<管理人のこれまでのクルマ>
1989 VW・日産サンタナ
(PM30型)
 1997年3月〜1997年12月



管理人のサンタナ・手放す前日静岡県伊東にて撮影


このページのコラムなどでも、何度も触れていますが、
管理人にとっての初めての愛車、フォルクスワーゲン/日産サンタナです。

小さい時から、ホントにクルマ好きだった管理人。
免許を取得する前から、18歳まであとウン年なんて思っていたモノ。
モチロン18歳になる3ヶ月前になると(3ヶ月前から教習所に通えるので)速攻で
教習所へ入所。今考えれば管理人が通っていた高校の学科は大学受験に備え、
モチロン在学中の免許の取得は禁止。
それにも関わらず、強引に入所し、高校3年生の夏(管理人の誕生日は10月)という
受験生には、一番大事な時を同級生は予備校に熱心にいく傍ら、
管理人は、せっせと教習所に行き(予備校にも通っていましたが:苦笑)
生まれて初めて踏むクラッチに感動し、T190コロナベースのトヨタ教習車と格闘する。
そんな管理人18歳の夏でした(ココだけ読むとカナリのダメ人間だなあ:苦笑)

その頃になると、頭の中は初めての自分の愛車は何にするか?で一杯(だから受験勉強はどうでした!<苦笑)
愛読書となっているのは、あの電話帳の様にブ厚いカーセンサー誌(参考書はどうした!<苦笑)

最初の愛車選びはカナリ悩みました。
モチロン、我が家は親父殿がクルマを買ってくれる。なんて言う事もなく、
(自分の一番の趣味なんだから、自分のカネでナンとかする。という当たり前の考え方なのですが)
あくまでも予算は、バイト代などで貯金したモノを軍資金とした50万円以下(諸費用込み)

一番の候補だったのは、当時人気もあり、タマ数も多く、
クルマの出来の評判も良く、値段もこなれてきた

・P10型日産プリメーラ 1.8Ci(2リッターのTeは予算オーバーでした)

を始め、基本的には我が家は親父殿を筆頭に日産党だったので、
・B12型サニー スーパーサルーンEニスモ
・T12型オースター Xtt
・T12型スタンザ ツインカムターボスプレモ
・B12型ローレルスピリット グランドサルーンE
・C33型ローレル 1800グランドエクストラ

などを検討(それにしても偏ったラインナップだな)するが、日産車以外に
気になる存在だったのが、欧州車。
我が家は上記の通り、日産等なので、ガイシャなど乗ったこともない。
ただ唯一乗ったことあるのが、叔父がフォルクスワーゲン党なので、ビートル、ゴルフI、ゴルフIIIに
乗せてもらって、やはり国産車とはひと味違う雰囲気が好きだったのと、
やはり、愛読していた自動車雑誌が、CGやNAVIだったのが原因かも知れません(苦笑)

欧州車を見てみると・・・
・メルセデスベンツ190E(初期型)
・メルセデスベンツ230E(W123型)
・BMW320iスポーツパッケージ(E30型)
・BMW528e(E28型)
・フォルクスワーゲンゴルフCLi(II型)
・フォルクスワーゲンシロッコGTX
・シトロエンBX 16TRS
・ランチアプリズマ インテグラーレ
・フィアットレガータ 100ie

と、面白そうなラインナップになるが、故障やアフターサービスの不安や、
身分不相応な車種、排気量などの要素などを含むモノもあった・・・

そこで思い出したのが、フォルクスワーゲンサンタナ。
日本では不人気車種で値段も安く、そして日産がノックダウン生産し、日産のディーラーで販売
されていたクルマなので、いつもお世話になっている日産のディーラーでも整備出来る。
クルマとしても、ゴルフよりもサイズの大きし、室内も広い4ドアセダン。
管理人にとってはイイトコ取りなクルマでした。
(サンタナとは:1984年、当時欧州の技術を会得したかった日産と、そして日本での拡販を
 目論んだフォルクスワーゲンが手を組み、当時フォルクスワーゲンの最高級車であったサンタナを
 フォルクスワーゲンが西ドイツで部品を作り日本に送り、日産が座間工場(現在のカレスト座間)で
 組み立てる。というノックダウン方式で生産されたモノ。
 値段も、当時のフォルクスワーゲンゴルフよりも安い値段で販売し、国産車の価格で買える輸入車
 という事で当初は販売台数も多かったが、クオリティなどでの問題も多く、そのまま販売は下降線、
 1990年にひっそりとフェードアウトしたクルマである)

と、いう訳で晴れて免許も取れ、車種も決まった。
だが、このサンタナ。当時の時点で既にタマ数も少なく、あのブ厚いカーセンサー誌でさえ、
1冊で、マニュアルのサンタナは2、3台程。
目を付けていた、88年式のXi5アウトバーンDOHC(5気筒ツインカム搭載の最高級スポーツグレード)は、
電話した際、タッチの差で売れてしまっていた。
結局我が家にやって来たのは、89年式のXi5(非スポーツグレード)。
走行8万4千キロでお値段は19万円。諸費用込みで40万円でした。


 右写真:サンタナ後ろから (サンタナの後ろに見えるシルバーの車が家族のインフィニティ)
      
リアウィンドウ左下にある2枚のステッカーは、Macintoshの7色 リンゴと、日産の97年ルマン参戦の「R390GT1」のもの。
 左写真:富士スカイラインにて、バックは(ちょっと見づらいですが)富士山です
        後ろは後の管理人のクルマではなく、当時叔父が乗っていたBMW540i(E34型)
        ちなみにサンタナに手を掛けているのはうちの親父(笑)

管理人にとって最初の愛車となった、フォルクスワーゲンサンタナ。
まず驚いたのが、ハンドルの重さと、馬鹿みたいにいい高速時の直進安定性。
これが欧州車なんだなぁ・・・と、つくづく思った記憶があります。

ちなみに、当初イイトコ取りかと思われたサンタナでしたが、
古かったこともあり(当時で8年落ち)、細々とした故障も多かったのも確か。
納車1週間でフロントドライブシャフト破損で、自走不能に、
その他、クラッチマスターシリンダー破損でクラッチが戻って来なくなったり、
そしてウェザーストリップを交換したり、イロイロ対策しても止まらなかった雨漏り・・・
など、イロイロありましたが、

初めて高速に乗り、ダブルクラッチというものを覚え、ドライブの楽しさを知り、
故障に悩まされたり、初めて事故に遭い、クルマを所有する事の辛さも知り、
そして初めてのドライブデートをし、クルマというモノの持つことによる行動範囲の広さを知る。

結局、次のクルマ、メキシコ製のビートルに買い換えるまでの間、9ヶ月という短い間でしたが、
12000キロを走破。クルマというモノはナンなのかを、とことん教えて貰ったクルマでした。

その後、このサンタナは、ビートルを購入した販売店に下取られしばらくは
中古車コーナーで販売されていましたが、売れなかったらしく、この販売店のメカニックが
購入して乗ってた模様。そしてこのメカニック氏が常磐道を高速走行中、
エンジンが故障したのが最後となってしまったそうです。

ちなみに、前に一部コラムでも触れましたが、このフォルクスワーゲンサンタナを
所有していた有名人に、サンタナはどうでしたか?と聞いたところ・・・・

デーブ大久保氏(元プロ野球選手 現野球解説者)
「ああ、サンタナね!、アレは故障が多くて大変だったなぁ・・・・」

樋口了一氏(ミュージシャン 最強のローカル番組「水曜どうでしょう」のテーマソングを歌ってる方)
「サンタナね・・・・、最後はエンジンが突然死しちゃったんですよ・・・」
(協力:いせっち氏)

日本の生産技術で、欧州車を作り、国産車の値段で販売し、アフターサービスする。
一見夢の様なプロジェクトに見えたこのサンタナでしたが、イロイロとクオリティの面で苦労する点が
あった様です。悲運の運命を辿ったサンタナですが、まだ乗ってらっしゃる方居ましたら、
是非とも大事にしてあげてください。


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