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18才で乗った原付はホンダのMB5でエンジンがうるさく、よく回った。つぎに購入したのが、中古のCB400Tで、バブの愛称で現在、呼ばれている。やかんタンク、座布団シートのいかにも鈍そうな外観だが、意外に速かった。それからXLR250Rを知人から7万円で購入し、しばらく乗っていたが、田舎にそのまま今も置いてある。10年はエンジンをかけていない。その後、ジェンマ50で満足していたが、最近また排気量の大きいバイクに乗りたくなり、カワサキのEN400を15万円で購入し、さらにもっと大きいのが欲しくなり、ぼろぼろのVZ750を12万円でネットで購入し、暇を見ては部品交換をしたり、磨いたりして、写真のようにきれいにし、さらにGPX750Rを9万円で購入した。なおVZ750もGPX750Rもカワサキが力を入れて開発したバイクだったが、まったく売れなかった。でもそういうバイクって、なんか愛着を感じる。 次は僕の今までの過ち(つまり事故)について書こうと思う。 今も運転テクニックは未熟だが、20代はそれに無知、無茶がついてまわったので、今から振り返ると信じられないようなことをしていた。
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事故VOL.1 実際には事故ではない。しかし、死んでいてもおかしくない体験だった。19歳か20歳の夏だったと思う。バイクはCB400Tだった。 その日、僕はアルバイトを終えて帰宅した。明日からは休みを取っていたので、帰省しようと思った。夜中の11時ごろ、バイクに乗り、約200KM離れた田舎の家に向かって走行をはじめた。深夜なので走っている車は少なく、快適に飛ばしていた。 峠を超えると、急に雨が降ってきた。 しかしカッパを用意していないので、そのまま走行を続けた。 そのうちに雨は豪雨となり、視界は非常に悪くなり、というより、見えない状態になった。 道筋がどのようになっているのか、道幅はどうなのか、そうしたことが黒いアスファルトの上で跳ねる水しぶきと蒸気でわからなくなった。 ふつうなら止まって雨がやむのを待つだろう、が、若くて生意気な僕は、そのまま高速で飛ばした。 前が見えないのに運転ができるわけがないと思われるだろうが、センターラインだけ、ヘッドライトの光に浮かんで見えたので、僕はそのラインの1メートルぐらい左を走り続けた。つまり視線を斜め下に固定して、前方をまったく見なかった。 今では考えられない走行だ。 しかし、運に恵まれていたのか豪雨は1時間くらいでおさまった。 目の前の視界が開けたことをいいことに僕はさらにアクセルを開けて、スピードをあげた。前方の信号が赤になったのがわかった。 しかし、今は深夜だ。こんな真夜中に車がいるはずがない、と捉えて、さらにスピードをあげて交差点に突っ込んだ。はっと気が付いて視線を横にしたら、真横に、今にも僕の顔にぶつかりそうに、トラックのヘッドライトがあった。僕は、そのとき、前方のガードレールが目にはいり、あそこに吹き飛ばされ、「死んだ」と思った。が、次の瞬間、僕の目は交差点を通過していくトラックの姿をミラーに映して見ていた。 あまりにもスピードを出していたがために接触を免れて、すり抜けたわけだが、本当にそうなのか信じることができなかった。 僕は、田舎の家につくと、祖母に帰ってきたことを伝えるために、祖母が寝ている仏間(仏壇が置いてある部屋)に行き、枕元にたって、「帰ってきた」とだけ言った。 祖母は、目をあけ、「そうか」と言っただけでまた眠ってしまった。僕は、自分がもしかしたら幽霊かもしれないと思い、頬を抓った。痛かったけれどまだ信じることはできなかった。しかし、とても疲れていて眠かったので、以前の自分の部屋にはいると寝てしまった。 朝、祖母が「本当にいるのか?」と心配そうな顔をして、覗きにきた。 「昨夜は幽霊が来たと思った。バイクが外にあったから本当に帰ってきたとわかったが、顔を見るまでは信じられんかった」 僕も同じ気持ちだったが、「何を言っている。俺は生きている。寝させてくれ」と相手にしなかった。 この暴走は運がよく無事にすんだが、今でもあの時、死んでいてもおかしくなかったと思っている。 |
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