TRUE EYES
’02日本テレビシナリオ登龍門応募作品
「今でなければ訴えられないもの」を込めた。
今の世の中、メールの乱発など文字を粗末にしてしまう風潮に。
「文字は道具にも凶器にもなる」だから、軽はずみには扱っては
いけないことを伝えたかった。
○駅のホーム(夕)
電車から駆け出してくる遥梓(22)。
梓「え?どこなの?ここでいいの?」
心配そうに周囲を見渡す梓、
梓のケータイ、着信。
メール(以下M)「駅を出たところに店があ
る。すぐ分かる場所だ。地図を送る 父」
○駅前(夕)
梓、ケータイの画面に表示されている地
図を見ながら辺りを見渡す。
梓「やっぱり分かんないよ」
梓のケータイ、メール着信。
(M)「右だ右、みんなもいる 父」
梓「どこどこ?」
(M)「わからないの? 母」
(M)「だっせーの ケン」
よく見ると、遥政市(55)、美代(53)、
背中にギターの健次郎(25)が点在。
梓「ごめん、遅れちゃった」
政市「こっちだ」
一団は横丁に消えていく。
○みなと寿司・前(夕)
政市、美代、健次郎が店に入る。
梓も続こうとするとケータイが鳴る。
梓「あ、ちょっと待って。もしもしダイキ?
うん、パパとママとお兄ちゃんと一緒。ご
飯食べるんだ…じゃあ、また後でね」
梓、店の中へ。
○同・店内
カウンターと机が並ぶ店内。
梓、辺りを見渡す。
店員「お一人様ですか?」
梓「パパとママとお兄ちゃんも一緒だけど」
梓、バラバラに座っている政市と美代、
健次郎を発見、すでに食べている。
(M)「好きなところに座って、好きなもの
を頼みなさい 父」
梓「(苦笑)お一人です」
怪訝そうな店員。
○同・レジ前
梓、政市、美代、健次郎。清算する店員。
梓「おいしかった」
政市「じゃ、そういうことで」
政市、タクシーチケットを3人に配り、
黒塗り運転手つきの車で去る。
美代「一緒に帰る?」
健次郎「俺、練習があるから」
梓「私も、ちょっと寄るところがあるし」
健次郎、梓、出て行く。
美代「パパにちゃんとお礼のメールしときな
さいよ」
店員、カードとレシートを渡しながら、
店員「ご家族ですか?」
美代「何か?」
店員「いつもこれで?」
店員、メールを打つ仕草。
美代「面と向かって話せないこともあります
し、便利ですよ。ごちそうさま」
○小岩のアパート・前(夜)
○同・中
梓と小岩大樹(20)テレビも見ずにそれ
ぞれ勝手にケータイをいじっている。
大樹「アッちゃんの家族って、みんなバラバ
ラだよね」
梓「そんなことないよ、パパとママも家じゃ
ラブラブだし」
梓のケータイ、着信。
(M)「愛してるよ、アッちゃん」
大樹のケータイ、着信。
(M)「私も愛してる、ダイキ」
(M)「早く結婚したいよ、アッちゃん」
(M)「私もよ、ダイキ」
抱き合う梓と大樹、梓のケータイ、着信。
大樹「誰から?」
梓「パパ?」
(M)「実はお前に相談したいことがあるん
だ。梓の結婚のことなんだが、取引先に
いいご子息がいてな。それで決めようと思う」
梓「は?」
大樹「間違って送信してるんじゃないの?」
(M)「ケンはとても会社を継げそうにもな
いから、梓の結婚相手に私のあとを継がせよ
うと思う。問題は梓が付き合ってるあの男
だ。あいつじゃダメだ。」
大樹「あいつじゃ…ダメ(ため息)」
(M)「うまいこと諦めさせるには…」
梓「だめ、許せない」
梓、コートを羽織る。
大樹「どこ行くんだ?」
梓「帰る。大樹も行くよ」
大樹「行くって…何しに?」
梓「パパに私たちの結婚を認めさせるのよ」
大樹「結婚って…」
梓「いつも言ってるじゃない」
大樹「それとこれとは…」
梓「一緒なの!」
○遥家・前(夜)
大豪邸。
○同・リビング
犬とか猫が優雅に歩く。
梓と大樹、机を挟んで政市と美代。
大樹は明らかに無理のあるスーツ姿。
梓は怒りを堪えている。
政市「何なんだ、かしこまって」
美代「大事な話があるんだったらメールでな
さい」
梓「…わかった」
ケータイを取り出す4人。
政市のケータイ、着信。
(M)「私の結婚相手は私が決めるの。パパ
やママが勝手に決めるのはやめて」
梓、机を叩く。
政市「まさか!」
政市、ケータイを操作して頭を掻く。
梓のケータイ、着信。
(M)「悪かった、その話は忘れてくれ」
梓、机を叩き、
政市のケータイ、着信。
(M)「そりゃ、ダイキは頼りないけど、お
父さんが判定する権利はないわ」
政市「ある!」
梓「ない!」
大樹「?」
政市「お前は私の娘だ。将来ハルカドットコ
ム次期CEOの大事な社長夫人になるのだ」
梓「そうやって何から何まで勝手に決めて、
私だって一度は働いてみたいの!」
大樹「贅沢な悩み…」
政市「ああ、だったら働けばいい」
梓「ほんとに?」
美代「お父さん、梓は嫁入り前の身体ですよ。
無闇に働いてケガでもしたら」
政市「好きなだけ働け。私は止めない」
梓、3人にメール送信。
(M)「ラッキー!」
心配そうな美代のケータイ、着信。
(M)「心配するな。これも作戦だ」
美代「え?」
(M)「梓が働いている間はあのボンクラと
結婚することはない。逆にいい出会いがあ
るかもしれないし、そっちに賭けてみよう
と思う。そうだな、NMR銀行の役員秘書
なんかどうだろう。心当たりがある」
美代、慌てて政市にメール送信。
(M)「さすがは、あなた」
薄ら笑いで頷く政市。
○NMR銀行本店・前
周囲を見ながら戸惑っている梓。
梓「NMR銀行、NMR…わからないよ」
巨大なNMR銀行の看板に気付かない梓。
梓のケータイ、着信。
(M)「地図を送った 父」
梓、周囲を見て、
梓「あった!このビルだ!」
梓は小さな雑居ビル(極東建設新聞社が
入っているビル)に入ってしまう。
○極東建設新聞社・会議室・前
雑居ビルの一角。入口には『面接会場』
とあり、スーツ姿の若い男女が、ものす
ごい勢いでメールを打っている。
梓、ケータイを取り出しメール送信。
(M)「もしもし、パパ?何だか人がいっぱ
いいるけど、どうして?」
すぐにメール着信。
(M)「通常の採用面接にぶつかってるんだ
ろう。人事の人間には話を通してあるから、
普通に面接を受ければいい 父」
梓「そっか」
梓、再びメールを打ち始める。
○同・中
鴇田新蔵(68)と城島卓(55)の前に体
育会系の男Aが座っている。
城島「我が社の志望動機を教えて下さい」
男A、立ち上がり、敬礼。
男A「御社の将来性を感じまして、志望させ
て頂きましたであります。万世一系身体が
資本、体力には自信がありますであります」
男A、その場で腕立て伏せ。
鴇田「もういい」
鴇田は手で追い払う仕草。
× × ×
今度はガリガリの男B、うつむいたまま、
城島「志望動機を教えて下さい」
男B「…」
城島「あの…」
男B「…」
城島「志望動機と…」
男B、立ち上がり、服を脱ぐ。背中には
『男は黙ってサッポロビール』
城島「?」
鴇田「…ご苦労様」
鴇田は手で追い払う。
○同・前
梓の周囲の人間が段々と減っていく。
梓「遅いなあ…」
○同・中
鴇田と城島の前には男B、好青年。
城島「志望動機を教えて下さい」
男B「御社の将来性を強く感じまして…私が
これまで学んできた知識と経験を強く生か
して頑張りたいと思っております」
鴇田「で、何がやりたいの?うちで」
男B「それは…これまで私が学んできた知識
と経験を生かして…」
鴇田「具体的に何かないの?」
男B「ですから…私がこれまで…」
鴇田「もういいよ。ご苦労さん」
男B「待って下さい、採用してくれないと、
困るんです。せっかく東大に入ったのに、
どこにも就職できないと、ママが笑われる
んです。近所の人に」
鴇田「そんなこと知るか」
男B「ママは悪くない。ママは悪くないんで
す。僕、どうしたらいいんですか?」
鴇田「タイミング良く不景気の時代にあんた
を産んだママを恨め」
男B「そんな…」
鴇田「ご苦労さん」
鴇田、手で追い払う。
男B、悲しそうに出て行く。
城島「いいんですか?彼は東大生ですよ」
鴇田「だからどうした」
城島「いえ、何も…わが極東もついに東大生
が志望するようになったと思うと」
鴇田「俺だったら嘆くがな。東大生でさえ中
小企業を回らなければならない社会を。ま
ったく、近頃の奴らはみんな、志望動機は
判を押したように将来性、将来性って言い
やがる。ほんとに会社のことを理解して来
ているのか、頭にくる!」
鴇田、机を蹴飛ばす。
○同・前
城島が顔を出す。
梓がポツンと座っている。
城島「あれ?もう面接は終わったはずだけど」
梓「(戸惑う)私はただ、パパに言われて」
城島「パパ?」
鴇田が顔を出す。
鴇田「何だかよく分からんが、面接ぐらいは
してやろう」
城島「じゃあ、入って」
梓、立ち上がり、
梓「何よ、えらそうに」
○同・中
鴇田、城島の前に梓。
城島「じゃあ、志望動機から伺います」
梓「何それ?」
城島「え…」
鴇田「この会社を選んだ理由だ」
梓「分かんない」
鴇田・城島「分かんない?」
梓「パパに行けっていわれたんだもん」
梓、ケータイをいじりだす。
鴇田「君は、何か仕事をしているのか?」
梓「(頭を振り)何もしてないよ。パパが働
かなくていいっていうから」
鴇田「そのパパは、本当のパパなのか?」
梓「当たり前じゃない。変な人」
城島「お父さんは、何をやっているの?」
梓「うーんとね、IT関係ってやつ?」
鴇田「そんな形のない仕事はそのうち、ドー
ンと落ちるぞ」
梓「ひどーい」
梓、ウソ泣き。
鴇田「何でも泣けば済むと思っていやがる。
近頃の若者は教育がなっとらん!」
梓、泣くのをやめて、
梓「近頃の若いもんは…って言い出すのは老
化の始まりだよ、だっさーい」
鴇田「だまれ!」
梓「何?逆ギレ?」
鴇田「じゃあ聞くが、どうしてうちの会社を
選んだ?なんで新聞社で働こうと思った?
家が金持ちなら、釣り合うような高給取り
の男と結婚すればいいじゃないか?そうす
れば、わがまま放題、し放題なんだぞ」
梓「ここ、新聞屋さんなんだ」
鴇田「知らなかったのか?」
梓、立ち上がる。
梓「新聞屋さん、朝早いからやめとく。私、
朝早いのとトカゲとパイナップルは苦手」
鴇田「ここは販売店じゃない」
梓「それに、みんな頭ガチガチだし」
梓、出て行こうとすると、
鴇田「採用だ」
梓「え?」
鴇田「採用だ。採用して、お前の根性を叩き
直してやる」
城島「編集長!」
梓「そんなお願いされても困る。でも…」
梓、暫く考えて、
梓「分かった、働いてあげる。ここ、ごくど
う建設新聞って言うのね」
鴇田「極道じゃない、極東だ!」
○同・玄関(夜)
政市が帰宅。美代がお出迎え。
政市「梓はどうした?」
美代「寝ました、明日から働くからって。あ
の子、大丈夫なんでしょうか」
政市「(頷く)所詮は腰掛程度の仕事だ」
梓が階段を降りてくる。
美代「まだ起きてたの?」
梓「(頷く)眠れない」
政市「まだ子供だな。で、会社はどうだった」
梓「サイテー。怖そうな編集長はいるし。で
も私、頑張るから」
美代「銀行に編集長がいるの?」
政市「お前、どこで働くんだ?」
梓「ごくどう建設新聞ってとこ」
政市「極道?NMR銀行じゃないのか?」
梓「あっ、そっか!」
○メインタイトル
○極東建設新聞社・前
○同・編集局
鴇田、城島ら記者達。
梓はピンクのスーツ姿。キャバクラ嬢風。
鴇田「入社した、遥さんだ」
梓「梓です、よろしくー」
鴇田「遥さんは城島君に面倒を見てもらう」
梓「よろしくね、城島っち」
城島「城島っち…(戸惑う)」
鴇田「それでは、今週の予定を。まず、高谷
建設の記者会見が本日十一時から。これは
城島と遥さんに行ってもらう、それから…」
城島「編集長」
鴇田「何だ?」
城島「遥さん、もう行っちゃいました」
○高谷建設・前
○同社・大会議室・中
『ダブルシールド工法説明会』とある。
たくさんの座席に大勢の人々。
梓「すごーい、ひろーい。ねえねえ城島っち、
ここに座ろうよ」
梓、真正面の席に座る。
隣にいる浅倉健司(26)が梓を睨む。
城島「だめだめ、ここはね、一般紙が陣取っ
てるんだ。僕らはもっと後ろ」
城島の後ろに若葉一郎(55)。
若葉「やあ、城島君じゃないか」
城島「若葉さんがなぜ?敵情視察ですか?」
若葉「そんなとこかな。建設業界としてもダブル
シールド工法は注目だからね。今日の発表で
高谷は株価もドーンと上がるよ。うらやま
しい限りだ。そちらのお方は?」
城島「うちの新入社員の遥君です。こちら、
若葉建設の若葉社長」
梓「梓でーす、よろしく」
梓、慣れない手つきで名刺交換。
名刺の裏には手書きのケータイ番号。
城島「遥さん…」
若葉「元気があっていいよ。こんな辛気臭い
業界にとってはこういう元気な人が必要だ。
がんばりなさい。応援してるよ」
梓「ありがとうございまーす」
笑う若葉、梓、笑えない城島。
演壇に高谷隆弘(44)が上がる。
城島「あれが高谷建設の社長だ。悪い噂もな
くはないが、親父のあとを継いでよくやって
るよ。遥さん?」
梓、ケータイで通話中。
城島「遥さん!」
梓「何?」
城島「何じゃない。すぐ電源を切りなさい」
梓「何で?ここ電車の中じゃないんだよ」
城島「電車じゃなくたって、そんなの常識だ
よ。すぐに通話をやめなさい」
梓「常識?誰にも迷惑かけてないじゃん。小
さな声で話してるんだから。それに、何で
私に命令するの?」
城島「いいからやめなさい!」
一瞬、場が凍る。
梓「(渋々)じゃ…メールにする」
城島「!」
鴇田(声)「バカヤロー!」
○極東建設新聞社・編集局
鴇田の前でうな垂れている城島。
梓はあっけらかん。
鴇田「何も聞いてないだと?お前ら二人して
何やってんだ」
城島「遥さんが…」
梓「私のせいなの?」
鴇田「お前の監督責任だ!重要な会見なのに、
これじゃ特オチだぞ、特オチ!」
梓「トクオチ?」
鴇田「デカい情報を一社だけ逃すことだ。特
ダネの逆。そんなことも知らんのか!」
梓「今日が初めてなのに知るわけないでしょ」
城島「待って下さい!」
城島、ICレコーダーを出す。
城島「こっそり録音しているのを忘れてまし
た。これ、小さいのに結構高いんですよ」
鴇田「何だ…早く言えよ」
だが、聞こえるのは梓と城島の口論。
鴇田「バカヤロー!」
城島「す、すみません、何とかします!」
城島、飛び出して行く。
鴇田「お前は校正でもしてろ」
梓「コウセイ?」
鴇田「いいからあっちに行ってろ」
局内でダベっている記者たち。
鴇田「お前らも油売ってんじゃねえぞ!」
蜘蛛の子を散らすように去る記者。
× × ×
記事の校正をする梓に近寄る若い記者。
記者「しっかりやってね。これは記者の仕事
じゃないって思うかもしれないけどさ、う
ちは人が少ないから、いろんなことやるん
だ。だから、そんな綺麗な格好して来ない
方がいいね。印刷を手伝うこともあるから」
記者が去ると梓、ケータイをいじる。
鴇田(声)「バカヤロー」
× × ×
鴇田、梓を睨む。
鴇田「バカヤロー、校正も出来ないのか。だ
いたいお前はなあ、そういうのが全然ダメ
なんだよ。いつもいつも」
梓「いつもいつもって、今日の私しか知らな
いじゃない。何度言えば分かるの?」
鴇田「それは…うるさい!」
梓「なんでもかんでもうるさいって言えば済
むと思って。男って都合が悪くなるといつ
もそれ!」
鴇田「うるさい!」
梓「ほら、それって言葉の暴力。サイテー」
鴇田「…」
梓「文句あります?」
鴇田「…校正、続けてろ」
梓「はーい」
梓、颯爽と歩くが、つまづいて書類の山
に突っ込んで服が汚れてしまう。
記者「ほら、汚い格好がいいって言ったのに」
梓、服の汚れを見て、
梓「…何で?」
記者「ここは新聞社だから。インクは僕らの
血液だからね」
○高谷建設・前
梓、ケータイをいじっている。
浅倉がやってくる。小奇麗なスーツ姿。
浅倉「こないだの記者会見、来てたでしょ?
うるさかったから、よく憶えてるよ」
梓、無視。
浅倉「シカトはないでしょ?同業者なのにさ」
梓「同業者?」
浅倉、名刺を出す。
浅倉「東亜新聞経済部の浅倉、よろしく」
梓、受け取る。
浅倉「君は?」
梓、渋々名刺を差し出す。
浅倉「極東建設新聞…何だ、業界紙か」
梓「ギョウカイシ?」
浅倉「普通の家庭で読まれてるのが一般紙。
我が東亜新聞は発行部数日本一。逆にオタ
クみたいに一つの業界の記事ばっかり載せ
てるのが業界紙、君んとこみたいな新聞」
浅倉「!」
名刺の裏にケータイ番号。
梓「あ、それだめ」
梓、名刺を取り返す。
梓「ストーカーされると困るから」
浅倉「バカにすんなよ」
梓「してるんだってば」
浅倉「あのさ、時間ある?喉渇いちゃってさ」
梓、ホースを指し示す。
浅倉「冗談キツいな。お茶でもどう?」
梓「そんなヒマないよ」
浅倉「充分ヒマそうじゃない。それともさ、
もしかして取材してるつもり?」
梓「…」
浅倉「やっぱりな。でもそれって取材とは…」
梓「これが私のやり方なの!」
浅倉「たいしたもんだね。そんなに若いのに、
もう自分の方法を見つけてるんだ」
梓「ほっといてよ。ここで取材しろって言わ
れただけなんだから」
浅倉「無駄無駄。この会社はね、記者会見以
外はシャットアウト。特に、ここの会長は
マスコミ嫌いで有名なんだから」
梓はケータイをいじっている。
浅倉「ちょっと、聞いてんの?」
梓「(頷く)それとなく」
浅倉「昔は簡単に取材出来たらしいんだけど、
贈賄疑惑で叩かれてそれっきり。ねえ、こ
こにいるのは時間の無駄だからさあ」
梓「うるさいってば!」
浅倉「…おっとっと。そうカッカしないほう
がいいよ。シワも増えるし」
浅倉、梓に睨まれ逃げるように去る。
鴇田(声)「バカヤロー!」
○極東建設新聞社・編集局
鴇田の前で俯く梓。
鴇田「お前、取材ってのが分かってんのか?
突っ立ってるだけじゃ話になんねえんだぞ」
梓「行けって言ったのは編集長でしょ!」
鴇田「言い訳するな!」
梓「言い訳も何もないよ!だいたい、取材し
て来いって言われても、やり方も何も教え
てくれないでしょ?変じゃない?」
鴇田「そういうのは自分で身に付けるもんだ」
梓「メチャクチャ。火のつけ方も教えないで
火を消せって言ってるようなものよ!」
鴇田「うるさい!」
梓「もう!うるさいしか言えないの?」
城島が飛んでくる。
城島「編集長、遥さんの言うとおりですよ」
鴇田「何だと?」
城島「今は若者が這ってでもついてくる世の
中じゃないんですから、じっくり育てるつ
もりで考えた方がいいですよ」
梓「そうよ」
鴇田「何!」
城島「編集長、落ち着いて下さい。遥さん、
君も言葉に気をつけなさい」
梓「(渋々頷く)」
鴇田「記事は足で稼げ。それだけは忘れるな」
○小岩のアパート・中(夜)
小岩と梓、ケータイをいじりながら会話。
梓「ひどいと思わない?サイテーだよ」
小岩「あんまり無理するな」
梓「でも頑張る。鼻を明かしてやるんだ」
小岩「取材とか、やってるの?」
梓「それが全然ダメ。記事は足で稼げって訳
分かんないこというし」
小岩「そんな古いこと言ってんの?」
梓「古い?」
小岩「せっせと通えってことだよ。飛び込み
の営業マンと同じ。だけど、今どきそんな
奴いないし」
梓「そういやそうだ。原稿も手書きだし、ゴ
キブリみたいな真っ黒い電話使ってるし、
おまけにタバコの煙はモクモクで女はオフ
ィスで喫うなって言ってるしね」
小岩「だったら、パソコン、使ってみるか」
梓「え?」
小岩「インターネットだよ。これからはIT
の時代。足じゃなくて、指で記事を稼ぐ」
梓「さすがダイキ、たまには頭いい」
梓、メール着信。
(M)「俺がついてるから大丈夫」
梓、小岩に抱きつく。
鴇田(声)「バカヤロー!」
○極東建設新聞社・編集局
鴇田と梓。
鴇田「インターネットだと?このアマ。誰が
そんなもの使えと言った」
梓「こっちのほうが早いでしょ?足でチマチ
マ稼ぐより」
鴇田「チマチマだと?記者をなめるな!」
梓「なめてないよ…だいたい意味分かんない。
記事を足で稼ぐってのが」
鴇田「何もなくても顔を出す…そういうことだ」
梓「そんなの時間の無駄だよ」
鴇田「信頼関係を築くためだ、何度も言わせ
るな」
梓「一度も言ってないよ!」
鴇田「うるさい!」
梓「ほら始まった」
鴇田「いいから行ってこい。お前なんかな、
記者(汽車)じゃなくてトロッコだ。悔しかったら
ニュースでも何でも拾って来てみろ!」
梓「何なの?だいたい、トロッコって何?訳
分かんない。ムカつく!」
梓、去る。城島ら記者たち、あ然。
○高谷建設・前
梓、怒り肩で入っていく。
○同社・エントランス
梓の前に警備員が立ちはだかる。
警備員「失礼ですが。どちらに御用ですか?」
梓「御用って…この会社に御用よ」
警備員「では、部署と用件を受付の方に」
梓「そんな面倒なことしなきゃならないの?」
警備員「決まりですから。失礼ですが、どち
らの方で?」
梓「ごくど…いや、極東建設新聞の方よ」
警備員「マスコミの方だったら、どういった
内容の取材かを広報に通していただいて…」
梓「コウホウ?どうやって通すのよ」
警備員「それは、アポをとるなり…」
梓「アポ?」
警備員「アポイントメント」
梓「どういう意味よ」
警備員「ですから、アポ…」
梓、去ろうとする。
警備員「あの…」
梓「もういい。よく分かんないから帰る」
梓、怒り肩で出て行く。
○同社・前
暫くするとそのまま出てくる。
浅倉が笑っている。
浅倉「ほら、無駄だったでしょ?君が何か聞
き出せるんだったら、とっくに俺が抜いて
るよ。ここから出てくるのは企業PRの面
白くもないニュースと黒い噂だけ。ダブル
シールド工法も子会社の技術をパクっただ
けだからね。だからさ、俺と一緒に有意義
な時間を過ごそうよ」
梓はいない。
浅倉「!」
黒塗りの車に突撃する梓。車から熊井玄
(50)と高谷浩太郎(68)が降りてくる。
梓「あの!」
熊井「誰だね君は」
梓「あなたたち、えらい人?」
浩太郎、熊井、目を合わせる。
梓「ちょっと取材したいんだけど」
熊井「失礼な。名前ぐらい名乗ったらどうだ」
梓「ごくど…いや極東建設新聞の遥梓」
浩太郎「極東建設新聞?」
熊井「こういうのはちゃんと広報を通してく
れないと困るんだ」
浩太郎「まあまあ、そこまで目くじら立てる
こともなかろう」
熊井「会長」
梓「やっぱりえらい人なんだ」
浩太郎「高谷建設会長の高谷です。何か?」
梓「…黒い、黒い噂って何よ?」
浩太郎「(大笑い)君、記者だったらもっと
うまい質問の仕方を勉強しなさい。少なく
とも極東の記者なら」
浩太郎、社屋に消えていく。
熊井「ねえねえ君、どうしても取材がしたい
んだったらねえ」
熊井、手帳を取り出し、
熊井「連絡先控えとくから」
梓「ほんとに?」
熊井「特別だよ。君の熱意には参った」
梓、名刺を渡し、颯爽と戻ってくる。
浅倉「ダメだよ、女たらしの熊井にかまっち
ゃ。女子社員何人も孕ませてんだから」
梓「悔しいんでしょ?」
浅倉「ぜーんぜん。あいつ、バカだから何も
知らないよ。保証する」
梓「やっぱり悔しいんだ」
浅倉「違うって、それより俺にも番号教えて
よ。いざという時は守ってやっからさ」
梓「ヤだ」
梓、去る。
浅倉「やだねったら、やだねー」
梓、戻ってきて、
梓「それ、ちょっと古い」
梓、去る。
浅倉「…」
○遥家・前(夜)
○同・食堂(夜)
政市、美代、健次郎とケータイメールを
打ちながら料理にガッつく梓。
美代「お行儀の悪い食べ方はやめなさい」
健次郎「そうそう。お嫁に行けなくなるぞ」
政市「まだいかなくてもいい!」
机を叩く政市だが、静まり返っている周
囲の雰囲気を感じ、咳払い。
梓「何たって、身体が資本なの」
健次郎「資本たって、キャビアはそんなガツ
ガツ食うもんじゃねえぞ」
政市「そんなに本気にならなくたっていいん
だぞ。NMR銀行、今からでも大丈夫だし」
梓「いいの。タコ編集長の鼻を明かしてやる」
梓、肉をフォークで突き刺す。
梓のケータイが鳴る。
梓「はい…あ、これから?」
○高谷建設・秘書室(夜)
熊井が一人だけ。電話中。
熊井「ちょっと時間がとれそうでね。君さえ
よければどうかなと思って。なかなかない
よ、会長の単独取材なんか」
熊井、不敵な笑い。
○遥家・食堂(夜)
梓「分かった、すぐ行く…行きます」
梓、立ち上がる。
美代「ちょっと、梓」
梓「取材行ってくる」
政市「何時だと思ってるんだ」
時計は十一時を回っている。
梓「大丈夫、会社で会うし、一人だけじゃな
いから」
梓、出て行く。
政市「おい!」
○高谷建設・廊下(夜)
梓と熊井が歩いてくる。
熊井「悪いね、こんな時間に。株主総会も近
いからこんなに遅くなっちゃって」
会長室のドアを開ける熊井。
○同・会長室(夜)
梓、熊井が入ってくる。誰もいない。
熊井、梓を押し倒す。
梓「何なの?」
熊井「知ってて来たんだろ?」
梓「どういうこと?どういうこと?」
熊井「こういうことだ」
熊井、梓の服を脱がせようとする。
梓の悲鳴!
警備員が飛び込んでくる。
警備員「どうしたんですか!」
熊井「あっちいってろ」
熊井は梓の口を押さえている。
熊井「これは合意の上での行為だ。分かった
ら出て行け。下手なまねはするな」
警備員「ですが」
熊井「クビになりたいのか!」
警備員「…」
梓の必死に訴えかける目。
そこに浅倉が登場。
浅倉「このエロ部長!」
浅倉、熊井に飛びかかる!警備員も!
熊井「お前ら!」
浅倉、梓を助け出す。
浅倉「大丈夫か」
梓「ほっといてよ!」
梓、服の乱れを直す。
梓「見ないで!」
浅倉「恩知らず」
鴇田(声)「バカヤロー」
○極東建設新聞社・編集局
鴇田と梓。梓は顔に絆創膏。
鴇田「いくらニュースを取るったって、そこ
までする必要はねえんだよ!」
城島、飛んでくる。
城島「編集長、言い過ぎですよ」
鴇田「お前は黙ってろ!いいか!相手に見返
りを求めようなんて奴は仕事もできねえや
つなんだ。そんな奴ほっとけ!」
梓「何で怒られなきゃならないの?」
鴇田「お前が未熟だからだ」
梓「それだけで済むの?私、襲われたんだよ」
鴇田「だから、そんな奴ほっとけばいいんだ」
梓「何?信じらんない!」
梓、出て行く。
○高谷建設・前
梓に歩み寄る浅倉。
浅倉「社員が襲われたのに、また同じところ
に放り込むなんか、ひでえ会社だな」
梓「ほっといて」
黒塗りの車に駆け寄る梓。
熊井が降りてくる。
熊井「何しに来た?あんたのお陰で女房が実
家に帰ったよ。俺もそのうち処分される。
どれもこれもあんたのせいだ。あんたが俺
の家庭をメチャクチャにしたんだ」
梓「不倫相手みたいな言い方しないで」
熊井「何でもいい、おとなしく帰れ」
浩太郎が降りてくる。
浩太郎「記者さん、ちょっと時間はあるかね」
梓「え?」
○同社・会長室
梓に封筒を差し出す浩太郎。
浩太郎「うちの社員があんたに迷惑をかけた
そうだな。これはせめてもの罪滅ぼしだ」
梓「…いらない。そういうのってお金出され
た方が辛いよ」
浩太郎「よく見たまえ」
梓、封筒の中の書類を見る。契約書。
浩太郎「我が高谷建設を立て直そうといろい
ろとやったが、万策尽き果てたよ。今から
思えば、会社を息子に譲ったのが間違いだ
った。有能な部下は去ってしまったし、息
子は息子で妙な先物取引に手を出してしま
った。もうこの会社は終わりだ」
梓「変だよ、それ。みんな子供のせいにして
る。おじさんだって責任があるよ。それを
子供だけになすりつけるなんて、サイテー」
浩太郎「君は何でも素直に言ってくれるな。
そうだ、その通りだ。私は最低な親だ。だ
からこそこれを君に託す」
梓「これ、何の意味があるの?」
浩太郎「鴇田に渡せば分かる」
梓「編集長を知ってるの?」
浩太郎「新入社員時代からのつきあいだ。あ
の頃はお互い若かった。腐りきった建設業
界を二人で立て直そうってな。あいつは業
界の外側で、俺は内側で。いろんな無茶を
したもんだよ。あいつに伝えてくれ、もう
自分で自分の身体を洗うことが出来ません
とな。さあ、ここからはあんたらの出番だ」
梓「(頷く)」
浩太郎、梓を見送ると受話器を取る。
浩太郎「ちょっと出かける。車を頼む…自分
で運転するから大丈夫だ」
机の中からピストルを取り出す浩太郎。
○極東建設新聞社・編集局(夕)
鴇田、城島が梓の契約書を見て興奮。
城島「すげー!」
梓「あの…これは何なの?」
鴇田「何だ、何も知らずに持ってきたのか」
城島「これは裏JVの契約書だよ。裏JVっ
てのは、公共工事の落札者があらかじめ決
められた業者と組むようにする仕掛け。契
約書まで残ってるとなると、あらかじめ落
札価格の目星が付いてるってことだよ」
鴇田「つまり、談合の疑いがあるってことだ」
梓「ダンゴ?」
城島「ダンゴじゃなくって、談合。仲間うち
だけで違法な価格の取り決めを行うことだ」
鴇田「高谷浩太郎は息子の放漫経営をどうに
か立て直そうとしてたんだ」
城島「ダブルシールド工法も所詮は株価引き
上げのデモンストレーションに過ぎなかっ
たってわけか。うまいこと株を売り抜けて
いる奴もいそうだな」
鴇田「よし、一般紙が追ってくる前に守りを
固めるぞ!」
記者らは忙しく出動の準備。
梓は一人残り唇を噛み締めている。
鴇田「どうした?」
梓「私、許せない…あんなおじさんを苦しめ
るなんて」
梓、出て行こうとするが、
鴇田「何処に行く」
梓「おじさんの子供に言い聞かせてやる」
鴇田「よせよ。高谷のガキは一年の殆どを海
外で過ごす。今頃のハワイの海ででも泳い
でいるだろうよ」
梓「変じゃん、そんなの。変だったら変だっ
て言えばいいじゃん」
城島「変なことも時には受け入れなきゃなん
ないんだ。社会ってのは」
梓「そんなつまんないんだ、社会って」
鴇田「お前、いつからそんな正義感持つよう
になった」
梓「うるさ(口を押さえる)」
梓、走って行く。
鴇田「城島。俺達が作ったんだろうか。つま
んない社会ってのを…うっ!」
と突然、鴇田が胃を抑えながら倒れる。
城島「編集長!」
鴇田「くそ、こんなときに…」
城島「誰か、救急車!」
鴇田「いや、大丈夫だ」
城島「ダメですよ」
鴇田「大丈夫だと言ってるだろうが!」
受話器に手を伸ばす城島。
鴇田「やめろ!」
城島「(悩み)…すみません!」
城島、受話器を上げて、プッシュ。
救急車のサイレンの音。
鴇田「…あとは、まかせたぞ」
○高谷建設・秘書室(夜)
熊井がFAX送信中。机上には極東建設
新聞『高谷建設に裏JV疑惑』
熊井「あの女が俺の人生をズタズタにしたん
だ…あの女が、あの女が…」
熊井が送っているのは告発文『若葉建設
も裏JVの疑い』
○極東建設新聞社・編集局(夕)
デスクでは城島がいらだっている。
城島「他に、他に情報はないのか?」
記者たち、俯いている。
城島「何もないんじゃ話にならないだろう!
これじゃ一般紙に追い越されるぞ」
FAX受信。『若葉建設も裏JVの疑い
の告発文を手に取る梓、城島に渡す。
告発文をしげしげと見つめる城島。
城島「すごいな…大スクープだ。よし!頭は
これで行こう!」
梓「え?」
輪転機の音。
○輪転機
極東建設新聞が刷られる。一面には『若
葉建設も裏JVに参加』
○同社・編集局
梓、城島ら記者たち。鴇田が入ってくる。
城島「編集長!」
鴇田「残念ながら胃痙攣だったよ」
城島「よかった、一時はどうなることかと」
鴇田「それどころじゃねえんだよ、バカヤロ
ー、こんなことある訳ねえだろ」
鴇田、極東建設新聞を叩きつける。
鴇田「若葉の社長ってのはな、曲がったこと
が大嫌いなんだよ。いくら経営が苦しいっ
たって、あの社長が悪事に手を染める訳ね
えのは城島、お前だって知ってるだろ」
城島「それは…もしやと思ったんですが」
鴇田「こういう記事は、もしやまさかじゃ済
まねえんだよ。ウラは取ったのか?」
城島「はい、それは遥さんが」
梓「え?ウラって何?」
鴇田「バカヤロー!世の中ってのはウソっぱ
ちだらけなんだ。だから、ニュースっての
はな、ウラを取らないと始まんねえんだ!」
梓「知らないよ。ウラを取るなんて、教えて
もらってないし」
鴇田「そういうのはな、先輩から技術を盗む
ものなんだ」
梓「だったら分かるわけないよ。ムチャ言わ
ないで!」
鴇田「どこがムチャなんだ!」
梓「そうやって押し込めようとするのがムチ
ャクチャなのよ!」
城島「やめてください!」
テレビからニュース速報。
ニュース「若葉建設の若葉一郎社長が自宅で
首を吊っているのを家族が発見…」
鴇田「何!」
ニュース「家族の話によると、若葉さんは若
葉建設の経営難や一部報道の影響による株
価の急落で悩んでおり、警察では自殺の動
機につながるとみて捜査をしています」
梓「…」
鴇田「何てことだ…」
そこに暴力団員が数人、入ってくる。
暴力団員「よぉよぉ、どうなってんだ。おた
くの新聞が若葉さんを殺したんだぞ」
鴇田「そういうことなら何も話すことはない」
暴力団員「そう言われてもよ、俺達も若葉さ
んの借金も取り損ねて被害甚大なんだよ」
鴇田、暴力団員に詰め寄る。
鴇田「うちとは関係ない話だ」
暴力団員「だったら、あのニュース、どこか
ら手に入れたか教えてくれよ。編集長さん」
鴇田「お断りだ」
暴力団員「どうせでっち上げなんだろ」
鴇田「…ニュースソースの出所は明かせない。
マスコミの常識だ。お引取り願いたい」
暴力団員「弱ったな、手土産もなしに」
鴇田「帰れ!」
鴇田、暴力団員と額を密着。
暴力団員「…面白れえ。今日のところは帰っ
てやらあ。憶えてろよ」
暴力団員、出ていく。城島は腰くだけ。
梓は泣きながら出て行く。

○同社(夕)
鴇田が一人だけ。梓がやってくる。
鴇田「どうした?」
梓「…」
鴇田「俺だって、記事で人の一人や二人は殺
しているかもしれない。書いたことは気に
しないのがこの業界の鉄則だ。だが、書く
前に気をつけてほしいことがある」
鴇田、メモ帳に『死ね』と書き手渡す。
梓「!」
鴇田「今のお前は傷つくかもしれない。だが、
人によっては冗談として受け止める奴もい
るだろう。俺はどっちだと思って書いたか
分かるか」
梓「(考えている)」
鴇田「文字だけでは相手の感情は伝わらない。
だから人と人との付き合いが重要になって
くる。文字は道具にも凶器にもなる。それ
だけは忘れるな。今の世の中、メールだな
んだって文字を粗末に扱いすぎる」
梓、退職願を出す。
鴇田「何故だ?」
梓「(涙を堪えながら頭を振る)」
鴇田「近頃の若い奴はダメだな。あんたはち
ょっとは見所があるかと思ったのによ。こ
れじゃまるでフニャフニャのタコだ」
梓「待って。私の、何が分かるの?だいたい、
編集長は何も知らないんじゃないの?。い
つも私のこと、お前とか、あんたとか呼ん
で、私の名前も知らないんじゃないの?」
鴇田「じゃああんたはどれだけ俺のことを知
っているのかい?遥梓さん」
梓「それは…」
鴇田「そういうのは、目を見れば分かるんだ。
面接の応対なんかは本を読めばバカでも出
来る。キャリアも時間があればいくらでも
ついてくる。問題は目だ。あんたは立派な
目をしている。きっちりものを見ることの
出来る目だ。電子メールだの、インターネ
ットだの、ただでさえ人とのふれあいがな
い世の中だ。見えてるのに何も見てないバ
カがあまりにも多い」
梓「…」
鴇田「もう一度考え直せ」
梓「…だめだ…やっぱり」
鴇田「勝手にしろ」
鴇田、去る。
○橋(夕)
洋上の船を見ている梓。
鴇田(声)「問題は目だ。あんたは立派な目
をしている」
梓「…」
鴇田(声)「電子メールだの、インターネッ
トだの、ただでさえ人とのふれあいがない
世の中だ。見えてるのに何も見てないバカ
があまりにも多い」
梓「…」
鴇田(声)「問題は目だ。あんたは立派な目
をしている」
ケータイを取り出す梓。メールを打とう
とするが、やめる。
○遥家・前(夜)
○同・玄関
梓が入ってくる。
梓「ただいま」
返事はない。
○同・リビング
梓が入ってくる。
梓「ダイキ?」
ケータイに夢中の小岩がいる。
○同・キッチン
美代が夕食の支度。政市が入ってくる。
政市「とびきり美味いのを作ってくれよ」
美代「あなた、どういうつもりですの?」
政市「?」
美代「梓の彼ですよ。こないだまであんなに
悪いように言っておいて」
政市「これも作戦の一つだ」
美代「作戦?」
小岩「二人の結婚を認めようと思う」
美代「あなた!」
小岩「変な仕事をいつまでも続けられても困
る。それに、よく見るとなかなかの好青年
じゃないか」
美代、カウンター越しに小岩の顔を覗き
込む。どう見てもオタク。
小岩「これから英才教育を施せば何の問題も
ないさ。安心しろ」
政市、美代の方をポンと叩いて去る。
○同・梓の部屋(夜)
梓と小岩、ケータイをいじりながら、
梓「うん(ため息)ねえ…」
小岩はケータイに夢中。
梓「私、やめたんだ、会社」
小岩はケータイに夢中。
梓「聞いてる?」
小岩「聞いてるよ」
梓「ねえ、どう思った?」
小岩「何が?」
梓「私がやめるって聞いて」
小岩「ああ、うれしいよ」
梓「それだけ?」
小岩「これでやっと結婚できるね」
梓「…」
ケータイが鳴る。
梓「はい…編集長!」
相手は鴇田。
鴇田(声)「お前、何やってんだ」
梓「は?」
鴇田(声)「高谷建設の件で検察が本格的に
動きはじめた。すぐ来てくれ」
梓「そう言われても…」
小岩「あ、パソコンだ!」
小岩は部屋の隅のパソコンを発見!
鴇田(声)「頼む!兵隊が足りないんだ!」
○高谷建設・前(夜)
人だかり、一斉にカメラのフラッシュ。
鴇田、ケータイで、
鴇田「何をやってるんだ!お前はもう、いっ
ぱしの記者なんだぞ!おい!おい!」
○遥家・梓の部屋(夜)
梓と小岩。
梓がケータイの通話を切るとメール着信。
(M)「お茶でもどう? 母」
梓「…」
次々にメール着信。
(M)「早く降りてきなさい 父」
(M)「いいことしてんじゃねえの?ケン」
梓、ケータイを持つ手が震え始める。
(M)「結婚して幸せになろうね」
梓、小岩を見る。
小岩「このパソコン、まだまだ使えるよ」
小岩はニヤニヤしてキーを押す。
梓のケータイには家族、小岩から何通も
メールが届く。
梓「!」
梓、ケータイを投げ捨てる。
小岩に歩み寄る梓、パソコンを取り上げ、
コードを引きちぎる。
小岩「どうしたんだ?」
梓「そういうんじゃないの!」
梓、パソコンも床に叩きつけ肩で息。
梓「…そういうんじゃないの…そういうんじ
ゃ…そういうんじゃないの!」
梓、鋭い視線でメモ帳とペンを持って飛
び出す。
あ然とする小岩。
○同・階段
梓が駆け下りてくる。階下に政市と美代、
健次郎。
政市「遅かったじゃないか」
健次郎「お楽しみだったんだろ」
美代「お茶、冷めちゃうわよ。ちゃんとメー
ル送ったのに、返事ぐらいなさい」
梓「そんなの、口で言えばいいでしょ!」
梓は無視して玄関で靴を履こうとする。
政市「どこ行くんだ」
梓「ほっといて!」
梓、家族を振り切って出て行く。
○路上(夜)
走る梓。
鴇田(声)「お前はもういっぱしの記者なん
だぞ」
梓、スピードアップ!
○高谷建設・前(夜)
梓、やってくる。誰もいない。
鴇田(声)「遅い、遅すぎる!」
鴇田が現れる。
鴇田「俺が電話したあとすぐに来てりゃまだ
間に合ったかもしれないのに。このカメ」
梓「カメ?」
鴇田「ああ、ノロノロのカメだ、お前は」
梓「ちょっと!そういう言い方はないでしょ
?どうせ何分かの違いだし」
鴇田「お前は甘いんだよ。その何分かが大違
いなんだ。飛行機だって一本乗り遅れたら
何十分も違うだろうが」
梓「極端なこと言って、バッカみたい」
鴇田「何だと!」
梓「だいたいさ、こうやっ口ゲンカしてるこ
と自体、無駄なのよ」
鴇田「…これを見ろ」
鴇田、地図を出す。
鴇田「ここが高谷建設、ここが検察庁…」
梓、地図を取り上げる。
梓「行けばいいんでしょ、行けば」
鴇田「行くったって、タクシーだと渋滞に巻
き込まれるし、地下鉄だと乗り換えは…」
梓「記事は足で稼ぐ」
鴇田「は?」
梓「走る」
鴇田「ちょっと待て」
梓「グズグズしないで、ただでさえグズなん
だから」
鴇田「何だと!」
梓、鴇田の腕を掴み、走り出す。
鴇田「おい、待てよ、待てってば」
まんざら嫌そうでもない鴇田。

○路上(夜)
走る梓、鴇田。
鴇田「一つ、聞いていいか」
梓「何?」
鴇田「お前、何で戻ってきた」
梓「これまで、パパやママの言われた通り生
きてきた。でもね、初めて見えたの。この
目で」
鴇田「何が?何が見えたんだ?」
梓「自分の道」
梓、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
鴇田も必死に後を追う。
正面の建物には城島ら記者が待っている。
―完―
※2002Y.M:この作品の無断転載等を禁じます。