谷川俊太郎詩集「手紙」



 谷川俊太郎の詩の中で「手紙」が一番好き。

何度も何度も繰り返し読み続けたので、

いつの間にかカバーも失くしてしまい、

まるで古本屋で手に入れたみたいな、手垢のついた汚れた本になってしまった。



 いつの事だったか忘れたが、彼の講演会に出かけた時、

思いがけず、彼はピアノの演奏を披露した。



「バイエルの曲のいくつかに詞を書きました」



と、紹介した後で弾き始めたのだが、お世辞にも上手とは言えない演奏だった。

けれどピアノを弾くことを心から楽しんでいる様子が伝わったきた。

この時、音楽に上手、下手は関係ないのだ。

ハートなんだと自分ひとり、妙に納得してしまった。



 わたしもバイエルを練習した事があるけれど、

あの練習用の教則本を楽しいなどと、一度も感じたことがない。

けれど、詞がつくと、子どもの頃、退屈なだけだった曲が、心和ませるものに変わった。

いまは、谷川俊太郎の詩がついていて、子どもたちを楽しませているのだろうか。

 

 谷川俊太郎は時には苦しみを吐露した、せつない詩を書く時もあるけれど、

この時の詩の朗読はスライドで写真を投影しながら行われた。

60代という年齢を感じさせない若々しさとユーモアに富んだ内容で、

時々テレビに登場して見せる横顔とは別人の様だった。

そういう訳で講演会は最初から最後まで聴衆の笑い声にあふれていた。



 彼は詩人と呼ばれる前に芸術家なのかも知れない。

生活の中にあるものすべてを美しく羽化させる魔術を秘めているのかも知れない。



 講演会の後で、まだ読んでいない「真っ白でいるよりも」という新しい詩集を購入し

それと共に詩集『手紙』にもサインしていただけることになった。

彼は、『手紙』を手に取ると、わたしの顔をしばらく見つめ、微笑んだ。

わたしも微笑を返した。



 わたしにとって、この詩集がとても大切なものであることを、

きっと彼は感じてくれたに違いない。

「谷川俊太郎」と太い、しっかりとしたタッチで書き終わると、

そっと手を差し伸べて握手をしてくれた。小さな手だった。

けれど、その刹那、手の温もり以上の温かさが、

わたしの心をつかんで揺さぶっているようにも感じた。