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*短編小説*
<『河童』>


 村に一人暮らしのおじいさんがいた。住んでいる小屋は村はずれの山の麓で、その小屋の裏には池があり、潅木や折れ曲がった竹がまるで死んだ女が首を曲げて長い黒髪をつけているように刺さっていた。

 村人からは偏屈な老人だと言われ、嫌われていた。

 が、子供たちの中にはそうした悪い評判を気にしない者がいた。今日、一人の少年が訪れた。

「ねえ、おじいさん。河童って本当にいるの?」とヒロシという名前の少年が聞いた。

「ああ、いるとも」

 おじいさんは、ヒロシの頭を節くれだった手で撫でながら答えた。

「おじいさんが僕ぐらいの時にはよく村に現れたものさ」

「ほんと?」

「ああ、ほんとだとも」

 おじいさんは河童の姿を説明した。ヒロシは翌日、友達に、

「昔は河童が本当にいたんだぞ」と興奮して喋った。

「カッパって何や? 寿司なら食ったことあるぞ。だけど、やっぱ寿司は中トロや」

 タロウという肥満体型の少年が言った。

 ヒロシはおじいさんから聞いたことを話して、河童の姿を描いた。

「こんなのが本当にいたのか?」

 友達の中では一番背が低いけれども、一番ませているマサルが大きく目を見開いて驚きの声を上げた。

「馬鹿、いるわけないだろう」とカズオという背の高い少年があきれ返った。

 そのように存在を否定する意見もあったので、さっそくみんなでおじいさんの小屋に行くことになった。

 少年たちがおじいさんの家に行くと、おじいさんは機嫌よく、

「そうじゃよ。昔はおった」と話しはじめた。

「よくこの家の裏で水遊びしておったものじゃ」

「どんなふうに?」とカズオが聞いた。

「とっても泳ぐのがうまいからの。潜ったり、飛び跳ねたり、水をかけあいながら遊んでおった」

 すると、マサルが、

「そんなの嘘だ」とおじいさんを睨んで言った。「河童は作られた話だと姉ちゃんが言ってた」

 マサルは昨晩、ドアをノックしないで姉の部屋に駆け込み、河童の話をして、

「お前はアホやな。そんなの、いるはずないげ」と頭をグラビア雑誌で叩かれたものだからその腹いせで怒っているのだった。姉はその時、男性ファッション雑誌に載った日焼けした男の凛々しい表情にひきつけられ、机の下に手を伸ばして慰みごとをしていた。

「ほんとなの? おじいさん」

 ヒロシが心配そうな顔をして尋ねた。

「うん?」と困った顔をしておじいさんは顎を捻り、だがやはりヒロシのけなげな瞳に負けてしまい、

「いや、ほんとだ。わしがこの目で見たんじゃからね」と答えた。

「じゃ、何故、今、いないんだ?」とマサルが食い下がった。

「うん、それはな、それは澄んだ水がなくなったからじゃよ」

「うちの水は綺麗だ」とタロウ。

「いや、水道の水ではいけないんだ」

「じゃ、井戸の水では?」

 タロウが続けて言った。

「うん、それならいいかもしれないが、最近は井戸も見かけんからのう」

「じゃ、プールは? 人間が泳げるのに河童が泳げないはずはない」

 カズオが言った。

「うん、そうじゃの。しかし、河童はとても恥ずかしがりやだから、みんなの前に出ることができんのじゃ」

「じゃ、どこかに隠れているの?」

 ヒロシが聞いた。

「そうじゃ」

 ようやく話が落ち着きそうになり、おじいさんはほっと胸をなでおろした。

「でも、たまには村に来るよね、おじいさん?」

 ヒロシも面目を保つことができてほっとした。

「うん。河童といえども何か食べなくては死んでしまうからの」

 おじいさんはヒロシの頭を撫でた。

「でも一度も見ていないぞ」

 マサルが言った。

「それはの、河童は夜でないと外には出ないのだ。恥ずかしがりやだからの」

「夜になるとスーパーはしまってしまうぞ」

 カズオ。

 おじいさんはせっかく遊びに来てくれた子供たちの夢を破りたくなかったので、

「そうじゃの。だけど河童は人の姿になることが出来るのだよ。だからスーパーで見知らぬ人を見かけたら、わかるだろう? それから夜はコンビニにも行くかもしれんのう……」

「ほんと?」

 とたんにタロウまで目を輝かせた。

「じゃ、もしかしたら僕たちも河童に会っているかもしれないんだ」

「そうじゃよ」

「嘘だ」とマサルが言った。

 おじいさんはあからさまではないが、不快な色を深く刻んだ額のしわに表して眉をしかめた。

「それじゃ、内緒だがの」と子供たちを手で寄せて集め、

「おじいさんは本当は河童なのじゃ。でも、誰にも言ってはならんぞ。いいか、これはおじいさんとの約束だぞ」と言った。

 ヒロシとタロウの目はさっと輝きはじめたが、マサルとカズオの目は曇った。

「さあ、だから約束してくれ」とおじいさんは小指を立てた。

「指きりげんまじゃ」

 マサルとカズオはしぶしぶであったが、指を前に出した。それが終わってから、

「おじいさんってすごいんだな」とヒロシが言った。

「河童は力が強いの?」とタロウ。

「うん、強いとも」

「でもおじいさん、河童ってやさしいんだよね」とヒロシは片目をつむった。おじいさんは皺のよった顔に微笑を浮かべ、

「そうだとも。河童は優しくてな。人間の味方なんだ。ただし」と、人差し指を立て、

「河童は正義の味方だからの。嘘をついたり、悪いことをするものにはいたずらをする」

 おじいさんは片目をつむってヒロシのほうを見た。

「どんなこと、するの?」とマサルは心配になって聞いた。

「うん、河童は力があるからの。水の中に引きずりこんでしまう。昔は大きな馬でも引かれたものじゃ」

 しばらくして子供たちは帰った。おじいさんは、

「よかった。子供たちに夢を与えることが出来た」とつぶやいた。

 しかし、二人の少年は帰るとき、とても気分が沈みこんでいた。マサルが、

「俺、姉ちゃんのパンツ、内緒で頭に被ったことあるけど、あれ、悪いことやろか?」と言った。タロウは、

「俺、昨日、父ちゃんが隠していたビデオ、見たんやけど」と告白した。カズオは、

「たいしたことない。オレなんか、妹を裸にしてあそこ、触った」と言った。タロウが、

「悪いことをした人間に河童はいたずらするそうだ。水の中に引きずり込むとおじいさんが言っていた」と言うと、マサルとカズオの顔は青ざめた。二人とも泳げなかった。

 そこで悪いたくらみがヒロシを除く三人でされた。タロウが河童の弱点を調べてきた。

 そしてある夜、河童退治のための計画が実行に移された。トンカチを持った三人が小屋に侵入した。まず一人が寝ているおじいさんの頭を叩いた。あいにくおじいさんの頭は禿げていて、それが河童の弱点である頭の皿に似ていた。おじいさんは目をぐいっと見開き、

「うっ、うっ、うっ」と呻いた。その表情が今までの穏やかなおじいさんとはまったく違うものだったので、少年たちは河童が姿を見せたと思った。さらにトンカチを振り落とすとおじいさんは人差し指を立て、それを動かして、間違っていることを伝えようとしたが、痙攣が始まり、やがて息を引き取った。

                       完

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