藍生愛知句会報

からふね  第119回

二〇〇二年五月十九日(日)

於 オフィス三島

筆記 三島広志

h-mishima@nifty.com

http://member.nifty.ne.jp/hmishima/

 


 

 例年に比べて爽やかな青空がない。これが今年の五月の印象でしょう。

 しかし、夕暮れの西の空には惑星達のスペクタクル。

 濃紺の空にきらめく星々に思いを馳せるのは日常の喧騒から逃れることのできる貴重な

時間です。

 

 ゴールデンウイークには二日休みを作って、長野県の佐久へとんぼ返りしてきました。

 山へ上がって山菜採りをする時間は無かったのですが、義兄がどっさりタラの芽を用意し

てくれていましたので、初夏の味覚を満喫することができました。

 最近人気の山菜コシアブラもバケツにあふれる程摘んであり、山暮らしの豊かさの一面を

視覚と味覚で堪能してきました。

出席者(七名)

 加藤直子 金子いちえ 小谷隆子 戸谷典子 中村幸子 三島広志 吉鶴弥生

欠席投句(一名)

 橋爪紫苑

 

高点句互評

三点句

地下鉄の闇の奥より夏の息

・ 地下鉄の駅で電車を待つ。電車は闇の奥からやってくる。それを句にするのは難しい。作者は闇の

奥に夏の息を感じた。夏を息で感じる句はめずらしい。

・ 不気味な闇の奥に息づいている何か生き生きしたものを感じる。

・ 地下鉄が巻き起こす風を息と感じた。

・ 地下鉄には何かが潜んでいるよう。

・ 冷房の無かった時代の地下鉄のようだ。

・ 心理的でもあるし感覚的でもある。夏の初めを息で感じ取った。

作者は戸谷典子

 

はつ夏や夜空の色の硝子玉

・ 色彩感と響きがいい。青みがかった硝子玉。真っ黒ではない。

・ 夜空の色とはなんだろうと想像した。

・ いかにも夏の夜と感じた。

・ 涼しい句。

作者は三島広志

 

夏めくや縁に揃へて膝四つ

・ 二人が縁側に腰かけて語らっている。そこに初夏の風。縁側にいるのは決して若くない二人のようだ。

・ 子どもではないかと思う。膝がカワイイ。

・ スカートから膝が出て、それが印象的。そこに夏を見る。

作者は小谷隆子

 

複線の単線になる植田中

・ 複線が単線になるとはだんだん田舎に向かう列車。まさに植田の中を走るローカル線。なつかしい光景。

・ 田舎に入り景色が広がる。

・ 「複線の単線となる植田かな」とした方が、素直に句に入っていける。作者の説明が消える。

作者は小谷隆子

 

桐さいて大扉を放つ寝釈迦かな

・ 大きな景。桐が今の時期をしっかり表している。

・ 俳句の定番のような整った句。

・ 大扉によって釈迦の大きさ、寺の奥行きが見える。

・ 寝釈迦はそれ自体が春の季語だが、この場合は桐の花が季語になる。

作者は橋爪紫苑

 

二点句

若楓三たび廻廊巡れども

・ 若楓が素晴らしかった。作者は三度回廊を回ってもまだ素晴らしいと感動しているのだろう。

・ 京都の感じ。今の時期、楓はとても美しい。

・ 「巡れども」とはどう言う意味だろうか。

・ (作者)犬山の寂光院。三回巡るとご利益があると言われている。

・ ならば、そのことが分かるような句にしないと意味が掴みにくい。

  「ご利益の廻廊三たび若楓」

作者は加藤直子

 

睡蓮の水の中より音生れて

・ 「睡蓮や」と「睡蓮の」ではどちらがいいだろう。

・ これは「睡蓮の水の中」と読むべき。その水の中から魚や蛙などが立てる音が生まれた。

それを作者は聞き逃さなかったのだ。

・ 「睡蓮や」とするなら水の音の内容を具体的にした方がいい。これではあまりにも漠然としている。

・ 蓮の花が咲くときに音を立てると言う。その音のことかと思った。

作者は加藤直子

 

さみだるる手品師手もと狂はせり

・ さみだれと手もとが狂ったことに因果関係はない。しかしどこかでつながっているようで面白かった。

・ おかしみの句。どこかかなしい。

作者は小谷隆子

 

造成地帰化植物と雉がゐる

・ 造成地にどんどん帰化植物が殖える。そこに雉がいる。せっかく出てきたのに帰化植物ばかりで雉

ががっかりしているのだろうか。

・ 造成地と帰化植物と雉。珍しい取り合わせ。

・ ぶっきらぼうで口語的。作者は内容に合わせてわざと散文的に書いたのだろうか。

作者は三島広志

 

内臓(わた)透かすまで身を伸ばしなめくぢら

・ 私の庭にもナメクジは一杯いる。よく見て作ってある。

・ 腸でも「わた」の意味がある。

作者は小谷隆子

 

枝豆を盛ればすぐ酔ふをとこかな

・ 枝豆とくればビール。夏の雰囲気横溢。

・ この酔いはビールであろうと推察できる。

・ すぐ酔ってしまうあまり強くない夫を優しく見ている作者。

作者は中村幸子

 

若葉雨少しかたむく絵看板

・ 雨の中、古びた看板が傾いている。

・ 雨に打たれて傾いたとも読める。

・ 作者は古く傾いた看板にある種の共感をもっている。

作者は戸谷典子

 

一点句

満身の穂の先割りて名荷竹  紫苑

たんぽぽの絮飛ばし切り子らの去る  紫苑

名ばかりの古里なりしはりゑんじゆ  紫苑

しがらみの實のつけてあり桐の花  紫苑

王家の谷より紫の莢豌豆  弥生

ほととぎす女のバッグ持つをとこ  弥生

注がるヽ物知り顔の新茶かな  弥生

日輪の欠けゆく話月おぼろ  弥生

寛ぎをきはめて苔のなめくぢり  幸子

緑蔭や珈琲運ぶ砂利の音  幸子

骨密度にはかに墜ちて茄子の花  幸子

衣更へて車掌よろめく新幹線  幸子

傘越しに会話のつづく若葉雨  典子

風はらむTシャツポロシャツ鯉のぼり  典子

黒板塀節穴ふたつ若葉風  典子

トランクに足載せ眠る竹の秋  直子

早苗田や小さき鳥居の小さき杜 直子

岩魚焼中禅寺湖に風わたる  いちえ

学舎の塗りぬり重ね百の夏  隆子

淋しいと泣かるる窓に夏の月  広志

 

句会抄録

  自選と特選

加藤直子

老鶯や眼下に御堂現れぬ  直子

地下鉄の闇の奥より夏の息  典子

 

金子いちえ

五月闇しとしと雨の陽明門  いちえ

桐さいて大扉を放つ寝釈迦かな  紫苑

 

小谷隆子

学舎の塗りぬり重ね百の夏  隆子

はつ夏や夜空の色の硝子玉  広志

 

戸谷典子

地下鉄の闇の奥より夏の息  典子

夏めくや縁に揃へて膝四つ  隆子

 

中村幸子

枝豆を盛ればすぐ酔ふをとこかな  幸子

地下鉄の闇の奥より夏の息  典子

 

橋爪紫苑

満身の穂の先割りて名荷竹  紫苑

 

三島広志

人棲めば煙ありけり青葉山  広志

若葉雨少しかたむく絵看板  典子

 

吉鶴弥生

王家の谷より紫の莢豌豆  弥生

はつ夏や夜空の色の硝子玉  広志

 

からふね勉強会

一人一句

加藤直子

ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう  折笠美秋

・ 知らない作者だが面白いと思った。

・ 作者は元東京新聞の記者。論作ともに期待された俊英だったが筋萎縮性側索硬化

症という神経難病で身体の自由を全て失った。この句は献身的に看護してくれる妻への

感謝の思いだろう。病床にありながらも彼の創作意欲は途切れず、奥さんが唇を読む形

で発表を続けた。彼の闘病の様子はテレビドラマにもなり、社会的に話題を呼んだ。数

年間の壮絶な闘病の後、五六歳で亡くなった。この句からは不自由な身が蝶に乗って

自由に羽ばたくと言う果たせぬ夢も読み取るべきか。

 

金子いちえ

花冷ゆる夜の冷ゆる杖拭ひけり  黒田杏子

・ 俳句研究の特別作品より。先生の句はどれも緊張感が高く素晴らしかった。他に

  念ずれば花ひらく木を遠く見て

  ほたる火の森女のごとく哭きにけり

などにも感動した。

 

小谷隆子

日金色狐のボタン蝶舞へり  角川源義

・ 作者は角川書店の創業者。俳句文学館設立に多大な貢献をした。「花あれば西行

の日と思ひけり」という西行思慕の句が有名。

・ 狐のボタンの意味が分からない。

・ 狐の牡丹。春の野に咲く雑草で黄色い小さな花をつける。何処にでも見られる。有毒。

コンペイトウのような実が衣服にくっつくので、子どもの頃投げ合って遊んだ。春の季語。

雑草には狐を冠する名が多い。

 

戸谷典子

帽子から手足出てをりチューリップ  彌榮浩樹

・ 昭和四十年生まれの若い作者。俳句研究掲載。面白いとは思うが、ピンと来ない。

今の若い人の感性なのか。自分はむしろ

  二千年終る閂真一文字 桂信子

  明日は死ぬ花の地獄と思うふべし 佐藤鬼房

などの句に強く引かれる。やはり年齢だろうか。

・ その年齢にふさわしい句があるはず。若い人が病気でもないのに死や老いの句

などを作るならそれはあざとくなるだろう。戦前の若者のように戦争や結核などで常

に死を背中に背負っていた人生と、今の若者は違う。無理に死や重い句を作る必要

はない。句がふわふわしているならそれは今という現在がそうなのだ。

 

中村幸子

若葉して手のひらほどの山の寺  夏目漱石

・ 今、若い人に漱石が読まれているらしい。小林秀雄の全集なども売れているよう。そこ

でわたしも漱石の句を読んでみた。今の季節にあう句ではこの句に引かれた。

・ 「手のひら」ほどという把握が漱石らしく非凡。

・ 「草枕」の頃の漱石は余裕派と呼ばれた。芸術至上的に粋な世界を目指している。この

句からもそんな印象を受ける。「雲雀より上にやすらふ峠かな」というような句が「草枕」に

あったような・・・。

 

三島広志

縄とびの寒暮いたみし馬車通る  佐藤鬼房

・ 鬼房氏は今年の一月十九日に亡くなった。人生を重く見つめ、己の魂に刻印するよう

に句を詠んだ俳人。この句には若い時出会い、「こんな俳句を作る人にはかなわないなあ」と

打ちのめされた。町の片隅だろうか。子ども達が縄とびをしている。そこにいたんだ馬車が

通りかかる。いたみし馬車とは何か。作者の日々の痛みであろうし、しのび寄る時代の暗さ

でもあろう。黒田先生の新刊「証言・昭和の俳句(角川書店)」で対談されている。あの本で

黒田先生と対談された方々が昨年から今年にかけて次々に亡くなられている。実にタイム

リーな企画だった。もう少し遅ければ貴重な歴史証言が本人と共に荼毘に伏されるところで

あった。哀悼。

 

吉鶴弥生

梅田君前より元気初ざくら  黒田杏子

                          藍生五月号「帰る雁」より

梅田さんに対する温かい思いやり。初ざくらを配したところに先生のやさしい思いがある。

 

後記

 このごろ時間に追われて暮らしている。

 そのため、俳句に対する気持ちもどこか薄れている。それでも時にふっと句が湧いてくる

のはそれだけ俳句と人生が直接しているからだろうか。

 吟行に出かけて新鮮な季語に出会い、絶えず感性を研ぎ澄ますことは素晴らしいことだが

、そんな時間が許されている人ばかりではない。むしろ、そうした時間を持たない人の方が多

いのではないだろうか。

 漠然と暮らしていると陳腐で退屈な毎日だが、折節にふと俳句が顔を出すと俄然、生き生き

とした日常に変わる。

 「俳句と暮らす」とはこれでいいのだと妙に納得している。出来栄えは二の次のこと。俳句は

作るものではなく授かるものなのだから。

                                                (三島)

=======================================

Hiroshi Mishima

tel&fax:090-8073-8233

h-mishima@nifty.com

http://member.nifty.ne.jp/hmishima/

=======================================