越後一の宮のある弥彦山はもっとも県民に親しまれている名山である。ロ−プウェイ−ができ、弥彦山スカイラインができてからは、多くの観光客が街のスタイルで訪れるようになった。山頂付近には、各テレビ局のアンテナが林立していて、山頂のイメ−ジをいちじるしくそこねている。苦労して登り着いた山頂付近に、舗装道路が走っていて、都会なみの喧噪さを体験すれば、登山としての満足感が薄らぐのもやむをえないだろう。こんなわけで、以前は、弥彦山よりも角田山の方に人気があった。
しかし、弥彦山は、角田山や国上山よりもはるかに標高が高く、本来はスケールの大きい山である。最近では、角田山の混雑を避けて、この山に来るハイカーの数が増加している。
新潟市から弥彦山を見ると、北に位置する多宝山の山容の方が立派で高く見える。山頂には宗教色がなくて、御神体に代りに、一等三角点が置かれているのも登山者にとって感激である。
弥彦山と多宝山には、表側(内陸側)に3本、裏側(日本海側)に2本の登山道がある。裏側のコ−スの中では、西生寺から登る裏参道がもっともポピュラ−であり、途中の清水平に雪割草やカタクリの群落があって、表参道に次ぐ人気を得ている。
登山の対象としてもっとも魅力があるのは、田ノ浦温泉から登る旧間瀬銅山道であろう。沢沿いに進むコースは、常に、終点の展望タワーを見上げながら自分の獲得した高度を確認できるという特徴がある。終点はスカイラインの舗装道路であるが、そこはすでに頂上に近く、標高差約550mは、登山としてなかなかのものである。
2006年4月6日、山についていた雪も消えたので、友人の夫妻とこのコースから多宝山に登ることにした。田ノ浦温泉の海浜大駐車場から山に向かって林道に入る。林道が左に大きく迂回するあたりに、空き地があって、数台の車の駐車が可能で、この先に登山道の入り口があり、新しい標柱が立てられていた。約10分で堰堤(ダム)に着く。ダムの右側を越え、一旦沢に下りて、沢を横断する。しばらくは、沢の左側を進み、二股で沢を横断し、右の尾根にとりつくと、約8mの滝が現れる。滝の左側を鎖につかまって慎重に越える。
明瞭だった道もまぎらわしくなり、踏み跡や先人の残したテ−プを慎重に確認しながら進む。再び沢を横断して、尾根の取り付き点にたどり着く。そこからは、明瞭な道が急な斜面にジグザグに上がって、左斜面のトラヴァース道に続く。道の両側を雪割草など山野草が埋めていて壮観である。
ほっとしたのも束の間、途中数箇所で小沢のトラヴァ−スをしたり、沢を登ったりする箇所があったりして、気が抜けない。立入禁止の廃坑の前を通り、最後は、丈の低い潅木の間に切られた急な尾根道をあえぎながら登り切ると、ひょっこりスカイラインの舗装道路に出る。左に少し進めば、山頂の駐車場である。
あずまやのある整備された芝生の山を越え、再び舗装道路を横断すると、多宝山への最後の登りになる。頂上からの圧巻は、越後平野越しにみる雪をいただいた守門岳、粟ケ岳、それに飯豊の山波である。
帰りは、横断歩道の少し手前の尾根につけられた踏み跡を下る。角田山と同様、この山の道のない尾根にも人の歩いた跡が残されるようになった。急な尾根を木の枝につかまりながら下っていると、東京の団体さんが登ってくるではないか。地図にものっていないコースをどうして知ったのか不審に思ったら、地元ガイドが先導していた。途中急な尾根の両側に雪割草が咲き乱れていたが、落ち着いて観賞している余裕はなかった。気がつくと、いつのまにか、堰堤(ダム)にたどり着いていた。周回が完成して、変化に富み、好奇心を満足させる山行になった。(2006年4月6日)