど
研究所の人はどうしても廃棄して来いって」
釜本「何だ、知らねえのか」
釜本、ロボットの背中の赤いタグを見せる。
釜本「これがあると絶対廃棄なんだよ」
康彦「何の…印ですか?」
釜本「恋に落ちるバカがいるんだよ。ロボットと。じゃあ特別に
推測してやる。プロファイリングだ」
康彦「?」
釜本「!」
釜本、ロボットに手をかざす。
釜本「これは家政婦ロボット。つまり女だ。このロボットに男、つまり
ご主人様が恋をした。それをみかねた奥さんがロボットを廃棄した。
そんな感じだな」
康彦「そんなバカな」
釜本「バカなことがあるんだよ。世の中には。それに…」
釜本、ロボットの股間を開く。
釜本「最近はこういう遊び心も加わっている。よっぽど具合がよかった
んだろうな」
康彦、あ然。
釜本「もうバカな気を起こさないようにロボットの頭脳も全部破壊する。
それより旦那の教育をしなおしたほうが効率がいいと思うんだけどな。
君も気をつけろよ」
康彦「…」
釜本「さようなら、どろぼう猫さん」
康彦「あ」
釜本、ロボットの燃料電池を取り去って炉の中に。
○ロボット研究所・前
焚き火。
助手が焼き芋を焼いている。
トラックが停車。
康彦が降りてくる。
康彦「こんなクソ暑いのに焼き芋かよ…」
建物の中から、
洋子(声)「もう!どういうつもりなの!」
康彦、慌てて中へ。
○同研究所・中
洋子がルナを引き摺りまわしている。
ルナ「こめんなさい…」
洋子「どういうつもり?私に恨みでもあるの?」
康彦。
康彦「ちょっと!」
洋子「どういうつもりなのよ!」
康彦「落ち着いて!」
洋子「…ったく、私の化粧品を無断で使ったのよ。ロボットのくせに!
ああ、頭にくる!」
ルナの顔にはおぞましい化粧。
パーセクが洋子を弾き飛ばす。
康彦「!」
パーセク「ルナちゃんをいじめるな」
洋子「あんたまで、どういうつもり?」
○同研究所・倉庫・中
康彦とルナ。
康彦「どうして?」
ルナは化粧を落としながら、
ルナ「女らしくなってみたかったの」
康彦「?」
ルナ「パーセクが教えてくれたんだ。化粧をすれば女らしくなれるって」
康彦「ふうん」
ルナ「ねえ、聞いていい」
康彦「?」
ルナ「女らしいってどんなこと?」
康彦「分かんなくてやってたの?」
ルナ「分かんないから、やってみれば分かると思った」
康彦、笑う。
ルナ「おかしい?」
康彦、ルナを見つめる。
ルナ「何?」
康彦、唇を近づける。
そこにパーセク。
康彦「そろそろ行かなきゃ」
立ち上がる康彦。
ルナ「もう一つ聞いていい?」
康彦「?」
ルナ「私、何のために生まれてきたの?」
康彦「え?」
ルナ「パーセクは音楽を聞かせて人を楽しませる。ここにいる
ロボットはみんなそう。お掃除したり、高いところで仕事をしたり、
みんな世の中の役に立ってる。でも私は何なんだろう。何をする
ために生まれてきたんだろう。それが分からないんだ」
康彦「…」
ルナ「ねえ、教えてよ」
康彦「…」
ルナ「私は何のために生まれてきたの?」
康彦「…」
○同研究所・研究室・中
康彦がやってくる。
助手たちが洋子のケガの治療。
康彦「大丈夫ですか」
洋子「まあね。かなり頑丈だから。それよりちゃんとあの子に
言い聞かせた?ったく」
所長。
所長「桂木さん、昨日までのカルテはどこにあるかね」
洋子「?」
所長「昨日まで診察したロボットのカルテだよ」
洋子「カルテって…先生は捨ててもいいとおっしゃいましたが」
所長「私は昔の分を捨てろと言っただけだ。昨日は昔じゃない
だろ。映画のセリフじゃあるまいし」
洋子「…」
机の上にはほかほかの焼き芋。
所長「手違いで修理せずに返したロボットが
あるみたいなんだ。記録がないとなると…まいったな」
洋子「…すみません」
○新築現場
家の新築現場。
ハシゴに乗り塗装作業中の一郎。
塗装ロボットの目が光る。
大工たち。
大工「おーい、兄ちゃん、そろそろ終わらねえか」
一郎「あと少しで終わりですから。天気変わらないうちに
やっちゃわないと」
大工「じゃあ俺たちは帰るからな」
一郎「お疲れさまでーす」
作業を続ける一郎。
塗装ロボットの目が光る。
一郎、鼻歌。
一郎「!」
塗装ロボットが襲いかかる!
一郎「な、何だ!」
ハシゴごと崩れ落ちる一郎。
○那須家・前(夜)
○同家・キッチン・中(夜)
食事中の銀造、晴子。
銀造「康彦はどうしたんだ」
晴子「知らないわよ。お父さんから言ってやってよ。あの子、
何か変なバイトしてるみたいよ」
銀造「バイト?」
晴子「どっかの工場で働いてるんですって。今日久志くんから
電話があったの。彼と一緒ならって安心してたんだけど、
心配だわ」
銀造「いいじゃないか」
晴子「お父さん」
銀造「いろいろ経験するのは悪いことじゃない。勉強だけじゃ
人は育たないよ」
晴子「そんな呑気なこと言って、知りませんからね」
銀造「まあ、そんなに心配するな」
晴子「まったく、二人分心配のし通し」
○同家・康彦の部屋・中(夜)
ベッドの上の康彦。
天井を見ている。
○ロボット研究所・倉庫・中(回想)
寂しげな表情のルナ。
ルナ「私、何のために生まれてきたの?」
○もとの部屋(夜)
康彦、ため息。
○ロボット研究所・前
○同研究所・研究室・中
洋子、所長、助手、慌しい。
康彦がやってくる。
康彦「桂木さん」
洋子、聞こえてない。
康彦「桂木さん」
洋子「何よ」
康彦「ちょっとお願いが」
洋子「それどころじゃないのよ。うちの修理したロボットが事故を
起こして…あ、修理してない可能性もあるんだけど。もうとにかく
忙しいのよ」
康彦「桂木さん」
洋子「何よ!」
康彦、桂木に耳打ち
洋子「え?あの子をつれてく?伊勢さんとこに?」
康彦「(頷く)お願いします」
洋子「無駄なことを…無理無理、追い返されるに決まってる
じゃないの」
康彦「そこを何とか…」
洋子「もう!私は忙しいの!」
洋子、所長を見る。
所長、頷く。
洋子「勝手にすれば」
康彦「あの…住所は」
洋子「そんなの自分で探しなさいよ!」
洋子、それ以上聞く耳持たず。
○住宅街
康彦が地図を片手に歩いている。
ルナが後に続く。
康彦「待っててくれよ、この辺だから」
ルナ「…」
康彦「こっちだこっち」
ルナ「違うよ…反対」
康彦「え?」
ルナ「道ぐらい覚えてるよ」
康彦、歩きだすが、
ルナ「もういいよ。ありがとう。私研究所に帰る」
康彦「どうして?」
ルナ「…いいんだよ」
康彦「すぐそこだからさ」
ルナ「いいの。もういいんだから」
康彦「いいから行こうよ」
ルナ「余計なお世話よ!あなたには関係ないじゃない!」
康彦、悲しげな表情。
ルナ「…ごめんなさい」
康彦「俺に任せてくれないか」
康彦、ルナの目を見つめる。
ルナ「…」
康彦、歩きだす。
ルナもゆっくりとついていく。
○伊勢家・前
豪邸。
インターホンを使う康彦。
那須幹子(53)の声。
幹子(声)「どなた?」
康彦「那須康彦です。昔…」
幹子(声)「まあ!」
門扉が自動で開く。
ルナ「?」
○同家・玄関・中
康彦を出迎える幹子。
幹子「まあまあ、どれくらいぶりかしら」
康彦「覚えてますか?」
幹子「もちろんよ。あれからルナはヤッちゃん、ヤッちゃんって。
毎日のように言ってたのよ。住所忘れていつの間にか連絡も
取れなくなっちゃってごめんなさいね。さあ、上がって」
康彦「実は…」
ルナが姿を現す。
幹子の表情が曇る。
康彦「ごめんなさい、あなただけ上がってもらえるかしら」
ルナは置いてけぼり。
○同家・外
ルナ、立っている。
雨が降り始める。
空を見上げるルナ。
○同家・応接間・中
康彦と幹子。
幹子「まあまあ、よく来てくれたわね。主人やルナがいたら
どんなに喜ぶことか」
康彦「…」
幹子「まったく、ルナはどこで何をやっているのか」
康彦「その話ですが…」
幹子「悪いけど、あのロボットは連れて帰ってくださいな。あの子の
身代わりっていうのは分かるんだけど、やっぱり気持ち悪くてね」
康彦「でも、あの子には行き場がないんで」
幹子「それだけのことでしょ?」
康彦「?」
幹子「だってそれだけのことじゃない」
康彦「…それだけ?」
幹子「あのロボット、見た目は確かにルナよ。最初は驚いたわ。
でもね、どう見ても本物のルナじゃない。周りから見たらウリ二つ
だけど、実際あの子と生活してきた私にとっては全くの別人なの。
双子はそっくりだけど親の目から見れば全然似てないのと同じよ」
康彦「でも…」
幹子「あのロボットの気持ちを考えてくれるのもありがたいわ。
せっかくのご好意だけど。お願い。うちの家のことも考えて」
康彦「…」
○同家・玄関・外(夕)
ルナ。
康彦が幹子に見送られる。
幹子「またいらしてくださいな」
康彦、会釈。
幹子「あら、雨…」
幹子、傘を康彦に渡す。
一本か、二本かためらうが、結局一本。
康彦「すみませんでした」
歩きだす康彦。
ルナも続く。
○繁華街(夜)
雨が降っている。
傘に入ろうとしないルナを引き寄せる
康彦。
ルナ「!」
康彦「…ごめん」
ルナ、頭を振る。
康彦「迷惑だよな。ああいうのは」
ルナ「?」
康彦「悪かった。余計なお節介やいて」
ルナ「…ねえ」
康彦「?」
ルナ「ほんものの私、知ってるの?」
康彦「ああ、少しだけ」
ルナ「そっか。どんな人?」
康彦「どうしてそんなこと聞くんだ?」
ルナ「私があの家にいるとき、いつも言われたんだ。お前はやっぱり
違う。ルナじゃないって」
ルナ、悲しそう。
ルナ「私の電子頭脳にはね、ほんもののルナさんの性格が少しだけ
インプットされてるの。でもね、本当に似てるのかなってずっと
気になってた」
康彦、笑う。
ルナ「やっぱり…違う?」
康彦「…」
突然、ストリートバンドの演奏。
ノリのいい曲。
ルナ、笑う。
ルナ「ねえ…」
ルナ、康彦の手を引いて踊りはじめる。
車道を飛び出し、車の間を縫ってダンス、ダンス、ダンス。
ルナ「ごめんね…」
康彦「?」
ルナ「ルナさんって、ずっと会いたかった人だったんだよね。なのに、
本物じゃなくて、 ごめんね」
康彦「…謝るなよ」
ルナ「…ごめん」
康彦「…謝るなってば」
康彦が唇を合わせようとするとルナの瞳から涙が零れ落ちる。
ルナ「!」
康彦「?」
涙を指で拭い不思議そうに見るルナ。
康彦「?」
ルナ「?」
康彦「泣いたこと…ないのか?」
ルナ「?」
康彦「それは涙っていうものだ」
ルナ「涙?」
康彦「そう。涙は悲しい時に流すもの。泣くってのはそういうことだ。
…どこまでも人間に近いロボットなんだな」
ルナ、微笑む。
○城南大学・キャンパス(夜)
月夜。
電灯が点在。
学生の姿はない。
○ロボット研究所・倉庫・中(夜)
窓から差し込む月明かりだけが康彦とルナを照らしだす。
立ったまま抱き合う二人。
物陰ではパーセクが凍りついている。
パーセク「ルナちゃん…」
パーセク、ゆっくり進みはじめる。
康彦とルナは気付かない。
○同研究所・玄関・中(夜)
物音も立てずに出ていくパーセク。
途中何度か振り返るが決心は固いようだ。
○同研究所・倉庫・中(夜)
康彦とルナは抱き合ったまま動かない。
○路上(夜)
交通量の多い道路の路肩を進むパーセク。
ダンプカーがクラクションを鳴らしながら通り過ぎていく。
すぐ横を通り過ぎていくトラックに驚くパーセク。
再び進みはじめると背後から車が突っ込んでくる。
パーセク、破壊。
○城南大学・キャンパス
学生で賑わっている。
○同大学・階段教室・中
教壇で講義をする教授。
電子出席簿が学生の間で回され、それを待ち受ける康彦。
何枚もの学生証を通し、そのまま教授の目を盗みながら出口に。
ところがポケットにもう一枚、学生証があることに気付く。
再び戻ろうとするが…
教授「誰だ!」
シンとする室内。
教授「代返か?そんなことをするとロクなこ とないぞ」
康彦は学生証を持ったまま机の下に伏せている。
教授は座席の最後尾に歩いていき、辺りをうかがって学生から
電子出席簿を受け取って戻ろうとするが、最前列の久志が
立ち上がる。
久志「先生」
久志は教室をぐるっと回って最後尾の教授のもとに向かう。
途中、出口付近で伏せている康彦の持っていた学生証を
取り上げて教授のもとに。
久志「すみません、つい、うっかりしちゃいまして」
教授「…今度から気をつけなさい」
久志、学生証を電子出席簿に通す。
汗だくの康彦、伏せたまま深呼吸。
○同教室・外
チャイムが鳴り、学生たちがゾロゾロと出てくる。
入り口付近に立つ康彦、久志を見つけ、
康彦「よぉ、悪いな」
久志は康彦をにらみつけ、学生証を渡したまま歩いて
いこうとする。
康彦「どこ行くんだ?」
久志「次の講義だよ。言っとくけど今回だけだから」
康彦「おい、仕事、やらないのか?」
頷いて歩いていこうとする久志。
康彦「おい、そりゃねえだろ?二人で引き受けた仕事だぞ、無責任な」
久志「お金はヤッちゃんが持ってるでしょ?俺、もういらないから
好きに使ってよ」
康彦「おい、勝手なまねするな!」
康彦、久志の手を引っ張る。
久志「いい加減にしなよ!」
康彦「いい加減なのはお前だろ!研究所も勝手にやめちゃうし、
このバイトも勝手にやめて学業に専念して一人だけお利口さん
ぶろうって訳か?」
久志「俺、ヤッちゃんに許可とらなきゃいけないの?バイトも勉強も、
トイレも、ヤッちゃんの許しが必要なの?」
康彦「いいから来いよ、次の講義、お客が多いんだからさ、手分けして」
久志「兄ちゃんがもう仕事できないんだよ!」
康彦「…え?」
久志「兄ちゃん、仕事できない身体になったんだよ、だから、だから、
俺がみんなを支えなきゃいけないんだよ!」
康彦「…」
久志、去り際に、
久志「最近、代返が多くて授業によっては二回出席を取ってるって
噂もあるから気をつけて…もうやめたほうがいいよ、こういうの」
久志、去っていく。
康彦「…」
康彦は呆然としている。
○同大学・キャンパス(夕)
とぼとぼと歩いていく康彦。
と、手前の掲示板に紙を張り出す職員。
紙には「留年者名簿」とある。
康彦「…」
那須康彦の名前が。
○那須家・前(夕)
○同家・キッチン・中(夕)
晴子が炊事。
康彦が入ってくる。
康彦「ただい…」
飯台の上の封筒を見て凍りつく康彦。城南大学からのもの。
封は開けてあり中身がうかがえる「留年通知」
晴子「どういうつもり?」
康彦「…」
晴子「今年は大丈夫って言ってたじゃない」
康彦「これは、あのさ、まだまだやることがあるかなって思って」
晴子「それはもう使ったセリフ」
康彦「…大丈夫だって」
晴子「大丈夫?何が?どうして?ったくあんたの頭の中が大丈夫?
って感じよ。大学はタダじゃないんだから、どうするつもり?」
康彦「大丈夫だって、おやじだって話をすれば分かってもらえるよ」
晴子「ったくお父さんがあなたを甘やかすから…」
康彦「あ、俺、父さんに話してみる。どこ?駐車場で車洗ってんの?」
晴子、ため息。
晴子「そうよ、駐車場」
康彦、立ち去ろうとするが、
晴子「車、ないのよ」
康彦「え?」
晴子「売ったの。もう贅沢は出来ないって」
康彦「え?」
晴子「あんたのせいよ。父さん、趣味取り上げられて可愛そうに。
ボケても知らないから」
康彦「…」
康彦の表情が暗くなる。
○駐車場(夕)
車のない一角にたたずむ銀造。
中空を見つめている。
康彦がゆっくりと歩み寄る。
康彦「父さん」
銀造「…」
康彦「父さ…」
銀造、ゆっくりと立ち上がると康彦の肩をポンと叩いて歩いていく。
途中、洗車セットも忘れずに。
○ロボット研究所・前
○同研究所・研究室・中
康彦と洋子。
洋子「どうして?」
康彦「…すみません」
洋子「そんな急に言われても」
康彦、頭を下げるだけ。
洋子「…そっか。分かった」
康彦、立ち去ろうとするが、
洋子「あの子、寂しくなっちゃうわね」
立ち止まる康彦。
洋子「パーセクもいなくなっちゃったし、ひとりぼっちだから」
康彦「…お世話になりました」
洋子「いいの?会ってかないで」
康彦、頷いて去る。
康彦、ペンを落としていく。
洋子「あ、ちょっと待って」
携帯電話が鳴る。
洋子は助手の一人を呼び止め。
洋子「ちょっとこれ、那須くんのだからお願い」
ペンを助手に手渡す。
○城南大学・研究棟・全景
○同棟・研究室・中
教授と康彦。
康彦は土下座。
教授「そういわれてもな」
康彦「お願いします」
教授「私は救済策などやるつもりはないんだ」
康彦「そこを何とか…」
教授「単位を安売りするその辺の教授とは違うんだ、私は」
康彦「それは分かります。先生は将来の城南大学を背負って立つ
お方です。だからこそお願いしてるんです」
教授、ため息。
康彦「お願いです!もう後がないんです!」
康彦、床に額をこすりつける。
教授「分かった分かった。もうやめたまえ」
康彦「本当ですか?」
教授「課題を出すからレポートを提出しなさい。夕方までだ」
教授、レポート用紙を投げつける。
康彦「え?夕方?」
教授「特例中の特例だ。それ以上は待てない」
康彦、苦虫。
○同棟・前
康彦が出てくる。
そこに久志。
康彦「よお、久しぶり」
久志「…」
康彦「俺さ、心入れ替えた。やっぱちゃんと卒業するわ」
久志、鼻で笑う。
康彦「ちょっとさ、飯喰わねえか。腹減っちゃってさ。どうしようも
ないんだ」
久志「何かやることあるんじゃないの?」
久志、康彦の持っているレポート用紙に目をやる。
康彦「ああ、これね。これはその…」
久志「救済なんでしょ?締め切りは?」
康彦「夕方。今日の」
久志「だったら飯喰ってる場合じゃないでしょ」
久志、携帯食糧を康彦に投げつけて去る。
苦々しく携帯食糧にかじりつく康彦。
○同大学・キャンパス
久志が歩いている。
少しだけ微笑んでいる。
突然久志が学生たちに取り囲まれる。
久志「?」
○同大学・トイレ・中
久志が弾き飛ばされて整然と並べられていた清掃用具が
崩れる。
久志を突き飛ばしたのは数人の学生。広畑の姿もある。
広畑「よぉよぉよぉよぉ。どうしてくれんだ」
久志「は?」
広畑「知らばっくれんじゃねえよ。代返やらずに金だけ呑んで、
よく平気でいられるな」
久志「ど、どういうこと、あ…」
○フラッシュ
キャンパスの久志と康彦。
久志「最近、代返が多くて授業によっては二回出席を取ってるって
噂もあるから気をつけて…もうやめたほうがいいよ、こういうの」
○もとのトイレ
久志「しまった」という表情。
久志「金なら返す。返すから、もうちょっとだけ待ってくれ」
広畑「ダメダメ。お前の相棒と一緒に俺たちと同じ思いをして
もらわないと」
久志「痛み?」
広畑「また今年も留年しちゃったぁ…っていう俺たちの味わった痛み。
信頼していたお前らに裏切られた痛み。親兄弟に迷惑をかけて
しまう心の痛み。はぁぁ、痛い痛い」
胸を押さえる広畑。
学生A、駆け込んでくる。
学生A「もう一人のやつ、どこにもいません」
広畑「ちゃんと探したのか!」
学生A「はい」
広畑「おい、もう一人のやつはどこにいるんだ」
久志、頭を振る。
学生A「そういや研究所に入り浸ってるって話を聞いたことが」
広畑「研究所?」
学生A「ロボット研究所。あいつ、そこのロボットに入れ込んでるって」
学生B「ああ、聞いたことがある。誰かをモデルにして作ったって
ロボットだろ」
学生A「俺、ちょっと行ってくる。あいついるかも知れないし」
広畑「待て」
広畑、うすら笑い。
広畑「ただ行って捕まえるだけじゃ面白くないな」
○同大学・図書館・中
机の上に大量の本を置き、レポートを書き始める康彦。
真剣な表情。
研究所の助手の姿。
助手は康彦に声を掛けようとするが…
そこに近寄るガラの悪い学生たち。
広畑の子分。
学生A「ようよう、精が出るな」
康彦「うるせえな、あっちいってろ」
学生B「そりゃ冷たいんじゃないの?せっかく耳より情報を持って
きたのによ」
康彦「いいよそんなの。俺は忙しいんだ」
学生A「お前、伊勢ルナって女を知ってるだろ」
康彦「は?」
学生B「知ってるんだろ」
康彦「だからどうしたんだよ」
学生A「見つかったんだってよ、本人が」
学生B「すぐに会いたいんだってよ。その女が。もてる男は違うねえ」
康彦「何でお前らがそんな話知ってんだ」
学生A「阿南久志に聞いたの。あいつと俺たちはマブだから」
康彦「久志?」
学生B「あんたと仲が悪くなってからは俺たちと急接近。これで
説明がつくだろ」
康彦「…」
学生A、メモを渡し、
学生A「考える前にとっとと足動かせよ。ここだここ、分かるな」
康彦、走っていく。
学生たち、目を合わせてニヤリ。
物陰の助手。
○同研究所・倉庫・中
ルナ。
洋子が入ってくる。
洋子「燃料電池、交換するわよ」
ルナ、胸を開く。
ルナ「那須さん…は?」
洋子「あの人ね、やめちゃった」
ルナ「!」
洋子「だから私があなたたちの世話係に逆戻り。よろしくね」
ルナ「どうして…どうして?」
洋子「さあね、よく分からないわ」
ルナ「…」
洋子「あんまり特定の人間に感情を持つのはよくないことよ」
ルナ「ねえ…」
洋子「気にしなくていいの!」
ルナ「…」
洋子「ったく、あなたはこの中でおとなしくしてるだけでいいの」
洋子、出ていく。
ルナ「…」
○路上
走る康彦。
汗だく。
○ロボット研究所・廊下
倉庫から出てくるルナ。
研究室から声が漏れてくる。
洋子(声)「え?ほんとに?」
ルナ「?」
助手たちのざわめき。
○同研究所・研究室・中
洋子と教授、助手たち。
教授「果たして本当かのう」
助手「さっき図書館で聞いたんです。那須さんが飛んでったから、
本当だと思いますよ」
教授「だったらあの子の存在がさらに難しくなるな」
助手「そうですね…事情が事情だけに他で使うわけにも
いきませんし」
頷く助手たち。
洋子「まさか本物のルナちゃんが生きてたとはねえ」
○同研究所・廊下
ルナ。
ルナ「…」
○同研究所・研究室・中
洋子、気配に気付く。
洋子「!」
○同研究所・廊下
洋子、出てくる。ルナの姿はない。
洋子「!」
倉庫の扉を開ける洋子。
洋子「ルナ!」
洋子の前髪に一陣の風。
洋子「?」
洋子、玄関のドアを見る。
洋子「!」
ドア、半開き。
○路上
フラフラとした足取りのルナ。
街を歩き、公園を歩き、また街に出る。
遊ぶ子供を見ると一瞬表情が優しくなるがすぐに落胆の
表情に戻る。
○歩道橋
道路を見下ろすルナ。
ルナ「…」
ルナ、手すりの上に立ち上がるとそのまま身を躍らせる。
ちょうど下を通りかかったのはロボットのスクラップを満載した
廃棄物運搬車。
○倉庫街
康彦が駆けてくる。
メモを見ながら目的の倉庫を探す。
C−3番倉庫を発見。
○C−3番倉庫・中
重い鉄の扉を開く康彦。
中は薄暗い。
(声)「ヤッちゃん、待ってたわ」
康彦「?」
(声)「忘れたの?私よ」
康彦「?」
(声)「さあ、こっちへ来て、早く」
康彦、ゆっくりと前へ進む。
(声)「どうしたの?さあ、もっとこっちに来て」
康彦「?」
(声)「早く、早く来て、ルナ、濡れちゃう」
照明がつけられる。
康彦は広畑とその仲間たちに囲まれている。
広畑「お前、バッカだなあ。こんなんでダマされるなよ」
広畑の仲間の一人が声色を変えて喋る。さっき聞こえた声だ。
康彦の背後では緊縛状態の久志。
久志「※θ♀●▽×!」
康彦「…だましたな」
広畑「こうでもしないとおさまりがつかないからよ。せっかくお前らを
信用したのに。ありがとよ、今年も留年させてもらったわ」
康彦「そ、そんな…俺はちゃんと」
広畑「言い訳は困るよ君、現に俺たちはこうやって留年の通知を
もらったんだから」
広畑とその仲間たち、胸元から封筒を出す。
留年通知。
広畑「過去を振り返って後悔するよりも現実をしっかりと見る。
どうだ、いい言葉だろう」
広畑の仲間、拍手。
康彦「バカくせえ…」
広畑「ということでこれからお前たちを拷問にかける。俺たちが
味わった苦しみをともに分かち合うためにな」
広畑が合図をすると仲間たちが康彦を縛る。
広畑「どうせなら二人まとめていっちゃおうか。走れメロスって
感じで友情もろとも縛りつける、ってか」
仲間たちが久志の縄をほどこうとする。
久志「!」
久志は仲間の手にかみつく。
久志「今だ!」
久志は康彦の手を取って走りだす。
広畑の仲間も後を追う。
広畑「…クソ」
広畑、舌打ち。
○路上
走る康彦と久志。
後ろから広畑の仲間が追いかける。
しかし追いつかない。久志は康彦をしのぐスピード。
○河川敷
康彦と久志がかけてきて、草むらの上にひっくり返る。
久志「もう大丈夫だ」
康彦、肩で息をしながら、
康彦「お前、すごいな。そんな体力あったっけ」
久志「兄ちゃんの代わりに仕事してるからね。身体はいやでも
鍛えられるよ」
久志、力こぶを見せる。
そこにロボット研究所のトラック。洋子が降りてくる。
康彦「?」
洋子「ねえ、ルナ見なかった?」
康彦「?」
洋子「姿が見えないのよ。無断で外出することなんか今まで
なかったのに」
立ち上がる康彦。
洋子の携帯が鳴る。
洋子「もしもし…えっ?…ルナが?…わかりました…すぐ
向かいます」
康彦「?」
洋子「あの子、リサイクル工場で保護されてるんだって。私は
これから行くけど…」
康彦「…」
久志「ヤッちゃん。レポートあるでしょ」
康彦「…」
久志「卒業するんでしょ?」
洋子「用があるんなら私だけで行く」
車に乗り込む洋子。
康彦「!」
康彦も助手席に。
洋子「?」
康彦「行ってください」
洋子、車を走らせる。
久志「…」
○走るトラック
康彦と洋子。
洋子「そっか、違ってたんだ」
康彦、頷く。
洋子「本物が出てくればルナは用なしになっちゃうからね。
あの子、それを知って出てったんだと思う」
康彦「…」
洋子「お願いがあるの」
康彦「?」
洋子「あの子を救って欲しいの」
康彦「?」
洋子「ロボットだって人を好きになるんだ、って初めて知ったわ。
ロボットの恋愛って噂には聞いてたけどまさかね…って思ってた。
でも分かった。違うんだよ。あの子があなたを見る目が。だから、
ウソでもいいから好きになってあげて」
康彦「そんな…そんなことできるわけないじゃん」
洋子「だったら何故ここに来たの?自分の将来を捨ててなんで
ここに来れるの?」
康彦「…」
洋子「あの子、近いうちに廃棄が決まりそうなの」
康彦「!」
洋子「機密を守るって理由で。お役所としてもさっさと大義名分
つけて処理したいのが本音だろうし。だから…好きになってあげて。
その日まで」
康彦「…」
トラックは走る。
○リサイクル工場・全景
○リサイクル工場・詰所・中
釜本とルナ。
釜本「すぐお迎えが来るからここでゆっくりとしていなさい。あっち
側はあんまり見んほうがいいかも知れんなあ」
釜本が示したのは溶融炉。ロボットのスクラップが投げ
込まれている。
ルナ「…」
釜本「さてと…お茶を出すわけにもいかないな…こういうときは何を
出せばいいんだろうか。ロボットの接客なんかやったことがない
からな…」
辺りを見渡す釜本、
目を離した隙に…
ルナ「!」
詰所を飛び出すルナ。
釜本「あ!」
○同工場・溶融炉
作業員が廃棄ロボットを投げ込んでいる。
ルナ、掛けてくる。
釜本が追いかける。
釜本「誰か、その子を止めてくれ!」
ルナ、溶融炉の前で立ち止まる。
ルナ「…」
釜本「待て、はやまるな!」
ルナ「!」
ルナ、胸を開き燃料電池を抜き取る。
釜本「いかん!」
ルナ「―」
そのまま溶融炉に落ちていく。
ロボット研究所のトラックが到着。
洋子と康彦が降りてくる。
洋子「?」
釜本「大変じゃ!」
洋子「ルナは?」
釜本が指し示したのは溶融炉の中。
康彦「!」
釜本「ちょっと目を離した隙に…」
洋子「だめ!」
康彦「!」
康彦、溶融炉の中に飛び込む。
釜本「いかん!」
康彦が炉の中に落ちるとシャワーが降り注ぐ。
釜本「早く上がれ!」
康彦は廃棄ロボットの中からルナを探す。
必死に探す。
ルナを発見。
康彦「!」
だが燃料電池が抜けているのに気付く。
康彦、必死で燃料電池を探す。
全くサイズの違うものだったり、壊れているものだったり。
やっと使える電池を発見。
ルナに取り付ける。
ルナ「…」
康彦「!」
ルナ「…どうして?」
康彦「…」
ルナ「どうして、なの?」
康彦「どうしても、だから」
ルナを抱きしめる康彦。
ルナ「…違うよ。私はもうルナじゃない…だって…」
康彦「もういいんだよ、ルナだって何だっていいんだ」
ルナ「…」
ルナ、涙を流す。
ルナ「!」
康彦「?」
ルナ「これは、涙?」
康彦、頷く。
ルナ「変だよ」
康彦「?」
ルナ「だって、涙って、悲しい時に流れるものじゃないの?」
康彦、微笑んで、
康彦「…そういう涙もあるんだよ」
ルナも微笑む。
そこにオルゴールの音。パーセクの声。
パーセク「ルナちゃん…」
ルナ「パーセク!」
だがパーセクは鉄の塊になっている。
パーセク「ルナちゃんのためにここで一曲…」
オルゴールが鳴りはじめる。曲のような、曲でないような音。
康彦とルナは静かに身体を揺らしはじめる。
康彦、微笑む。
ルナも微笑む。
二人は唇を合わせる。
康彦はずっと踊り続ける。
ルナが動かなくなるまで。
二人を見守る洋子、釜本、作業員ら。
○城南大学・全景(夜)
ひびだらけの校舎
○城南大学・階段教室(夜)
紀子が椅子に座っている。
那須康彦(54)が窓の外を見ている。
紀子「…」
康彦「私の話はこれだけだ」
紀子「あの…」
康彦「何だ」
紀子「どうして…その…大学の…」
康彦「留年した落ちこぼれ学生がどうして教授になったかって?」
紀子「…ええ」
康彦は風呂敷包みを差し出す。
紀子「?」
康彦「開けてみるがいい」
紀子、ゆっくりと包みを開ける。
中には小さな金属の塊。
紀子「これは?」
康彦「…電子頭脳だよ…ルナの」
紀子「!」
康彦「学生たちには悪いが俺はこの電子頭脳を再生させるため
だけに研究を重ねてきた。いつかこの電子頭脳を使ってルナを
復活させようと思ってな」
紀子「…」
康彦「だがな、いくら科学が進もうと、こんな鉄の塊一つ直せや
しない。人間は何のために進歩しているのだろうと考えさせ
られるよ」
康彦、苦笑い。
紀子「…」
○同大学・階段教室・外(夜)
紀子が出てくる。
紀子「お父さん!」
久志(54)。
久志「そろそろ終わる頃だと思ってな。どうだったか?」
紀子、頷く。
紀子「あ、那須さんに会ってく?久しぶりなんでしょ?」
久志「今日は会わないよ。あいつもとてもそんな状態じゃない
だろうし」
紀子「そっか」
久志「じゃあ飯でも食って帰るか。腹減っただろ」
紀子、頷く。
久志「この辺、うまいラーメン屋が多いんだ。昔から腹空かせた
凶暴な学生が多くてな」
紀子、笑う。
久志も笑う。
紀子、久志の腕にからみつく。
久志「?」
紀子、頭を振り、
紀子「ありがとう」
二人は歩いていく。
紀子(声)「あの教授の話を聞いてみて、少しだけうらやましいなと
思った。それは彼が 一生のうちで一番と思う相手にめぐり合えた
ということ。それはパズルの隣のピースのようなものだと思う」
○同大学・階段教室(夜)
康彦、一人でフレーズをつぶやきながらゆっくりと身体を揺らす。
机の上に置かれたルナの電子頭脳。黒く錆びてはいるが
ダイオードが小さく点滅している。
康彦はそのまま身体を揺らしている。
紀子(声)「パズルってどれも形は似ている。だけど隣に来るのは
たった一つだけ。そりゃ無理矢理はめ込めばくっつかない訳じゃ
ないけど…そのまま組み立ててもどこかでしわ寄せが来る」
○繁華街(夜)
若者で賑わっている。
通りかかる若い女を手当たり次第ナンパする若い男。
素通りする女、立ち止まる女。
紀子(声)「私はそういう恋がしたいと思った。この広い世の中に
必ずそういう人はいる。そう信じて人を好きになっていこうと思う。
…それだったら傷ついても後悔しないじゃん」
携帯電話の番号を交換する若者たち。
歩きながら忙しくメールを打ち込む女。
ホテル街に消えていくサラリーマン風の男と女子高生。
紀子(声)「あなたの恋愛は本物ですか?」
―完―
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