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「無知とはおそろしいもの」
イスラエルは今も中東地域の紛争の火種となっているが、私が旅行した2000年ごろもゴラン高原で小競り合いを繰り返していた。 しかし、私は当時、ほとんどイスラエルという国のことを知らないまま飛行機に乗ってしまった。リュックサックの中には革命とか、過激派とかイスラムに関する本を入れていて、向こうについてから読んで、イスラエルのことを知ろう、と考えていた。(しかし、そうした本を読んでも今ではイスラエルのことがわかるとは思っていない) 他の多くの国に行ったときもそうだが、私は行き当たりばったりに旅行しているし、カメラは持っていかないので、多くのことを忘れている。 トルコ経由で、テルアビブに到着したのは覚えているが、そこからどのような交通手段を使ってエルサレムに行ったのかまったく記憶がない。しかし、バスだと思う。当時の私の信念を思い起こすと、そのようにしか考えることができないからだ。 信念 @カメラを持たないこと 理由:フィルムや他の媒体に刻むのではなく、直接大脳にメモリーしたほうが、鮮やかな記憶として残るから。 A富裕層が宿泊するホテルに泊まらないこと 理由:お金がないから。高級ホテルに宿泊すると、お金を持っていると捉えられ、身に危険が迫るから。 B飛行機など高価な交通手段を渡航した国で使わないこと 理由:Aと同じ。 Bの項目からバスを使用したに違いないと思う。それに距離も短い。(飛行機が飛ぶ距離ではない)私の記憶からこの区間の移動が消えたのは、頭の細胞が壊死したからだと思う。 私はそのようにエルサレムにどのような交通手段で到着したか覚えていないが、それから毎日、バスで移動したことは覚えている。先に記した信念から安全と捉えたわけだが、バスは自爆テロの対象にしばしばされていたことをまったく知らなかった。 さて、私はエルサレムに来て、何をしたかというと、いつものように適当に歩いた。エルサレムの丘に入ってから、出て、遠くから眺め、また丘に登って、今度は別の位置からはいったりした。 エルサレムには門があり、そこが丘の入り口になっていて、つまりエルサレムはひとつの大きな岩山の町のようなもので、中には「嘆きの壁」があったり、「ホロコースト博物館」があったり、商店街、教会、遺跡があるところだった。 教会はいくつかあり、自由に入れたので、私はある教会の中のロープで囲まれた場所を、「これ、何?」と思いながら眺めていた。 すると係員が走ってきて、「短パンに帽子姿でここに入るなんてお前はどういう奴だ!」というぐらいに怒られた。そしてロープで張られた中をさして、「マリア様のお墓だ」と説明した。 私は教会の外に追い出された。外に出ると、観光客が通りを歩いていたが、その服装をあの係員が見たら気絶するのではないかと思うぐらい、刺激的だった。 ホットパンツ姿で長い足をさらけ出し、金髪の髪を肩にたらし、タンクトップで、めちゃくちゃナイスボディの体の線を公衆に見せているのだ。片方の肩からショルダーバッグを垂らし、もう片方の肩には、な、なんと小銃がぶら下がっていた。どういうファッションなんだ? 私は目を疑った。 が、その携帯品に気が付いてから通行人を観察すると、他にもいた。これがイスラエルのファッションか、と私は唖然とした。 エルサレムでは岩にドアをつけて中をくりぬいたホテルに泊まった。安かったからそこに決めたのだが、部屋に入ってさらに驚いた。壁が岩肌そのものだった。なんか竪穴住居の住人になったようで私は気に入った。いつものようにドミトリーで他にもバックパッカーがいたが、話はしなかった。 さて、イスラエルという国は、地中海と紅海という2つの海に面しているのだが、私はテルアビブに到着した翌日に地中海の浜辺をぶらぶらと歩いて眺めていたので、もうひとつの海、紅海を見に行かなくてはいけない、という衝動に駆られていた。 移動手段だが、バスは安全だという固定観念を持っていたので、死海を見て、エイラットという南端の町に向かうことにした。かなりの時間だが、私はすでにエジプトではカイロからシャルムエルシェイク(エジプトにある紅海に接した町)まで砂漠の中を8時間のバス移動をしていたし、ミャンマーでは12時間をゆうに超えるバスに乗っていたので、時間は気にしなかった。(ミャンマーではいろいろとトラブルがあったから必要以上に時間がかかった、、、) バスでの移動での良いところは、景色が良く見えること、途中の町で休憩を取ってくれるので観光もできること。今回のは、死海で一時間くらいの休憩があった。 バスには、多くの乗客が乗っていたが、誰とも話さなかった。英語が得意ではないからだが、それよりも私の頭の中には、まだ昨日の光景が残っていて、「金髪女性が、ショルダーバックと小銃を持つのがエルサレムのファッションなのか?」ということをまじめに考えていたからだと思う。 エイラットは避暑地(リゾート)でもあるので、夏休みを利用して多くの旅行者がいたが、海外からではなくて国内の人が多いようだった。つまり例のファッションで歩いている人がエルサレムより多かったからだ。 私はエイラットに着くと、まず安いホテルを探してチェックインし、それからバスターミナルに戻って、どのようなルートがあるのか検討した。 そして、紅海沿いの道路を行ったりきたりするバス路線に集中的に乗って、この町を知ることにした。 さて、エルサレムでは女性のファッションに驚いていたが、ここにはさらにすごい格好をした男たちがいた。彼らは、軍服を着ていたのだが、道の脇に座り、マシンガンのようなものを三脚で立ててバスを待っていた。「これがイスラエルの男のファッションか!」と目を見張ったが、そんなはずはない。これは聞かなければいけないと真剣に考え始めた。 |
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