4月からなっぱは筑波大学の大学院へ進学のため、別居している。
そこで今年のゴールデンウィークは東海道のR1を走ってつくばまで行こうと計画を立てた。
休日は5/1〜5/5の5日間。
名古屋まで電車輪行し、2泊3日かけてつくばまで走り、残りの2日間はのんびり過ごして飛行機で帰ってくる予定。
1999年5月1日(土)
4:50起床。
支度を済ませ5:30に家を出て福井駅へ向かう。
いい天気で空は明るいが、5月だというのに息が真っ白になるほど寒い。
6:10発の加越で名古屋へ向かう。
自由席乗り場の駅のホームでは朝一番だというのに長い列ができていて、立って行くことを覚悟したが、思ったほど混んではいなくて座っていくことができた。
最後尾の座席の後ろのスペースも広くて自転車を置くことができた。
米原で新幹線に乗り換え、こちらははさすがに混んでいたが、名古屋にはすぐについた。
7:56名古屋着。
準備をして8:27出発。
名古屋駅前から熱田神宮までは今年1月に走ったR19を行く。
R1にのり、いよいよ東海道をスタート。
いきなり、電車との立体交差があり、自転車走行禁止の標識があった。
自転車走行禁止の場合、すぐ近くに踏切やトンネルまたは陸橋など迂回できるものがあるはずだが、どこを探しても迂回路がない。
なんて人をいや自転車をバカにした道だ!
こんな道を通るのは初めてだ。
迂回路がないものは仕方がない。
強行突破だ。
以前に名古屋ー鈴鹿を走ったときにR1が走りにくいとは思わなかったが、今日はとても走りにくいと感じた。
というのは、前述の立体交差のこともあるが、交通量が多いので車がひっきりなしに横を通り過ぎ、ものすごく神経を使うからだ。
トラックなどはスピードを落とさず、車間もあけずに通過するのでかなり怖い。
わざとよけていないんじゃないかと思ってしまう。
名古屋のドライバーはマナーが悪いぞ!
この状態は静岡県金谷町のYHにつくまで改善されることはなかった。
おかげでボクの右半身の肩と首が極端にこってしまった。
とりあえず、知立市のR155との交差点を目指す。
天気は良く、日は高くなったが気温はまだ高くならない。
しかし、風は追い風なので進むのは楽だ。
岡崎市のコンビニで休憩、持参のおにぎりを食べる。
国道の写真撮影も忘れずR473と豊橋市でR151とR259の写真をとる。
静岡県との県境近くになると湖西市が近いこともあり、松下電池、パナソニックEVエナジー(電気自動車の工場)の看板が目立つ。
R1はバイパスと旧道に別れた。
バイパスは自動車専用なので、ボクは旧道を進んだが、R1旧道だと思った道はなぜかR42の表示があった。
その道を走って静岡県に突入。
R42表示は大倉戸で終わり、ここから再びR1の表示が出た。
地図を見るとR1バイパスはここで終わり、有料道路になっていた。

R301の写真を撮って浜名湖を横断、橋の上から親子連れが潮干狩りをしている様子が見えた。
とても楽しそうだ。
浜松市に入り、R257、R150、R152の写真を続けてとる。

東海道を走りだして以来、朝からずっと多くのサイクリストとすれ違った。
交通量が多く反対車線の見落としもあると思うので気づいた数よりもっと多くいたはずだ。
浜松ではランドナーの人を追い越したが、いつの間にかボクより先を走っていた。
いつの間に追い越されたのだろう?
ボクは27〜28km/hで走っているし、向こうは荷物をたくさん積んでそう速く走っているようには見えないのに不思議だ。
信号待ちのとき再び追いついてその人と話をした。
橋の下などにテントを張りながら東京を目指しているそうだ。
R1と磐田バイパスが合流するところは、また自転車走行禁止なのに迂回路がなかった。
仕方なくまた強行突破したら、いつのまにか袋井バイパスを走っていた。
袋井バイパスは有料の磐田バイパスと異なり無料なのでとがめられることもないだろうと開き直って走る。
それにしても自転車をないがしろにするのはいい加減にして欲しいものだ。
でも、バイパスは路肩が広いので走りやすかった。
今日の最後は唯一の上り坂、中山峠。
そのてっぺんに今日宿泊する小夜の中山YHがある。
16:29YH到着。
走行距離159km。
すぐに風呂に入り洗濯する。
ここのYHの風呂は木の風呂で気持ちよかった。
シャンプーがおいてなかったのがたまにきず。
風呂上がりにYHの近くを散歩する。
YHの前にはとっても大きなサボテンの木があった。
手入れをしていないのだろうか、のび放題に成長して変な形であった。
ここのYHは大井川に近く、川沿いの大井川鉄道には毎日SLが走っている。
ホステラーの多くはSLに乗ることを目当てに来ているらしい。
高校生の3人組がいて、彼らは夕食のときにはじめてSLのことを聞いた。
他のホステラーの人たちに
「え〜、君らSLのりにきたんちゃうの?SLのこと知らんできたの?」
といわれて、恥ずかしそうにしていた。
でも、ボクも知らなかったよ。
みんないろんな目的できてるんだからいいじゃない?
ペアレントさんは元鉄道職員で、昔の話とか鉄道の話を延々としていたが、ボクにとっては興味がない話だったのでだんだん眠くなってきた。
早めに寝ようと思ったけどチェックインの時シーツをくれなかったので布団に入れなかった。
しかたなく大部屋でごろっとしていたが、峠の夜は5月といえど寒く寝ていられなかった。
そこで、みんなが話しているミーティングルームにあるこたつで小一時間ほど寝た。
たまに疲れているのに眠れないときがあるが、すぐ寝れるのは体調がいい証拠だ。
ペアレントさんに宿泊代の集金のため起こされ、やっとシーツをもらった。
のどが渇いて、ジュースを買いに外に出ると美しい満月。
このあたりはお茶どころで、すでに新茶が出ている。
ペアレントさんの好意で摘みたての新茶を飲ませてもらった。
今年は高くて1500〜2000円/100gくらい。
10時半頃また寝るが、なぜか鶏が夜中から鳴き出して止まらなかった。
1999年5月2日(日)
6:50起床。
朝食をとったあと支度をして7:58出発。
昨日抜けてきたトンネルのつづきはまたバイパス、峠越えの旧道を進む。
のぼり坂ではあるが交通量は少ないし天気もよく静かでこんな道は大好きだ。
峠を下って「越すに越されぬ」とうたわれた大井川を渡り島田市に入る。
今では水量も減っていて橋がなくても楽にわたれそう。
島田市の国道沿いは「新茶」の旗が目に付く。
まだ朝早かったが、開いているお茶屋さんを発見し寄ってみる。
隣はお茶の加工場なのでいい店なのだろうと思う。
2000円/100gのと1500円/100gのものを一袋づつ買う。
両者の値段の違いは一番芽か二番芽ということらしい。
今日泊めてもらう鎌倉の高原さんとなっぱへの土産とする。
直線道路の先の方に人が一人歩いているのが見えた。
薄手のトレーナーに青いロングスパッツと日よけの帽子、デイパックを背負って早足で歩いていたその人は、昨日、YHに泊まっていた女の人だった。
夕食も朝食も一緒ではなかったのでチラッと見ただけだったが、マラソンでもしているような格好だったのでよく覚えていた。
朝食の時、他のホステラーが
「あの人、朝早く歩いて島田方面へ出かけたよ」
と話していたのを聞いていた。
もしかして歩いて東海道を制覇しようとしているのだろうか?
よくバイクの人たちには自転車で走るのはすごいと感心されてしまうが、自転車のボクが見ると歩きの人の方がもっとすごいと感心してしまう。
横を通過してしまったが、あとになって声をかければよかったと後悔した。
藤枝市と岡部町の境からまたR1はバイパスとなった。
ボクはまた旧道を走り、宇津の谷峠へ向かう。
頂上のトンネル手前のバイパスと合流したところに道の駅があった。
しかし、3月にオープンしたばかりでスタンプがなかった。
トンネルを抜けると静岡市に突入。
このあたりから路肩が広く路面もなめらかになり、走りやすくなった。
清水市のR52の交差点で国道写真を撮ろうと標識を探したが内陸方向に3〜4km走ってもみつからなかったのであきらめてUターンする。
由比町でまたバイパスとなり、また旧道を進んでいたが、コンビニで休憩して地図を見ると、そのまま旧道を走るとR1をそれていくことがわかったので、強引にバイパス方向へとせまい道を探して進む。
桜エビ祭りの会場へ向かうシャトルバスの駐車場の横を通ってなんとかバイパス沿い道に出る。
富士川を渡ると富士山が見えた。
天気はよかったのだが、残念なことに富士山の頂上付近は雲に隠れて見えなかった。
それでも、久しぶりに見る富士山に感動。

沼津市でR414とR246の写真をとり、三島市からいよいよ今回のツーリングのクライマックスである箱根への登りがはじまった。
市街地から少し上り坂となり、ただの上り坂だと思ったがそれはすでに箱根への第一歩であった。
なんとそこから頂上まで一度も下ることがなかったのだ。
徐々に周囲の住宅がなくなり上の方に登ってきた。
すると、「箱根まで12km」の道路表示があった。
ボクはここに表示されている「箱根」とは頂上の向こうの湯元あたりを指しているものと思い、頂上まではもっと近いはずと決めつけてしまった。
しかし、実はこの「箱根」とはピークを指していたのだ。
従って、サイクルコンピュータの走行距離を見ながら、もうそろそろ頂上のはず・・・
あのカーブを曲がったら・・・
とそのたびに思って走っていたので、精神的なダメージが大きかった。
当然のことながら、12km走らないとピークにはつかないのだ。
途中押しているサイクリストを二人ほどパスしたが、ボクも何度か休憩して腰を伸ばした。
箱根峠の感想は、「しんどかった」の一言だが、バイパス道路よりは昔のよき街道としての名残があってこっちの方がボクは好きだ。
登りのトータルは15〜16km。
下りも同じくらいの距離があるとするとちょうど(馬でも越せる箱根)八里だ。
箱根峠を越えると、神奈川県に突入。
ピークを越えてすぐの道の駅でジュース休憩。
ここの道の駅は眼下に芦ノ湖を見下ろせてあたかも摩周湖のような景色だ。
摩周湖と違うところは下に降りられること、さあ、これからダウンヒルだ!
しかし、箱根スカイラインから降りてくる車が大渋滞しており、路肩をブレーキングしながらゆっくりとしか下れなかった。
芦ノ湖まで下ると、なんと再び登りとなった。
予定時間を約1時間ほどオーバーしているので早く進みたいのだが、モモがつってしまいまた休憩。
今度はピークまでそう距離は遠くなかった。
今度のピークはR1の最高標高地点の表示があった。
今度こそ本当の下り、快調にとはいかないが車の横をすり抜け、時には反対車線も走りながら小田原まで一気に下った。
小田原市は以前に勤務していた会社の工場があり、新入社員研修で1ヶ月ほど滞在して以来、7年ぶりだ。
会社の近所の景色なら見覚えもあると思うが、R1の近辺の記憶はほとんどなかった。
R255と交差するところのローソンで弁当を買い空腹を満たす。

この時点で17時、今日泊めてもらう鎌倉の高原さん宅まであと約43km。
予定よりかなり遅くなりそうだ。
電話して
「今、小田原」
と言ったら、
「えーっ?今日中に着くのかよ?」
と言われた。
19時頃の到着になる旨を伝えて先を急ぐ。
追い風なのでスピードは出るが、信号が多くて思ったより時間が稼げない。
大磯の信号待ちの時、一人のサイクリストが声をかけてきた。
「赤い上着を着て荷物をいっぱい積んだ自転車見ませんでしたか?」
しばらく考えてみたが、見た覚えがなかったので
「見ていないです」
と答えた。
探している相手が後ろから追いついてくるのを待っていてもなかなか来ない場合、得てしてその相手は先に行ってたりするものだ、と思い、しばらくは注意して赤い服の自転車がいないか見ていたが、ボクも急がなければいけないのでいつの間にかその意識は薄れていった。
ところが、5〜6kmほど進んだ平塚市で歩道を押している赤いウィンドブレーカーのMTB君を発見した。
もしやと思い、声をかけてみるとやはりさっきの人が探している人だった。
「相棒は5kmくらい後ろで待ってたよ」
と教えてあげると、
「えっ?あいつ後ろにいるんですか?何で?」
としばらくは事情がわからないでいたみたいだ。
一人は相手が後ろにいると思ってゆっくり進んでいるし、もう一人は相手が先にいると思って急いで進んでいるので二人の差はどんどん広がっていたみたいだ。
あれから二人は会えたのだろうか?

藤沢市に入ると暗くなり、視界が悪くなってきた。
横浜市ではもう真っ暗だった。
R1から県道に入り、やっとの思いで目指していた大船駅に到着、19:13。
走行距離203km。
高原さんに電話し駅の東口で待ち合わせをして、無事巡り会うことができた。
高原さんと会うのも2年ぶり、久しぶりで話したいこともいっぱいあったが、まずは高原さんの家まで連れていってもらいシャワーを借りる。
奥さんは実家に帰省中だったので、風呂上がりは二人で居酒屋へ飲みにでかける。
懐かしい話をしながらおいしい酒を飲み疲れをいやす。
2軒目の店では常連客のおじさんに気に入られてしまった。
名古屋から自転車で箱根を越えてきたと言ったら
「感心しちゃうなー」
を連発していた。
さらに高原さんの家に帰って飲み続けていたが、12時頃、疲れと眠気に耐えきれずに就寝。
1999年5月3日(月)
酒のせいか、疲れのせいか、YHでなかったせいか寝過ごしてしまい、8:05に目がさめる。
高原さんにお礼を言って、ソッコーで支度して8:31出発。
天気はくもりと晴れの中間くらい。
ローソンでパンの朝食。
R1に戻って昨日の続きを走りはじめる。
この辺りも名古屋市内と同じように路肩がすごく狭く、交通量が多い。
しかし、ドライバーは名古屋ほど危険な走りをしないので、まだ走りやすい。
横浜市内を走っていたときに急にお腹が痛くなってきたが、こういうときに限ってコンビニなどトイレのあるところがみつからない。
ついに横浜そごうの前まできてしまった。
横浜駅もあるのでトイレに行くことは可能だが、こんなところに大事な自転車を置いて用を足しに行くのは不安なのでそのまま通過する。
もうしばらく走ると公園があり、公衆トイレもあったのでここで休憩。
不思議な光景に遭遇。
歩行者道路横断禁止の標識の下に横断歩道があった。
どういうこと?
横浜市でR15、川崎市でR409の写真をとり、多摩川を超えついに東京都突入。
大田区西馬込のコンビニでヤキソバの昼食。
東京タワーを眺めながら日本橋を目指す。
今日のゴールはつくばだが、やっぱり東海道の起点である日本橋はとりあえずのゴールとして今日の第一目標だ。
桜田門で国会議事堂をバックにR20の写真をとる。
東京駅を通って日本橋にたどり着き、R1走破!
このあとR17、R254、R4、R14、R16を撮る。
R4はゴミが散乱し、いい景色ではなかったが、今日はR6方面へ進むので暫定としてとりあえずの撮影。

次はR6をつくばへむけて進む。
浅草は大勢の人がごった返していて大混雑だったが、荒川を超えると、水を打ったように静かな町並みとなった。
墨田区、葛飾区はいわゆる下町か。
江戸川を渡ると千葉県に突入。
千葉県のR6は短い距離であっという間に通ってしまったが、千葉県に入ってすぐにパトカーに追い越されたのに、渋滞のせいで千葉県を出る手前頃にそのパトカーに追いついてしまった。
我孫子市でR356の写真をとり、利根川を渡ると茨城県突入。
取手市の大きなカップヌードルが目立つ日清の工場をすぎ、牛久沼を見ながら牛久市にはいると上下線ともに渋滞となった。
自転車には渋滞は関係ないので路肩をスイスイと走る。

R6は墨田区からずっと路肩が広かったので交通量が多くても走りやすかった。
土浦市に入り、県道55号線(東大通)へと左折し学園都市へ。
引っ越しのとき一ヶ月前に来たので道に迷うことなくなっぱの部屋に向かう。
16:49到着。
走行距離135km。

名古屋ーつくばのツーリングはこれにて終了。
雨も降らずにいい天気でよかった。
一ヶ月ぶりになっぱとあう。
1999年5月4日(火)
今日はゆっくり寝るつもりだったのに、狭い布団の中で寝返りを打てず体が疲れて早く目覚めた。
雨がしとしと降っていたが、なっぱと栃木方面へドライブに出かける。
フルーツラインでは今が旬のイチゴが道ばたでたくさん売られている。
完熟のを1パック買う。
茂木町の道の駅で休憩。
ここでもイチゴのジェラートがおいしかった。
市貝町の温泉に入ったが大勢の人でごった返しており、イモを洗う状態でのんびりなどしていられなかった。
そのあと宇都宮へ行く。
宇都宮と言えば餃子の町。
変わり餃子としてシソ餃子があっさりしていてうまかった。
帰りに芳賀町のロマンの湯で温泉に入り直す。
今度はゆっくりと入浴して帰る。
1999年5月5日(水)
金沢八景に住むなっぱのおじいちゃんの誕生日会をするということで、高速バスにのってなっぱと二人で東京へ行く。
自転車を乗せられるか不安だったが、トランクに楽に入れられた。
朝早かったのもあって満員ではなかったのがよかったのかもしれない。
東京駅から品川までJRでいき、品川からは京急で金沢八景へ行く。
10時頃ついたが会が始まるまでまだ時間があったので小一時間ほど寝させてもらう。
おじいちゃんもおばあちゃんも元気そうだった。
親戚の人たちも集まり、盛り上がったが15時頃なっぱとボクは先に失礼する。
金沢八景駅でなっぱと別れ、羽田空港を目指す。
15:20出発。
とりあえずはR16で横浜駅を目指し、横浜からはR15を行く。
川崎市のR132は短い国道で海側へ走り、すぐに走破!

空港が見えて、着いたと思ったらそこから搭乗口まで約4kmもあった。
17:50到着。
走行距離48km。
機上の人となり、小松空港経由福井へ無事帰宅。