From: おこたさんよりの投稿を元に編集しました。

標題: ぽんぽん船の旅




私が住んでいる町は、逆イタリア形状で海が靴下のように細長く内陸部の奥にまで達していて、湾をぐるりと回るには大変不便な為に湾の入口には車道となる橋と人や軽車両を運ぶ渡船でとで往来をする事ができる。

昨年の晩夏、対岸にある美味しい焼鳥屋での飲み会に参加する為に、いつもとは違う交通機関を利用して小さな旅をしてみました。

夕方、空気が涼しくなってきた頃にJRに乗り、隣の駅で降りる。
この駅の表側は大きなビルが建っているが、今回は渡船のある港へと通じる裏側にでる。
こちら側は私が高校生だった頃の風景と余り変化がないので懐かしく思いながら渡船場へと到着。
さすがにチンチン電車の終着場はなくなっていたが、バスが船からの客を乗せていた。

渡船の時間を見ると出港したばかりだったので、時間まで施設の隣、橋脚の麓にある公園を散策する。
この公園、海を見ながらたたずめるようになっていて、ところどころにベンチがあり、床には板が張れていたりする。
嬉しい事に周囲に若者向けの店が無い為に、静かに寛ぐ事ができる。
ベンチに座ると、頭の上から対岸へと赤い橋が一直線を描くように伸びていて、夕暮れ時なので海面には対岸のビルの明かりが映し出されている。
しばらくすると、対岸にある渡船場からポンポン船(今は機関がディーゼルになりましたが、愛称として残っている)が出港
この時は海面が凪だった事もあって、時間が止まったような世界をビルの明かりを揺らしながらこちらへと向かってくる。

段々と船は大きくなり、海にある橋脚をぐるりと回る頃には私も渡船場へ急いで向かう。
到着した頃には、船に乗っていた方が船から駅の方へと向かっていたり、押していた自転車に跨りこぎだす人もいる。
下船者がいなくなると乗船側のゲート(料金箱のある駅の改札口のような感じ)が開き船へと流れていく。
桟橋に進むと凪といても水面に浮かんでいるので目眩かな?といった感覚の揺れ。 そして、乗船。
自転車に乗ってきた方は、倒れないように通路の壁際に立ち、私は外が見える所に座る。

出港時間になると船員が手際よくロープを解いて船に飛び乗りドアを閉める。 船はゆっくりと少しの間バックしてから前へ進み出す。
対岸までの10分間の船の旅は、船窓からはビルの明かりと、赤く染まりゆく空、赤い橋が見えて移り変わっていく。 
少しの時間を利用して本を読むもの、居眠りするもの、ディーゼルエンジンなのに、なぜか、ポンポンと聞こえる船のエンジン音
私はといえば、その間、デジカメで写真を撮っていました。

そうしているうちに船が対岸についたので、岸壁を散策しながらオフ会へ
この岸壁もレトロ風に改善されていて、昔の任侠映画の舞台になった頃が再現され
ていて、空を見上げると、雲が燃え上がっているように赤く染まっていました。 TheEnd

標題: 臼杵への小さな旅


−−−−「臼杵への小さな旅」−−−−
前日の天気予報で、台風一過の日本晴れと思ってAM6時に起きるが....目覚めて外を眺めると豪雨だった。 
ドライブに出かけても面白くないと思ってインターネットで遊んでいた。
8時を過ぎる頃になると雨が小雨になってきた。 修正された天気予報では晴れだったので目的地に到着する頃には止むかな?と思って出発

R10に出るつもりがぼ〜けとして走っていたので無意識に阿蘇方面へと走っていた。 アハハハ
ルートを軌道修正して走り始めると大分県に入る頃には雨も止み、宇佐より高速に乗る。 山道を登るような高速道路を走り別府湾PAで休憩。
車窓から見ると晴れ渡っていたので、カメラを持って展望所へ...まだ、この時の台風は四国〜関西付近を移動していたので、山の中腹にあるPAで、まだ、まだ、強風が吹いていて、私の体重でも吹き飛ぶような風が吹いていた。  ((((@。@ <<<<<

再出発、大分宮河内ICを過ぎると山越えをするようになっていたが、一直線道路だったので気持ちよく走れた。
臼杵ICで高速を降りて料金を払っていると、「観光地図が必要な方は....」と書いていたので地図を頂く。
その地図を頼りに臼杵城址に向かって走り出す。 少し走ると三重の塔が見え、レトロチックで観光用施設が見える商店街を発見したので、市内散策と思って車を止める。
先ほどの地図を片手に街中を散策していく。 商店街は昭和初期の雰囲気を色濃いく残し住宅街は城下町の面影をそのまま残していた。
ただ、今回は下調べなしで訪れたので地図と自分の現在地がマッチせずに悪戦苦闘する。
流石に城下町だけあって、外的から城を守るように道幅は狭い立体迷路となっていた。
こういった城下町はツアーなどで一度は訪れたり、インターネット等で事前にどのように巡るのか決めて、地理感覚を掴んでから訪れないと大変だと思ってしまった。
実はこの後も、城址に立寄ろうとして20分ぐらい市内をぐるぐる。 結局は駐車場を見つけられずに臼杵大仏へ
入口にある駐車場に入るが観光バスより随分と奥にマイカー用の駐車場があったので、道路の先にも駐車場があるのかな?と思って進んで行くと、道幅が狭くなり農道へと...
Uターンしようとした場所に蓮の花畑が観光客用に公開していたので、車を降りて写真を撮ってから、先ほどの駐車場へ車を止めて、大仏を見に散策をする。

私の中では臼杵と国東半島の大仏は同じ物だと思っていたが、実際には違っていた。
 国東半島の大仏は摩崖仏と呼ばれて、名のとおり岩肌を磨耗して仏を削りだしている感じで全体的に丸みを帯びている
 臼杵の大仏は、奈良などで見かける人間と同じ高さの仏像が壁に埋め込まれている感じであった。 ※実際には岩肌を彫って作った仏像です。

13:00頃に大分の知人の喫茶店が盆休みに入る前に立寄ると約束したので急いで大分市内へと向かう
 喫茶店に到着すると掲示板でのちょくちょく見かけていた方もいらしてくれて、バイクの話などで会話が弾む。
 おかげで、2時には帰ろうと思っていたが、紅茶とお茶にあわせたお菓子を摘みながら話に時間を忘れて15:00過ぎまで居候してしまう。
 ※昼食を食べていないと言うと、私の大好物のかしわ飯のおにぎりを出してくれたので、多謝、多謝でした。

いつもの道を走りながら帰りながら、久しぶりの快晴でTシャツは塩を吹いていたので温泉があれば立寄ろうと思っていたところ
以前からの友人のオススメでもあり、中津を通過中にいつも気になっていた「八面山の金色温泉」の看板を見て、今回は立寄ってみようかと山奥へと進路を変更

16:00に金色温泉に到着する。 雰囲気は隠人が住むような山間に高級料亭のような感じの旅館に併設していた。
何かイベントをしているようでベスト電器の社員があちらこちらに見かけたので、施設は貸切だと思ってしまったが....イベント会場側と気がついて慌てて温泉施設の方へ
お風呂のある方は入口に別棟となっているお土産屋もあり、ちょっとした良いムード
温泉に入ると、普通のこういった所にあるサウナと内風呂があって汗を流して体を洗う。
内風呂から外を眺めると山の緩やかな斜面を利用した日本庭園...近いイメージは京都などで竹林を利用した野立(お茶湯)かな?
その中に休憩所や池がありそうな所に露天風呂を作っていて、気分を変えながら風呂を散策して巡ります。
こんな感じの露天風呂で入浴しながら風景を眺めると、体だけでなく気持ちお疲れも癒せそうな温泉場でした。
風呂からあがり更衣室で着替えて頭を乾かしていると背中の辺りに自動販売機を発見。 それもお風呂好きには嬉しい瓶に入った牛乳、珈琲牛乳、フルーツ牛乳 (^^)
咽喉が渇いてなかったけど、無意識に牛乳を買って、手を腰に当てて、頭は45度の角度で空を見上げるように、ごく、ごく......(笑)
無料休憩所に行くと、大きなTVがどでんと高校野球を流れていて、窓の方を見るとそこに打ちし出される風景は料亭等にある中庭風でだいぶ寛いできました。
そうそう、帰際に鍵を返そうとしながら、ふっと横を見ると小さなビール貯蔵タンクが2つあって、これを眺めていたら下戸に運転して、また、もらって訪れたくなりました。

温泉からの帰りは中津へと戻らずに、山越えして耶馬溪へ向かう。 温泉場から中津への道は広かったですが、耶馬溪の道は車が離合困難な場所もありましたが....そんなに走らずに青の洞門の近くにでて英彦山経由で自宅へと.....

標題:出雲&境港旅行
8/17 05:40 自宅より出発
8/17 09:00 広島県に入りトイレ休憩。 PAをうろついていると、広島つけ麺の文字
旅行に出たときに土地の名前がついている料理に弱く、ダイエットの言葉が浮かぶが食べてしまう。
中身は冷麺にこの土地で取れたゆで野菜の細切れが入っていただけでした。
※ 
広島つけ麺 
でも、有名見たいですね。

庄原ICから出雲おろちループ橋越えで亀獄駅へ向かう
この出雲おろちループ橋は、やまたのおろちの顔をしたトンネルを潜り抜けて山を降り始める。
ループ橋からしばらく走ると、スイッチバックで有名な場所を発見するが非常に珍しいのだが...九州にもあるので先を急ぐ

8/17 11:00
木地線の亀獄駅に到着。 駅舎を利用している「扇屋そば」というお蕎麦屋さんです。
バイク仲間に出雲方面に行ったなら立寄るようにと言われたので来て見ると誰も居ない
独りで割子蕎麦を注文して食べているうちに、どんどんお客が増え満席となる。
こしは東京で食べたよりは柔らかでしたが、出汁はちょっと甘めで、気がつくと平らげてしまった。
扇屋そば 

8/17 11:45
日本初之宮 『須我神社』を発見する。
道路の裏路地にあって地神社と見過ごす所を、「須我」を小さい頃に聞いた話に出てきたな?
ちょっとだけ立寄ろうと思いきや...凄い伝説が残っていた。
伝説には、天照大神の弟のスサノオは高天原(神の国)から乱暴者として日本に追放される。
※追い出された理由は、太陽神である姉が困り果てて、宮崎県にある天の岩戸神社の逃げ込んだ件である。
彼がこの地をうろうろしていると、老夫婦と若い娘が泣いていた。
理由を聞くと七人の娘が大蛇の生贄として食べられて、残る一人の稲田姫も八岐大蛇に食べられるとの事
この大蛇は一つの胴体に頭と尾が八つずつあり、山のような大きさだとか?(@@) スゴスギル
スサノオは稲田姫を妻にする約束し、大蛇の首数と同じだけ門を作り、それぞれの門前に酒を置く
八岐大蛇が訪れて酒を飲んで酔って寝たところを切り殺すと、お腹から草薙の剣が出てきました。
そして、彼は各地で住民たちに感謝され、後に稲田姫と結婚して、八雲山の麓に日本に腰を落ち着ける為に宮を作り夫婦岩に腰をおろた所、
この地を包むように美しい雲が立ちあがるのを見て「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」の歌を詠まれながら、日本の開拓に思いを馳せたそうです。
この歌により、この地方は出雲と呼ばれるようになり、この八雲山山頂までの登山道には「和歌発祥之遺跡」とされて山道には歌碑・句碑が並んでいます。 今では歌や詩が上達するようにと登山をされる方も多いそうです?

ちなみに夫婦岩を見に中腹まで山登りをした私は、雨で路面が濡れていたのもあって、
八雲立つではなく、八雲の地にスッテコロリ、スッテンテンでした。
須佐神社 

8/17 13:00
玉造温泉に近づくにしたがって雨が降り始める。
ありゃ(TT)と思いながらも温泉周辺へと出る。
この温泉は日本最古の歴史を持ち、「出雲国風土記」にも名前が登場する。
最初、出雲玉作資料館に立ち寄って、この土地の歴史を見ると、玉造の名前の通りに古墳時代から奈良・平安時代を通じて玉の生産地で玉作りとともに発展していったそうです。

その後、玉造温泉の公衆浴場ゆ〜ゆへ、5Fへとエスカレータで昇っていき汗を流しています
露天風呂は、中心にサウナがあって、それを半月状に囲むように勾玉の形をした風呂が2段重ね
立ち湯である上側へと移り、入浴する。 どんより雲なのが残念だけど心地よい( =0)A
汗が流れて疲れが程よく出てきた頃に、山から落ちたときの痛みがジンジンとはじめる。
早目だが風呂からあがり、湿布を持って来たので患部に貼る
休憩施設でこれまた牛乳を飲む......格好が悪いけど、一時の至福を味わう。
玉造温泉 
8/17 14:20 最初に目に飛び込んで来た、出雲伝承館に立ち寄る
出雲伝承館
江戸時代の豪農屋敷を移築保存する施設で、日本庭園と隣接した部分にレストランというか、そば屋さんを発見。
席から日本庭園を眺めるながら釜揚げソバを頂く。
 どんぶりの中に蕎麦のゆで汁と蕎麦が入っていって、それに薬味(ねぎ、紅葉卸、鰹節)をいれて、割子ソバ用?の汁を加えて自分好みの味にして頂きます。
私は、初めは何も入れずに食べていると、蕎麦のゆで汁が麺のそばの香りを強調、味覚は麺のシコシコの中に嫌味のないとろりとした食感
感覚が麻痺をしてくる頃に薬味とつゆを徐々に濃いくなるように加えて頂きました。
汁を加えると先ほどまでの味覚と異なり、味わいに深みと旨味がまして気がつくと食べ尽くしていました。
お茶の変りに出てきた、蕎麦のゆで汁に梅干が入ったものを飲むと、サッパリと先ほどまでの汁の味が流されていきます。 
感想は、「うまかったでぇ〜」で次に出雲に来た時は必ず食べに訪れるでしょう。

8/17 16:00 日御崎神社
大社の裏山から日御崎神社へと抜ける。 漁村にある地元神社といった雰囲気です。
実際に日御崎灯台からの風景を楽しみつつ立寄る方が多いのかな?と思いながら由来を聞くと驚いてしまう。
何しろ江戸時代の話で必ずでてくる伊勢詣では有名ですが、伊勢神宮が日本の昼を守っている神様なら、こちらは日本の夜を守っている神様だったのです。(@@)
うふふふふふ...昨年、ここに詣でて懸賞に申し込んだ記憶がないのに1万円が当たったので、今回も一番無防備の寝ている時なので無事息災を祈りました。 今年は何がでるかな?

8/17 17:30 
平田市立旧本陣記念館
時計を見ていなかったので気がつかなかったけど閉館後に到着しましたが、遠くから来たのならしかたないな〜との一言で彼らが翌日の展示会(美術館もかねているので)の準備が終るまで見学をさせて頂きました。

ここは、江戸時代に松江藩主の本陣として使われた屋敷と庭を移築した記念館で、遠くからは白壁と黒瓦のコントラストが素敵でした。
 屋敷内には枯山水庭園、民芸展示室で、畳のある室内を昔、利用されていた道具を見て回ります。  気になったのは子供をあやす為の馬車や漁をする為の道具かな?

8/17 18:00
鰐淵寺
 見学予定は無かったけど、頭の片隅に何か引っかかるので行って見ました。
 ここの駐車場に止めると、武蔵坊弁慶がここで修行したそうで彼にまつわる物も沢山あるとか、
 んで、昔の偉い人の眼病を直したという事で鰐淵寺ができたそうです。
 私が行った時には門が閉まっていたので、外側から見るしかできませんでした。 残念。

8/17 19:300 ホテルに戻り、明日の準備をしながら眠りにつく。
 いつも酒を飲むと深夜に目が醒める癖があるが、今回も同様でAM3時ごろ
 全く寝れなかったので、1〜2時間起きていた

8/18 08:00 出発
 雨雲が垂れ込めていている。 風景を楽しめる状況でないので寄り道をせずに美保関へ向かう
 海岸沿いを松江市内方面に向かって走っていると、通勤渋滞に巻き込まれる。(ノ<)No−!!
8/18 09:30 美保関にて
 美保関灯台を見た後に美保神社がカーナビに登録されているので、凄い神社かな?と思って探す
 見つけたが、駐車場が無いので入口を撮影して先を急ぎました。
 帰ってネットで調べてみると、港は日本海側の海上交通の要港で海上交通の関所が置かれたため美保関と呼ばれたとの事です。
 神社は全国各地にあるゑびす社の総本社で大社造りを二棟並べた造りで珍しいそうです。
 (ノ<)行き当たりばったりだと、こういう名所を何気に見逃してしまいます。

8/18 10:15 境港に行く前にメテオプラザ 名前がなんか凄いのでわざわざ立寄る
 ここは1992/12に落下した隕石(太陽系の誕生とともに生まれて、漂流してきた隕石だそうです。)を中心に隕石展示や
 宇宙の誕生について解説した映像を流していました。 隕石に触れるコーナーもあって実際に触ってみるとまじに重かったです。
 ここで販売していたアイスクリームの宇宙食は、美味しいのにも関らずに暖かいので...常識が邪魔をしてうげ〜でした。

8/18 11:00 境港大橋を渡り境港駅へ
 交番と隣接している駐車場に車を止めてミズキロードを歩いていきます。
 道沿いに妖怪のブロンズ像の並んでいますが、どれも、これも、子供の頃に感じた怖さはありません。 不気味さの中に親しい愛着感を感じられます。
 大人になって鈍感になったというより、悪い事をしなければこれらの妖怪が襲ってこないという事を知っているからかも知れませんね。

8/18 13:00 八雲風土記〜熊野大社へ
 松江市内の八雲風土記の資料館に到着。 この頃には本格的に雨が降り出しました。
 雨の中を駐車場から歩いて入口に到着すると休館日との事。 駐車場にも案内板が欲しい。 勘弁して(TT)
 ※休館日の確認は事前に、駐車場でなく玄関入口に展示している施設が多し。 近ければ問題は無いんだけどね。
 出雲大社より400年も古い神魂神社に立ち寄り、松江市内から離れて八雲村の熊野大社に行く。
 ここは昔は出雲一宮だったらしいが、出雲大社より格が上というよりは先祖に当たる神様を祭っているからだろう。

8/18 15:00 結婚式発祥の地
 スサノオの嫁さんが祭られている神社で、この方が鏡の変りに姿を写したという池に、
 本殿で購入した占紙に硬貨をのせて水面に浮かべると、早婚or遅婚なのか占えるそうです。
 また、出雲大社は縁結びで訪れる方が多いですが、実際には人生の糧となる人との縁結びでして、
 結婚相手が見つけたい場合の願い事は此方の神様に祈った方が良いとの事でした。

8/18 15:30 松江市内見学
 昨年、訪れたときには市内は渋滞しているので、地図を見ながら探し回るのは大変だと思ってホテルにチックイン
 旅館の方に市内観光の相談をしたら、堀川遊覧船の利用を勧められたので車をホテルに止めて歩いて松江市内見学へ

 最初は地ビールや小泉八雲の記念館へ。 船の旅、視界が道路よりも低くなり、川べりに餌を狙っている川鳥がたたずんでいます。
 雨が降っていたので亀は泳いでいましたが、船頭さんの話によると木に登って甲羅干しするとか? 川岸に咲いている花等を見ながら進んでいきます。
 時折、橋が近づくと屋根がウィーンと下がってきて、僕らも前屈状態となって橋の下を潜り抜けます。

 一旦、船を下りて、小泉八雲旧居へ歩いていきます。 この辺は武家屋敷などもあって、白壁の屋敷が並んでいます。
 道路を挟んで向こう側は松江城の堀の岸辺となっていて、川沿いには松の木が時代劇を思わせるように立ち並んでいます。
 ここを歩いて小泉八雲旧居や武家屋敷を見学、 そう、そう、八雲庵というそば屋にも立ち寄ってきました。
 このそば屋の麺の腰が一番しこしこでおいしかったのですが、南蛮が名物だとかで...(TT)割子ソバを食べてしまったよ。
 堀川地ビール館でも、地ビールを1杯飲み干して、その後は時間の限り松江城の堀めぐりを楽しみました。

8/18 19:00 温泉の貸切?
 旅館に戻り露天風呂へ 温泉は誰もいないので貸しきり状態
 温泉で火照った体を冷やす為に濃紺に染められてモノトーンに見える川辺や出雲の山々を眺め
 また、温泉へと浸かりながら疲れを癒していきました。

8/18 20:00 水戸黄門
 部屋に戻ってTVを付けると水戸黄門が始まった。
 今回の旅は、歴史がまだ神話の頃の史跡巡りをしていたので、のめり込んで見入ってしまいました。
 なんだか、旅館の部屋の雰囲気もあって、昭和30年にタイムスリップしたかんじです
 旅先で感じた事を携帯用掲示板に書き込みながら...うつらうつら。

8/19 07:00 起床〜遊覧船の旅
 何時もだったら8時までには出発なんですが、宍道湖を遊覧船に観光するので、のんびりと朝食を食べて来ました
 8:40も遊覧船に乗ると、大学村(環境をテーマにした社会学校の卒業生の集まり)の方々が手作り風に観光案内してくれました。
 特にシジミが水の浄化に役立っている実験や、シジミ漁の見学などの解説は中々聞けないので面白かったですね。
 そう、そう、デッキから湖面を眺めていると元気のよい魚が飛び上がったり、川鳥が水面を蹴りながら飛んで行ったりと1時間の船旅が物凄く短く感じました。

8/19 09:50 帰路へ
 宍道湖北側を出雲の山々を眺めながら通りすぎ、11時ごろには出雲を脱出
 途中、鳴砂のある海岸や、石見銀山で算出される銀の世界への輸出港であった温泉津に立ち寄り
 片側交互通行規制やノンビリ走る車の抵抗にあい。昼飯と思っていた浜田市内には予定より1時間遅れて到着
 この時、腹が減りすぎて食欲が無かったのでそのまま通過して、道の駅・ゆとりパークたまがわでソバを食べる。

 途中、益田町で雪舟記念館、須佐町でフォルンフェンスに立寄って帰ってきました。