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*短編小説*

   『花さかじいさん』


 うららかな日差しがさす昼下がり、おじいさんとおばあさんは縁側に座って庭を眺めていました。

「今年は咲くやろうか?」とおじいさん。

「もう何年もたっとる木やで、わからんて」とおばあさんは答えた。

 おじいさんは、「そうやろか」と額の深いしわを伸ばして目を細め、

「わしがひとつ気合いをいれてやれば咲くだろう」

 そう言って腰を上げると庭に立ちました。おじいさんの目は鋭い光を宿し、老いた桜の木をしかりつけるようににらみました。

「おじいさん、何をする気ですか?」

 おじいさんは、

「待っておれ」と桜の木に言うようにおばあさんのほうを見ないで告げると、家の裏のほうに回った。もどってきたおじいさんは桶に灰をいっぱい入れていました。おじいさんは桜の木の下に立つと、

「枯れ木に花を!」と灰を一握りして上に放ちました。

 しかし、宙に舞った灰はゆるやかな風に吹かれておじいさんの禿頭と小さな肩に落ちてきました。おじいさんはむっとした顔をして、

「この生意気な桜めが、このわしに灰をかぶせるとは何事じゃ。ばあさんや、この木ときたらこの俺をこけにしよる。何が不満でこの俺に灰をかぶせるとや」と怒った。

「そうは言ってもおじいさん、それは風のいたずらっちゅうもんやて、あまり怒りなさんな。悪気があってしたことやないて」とおばあさんはいさめました。

「ふん、そんなことわからん」

おじいさんは幹に手をかけて登ろうとしたが、年老いた体に木登りは容易ではなく、足の立つ位置で木にしがみついているようにしか見えなかった。おばあさんは、

「おじいさん、危ない。そげなことして」と声をかけた。

「うるさい。お前は黙って見ておれ」と答えたが、おじいさんは顔を赤くして、

「待っておれ。ここを動くんでねえど」と枯れ木に命令してまた家の裏に回った。おばあさんは乗りだした身を引っ込めると腰のあたりを叩いて、

「おじいさんにも困ったもんじゃて」と呆れかえった。

 しばらくするとおじいさんが、息を切らして梯子を担いで戻ってきた。

「おばあさんや、どうや、これで」

「さすがはおじいさんや。頭が良いよって」

「ははは、これで怖いもんなしや」

 おじいさんは梯子を桜の木にかけると、「よいしょ、よいしょ」と声をかけて登り始めました。梯子の中ほどに来ると、おじいさんは、先ほどにもました大声で、

「枯れ木に花を!」と灰をまき散らしました。

 その晩、

「どうや、おじいさん、桜の花、咲くやろうか?」とおばあさんが聞いた。

「わからんが、明日も灰を撒いてやる」

 おじいさんは決めたことは実行する頑固な性格でした。

それから毎日、「枯れ木に花を」とおじいさんは灰を撒きましたが蕾はつきませんでした。おばあさんが、

「やっぱり駄目やったね」と縁側に座って言うと、おじいさんは目を細めて桜の木を見つめてから、

「気合いがはいっとらんからじゃ」とそっけなく答えた。

「そうかね。なんだかどんどん元気がなくなっていくように見えて……」

「何をいっとるんじゃ。たかが枯れ木やないか」とおじいさんは怒りを殺して言った。

「そうやけど……」

その晩、いつもにもましておじいさんはおばあさんを責めたてました。「もうやめてけれ」とおばあさんが哀願しても曲がった腰に抱きついて力を込めて励みました。

 そして朝、おばあさんは布団の中でいつまでも体を海老のように曲げて動きませんでした。おじいさんは、

「何をしちょる。ほれ、うごかんかいな!」と目に涙をためて怒鳴り続けました。

 お葬式は息子夫婦や孫達がより集まってつつましくおこなわれました。

「おやじも寂しくなるけれど、どうする、これから?」

 息子が心配して言うと、おじいさんは、

「お前らの世話にはならん」と、一蹴した。

 お通夜と告別式を終え、それからいろいろと手伝ってくれたご近所への御礼の挨拶まわりがすんで、おじいさんは、家に戻ってくると一人になったことを実感しました。

 その晩は酒を飲み、額に入ったおばあさんに、

「ばあさんや、骨になってしもうたな。寒かったらわしが暖めてやるでな、いつでも言ってくれ」と語りかけ、おじいさんのつぶらな目から大粒の涙がこぼれて畳を濡らしました。

 次の日の朝、おじいさんが縁側の戸を開けるとそこには見事に咲きそろった桜がところせましと枝をひろげていました。

「な、なんや」

 おじいさんは絶句しました。

 それはあまりにも美しく、光り輝いていました。

 おじいさんは言葉にできない怒りに身を震わせると、裏口に回って手に斧を持って桜の木の下まで来ました。熱く胸に押し寄せてくるものを喉もとでこらえ、

「どうするか、見ておれ」

 そう言うと、曲がった腰にぐるっと巻き付けるように斧を振って桜の木に一撃をくわえました。

 鈍い響きが体中に伝わり、ヒラリヒラリと桜の花びらが目の前に落下しました。その花びらを追うようにおじいさんの黄色くなった目は移動し、そして、そのまま止まりました。腰の骨がズレ、痛みが体中の間接を唸らせました。

 幹に斧を打ちつけたまま、おじいさんは息を引き取るまで、華麗に舞う花びらを見続け、心の中では、

「わしはお前には負けんぞ」と言い続けていました。

                       完  

              

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