言葉の裏にある別の感情の存在なんて 考えた事もなかった若かりし頃 そのせいで いっぱい人を傷つけ 傷ついたりもしてきたと思う そんな ストレート直球勝負であったハズの私が 結婚後 アメリカ人夫との生活の中で 自分が いかに 言う前に察してくれよ〜日本人であったかを まざまざと 思い知らされる事になるのである たとえば 熱を出して寝込んでいる時 なんで タオルを冷やして持ってきてくれないのだろう 薄情なやつだ とか ひとりで プンプンしてしまうのだ で 皮肉まじりに 冷たいタオル持ってきて〜 頭 冷やすから と あ! 気が利かなくてゴメンね なんていう返事を期待して言うと なんのことはない 夫は オッケー と いそいそ タオルを持ってきてくれる あれれ もしや と思い 水ちょうだい ほいほい ティッシュ持ってきて ほいほい ご飯作って ほいほい お皿洗っといてね ほいほい ななな な〜〜〜んだ 言えば いいんだ 目ウロコ 結論 言わないのは 思ってないのといっしょ ←この表現もスゴイ…(^^; なのである 実際 イヤな事はイヤ と 正直に?言ってくれるので 変に気をまわさなくてもすむし 気が強くて 気のきかない私には 実は ぴったしのパートナーだったのかもしれない 共有する歴史が短い 新しい国アメリカ そして 宗教 習慣 文化の違う雑多な人々から成る 多民族国家アメリカ そこでは 言わなくても わかるだろう わかってくれよ は 成立し得ないのだろう 一から十まで なんでもとことん 話し合ってきた私達 結婚10年目をむかえて 私達なりの あ うん は 確かに存在すると思う 私は ちょっとアメリカ人に 彼は ちょっと日本人になったのかな
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