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NPO(特定非営利活動団体)法人【ゆめ風基金】10ヵ年計画、
10年経過のいま、そして先へゆめ高く・・・・・
◆あのとき、障害者市民は・・・
1995年1月17日5時46分、あのときから10年が経過しました。「水の星」といわれる生きものの星、地球。その大自然のふところで暮らす私たち。人間社会は自然の営みに畏敬を抱きつつ、人災をいかに少なくできるかを考え続けた、あの大震災でした。
もし戦争が起こったとき(絶対に起こしてはなりませんが)、障害者市民はどうなるか?いつも心の片隅に抱いていた恐れや不安が、あのときは残念にも現実になりました。避難所になった学校や会館そして仮設住宅は、障害者市民にはとても使えるものではなく、情報など生活に最低限必要なことさえ「後回し」にされたのです。とくに視覚や聴覚そして知的に障害がある市民には非常事態における被害が直撃しました。
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全壊した障害者の家 |
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炊き出し風景 |
◆しかし、被災した障害者たちは・・・
ところが直後の障害者たちは意外なほど元気でした。地域で暮らす障害者市民は、ふだんから「助け合いネットワーク」を組織していて、すぐに「障害者救援本部」と被災地障害者センター」を立ち上げ、全国に広く支援を呼びかけました。おかげさまで、多くの救援物資と約1億5000万円のカンパが寄せられ、当面の介助者派遣体制や障害者用プレハブ建設、各団体への見舞い金など、仲間への支援活動ができたのです。
こうした全国からの支援に力づけられた被災地の障害者たちは、一般より早く届いた救援物資を活用して、寒さにふるえる地域の人びとに豚汁を炊き出し、独居の高齢者に手づくりの弁当を配りました。この行動を知った全国の障害者市民は、どれだけ励まされたことでしょう。それが10ヵ年計画の、被災した障害者を支援する【ゆめ風基金】構想の原動力になりました。
◆【ゆめ風基金】を呼びかけて10年・・・
あの大震災の5か月後に、ふだんから非常事態に備えておこうと【ゆめ風基金】運動が発足しました。10ヵ年計画はいま13年、この間にご支援くださった方は1万人あまり、基金も2億円を超えたところです。おかげさまで、いつ、どこで大災害が起きても、その地の障害者たちがすぐに支援活動を展開できる資金面のメドが立ちました。ありがとうございます。
われわれのモットーは「ほんとうに必要なところへ確実にしっかり届けたい」です。そこで、いち早く正確な情報が得られるネットワーク「ゆめ風ネット」を、少なくても都道府県に1ヵ所はほしくて、いま全国に募っています(現在49ヵ所)。また、2001年にNPO法人格を取得して基金の透明性をより明確化することができました。
これまでに支援できたのは、阪神大震災はもとより、北関東豪雨、トルコと台湾大地震、有珠山噴火、東海豪雨、鳥取地震、インドとエルサルバドル大地震、十勝沖地震、北陸豪雨など、累計37,370,680円です(協働の「被災地障害者センター」がいつも1割をプラス)。海外の障害者まで支援できるなんて思いもしませんでした。ご支援くださった方々に心から感謝しています。そして、阪神大震災で被害に遭った障害者団体17ヵ所に無利子の貸し付け8850万円を行ってきました(完済)。
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【ゆめ風基金】の支援で復活・再開した
障害者の生きる場 |
◆新たな【ゆめ風基金】、これからの10ヵ年計画は死者を一人も出さないために。
これまでの10年の「資金面の支援」はもちろん継続しますが、これからの10年は誰ひとり死なないための「防災・減災」に力を注ぎます。いかに空前絶後の天変地異が起きても自然を敬い畏れつつ、つねに「死者を一人も出さない」アイデアを広く求め、それらを集約し、さまざまな機会に発信し続けます。
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