日本人とアメリカ人を両親に持ち
日本に生まれアメリカで育ってゆく我が息子
私はこの子を
赤ん坊の頃から英語を一切使わずに育てて来た
意識してそうして来た
ここロサンゼルスに越して来てからも
周りがアメリカ人だらけであろうと
息子に話し掛ける時は常に日本語で押し通した
それは今も徹底して続けている
息子に日本語を強いる事
これが
私のエゴ 我が儘なのだという自覚ははっきりとある
アメリカに育ち暮らしてゆくであろう息子に
日本語は全く必要の無いものだ
けれど
私は息子に 自分の全てを伝えたい
今まで得た知識 知恵 感性 生き方
私の子として生まれて来た彼に 私の全てを渡したい
それを彼がどう咀嚼するかはまた別の事
受け取ろうが壊そうが捨てようが全く構わない
でも その時
等身大の私を丸ごと息子に渡そうとする時
英語ではダメ 日本語でなければダメなのです
夫の様に私と対等な人間ならばいい
私は英語で充分に議論する事が出来るし
自分の気持ちを正確に伝える事も出来る
けれど
自分が人にものを教える時 人を育てる時
私は母国語でやりたい やるべきだと思う
言葉と文化は密接に結びついている
知らず知らずのうちに
言葉と共に祖先から受け継いで来たたくさんの宝物
それは母国語の中にこそ存在していると思うから…
母の国の言葉と書いて母国語
母から子へ
それは脈々と伝えられて来たのでしょうね
私が全く通り抜けて来なかった道を
この先歩んでゆく息子
不安はいっぱいあるけれど
私は私の出来る事をする
私は
私が両親から受け取って来たものを
しっかりと彼に渡したい
バイリンガル
それは目的ではなく 結果なのだと思います
11.4.03
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