2004年1月28日(水)
「オンラインゲーム」

オンラインゲームが流行っているらしい。
NHKの特集番組でそれをみたとき
「何を今頃・・・」
と思ったのだけど、ボクが思っているオンラインゲームとは全然違うものだった。

ボクの思ったオンラインゲームは、将棋とか麻雀とか対戦ゲームで、いわゆる対戦相手がコンピュータではなく、ネット上でつながっているどこかの誰か、というものだった。
基本的なところは同じなのだけど、最近はやっているのはチャット式のものらしい。
フィールドはロールプレイングゲームのような感じでいろんな家や建物や広場があって、みんなが集まるところで会話を楽しめるというものだ。

で、何がおもしろいかって、画面上では出会ってはいるけど、実際には会ったこともないどこかの誰かに自分の話を聞いてもらうことができること、らしい。
ストレスを発散するために会社の愚痴を言ってみたり、恋人との悩み事を相談してみたり、その日あったたわいのないことを話してみたり。

ゲーム感覚で話すから気軽に話せるし、知らないはずの人なんだけど真剣に聞いてくれたりするのが楽しいらしい。
それで意気投合して時間と場所を待ち合わせてまた会いましょう(ゲームの中で)なんて約束したり。
時には本当に会ったりすることも(いわゆるオフで会うってやつ)あるらしい。

男女間だとゲームの中で結婚したりするなんてこともある。
でも、それはゲームを作った人にとって想定していなかった展開で、そんなイベントは仕組まれていないのである。
だけど、ある人が牧師役をかってでて趣向を凝らした式を挙げてしまい、ゲームを作るということまでプレーヤーがやってしまっているのだ。
もちろん、仲間が集まって二人のためにいろんなアイデアを出し合うのである。
それはゲームを作る仕事の人が思いつかないようなことが展開されていって非常に興味深いことなのだそうだ。

しかし、オンラインゲームが流行ることによって大きな弊害も生じている。
今までのゲームだとステージをクリアすれば終わりがあった。
しかし、オンラインゲームには終わりがない。
つまり、はまってしまったプレーヤーは際限なくゲームにのめり込んでしまうのだ。

ボクは手塚治虫の「火の鳥」にでてくるムーピーゲームというのを思いだした。
ムーピーは人の脳に仮想空間を送り込み、楽しいことやラクをすることをリアルに体感させることができる。
現代の言葉で言えば、バーチャルリアリティだ。
「火の鳥」の中でムーピーゲームは法律で禁止されていた。
快楽をバーチャルに体感ばかりしている人間は堕落していき、社会が成り立たなくなるからだ。
まさに、オンラインゲームはムーピーゲームと同じだ。
オンラインゲームで登校しなくなった生徒が急増した韓国では未成年者のオンラインゲーム禁止の措置を講じたともいっていた。

手塚治虫氏はもう30年前にこんな危険な遊びについて予言していたのだ。

2003年1月28日の雑感