君の行く道 

My Way
  ’99橋田賞新人脚本賞(一次選考落選:推定)
君の行く道(My Wayリメイク版)
  改作:’00フジテレビヤングシナリオ大賞(一次選考落選)
(解説)
 最も分の悪い橋田賞応募作品。橋田壽賀子を意識しなくても
いいと言われながらもやはり身構えてしまう。
 シナリオ・センターの合宿で岡田惠和氏の話を聞いて目からウロコ。
そこで路線変更した第一弾。ただ焦りすぎて雰囲気に浸るだけで
終わってしまった。残念。
 この作品に出てくる人々はかなり好き。設定変えてでもどこかで
使いたい人物&作品。

 その後、前後にエピソードを加えて改作。応募はしたものの、落選。
リメイク応募は考えなきゃ…
残った試しはないし、応募そのものもルール違反くさいし。
  人  物
 北条たま(25)フリーター
 美藤由里子(32)主婦
 横須賀龍之介(25)会社員
 鈴木浩子(22)たまの後輩
 山井純一(22)たまの元恋人
 ユカリ(22)たまの後輩
 小暮(22)たまの後輩
 橋本(21)たまの後輩
 川崎(70)弓道場の仲間
 松田(45)弓道場の仲間
 達子(48)弓道場の仲間
 店長
 従業員
 客
 たまの父(声)
 たまの母(声)
 横須賀の上司
 
 
   あらすじ
 たまは今どき流行りのフリーター。毎日が流しそうめんのようなだらだらとした生活。
だがほんのちょっと前まではしっかりとした目的があった。
  恋人と結婚すること。
  恋人の純一はたまより3つ年下。大学のクラブの後輩。たまは恋人の卒業を
待って待って待ち焦がれていたものの卒業式当日にフラれてしまった。
 それからのたまは休みの日に何をするのかさえ困る状態。今まで真剣に
物事を考えたこともなく主体的に行動したことのない自分を思い知る。
そして純一への未練を捨てて田舎に帰ろうかな…と思っているところに由里子が
優しく声を掛ける。
 バイト仲間の由里子はたまを妹のように可愛がる。新しい恋を勧めたり、
趣味を見つけるようアドバイスしたり。それは結婚のために全てを封印された
自分を解き放つように。昔の自分を投影するように。
 たまは親の優しさ、昔の恋人との再会、そして何より由里子の励ましに支えられて
やっと一人で歩きはじめた。
 
○たまのアパート・中
   散らかった室内。
   北条たま(25)の留守電メッセージ。
たま(声)「はい、北条です。ただいま電話に出ることが出来ません。
発信音の後にメッ セージを入れてください」
   棚の上の写真。笑顔で並ぶたまと山井純一(22)
 
○繁華街(夜)
   居酒屋から出てくる学生たち。その中には酔っ払った純一。
純一(声)「(発信音)あ、俺だけど。追いコン長引きそうだからちょっと遅れるかも。
 心配しなくてもちゃーんと行くからさ、順番とっといてくれよ」
 
○有楽町マリオン・前(夜)
   映画館に向かって長蛇の列。その中ほどにたま。携帯電話の通話を切る。
   たま、ため息。
 
○繁華街(夜)
   一隅に輪。花束を持ったスーツ姿の若者。羽織袴の女性の姿。
   小暮(22)、ユカリ(22)、橋本(21)ら。
橋本「それでは××大学弓道部、追い出しコンパの締めくくりは先輩方の
 卒業を祝って…胴上げ!」
   橋本たちは歓声を上げながら次々と胴上げ。輪の中に純一と鈴木浩子(22)
大学生「次は、山井先輩」
純一「俺はいいってば!」
   胴上げされる純一。浩子も割り込んで、
浩子「ねえ、私も一緒に」
橋本「よし、じゃあまとめてやっちゃえ!」
   純一と浩子、揃って胴上げ。
浩子「きゃっ」
   浩子は純一に抱きつく。
小暮「いいぞ、ご両人」
   小暮、腕組みをしながら、
小暮「あいつら、どうも怪しいと思ったらいつの間にか付き合ってたんだな」
ユカリ「え?」
小暮「鈍いなあ。分かんなかったのか?浩子、今日ずっと純一に付きっきり
 だっただろ?それに近頃の浩子の猛アタックときたら…」
ユカリ「たま先輩とはどうなったの?」
小暮「知らねえよ。純一のことだから飽きちゃったんじゃねえのか?遠くの女より
 近くの女。やっぱ年上のたま先輩よりもタメの浩子の方が」
   ユカリ、飛び出す。
小暮「おい!」
ユカリ「こういうのはっきりさせとかないと」
小暮「待てってば!」
橋本「では、続いて小暮先輩。あ、まとめて二人ともいっちゃおっか」
小暮「おい、お前ら!」
ユカリ「あんたたち、どうなってんの!」
   胴上げされる小暮とユカリ。
   純一はその傍らで赤い顔をして、花束を振り回しながら飛び跳ねる。
純一「いいぞ、やれーっ!」
浩子「ねえ、純一」
純一「お?何だ?」
   浩子は物陰に純一を引っ張りこんで、
浩子「ねえ、飲みなおさない?私まだまだ足りないんだ」
   浩子、舌なめずり。
純一「ダメだよ、俺行かなきゃ」
浩子「いいじゃない」
純一「ダメだって、だってたまが…」
   浩子、純一の口を塞ぐ。唇で。濃厚に。
純一「!」
浩子「いいじゃない、先輩だって許してくれるよ。だって卒業するのは私たち
 なんだよ」
純一「…」
浩子「いいでしょ、ね?」
純一「ま、いっか!」
   純一、握りこぶしを上げる。
浩子「いいのよ」
   浩子、再び純一の口を塞ぐ。純一の握りこぶしがゆっくりと降ろされ
   浩子の背中を抱く。
   激しいキス。
浩子「いいのよ…あんな女なんか」
   さらに激しく―
   *   *   *
   純一と浩子が人ごみの中に消えた後、姿を現すたま。
ユカリ「先輩!」
   学生の輪が一瞬凍りつく。
たま「ねえ、純一、いる?」
   お互いに顔を見合わせる学生たち。
たま「あいつと待ち合わせしといたんだけど」
   バツが悪そうな学生たち。
たま「もしかしたらまだいるかな、と思って」
   たま、周囲を見渡す。
ユカリ「せんぱ…」
小暮「あの!入れ違いになったんじゃないですか?一応解散はしてますから」
たま「そっか。ごめんね」
   たま、肩を落として人ごみの中へ。
ユカリ「先輩」
小暮「やめとけよ」
   ユカリ、小暮の制止を振り切ってたまの後を追って人ごみを掻き分ける。
   そしてたまの背中を見つけ、
ユカリ「先輩!」
   振り返るたま。
   ユカリ、荒れる息を整える。
   秒針の音が聞こえてくる。
 
○アパート・たまの部屋(夜)
   たまが携帯電話を手にしている。
電話(声)「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が
 入っていないため、かかりません…」
   携帯電話を放り投げるたま。膝を抱えてうずくまる。
   棚の上の写真。笑顔のたまと純一。
 
○ホテル・客室・中(夜)
   床に散在する衣服。男もの、女もの。そして花束。電源の切られた
   携帯電話もある。その向こうでは激しく動く男女のシルエット。
 
○アパート・たまの部屋(夜)
   暗い部屋にうずくまるたま。涙のあとを再び流れる涙。
   秒針の音が続く―
 
○メインタイトル
 
○ファミリーレストラン・全景
   車の出入りが激しい。
 
○同・ホール   
   お昼どき。慌ただしく動く従業員たち。
 
○同・バックルーム
   一番奥の椅子に屈葬の状態で座るたま黙々とゲームボーイをやっている。
   美藤由里子(32)がやってくる。
   時計は十二時。
由里子「あら、たまちゃん、これから?」
たま「違うよ」
   ピコピコと無機的な電子音。
由里子「じゃあどうしたの?こんな時間に」
たま「別に」
   たま、由里子に背を向ける。
   由里子、更衣室の中に。
   そこに店長。
店長「たまちゃん、仕事、入れるかなあ」
たま「だめ」
店長「ちょっと店が混んできたんだよね。今日、突発が多くて人手が足りないし」
たま「五時からだよ、あたし」
店長「お願いできないかなあ」
たま「だめったら、だめ」
店長「ねえ、どうせヒマなんでしょ?」
たま「(見上げ)ヒマじゃないよ!」
店長「じゃあさ、明日入れる?同じ時間に。明日も手薄なんだよね」
たま「だめ」
店長「どうしてよ。明日もここに来て、ゲームやってるんでしょ?昨日も、
 おとといもそうだったじゃない」
たま「だめ」
店長「困るんだよ!」
   沈黙。
店長「ここは仕事をする人が来るんだ。ヒマだからと言ってここに来られても、
 困るんだよ!」
たま「ヒマじゃないんだってば!もう!」
   たま、怒って更衣室の中に。
   中にはエプロン姿の由里子。
   顔を見合わす二人。
 
○同・ホール
   客でごった返している。
   ラブラブの若いアベックのオーダーを受けるウェイトレス姿のたま。
女「ねえ、どうしようか」
男「ん?…そうだなあ…」
女「私、全部食べれないから」
男「残ったら俺が食べてやるよ」
女「でも、そうしたらダーリンが太っちゃう」
男「ランチの量、半分にしてもらおっか?」
女「ねえ、出来ませんかあ?」
たま「(呆れて)ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい」
 
○同・キッチンカウンター
   キッチンからの料理を受け取って慌しく出陣する店長と従業員たち。
   たまがふてくされて戻ってくる。
たま「ったく、アホか」
店長「たまちゃん、三番にそれ持ってって、ちょっと手が離せないんだ」
   たま、ずらり並んだ料理を指差して、
たま「これ?」
店長「違う、それ」
たま「これ?」
店長「違う、違う、カ、カ…」
たま「(イライラ)かつ丼?」
店長「違う、カ、カ」
   キッチンの中から由里子、
由里子「カルパッチョよ」
店長「そうそう、カルパッチョ」
たま「もう!料理の名前ぐらい憶えてよ!」
   たま、ブツブツと言いながら歩く。
たま「だいたい、昼にこんなもの食うな!」
   従業員は唖然としている。
   店長も口を開けたまま。
   由里子だけは何事もなかったように料理を作る。
 
○同・全景
   駐車場の車がまばらに。
 
○同・キッチンカウンター
   鼻歌を歌いながらメニューをパラパラとめくるたま。
たま「これは、うまい、うまい、まずい、まあまあ…う〜ん、これはまあまあかな…」
   店長と従業員の若い女たち。
店長「だから、明日だけでもいいんだけどさ。ほら、君たち、学校は夏休みでしょ?」
従業員A「でも…」
従業員B「あ、の。基本的には土日は」
店長「夏休みって稼ぎ時だと思うんだけどな。
 いっぱい稼いで、いっぱい遊んで」
従業員B「でも。私、予定があるし」
従業員A「私も」
従業員A・B「(顔を見合わせ)行こ」
   従業員、消える。
店長「!」
   たま、横目で店長をうかがっているが、
店長「た〜まちゃん」
たま「何?」
店長「どう?明日」
たま「だめ」
店長「でも結局ピコピコやるんでしょ?裏で」
たま「い、や、で、す」
店長「ほら、どうせヒマなんだし」
たま「ヒマじゃないって言ってるでしょ!」
店長「じゃあ何よ。普通、ヒマじゃないって人は彼氏とデートしたり、おけいこごとを
 したりするもんなんだよ。それに引き換えなんだよ君は」
たま「…」
店長「あ…もしかして」
たま「はいはい。ヒマです、ヒマです私は…煮るなり焼くなりどうぞ」
店長「本当に?」
   キッチンから顔を出す由里子。
由里子「だめ。たまちゃんはヒマじゃないの」
店長「へ?」
たま「?」
由里子「ほら、用事があるって言ってたじゃない。でしょ」
店長「そんなあ」
由里子「そうでしょ?たまちゃん」
店長「まじで?」
たま「う、うん」
店長「何だよ、さっさと言えよ、そんなこと」
   店長、ため息まじりで去っていく。
由里子「さっきから変」
たま「何が?」
由里子「たまちゃんが」
   たま、聞こえないふり。
由里子「男のこと?」
   たま、聞こえないふり。
由里子「当たりだ。結婚して、子供を産むと、その辺が鋭くなるのよね」
たま「私は子供?」
由里子「違うわ。確かにたまちゃんはかわいいけど。食べちゃいたいくらい」
たま「(苦笑)捨てられた」
由里子「やっぱりね」
たま「?」
由里子「次のことを何も考えてないんだもん。女ってそんなにバカじゃないでしょ?」
たま「…」
由里子「相手の人って長かったんじゃなかったっけ?たしか部活の後輩とか」
たま「(頷く)久しぶりなんだな。一人ぼっちって」
由里子「だからといって店長の言いなりにな ったらおしまいよ。私だって、
 いくら時間があっても守る部分は守ってるし…落ち着 いちゃったら、おしまいよ。
 たまちゃんも何か新しいものを見つけることね」
たま「…」
 
○土手
   セミが鳴き声、夏の気配。
   たま、ペダルを止め、遠くを見ている。
   その先には弓道場。
 
○弓道場・外
   老人と数人の中年の男女が的を射るのを自転車を降り、見つめているたま。
   たまの背後に松田(45)
   松田は袴姿で数本の矢を持っている。
松田「よかったら、中で見ませんか?」
たま「え?」
松田「近くで見るほうが面白いと思うけど」
   たま、頷く。ぎこちなく。
松田「あ、ここ自転車止めない方がいいよ。悪ガキが多いから」
 
○同・中
   的を射る川崎(70)と達子(48)と松田ら。
   それを正座をして見つめるたま。
川崎「珍しいの、若いのに。ここは見ての通り、殆どがジジババばっかりでな」
達子「悪かったですね、ババアで」
川崎「若いのもおったが…何という名前だったかな?あの子は」
   思案する川崎たち。名前は出てこない。
川崎「まあ、せっかくだから、少しだけやってみるか?」
たま「!」
   川崎、「ゆがけ」(弓道に使う手袋)を取り出して、
川崎「これは、ゆがけと言って、まあ野球でいうグラブみたいなものじゃ。これをの…」
   川崎、「ゆがけ」をたまの手にあてるが、その後はたまが慣れた手つきで
   着けてしまう。
川崎「!」
松田「弓はこれがいいかも」
   たま、立ち上がり松田の差し出す弓を受け取るとその場で何度か引き分ける。
川崎「ほう、なかなかスジがいいのう」
松田「じゃあ、こっちにどうぞ」
   松田、「まきわら」(俵状の練習用の的)と矢を運んで来る。
   だが、たまは矢だけ受け取るとそのまま作法通りするすると本番の的の前に
   歩いて行き、弓を引き分ける。
   川崎たちは口を開けてたまを見ている。
   ひゃうふっ、と矢を射るたま。
   だが、矢は的を外れる。
川崎「け、経験者か?あんたは」
たま「でも、まともに当たったことがないんです」
   たま、ニッコリ。
  川の見える風景
○アパート・全景(夜)
 
○同・たまの部屋・前(夜)
   たまが重い足取りでやってくる。腰を押さえながらドアを開けようとすると
   不在連絡票。静岡の実家から。
 
○同・中(夜)
   ワンルームの部屋。
   ドアが開き、たまが鼻歌まじりにダンボール箱を抱えて入ってくる。
   電話が鳴る。箱を放り投げ、
たま「はい、もしもし…あ、お母さん」
母(声)「寝てた?」
たま「ううん、今帰ったとこ。あ、荷物ありがとね」
母(声)「中、見た?」
たま「(頭を振り)ううん」
   たま、箱を開ける。
母(声)「夏になると洗濯も頻繁になるから、洗剤でしょ…それから干すのに
 便利なように洗濯ばさみでしょ…あとは何かと便利なタオル。それとあなたの
 好物の酢こんぶ。匂いが移る前に別々にしといてね」
たま「そんなに気を使わなくていいのに」
母(声)「お父さんが口出しするのよ。ああでもない、こうでもないって。あ、
 お父さんにかわる?お父さーん!」
たま「いいよ、別に」
母(声)「ごめん、お父さんね、ギックリ腰になったから、お風呂から出るのに
 時間がかかるの」
たま「だから、いいってば」
母(声)「あら、そんな言い方しないで。お父さん、たまちゃんのお見合い相手を
 探してるんだから」
たま「だから。そういうのも自分で見つけるから。心配しないでよ」
母(声)「あら…そう?」
たま「うん。それより自分のことを心配するように言っといて」
母(声)「あ、そうそう。横須賀君って憶えてる?たしか高校のときの」
たま「龍ちゃん?」
母(声)「そうそう。龍ちゃんって言ったっけ。電話あったわよ。たまちゃんの
 連絡先を知りたいって」
たま「私の?」
母(声)「うん。家のほうだと、ほら、ちょっと心配だから、ケータイのほう教えといた。
 まずかったかしら?」
たま「ううん。別に」
母(声)「何だか、落ち込んだ様子で、ボソボソボソッって感じで喋るのよ。
 ああいう人だったかしらね」
たま「何の用だろう…」
母(声)「ヨリを戻そうってんじゃないの?」
たま「(笑いながら)いつの話してんの。だって結婚したんじゃなかったっけ?」
母(声)「ああ、そういえばそうね。じゃあ同窓会でもやるのかしら」
たま「さあ…」
   たまの携帯電話が鳴る。
母(声)「あ、お父さんが出てきたわ」
たま「あ、ごめん、また電話する」
母(声)「ちょっと、せっかくお父さんが」
たま「ごめん、また電話するから」
母(声)「本当に?いつも口ばっかり」
たま「ごめん、その点もごめん」
   たま、携帯電話に持ち替え。
たま「もしもし」
   だが、回線は切れている。
 
○ビジネス街(夜)
   公衆電話の受話器を置くスーツ姿の横須賀龍之介(25)。背後から上司。
上司「横須賀、何やってんだ。行くぞ」
   横須賀、上司の後についていく。
 
○ファミリーレストラン・ホール
   客はまばら。
 
○同・キッチンカウンター
   たまと従業員の若い女たち。
   キッチンでは由里子が下準備。
たま「え?弓道やってるの?高校で?」
   頷く女たち。
たま「(笑顔)私も大学の頃やってたの。矢は?…そっか、白鳥ね。もうちょっと
 フンパツしてタカの羽根にした方がいいよ」
   従業員の女たちが消える。
   由里子と目が合うたま。
由里子「昔のこと、始めたの?」
   たま、頷く。
由里子「思い出しちゃわない?」
たま「(頭を振り)大丈夫。こっちの方が集中できるし、楽しいし」
由里子「私はダメだな、そういうの。昔の曲とか聞くとその頃何やってたか
 思い出しちゃうし。空気まで漂って来ちゃう」
   たま、笑う。
 
○弓道場・全景
   矢が的を貫く乾いた音が響く。
 
○同・中
   矢を射るたま、的の端にあたり、大きな音が出る。それを見ている川崎、松田、
   達子ら中年男女たち。
松田「なかなか当たらないね、真ん中」
川崎「そう簡単に当たると、かえって面白くないんじゃ。そうじゃろ?」
   たま、苦笑。
 
○同・外(夕)
   矢が的に当たる音。
 
○同・中(夕)
   帰り支度のたま。松田と達子。
達子「どう?ちょっと遊ばない」
たま「え?」
松田「遊ばない?なんて古い言い方だなあ」
達子「そう?じゃあどう言えばいいの?」
松田「お茶しない?とか」
達子「それ、あたしを口説いたセリフよ。ぜんぜん古いじゃない」
   たま、笑っている。
達子「ごめんね。あたしたち、カラオケも趣味なのよ。よかったら、どう?
 演歌ばっかりだと老けちゃいそうで」
松田「悪かったな」
   そこに浩子。
浩子「こんにちは」
達子「あら」
松田「珍しい」
   たま、いぶかしげ。
浩子「先輩?どうしてここに?」
たま「いや、どうしてと言われても」
達子「二人とも知り合い?」
浩子「先輩。大学の弓道部の」
松田「そりゃ奇遇だな」
浩子「もう終わり?」
達子「これからカラオケに行くのよ、一緒に」
浩子「いいね、私も行っていい?」
達子「いいわよ、大歓迎」
たま「ごめんなさい、私やっぱり」
達子「え?」
浩子「先輩」
たま「よく考えたらバイトがあるんだ」
浩子「え〜っ、先輩、フリーターなの?」
たま「…うん」
浩子「え〜、先輩が行かないとつまんないよ」
   浩子、大げさに困った顔。
   立ち上がり、歩いていくたま。
   浩子、実は笑っている。
 
○路上(夕)
   歯をくいしばり全力で自転車を走らせるたま。前カゴのカバンの中の
   携帯電話が鳴っているが、気づかない。
 
○ビジネス街(夕)
   公衆電話の受話器を置き、ため息をつく横須賀。
 
○ファミリーレストラン・前(夜)
   ほぼ満席。
 
○同・キッチンカウンター(夜)
   忙しそうに走り回る店長。
   キッチン側に由里子。
由里子「じゃあ、上がりますね」
   店長、額に汗して駆け回る。
由里子「どうしたの?」
店長「たまちゃん、突発で休んで大変なんだよ、まったく」
   由里子、怪訝そうな表情。
 
○アパート・たまの部屋・中(夜)
   照明もなく薄暗い。
   たま、じっと天井を見上げている。
   暫くして伏せてあった写真たてを手にとるたま。純一との写真を取り出す。
   写真はもともとパノラマサイズで折り返してあった部分が見える。
   純一の横には笑顔の浩子。部活の仲間たち。
   純一と浩子の間の折り目に沿って破る。
たま「!」
   結局ビリビリに破ってしまう。
 
○土手
   川はゆったりと流れ、水面がきらめく。
   ペダルを漕ぐたま。背後から達子。
達子「あら、これから?練習熱心ね」
たま「いや、道具を取りに」
達子「え?」
たま「やっぱりバイトが忙しくて」
達子「そっか。でもたまには遊びに来てね。あのメンバーだと老け込んじゃいそうで」
たま「(笑い)はい」
   行く手を遮る浩子。
浩子「(お茶目に)先輩!」
   たま、不機嫌そう。
浩子「先輩、これから道場ですか?」
達子「あら珍しいわね」
浩子「(頬を膨らます)ひどーい。昨日も行ったじゃん」
達子「ウソウソ。じゃあ、私、先に行ってるから、また後でね」
   達子、自転車に乗って行ってしまう。
たま「あ!」
浩子「(笑顔)先輩、一緒に行きましょう」
たま「…うん」
 
○路上
   弓道場近くの道。
   たまが自転車を押し、その隣を浩子。
浩子「え〜?先輩、純一と別れちゃったの?あれ?もしかしてフラれちゃった?」
   たま、浩子を睨む。
浩子「絶対結婚すると思ってたのにい。うちらの代みんなそう思ってたんだから。
 だって純一が卒業するのを待ってたんでしょ?」
たま「…」
浩子「それ、ひどいね。まじ、ひどい。信じらんない。純一、サイテー」
   たま、そのまま足早に歩く。
浩子「純一、その後、どうなってるのか知らないの?」
   たま、かなり足早。
浩子「ちょっと先輩、待ってよ」
   浩子、たまに追いつき。
浩子「あ、怒っちゃった?」
たま「怒ってない!」
浩子「ごめんね、先輩、ごめん」
   浩子、道場の裏手に自転車を止める。
浩子「先輩、ここ自転車止めない方がいいよ」
たま「いいの!」
   たま、歩いていく。
 
○弓道場・中
   並んで支度をするたまと浩子。
   矢を射る川崎、松田、達子たち。
浩子「先輩ごめん。純一の話もうしないから」
たま「別に、気にしてない!」
松田「ねえ、二人で対決してみれば?」
たま「え?」
松田「同じクラブにいたことだし、ここは師弟対決ってことで」
浩子「師弟対決?」
たま「だって、私、まともに的に当たったことないんですよ」
浩子「(笑う)ですよね」
   たま、浩子を睨んで立ち上がる。
   浩子も後に続く。
   二人並んで的の前に。
   矢を二本持ち、的に半身に構え、一本目を弓にかけるたま、浩子。
   たま、浩子の背中を見ている。
   浩子はたまの顔を視野に入れている。
   たま、浩子の背中を見つめる。
   たまの脳裏に浩子の声。
浩子(声)「絶対結婚すると思ってたのにい。うちらの代みんなそう思ってたんだから。 
 だって純一が卒業するのを待ってたんでしょ?」
   弓を引き分けるたま、浩子。
   たまは浩子の背中を見ている。
浩子(声)「それ、ひどいね。まじ、ひどい。信じらんない。純一、その後、
 どうなってるのか、知らないの?」
たま「(つぶやき)…知ってるよ」
   たまの悲しげな表情。手が小刻みに震えている。
浩子(声)「純一、その後、どうなってるのか知らないの?」
たま「(つぶやき)…それぐらい、知ってるよ」
   たま、浩子、同時に矢を射る。乾いた音。浩子は的を外す。たまは的の
   ド真ん中を射抜く。
達子「やったじゃない。真ん中」
   たま、苦笑。そのまま二本目を射ずに戻り、道具を片付けて出ていく。
松田「どっちの勝ちだろう」
   浩子は肩越しにたまを見て、
浩子「私よ」
   浩子の二本目は的の真ん中に命中。
 
○同・外
   固い表情で歩いてくるたま。
   自転車のタイヤがパンクし、サドルが盗まれている。
たま「…」
 
○同・中
   矢を射終えた浩子、携帯電話が鳴る。
浩子「もしもし…あ、純一?え〜っ、これから?」
   浩子、満面の笑顔。
 
○バス停
   たま、バスに乗る。
 
○バス・中
   車内はやや混雑。
   たま、座席に座りカバンからゲームボーイを取り出し、溢れ出す涙を拭きながら
   画面に見入る。
   他の乗客に気づかれないように、何度も何度も涙を拭う。
 
○ファミリーレストラン・全景
 
○同・キッチンカウンター
   たまがボーッと立っている。
   店長はせわしなく動いている。
   キッチン側には由里子。
由里子「カキフライ定食、上がりね」
   たまの反応はない。
由里子「たまちゃん」
   たまが気付いた時には既に店長が料理を持って行っている。
由里子「どうしたの?」
たま「…」
由里子「昨日までは晴れてたのに…また雨?」
たま「バカだよね。いつまでもクヨクヨして」
由里子「たまちゃんは一途なのよ」
たま「?」
由里子「小さなことで、あっちに行ったり、こっちに来たり…何かあったのね」
たま「別に」
由里子「一途なことは素敵なことよ。何にでも真正面にぶつかっていける」
   ホールから男の呼び声。
   たま、去り際に、
たま「お願いだから、私をあんまり誉めないで」
由里子「え…」
たま「(苦笑)もう、疲れちゃった」
由里子「たまちゃん…」
 
○同・ホール
   客はまばら。
   一人の中年男の客がたまを呼ぶ。
   客は酔っ払っている。
客「ビール、ビール持って来い」
   たま、POSを取り出し、
たま「ビールですね」
   客はたまの尻を撫でる。
たま「きゃっ!」
客「お、いいケツしてんなあ」
たま「なにすんのよ!」
客「何だその態度は。どうせ減るもんじゃなし。いいだろ?このくらい」
   たま、客を睨む。
客「おやおや、そんなことじゃ、男に嫌われるぞ、それとも、男欲しいのかな?
 だったら俺がお相手してやるぜ」
   客、たまの身体に触れようとするが、
   その手を由里子がつかんでひねる。
客「イタタタタ!」
由里子「何やってんだよ、あんた。ここはそういう店じゃないんだよ」
客「何だと?」
由里子「情けない。昼間っから酔っ払って。鏡持ってきてやろうか?」
客「おい!それが客に向かって言う言葉か!」
由里子「店だって客を選ぶ権利があるんだよ。あんたのような奴は客じゃない、
 出てってよ」
   店長がやってくる。
店長「ちょっと、やめなさいよ」
   由里子、店長の制止を振り切り、
由里子「さあ、帰った帰った」
   由里子、客を睨みつける。
客「くそっ、出るとこ出て訴えてやるからな」
由里子「何なら今すぐ呼んでやろうか?警察」
   客、出ていこうとするが、
由里子「ちょっと、飲み食いしたんだから、お金は置いてってよ」
   由里子、客から紙幣を奪い取る。
客「おぼえてろ!」
店長「あ、お客様!」
   店長が客の後を追う。
   たま、由里子を見ている。
   由里子の紙幣を持つ手が震えている。
 
○同・前(夕)
   たまと由里子。店長。
由里子「お世話になりました」
   店長はただ頷くのみ。
   歩きだすたま、由里子。
たま「ごめんなさい」
由里子「どうしてたまちゃんが謝るのよ。パートなんか探せばいくらでもあるわ」
たま「でも…」
由里子「あ、そうだ。送別会やろっか」
たま「送別会?」
由里子「うん、私の送別会。二人だけで。いいと思わない?」
   たま、頷く。ぎこちなく。
由里子「だったらきまりね。そうね…明日の夜なんかどう?夕方に集まって」
   由里子の携帯電話が鳴る。
由里子「あ、じゃあここで。また連絡する」
   由里子、電話片手に歩いていく。
   たま、由里子を見送っていると自分の携帯電話も鳴る。
たま「もしもし…?」
 
○ビジネス街(夕)
   公衆電話の受話器を持つ横須賀。
横須賀「あ、横須賀だけど…ちょっと時間あるか?」
   横須賀の思いつめた表情。
 
○新橋駅・SL広場(夕)
   座って待っている横須賀。
   たまがやって来て横須賀を探している。
   何度か視線は合うが、たまが気付かないので横須賀は立ったり座ったり。
   やっとたまが駆け寄って来る。
たま「龍…ちゃん?」
横須賀「(笑顔で)やあ」
たま「久しぶり。高校以来だね。東京にいるの?」   
横須賀「(頭を振り)静岡。出張で来てて。やっと落ち着いたとこ。もうヘトヘト。
 あ、飯食った?」
   たま、頭を振る。
横須賀「このへん、飲み屋しかないからな」
たま「ガード下、行こうよ」
横須賀「そうだな」
   歩きだすたま、横須賀。
たま「何だか、元気そうじゃん」
横須賀「そう?」
たま「あ、結婚したんだよね?おめでとう」
横須賀「(立ち止まり)あ、ああ。お前は?」
たま「まだまだ。簡単に聞くな、そんなこと」
横須賀「悪い」
たま「子供は?ってこんなこと聞いていいのかな?簡単に」
横須賀「いる。出来ちゃった結婚」
たま「あ…まずいこと聞いた?」
横須賀「別に」
たま「いいじゃん、子供が出来ないって悩むより。親が喜ぶでしょ?孫が出来ると」
横須賀「(苦笑)親にとっては幸せかもな」
   横須賀、歩いていく。
 
○ガード下・屋台(夕)
   酔客で賑わっている。
   たまと横須賀が談笑している。
   二人とも笑いっぱなし。
たま「本当に?清水くんが」
横須賀「こんなふうに寝返りをうって、和服だから下着はつけない…って」
たま「それ、寝言じゃなくて願望じゃないの?清水くんの」
   たま、大笑い。だが、手を口に充てて照れくさそう。
横須賀「どうした?」
たま「何か…久しぶりに笑ったなって。こんなに」
横須賀「変な奴。相変わらずだな」
たま「龍ちゃんも変わってないよ。そうやって奥さんを笑わせてるんでしょ?」
   横須賀、戸惑いながら頷く。
たま「いいなあ、明るい家庭」
横須賀「羨ましいか?」
たま「いいもん、自分で作る」
横須賀「田舎で?こっちで?どういうふうに?どんな感じに?」
たま「う〜ん、わかんないや」
横須賀「ちゃんと考えてたほうがいいぞ、そういうのは」
たま「まだいいよ、遠い先の話。それより次の話、修学旅行の後から」
横須賀「あ、ああ」
   たま、横須賀、再び談笑。
   横須賀はたまの笑顔を見つめている。
 
○路上(夜)
   飲み屋の支払いを終えた帰途、ほろ酔い加減のたまと横須賀が歩いている。
   たま、立ち止まり横須賀の背中を見る。
横須賀「どうした?」
たま「かっこいいね、背中。こんなだったっけ?」
横須賀「なに言ってんだよ」
たま「男って感じ。私、こういう背中を見ると飛びつきたくなるんだよね」
   横須賀、中腰になり、
横須賀「来いよ」
たま「いいよ、変だよ、やっぱり」
横須賀「気にするなよ」
たま「ええい。奥さん、ごめん」
   たま、ためらいながらも、小走りに横須賀の背中に飛びつく。
   横須賀、そのまま立ち上がる。
たま「ちょっと、やめてよ。恥ずかしいよ、変だよ」
横須賀「駅まで送ってやるよ」
   横須賀は歩きだす。
たま「…思い出すね、いろんなこと」
横須賀「そうか?」
たま「いい思い出って、何かきっかけがないと思い出せないんだよね。龍ちゃんとの
 思い出もタンスの奥の奥。すぐ引っ張り出せるのは悔しいことばかり」
   横須賀、笑っている。
たま「私ね、捨てられたんだ。男は部活の後輩。卒業を待って待って待ち続けて、
 結局捨てられた。な〜んにもなくなった。これから何をやってくのかも、休みの日に
 何をしようということにも困った、バカだよね …もっといろいろやっとけばよかった。
 自分のこと、もっともっと、考えとけばよかった」
横須賀「これからでもいいだろ、そんなこと」
たま「そうは思っても、タンスからすぐに溢れちゃうんだ、ヤなことが」
   たま、笑っている。
   横須賀、深く息を吸って、
横須賀「もう一度、やりなおせないか?」
たま「無理よ、後輩に取られちゃった。本当のことを知るまで、平気でOB面して
 部活に顔出してたの、みじめでしょ?知らないのは私だけだった。
 やっぱバカだよね、私」
   横須賀、無言のまま歩き続ける。
   たま、横須賀の真剣な横顔を見ている。
 
○新橋駅・改札(夜)
   切符を自動改札に通すたま。
   それを見送る横須賀。
たま「じゃ、ここで。仕事がんばってね」
   たま、走っていく。
   人混みの中に消えようとした瞬間。
横須賀「たま!」
   たま、足を止める。
横須賀「もう一度、やり直せないか?」
たま「(振り返り)何?」
横須賀「もう一度、やり直せないか?俺と」
たま「冗談でしょ?そんなこと」
横須賀「(頭を振り)冗談なんかじゃない。俺にはお前しかいない。一緒に静岡に帰ろう」
   たま、人混みを逆流して戻ってくる。
たま「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ、そんなの」
   横須賀、真剣な表情。
たま「何言ってるの?龍ちゃん、結婚してるじゃない。変だよ、そういうの」
横須賀「全部ウソなんだ。妻とは離婚調停中、明るい家庭もウソ、みんなウソなんだ」
たま「じゃあ、子供がいるのはウソ?」
横須賀「それは…」
たま「私は何をしに来たの?ここに」
横須賀「俺は自分の気持ちを確かめたかった。それだけだ」
たま「じゃあ、私がバカみたいじゃん。私はそういう感情を持って来たんじゃないよ。
 昔の思い出話をして、ああ、よかった。って、気持ち良く帰れるかなって思って
 来たのに、龍ちゃんまで私をダマすの?」
横須賀「ダマすつもりはない」
たま「ダマしてるよ。自分の都合で私をいいように誘って。私が龍ちゃん結婚してるの
  知らなかったら、ちゃんとそこまで話してる?」
横須賀「…」
たま「勝手だよ、家庭の事情を持ち込んで、他にいい人探したらいいじゃん」
横須賀「(涙)分かってるよ!そんなこと!」
   周りの視線が横須賀に集まる。
たま「ちょっと、こんなところで泣かないでよ。私、龍ちゃんを泣かそうとしてるん
 じゃないよ」
   横須賀の嗚咽。
たま「ちょっと、元気出しなよ」
   たま、改札越しに横須賀を抱きかかえると、逆に横須賀にしがみつかれる。
横須賀「俺だって、もう一度、新しい人探してやり直したいとは思うよ。でも、
 お前が一番だって分かってるし…」
たま「そんなの分かんないじゃん。まだ若いんだし」
横須賀「若くないよ…だから、もうゼロからは…」
   横須賀、たまの唇を奪う。
   その瞬間はたまの身体に力が入らない。
   たまが横須賀を突っぱねて走っていく。   
   横須賀、その場に崩れる。   
 
○アパート・たまの部屋・中(夜)
   たまが入ってくる。
   肩で息をするたま。涙を拭う。
   部屋の中に入ろうとするがダンボール箱につまづいてしまう。
たま「痛っ!」
   電気をつけるたま。
   洗剤…洗濯ばさみ、タオル、酢こんぶ…箱の中身が散乱している。
   たま、洗剤を棚にしまおうとする。だが、棚は洗剤でいっぱい。
   たまは一瞬手を止める。
   引き出しは洗濯ばさみだらけ。
   タオルはタンスからはみださんばかり。
   酢こんぶも…。
   たま、酢こんぶを開けて食べる。
   たまの瞳にまた涙が浮かぶ。
   たま、受話器を取り、ダイヤル。
たま「あ、お母さん?」
母(声)「たまちゃん?どうしたの?何かあったの?」
たま「ううん。別に」
母(声)「あ、お父さんに代わる?お父さーん」
たま「(照れくさそう)いいよ、別に」
母(声)「お父さんね、また腰、ひどくなっちゃって。動きがノロノロなのよ。
 まるでイグアナ、イグアナよ」
たま「見たことあるの?イグアナ」
母(声)「ないわよ」
   たま、笑う。
父(声)「(苦しそうに)もしもし」
たま「お父さん?」
父(声)「ああ、元気にやってるか?」
たま「お父さんこそ…いつもありがとう」
   父はたまの言葉を聞いてない様子。
父(声)「もうちょっと電話して来いよ。俺じゃなく、母さんが心配してるから」
たま「わかってるよ」
父(声)「母さんも歳をとったから、涙もろいのか、お前の声を聞いたあと、
 泣いてるんだぞ。もうちょっと考えてやれよ」
母(声)「(遠くで)それはお父さんじゃない」
たま「もう…自分のこと心配しなよ」
父(声)「それから、見合いの話、ちゃんと進めてるから」
たま「いいよ、そういうの、自分で探すから」
父(声)「お前のことを考えてやってるんだ。見合いして、結婚して、帰って来い」
たま「だから。自分のことを心配しなよ」
   たま、涙が止まらない。
父(声)「…見合い…しなくてもいいから、帰って来い…」
   たま、泣きじゃくって声にならない。
 
○走る電車(夕)
 
○電車・中(夕)
   携帯電話を取り出す純一、電話をかけようとするが周囲の迷惑そうな
   視線に負け停車した駅のホームに降りる。
 
○渋谷駅・ハチ公前(夕)
   人混みの中にたま。
   由里子がやってくる。
由里子「待った?」
たま「ううん、よく分かったね」
由里子「私、こういうの得意なのよ。結構鼻が利くのかも」
   たま、笑う。
由里子「さ、パーッといこうか。子供もダンナに押しつけて来たから、大丈夫よ。
 今日ばかりは文句を言わせなかったわ」
   たまの携帯電話が鳴る。
たま「もしもし。あ…」
   たま、ちょっと離れて、
たま「え…今夜?」
   由里子、たまの顔を覗き混む。
たま「…すみません、お断りします」
   通話を切るたま。
由里子「男?」
たま「ううん、店長。今夜バイト入れるかって。携帯の番号どうして知ってるんだろう」
由里子「結構気に入られてるんじゃないの?」
たま「やだ、サイテー」
   たま、電話をバッグに放りこみ、
たま「行こ行こ」
   再び携帯電話の呼出音。
たま「ごめん、ちょっと」
   たま、電話に出る。
たま「もしもし。えっ?…えっ?」
 
○繁華街(夕)
   純一が携帯電話を片手に歩いている。
純一「俺だよ。あのさ、今あいてるか?」
   純一、周囲をチラチラと見ながら、
純一「じゃあ、これからマリオンに来いよ」
 
○渋谷駅・ハチ公前(夕)
   たま、電話中。
たま「え?あのさ、ちょっと…」
   通話、途切れる。
由里子「約束あるの?」
たま「ううん、別に」
由里子「男?」
たま「…」
   たま、歩きだす。
たま「行こ行こ」
 
○居酒屋・中(夜)
   たまと由里子。二人ともほろ酔い加減。
たま「でさ、お見合いの話を聞いてさ、ガーンと来ちゃってさ、あー、私もそんな歳に
 なったのかあ。って」
由里子「(笑い)見合い話ってどこからともな く湧いて来るものなのよ。心配しないで。
 私なんか、高校出たら、速攻よ」
   たま、笑っている。
由里子「それでお見合いいやだ、いやだって 親に反発して、そん時に引っかかっ
 ちゃったのが、今のダンナ。もうちょっと遊んどけばよかったかなって思うけどね。
 もっともっと男を引っかけて」
たま「へえ。それって意外」
由里子「どう意外なの?いっぱい男を引っかけてるように見えた?」
たま「違う違う。そんなこと言うように見えなかったの。どう見たってお嬢様じゃん」
由里子「本当に?」
   たま、由里子、顔を見合わせて笑う。
   後ろの客の携帯電話が鳴る。慌てて自分のバッグを覗くたま。
由里子「待ってるの?」
たま「(大げさに頭を振り)別に」
 
○カラオケボックス・中(夜)
   由里子が飛び跳ねて歌っている。
   たまは座って時計を気にしている。
   由里子、歌を止め、
由里子「ねえ、どうしたの?」
たま「なんでもない」
由里子「約束してるんじゃないの?さっきの」
たま「…ううん、別に」
由里子「よし、目を閉じろ」
   たま、迷いながらも目を閉じる。
由里子「行くか行かないか、この場ではっきりしなさい。三、二、一…ハイ!」
たま「…」
由里子「ハイ!」
たま「…行か…ない…行かない!」
由里子「よし。じゃ、行こっか」
たま「どこに?」
由里子「私、夜景が見たいのよ。結婚して、満足に見てないわ」
   由里子、たまの背中を押し、
由里子「チャンスは今日だけなの、つきあってよ」
 
○ゆりかもめ・全景(夜)
   走行中の車両。
 
○同・車内(夜)
   たまと由里子が座っている。
   由里子は窓ガラスに顔をくっつけんばかりに夜景を見ている。
由里子「やっぱり、思った通りすごいわね」
たま「見たことないの?」
由里子「この時間に外に出てることなんか、めったにないから」
たま「ふうん」
由里子「あ、あれ、まだ動いてる?」
   由里子、観覧車を指さす。
由里子「回ってるよね?回ってるよね?行こ、行ってみようよ」
   由里子、大はしゃぎ。
 
○観覧車・前(夜)
   乗車待ちの列が続く。
   たまと由里子が並んでいる。
由里子「すごいおっきいね。久しぶりだ、観覧車なんか。前に乗ったのはもっともっと
 小さかったけど」
   たま、観覧車を見上げる。
 
○同・全景(夜)
 
○観覧車・前(夜)
   たまと由里子、あと少しでゴンドラへ。
由里子「ねえねえ知ってる?カップルだと、頂上過ぎたあたりが一番キスする確率が
 高いんだって」
たま「ふうん」
由里子「変だよね、そこでやっちゃうと、後ろからまる見えなのに。あ、見せたい
 のか な?チェックしてみよっか?」
   たま、時計を気にしながら、ため息。
由里子「お金にするとどれぐらいに見えるんだろうね。この辺の夜景。倉庫多いから
 百万ドルって感じじゃないと思うけど」
   たま、真剣な表情の由里子を見て表情を明るくする。
   そしていよいよたまと由里子の番が来たところで突然、
   由里子の携帯電話が鳴る。
由里子「はい…あなた?えっ、本当に?」
たま「どうしたの?」
由里子「子供が熱、出したんだって」
   ゴンドラが通り過ぎる。
   係員と後ろの人々の冷たい視線。
由里子「たまちゃん、一人で乗ってくれる?」
たま「え?」
由里子「私、帰んなきゃ。ごめんね」
たま「だめだよ、そんなの」
   またゴンドラが通り過ぎようとする。
由里子「お願い、許して」
たま「ダメだよ、一緒に乗らなきゃ意味ないんだから」
   たま、由里子の手を引っ張るが抵抗。
由里子「ダメよ、子供が病気なのに、こんなことできない!」
   しゃがみ込む由里子。
   二人、暫く沈黙。
たま「…いいよ、もう」
 
○路上(夜)
   駅に向かうたまと由里子。
由里子「ごめんね」
たま「いいよ、気にしなくて」
由里子「でも、これが現実」
   たま、由里子の顔を見る。
由里子「あんなにはしゃいでバカみたいだったでしょ?私ったら。よく考えたら、
 結婚して観覧車に乗ってないんだ」
たま「…」
由里子「あきらめたことが沢山あるわ。主婦って時間があるから、何でも出来そうな
 もんだけど、結局何も見つけてない。ま、生活が保証されてる分、文句は
 言えないんだけどね」
たま「…」
由里子「何か見つけてればよかった。若いうちに…私ね、絵が描きたかったの。
 進学も考えたけど、親は反対、私はそれを説得することが出来なかった。
 それからは我慢のし通し」
   由里子、夜空を見上げて、
由里子「で、子供に教えよっかって思ったけど、あんまり興味ないみたいなのよ。
 結局は自分がどうするかってことなのよね」
たま「…」
由里子「(ため息)もっと自分のこと考えてればよかった。たまちゃんもさ、悔いのない
 ようにさ…」
   バッグの中のたまの携帯電話が鳴る。
   駅にゆりかもめの車両が迫っている。
   たま、走りだす。
由里子「たまちゃん」
たま「ごめん、ちょっと行ってくる」
   由里子、たまの背中に微笑む。
由里子「…頑張って」
 
○ゆりかもめ・全景(夜)
   走行する車両。
 
○ゆりかもめ新橋駅・改札(夜)
   人混みを押し退けて走ってくるたま。
 
○JR新橋駅・改札(夜)
   人混みが動かない。
   改札前に掲示板「信号故障のため、全線運転見合わせ」
   タクシー乗場は長蛇の列。
   たま、走りだす。
    
○路上(夜)
   全力疾走のたま。
 
○有楽町マリオン・前(夜)
   立ち止まり、肩で息をするたま。
   からくり時計が時刻を知らせる。十時。
   通行人が立ち止まり、時計を見ている。
   たま、横目で時計を見て息を整えると辺りを見渡す。
   映画館に向かって長蛇の列。
   たま、純一の姿がないのでため息。
   そして帰ろうとすると、
純一(声)「たま!」
   たま、キョロキョロとしている。
   純一は列に並んでいる。
純一「たま、こっちこっち」
   たま、純一の姿を見つける。
   はにかんでいるたま、駆け出そうとすると純一の後ろに浩子。
   急に表情を暗くするたま。
純一「久しぶりだな」
浩子「せんぱ〜い、遅いよ」
   たま、怪訝そう。
   純一、映画のチケットを差し出して、
たま「え?」
純一「オールナイト。これから見るんだ。一人キャンセルしたから、お前なら
 こういうの好きなんじゃないかって…こいつが」
   浩子、笑っている。
   たま、チケットをしげしげと見ている。
純一「プラチナもんだぜ、チケット。持っててもこんなに並ぶんだし」
たま「…いいよ」
純一「え?」
たま「他をあたって」
浩子「せんぱ〜い、もったいないってば」
たま「ううん、私、これから行くところがあるし」
純一「これから?」
たま「…うん」
   たま、思い切ったように、
たま「私、結婚するんだ」
純一「え?」
たま「高校の同級生」
浩子「え〜!」
たま「親がお見合いの話ばっかり持ってくるからさ、そういうのがイヤだから
 逃げたってのもあるんだけどさ、やっぱりその人のこと、好きだし」
   純一、チケットを見つめながら、
純一「…そっか」
たま「…じゃ、行くね。待ってくれてるから」
   たま、ゆっくりと歩きだす。
純一「たま」
   たま、立ち止まる。
純一「…幸せになれよ」
たま「…ありがと…あなたたちもね」
浩子「お幸せに…先輩」
   たま、立ち止まり、
たま「浩子」
浩子「え?」
たま「純一、シソとか匂いの強いものダメだから、気をつけてね」
浩子「…知ってるよ」
   たま、密かに握りこぶし。 
たま「…そっか」
   たま、ささやくように、
たま「…じゃあね」
   歩きだすたま。
 
○路上(夜)
   たまが歩いている。
   たまの周りには楽しげに語り合うアベックや家族連れ。
   たまは静かに携帯電話を取り出す。
たま「…あ、もしもし…店長ですか?」
   たま、夜空を見上げながら、
たま「今夜、やっぱり入れます…分かりました…すぐ行きます」
   たま、唇を噛んで、
たま「あの!…明日も入れます、明後日も、その次の日も。がんばります…
 私がんばりますから…」
   …たまが夜空を見上げている限り涙がこぼれ落ちることはない…
   夜景
―完―
※1999/2000Y.M:この作品の無断転載等を禁じます。

 

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