道北(千歳ー稚内、礼文、利尻)

なっぱと結婚して以来、一年間北海道に行っていなかった。
なっぱも一年ぶりに向こうの友達と会いたい、ボクも道北を走りたい、それぞれの思惑が一致し、7月に休みをもらって北海道に行くことにする。
転職して間もない頃だったが、社長や専務にお願いして4日間も有休をもらう。
上司の多少のイヤミは覚悟の上で、夏の北海道へレッツゴー!

1998年7月16日(木)
福井はいい天気。
9時に起床し、午前中はパッキングや自転車の輪行に時間を費やし、おにぎりを作って午後1時頃にカローラUで小松空港へ向かう。

今回の北海道旅行は2ヶ月前から計画していた。
飛行機の早割は2ヶ月前から受け付けられるからだ。
今日は二人でなっぱが以前に駐車場を借りていた北川さんのお宅に泊めていただき、翌日からは別行動で稚内の阿部さん宅にお世話になりに行く予定。

16:10小松初の飛行機は定刻通り17.45千歳空港着。
なっぱは先にバスで北川さん宅へ向かった。
ボクは当然自転車で向かう。
自転車を組み立て、着替えなどして18:10札幌へ向けスタート。
18時でも夏の北海道は日が長く明るい。
R36の未走区間を走るため、あえて遠回りする。
遠回りしなければ1〜2kmくらいの距離を大きく迂回して15kmも走る。
暗くなる前に千歳市内に入り、R337の写真を撮る。

恵庭市ではR36バイパス右折の標識があった。
ボクの持っている地図ではR36のバイパスは建設中の表示だったが、つながったのだろうか?
ボクは直進のR36を選択して進む。
広島町のあたりから暗くなり始める。
しかし、千歳から終始追い風が吹いていたので、ここ数日ツール・ド・フランスで活躍している
J.デュランのような果敢な走りを見せる(スピードは追い風にのっても35〜40km/hだが)。

札幌市に入るともう真っ暗。
車も多くなり、ゆっくり安全に行きたいところだが、蒸し暑い本州と違って風がさらさらで気持ちよく、ついスピードを出してしまう。
17:50ごろ、なっぱに持たせた携帯(このころ我が家に携帯は一台のみ)に電話し、無事北川さん宅に着いていることを確認する。
ここからは本当にゆっくり進む。
ゆるい下り坂で前方の路肩に駐車車両があったので、よけようと車線中央に進路変更した。
すると、
駐車中の車は右ウインカーを出したかと思った瞬間に車道に走り出してきた。
あわててよけようとさらに大きく右にそれると、その車はさらに右に寄ってきて右折しようとした。
危うく引かれてしまうところで大きな声を出した。
「どアホ!後方確認ぐらいせぇ!」
ゆっくり走っていたのでよけられたが、もし、スピードを出しすぎていたらと思うとぞっとする。

その後、ススキノを通り、札幌駅を通過して麻生近くの北川さん宅に18:45頃到着。
走行距離65km。

泊めてもらうのに食事まで用意してもらい、シャワーも貸してもらった。
一度しか会っていないのに感謝である。
夜は窓を開けて寝ると寒いくらいだった。
北海道だねぇ。


1998年7月17日(金)
7時起床。
過剰の朝食をいただいたあと、8:15出発。
今日もいい天気だ。
北川さんとなっぱに百合ヶ丘公園がきれいだから見ていくとよいといわれていたが、R274の写真を撮ったのち、百合ヶ丘公園は寄らずにR231をずっと北上する。

目指すのは稚内だが、一日で着くことは無理なので、留萌のあたりで一泊したいと考えていた。
最寄りのYHは羽幌にあるが改装工事で休館中(あとで知ったがもう再開していた)。
それで同じく羽幌にある、「とほ宿」の吉里吉里に石狩のコンビニから予約電話を入れる。
念のため「とほ」も持ってきて正解だった。
朝食を食べたばかりでまだおなかは減っていないが、この先、どの程度の頻度で店があるかわからないのでおにぎりとスニッカーズとポカリを買っておく。

いつ市村境を超えたのか、いつの間にやら厚田村に入っていた。
ずっと海岸沿いを走る。


小さな漁村がいくつかあり、そのたびにアップダウンを繰り返す。
こんなシチュエーションは幾度となく経験してきている。
和歌山の白浜−串本間、小豆島の東から北海岸、丹後半島の海岸線など。
この小さなアップダウンが疲労の蓄積になることはわかっていたので、ペース配分を考えて走る。
一応、学習能力は持っているつもりだ。

休憩して羽幌までのルートを確認する。
海岸沿いの道を北上するだけで迷うことはないが、
トンネルがたくさんある。
いったいいくつあるのだろう?
一つ目のトンネルを通ったときから、数えてみようと決める。

R231は工事区間が多く、雄冬まで続いていたが、交通量がほとんどないので気にはならなかった。

海水浴場のある浜辺近くのコンビニで弁当を買い昼食にする。
本州から来たボクにすればとても涼しく感じる道北の夏であるが、驚くべきことに海水浴を楽しんでいる人が多い。
ボクなら泳ぎたいと思うような気温ではない。
しかし、北海道の人にしてみれば暑いのだろうか?
それとも、短い夏を満喫しようと必死なのだろうか?

弁当を食べているとカラスが2、3羽近寄ってきた。
石を投げて追い払おうとしたが、動じない。
人様の弁当をねらいやがって・・・
食べていた
唐揚げ弁当はあまりおいしくなかったが、カラスも同じ鳥だと思うと余計に食欲が無くなった。
だからといって素直にカラスにくれてやるほど優しいボクではない。
もったいないが鳥よけのついたゴミ箱に捨てていく。


R231海岸沿いで。海がきれいだった。

R231海岸沿いにあったモニュメント

増毛町にも知らない間に入っていた。
町村境の標識はないのか?
それとも気がつかなかっただけだろうか?

風は左前方から吹いていたが走るのに抵抗は感じなかった。
久しぶりに大きな町、留萌市に入る。
R231は留萌市で終点となり、さらにこの先走るR232とR233につながっている。
R233は交差するだけなのでいつものように写真を撮ろうと思ったが、最初の標識を見つけるまで4kmも内陸方向に走ってしまった。
ふつう起点なら1mで標識がたっているものだが、たまにこんな国道もあるようだ。

 

ここから羽幌まで風は真向かいになり、しかも、きつくなった。
小平町まで変化のない海岸線が続いたので余計に疲れが増す。
道の駅おびらでこの北海道旅行初めてのソフトを食べる。
糊剤は入っているが、牛乳の味が濃厚でうまい!
人に勧められる一品といえよう。

苫前町との町境は見つけることができた。
R239の写真を撮る。

羽幌まであと少しだというのにアップダウンが続く。
海岸線の道というものはいつも、走っても走っても近づかない感覚がある。
疲れもピークに達していたが予定していた18:00を5分だけ遅れて吉里吉里に到着。
結局、羽幌に着くまでにトンネルは覆道をのぞいて28個もあった。
走行距離188km。

風呂に入り夕食を食べていると、温泉ツアーもあるというので連れていってもらった。
行ったのはボク一人だったけど・・・
目的の羽幌温泉はホテルの中にあった(550円)。
食塩泉なので日焼けした両手両足の部分がヒリヒリしみたが、とても気持ちよかった。
疲れたときはやっぱり温泉に限る。
カルシウム成分も多く含まれているので、少し濁りのある温泉だった。

吉里吉里には去年のツールド北海道の写真がファイルしてあった。
そういえば去年は道北のこのコースだったことを思い出したが、よくみると走っている選手の写真が無い。
サコッシュ(補給食の入った袋)を渡そうと待つスタッフや機材の写真ばかり。
どうしてなのかペアレントさんに尋ねると、去年のツールド北海道は強風で隊列が斜めになり、対向車線にはみ出すという事態が起きたために(片側しか車の通行規制がされていない)、羽幌に来る前にレースが中止されてしまったのだそうだ。
つまりレースが見られなかった。
ペアレントさんも自転車レースが好きなのか残念そうな顔をしていた。

吉里吉里では宿泊者名鑑なるものを作成していて、開業以来、宿泊者全員の写真を撮ってファイル化している。
しかも、車、バイク、自転車とカテゴリー分けまでしてある。
これはすごいことだ。
相当マメじゃないとできない。

それにもうひとつすごいと思ったことは、宿泊客を名前で呼んでくれること。
受付のときに名前を書いただけなのに、
「松村君、食事の用意できたよ」
って言われてびっくりした。
ボクだけじゃなく、他の宿泊者に対しても同じ。
今日だけでも十数人いる宿泊客を、今日初めてあった人ばかりなのに、顔を見て間違わずに呼んでいる。これもすごいことだ。
しかも、それを365日毎日続けることなんて普通じゃできない。
ボクはこの宿をとても気に入ってしまった。


1998年7月18日(土)
早起きをして散歩する。

ハスキー犬を見つけて近寄っていったら、なんということか!右目の上をかみつかれた。

北の国の犬は凶暴だ。
今日は早起きしても三文の得はなかった。
後になって仕返ししてやるべきだったと何度も悔やんだ。
犬にだってしつけは必要だ。
人にかみついたらどういう目に遭うかを体で覚えさせんといかん。
それにしても目の上で良かった。
あと少しずれて眼球だったら大変なことになっていたところだった。

吉里吉里恒例の写真撮影をしてもらった。
この宿はロケーションを考えてか、「宗谷岬への中継点として活用してください」と銘打っていて、快く送り出してくれる。
環境がいいからと言って、客の都合も省みず強制連泊させるどこかの宿とは大違いだ。
東京から来たランドナーのお兄ちゃんと一緒に出発する。
彼はこのあと焼尻島へ向かうと言っていたので、港までほんの1kmほど一緒に走って別れた。

羽幌の道の駅でスタンプを押そうと探していたら、なんと昨日行った温泉のあるホテルが道の駅だった。
20kmほど走ると、運動して血流がよくなったためか犬にかまれた傷が開いて血が出てきた。
駐車中の
車のドアミラーで自分の顔を見ると「おいわさん」のようにはれていた。

羽幌の次の町は天文台の町、初山別村。
昨日と変わらず向かい風の中を走る。
突然、前方に霧が道を覆い隠している景色が見えた。
それは変化することなくボクを飲み込んでいった。
本の短い間、霧の中を走ったが、すぐに晴れの領域に戻った。
振り返ると、やはり後ろの道は霧に覆い隠されていた。
北海道では全く不思議な空間に出会えるものだ。


遠別町で2台の自転車に抜かれた。
2台ともトライアスロン用のバイクで二人は練習中のようだった。
彼らは30km/h位のスピードで走っていたので、ついていくことにした。
向かい風だったので、彼らの後ろについて走るととても楽だった。
うしろから二人のギア比をチェックしてみるとフロントはインナーでリアはトップにかけていた。
39×13Tとするとギア比は3.00、ボクは52×17Tなのでギア比は3.05。
両者に大差はないが、海岸線を走るR232はアップダウンもあるし、向かい風なので彼らのギア選択の方が正解といえよう。
つまり、ボクの場合、上り坂があればフロントギアをインナーに落としたうえでリアを適切なギアに選択しなければならない。
しかし、彼らの場合ははじめからフロントはインナーに入っているのでリアだけを変速すれば良いのだ。
そして平地に戻ればリアをトップまであげて今のような走行をする。
平地でさらに加速するためにはフロントをアウターに変速しなければならないが、向かい風の中を無理して走るよりは30km/hくらいで練習しているのだろう。
ボクは練習しているわけではないが参考になった。

5kmほど走ると道の駅があり、二人とはここでお別れ。
といっても話をしたわけでもないが・・・
ソフトを買って食べるが昨日の小平の方がうまかった。
天然水を買ってボトルに入れる。

天塩町のセイコーマートで昼食。
手塩からは道はいったん東へ向かうので少し追い風となるが、すぐにまた北向きに戻ったので向かい風になる。
R40と合流してすぐに幌延町に入り、北緯45度線を越える。
ずいぶん北に来たものだ。



北緯45度線

携帯が鳴った。
今日泊めてもらう阿部さんからだった。
阿部さんは川崎さん(なっぱの友達)の婚約者で稚内で養護学校の先生をしている。
ボクの所在地を確認するためにわざわざ電話してきてくれた。
幌延町にいることを告げ、順調にいけば3時頃に稚内に着くが、宗谷岬に行きたい旨を伝える。

再び走り出すが、相変わらずの向かい風で疲れがたまってきた。
こういうときはなかなか距離が縮まらないように感じる。
それでも、サイクルコンピュータを見ながら1kmづつ距離を縮めていく。

豊富町へはいる。
温泉の看板を横目に
「今入ったら疲れがとれるだろうなぁ・・・」
と思いつつ通過。

稚内市に入り小さな丘をかけのぼると、カラスの群がボクを出迎える。
少しもの寂しい風景に殺伐とした雰囲気をカラスが演出していた。
その小さな丘のピークまで来ると、ついにオホーツク海が見えた。
今までの疲れと憂鬱さがふっとび、心が一気に踊り始める。
宗谷岬まであと27kmあるが今までとは気持ちが違った。
足取りが軽くなり、向かい風でもR238を調子よく前進できる。

稚内のR238沿いにも長い砂浜があり、一人か二人泳いでいた。
さすがにここでは少し肌寒くさえ感じるのに・・・
R238の写真を撮る。

観光地化された宗谷岬でもサイクリストにとっては最北端という聖地である。
ゴールを目前にして疲れなど忘れて気持ちが高ぶる。

何人ものサイクリストとすれ違う。
手を挙げて挨拶をする。
彼らはすでに宗谷岬にゴールして稚内市内へ戻るところなのだろうか?
みんな満足げな顔をしていた。

そして、ついにゴールの宗谷岬が見えた。
ここがゴールと思うと感慨深いものがある。
16:24宗谷岬到着。

最北端の碑の前で写真を撮り、最北端のトイレに行くと再び阿部さんからTELがなる。
今から川崎さんとなっぱを迎えに稚内駅に向かうとの連絡だった。
16:47に宗谷岬を出る。
帰り道は追い風なので楽にゆっくりと進む。
このときもたくさんのサイクリストとすれ違った。
みんな今が一番充実しているときだろう、ゴールを目前に目が輝いていた。

阿部さん宅から4km手前で阿部さんの車とすれちがう。
川崎さん、なっぱも乗っていた。
「はじめまして、今日はお世話になります」
あいさつして、そのまま阿部さん宅まで誘導してもらう。
走行距離185km。


宗谷岬のモニュメントにて

日本の最北端、宗谷岬にて

阿部さん宅は校宅だが部屋数は多く広い。
そのうちの一部屋を使わせてもらう。
とりあえず着替えて、まずは稚内温泉に連れていってもらう。
ここも食塩泉で、昨日よりしみて湯に浸かれなかった。
今日も天気が良かったので、日焼けがさらにひどくなっていたようだ。
まるでいなばしろうさぎの気分だった。

そのあと4人で居酒屋に行く。
つぼだいという魚は白身なのに脂がのっていてとてもうまかった。
もずく酢もうまい。
たこザンギ、刺身、イカ焼きなどいっぱい食べた。
泊めてもらうお礼にここの支払いは我々が持つことにした。
それがのちに憂き目にあうことなど知る由もなかった。


1998年7月19日(日)
今日も天気はよいが、サイクリングは無しにして阿部さんに稚内観光に連れていってもらう。
最北端の牧場は宗谷岬の上にあり、しぼりたての牛乳はとてもうまかった。
宗谷岬、ノシャップ岬、百年記念塔、氷雪の門、ガイドブックに載っていない穴場の展望台などに連れていってもらった。
昼食は駅でかにめし。
港まで送ってもらい阿部さんたちと別れ、15:30のフェリーで礼文島へわたる。


最北端の線路

最北端の牧場、ミルクがうまかった

おせわになった阿部さん夫妻

バックはサイクリストが野宿することで有名な稚内市内のスポット

今日宿泊予定の旅館一力は香深港から南へ2km。
旅館に荷物をおいて、なっぱを残し香深港へ自転車で戻ってみる。
港はすでに閉じられていた。
さらに桃岩台の方へ上ってみたが、長そうだったので途中で引き返す。
夕食後、今度は南へ行ってみた。
漁港と民宿ばかりだった。

犬がいたので遊んでいると飼い主のおばちゃんが来た。
おばちゃんの話では少し前までこのあたりには犬はほとんどいなかったそうだ。
あのエキノコックスのせいでみんな処分されてしまったらしい。

おとといかまれたのが嘘のようにもう犬は平気。
防波堤から見る利尻富士はとても美しかった。

走行距離16km。


礼文島から見た利尻富士


旅館一力は決してきれいとはいえない旅館だった。
以前に川崎さんが泊まったことがあるという理由で選んだ。
礼文島にはYHもあるが、あの桃岩YHなので行ったはいいけど引いてしまう可能性もあったので旅館にした。
料理は豪華なものだったが、宿泊客はじーちゃんばーちゃんばっかりで若い人がいなかった。


1998年7月20日(月)
なっぱは港でレンタバイク(原付)を借りて、一緒に観光に行く。
ボクは自転車、なっぱはバイクで桃岩台をのぼる。
朝、早いためほとんど人はいなかった。
天気は悪くはないが、利尻は雲に覆われて見えなかった。
その後、林道を香深井まで行く予定だったが、オフロードだったためルート変更して下まで戻って海岸沿いを北上する。
途中、休憩してジュースを買うが、なっぱがお金が全然ないというのであとでおろそうということになり、北上を続ける。


礼文島にて

11:05のフェリーに乗るため、9:30ごろ折り返す。
なっぱはもうちょっと先まで進むといって北上を続けた。
香深には10時過ぎに戻ってきて、お金をおろそうと郵便局に行くとなんと閉まっている。
平日なのに何で?
と考えて思い出した。
そうだ!今日は海の日で祝日だった。
郵便局はGWと正月以外ATMは動いていると信じていたが、離島の常識では日曜祝日は休みということらしい。
離島に限らず、小さい郵便局はそういうものだということを改めて知らされる。
しかし、そんな悠長なことを行っている場合ではない。
現在の
所持金を確認してみると2017円だった
今日はこのあと利尻島に渡り、阿部さん、川崎さんと落ち合う約束なのでとりあえず利尻までは行かなければならない。
信用金庫も休み、島一番の大きなホテルもクレジットカードが使えない。
最後の手段で警察に行ってみたが、
「フェリー乗り場でとりあえず頼んで乗せてもらって、降りてから払うように交渉してみたら」
と言われただけで、お金を貸してはくれなかった。

とにかくフェリー乗り場へ行ってみた。
ここでいったん冷静になり、フェリー料金はいくらか計算してみると、乗船券730円×2+自転車580円=2040円だ。
なっぱが23円持っていれば、渡ることができる。
なっぱの帰りを待つことにする。
川崎さんから携帯に電話があるかもしれないのでレンタバイク屋に預けてある荷物を取りに行く。

そのときふと、いやな予感がした。
レンタバイクやの人に
「あの〜、レンタバイクの料金ってもう払ってますよね?」
と訪ねると、
「いいえ、戻ってから払っていただきます」
との返事。
目の前が真っ暗になった。

1時間千円なので、3千円はかかるだろうか?
バイク代も払えず、フェリー代もない、どうしよう?
と立ちつくしていたその時、携帯が鳴った。
川崎さんからだった。
川崎さんの声が天使のように聞こえた。
事情を説明すると、利尻でお金は貸してもらえることになった。
しかし、この局面をどうするかが問題だ。
考えたあげく、
正直にバイク屋のお兄ちゃんに頭を下げることにした。
お兄ちゃんは最初は怒り口調だったが、彼のポケットマネーでとりあえず今日の分は立て替えてくれることになった。

彼も、使用人の身なので、勝手なことしてばれたらヤバイらしく、個人間の金の貸し借りということで納めてもらえた。

しばらくして、なっぱが戻ってきた。
フロントのかごには拾った昆布がいっぱい。
そのままブレーキをかけようとしてアクセルを回してしまい、すっころんだ。
鼻の下をけがしたが、大した傷ではなかった。
バイク屋のお兄ちゃんもバイクよりなっぱを心配してくれた。
とりあえず二人でお金のこととバイクをこかせたことについて頭を下げ、なっぱの免許証を見せてこちらの住所を教えた。
お金を借りる立場であったのに、レンタバイク代も2500円にまけてくれた。
お金を送り返すためのお兄ちゃん(菊池さんといった)の連絡先も聞いてフェリー乗り場へ向かった。
彼のおかげでとても助かった。

フェリー代が30円足りないのでなっぱに
「30円ちょうだい」
と言うと、なっぱは財布の中を調べたがなんと3円しかなかった・・・
いくらお金がないとはいえ、3円てことはないやろ・・・
どうするか?
答えはすぐに出た。
もう、迷うことはない、恥ずかしさのかけらもない。
再び菊池さんのところに戻り
「すいません、迷惑かけついでに・・・」
とあと千円貸してもらった。
菊池さんも最後はあきれて笑っていた。

でも、おかげで何とかフェリーに乗ることができた。
利尻島の沓形港につき、阿部さんたちと無事会うことができ、
一万円貸してもらった。
なのに、昼食に一杯3千円のウニ丼を二人分食べ、またお金が減ってしまった。
阿部さんは稚内の前は利尻で先生をしていたので知り合いが多いようだ。
昼食のときも
「阿部先生じゃないですか?お久しぶりです」
と声をかけられていた。
なっぱは阿部さんの車に便乗して観光に出かける。
阿部さんが反時計方向に行くといったので、ボクも自転車で反時計回りに利尻をまわる。


利尻富士中腹の展望台にて。利尻島はここからスタート。

島の反対側の博物館で待ち合わせをして、お互い出発する。
博物館まではそう遠くはなかったが、車の方が早いのは当たり前で、ボクが博物館についてジュースを飲んでいたらちょうど3人が中から出てきた。
ボクは博物館の見学は無し。
それからすぐ近くのアザラシのいる岬公園まで一緒に行く。
おみやげ屋の昆布はとてもうまかったのでいくつか買い込んだ。
利尻といえばやっぱり昆布だ。
3人はそのあと山の方の姫沼に向かった。
ボクは直接鴛泊港へ向かう。


岬公園のモニュメントの前で。バックは利尻富士。

利尻では自転車の人とすれ違うことは少なく、レンタサイクルの人が何人かいた程度だった。
走っていると、車が近づいてきて止まった。
「自転車に乗ったお年寄り見かけませんでしたか?」
そういえばついさっきすれ違った気がしたのでそう教えた。
お年寄りというのが気になったが、無事見つけられたのだろうか?

港には思ったより早くついて3人の到着を長いこと待っていた。
小さい利尻島を一周できなかったのが少し悔やまれた。

岐阜から来たというMTBのおじさんがいて少し話をした。
おじさんは車にMTBとカヌーを乗せて気ままな旅をしているらしい。
アウトドアを満喫しているという感じ。
出港までに3人はまにあうのだろうか?
と心配していたがなんとかぎりぎり間に合った。
フェリーで稚内へと戻る。
夕食は4人で稚内市内のラーメン屋でラーメンを食べたあと、駅まで送ってもらい、ボクは寝台特急で札幌へ向かった。
なっぱは阿部さんちにもう一泊して翌日飛行機で千歳へ向かう。
走行距離79km。


1998年7月21日(火)
朝、ちょうど6時に寝台特急は札幌に到着。
車内ではわりとよく眠れた。
所持金は1000円切っており、郵便局があく8時まで札幌で待つことにする。
札幌ならさすがに閉まってはおるまい。

その間、初日に行けなかった百合ヶ丘公園に行ってみる。
すがすがしい朝の空気の中、公園内を散策してみる。
百合ヶ丘という名前の通り百合の花がたくさん植えられていた。
少ないお金でローソンでパンを買い公園内で食べる。
8時になったので郵便局でお金をおろし、使い捨てカメラを買う(持ってきたカメラはなっぱから返してもらうのを忘れていた)。

R12、R230、R275の写真を撮って、R274の田園の中を南下する。

  

途中、長沼の道の駅ではおいしいソフトを発見。
トマトジュースをなっぱへの土産とする。
由仁町からはR234で早来まで行き、道道で千歳空港へと向かう。

飛行機出発の1時間前には空港へ到着した。
走行距離102km。

札幌から千歳までは短い区間と思って距離計算もせずに走っていたが、思っていた以上に長かった。
やっぱり北海道は広いんだと言うことを実感した。
空港ではなっぱと無事合うことができ帰路についた。