「夢の月劇場」開設記念〜不定期連載小説〜

「忘れられない理由」 sec3

作:DREAM・MOON


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第三話

 火曜日でよかった……。
 両手いっぱいに買い物の袋をたずさえた香織は、そう思って吐息をもらした。
 すくなくとも、こうして服を買いにいく時間があったということは、だ。
 きのうの土曜日の晩に、織雪の昔話を聞いたあとで、クローゼットを引っかきまわしていろいろな服を出してきたのだが、どれも初めてのデートにはふさわしくないような気がしてしまい……けっきょく虎の子の貯金を降ろして、買い出しとなったわけである。
「それにしても、よくばりすぎたかしら?」
 日ごろは、そんなに衣装を買うことはない――もちろん女の子だから、それなりに買うことはあるのだが、それにしても買った服を抱えたせいで、よたよた歩かなければならなくなるようなことは、ほとんどなかった。
 そんな香織のようすを見れば、友達や家族――香織のことをよく知る人なら、それこそ、なにがあったのか? と聞かずにはいられなかったかもしれない。
 そして――
「よっ!」
 アーケードのなかをよたよたと歩く香織を見つけたその人物は、そう香織に声をかけてから、一瞬、言葉をうしなった。
「――どうしたんだ? その荷物」
 そう云って、彼――瀬川博俊は、目を丸くする。
 香織は……とりあえず神サマを呪いたくなった。

 日曜日の昼まえともなれば、コーヒーショップも忙しい。
 なんとか空いていた席を確保してから、香織と博俊は、ほっと息をついてから笑いあった。
「やっぱり混むなー、きょう天気もいいし」
「そうだね。はやめに買い物に来てて、よかったよ――すごい人なんだもん」
 そうした事態を予想して、きょうの香織の服装は、薄手の綿シャツにデニムのパンツ。
 とどめに、長めの髪は適当な黒いリボンで結わえただけ。
 実用一点張りの、おしゃれだとは、なかなか云いにくい格好である。
 見られたくない姿を――いちばん見られたくない人に見られてしまった香織は、気恥ずかしいやら、 くやしいやらで、一気にどん底の気分を味わっていたのだが、博俊と人混みのなかを歩くうちに、気分が晴れた……というか、すっかり居直った心境に至っていた。
 こうなってしまえば、たがいに学校で仕事をしているときとかわらない。
「それにしても、すごい荷物だなー。望月もやっぱり女の子だよな」
「どうして?」
「フツーの男なら、こんなにまとめて服を買ったりしないから」
「わたしだって……いつもこんなに買い物したりはしないよ?」
 まずい……これじゃあ、あさってのための買い出しに来ました、って云ってるようなものじゃない!
 思わず考えなしの言葉を口にしてしまった自分をあわてて責めながら、香織はなんでもないようなフリをして、視線を博俊からはずした。
「ひさしぶりに街に出たら、望月がいたからびっくりしたよ――家族が出払ってて、昼メシもないから出てきたんだけど……ラッキーだったな」
「え?」
「望月に会えたから――たぶん、私服の望月を見たのって……はじめてじゃないかな?」
「……そうだね」
 よりにもよって、そのはじめてが、こんなだなんて……。
 すでにあきらめが入っていたからか、自嘲気味にそう考えて、香織はそっと心のなかでため息をついた。
「きょうはもう帰るんだ?」
「え……うん、そのつもり」
 ぼんやりとしていた香織は、博俊の言葉に、あわてて返事をした。
 こんなに荷物があったら、一緒にあそぼうだなんて――云えないもの……。
 つくづくきょうはついてない……くらい気持ちになって、汗をかきはじめたコーヒーグラスに、香織は手を伸ばした。
「そっか……それじゃ、家まで送るよ」
「ありがとう……え? ええっ!?」
 なにげなく返事をしてしまったのだが、その意味を理解して、香織は驚いたような声をあげる。
「あ……家族の人にあったら、まずいのかな?」
 香織の驚いた様子を見て、博俊もあわてたような声を出した。
「ううん……きょうは、おとうさんたち……出かけてるし」
「そうなの? なるほど……」
 香織の説明を聞いて、博俊はちょっとした勘違いをして――家族がいないから、ふたりきりになっちゃうもんな――、香織は博俊の急な申し出にかるくパニックを起こしていた。
「あ! あの! だから、ぜんぜん気にしなくてもいいし……」
「つまり……その、あれ?」
  香織につられて、博俊もだんだんワケがわからなくなってくる。
 そして――けっきょく博俊は、香織と一緒に彼女の荷物を持ってコーヒーショップを後にした。
 香織の家にむかって。

 香織の家まで、電車で30分ほど……昼前、という時間帯がよかったのか、帰りの電車はすいていた。コーヒーショップで、ついでに昼をすませてしまったので、電車を降りたふたりは、まっすぐ香織の家にむかった。
「女の子はたいへんだよな、服とか」
 香織の服を両手に持った博俊がそう云ったのを聞いて、はは、と香織は乾いた笑い声をあげた。
「そんなにいつも買うわけじゃないんだよ? ただ、ちょうど季節の変わり目だったし……」
 それに、はじめてのデートなんだから……さすがにその言葉は口に出せないが、どのみちばれているだろうし、香織はすっかり開き直って、いつものように、くすくす、と屈託なく笑ってみせた。
「これからどんどん暑くなるし……今年も夏休みは店番かな?」
「ん……でも、一年生とかもやってくれるんだし――去年よりは……」
「……楽にはならないだろうなー。ほら、去年だって、おれたちはけっこう騒いでたけど、先輩たちはバテ気味だっただろう?」
 文化祭執行委員に夏休みはない……10月に開催されることを考えれば、夏休みあけでも準備は充分に間に合うはずなのだが、さまざまなクラブ、個人団体同士の場所の取り合い――準備・設営、なにかと場所は必要になるし――ステージを使用する団体などは、ステージそのものが利用できなければ、練習もままならない――それにまつわる場所あらそいの仲裁、飲食店にかかわる諸許可の申請の取りまとめと整理、パンフレットの制作……それこそ仕事を挙げはじめればキリがない。
 昨年の夏休みのことを思い出し、香織はおもわず気が遠くなりかける。
「ただ、夏休みになにもするとことがない、っていうのも、つまらないかもな」
 そう言葉をつないでから、博俊は、かるく笑い声をあげた。
「……そうだね。夏休みに家にいても――することないものね」
 なさけない話よね……そう思いながらも、博俊とそう云って笑いあうのは心地よかった。
 いやなことはいっぱいあるけれど、いいことや愉しいことだってちゃんとある――なにより、こうやって笑って話せる人がいる。
 博俊と一緒にいるときの、そんなおだやかな気分が好きだった。
 もちろん相手が異性である以上、緊張することやどきどきすることだってある。でも、なによりも博俊と一緒にいるとおだやかな気分になれるのだ。
 香織の家まで、電車の駅から徒歩で15分ばかり――たわいのない話をするうちに、ふたりは香織の家についていた。
 そして――。

「きょう、誰もいないから」
 自宅のまえまで荷物を持ってきてくれた博俊が、それじゃあ、とそのまま帰ろうとしたのを、「お茶でも飲んでいかない?」と誘った香織は、そう云いながら玄関の鍵を開けて博俊を招き入れた。
「おじゃまします」
 誰もいない、と云われても、はじめての彼女の自宅である――心なしか緊張したようすでそう挨拶をした博俊を見て、香織は、くすり、と笑みをこぼしてから、家のなかに振り返り……。
「!」
「おや? 早かったじゃないか――やあ、いらっしゃい」
 いつもとかわらぬ、のほほん、としたようすでそう云った織雪の姿を見て、香織は絶句した。
「お……織……お兄ちゃん!」
 香織がなんとか、そう声に出したとき、当の織雪は、香織に続いて玄関先で驚き、固まってしまっていた博俊を招き入れていた。
「さあさあ、あがってください。ほら、香織もなにをぼんやりしてる?」
 なんとも古風な服装の青年――ごていねいに、髪まできれいにひとつに結わえて伸ばしている――を見て、香織はかるいショック状態になっており、博俊は言葉を失っていた。
 織雪に押し込まれるようにして、香織と博俊は、気がつくと香織の部屋にむかいあって座らされていた。
「あ……あの、望月って――ひとりっ子じゃ……」
 なかったっけ? 呆然としたようすの香織にそう声をかけようとしたとき、ふいに香織が、なにかしらを決心したようなようすで、博俊に視線を向けた。
「瀬川くん……」
「……!」
 そのひたむきな視線に、一瞬心を奪われかけて、あわてて博俊は我に返る。
「あ、その! なに……?」
 博俊が話を聞ける状態になったことを確認してから、香織はゆっくりと深呼吸をして……。
「あの、これからわたしのする話を聞いてほしいの……じつは――!」
 覚悟を決めた、そんなようすで話をはじめようとした香織は、向かい合った博俊のむこうがわを見て、ふたたび絶句した。
「?」
 なんだろう? 香織の表情を見て、その視線を追って、博俊は振り返り――。
「う、うわぁぁ……!」
「やあ、お茶が入ったんで、もってきたよ?」
 そう云って、香織の部屋のドアから生えたような格好で、盆を持った織雪は、にっこりと博俊に微笑んでみせた。
 夢なんだろうか?
 だんだんと希薄になっていく意識のなかで、博俊は、ぼんやりとそんなことを思った。

 心地よい風が吹いている……。
 なんだかしあわせな気分だった――かるく声を漏らし、寝返りを打ったとき……。
「気がついた?」
 やさしい声が降ってきた――よく知っている声……おちついているが、よく通る声だ。
「ん……」
 いい気分だった――あたまがやわらかい枕かなにかに載っているようだ。
 やわらかい?
 ふと、そのことに疑問を感じて、博俊はゆっくりとまぶたを開けようとする。
「気がついた?」
 やさしい声がもういちどたずねてくる――そうだ、この声は……。
「望月……っ!?」
「だめ! 瀬川くん、急に倒れちゃったんだよ?」
 ぱっ、と意識が目覚め、身体を起こそうとした博俊は、香織に押さえつけられて、ふたたびやわらかい枕のうえに横にさせられた。開けかけたまぶたがふたたび閉じてしまう。
 でも……この枕って――。
 もういちど、こんどはゆっくりとまぶたを開いた博俊は、心配そうに自分の顔を覗き込んでいる香織と視線があってしまい……一気に目がさめた博俊は、自分のあたまが載っている枕の正体に気づいてしまった。
「あ、あの望月?」
「ん?」
 ほっ、としたような表情で、やさしくたずね返してくる香織を見て、博俊はおもわず息を呑みそうになり――ふたたびパニックを起こしそうになるのを、理性でなんとか食い止め、こんどは香織にとめられないように、そっと身体を起こしはじめた。
「だいじょうぶ?」
「うん……ありがとう。おれ……」
 やっとの思いで香織の膝枕から脱出した博俊は、なんとも云いがたい気分――しあわせのような、恥ずかしいような……なんともまとまりのない気分で、ゆっくりとかぶりを振って、ぼんやりとした意識に喝を入れた。
「ごめんなさい……うちのお兄ちゃんが、その……驚かせてしまって」
「お兄ちゃん……」
 そうだった――ぼんやりとしていた博俊の意識は、その一言ではっきりとしはじめた。
「そうだよ……望月って、ひとりっ子だったはずじゃないのか?」
「ええ、そうよ。ただ――」
 ごくり、と息を呑んだ香織が意を決して語り始めようとしたとき、ふいに、がちゃり、と香織の部屋のドアが開いた。
「おや、お目覚めかね」
 呑気な声でそうたずねてから――香織の部屋に入ってきた問題の人物は、博俊にむかって、にっこりと微笑んでみせた。

「と、いうわけなの……」
 消え入るような声でそう云った香織は、なんとも気まずそうな表情で、そのままうつむいてしまう。
 織雪がふたたびお茶とお茶菓子を持ってきたあとで、香織は観念したようなようすで、”お兄ちゃん”について博俊に語りはじめた。
 いわく、織雪はむかしから香織の母方の家系を守ってきた家守であり、香織も産まれたときから彼の世話になっている。もともとは香織の血縁だった……というか、ご先祖さまの家系にいた人で、死んでしまったのちに、家守となってこの世にとどまっている。家族以外の人に姿を見せたりすることはまずないのだが、 家のなかでは、まさしく香織の兄のように振舞っている……云々。
「なるほど……」
 非常識な話である――だが、じっさいに目のまえをフワフワ漂われたり、ひょい、と姿を消したりしてみせられては、その常識のほうがかすんでしまう。
「でもまあ、まだマシなほうかもしれないな? 香織の父親なんかは……たしか、二回ぐらいは気絶してたし、じいさまに至っては、悪霊退散とかわめいてたからなぁ」
 そう云って、愉しげに笑う織雪を見ていると、ますます博俊は自分の常識に自信が持てなくなってくる――そう、彼はまちがいなくそこに存在していたのだから。
「こいつなんかは、産まれたときから一緒にいるせいで、いまいち遊びがいがないんだが――瀬川くんだっけ? いやー、ひさしぶりに愉しませて――いてぇ!」
 調子にのって博俊をからかおうとする織雪の後頭部を、手近なところにあったクッションで、香織は思いっきり叩く。
「いいかげんにして! お兄ちゃん」
「あの、いいよ、望月。俺、気にしてないし……正直、ちょっと驚いてるけど、ほら! べつにヘンなことされてるわけじゃないし」
 ほとんど涙目になりかけている香織を一生懸命なだめながら、博俊は香織の手からクッションを取り上げる。
「瀬川くん……」
「その……さっきのことだって、びっくりして気絶したりしたのも、俺のせいなんだし……お兄さんは悪くないよ?」
 正直なところ、博俊にしてみれば、かなり情けない話だった――幽霊を見て気絶だなんて。
 いや、正確に云えば、幽霊とはちがうのだが……。
 それはともかく、いまは香織をなだめることが先決だった。
 このままだと……まずいことになりそうな気がしていた。
「でも……だって……!」
 そう云って、自分に向けられた香織のすっかり潤んでしまった瞳を見て、博俊は背中がすっと冷えるのを感じた。
  まずい……かな?
 博俊がそう考えたつぎの瞬間――
「うわぁぁん」
 ついに泣き出した香織が飛びついてきた。
  クッションをはさんで自分にしがみつき、泣きじゃくる香織を一生懸命なだめながら、博俊は、心の中で、そっとため息をついた。
これから、いったいどうなるんだろう?
そんな博俊の心とはうらはらに、のんびりと日曜の午後はすぎていった。

sec3.Fin

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