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2005年になりました〜。
ブログのほうに力がいっておりますので、こちらは思い出したときに更新していくような感じになってます〜。
現在は、裏日記として機能中。ブログの方がわりと明るい話題。こっちはいつもの調子…って感じで。表があれば裏があるんだねぇ…。

物忘れが激しいお年頃…
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▼過去の日記『学生さん日記』 1999年4月〜2000年12月まで
日記の過去ログ 2002年7月〜
ブログなんぞ始めました。
イラストレータを考える人のつぶやき(平成17年11月現在)
| 2005年 |
11/28う〜む、どうもブログに接続できないようなので、今日はこっちに吐き出すとしよう。愚痴っぽいから、ちょうど良かろう。 しばらく世間様から離れての療養生活であったわけだが、久方振りに人の多い時間帯に外に出て、本屋などのぞいてみると、結構これがストレスになったりする。無論、そんなことを感じる必要はないわけだが、実際ストレスになるのだからしょうがない。 本屋で立ち読み…というのは、実際あまり感心できたことではないのだが、その本がどういうものなのかを確かめるためには、ちょっと手にとってさわりを読んでみるというのも大事なこと。そうであれば、立ち読みもある程度はやむをえないというところもあるのだろうが、やはりそこにはマナーというものがあっても良いのではないかと思うので。そのマナーがなってない方々を見ると、どうにも気分がよろしくない。 平積みにして置いてある雑誌を開き、その本棚をちゃぶ台のようにしてどっかと腰を下ろし、当の雑誌を含めて左右2冊分のスペースに覆いかぶさるようにして乱暴にページをめくっている少年がいた。耳にはインナーイヤー型ヘッドフォンを装備…完全に自分の世界に浸っている。ちょっとやそっと声をかけたって、聞こえはしないだろうし、聞く気も無かろう。 私がちょっと立ち読みさせてもらおうと思っていた本は、彼の上半身の体重がかかった左手の下にあった。ちょいと足踏みなどして退いてもらうかと思ったが、案の定聞こえちゃいないし、気がつくそぶりすら見せない。よっぽどそのノーガードな横っ腹にけりでも入れてやろうかと思ったが、さすがにそれは理性が許しませんでしたので。気分が悪いまま本屋を出てきてしまいました。 どっかのCMの台詞が頭をよぎる。やった後悔よりも、やらなかった後悔のほうが大きい…とか何とか。全くその通りだわ。一日気分悪かったもんな〜。 ほかの客も似たようなもんだったしなぁ。特に漫画の単行本なんかはひどいもんだ。その本が本屋にとっては売り物であり、客からみたら商品であるということが全然分かってないんじゃないかというくらいに思い切り広げて、折り目はつけるわ、汚すわ、傷はつけるわで、元の場所にきちんと戻すということすらされていないし。本屋が単行本にビニールかけたくなる気持ちも分からんでもない。それだけ客のマナーが悪くなったということだ。 子供がそうなるのは親のせい。親がそうなら、そのまた親も悪い。そして注意できない周囲も悪い。そう、私もその一人。みんな見ない不利。そんなものは自然と覚えるもんだ…なんて言い訳をして、自分の手を汚そうとしない、私を含めたみんなのせい。…そこが腹立たしいのだ。 11/26その昔のパソコンさんは、自分で一つ一ついろんな設定をしていったものだから、HDの中がどうなっているのか、よく分かっていた。ウイルスだとかスパイウェアだとか、そういう呼び名は無かったような気がするけれど、ハッキングとかそういう言い方はあったな。電話回線でローカルにつながっていただけの時代では、あまり想像できなかったけど…今の時代のように普通に全世界につながってしまうと、お出かけするときには玄関に鍵の一つもかけておかないと、安心してネット世界を歩けない世の中になってしまいましたですね。 最近のパソコンさんは、中身が似たり寄ったりだし、動いているOSも大体統一されてしまったので、ウイルスさんやら、スパイウェアなんてものが、公式にも非公式にもはびこってしまっていて。単にデータを壊してしまうクラッカー的なものはウイルス対策ソフトでどうにかなるのかもしれないけれど、ことスパイウェアとなると、どう使われているものなのか良く分からんのだよな。ブラウザのデータとしてのcookieだって、考えようによってはスパイウェアと変わりはないわけで、どれをどう扱っていいのやら、よく分からない。せっかくその駆除ソフトがあったとしても、実際にそれをどう使っていいのやら。どれが有用で、どれが害のあるものなのか…、そんなもの一概には判断つかないのよね。 個人のデータが金になってしまう時代だものね…、生活がかかっていようがいまいが、この社会で何かしら活動するには金がかかってしまうので。とりあえず金を…という手段が目的になったようなことをしてしまう人たちが後から後から湧いてくる。困ったものだス。 便利にしようと思って作ったものは、大概便利に犯罪に利用されてしまう。逆にそういう犯罪を思いついたら、その犯罪計画そのものを国で買います…なんて懸賞金でも出したらどうよ。犯罪の手口そのものがそのまま金になり、それに似た犯罪の抑止力になる。…なんて、犯罪者が自分の手の内を明かすような真似はしないか。その犯罪で儲けられるであろう額よりも大幅に上を行く懸賞金でも出ない限りは…。 10/69月をすっ飛ばしてしまったか…、まぁそういうこともあらぁね。 悩んでいる友人がいる。自分の事で悩んでいるわけではない、自分が所属するグループ全体の今後の行く末について、思い悩んでいる。 そんな人に、一体どんな言葉を掛けていいのだろう。 …まぁ、答えなんてものはそうあるわけではない。 変に気を使う必要はないのだろう、多分。自分が思ったように、感じたように、誤解を恐れず何かしら伝えられれば、それでいいのかもしれない。それでその人の悩みが消えるわけでもないし、かえって増えるだけなのかもしれないけれど、それでも何かしら感じたのなら、それを表に出してしまったほうがいいのだろうと思う。 なんせネット上の、文字だけの付き合いだから、どんな人なのかはよく分からないけど、グループの存続や、グループの構成員たちのことを考えられる人だからこそ、悩みもするし、怒りもするのだろう。築き上げてきた何かを守ろうと必死なのだというのは、分かるつもりだ。 なればこそ、どんな言葉がその人の心に届くものなのか、それがどんな影響を与えてしまうものなのか…と、考えてしまう。言葉が凶器になることを知っている人間だからこそ、考えてしまうのであります。 考えて、そして、その問題についてグループのメーリングリストに伝えてみた。それで解決になるかどうかは分からないけど、自分なりの考えを伝えたつもりだ。後は本人がどう考えるか、本人を信じるという表現はまだ気持ちが落ち着かないけれど、任せるしかないんだろう。 出来ることはする。それ以上はできないから…、後は本人の出方を待つしかない。いい方向に行くように、祈るだけだ。 8/30Cashfiesta被害者の駆け込み寺になりつつある、今日この頃。 結構忙しく日々が過ぎていくのは、何か間違っているような気もするのだけれど、それはそれで何かしらやりがいがあったりすれば、それでもいいのかな〜とか思ったりもする。…まぁ、一種のボランティアだと思えば、それも良しか。 それでも、Cashfiesta肯定派は多い。圧倒的に多い。自分が被害者になっていることにも、加害者になっていることにも気がついていなかったりする人々の、なんと多いことか。下で書いたやつとはまた違うんだけど、なんと言うか、一種カルトな団体のような、固い結束力と言うか、信じてしまった信念というか、その思いの強さには、個人で太刀打ちできるものではないのかもしれない。 それでも、微々たる力であったとしても、自分が感じたままに、悪いと思うものには悪いと言い続けるより無いのかもしれない。それが自分になる…と言うことにつながるのかもしれないから。 7/23お仕着せではいけない。 相手に気付かせるということは、相手が自分で考えて、相手自身が気付くことを言うのだろう。 自分で気付かなければ、他の人にどれだけ何を言われたって、分かるはずが無いのだ。急いではいけないのだろう。ゆっくりと、相手に考える時間を持ってもらうことが必要なのだろう。 …自分がそういうことをしてもらってないものだから、どうやっていいのか分からんのだけれど…、でもやっぱり何とかしたい。 何とかしたいと思えば思うほど…、自分自身の小ささというか、力の無さというのを感じずにはいられないのだけれど…。それでも何かを考えるきっかけになったらいいな…と期待せずにはいられない。 これはすでに欲張りなことなのかな…? 特に、相手自身が『いい』と思ってやっていることが、実は『悪い』事だということに気付いて欲しい…というのは…。欲張り…なのかな。 6/29分からなくなっている。 何がどうなのか、分からなくなっている。 周囲はいろんな動きをしている。不幸なこと、幸せなこと、なんでもないこと、どうでもいいこと、その動きに自分がどうからんでいるのかなんてのも分からない。とにかく、自分の中は空虚で、無力で、何をしていいのか分からなくなっている。八方がふさがっているように感じる。本当はふさがってなどいないのだろうけれど、ふさがっているように感じてしまう。 何をしても悪いような気がする。何をしなくても悪いような気がする。落ち着かない。何かに集中することも、集中しないことも、悪いような気がしてならない。これでどう誰かに伝えろというのだ? 何を感じているのかすら分からないような状態で、ただ不安で、ただ怖くて、ただ閉塞感のようなものがある…、そしてその原因が特定できない。でも苦しくてしょうがない…なんて誰に言って、どうなるって言うんだ? …ちくしょぅ。 6/5うーむ、ひと月以上間が空いてしまったな。まぁ、更新は義務とは違うのだから、そういうこともあるのだということで。 4/21の日記でちょこっと書いていた、『鬱とかで思うように動けない方がネットビジネスで何とか稼ごうとしているサイト』が姿を消した。…手を出していたビジネスのほとんどが、いわゆるMLMやら、マルチまがいのものばかりだったからなぁ…。もしかすると、うまくいかないばかりではなく、広告宣伝のためにお金まで使ってしまっていたかも知れん。甘い汁を吸えるのは、このビジネスを仕掛けた本人と、その直下のほんの一握りの会員のみ。元が取れる可能性はきわめて低いのが、この手の悪徳商法の怖いところだからなぁ…。欝の症状が悪化していなければいいのだけれど…。 真っ当にアフィリエイトなどをして、ある程度お小遣いを稼いでいる方もいるにはいるけれど、残念ながらこの辺も下火になってきているのでございます。…それが広告ライクであればあるほど、リンクをクリックしてくれる人も少なくなるし、そこから商品購入までいってくれる人はさらに少ないのだから、アフィリエイトを提供している企業だって、支払いに渋くなってくる。金は経済の潤滑油にはなっても、人間関係の潤滑油にはなりえないのよね…。怖いわ。 さて、私もCashfiestaとは3分の2くらいおさらばいたしまして、後はスペシャルオファーの動向を見つつ、それで見込みが無ければ、とっとと会員登録解除をと考えているのはブログでも書いている通り。他のお小遣いサイトに関しては、細々とやっている状態。 国内のお小遣いサイトで見込みがありそうなのは、ちょびリッチとyosoo.net、ECナビくらいなもんかなぁ…。マクロミルとか、スコープなどのアンケート系のサイトも、地味にポイントが加算されております。リードメール系のは、実に実入りが少ないんですが、中でもマシだと思えるのは、『だぶるくりっく』ですかね。一日に30〜40ポイントくらいは楽に稼げる。きちんとメールをチェックしていれば、週に一度は200ptまとめてGetできるので、特に資料請求とか会員登録とかしなくても、意外とポイントが貯まっていくのがいいところ。10000pt=1000円換算で、イーバンクに振込み。20000pt以上貯めてから換金すると、ちょっと利息がついて、さらにお得に換金できるという嬉しい企画つき。 後は、今現在検証中の海外のNBサイト二つ…。これについては、その支援サイトの会員の方が入金を確認したとの報告があったため、信憑性は高まりましたが、実際に自分でそれを受け取るまでは、まだ安心はできません。なんせ、その前にそのNBサイトがなくなる可能性だってあるわけですから。ネットビジネスは泡の如し。湧いては消える不安定な代物。まだまだ人に紹介できるレベルの安心度ではない。紹介できるようになるまで、消えないで欲しい…と淡い望みを日々の活動に託すのであります。 4/21去年の今頃というと、叔父が亡くなって大変だった時期だ。 そろそろその法事の時期なわけだ。 この法事が終わってしまえば、たぶん父親もおとなしくなるのではないかと思うのだが、それは希望的観測というものなのかもしれない。結局どこかの世話をしている自分というものにしか価値を見出せないのだろうから、何かしら探してきてしまうのだろうな…などとあきらめたいのだけれど。なんかしら私自身が巻き込まれる羽目になるのは、迷惑千万なので、あきらめるのもなかなか難しいのです。
それはともかく、金がない。 金がないのは分かっていても、働こうという気力が出てこないので困っている。何とか自分にあるものを利用して、ネット上で稼ぐことはできないものかと考えたり試したりしているのではありますが、そう簡単には事は運びませんで。 ネット上さまよい歩いていると、リストラだ…とか、鬱で思うように動けない…とかいうので、ネットビジネスというヤツで何とか稼ごうとしている人たちもいるようなんですね〜、しかもほぼ同年代とかそれ以上の方々でさ。それでちょっとは元気をもらってたりもするんですが、元手が無い状態で始められるってのはそうありませんでね。あっても怪しい…とかで。 選んでいる暇は無いのかもしれないんですが…。あせって足場も固めないで突っ走るようなことをしても、結果はろくなもんじゃないでしょうから。なるべく選ぶしかないんですよね。ふぅ…。 3/26こちらは月一ペースですかね。 実は、なつゲーというサイトにも、ローカルなHPがあるのだが、これもまた月一ペースなんですよね。会員登録すると、自動的に一つ持つことになるわけだから、有効活用するもしないも会員の腹一つなのだろう。特に重要視していないということなので、気にしないのである。 さて。 ずいぶんと前から世話になっている、カウンセラーがいたのだが、何かしらの都合で、カウンセラーを続けられなくなってしまったらしく、本日のカウンセリングを最後に、後任の人に引き継ぐことになった。 会社組織としては、確かにそれはそれでいいのかもしれないが、カウンセリングとなると、クライアント個人対会社…という付き合いとはちと違ってくる。やはり、カウンセラーとクライアントの個人の信頼関係のような形になるのだ。 これが本日あっさりとなくなることになった。このカウンセラーさんとはなんだかんだで10年近い付き合いになる。それでようやく自分を吐き出せるようになって来たところだったんだけど…。次回からのカウンセリングで後任の方に自分を出せるのかどうか、自信がない。ある程度、自分なりに相手をつかむまでの時間を取ることになりそうだな。…収入がないので、あまり悠長なことを言っていると、あっという間にすっからかんになってしまう…。とはいえ、こればっかりは縁だからなぁ…。かけるものはかけないと、どうにもならんような気がしないでもない。 今日のカウンセリングで、この話をされたときは、かなり動揺したなぁ…。今でも動揺しているような気がするけど。無理やり落ち着こうったって、そうもいかないだろうから、そのままの自分をぶつけてみるしかないのかな。
話し変わって。 そろそろ4月になる。去年の4月は散々であったが、その1年後というと、法事ということになる。 法事はやはり、親等の近い遺族の方々…お子さんですわね…が主導でやったほうが自然なのだろう。多分、そのお子さんがたは、お客さんになるつもりなどなくて、自分たちで動く必要性を感じているに違いない。 しかし、全部が全部できるはずも無いので、誰かその手の儀式をよく知っている人物に指導を仰ぎたい…と考えるのは至極当然なのだ。あくまで動くのはお子さんがた。そして指導をする人物は、その陰になって必要に応じて手助けをすればよい…はずなんだけど。 うちの父親にその指導を頼んでしまうと、少々勝手が違ってしまう。 指導を通り越して、全部自分でやらないと気が済まなくなってしまう。父親が語る理由としては、『任せておいてもできないから…』ということになるのだが、本当の理由は違うと思われる。(ここで言う本当の理由というのは、父親本人が自覚しているものとは違う) 自分に自信がないので、人に認められることで、自分の価値を確かめたいのだ。…わかりにくいか? 別の言葉にするとこうなる。 『何も分からない人の面倒を見ることで、自分自身に価値があること、自分がその対象にとって特別な存在であることを、自分とその対象に認めさせたい』ということなのだ。 ようするに共依存の関係を作りたいだけなのだ。自分の価値を確認するため、相手は自分の存在を必要としている『何もできない人』でなければならない。そうでないなら、自分の価値が無いので、全く手を出さなくなる。All or Nothing…、手を貸すなら全て。貸さないのなら全く。極端な対応で相手を混乱させ、自分が面倒を見なければ何もできない…と言う状態を作り出そうとする。この行動は無意識に行われる。だから、父親本人に自覚はない。 うちの父親の行動は一見親切に見えるかもしれない。 しかし、これは偽物である。本当に親切なのは、実際にやらせて、必要に応じて手助けしつつ、本人に達成感と自信を与えることのはずだ。くれぐれも気をつけて欲しい。私は、この父親のおかげで、自分に全く自信がもてず、自分からは何も出来なくなってしまったのだから…。 2/26ブログに力が奪われているのがよく分かる状態になってますねぇ。 まぁ、こっちに書く事が少ないってのは、精神的には安定している証拠なのかもしれないから、そんなに悪いことでもないんだろう。 さて。 以前勤めていた会社で、ちょっと動きがあったようだけど、あまりいい動きじゃないみたい。居心地がいい人はいいんだろうけどねぇ…。居心地が悪い人には、徹底的に悪いみたいだねぇ。はっきりしてていいのかな。集団として方向性がしっかりしているというか。ある程度は必要なことなんだろうね。まぁ、排他的…と言ってしまえばそれまでなのかもしんないけど。仲間ってなんだろう。私にはよく分からないのです。 絵の講座の勉強で、最近は色の持つ感情を考えている。 赤は暖かさとか激しさとか。みどりは落ち着きとか、恐怖とか。 青は冷たさとか静寂とか。黄色は明るさとか柔らかさとか。 意味はいろいろあるようなんだけど、補色関係とか同系色がどうとか、基礎的な知識なんてのは私にはないんで、今はじめて知りました…ってな感じのことばかりで、なんとも戸惑うばかりでございます。 色合いに関しては、それこそパソコンで落書きするほうが分かりやすいんで、あまりストレスにならん程度にやってますが…、色だけで何かしら意味合いとか雰囲気とかを作り出すってのは、考えたこともなかったなぁ。目で見たものだけが色合いじゃないってことなんだろうね。 1/15その昔は、今日が成人の日だったんだけど。 国の政策はよく分かりません。休みが続いたって、経済効果としてどうかなんてのは、私のようなボンクラには分かりません。 ま、それはともかく。 今日は土曜日。めちゃイケの放送日。番組の企画で、すべり場なんてのをやっている。10代の人たちと、99の岡村さんのトーク。恋愛について。…10代の人たちの言っていることが見事に突き刺さってくるなぁ。 自分を守ろうとしている、相手のことを知ろうとしていない…、お付き合いは自分を高めること…、いやぁ、その通りなんだろうね。実に鋭く突き刺さってきます。友人関係ですら、私にはほとんど無いようなもので、この手の話は心に痛いものがあります。今まで何をしてきたんだろう…じゃなくて、今まで何もできなかったんだな〜…って。だからって、今できるようになってるかって〜とそうでもないんだ。それだけにあせるし、胸の奥に封印した感情が、素直な悲しさだの怒りだのにならなくてさ、苦しいんだ。だけど、なんとなく涙だけは出てくるんだ。以前勤めてた会社での飲み会の日みたいだな…。なんだか意味も分からず涙だけ出てきて。しっかりと過去の感情に向き合わなくっちゃ…ですか。地理的な条件があう自助グループ、あるといいんだけどなぁ…。 1/3正月三が日も、なんだか気がついてみればすっかり通り過ぎ、何事もなく平和に過ぎていくかと思いきや。 わりと問題があったりするんだねこれが。困ったもんだね、どうも。 惚れた腫れたの問題は専門外なんで、なんともコメントのしようがないのだけれど、どこにでも転がっているものらしい、浮気とかその辺の問題は。テレビやらラジオやら、この手の話題は結構あるけど、これが身内に起きると、あまり無責任に面白がっているわけにもいかないのよね。これで一つの家庭がちょいとやばい方向にいきかけてたりして…。 いつだってその被害にあうのは子どもなんだけどさ。でも、ここで子どものために、頑張んなさい…なんてことになると、その家庭はさらに不幸になるので。まずはその夫婦が、幸せになる道を考えることが大事かと。親が幸せなら、子どもは幸せを感じることができるのだろうから。そうしたら子どもは安心して、自分の存在を確かめられる環境ができるわけだからね。これが、子どものために…ってなことになると、 『この子さえいなければ…』 …なんて恨みに転じてくるので。人のために動く…ってのは尊いことかも知れんけど、その行為が自分の幸せと感じる人間でない限りは、人のために動くことは不幸にしかつながらんのだ。この辺の説明が不足してるんだねぇ、世の中の方々は。 私が間に入ってどうなるわけでもなさそうなんで、間に入りたがってる人には言ってみているのだけれど。自分が思っているようには伝わらないような気がしないでもない。まずは自分を幸せにする方法を考えよう…、って、これはそっくりそのまま、自分にも返ってくる言葉なんだよね〜。 |
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