2005/12/30 大阪ビジネスパーク円形ホール Bブロック4列14番
演出 吉澤耕一 構成 白井晃 台本 高泉淳子
年末恒例。今回の席が素晴らしく見やすいよい席で嬉しかったんですけど、そういえば私いつもAブロとBブロを行ったり来たりしていてCブロに座ったことないな〜。Cブロックも座ってみたい。
今回のゲストが音楽家のパトリック・ヌジェ氏で、メインの「恋と料理は言葉を越えておいしくなる」がいつもと違う空気になっていて面白かったなあ。すごくよくできた台本ですよね(ハルミとルミとか、うまいなあと)。必死でフランス語メニューを喋る白井&陰山両氏がおかしくておかしくて。
去年のROLLYの時もそうでしたが、音楽を本業にしていらっしゃる方がvisitorでいらっしゃるとSHOW TIMEの厚みがぐっと増しますよね・・・。ピアソラへのオマージュがこめられたvie violenceが素晴らしかったですよ、もう。涙が勝手にぼわああっと滲んできてしまいました。こういう風に毎年毎年、味わう感激が違うというのもアラカルトの大いなる魅力ですよねえ。
SHOW TIMEといえばペギーさん、そしてセルジオ。ペギーさん、今年もすごい花束でした。「去年長い間奏を作ってそこで花束もらおうとしたけど大失敗だった」そうで(自分がどこを歌っているのかわからなくなったそうです)、今年は花束贈呈タイムが設けられておりました。セルジオについてはもうなにも言うことはないです。最高。「ちなみにこの髭書いた髭」で笑い死にました。
レストランを訪れる人たちはお馴染みの人たちばかりで、その風景もお馴染みのもの。でも、観ているこちらのその時の心情や状況で、以前見た風景が違って見えてくるんですよね。
人生は急がずに、ゆっくり味わって。
来年はどんな風景が見られるのか、今から楽しみです。
2005/12/24 ARTCOMPLEX1928 全席自由
構成・振付・演出 近藤良平
個人的に3年ぶり?のアートコンプレックスでのコンドルズ。いやもう超満。さすがにここでコンドルズを観るのはもう限界かと思うほどの人の数。でも、ここで観るコンドルズがやっぱりすごく好きなので頑張って続けて欲しいのであるよ〜。
今回はちょっといつもとパターン違うような?人形劇なかったね。私は人形劇激しくどうでもいいので嬉しい方向転換ではあり。途中「?」という場面が2つほどあったのはなんだったのか今でも謎ですが。
近藤さんはこないだのTOP OF THE WORLDに比べて断然出番が少なかった・・・ショック。ソロ公演があったからかな?でも、近藤さんがでていたら私は絶対に近藤さんを見てしまうので、そういう意味では今回かなりいろんな人のダンスを注視できたので新鮮だった。最近お気に入りなのが青田さんと鎌倉さんなので特化して見てみたりとか。わはは。
今回の「芝居ネタ」であるところの「漫画研究会vs漫画同好会」のネタがツボ過ぎてちょっと笑いすぎてしまったかもしれない。あれはネタがわかる人とわからない人で楽しさは全然違うだろうが、でもネタなんてわからない方が概ね幸せな人生を送れるのではないかと思ってみたりするクリスマスイブである。高橋さんが「キシリア」というだけで次になんの台詞が来るのかソラで言えるような人生は素人にはおすすめできない。
両同好会の部長同士の対決がこれまた渋くて格好良く(あんな台詞なのにな!)、高橋さんの本物のヲタクとはこうだ!な炸裂ぶりも凄まじかったが、もともとフェミニンなタイプだという鎌倉さんの少女漫画ヲタクっぷりがはまりすぎていて笑い死んだ。あのキャラは是非どこかで再登場させて欲しいものである。
という感じで散々爆笑させた後、ほんの1分ほどのシーンでそれら全てをセンチメンタルなものに変えてしまう小林顕作さんの脚本&演技力にもしてやられました。
そういえばそのコントのなかでキテレツヲタクをやっていた藤田さんが、その直後のダンスシーンで髪を下ろしたまま踊るのが妙にセクシーでどきどきしたわあ。髪をくくっている印象のほうが断然強いってのもあるんでしょうけど、なんというか眼福!な感じでした。大阪でTOP OF THE WORLD観たときにすごく好きだったOASISのLylaを使ったダンスがまた見れたのも嬉しかったなあ。
アートコンプレックスの奥の舞台に、白いシャツ姿のメンバーがずらっと並んで出てくるところなんて、ため息ものの格好良さ。ここの白い壁とコンドルズの相性ってほんといい。満喫しましたです。
2005/12/21 大阪芸術創造館 全席自由
作・演出 青木豪
とある線路の終着駅にある町。駅前にある理容室は電車待ちの人たちの喫茶スペースも兼ねていて皆の格好のたまり場に。その店を経営している主人の兄が、町の小さな祭りを口実に突然帰郷してくる。予期せぬ来訪に戸惑う人々。そこへ、とある事件が起きて・・・。
人生のなかできっと誰もが経験する、絶望と救済の一瞬を、見事なまでに表現しきった舞台。これは確かに傑作です。
設えられたリアルな理容室のセットの中で、これまた自然に会話を積み重ねていく役者達にあっという間に引き込まれます。登場人物達の何気ないエピソードが自然に提示されるのがなんともうまいのです。
一見和やかな地方のコミュニティに見える彼らの中に、猜疑心や身内ならではの割り切れなさ、そして地方都市独特の閉塞感が見え隠れしてきて、後半は何気ないシーンでもあまりの緊迫感に息が詰まりそうになりました。
そして素晴らしいのは、その緊迫感のなかに信じられないぐらい美しさを感じるシーンが織り込まれていることで、多くのひとがそうだと思うのですけど、峯村リエさん演じる充恵と中野英樹さん演じる茂が、ウクレレのムーン・リバーでフラダンスを踊るシーンは本当に言葉にならないほど「きれい」だと思ったシーンでした。
人生には「もうどうにもならない」と思う瞬間があります。私にもあるし、他のたくさんのひとにもあるでしょう。それぞれが抱える問題がどんなものなのか、というのはこの際問題ではなく、そう感じてしまう瞬間がある、ということが大事なのです。この芝居の中で、突然帰郷してくる兄、茂はそういう瞬間に見舞われてしまいます。道が見えず、自分の居る場所はどこにもない。誰も自分を必要としていないと思う瞬間に。鏡の前で突然に彼が慟哭してしまう気持を思うと、今でも涙がこぼれてきそうです。
だからこそ、そのあとの偶然の救済が本当に胸に沁みるのです。私は庄司薫さんの「赤頭巾ちゃん気をつけて」が人生のバイブルと思うほどに大好きなのですが、笹野さん演じる百合ちゃんがカナリアイエローの紙袋をもって現れたとき、ああ、これは赤頭巾ちゃんのカナリアの女の子だ、と思ってしまい、そこからもう涙が止まりませんでした。百合ちゃんは茂を助けようと思って助けたのではなく、ただ二人は自分の傷をそっと見せあっただけなのだけども、だからこそ茂は一歩だけ階段を上ることができたのだと思います。
役者の方々の、誰、というのをあげるのを躊躇われるほど皆さん適材適所で素晴らしい。弟役の永滝さんなんて、MOPで何度も拝見しているはずなのに、すいません「この役者さん素敵だわあ」とか思ってました。お名前見てびっくりですよ!峯村さんも、見慣れたナイロンでのお姿とは一味もふた味もちがうしっとりした美しさに惚れ惚れ。そしてなんといっても、百合役の笹野鈴々音さんと、茂役の中野英樹さんが素晴らしいです。笹野さんのキュートさに救われたし、中野さんの体現するひりひりした孤独感は身につまされました。
「事件」があまりにもタイムリーに過ぎて、どうしたって現実の事件が頭をよぎってしまうわけですが、ある意味不幸なこのタイミングを乗り越え、まったく違う着地点をきちんとみせてくれた手腕にひたすら感じ入りました。
2005/12/15 新神戸オリエンタル劇場 1階M列34番
構成・演出 小林賢太郎
ラーメンズ・小林賢太郎さんのソロコントライブ。配られたごあいさつの文章がなかなかに格好良い。
NO CONTE,NO LIFE.
コントしかできませんが、コントには何でも出来ると信じています。
非常にクレバーな、「知的遊び」といった趣の舞台でした。がははは、と笑って笑ってしまうというよりは、ほっほ〜、やるなあ、なるほどね、といった感想が先に来ますね。ラーメンズでももちろんそういった面はありますが、片桐さんが持っているようなある種の不条理さが小林さんはちょっと薄い。ラーメンズにある「不思議な世界にいきなり連れて行かれる」感じよりも、テクニカルな技が堪能できるコントライブになっていたなあと。
以下は勝手につけた仮タイトル。
「けだものだもの」「親切心」「アナグラムの穴・前編」「スポーツの不思議」「ハンドマイム」「アナグラムの穴・後編」「お好みの味」「ポツネン」
いちばん好きなのはなんと言ってもラストの「ポツネン」。素晴らしい!!図形と自分「ひとり」をあそこまで活かせるそのアイデアに脱帽です。オチも大好き、本当に吸い込まれる感じがしたもんなあ。
「けだものだもの」は非常にラーメンズ的というか、オチが読めるというか(笑)、もうひとひねり欲しかったかも。
「ハンドマイム」「アナグラムの穴」はソロライブならではの面白さ。小林さんの描く絵が絶妙に可愛いのがまたずるい。ハンドマイムはなんてことのないアイデアなのに見入ってしまいました。映像の良さももちろん◎。
アナグラムの穴では小林さんの美しい手さばきが拝めるのも、ヲタ的にはおいしいところでした。
カーテンコールで日替わりアナグラムがあるようで、私の観た日は「ろっこうおろし」で、
「お、ろっこうしろ」
で、出してきた絵は新幹線(?)の座席の6つ後ろからパンダが覗いている絵でした。
すげー可愛かったです!
2005/12/12 梅田芸術劇場メインホール 1階4列34番
潤色・演出 ジョン・ケアード トレバー・ナン
本日のプリンシパルキャストは以下の通り。
ジャン・バルジャン 山口祐一郎
ジャベール 岡幸二郎
エポニーヌ 新妻聖子
ファンテーヌ 井料瑠美
コゼット 西浦歌織
マリウス 藤岡正明
テナルディエ 佐藤正宏
テナルディエの妻 田中利花
アンジョルラス 坂元健児
今まで東宝ミュージカルは「エリザベート」「ミス・サイゴン」しか観ていないですけど、レミゼはやっぱり格が違うというか、完成度の高さをひしひしと感じました。長く多くの人に愛されているのがわかる気がします。
せっかくなので、山口祐一郎さんをぜひ拝見してみたい!というのと、サイゴンで拝見した岡幸二郎さんが観たかったのでこの組み合わせの日を狙ったのですが、ストイックな色気に溢れた岡さんのジャベールがすっごいツボでした。というか、役柄的にジャベールの方にどうしても惹かれてしまうところがありますね〜。内野さんも確かジャベールやったんですよね?ああ、観たかったかも。歌はSTARSが印象に残りましたが、「自殺」のシーンの演出、思わず「うまい!」と唸らされました。岡さん、群衆の中にいてもひときわ立ち姿がよく、あの軍服に「着られてる」感が微塵もないのが素敵です!
バルジャンの山口さん、個人的にすごい声量でどかどか押しまくる人を勝手に想像していたんですけど、むしろ繊細な(でも伸びのある)歌声に驚きました。歌い上げるような曲よりも、「彼を帰して」の優しさが最も印象に残りました。泣けました・・・。
ファンテーヌ、コゼット、エポニーヌなども名前は知っていながら、三者の関係ってこうだったのね〜と。エポニーヌのON MY OWNはさすがに聞いたことがありました。テレビかどこかで島田歌穂さんが歌ったのを聞いたのかなあ。切ない歌ですよね。あとこのシーンの照明がすごく良い!窓の明かりと一人で佇むエポニーヌの対比が切ない。
バリケードのシーンでガブローシュが死んでしまうところ、前述の「彼を帰して」、バリケードの中でのバルジャンとジャベール、バルジャンを見逃すジャベール、などのシーンが印象的。曲はテナルディエの歌なんかも好きだけど、やっぱり民衆の歌がいちばん好きかなあ。最後のシーンに切ないながらも明るさがあるのが、このミュージカルの良さなような気がします。
見終わったあとCD欲しいなあと思って物販を覗いてみたんですけど、種類がありすぎてもうどうしたらいいのやら。内野さんのジャベールは聞いてみたいし、山本耕史くんのマリウスも興味あるし、森公美子さんのテナルディエの妻とか高橋由美子ちゃんのファンテとか吉野さんのアンジョルラスとかいやここはやっぱり鹿賀-滝田ラインを聞いておくべきなのか!?とか、頭がぐるぐるしちゃって結局買ってません(なんだそりゃ)。というか、ほんと1回見ると他のキャストが気になっちゃってついつい公式のキャストスケジュールとかじーっと見てしまうっていう。ああおそろしや東宝の罠!
2005/12/10 青山劇場 XC列23番
作 洪元基 演出 岡村俊一
舞台は古代韓国。一国の王であるエビ大王は、天命を終えたとして迎えにやってきた使者に対し「息子をもうけるまでは死ねない」と懇願する。息子をもうけるまで命を長らえさせるかわりに、1日30人の民の命が喪われることになっても、エビ大王の自分の血統を繋げていく執念は揺らがない。一方、待望した男ではなかったといって生まれてすぐに捨てられた娘のパリテギは、船頭夫妻に拾われるが、波瀾万丈の人生が彼女を待っていた。
「殺してはならぬものを殺し、交わってはならぬものと交わる」というオイディプスの物語や、因縁因習、予言、思わぬ血のつながりなどがシェイクスピアを彷彿とさせます。しかしこの「男子」への執着、「血統」への執着、三種の神器などの力の象徴、そういったものはアジア的というか・・・韓国と日本、ふたつの国の根源が近しいことを改めて感じさせられました。
女、娘というものを徹底的に差別するエビ大王の発言の数々や、分断された国家など現実とリンクして思いを馳せてしまうシーンも数々ありました。だって、私達だって「女性天皇」は構わないが「女系天皇」には問題があるんじゃないかと大真面目に全国紙が論じる国に住んでいるんですものねえ。
細部が云々というよりも、脚本の根源に「今の世界への問いかけ」というものがしっかりとあって、熱い脚本だなあと、さすがTEAM ARAGOTOだなあと。
「筧さん」で「荒事」だから、舞台を所狭しと走り回り、女、女!けだもの、けだもの!な筧さんを想像される方も多いと思いますが(どんなイメージなんだ筧さんって)、今回は年老いた王、横暴かつ傲慢な専制君主であるエビ大王を演じているので、今まで筧さんが演じてきた役柄とはかなりラインの違うものです。「動」より「静」と言いましょうか。
以下はネタバレのうえかなりヲタ的たわごと、といった部類に含まれるのでお好きな方のみどうぞ。
自分の娘達に投げつけるこれ以上ないほどひどい言葉や仕打ち、己の血を残すことのみに専心する妄執、取り憑かれたような王の姿、王位を追われ老いさらばえそれでもまだ血統への執念を見せる狂気、そういったものを重厚に演じきる筧さんに見惚れました。いやあかっこよかった。私は筧ヲタなので普通の人ならエビ大王に腹を立てるところでも「ああ、こいつ最低なのに筧さんカッコイイ」とわけのわからない陶酔の仕方をしていたので自分でもちょっと病気だなと思いましたね。そして相変わらず台詞が完璧、言いよどむどころか、噛みさえしなかったですよ、相当の台詞量だけども。その台詞量を「こなしている」感は微塵もなく、すべてがちゃんとエビの台詞として吐き出されているのがまたすごい。さすが稽古初日にすでにホンを手放していた男!
それでもまだ終盤のとあるシーンまでは、芝居全体の流れに集中していたというか「筧さんさすがだな〜」とある意味冷静に観ていましたが、自分の息子を生むと予言された女が自分が捨てた娘だと知ったその時の慟哭がすごい、とにかくすごいのです。大声を出して嘆くのではなく、大仰に顔を歪めるのでもない。彼は声も出さず、産まれた子に着せた産着で顔を隠して泣くのです。あれだけの動きで、エビ大王の後悔と運命の残酷さを一瞬にして観客に伝えきる。「届く」芝居ってこういうことだよなあと、今になればそう分析も出来ますが、正直私はこのシーン以降筧さんしか見えない「筧利夫ひとりブルースクリーン状態」に陥ってしまうほどこのシーンにしてやられました。
重厚に舞台の芯を勤める筧さんに対して、日直使者&月直使者の河原雅彦・橋本じゅんコンビが時には軽妙洒脱に、時には人外の残酷さをもって緩急をつけてくれるのが良かったですね〜。岡村演出って結構笑いを取ろうとして失敗していることが多いけど、この二人だと遊んでいても安心感があるというか、なにより客をつかむのが断然うまいのでずいぶん助かっているなあと。幕間がわりのショーみたいなやつは大好きですよ、ちなみに。あそこまでバカバカしいと逆に好き。
佐藤アツヒロくん、殺陣の華麗さに舌を巻きました。すばらしい!物語後半で出てくるときのビジュアルがすっごくツボでした。格好良かったの〜。もっと「男臭さ」というか、オスな感じが出てくるとまた違う末将勝になりそう。伊達さん、結構特殊な役柄ながら熱演でしたねえ。こぐれさん、最後に出てきた役(鉄器を作っていた男)が格好良かった・・・新感線ではもうずいぶん見かけることがなかったこぐれさんの格好良い姿が見れて満足。パリテギのサエコさん、末娘の佐田真由美さん、どちらもなかなか頑張っていらっしゃったです。パリテギはもうちょっと状況の変化に応じて表現に違いが欲しいところ。佐田さんの凛々しさは結構買いかな、個人的には。
観る前はいろいろ不安材料もありましたが、思った以上に「出来上がっている」という感じなのがよかったです。やっぱり筧さんは舞台の人だな、と。あと私チケ取りに気合いを入れすぎて前方席しか持っていない(それも全部2列目とかそんなん)んですけど、舞台セットや特殊効果が青山2列目だとまったく見えないに等しかったので後方席でも1回拝んでおきたいのだがどうしたらいいのでしょうか。って知るかそんなこと!
2005/11/27 松下IMPホール M列5番
作・演出 わかぎえふ
千秋楽にお邪魔してきました。
暗転してから芝居がはじまる前にスクリーンに次回の公演情報が出た。映画の予告編?(笑)
ちょうどクライマックスを迎えた大河ドラマ、義経&頼朝あたりを題材に、「香り」を読む男と「運命」に従ったり逆らったり操ろうとした連中のお話。
「時の男」と名付けられた割にはその「時」っぷりがいまいち生かされていなかったような気がする。劇的な運命を創り上げようとして、劇中での事実が私達の知っている史実に近づいていくとこなんかはうまくできてるなと思ったのですが、茜子を経正のところへやるのが図らずも運命を動かしたように、もう一人の運命のコマ、義経にも「時の男」が関わってくれた方が良かったかなあと。最後の頼朝への仕掛けは「時」というほどでもないしね。
いいなあと思ったシーンはダントツで義章改め義経関連のシーン。茜子ちゃん歓迎ダンスや、兄弟の再会シーンのわざとらしさを逆手に取った作り方も好き。最後の茜子ちゃんに送るエール、よかったなあ。
時系列としては平家全盛のころから、頼朝が天下をとるまでやるので、どうしても入り組んでしまう背景説明を赤麿さんと青麿さんの二人に託していたのもなかなか良いアイデア。楽しかったし。ピクニックのシーン、面白かったなー!
粟根まことさんは京の陰陽師で、なかなかおいしい役所だったのではないかと。頭脳派の悪い人って役、一番の得意分野だと思うのだが、最近新感線ではあまり見ていなかったので超満足。いろいろ遊んではりましたね・・・(笑)及川さんと二人のシーンでお互いの友達の少なさ暴露しあったり慰め合ったり、男はみんなクラリス好きだ!と吠えたり、楽しかったです。途中「ここでこの芝居の折り返し地点です」「休憩はありません」というところで、なんかいきなりピスタチオのパワーマイムのようなやり方で赤麿青麿を紹介したのがおもろかった。
とはいえそんな面白シーンもさることながら、死にっぷりがこれまた見事で見事で「うう〜んやっぱ一味違うぜ!」というぐらい圧倒的だった。最後の絶叫、よかったわああ。
リリパっていつもパンフが値段に見合ってない気がして買わないんだけど、今回は今まで拝見したことない方で、いいナーと思った役者さんが何人かいたので買ってみた。が、配役紹介がない・・・。チラシの中にも挟んでなかったっすよね?私だけ?初めて出会う俳優の顔と名前を一致させる、って次の舞台に足を運ぼうと思うこれ以上ない起爆剤になるので、是非ともペラ紙一枚でもいいから欲しいです・・・。というわけで自信がないのですけど、義章をやっていたのは森崎正弘さんという方でOK?そして伊勢平次は上田宏さん?どちらも素晴らしかったです。殺陣も皆お見事でした!
カーテンコールでパラパラを踊ってくれるんだけど、まったく無表情でパラパラを踊る粟根さんがかなりツボにはいってしまいました(笑)
2005/11/22 ART COMPLEX 1928 D列5番
作・演出 土田英生
久しぶりのMONO本公演。ちなみに次回の公演は2007年の2月だそうです・・・遠っ!
ある城壁の前の5人の衛兵たち。彼らはその城壁を守っている。だが衛兵たちの中にひとり、自分達の存在に疑問を投げかける者が出てきた。果たして彼らはなんのためにそこにいるのか?
上演時間65分。超コンパクト。でありながら、ぎゅっと中身の詰まった公演でした。題材やシュチュエーションは限りなく不条理劇のそれでありながらも、目の前で起こっていることはいちいちリアル。寓話的な物の見方はいくらでも出来そうなんだけども、答えは提示していない。どうとでも考えられそうなところが、終わってからも楽しめる。
微妙な間や微妙なトーンで笑いを生んでいくところがさすが気心のしれたMONOのメンバーだなあという感じ。人それぞれ笑いのツボは違うでしょうけども、私はかなりツボでした。「自主性」のとことか、めちゃめちゃ笑ったよ。充実した観劇でした。
2005/11/21 岸和田浪切ホール 12列33番
「蝶の道行」
今年の八月に染さま&孝太郎さんがおやりになったのを歌舞伎座で拝見しております。衣装の感じや、サイケデリックな背景なんかも変えていたし、あと振付も・・・もしかして違います?(自信なし)
大抵踊りを見るときはほんとうに勘太郎くんに集中しちゃうんだけど、なぜか前半、七之助くんの方ばかり目がいった(なぜかってことはなかろう)。ちょっと妖しげな雰囲気がすごくあっていたなあ。後半一人で踊るところあたりから、勘太郎くんも盛り返していたけども。
でも正直なところ、乗り越えるべきハードルをクリアしている、とはちょっと思えなかった一幕。
芸談
トークショー(笑)。司会のおねいさんのテンションが高くて最初ちょっとビビリました。こういう場ってなんか居たたまれないものだなあ!とか思ったり。お話のなかで印象に残ったのは二人だけの公演で、見てくれる人が居ないので自分達でやりながら、もうひとりそれを観ている自分、を意識しなければならないところ、という勘太郎くんのお話。演出家のいない歌舞伎ならではの大変さだなあと。
あと今後の予定も仰ってました。今日発表になったとおり、勘太郎くんは三月にパルコで三谷幸喜さんの歌舞伎に、七之助くんは三、四月とコクーン歌舞伎にご出演。渋谷という街にふたつも歌舞伎が同時にかかる、しかも演目も共通点がある*1とのことで、面白いリンクがあるのではないかとのこと。
あ、あとご兄弟に密着したテレビ番組が12月19日に放送される予定だそうです。
「妹背山婦女庭訓」
中村屋お弟子さん+澤村藤十郎さんのお弟子さんで送る一幕。話の中で男一人を巡る三角関係が展開されるので、わかりやすく見てられた感じ。苧環ってああいうやつのこと言うんだ・・・とか思いつつ拝見してました。時折、今舞台の責任取ってるの誰!?と言いたくなる時間が舞台上に出現するのがちょっとなあ。
「団子売」
蝶の道行に比べると、断然安定感のあった一幕。二人ともイキイキしてた。特に勘太郎くん、見事でした!楽しい気分で終わってくれたのがよかったです。
2005/11/19 兵庫県立芸術センター中ホール N列28番
作 ベルトルト・ブレヒト 演出 栗山民也
「わが国では何度も繰り返し上演されてきた人気作」 か・・・(公式サイトより引用)。知らなかった。まだまだ勉強不足ですなあ。休憩時間20分をはさんで上演時間約3時間。
これだけ豪華なキャストで5000円で観れるというのはすごくお得かもしれない。メインである大竹しのぶ、山崎一、福井貴一、秋山菜津子の4人はいずれも達者であるのはいうまでもないけども、中嶋しゅうさんや梅沢さん、岡森さんなどその他にも錚々たる顔ぶれ。
しかしキャストがいいので見てはいられるけども、個人的にはどうにも引っかかるところがなかった。中盤で山崎一さんが「戦争はなくならない」という話を語るシーンがあるが、そこが自分の中ではいちばんの見所だったかな。
折々にこれからはじまるシーンを解説するナレーションがはいるんだけど、私はあのナレーションがない方がいいな、と思いました。
美術がすごく良くて、誰だろう、と思ってみたら松井るみさんだった。グラウンド・ゼロを彷彿とさせる荒涼とした風景で、それが自在に変化していくのが見事だったです。
2005/11/18 シアタードラマシティ 8列14番
作 後藤ひろひと 演出 G2
2年半のスパンでパルコ+G2版再演。
霧の中、ある屋敷に迷い込んだ男女は、その屋敷の主から不思議な話を聞く。昔、ある街で奇妙な病気が流行する。異様に目が発達したり、羽根が生えたりその症状はさまざまだ。心と体が裏腹になる病気にかかった街の嫌われ者カビ人間は、自分の考えていることと逆の言葉しか出てこないと言う病気にかかった少女"おさえ"に恋をしてしまう。街の病気を鎮めるためには「ポーグマホーン」という奇跡をおこす剣が必要だというが・・・・
最近「泣き」を前面に押し出しがちな作品が多いので、これもそんな風になっていたらいやだなあとはじまる前は思っていたんですけど、ちゃんと童話の世界の怖さ、みたいな空気が残っていて安心しました。
病人が増えていたり井手さんダンスが加わっていたり、という変更は正直いまいちピンとこなかったんですけど、病人のビジュアルが凝っていたりしているのは前回よりも良かったし、なにより面白さと怖さ、哀しさが絶妙のバランスで堪能できる良い作品だなと改めて思いました。
もうひとつ、前回見たときはまったく意識しなかったんですけど、「病気にかかる前」というのは結構重要なのかもしれないと今更ながらに思ってみたり。だって、カビ人間って病気にかかる前までは「天使の見た目、悪魔の内側」だったわけでしょ?つまりこの病気を引き寄せたのは己自信でもあるわけで。
カビ人間には、自分が他人に散々なことをしてきた、という記憶はちゃんとあって(おさえの父親に「それは、僕?」と聞くシーンがある)、だとすると自分の心と体が逆転したあと、彼は天使の心で今まで自分がしてきたことをどう受け止めたのかなあと考えてしまったわけです。
村人に散々ひどいことをされても笑っていられるのはなぜだろう、とパンフのコメントで片桐さんもちょっと触れていたけど、笑っていれば仲間に入れてもらえるかも、ということよりも、そうやって昔人を傷つけてきた彼だから、そこで笑ってしまうのかな、そうして二度と人を傷つけないようにしているのかな、とか考えてしまったわけです。
それをふまえてなのか、片桐仁さんが演じたカビ人間には奇妙な哀しい明るさ、とでもいうべきものがあって、最初の登場シーンで鐘をつきながらいう台詞「ただいまお昼の十分前」がすごく良かったんですよ。で、あ、これは大丈夫だなってそこで安心しました(大丈夫と言いながら、私も多少不安を感じていたのかも)。もちろん、おさえちゃんとの絡みやクライマックス近くのやりとりなどは、ああここはあの大倉さんのテイストが欲しいところだな、と思ったりもしたのですけど、そういったナイーブな表現で若干惜しいなと思うところを除けば、私としては片桐さんのカビ人間は違う発見をさせてくれたという意味でも良かったです。
中越さんのおさえちゃんは、途中まではすごく雰囲気があっていいなーと思っていたのですけど、最後の叫びで椅子からずり落ちそうになったのがなんとも・・・。姜さんのさとるはちょっと長塚さんの味には到底及ばなすぎて残念。土屋アンナさんの真奈美、雰囲気はすごくご本人と合っていていいが、個人的にああいう台詞の喋り方が好きになれない。
初演組が多く残った座組ではありますが、中でも橋本さとしさんの出来にはほんともう唸らされました。私は初演の戦士も大好きで、そのために大阪で見たあとわざわざ東京まで当日券で追いかけてしまったほどなんですけど、その最高だった2年前の記憶を吹っ飛ばすほどに今回の戦士は最高すぎる。私の見た回で客席を一気に暖め、奇妙な世界に観客を最初に連れていってくれたのはさとしさんだったと思う。周囲が誰もついてこなくてもお構いなしに飛ばすテンションが前回だとしたら、今回はスピードを落とさずに全員を乗せて突っ走る高級車の如く。いやもう素晴らしかった。
山内圭哉&池田成志の神父&市長コンビも絶好調。この二人も、前回の面白さを遙かに凌駕する出来。特に山内さんは今回成志さんと対等に渡り合っている、という感じ。前回よりも、という意味では中山祐一郎さんもすごく良かった。再演で同一キャスト、だからこその醍醐味も味わえたところが良かったな、と。
2005/11/15 厚生年金会館芸術ホール D列12番
作・演出 宮藤官九郎
七本の「恋」にまつわるオムニバスコント。笑いました。7本の中に「さすが宮藤さんだなあ〜」というものと、「さすがサダヲちゃん(に限らず、役者の誰か)だなあ〜」と思うものがあって、1本目と2本目は前者、3本目と4本目は後者の色合いが強かった。
個人的に好きなのは「FIRST KISS」と「SHOW-Z.com」、あと7本目の「七人の恋人」かな。FIRST KISSは田辺誠一という「紫のバラの人役者」を見事に笑いとして活かしきっている!という感じ。そして田辺誠一さんの思いきりの良さは賞賛に値すると思う。「荒神」でもすごく良かったですけど、これほどカラーの違う役者に囲まれながら自分のノーブルな外見をここまで笑いに転化させるとは、すごすぎる。
SHOW-Z.comは一見阿部サダヲさんの力業のようでありつつも、やっぱりネタ(と、その切り取り方)がうまいんだよなあと思いました。いやー・・・いろいろ笑いました、はい。
全編に渡ってやはり三宅弘城さんと阿部サダヲさんの力は大きくて、こういう頼りになる役者がいてくれるというのは演出家にとっては大きいだろうなあと想像してみたり。特に三宅さんは大活躍じゃないですか。鍛えすぎた腹筋でへそを出されると気持ち悪いものなのだ!というのが私がアンケートに書いた三宅さんへのダメだしです(笑)
えーと、あとはつらつらと。三宅さん、ドラムを叩いている姿があまりにもかっこよく、途中で妊婦姿やハゲヅラで叩いている姿すら見惚れるほどだった。宮藤さんは、自分でやって自分で落ちすぎ。よう笑ってはるなあ、舞台の上で。かわいいけど(甘いファン)。星野さんの妊婦姿は普通に可愛すぎてちょっとびっくりしたよ!尾美さん、結構リリカルな部分を託されつつも世界にがっつり馴染んでいて好感。
パンフの中でキャストに書いてもらった短歌を、詠み人を知らせずに松尾スズキさんと俵万智さんが分析する企画があるんだけど、これが面白かった〜!短歌は「詠む」より「読む」ほうが難しいと穂村弘さんが言っていたんだけど、プロである俵さんはともかく松尾さんの読みっぷりはちょっとすごいな、と感心しました。短歌一首で人生をダメだしされている宮藤さんが素敵すぎる(笑)。こういうパンフだと、買って良かった〜って思えるな〜!
2005/11/12 シアターBRAVA! D列10番
作・演出 松村武
15周年記念ということで、劇団の代表作を再演、ということになったらしい。今まで何度も関西に来て下さっているのに足を運ばなかったことを深く反省しつつ、初カムカム。
牧場の少女ハイジと牛のドナドナ。合戦に巻き込まれて山のおじいは死んでしまう。ドナドナと共に一人で生きていくハイジだが、ある日枕元に死んだはずの山のおじいが!「市場へ行け、ドナドナを売れ。かけがえのないもののためにお前はドナドナを売るだろう。」一場へ向かうハイジの前に、二人の商人が現れる。越後屋は約束された幸福な未来と引き換えに、越前屋は呪われた過去の宿命と引き換えにドナドナを買おうと言う。ハイジはどちらにドナドナを売るのか?そしてその相談に乗るみのもんたよしのりの正体は、果たして!
と、真面目にあらすじ書くとこんな感じで、なんだその話はYO!と突っ込まれそうな気もしつつ、でも見ているうちに最後はわけのわからない高揚感があるのがすごい。普通にかっこいいもんな、みのもんたよしのり。松村さんはご自身でも「遊眠社に受けた影響が大きい」と仰っているけれども、確かに台詞のスピードとその熱さで観客を引っ張るところなんかは似ているかもしれない。
今まで客演では何度も拝見したことがありながら、カムカムに出ているところを見たことがなかった八嶋智人さん。いやあ、これが八嶋さんの底力か!と唸るほどに圧倒的。いやはやすごい。中盤にかなり長い松村さんと八嶋さんの二人のアドリブ合戦があるのですが、そのすべてに瞬時に反応する彼の舞台役者としての瞬発力に舌を巻いた。あれだけ確実に「面白い」ことを舞台で見せてくれるというのは並ではないよ!また松村さんと二人、本当に楽しそうにやるんだ。こういう「遊び続ける」シーンって絶対すごく厳しいものがあると思うんだけど、ちゃんと遊び切れているとこがすごいなって思いました。
清水宏さまも私は大大大好きなんですけど、今回は狂言回しの役割に徹していらっしゃった感じ。でも、独特の台詞回しで観客をちゃんと導いてくれていました。しみひろさまと八嶋さんのアドリブ合戦というのもちょっと見てみたい感じもしましたが。
あと、なによりも観ている間すごく幸せな気持ちになったのは、久しぶりに「劇団」というものの愛を感じる舞台だったなあということ。松村さんて、劇団を愛してるんだなあ〜ってすごく感じた。それに役者さんたちが皆全力で応えているのが気持ちよかった。こういう舞台を、もっといっぱい観たいものです。
2005/11/11 in→dependent theatre
2nd D列2番
作・演出 田辺茂範
関西初進出、ということもあったのかなんだか空気が固かったなあと思いました。やってる方もだし、見てる方もどこか「おそるおそる」みたいな空気が抜けないというか。全体的にゆるくばかばかしい感じの芝居の空気とその固さのミスマッチは結構最後まで響いたかも。
ところどころ局部的に大笑いしてしまうんだけど、なかなかそれが繋がっていかなかったのが残念だったかな。でも明日以降どんどん客の空気をつかんでいってくれるんじゃないかな、という気がします。
役者さんの中では、サラの立本恭子さん、光秀の小村裕次郎さん、信長の大佐藤崇さん、家康のオマンキー・ジェット・シティーさん(さん付けでいいんですよね!)が印象に残りました。中でも、立本恭子さん初めて拝見したんですけども、確実に人を脱力させるキャラ作りがバッチリはまっていました。彼女のボケ爆弾に救われた部分はかなり多かったと思います。光秀の小村さんは格好良かったなあ。カッコイイだけに、最後の対決が倍おかしかったってのはあるかもしれません。
in→dependent theatreも実は初めてでしたが割と見やすい座席配置だったかな?でも、中央の緋毛氈をひいている部分が私の席からは見えづらかったのは残念。
お客さんは割と入っていたように思いましたけど、実際どうだったのかな。ちらっと見た限りでは、空席は殆どなかったように見受けられました。
2005/10/29 シアターBRAVA! 1階P列27番
脚本 井上ひさし 演出 蜷川幸雄
3年前の劇団協議会10周年記念で演じられた時もそうだったんだけど、この話は個人的にやっぱり「趣向を楽しむ」みたいな風に捉えてしまうところが強いわけです。これは「物語」としてみるとやっぱり吸引力は弱いと思うんですよねえ。だからこそ、シェイクスピア作品を知っていて(さらに今回は蜷川さんの過去のシェイクスピア演出を知っていて)見た方がより楽しめるというのは、やはり「趣向」としての色合いが強いからではないかなあと。
だとすると、これはやっぱり一種のお祭り的な作品で、だからこそこれだけ豪華なキャストが必要不可欠なんだなあと思いました。4時間という長さを埋めて埋めて埋めてみせるぜという気合いの入った役者さん達の演技合戦を見ているだけでも幸せに浸れる感じ。
冒頭の歌「もしもシェイクスピアがいなかったら」が素晴らしかったですね。これは蜷川演出でやるからこそ(そして蜷川常連の役者さん達でやるからこそ)シニカルでいい。傍白三人娘から飛ばしに飛ばしまくる吉田鋼太郎さん、それに対抗する夏木マリ姐さん、高橋恵子姐さんも最高でした。
勝村さんの幕兵衛と唐沢さんの三世次は非常に真っ当。勝村さんは最初に出てくるシーンが最高潮にカッコイイ。それまで舞台上にある意味怪物しかいないので(褒め言葉)、すっとした姿形が清涼剤のようでした。白石加代子さん、清滝の老婆で閻魔堂の観音開きの扉から出てくるところで観客から「おおおお」という声にならぬ声があがってしまうほどオーラたっぷり。すっごいわあ。佐吉と浮舟の話は3年前の時には削られていた話だけど、高橋洋さんの佐吉がもうあまりにもナイス息子!なので迫り来る悲劇がもうつらくてつらくて、つらかったっすー!私愁嘆場を延々やられるのは好きじゃないんですけど、佐吉にあまりにも気持ちがのめり込んでいたせいかあの嘆きはまったく長さが気にならなかった・・・というか、そりゃ、ああなるよね!と思ってしまいました。毬谷友子さんは相も変わらず七色の声でいらっしゃる。お冬を藤原竜也くんと組んでやっても違和感ないってすごいです。親子ぐらい違うだろう、年。藤原くん、歌に危なっかしさはあるもののテンション高くていいです!何よりいいのはテンションが高いだけじゃなくて、きちんとシリアスとの切り替えが出来ていることだと思った。でもあの、まだ初々しさがあるという感じでエロくはないのね、そこのところはご愛敬という感じでしょうか。
最初に書いたように「趣向」という感じで楽しむむきが大きいからか、三世次がおさちを口説いたあとあたりからクライマックスに至るまで、物語的にはハイライトなんですけどそのあたりはちょっと集中力がとぎれてしまいました。
1974年に書かれた作品がこの3年の間に超一流のキャストを集めて2度も演じられたわけですし、せっかく双方見させていただいたので少しばかり二つの作品の間で気付いたことなど。
井上作品、こまつ座で何度か見させてはいただいているのですが、お恥ずかしながら「脚本」というレベルでは読ませていただいたことがないのですけど、ト書きの指定が結構あるんですかね?まったく違うタイプの演出家の二人なのに、あれ、似たような場面だな・・と思うところが結構ありました。「赤ん坊と陰謀は女の陰部から生まれる」の場面、なぜコタツ・・・とか(笑)あのシーン、コタツある方が好きだけど、コタツの必要性あんまりないですよネ。いのうえさんはコタツ好きだからわかるとしても、蜷川さんまでコタツなのはやっぱト書き指定なのかなーと。ってくだらないっすね、すいません(笑)
いのうえさんの演出はやっぱり趣向としても魅せるのはもちろんだけど、物語としても成立させようという感じがよりはっきりあって、すごく真面目に演出しているなあという印象でした。三世次の物語として描こうという意図はいのうえ版の方が大きかった気がします。だからこそなのか、鏡のシーンからラストに至る流れ、スペクタクル感はいのうえ版の方が見応えありました。
蜷川さんは逆にシェイクスピアというものと今までがっぷり四つで組み合ってきたからこその余裕があって、真面目に取り組みつつ、距離をとって冷やかしつつ、の間合いが絶品。こっちのほうが遊び心満載、という感じに仕上がったのは普段のお二人の作品と比較すると面白いですよね。お祭り的な作品として楽しむにはこっちが好きかなあ。キャストの力も大きくて、これもシェイクスピアと今まで本気で闘ったことのある役者だからこその面白さもあったし。しかし、このメンバーを束ねられるのは本当に蜷川さんしか居ないですよねえ。
あ、あといのうえ版で大好きで楽しみにしていた「桜のいろは」が今回無かったのはちょっと哀しかったかも。蜷川さんは自分では脚本をカットしないので、井上ひさしさんが直しの段階で削ったのだろうけど、あれ好きだったので残念だなー。「幔幕の中にも死体がひとつ転がってるよー!」から「桜のいろは」に至る流れは最高だったっす>いのうえ版
二つの作品の違いはテーマとなった曲にも現れてると思うんですけど、蜷川版は「もしもシェイクスピアがいなかったら」、いのうえ版は「無常のうた」で、この2曲がそれぞれの作品の中でも突出して優れた楽曲だったように思います。
しかし、この作品はもう相当豪華なキャストを揃えないとちょっとやそっとじゃ上演できないような感じになってきつつありますな(笑)
2005/10/13 梅田芸術劇場 17列14番
原作 隆慶一郎 脚色 中島かずき 演出
いのうえひでのり
原作は読まずに観ました。迷ったんだけど、原作のレベルが高いことは折り込み済みと考えると、あえて縛られずに舞台を観た方がお得かなと思ったので。うーんでも、本を読んでからにした方が良かったかな、選択をちょっと誤ったかもしれません。キャラメルボックスの「スキップ」でもそうでしたが、創り手のほうが原作を非常に理解し、リスペクトしていればしているほど、原作の世界観を叩き込んだ上で舞台を観る方が入っていきやすいように感じたので。
大人の新感線、というよりは、「男の新感線」だなあというのが私の第一印象です。笑いのための笑いを仕込んでいないということよりも、いつもの新感線とちがうな、ともっとも感じたのはその点でした。今までの新感線は男っつーより「男の子」でしたもんね。
男のロマンアイテムをこれでもか!と詰め込んだ話ですよねえ。剣士、宮本武蔵、貴種流離譚、天下をひっくり返す秘密の書状、自由人、吉原、美しい女たち。正直に言いますと、あまりにもてんこ盛りすぎて「もういいや」という感じでした。また出る女出る女それぞれ皆誠一郎に惚れ、しかも全員タイプが違うというのがすごいっすよね。女との睦言の間には決して邪魔は入らないあたりも、ハードボイルド小説のお約束を読むようでした(何故高尾とふたりきりの間に押し入らなかったんだ、とかね。骨抜きでしょうとかいうから絶対今から襲いに行くんだとばかり思ったのに)。
先に原作を読んでおくべきだったかな、と思ったのはそのあたりで、デティールをより積み重ねていける小説では流れの中に収まっていることでも、物語上重要な出来事だけを積み重ねて見せてしまうとどうしても浮いてしまう部分があるんですよね。個人的には、八百比丘尼とおしゃぶのふたりは浮いていたように思えます。
普段の新感線では見られない色っぽいシーンが多々あるとはいえ、え、えろい・・・・!というような、そそられるものがなかったのもいまいち不満。古田&松雪の絡みでさえなんだか絵みたいだったんだよなー。義仙というひとを描く上での演技プランなのかも、とも思いましたけども。
オープニングの、廻り舞台を使った花魁道中は美しい。キル・ビル風味の音楽が実に格好良く、舞台奥と手前から高尾と勝山が行き交うところは四月に見た「籠釣瓶」を思い出しました。衣装も今回、よかったと思う。特に堤さんは出てくるたびに洗練されていてみとれることしばし、という感じでした。勝山の白もよかったっすね。白と赤、という単純な組み合わせを完璧に着こなせる松雪さんの美しさもすごいです。
あと、これは気のせいかもしれないんだけど、あえて客に背中を向ける芝居、がところどころに見られたような気がした・・・。二、三カ所あれ??と思ったところがあっただけなので、本当に気のせいかもしれないんですけど。ラストの誠一郎とか、絶対今までのいのうえさんだったら正面向かせてると思うんだよなあ。これも新境地への変化のひとつなのかしら?
役者さんそれぞれの演技は非常に高レベルで、物語としてはちょっと入り込めなかったですけど、描かれなかったディティールを埋めてあまりある熱演の数々は素晴らしかったです。堤さんは後述するとして、古田新太というひとはやっぱすげえな、と毎度毎度のように思っていますが今回も思いました。というか、古田さんがすごく真摯に、真面目に悪役を貫き通しているのがすごく新鮮でしたね。逃げ道や情の入り込む隙間を許さず、徹頭徹尾義仙の悪を演じているのがよかったです。古田さんの悪役なんて見慣れているようで、実は善悪問わず「斜め」であるのが古田さんのある種特徴だと思うんですけど、ここまでまっすぐ演じてくれるとは!という感じでしたよ。逆ベクトルである「罪と罰」才谷役への期待が高まってきたりして。
善さんの水野はなにげにいい台詞が多い。役得ですな〜。「この死に花が、なかなか散らねえんだよな!」はしびれます。村木仁さん、アオドクロのときもそうだったけどこの人の人情芝居はちょっと独特の威力がある。この地に足着いた感がそうさせるんでしょうか。松雪さん、こういった美しさと儚さを出せるヒロイン、かつ芝居のしっかりした人、というジャンルは実は結構人材が払底している気がするんだけど、見つけた逸材を!という感じがしましたね。「夜叉が池」でもよかったので、心配はしてなかったですけど、舞台度胸も満点でよかよか。じゅんさんの宗冬というのはそれほど意外でもなかったんですけど、私がいちばん呪縛を感じたのは「ざんすと言わない右近さん」でした・・・気がつけばもう10年以上、新感線ではざんすという右近さんしか見てなかったんだ。もうすごいびっくりしました、っていうかいつか間違えてつい言っちゃうんじゃないかとドキドキしました(失礼な)。うーん、大人になるってこういうこと?
しかしま、今回の最大最高の功労者はなんといっても堤さんですよな。というか、松永誠一郎というこの役を舞台で演じて、説得力を持たせられるのってちょっと堤真一以外考えられないというほどのはまりっぷりだと思います。朴訥さ、失われない品の良さ、剣の腕(ここ重要)、器の大きさ、女がほっておかない独特の甘い雰囲気・・・。設定上の年齢と差があるのかもしれませんけど、いのうえさんじゃないけど「今の20代でこの役をできる役者はいない」と私も思います。ごりごり押してくるタイプの色気はこの役にははまらない、匂い立つような存在感がやっぱり必要で、堤さんにはそれがあるんですよねえ。いやまったくナイスキャスティング。
堤さんがいつもの真っ直ぐさで誠一郎を演じ、それに抗する名手古田新太がこれまた直球の悪でぶつかる対決シーンはどれも見物。特に最後の裏柳生との対決は、堤さんの気迫の凄まじさが舞台を一気に覆うようでその殺気にのまれます。義仙の「やっと人間らしい顔になった」云々の台詞も良いし、このシーンだけ時間3割増で見せてもらいたい!と思うほどでした。身体保たないだろうけどね!(笑)
2005/10/5 御園座 7列28番
「お国と五平」
谷崎潤一郎の脚本だそうで。面白かったー!色んな意味で面白かった(笑)これの友之丞みたいな役をやりたいと思う(パンフの演出家のコメントによるとそんな感じがします)三津五郎さんって結構すごいかも。表面上はまったく美味しくはない役だけど、しかしあまり普通の歌舞伎の役では言わないセリフを言う、面白い役ではありますよね。友之丞って一言で言えば「DQN」なんだけど、善人というものに寸鉄釘を刺してみせるところなんかはさすが谷崎、って感じか。
橋之助さんの五平がよかったなあ。この方はこういう役すごいはまりますよね!つーかね、あしにマメができた、ってお国の足袋を脱がせるところとか
なんだこのえろい場面は!!
っていいたくなるぐらいえろかったです・・・。いや、普通に足袋を脱がせて手当してるだけなんだけどね。でもそのさりげなさがエロいのよ!足袋ってあたりがザ・谷崎だ・・・さすがフェチ・・・(決めつけ)。
しかし、友之丞が「あの熊谷での宿での晩・・・」と言い出すあたり、もうちょっと「世にも奇妙な物語」テイストのホラーですらありました。「実は隣の部屋にいたのだ!」
ギャーーーーーー!!!!
みたいな。なんなら雷鳴らしましょうかみたいな。
扇雀さんも良かったのだけど、どうやらこのお国を福助さんもやったことがあるらしい。観たい、観たすぎる福助さんのお国。ファムファタールぶりを超発揮してそう。
「連獅子」
あーやっぱり名古屋まで見に来てよかったなああ、と思った一幕。客席もこの演目の時が最も集中していたように感じた。つーか勘太郎くんが素晴らしくて・・・!素晴らしすぎて、私殆ど勘太郎くんを観ていたんじゃないでしょうか。自分内史上最も「カッコイイ」勘太郎くんだったかも・・・(今までどっちかっていうと「かわいい」って感じだったっすから)つーかお父様が出ているというのに勘太郎くんだけを観てしまうなんてどうしたことだい!という感じです。
前半も素晴らしかったのだが、毛振りが圧巻。勘太郎くんと勘三郎さんはほぼ完全に揃ってましたね。最後でちょっと勘太郎くんが走りすぎたかな?という感じだったけど。しかしなんか、もう必死でついていってるというよりはもっとだ!もっと!みたいな勢いが前面に出てきてる感じでした。ほんっとにきりっと格好良くてねえ・・・泣けてきたよ。素晴らしかったです!
「河内山 天衣紛上野初花」
連獅子でテンションあがりすぎてちょっと気分がだれてしまったのですが、しかしこれも豪華な一幕でした。ここでも三津五郎さん、変わり者をやっている・・・(笑)河内山の仁左衛門さん、キリキリした江戸弁がすごい格好良かったので、道海の場面も「早く正体がばれないものかしら」と罰当たりなことを考えてしまったり。
最後の捨て台詞がよかったな〜〜〜。あと、山吹色のお茶を所望するところが面白かった。本当に言っていたのかしらね、山吹色の菓子とか。時代劇の世界だなあ。
2005/10/04 御園座 8列30番
有名な演目で私ももちろん名前は知っていますけど、拝見するのは初めて。豪華なメンバーで初・白浪五人男を観れて幸せです。しかもラッキーなことに今回は通しで上演!まだあまり通しで上演、というものを数多くみていないのですが、やっぱり通しでみると断然話にのめり込み安いんだなあと実感致しました。赤星とか忠信利平って、花見の場面の方が見せ場が多いですよね〜。
しかし、それはそれとして浜松屋の場面はさすがに面白いーー!弁天小僧の格好良さはちょっとしびれますね。「おらぁ、尻尾を出しちまうぜ」のあたりからの格好良さは台詞回しもビジュアルもズドンとツボ。あああ、たまんねえ・・・かっちょよすぎ・・・
「蔵前」で実は宗之助の実の父が駄右衛門とわかるところ、菊之助の実の父が幸兵衛だとわかるところは客席からも思わず「そんな展開っすか!」という笑いがもれていましたけど、仁左衛門さんの駄右衛門と勘太郎くんの宗之助が完璧入り込んでいてすごいナーと思った。なんか勘太郎くん涙ぐんでたし。
稲瀬川の勢揃いの場面は本当に目の正月という感じ。
大詰の弁天小僧の立ち回りは本当に素晴らしくて、その長さといい鮮やかさといい勘三郎さんは本当に見事の一語。なんか涙が出てきそうになってしまいましたよ。
2005/08/11 シアタードラマシティ 8列26番
作・演出 中井由梨子
ひとりの男が息せき切ってとある骨董店を訪ねる。「この間売ったものを買い戻したいんです。」なのに、その男は自分の売ったものが思い出せない。
鏡の向こう、どこにでもある扉のあちら側、日常のなかにある別世界への「隙間」を行き来するうちに男の売ったもの、そしてその骨董店の不思議が次第に明らかになってくる。
以下結構ネタバレかもです。一応反転。
「猫堀骨董店」なんてなんだか可愛らしいタイトルですけどお話はこれかなりダークでしたよ。もうどっちかっていうと「世にも奇妙な物語」。
自分の売ったものが何か思い出せない、それを探すうちにその骨董店の謎が明らかに・・・という話の大枠はすごく好みで、そのあたりの話で引っ張る中盤は面白かったんですが、もうひとつの物語の筋であるところの「売った中身」に関するあれこれ、つまり主人公と恋人の別れの真相というようなあたりが、かなりええええーーー、という展開。つーか、みんな死にネタ好きなのな。私はもう世の中に死にネタが溢れすぎていて食傷気味なんだが。人が乗り越えなければならない過去ってもっと身近で切実なものでいいんじゃないの?そんなにドラマティックにする必要あるの?ってちょっと脱線しすぎですね、すいません。
人間にも古くなってからっぽになったものがある、という話をしたあとの「ここは『骨董品店』ですよ」の店主の台詞はぞっとするものがあって非常によかった。
世界初のアカペラミュージカル、ということで、すべての音を人間の声で、という試みでしたが、これ自体はなかなかに可能性まだまだひろがるなーという発見をさせてくれたと思う。ボイスパーカッションですべてのリズムを刻むのがすごかった。歌は皆さん自家薬籠中の物という感じで聞き応え充分。中でもひとり、ど迫力の容姿&声を持つ女性がいて、この人は芝居も好みだったなー。ゆうきさんという方らしいです。劇中でALL THAT JAZZをアレンジした曲でボーカルをとってたけど、このひとにママ・モートンをやらせてみたいとちょっと思った。
芝居の面では一味足りないかな、という役者さんも結構いたんだけど、その中で独特の存在感で確実に笑いをさらっていくえん魔さんはさすがでしたね。
2005/09/10 MIDシアター Cブロック4列19番
構成・映像・振付 近藤良平
NHK芸術劇場で放送された渋公での様子と、全方位ステージというところに惹かれて出かけてきました、コンドルズ。行って良かった・・・楽しかった。あー楽しかった!マイベストコンドルズを更新するイキオイだった。くそー、年末の京都行きてえなー!
今回の公演、近藤さんにはじまり近藤さんに終わる、って構成がすごくいい。あの狭い舞台の上で全員が踊るのも圧巻!だし、全方位ステージもすげえ良かった。プロセニアムな舞台よりこういう舞台のコンドルズの方が自分は断然ピンとくる。
あえて希望を述べれば全方位にしてはちょっと正面が決まりすぎてるきらいがあったかな、というところ。私はCだったんだけど、逆サイドの人はちょっとフラストレーション感じたかも、と思ったところもありました。それから、もうちょっとだけ、ダンスシークエンスをふやして欲しいかな〜という、希望と言うより欲求が。狭い舞台なのでいつも通りにはいかないと理解しつつ、狭い舞台だからこそ観たい!思っちゃいました。
コントも、「なげーなーーーー」とダレる時間がかなり減っていて、ぬるめのやつをテンポよくお見せします!という感じだったのが良かったかな。全方位ならではの人形劇はアイデア勝ち。体操コントも好きです、オクダさんのキャラ落ちという気もするけれども。ラストに入る前の勝山&小林のシーンでは「ここだけ本気演技モードです」な小林さんが素敵だったです。
ああ、それにしても、私藤田さんとかど真ん中でタイプなのに、石渕さんのこってり感とかかなり好きなのに、それでも近藤さんが踊っていたら近藤さんだけを見てしまう・・・。だめだ。なんであんなにかっこいいんだろう。吸い込まれるよ本当に・・・。ラスト、明かりの中に近藤さんの手だけが浮かび上がるところ、涙が出そうになったぜ。
大盛り上がりでカーテンコール3回?4回かな?最後スタオベで、すでに物販の方へ行っていたとおぼしき藤田さんとか慌てて戻ってきてくれたりしていやもう最高だった。小林さんがいつまでもいつまでも舞台上に残っているのを、つかまえに来た近藤さんの笑顔にメロリンラブ。やべえっすよこれ。
2005/09/04 HEPHALL B列16番
作 W・シェイクスピア 演出 大塚雅史
去年もこのHEP発の企画でやっていた「ハムレット」も「見たいなあ」と思いつつ、去年は子供のためのシェイクスピアカンパニーで素晴らしすぎる「ハムレット」を見てしまったのでもういいや!と全然関係ない理由で行かなかったらこれがなかなかに評判もよく、くそー見ておけばよかったなーと後悔したのでした。
いろいろ拙いながらもとにかく役者さんたちのキラキラ弾けるパワーがすごくて、それにアテられっぱなしの3時間。うっかり10代とかで観ちゃったらこの楽しさに道を踏み外しかねないかも、と思うパワーがありました。
スカ・ミュージカルということで全体的にポップな楽曲で彩られたミュージカルだったんですけど、それほど違和感もなくはまっていたかなあ。パックの場面はすごく良かったです。あの歌すごく耳に残るし、パックの弾けてるキャラクターとマッチしていて楽しかった。と言いながらも、そのあとの職人のシーンでミュージカルをきっちり笑いのネタにしているところなんかが更に好感度大(笑)
私の「夏の夜の夢」の知識は15年以上前にコクーンで見た死ぬほどつまらなかった舞台と、野田さんの演出したやつと、あと「ガラスの仮面」なわけですが、恋人たちの誤解が解けて大団円、のあとに職人たちの余興が演じられる、という構成(もちろん、原作の)がどうなのか!とちょっと思いました。過去に見た2つの作品でこの余興を見た・・・覚えがない。ガラかめでもない。「シェイクスピア作品ガイド37」によると(またあんちょこ・・・)今回の「夏の夜の夢」で最後に演じられる余興はものすごく忠実みたいで、壁や月を役者が演じるとか本当にそのままやっていてしかもちゃんと面白かったんですよねえ。実際、すごく笑ったし。あの筋で面白くできて、しかもスターヴリングのキャラを使ってある種ちょっと感動?まで盛り込むとはほんと凄いなって思ったんですけど、構成としてはどうしても恋人たちの騒動のあとこっちは一息ついてしまっているので「えっ?これからまだ余興?」という感じはどうしてもしてしまう。そのへんどうなんでしょうかシェイクスピアさん。
多分3時間15分ぐらいはあったんじゃないかと思うんですけど、その長さが思ったより気にならなかったし、すごく面白かったんですが、もう少し短いとなおいいな、と思ったのも事実で、2時間45分ぐらいだと二重丸だったかもしれない。
若い恋人たちにフレッシュな役者を、回りを老練(老じゃない)な役者で固めて、という感じ。個人的には回りの役者たちに興味津々。久保田さんや西田さん、美津乃あわさんにベテラン職人組も素晴らしかったんですが、今回はもう、個人的にこの人を強く推します。劇団☆世界一団の小松利昌さん。うまいわ〜〜〜・・・。もう惚れ惚れ。赤鬼に客演されているのを観たときも「気になるこの人」だったけど今回で確信に変わりましたね。オベロンの出てくるシーンがいちばん楽しみだった「夏の夜の夢」というのもすごい。もしかして、これってオベロンが主役・・・?とすら思いました。いやー、素敵な妖精の王を観させていただきましたよ。
千秋楽ということで、3度目のカーテンコールで演出の大塚さんとプロデューサーの丸山啓吾さんも舞台に上がって挨拶がありました。14日間、のべ3200人の動員があったそうで、パチパチパチ。すごいすごい。関西演劇界を盛り上げていこう!というお二人からの言葉にちょっとじーん。そして丸山啓吾さんはビックリするほど男前でビックリしました。これからもどんどん面白い企画を創り上げていって下さい!
2005/08/30 シアタードラマシティ 補22列42番
脚本・演出 堤幸彦 共同演出 大根仁 脚本 三浦有為子
ある人がこの舞台の感想で書いていたのだが、「電車男はスレ住人と電車男の物語だと思っていたのに、メディアに登場してからはすっかりエルメスと電車の恋物語みたいになっている」。ほんとにそうだ。この有名になりすぎた物語の原作(というか、2ちゃんスレッド)には、本当の意味でエルメスなんて出てきてないと私も思う。出てくるのは電車の語る「エルメスたん」だけだ。だからこそ、エルメスを登場させないこの舞台版の「電車男」は、「2ちゃんねるの電車男」を最も忠実に表現していた舞台になっていたと思うのだ。
舞台は中央に電車の部屋、そして左右ともに3つの部屋が積み重なっていて、それがそれぞれ毒男の部屋になっている。登場人物たちはその部屋の中でPCに向かって喋り、その文字やAAが中央のスクリーンに映し出される仕組み。
文字を追うにはスクリーンを見たいし、でも舞台上では本物の役者さんが演じてるし・・・で、視線のおき方に戸惑いつつも、私はかなりの後方席だったので、基本スクリーン、ときおり各毒男を観察、みたいな感じで見てました。表情がスクリーンに映るのは、普通の演劇じゃ邪道なのかもしれないけど、この物語にはすごくはまった演出だったと思う。
基本的には電車の書き込みにスレ住人が突っ込む、という形なんだけど、河原雅彦さん演じるエリートサラリーマンだけはある種狂言回しのような役割も兼ねていて、みっともない男たちのみっともない姿をROMって満足感を得るためだけにスレを覗いていたこの「イケてる毒男」がいかにしてこのスレにのめり込んでしまうか、というのも大きなサイドストーリーとして用意されている。その他にも、場面ごとにそれぞれの住人のバックボーンがモノローグで語られたりする場面も差し挟みつつ。
元スレの重要なエピソードをうまく脚色して刈り込んでいるのもさることながら、この「イケてる毒男」のエピが本当にすごくよく効いてる。ROMだった彼が「HERMES」を知らないスレ住人に思わず「それはエルメス」と初カキコをしてしまうときなんか気持ちわかりすぎるし、ついついその後も電車に的確かつ親身なアドバイスをしてしまう姿もおかしい。
なにより、エルメスとのあまりのスペックの違いに完全自信喪失する電車を、毒男たちが叱咤激励する場面はある意味元スレよりいいかも、と思えたぐらい良くできていた。鈴木一真さん演じる、2ちゃん語しか喋らない男が「お前は死ね!二度死ね!!」「人生でいちばん必死になれ」「エルメスんち行きのチケットなんか誰も売ってくれないわけ!」と、元スレでの数々の名言織り交ぜて狂ったようにPCを叩く姿もよかったし、そこで「変わるのは怖いが、変わらないのはもっと怖い。変わらないのは檻を作ってしまうということ。それに慣れてしまうと、誰かに手を差し伸べられてもその手を取ることが出来ない、そこから出る方法もわからなくなる」と語り出す河原さんの言葉が沁みる。
「でも、最初に勇気を出したのは、変わる前の自分。」
「お前は凄い、凄い、凄い、凄い、凄い奴なんだよ!!!」
冒頭で河原さん(すいませんもう役者名で)は、電車に向かって頑張れ、と言うスレ住人を冷ややかに見つめ、「おれは頑張れという言葉が嫌いだ」とひとりごちる。その彼がこのシーンのラスト、万感の思いをこめて、明日告白するという電車に向かって言う
「頑張れ、電車男。」
の台詞は、ほんとうに泣けた。
秋葉系だったころの電車を武田真治くんがやって説得力あるのかしらん、と最初は思ってたけど、ダサいっつーより挙動不審な感じが全開でこれはこれでアリだなと。変身後(笑)が格好良すぎるのはお約束。毒男のキャラ全員すごく良くて、会話の面白さだけでも充分元が取れるほど笑わせてもらったなーという感じ。モロ師岡さん、最高だったなー。小須田さんにそっくりと巷で噂の佐伯新さん、舞台で見るとそうでもないけどパンフのお顔は確かにそっくり。妙な知識に詳しいうざめの男がハマってました。この舞台、PCを見ながらのモノローグなのにそれがダイアローグに画面上でなる、という状態でずっと続くので、役者さんはいつもと違う神経を要求されているんじゃないかなあ。
私はこの「電車男」の物語が本当にあった話なのか、それとも誰かの壮大なネタなのか、この後二人がどうなったかとか、そんなことには一切興味がないし、どうでもいいと思ってます。確かにこれは現実の話じゃないかもしれない、だけどこの物語には「真実」があります。それがなによりも、多くのメディアでこの物語が受け入れられてきた理由じゃないでしょうか。そしてこの舞台版電車男は、その「真実」というやつを私達に感じさせてくれる舞台になっていたと私は思います。
2005/08/29 青山円形劇場 Cブロック7番
作 デヴィッド・マメット 演出 長塚圭史
ひとりの男が、占い師の元を訪ねる。「あなたは、居るべき場所にいませんね。もっとも居るべきところに居る人間なんて殆ど居ませんが、あなたの場合はそれが顕著です。」その言葉に動かされた男は街へ飛び出していく。「こんなはずじゃなかった」人生を取り戻すために。だが、どうやって?
平凡だったはずの男の人生が、ひょんなきっかけで転落していってしまうという物語。
占い師を訪ねてから、グレナの家までの前半がすっごく良かった。ある種ロードムービーみたいで、入れ替わり立ち替わり芸達者な役者さんがそれぞれ違う姿で現れるのを次から次へと眺めて飽きない。悪意のささやき、暴力、裏切り、自分へ向けられた嫌悪感、そういうものがエドモンドの中にどんどん蓄積していくのが手に取るようにわかって目が離せない。ついに黒人の売人にナイフを向けられ逆上するところ、そのあとのエドモンドのキレっぷりがすごい。
そのエドモンドの「自分解放の旅」の頂点にグレナの家での出来事があるんだけど、ここからはエドモンドの「自省の旅」みたいになっていくのでちょっと前半に較べるとテンションが急に落ちる感じがするのはしょうがないのかな。私的には前半があまりに良かったというのもあって後半はちょっと集中できなかったかなあという気もします。
あと、個人の好みだろうとは思うんですけど私はどうも小泉今日子さんという女優が苦手なようなのだな。グレナのシーン・・・もうちょっとなー。声が多分好きじゃないというのも大きいんだろうけど。
ちょっと芝居と話がずれるかもしれないんだけど、最初のバーのシーンで黒人について男と話をするじゃないですか。まあそのあとも超一級差別用語がばんばん出てくるんだけど、アメリカっていう国はなんか常に「fine」だの「OK」だの繰り返している国で、自分がOKじゃない、っていう状態をすごく押し殺しているイメージが私にはあります。特に中産階級に属する白人で、結婚し職を持ち、「古き良き」アメリカ、なんてものを体現しているような層にとってはそれは顕著で、だからこそ自分の感情があふれ出すときに、明らかに自分達と違うもの(そして、常にOKであれという呪縛から自由なもの)への憎悪が吹き出してしまうのかなあと思ったりしました。うーん何言ってるんだかわかんなくなってきたぞ。
ま、書いたついでに続けてしまうと、最後はエドモンドも「OK」の呪縛から解き放たれたのかなあ・・・と思うのですが。
長塚さん、円形演出初めてなんじゃないかと思うのですが、すでになんか「手慣れた」感すらあってすごいなあと思いました。円形って本当に見るブロックによって当たりはずれあることもあって、私はCブロックの最前だったんですけど(Dとの境目)あ、今この人の表情見たいのに見れない!!というストレスがほっとんどなくて、これがたまたまなのか、それともどのブロックでもストレスなく見れるのかわかりませんが、パンフによると演出席ぐるぐる動かしながらやっていたそうなので、さすがだなーと思ったり。芝居によっては、Aブロックに演出席ありましたよね、とわかっちゃうようなものもありますものね(笑)
でもそれでもCブロックはマジでよかった、なぜなら売人にキレて怒鳴りまくる八嶋さんが目の前だからだ!いやすごかった、あのシーン。あの目の色。って、それぞれのブロックのひとがそれぞれに思っていたら、笑えますね。というか、すごいですよね。
照明も舞台装置も特筆もののかっこよさでほんと、初円形にして手慣れてるなーーーと改めて演出家・長塚圭史に感心。
八嶋智人さん意外にも初主演ということでしたが、いやー良かったよ八嶋さん!!惚れ直した。前述のシーンを筆頭に、魂の入った芝居の数々で引き込まれました。その八嶋さんを取り囲む役者陣の素晴らしさ!特筆すべきは、というか私はもう小松和重さんにクギヅケ。たまらん。うますぎる。なんなんだろうこのうまさは。どこに出てもちゃんと的確な人だよなあと改めて思いました。そして声が良い・・・聞き惚れちゃう。あーほんっと格好良かったなーーー!
お久しぶりの明星真由美さん、オープニングで声だけが暗闇の中から聞こえてきたときしびれましたよ。あの声だあの声だ、姐さんおかえんなさい!
2005/08/28 歌舞伎座 1階8列23番
演出 串田和美
3年前の扇町公園での「法界坊」も観ているのに、あの時はその後に観た「夏祭」に身も心もさらわれてしまったので実は印象に薄いのだよなあ。面白かった、楽しかったという記憶はあるのだけど、配役とかちょっと失念していたりして。双面でおさくをやっていたのが誰かどうしても思い出せず、パンフを引っぱり出して確認したら橋之助さんだった・・・!うわ、覚えてない自分がうらめすぃ。
歌舞伎座の舞台の上にもうひとつ別の客席が設えてあって、「中村座」の空気が歌舞伎座に、という感じ。その客席に人形とおぼしきお客さんがいるんだけど、劇中で突然動き出したりするサプライズも。
いやあそれにしても、笑った笑った。
要助とおくみを前に法界坊や勘十郎が鯉魚の一軸をすり替えたりするところはもうあまりにおかしくて涙が出ました。屋敷にあがる前の要助と野分姫、おくみのやりとりなんかも最高でしたね。福助さん、しれっとした顔してるからよけい面白いんだよなあ。
それに加えて今回、三囲土手の場の法界坊が異様に怖くて印象的だった。それまでけらけら笑っていたのに、権左衛門を殺すところや、おくみと野分姫を並べて縛り上げるところで、急に「法界坊」という怪物が怖くなったっつーか・・・。それははっきり扇町で観たときには感じなかった感覚でした。
勘三郎さんって、やっぱすげーなー、と見るたびに思ってる気がする。すごい磁力のある人だよね。どうしてもどうしても目がいってしまうんだよなあ。あれだけのことをしでかしているのに笑ってしまうのも、それが一気に怖くなるのも、この人の芸の幅なんですよね。
勘太郎くん、あの若さで勘十郎役を好演・・・つーか怪演。すごすぎです。私はどんな舞台でも「きちんと笑わせてくれる」人を尊敬しているので、勘太郎くんがここまで思い切りやってくれているのが嬉しかったです。それにしても、お父さんとやっぱ似てるよねーー!大喜利「双面水照月」でのおさくもきりきりと格好良く、達者だなあって感心してしまいました。
千秋楽ということで、大喜利のあとカーテンコール、そこで舞台上の客席で人形に扮していたひとがタイツをかぶったまま舞台へ降りてくると・・・これが実は芝のぶちゃんや弥十郎さん!更には串田さんも!法界坊人形の宙吊りもあって本当にお祭り雰囲気。楽しかったです。
2005/08/27 三鷹芸術センター星のホール B列9番
作・演出 政岡泰志
コント集、ということで、ぬるいのあり、グダグダあり、なんだかリリカルなものありてんこもりな2時間でした。客席をいじりつつも実は置いてきぼりにするテンションが素敵。小林健一さん、猫ホテの客演で観たときは全然アンテナに引っかかってこなかったのだけど、今回すごく光ってました。結婚式の映像もバラされたことだしね(笑)
辻修さんは思った以上にこの中ではまとめ役で、そのポジションも意外な感じ。もっときちがいっぷりを拝みたかったです。それにしてもあんなにビンタがおもしろい人も居ないと思う(どんな褒め方)辻さんと小林さんのビンタ応酬だけでもある意味もうコントでした。
最後のリリカルな長編コントがほんとになんかかわいくて・・・じーん。
ゲストに市川しんぺーさんが来ていて、セーラー服姿でもう凶悪!なのに声がいいからついつい怒鳴り声にぽわ〜っとなってしまう、でも腹出しセーラー、もうどうしたら、という感じだった。しんぺーさんてでもほんと素敵ね・・・(声が勝ったらしい)。
2005/08/27 サンシャイン劇場 1階21列4番
作・演出 成井豊
正直なところ、キャラメルの作品の中でそうそう好きな話なわけではないのだけれど、ごめん、もうこの話ある意味キャラ萌えだけで見ちゃっているからさ!というか、私これを10年前に見ているのに、驚くほど話を覚えていなかった。なんかサッカーやりに行く話だって記憶はあったんだけど(見も蓋もないな)、お姉さんの話とか夕顔とかぜんぜん覚えていなかった・・・。
それなのに!なのに!ダイゴとヤマアラシのシーンは微に入り細に入り覚えてるあたりが人間って正直ね!(お前だけだYO!)「お前の銃でジャコウを撃つ!」とかね・・・たまらん。大好き。アンケートに思わず「この二人で一本作品を作って下さい」とか書きましたよ。「触るな!この銃はヤマアラシのものだ!」とか!ああ!もう岡達ダイゴ最高!最高!
10年前に見たときたまたま千秋楽で・・・いや違う!同時上演の「ヒトミ」の千秋楽だったんだ!だからエンディングのあとすごいおまけがあって、それで客席からダイゴとヤマアラシが登場したんだよ。その時もめさめさ格好良くてねえ・・・ってなんか縁側で茶飲んでる年寄りの思い出話みたいになってきてますけど!?
ちょっとだけ真面目になんでこの二人が好きなのか、っていうとキャラメルにしては珍しく変に正義漢ぶってないところが好きなんだなあと。でもってこの二人の関係性もツボなんだよなあ。腕はいいけどおおらかで食べることが大大好きなヤマアラシと、文句いいながらもヤマアラシを信頼しているダイゴ、っていうのがさー。かっこいいのよねん、パートナーシップって感じで。
ともあれこの二人のコンビがまた見られたのは本当に幸せでした。マジ、萌え萌えでした。この二人が見たくて西川&大森ののはら&諸星は諦めたのだけど、大内さんと坂口さんのコンビもすごくよくって収穫な気分です。いやーホント、格好良かったよ!ダイゴ!
2005/08/26 本多劇場 F列23番
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
私が初めてケラさんの作品を見たのが「下北ビートニクス」で、なんで見に行ったかというとその前年あたりの「演ぶチャート」で手塚とおるさんがベスト5ぐらいに突然登場した(突然ではないんだろうけど、それまでお名前を存じ上げなかったのでそう見えました)からで、へー「ナイロン100℃」って観たことないなあ、と気になっていたからなのです。でもその「下北」の前に手塚さんはすでにナイロンをやめていて、だから私にとって「手塚×ケラ」というのは自分が”間に合わなかった”ある意味象徴のような組み合わせでしたから、健康復活!となってもう飛びつきました、はい。
とは言いながら、ケラさんの純粋なナンセンス芝居って「ビフテキと暴走」ぐらいしか観ていなくて、しかもその時はどうやってついていったらいいのか目を白黒させていた私が果たして健康についていけるのか!?と不安もありましたが、目の前のことにただ笑ってばかりいたらあっという間に終わってしまった。楽しかったわー。
自虐ネタ、攻撃ネタ、揶揄ネタてんこもりで「意地の悪さ」に満ちあふれた感じも、なんだか「下北ビートニクス」を思い出したりして。手塚さんとケラさんのフリートーク?っぽいシーンでのキャラメルネタにすいません、涙が出るほど大笑いしてしまいました。オープニングの映像も笑ったなあ・・・。顔田顔彦さんが出ていて、なんで?と思ったら健康に所属されていたことがあるんですね。クビになったとパンフのコメントで書いていらっしゃいましたが(笑)
パンフといえば1日100部限定で売っていたらしく、たまたま早めに劇場入りしたので買うことが出来ました。あーーよかったーーー。すげえ凝りに凝ったパンフですよ。これを100部限定っていうのも意地が悪くて素敵だ。
しかし手塚とおるさんは最高だったなあ。バカ歩きを生で観ることができたのも感涙!でしたけど、黒子のナイロンの新人?にむかってブチギレるところが最高すぎてうっとりしました。最近なんだか真面目なところでお見かけすることが多いのだけど、やっぱりこっち側のひとだったんだよね!みたいな。この人を観るのが最大の目的だったので、満足しすぎるほど満足させてもらいました。
あと、今はもう普通に会社で仕事をしていらっしゃるという新村量子さんが、ブランクがあったとはとても思えない存在感で素晴らしく、うおー役者復帰してもらえないものかしら、と思ったり。
カーテンコールで「またやるのかどうかはわかりませんが、やるとしてもこういうバカなことしかしませんので今回つまらないと思った人は来なくていいです」みたいなことを言うケラさんのとなりで手塚さんがうんうんと頷いていたのが非常に印象的でした。
2005/08/26 歌舞伎座 1階1列24番
「伊勢音頭恋寝刃」
殺しの場面があるというので楽しみにしていたのだが(するな)、それほど陰惨という感じでもなくて、はっきり青江下坂に貢が操られているという感じなんですね。いや、まあいっぱい死んでるんだから陰惨っちゃ陰惨か。
満座のなかでいびられている貢と、愛想尽かしをするお紺。これ、私生まれて初めて歌舞伎座の最前列!だったのでもう穴があくほど正面の福助さんを凝視してしまいました。ひとつひとつのリアクションを目立たないながらもきちんとしてらっしゃるなあ、と新鮮でした。煙管を吸いつける時の仕草とか、手が細かく震えてたりするんですよ。いやー見応えあった。
貢をいじめぬく万野の勘三郎さんがこれまたいやなオンナで、すっきりした姿の三津五郎さんに思わず同情してしまう意地の悪さ。豪華なキャストで堪能の一幕でした。
「蝶の道行」
染さまと孝太郎さんのお二人。私、踊りって本当に全然詳しくないのにあれなんですけど、日本舞踊であれダンスであれ、踊りって足下が見えないと価値半減、みたいな気がどうしてもしてしまうんですよねー。最前列って、実は足下はほっとんど見えないのでした・・・。蛍光カラーに富んだサイケデリックな美術とか実は嫌いじゃないんですけど、あんまり踊りとしては楽しめた感じがなくてそこがちょっとだったかな。
「京人形」
楽しくて可愛らしい一幕でした!左甚五郎が恋した太夫に似せて作った人形に魂が入って動き出してしまうという筋書き。その人形に甚五郎の魂が入ってしまってるので、姿が太夫なのに男の動きってのが何とも言えずおかしい。太夫の落とした鏡を入れると女になり、それを抜くとまた男、という落差がベタなんだけど笑ってしまう。
人形の扇雀さん、甚五郎の橋之助さんともにすごく可愛らしくて、ほっこりほっこり。
2005/08/26 歌舞伎座 3階1列29番
「橋弁慶」
確か去年も松竹座で七之助くんの牛若を見たような気が。牛若ってなんか、七之助くんにすごく合ってるよねえ〜〜。
話がどうより二人の役者を楽しむ、という感じの一幕。獅童さんの弁慶がちょっと物足りないかなあ、と思いました。
「雨乞狐」
すごくすごく楽しみにしていたので、はじまったとき異様にドキドキしている自分が・・・。
基本的に踊りは苦手の部類なんだけど、本当にたのしく観れました。早変わりというトリッキーさもさることながら、ひとつひとつのキャラクターがちゃんと立っている感じがさらに良かった。座頭のときの愛嬌、小野道風のとき(これがマジかっこいかったんすよ!)の雅な感じ、狐の嫁のかわいらしさ、どれも印象的ですが、やはり狐のときが素晴らしかったように思います。踊りがみずみずしくて力があって、もちろん私自身が勘太郎くんのファンだということもあるけど思わず見とれることしばし、という感じ。
奥のセリからの人力高速飛び出しのあとからは、劇場全体が感嘆と興奮に包まれていたような。勘九郎狐の名前をもらって嬉しそうに花道の向こうへ去るまで、いや去ってからもざわめきの消えない客席でした。
2005/08/20 シアタードラマシティ 7列41番
作・演出 後藤ひろひと
大王の芝居のタイトルは大抵一癖も二癖もあるんだけど、今度もまた「ダニ小僧」。これでも、英訳したタイトル見ると全然おかしくないのね!「Princess and Danny Boy」だもん。ダニ小僧でダニーボーイ。うまいんだかなんなんだか。歌のダニーボーイとはやっぱり関係あるんでしょうか?
とある老人ホームを訪ねている二人の若者。どうやら男の方の祖母がここでなくなり、遺品を引き取りに来たらしい。落ち込む男の前に車椅子に乗ったおばあさんが現れ、二人を「船長と洗濯娘」だと言い自分はスミレ姫だと言い張る。ボケたお祖母さんの戯言として片づけようとする男だが、姫の「ダニ小僧」探しに振り回されるうちに目の前に次々と不思議な出来事が現れだす。
「日常」というもののなかにひそんでいる、いつもは見えていないだけ(かもしれない)のものが姿を現して、別の世界へひととき連れて行ってくれる。これぞファンタジーというようなお話。
後藤さんのことですから、絶対に手軽に感動なんてさせてくれないし決めるシーンは茶化すし、だけどラストシーンでダニ小僧が客席に向かって「これだけ沢山の人が居る中で、たったひとつだけ願いが叶う」なんていう風に持ってくるのは悪魔的なうまさだとしか思えない。あのシーン、みんな何願いました?私はね、素直に願いましたよ。「ダニ小僧と姫が再会できますように」って。それがちゃんと目の前に現れてくるとねえ、嬉しいものなのよ。まるで、自分の願い事が叶ったような気がしちゃうのよ。すごく幸せで、泣きたくなっちゃったりするのよ、これが。これをうまいと言わずして何という。
うまいと言えばもうひとつ、劇中の「ダニ小僧」のお話の外枠に、自殺するためにとある廃墟ビルに来てしまう男の話があるんだけど、これがまた実に効果的。二人の会話もそれだけで充分おかしいんだけど、「きっと有名人なんだろ!サインもらおう」「今から死ぬのに?」とか、急にふっと現実の冷たさに触れさせるような展開がすごく印象に残る。舞台の上でははちゃめちゃファンタジーが展開しているんだけど、それを観客と地続きのものにしてくれていたなあと思う。
ダークネスなエンディングを持ってくることが多い大王にして、ちょっとないぐらいのハッピーエンドっぷりが逆に新鮮でよかったです。
典型的悪役を楽しげに演じていた松村武さんと大路恵美さんのイッちゃったキャラぶりが際だってよかった。山内さんはねえ〜、おいしい役だよね〜(笑)とか言いながら、ああ、やっぱぴかっこいい!とか思ってしまったわけですけれども。佐藤康恵ちゃん、この中ではやっぱりちょっと苦しさが際だつか。舞台を引っ張っていくシーンになると弱さが露呈する感じ。高杉さんの役も、もうちょっと面白くできたかなあと思った。芋宮殿MITSURUには言うことありません、はい。大好きですあのキャラ。腹筋さんのマイムをすっかり「ツッコミどころ」というポジションに置いていたのは良かった。あれはあのマイムを楽しむものではなく、あの後のツッコミ含めて一芸だ!と私は勝手に思ってますんで、ええ。松永女史の出番が少なかったのが残念。ユースケさん、振り回されキャラも自然でよいよい。贅沢を言えば最後一暴れしてもよかったかな?とは思いますけれども。
カーテンコールではユースケさんが本来の(?)姿に戻ってテンション高く客席を煽り、総立ち、大合唱でエンディング。非常に幸せ感たっぷりで、楽しかったです。
2005/08/14 新神戸オリエンタル劇場 1階N列31番
作・演出 小林賢太郎
「この夏、ラーメンズが増えます。」ということで、小林賢太郎・片桐仁のお二人に加えてお馴染みの久ヶ沢徹さん、西田征史さんに野間口徹さんの5人で繰り広げるコントライブです。
コント見ている間中ゲハゲハ笑っていたのに、終わってみると本当にすっからかんと忘れていて、レプリーク(だっけ?)のインタビューで小林さんが言っていた「終わった後、あれ、なに見たっけ?というような舞台にしたい」という言葉を図らずも体現してしまいました。舞台上の台詞とかシチュエーションとか、覚えるの得意な方なんだけどなあ。すがすがしいほどに覚えてない、今回。いい意味で勢いにまかせて言葉を積んでいっていたような気がします。
しかしだからこそその勢いの波に乗ってしまうともう「箸が転がってもおかしい」状態になってしまうわけで、後半はかなりそんな感じで笑い疲れてしまいました。以下ネタバレ、かな?
好きなのはオープニングの3連発。「愚問」は最高。あと夕焼け卓袱台コントも良かったです。ヨガ教室はラーのコントと似たテイストでしたが、ツボにはまるとたまらんものがありますね。「素顔のままで」に死ぬほど笑いました。
ある程度衣装を変えたりセットを変えたりというのも5人ライブならではで新鮮でしたねー。小林さんの貞子女装がこわおもしろかった・・・。チャンスハンターの時の衣装も好き。でもいちばん好きなのはやっぱスーツですスーツ!皆さん黒でびしっと!しかし中でも西田さんひとりが黒シャツに黒ベストで後ろ姿のセクシーさにくらくらきた。あれでもうちょっと細腰だったら言うことないがそれでも充分眼福でした。ああ細腰のベストさえあればおかず無しで白飯が食べられるよ!
日替わりと思われる久ヶ沢さんの今日のサインは「スガシカオ」。親子姉弟の物干し台シーンの最中片桐さんがトランプを散らかし、小林貞子に呪いをかけられてました。チャンスハンターの時一旦芝居がグダグダになり、小林さんが西田さんに「お前が戻さないと誰も戻せないんだぞ」と言われていました。最初に脱線したのはどっちなのかは判別つかず。今日は小林さん、そのほかにも台詞間違いあったような。
カーテンコールで片桐さんは、今日の「だったらいいのに委員会」の決め長台詞で噛み気味だった人が居ます!と言いだし。噛みそうだったのを強引に言いきった!って感じだったんですけど、小林さん曰く「完璧な噛みだったら聞いている方はうわっ流れを盛り返さねば!と頑張るけど、中途半端だとこっちも中途半端な気持ちのままいってしまう」そうです。西田さん小さく仁さんに謝るの巻。
しかし、短かったなー。不満らしい不満があるとすればそれだけ。1時間40分ぐらいだったろうか。もうちょっと長く見ていたかったよおおん。
舞台美術がすごい仁さんぽい、と思ったら本当に仁さんでしたね。しかし極彩色に塗られていると思ったセットが全部照明で色をあてていた、というのがオープニングまずいちばんのびっくりでした。私上手の端の席だったんだけど、終わった後で中央から見てみたら上手の造形物はほぼ「阿」、下手はほぼ「吽」で阿吽になっていたのかな?と思ったり。あの舞台はひとつの宇宙!?
観客のノリも非常によく、カーテンコールで小林さんが「昼公演なのにテンション高い」と仰っていたほどでした。確かにすごいよくウケてたー。新神戸は端の席だと声ちょっと聞こえにくいんだけど、笑い声でかき消されちゃうシーンも多々ありましたね。
ラーのコント見ていてもそうなんだけど、小林さんて「言葉」ってやつを一回バラバラにして、仕組みを見てからもう一回戻す、みたいな作業が自然に出来ちゃう人なんだなあと思うことが多いです。だからこそ独特の不思議な感覚が味わえるんだろうなあ。でも、既存の言葉を信用しないみたいな感じもなきにしもあらずで、それがKKPの時とかの押しの足りなさとも関係あるのかなあなどと思ったりもし。って、自分でも書いててわけわかってないんじゃないか、とツッコミつつ終わります。いやいや、毎度毎度楽しませていただいてそれだけでも充分です!面白かった!
2005/08/12 愛知県勤労会館 7列27番
脚本・演出 天野天街
3月に拝見した二人芝居の面白さと、なにより「百人芝居」っていうその無謀な試みに心ときめかせ遠征してみました。だってもう何がどう転がっても、「見たことのない風景」が観れそうじゃないですか?そんな貴重な機会逃すわけにいきませんて。
私は最初、「とにかくどーんとでかいこと」という意味での「百」って捉え方をしていたんだけど、芝居を観ているうちにこれは「二」の次は「百」だよなってすごく納得してしまいました。3とか4とか20とか、そういう数字じゃこの「弥次喜多」は成り立たないんだなあと。弥次喜多という2の数字のつぎは、もう個が認識できない数字であるべきで、だとしたらやっぱりそれは「百人芝居」だよなあと。
席は7列目でしたが、前3列が潰れていて実質4列目。161人が揃ってのダンスなんかはこれは後ろで観たかったなあ〜と思いつつ、確かに圧巻です。踊りもだけど、161人の声が一斉に響くというのもそうそう聴けるものではないですよこれは。何が、というシーンでもないのにわけもわからず胸が震えるというか、そういう力を持ったシーンがあちこちであって、それはこの圧倒的な数あってこそ、というのもあったと思います。私は個人的に背後一面の障子が開いてプロペラが回る演出が大好きでした。
二人芝居の時の「リアルってなんだ?」という問いかけではなく、今回の芝居では「この世の中のリアルって死だけじゃないのか?」という問いかけをなんだか感じてしまいました。弥次さんにむかって何度も「もういない」「喜多はもういない」と繰り返されるからなのかもしれないけど。雨の中に喜多さんだけがいて弥次さんが取り残されるシーンがすごく哀しくて、本当に取り残されたような気持ちになってしまった。
あと、シャトナーさん演じるヤマモクのシーン。俺はいっぱい考えたんだ、だけどなにもわからない、という彼の言葉がすげえ沁みた。だってみんなそうじゃないか。みんななんにもわからず、なのに考えることをやめられずに生きていくんだ。泣けたなあ。
さねよしいさ子さんがこの回ゲストで、161人を引き連れて歌う歌と声がずーーと頭の中に残ってます。
朝と夜の間に
夏と冬の終わりに
何があるというのか
なーんにもないよ
いやほんと、ええもん見させてもらいました!
2005/08/08 シアターBRAVA! 2階B列41番
作・演出 松尾スズキ
初演はね、大阪公演がなくて。だから近小でやった、「舞台中継」を見に行ったんだよなあ。生で観れなかった、という思いがあるからか、この作品のDVDもCDもかなりヘビロテしていて、初演のキャストが染みついてしまっているわけで、でもやっと生で観れる!という喜びも大きく。
最初の「ケガレのテーマ」が流れてきたときにその感傷のあまりすでに涙ぐんでしまいそうになりましたが、この作品やっぱりいつもの松尾さんのテイストよりちょっとライトにつくってあるような感じで、これぐらいの方が私はぴったりくるなあと見ながら思いました。1幕の最後のカスミがやっぱりすごく大好きなんだけど、その後がなんだか中途半端に歌になっていたので涙が引っ込んだ(笑)。あれ、やっぱりここは台詞で感動させすぎずミュージカルっぽく終わるのじゃ!っていうことなのかな?あそこだけすっごく「正当派ミュージカル真似」って感じで絵面がおかしかったんだけど、こっちは感動モードになっちゃってるのでどうにもこうにも。
2幕でケガレがハリコナと狂い踊りをしながら「未来のあたしは儲けているかな」というところ、そこでミサが「安心しなさい。儲けているわ」と返すシーン。すごく良かった。ここだけでなく、ケガレとミサが時間を超えて会話するシーンはどれもこれも良かったなあ。そして地下室から出ていこうとするケガレと、戻っていくミサが交錯するシーン。地下室から漏れる光と、地上から射し込む光が二人を照らすところがどうにも好きで、こういう終わりのない構造を舞台で見せられるのに非常に弱いんだなあと改めて自覚しました。
キャスト変更あったとはいえ、私の中では秋山カスミと阿部ハリコナが続投であればもうほかは贅沢言いません、という心境であったので(本当は宮藤ジュッテンもだったけどそれは見たら意見が変わった)殆ど違和感なく観れました。続投ウェルカム!な秋山菜津子さんのカスミは5年経ってもその素晴らしさ変わらず。「海老痛」「ここにいないあなたが好き」はどちらもほんと名曲!「ここにいない〜」のダンスは今回のも格好良かった〜。
阿部ハリコナ、大浦ジュッテンのコンビは、これはこれで可愛さ満点で良し!大浦ジュッテンは宮藤さんのにくらべて朴訥でほんと気のいい兄ちゃん風味でした。ハリコナの可愛さはこれまた5年経ってもすこしも色褪せることなく、まじで身悶えだえ。くっそーかわいいなー、なんでこんなにかわいいんだちくしょおお!
古田さんからじゅんさんにコンバートでえ、ダイズ丸は新感線枠なの?と思いましたがやっぱりこの二人では出てくるキャラも相当違って興味深かったですねえ。じゅんさんのダイズ丸のほうが、「こうなったらなにをやっても生き延びてやる」なある種いやらしさがあって新鮮でした。
でもって今回ハリコナBになった岡本健一くん!個人的には篠井さんのハリコナBより断然好きです!阿部さんのハリコナと地続き感があるのも良いし、賢くなってたらゲイになっていた、というのも意外性があるのでいちいちリアクションがおかしい。「ガッカリして、もう、女装!」とか清々しくも中途半端で爆笑でしたよ。歌も踊りも、やはりきちんとどこかで学んできているというのはこういう舞台では大きな武器だなあとも思いました。
ジュッテンからマジシャンへ役が変わった宮藤さんもすごくよかった。やっぱりこの人役者としてすごい人だわ、と改めて認識しました。マジシャン、いい役じゃん・・・。なんだか最後哀しかったよ。そういえば初演と同じ役なのにまるで違う人みたいだった皆川さんのカウボーイはすごかったな。あれもう別人じゃないですか!
今回、2週間前に主役降板というハプニングがあって急遽代役に立った鈴木蘭々さん。最初のカネコ組とのやりとりの時、ちょっとイメージじゃないなあと思うところがあったんだけど(なんというか、幼すぎて)後半、とくに2幕がすごく良かったです。歌がうまいことは以前舞台を拝見していたので不安はなかったし、最後の歌は本当に魂が入っていてよかった。歌い終わった後の笑顔が最高キュートでしたよん。
2005/08/06 ドーンセンター E列31番
作 W.シェイクスピア 脚本・演出 山崎清介
毎年夏のお楽しみ、今年も来ました「子どものためのシェイクスピア」公演!今年の演目は「尺には尺を」。問題劇とよばれるものに分類されるそうで、このカンパニーが取り上げるまでまったく知らなかった無知な私。おかしいなー、「一冊でわかる!シェイクスピア作品ガイド37」読んでるのになー(あんちょこに頼ってる時点でなにをかいわんや)。
ウィーンの街の公爵ヴィンセンシオが、旅に出ると偽って身を隠し、その間に権力の座に着いた男の行動や家臣、庶民の行動をじつはこっそり観察しているという筋書き。束の間の権力の座に着いたきまじめな男は四角四面に法律を適用することに意義を見いだし、淫売宿を取り壊し姦淫罪で男を死罪にしろと言うが、その男の妹イザベラが嘆願に訪れると、彼女の清廉潔白さに恋をして、あろうことか「兄の命を助けたければ私と寝ろ」とセクハラ発言。さてイザベラはどうやって兄の命を救うことが出来るのか?
公爵ヴィンセンシオが計略を練り、最後の裁きの場で「顔を見せろ!」といわれて出てくるあたりはそのまんま「遠山の金さん」状態で、そのあとの「えええ!」という展開も含めてかなり強引な感じがします。っていうかマリアナとアンジェロはいいのかそれで・・・と誰もが思ったのではないでしょうか?パンフレットの松岡さんの解説によれば、イザベラがヴィンセンシオに求婚されたところで舞台は終わるそうで、それに対するイザベラの反応は戯曲には書かれていないらしい。ほーーーーお。いいねいいね、そういうの大好きです。今回のカンパニーではイザベラは「ごめんなさい」するわけだけど(台詞じゃなくてぴょこん!と頭を下げてしまう)、返事を描かずにカットアウト、って手もアリなのかな〜と思う。ヴィンセンシオも同じ穴の狢・・・みたいな感じで。
イザベラは兄の命と引き換えに自分の操を要求されて「お兄さまには覚悟を決めて頂きましょう」となるわけだけど、ここは軽妙洒脱にシェイクスピアを料理するこのカンパニーの面目躍如、大爆笑のシーンに仕上がってましたねえ。クローディオの「やっちゃえよーーー!」とか大好き、もう。序盤はなかなか芝居に入って行きづらい感じがあったのですが、アンジェロがイザベラに恋に落ちるあたりからすごく面白かったです。
アンジェロ役の山口雅義さん、堅物男が徐々に崩壊していく様子が絶妙でした。微妙にいやらしく、微妙に生真面目。山崎清介さんの女装も嬉しかったわ、おほほほ。ヴィンセンシオは、役柄としては自分は好きではないんだけど、伊沢磨紀さんにやられてしまうとかっこいいわかわいいわでなんだか公爵の味方をしてしまいそうですよ。
お馴染みのハンドクラップと群唱、毎回思うけどこの言葉のチョイスのセンスには感服します。すごく戯曲の世界に入っていきやすい。最後のちくりと刺す構成がまた見事。劇中でヴィンセンシオがアンジェロにいう台詞「早急には早急を、猶予には猶予を、類には類を、そして尺には尺を」の言葉の通り、観察には観察をもって報いるべし。
今回もパナソニックツアーで、破格の2000円で観劇させていただいたのですが、これはパナソニックツアーだからかもしれないけど非常に子供さんの数が多いんですよ、毎回。でもって殆どの子がすごく集中してきちんと見ているのだけど、やっぱり何人かはね、騒いでしまう子もいるわけで。今回、私の前に座っていた家族連れはそれはもう、普通の芝居ならありえない!という(何度も席を立って出入りを繰り返す、立ち上がる、喋る等々)感じだったのだけど、この公演に関しては私、「自分が子供さんたちのところにお邪魔して見せていただいている」感が根っこにあるからか、何が起こってももう「集中!集中!心頭滅却心頭滅却!」で乗り切ってます。それにね、休憩時間に子供たちがさっき舞台の上でやっていたハンドクラップを思わずやってしまったりするのを観れるのはこれまた非常に心愉しいものなのだ。というわけでね、来年もお願いしますよパナソニックさん!と言いたい私なのでございます。
2005/07/31 松下IMPホール 全席自由
「演劇のロックフェス」・・・というのは呼称としてどうなんでしょうか?(笑)とか、そんなどうでもいいことが気になる私です。まあしかし、15分×6組で1時間半あまりを、1000円で見れるというのはすばらしい価格設定だと思う。私は当日券を買うつもりだったのだけど(当日は倍額2000円)、入場前にくれるプレスに前売り料金で見れるクーポン券がついているので、自動的に1000円で見れるという・・・素晴らしい。喫茶店で2時間時間潰したって1000円はかかる昨今、これなら「演劇って高いんでしょ?」とは言わせない。
私が見たのは2日目16時開演のstageE。出演者ごとにざっと感想。
清水宏
私のお目当て。今日のネタは「映画の予告編」。「サザエさんハリウッドリメイクバイオレンスアクション編」とか。個人的にオール名古屋ロケ敢行、愛地球博記念E.T 名古屋版」がツボでした。
ニットキャップシアター
モノローグの語り手と演じ手を分けていてなかなか新鮮。これはコントと言うよりも、本当に芝居の「短編」という感じだった。きっちりした作品で好感。
デス電所
本当になんだかイキオイ一発!という感じのネタで、あまりの作り込まれてなさに正直ちょっと見ていて辛いものがあったのですが、最後の挨拶のお話によると劇団員が来れなくなってしまって急遽捻り出したネタだったらしい。なるほろねー。
宮川サキ
「ネズミ女」という題材で、喫茶店らしきところでネズミ講の勧誘をする女を演じた一人芝居。面白かった。こういう芸風のピン芸人いたような・・・?誰だっけ?
ラ・サプリメント・ビバ
最高。大絶賛。めちゃめちゃ笑いましたよもう。「サンプラーコント」と言ってサンプリングした台詞を役者に振り当ててるんですけど、台詞の切り取り方、シュチュエーションの切り取り方がすごい巧み。「建もの探訪」をもうまともに見れない。10月に次回公演があるそうなので東京方面の方にはおすすめです。最高笑えます。
エッヘ
すごく久しぶりに拝見したような気が・・・あの黒ビキニパンツが懐かしかった。相も変わらず下ネタ男子中学生コントでしたが、今奈良さんがなんだか格好良くなったような気がしたのはなぜ?最後はやっぱり脱いでました。チラ見せ程度でしたけど(笑)
15分の持ち時間というのは冗長になりすぎずよい感じでした。30分ならつらいけど15分なら楽しめる、というネタもやっぱりあるわけで。個人的には今回は「ラ・サプリメント・ビバ」を見れただけでも1000円の価値あったと思います。また是非大阪にも来て下さいね!とお願い。
2005/07/30 シアタードラマシティ 2列15番
作・演出 長塚圭史
個人的には過去のいくつかの長塚作品のようなカタルシスは今回感じられなかったのですが、作品として完成度の高い一本だと思いました。どかんと重量級。
私はホラー全般がもうとにかくダメで、スプラッタなんてマジ勘弁して下さい!なんだけど、こういうグロは大丈夫なんだよな・・・明らかに作り物とわかるからか、「怖がらせる」「気持ち悪がらせる」ために出されているものじゃないからか。WEE THOMASのときも最前列で見たけれど平気だった。別に観た直後に肉食えといわれても大丈夫です。
「愛しているから」という言葉の下につく言葉はどこまで許されるのかな?「愛しているから」「結婚する」、「愛しているから」「セックスする」、「愛しているから」「殺す」、「愛しているから」「食べる」。まともとまともじゃない線引きはどこ?老夫婦が自分の死んだあとのことを思って相手を道連れにするのはまともじゃない?一方的なストーカーが相手に性行為を迫るのはまとも?愛しているから食べるんだ、と言った渡部は?
結局は、どんな行為も相手の存在ありきだ、ということにすぎない。「愛しているから」が「愛し合っているから」だとずいぶん違うんだ。だけど長塚さんの作品に出てくる人たちは皆「愛しているから」としか言わない。そのいびつさがおそろしくもあり、切なくもあり。
その一方通行のいびつさの中で、たったひとり「ワタシ」だけがきちんと相手を意識しているところがなんとも。キラキラにまみれながらキラキラの台詞を吐いて去っていく市川しんぺーさんに笑い泣き。
しんぺーさんのシーンはぐっと来たんだけど、しかし最後までフラットな視線で見れてしまったなあという感じがあって、私の好きないくつかの長塚作品で連れて行かれたような揺さぶりは今回なかったんですよね、自分には。それがなんでなのかは自分でもよくわかんないんですけど。
ラストの爆発音は高速増殖炉なのだろうけど、ここはいろいろ解釈できるところですよね。爆発が起こって放射能が漏れ、ここにいる皆遠からず死んでいく、つまりこの阿鼻叫喚からの救済を用意しているのかな?とも思ったのだけど、パンフ読んでまたちょっと考えてみたり。今回、チラシの意匠が長塚さんがカメラを構えている図で、宣伝写真のコンセプトはみな「撮られてる」というシュチュエーションなんだよね。つまり「撮る」って行為をかなり重要なモチーフにしているんだと思ったんだけど、ラストで美弥子がテレビをつけるんだけど、それまでテレビをつけたら必ず(100%だったと思う、記憶に間違いがなければ)高速増殖炉のニュースをやっているのに、ここで流れてくるのはまったく関係のない番組。つまり「本当のことだけ映さない」テレビと、「本当のことだけを映す」中島のカメラを対比させているのかなあと。ま、このへんはどう解釈しても多分許されるところだろうと思うので、そんなことも思ってみたり。
風間杜夫さん、さすがのオーラ。最初に出てきたシーンだけで充分すぎるほど怖い。台詞も何もないのに、一瞬動きを止めたり、じっと見つめる仕草だけで観客にいやな汗をかかせる。私風間さんを見たいのに、あまりの怖さにわーー早く閉じこめちゃって!とか、逃げて逃げて!とか必死に思ってしまいましたよ。あの衣装棚からでてくるところはシャイニングばりでしたな!有起哉さんに迫るところ、凄かったなあ。でも正直、その気持ちわかると思ってしまった私ですよ。あの琢哉の真っ直ぐさは痛い。凶器となるほどに。勝哉は狂気のひととは私には思えなかった。ただ哀しいなあって。だからこそ、しんぺーさんの「あんたは誰かを幸せにしましたか。産まれてこなければ良かったのはおじいちゃんのほうだ」という台詞が痛かったです。
息子をやった北村有起哉さんはこれ、非常に難役だよなあと思いました。受ける一方だもんね・・・。北村さん、さりげないシーンのさりげない感情の発露がうまくて、それがこの琢哉という役にリアリティを与えてると思う。お父さんと最初に再会するシーンのあの表情!永作さんとの絡みもよかったなあ。永作さんほんっっとに可愛いし!「こういうグロは平気」と言っておきながらなんですが、私は冒頭みたいなかわいい二人のやりとりも大好きですよ。あーこのまま幸せだったらいいのになーこの二人、と何度も思ったけど、こういうのはジェットコースターの登りのようなもので、最高点からあとは落ちるに決まってるんだ。くうう。
古田さん、すげえ楽しんでやってらっしゃる様子がありあり。渡部が熱弁を奮うところはすごい迫力でした。「俺が先に死んだら俺を食ってくれ」的なことを母親に頼んでいたという割には、「ワタシ」に迫られて震えるあたり、本当に「愛しているから」だけで突っ走ってる感があってよかった。あれ、喜んで食わせていたらそれはもう倫理感がまるごと違うってキャラクターになってしまいますもんね。
今回、物語の中で長塚さんの目線の役割を中島がしているのかな、という感じがあります。お話の目線は有起哉くんなんだけど、それを見て(撮って)いる視線がどこか、ありますよねえ。それにしても中山さん、またしても最初このひとちょっとうざいな、とか思わせるのに結局いちばん格好いい、って役じゃないですか!携帯折ってもいいよ!とか言ったとこじーんとしたよ!
あと、忘れちゃいけないトリュフくん(笑)。私、舞台に古田さんが居たらもうどうやっても古田さんに目がいく病気なんですが、それでも思わずトリュフくんに集中しちゃったもんね。かーわいかったああああ。おとなしくしてるよね〜!その後の悲劇を想像しつつ、愛嬌あるトリュフくんにしばし和みました。それにしても泣く子と動物にはとはよく言ったものね!
2005/07/28 松竹座 1階左列8番
千秋楽、行って参りました!今回1階の左側から見たので、なんだか視界が変わって新鮮でした。
東京千秋楽のような特別演出はなく、基本に忠実に、ではありつつも、五月の歌舞伎座と中日ごろに拝見した「研辰」と比較してやはりテンションの高さは今日が最高でした。
特に福助さんと勘三郎さん。
福助さんは13日に拝見したときは「あれーずいぶんおとなしいのね」とちょっと思ったぐらいで(あれで?と言われそうな気もするけれど)、扇雀さんのほうが目立っていたような気がしましたが、今日はもうなんだかすさまじいテンションでした。特におよし姉さんのときが凄かったです。ここにきてより笑いの取れる方向に声のトーンを変えてきたシーンまであって、その役者魂、あっぱれじゃ!という感じ。
勘三郎さんはとにかく客の呼吸をつかむのが天才的だなあと見るたび思わされるのですが、今日もまさに硬軟自在、といったところ。お部屋様に取り入るところがこまか〜い小芝居が増えていて(正座したままくるっと一回転とか、あれマジですごい)、もう何度見ても笑ってしまいます。そういえば「だんまり」のシーンで染さまと唇を近づけるシーン、本当に「ちゅっ」っとやってましたね(笑)そのあとの染さまの「うーわーーー」って顔がすっげおかしかったです。
あと、大師堂の場面で、辰次が「あなたがたはわたしを討てという、それがわからない」という場面、ここの「あなたがた」を勘三郎さんは以前よりもはっきり舞台上の群衆ではなくて、私達観客を意識させるように演じていた気がしました。それまで箸が転がっても笑っていた客が、そこで次第にしん・・・と静まり返っていったのがすごく印象的。
前回の感想では触れていませんが、4年前(でしたかね?)の時と較べて、染五郎さんの九市郎が断然良くなっているよなあと見るたび思わされます。九市郎と才次郎の兄弟が話の背骨をきちんと伝えてくれている部分が増えている感じがしました。辰次を斬ってしまったあとの兄弟二人の会話は特に秀逸。あの「やっと殺せた」という台詞の苦さがひしひしと胸に迫ってきて、泣けました。
そうそう、今日の稽古場での兄弟立ち回りは完璧でした。おふたりの「よしっ」というお顔が素敵。染さまと勘太郎くんの並び、なぜか大好きな私。しっかり兄さんとほんわか弟、という感じが何とも言えず良いです。ちなみに辰次にからかわれるネタ、才次郎は先日の地震の話も増えて「震度3で『お前大丈夫か』って電話してたじゃないか、この間の震度5の時は気絶していたくせに!」と言われておりました(笑)
私は野田版の初演、五月歌舞伎座、当月松竹座で2回と計4回、この「野田版・研辰」を拝見させていただいたのですけども、今日見ていて思ったのは、こんなに何度も見ているのに、何度見ても笑えるというのは本当に凄いことだ、ということです。結局お笑いか、なんて浅薄な、と言われるかもしれないけれど、例えばこの物語で描かれた群集心理や集団心理の無責任さ、人を殺す正当性というものはあるのかということ、そういったものを表現する、またはできる人は沢山いるでしょうが、ここまでそれを「笑い」というものと一緒に提示してくれる人、役者はそうそういないのではないでしょうか。特に、勘三郎さんを初めとするこの一座の方々のこの前向きの努力を欠かさない姿勢は、多くの役者に見習って欲しいと思うところです。正直なところ、これを今の小劇場の役者たちでやってこの面白さが出せるかというと、疑問だよなと思ってしまいます。
人を笑わせることの出来る役者は、泣かせることも感動させることもできる。人を笑わせる、というのは本当にたいへんなことです。それをまったく、なんの苦もなくやり遂げているかのように見える彼らの底力に感服つかまつりました!という感じ。
さて千秋楽ということで、勘三郎さんと野田さんのご挨拶がありました。
勘三郎さん、こういう新しい試みをやらせてもらっています、大阪では初めてでどうなるかと思ったけれど、毎日沢山のお客様に愛されて幸せです、とご挨拶。ちなみに昼間の「沼津」でもカーテンコールあったらしいですね。いや、あの沼津はスタオベしたくなりますよ・・・。紹介したい人が居る、今日さっきロンドンから着いたばかり、明日また朝8時に帰るんですけど、と言って野田さんを舞台へ。野田さんも若干緊張気味のお声で、「こんなにいい舞台をつくってもらって、演劇人冥利につきます」と仰っていました。
そのあとで勘三郎さん、これからも僕らいろいろやっていきたいと思っています、のあと
「雪も降らせたいし、桜も降らせたいし。」
ぎゃーーーーー!!!
と一人激しく客席で反応してしまいました。
続けて「二人でいろいろ考えています、でも皆さんが来て下さらなければ出来ないわけで、やっちゃダメ、って言われないようこれからも頑張ります」と仰ってました。
桜・・・マジで、超期待してしまうんですけど。いつかこの夢が叶うと思っていいんですか?いいんですか?わ、私待ちますからいついつまでも!!!
2005/07/19 松竹座 8列16番
「寿曽我対面」
苦手ジャンルかなと思ったけどかなり集中して面白く見れました。勘太郎くんが出てると集中力が違う(私の)。染さまが弟の五郎で勘太郎くんがお兄さんの十郎というキャスティングが面白いなあと。歌舞伎座で梅王丸見た後だからかもしれないけど、逆の方が想像しやすいキャストではありつつ、でも十郎素敵だったからもう良し!染さま、「苦手」だと仰っていたけど、後半は乗ってる感じがしました。ああいう役って難しいだろうなあと思いながら見てしまった。あと、孝太郎さんの舞鶴がなんかすげー存在感あって良かったです。それにしてもまた出てる、梶原景時。歌舞伎を見に行ってこの人の名を聞かない日ってないんじゃないだろうかと思うほどの頻出率。ある意味すげえ。
「源太」「藤娘」
苦手の舞踊でしたが巧者お二人のおかげで面白く。とかいいつつ源太で何を踊っているのかいまいちよくわかっていなかったのですが。ってこいつも梶原一門かい!勘三郎さんの藤娘、すごくかわいかった。あと舞台一面の藤の花にちょっとうっとり。好きなんです、藤の花・・・。
「口上」
個人的には歌舞伎座はお伺いすることが出来なかった三津五郎さんの口上がいちばん楽しみでした。それにしても松竹座、間口狭いーー!我當さん翫雀さん進之介さん愛之助さん孝太郎さんのに松嶋屋の方々がなんだかきゅーーーーっと寄っていて裃の端がぶつかりまくっていてどうしたもんかという感じだった。三津五郎さんと扇雀さんのご挨拶は簡単に言うと「大阪中座の巡業中はいろいろ悪さもしたがちょっとここじゃあ言えねえな」みたいな感じ(まとめすぎ!)福助さんはお二人の息子を若虎に喩え、うまく「猛虎」という単語を口上に組み込むことに成功していた、さすが阪神ファン。仁左衛門さまは「素敵な」を短い口上の間に10回は仰ってたんじゃないでしょうか。でも拍手の量はさすがに圧倒的(勘三郎さんをのぞけばだけど)。勘三郎さんの挨拶の中の「大阪の街がなければ、今の僕はいません」というお言葉に深く感動。
「伊賀越道中双六 沼津」
これこそまさにまったく期待していなかった一幕。歌舞伎ではよくある「実は親子だった!」「がびーん!」「実は兄弟だった!」「がびーーん!」という「実は」シリーズがちょっと苦手なので、これもあらすじ読んだときは警戒してた。それなのに
ボロ泣き。
いや「実は、なんてそんな都合のいい話あるかよ」とか、そういうのってどうでもいいのね。むしろ物話なんて後付け上等、それぐらいの感じだよね。だってもう、内心ツッコミたいと思ってたはずなのに、そんなことどうでも良くなっちゃってたからねえ。ただひたすら十兵衛の気持ち、平作の気持ちにびしばし打たれちゃって、たいへんだったもん。
十兵衛の仁左衛門さま、素晴らしすぎ。前半のいかにも人のいい旦那っぷりも素敵だし、千本松原での平作とのやりとりなんて、魂入りまくり。着物を掛けてあげるところ、笠を上からそっとかけるところ、ついに取りすがって泣いてしまうところ・・・もう泣きすぎて頭痛い。
勘三郎さんの平作、そんな年じゃないのに見事な役作り、そしてこちらも見事の一語。襲名の中で勘三郎さん絶好調だなこりゃ!と思ったの初めてかもしれない。それぐらい、この平作よかったです。
仁左衛門さんと勘三郎さんの息がまたぴったりで、前半はほんと面白いシーンの連続。だから余計最後のシーンが哀しいんだよ・・・。
福助さんは、私は福助さんの演じる徒っぽい感じのおんなのひとが大好きなので、お米みたいな純情一路な女性ってのは新鮮だなーと最初思っていたのですが、後半になるにつれどんどん違和感がなくなっていく。十兵衛を見送った後父に許しを請うとことかすげーよかったです。
2005/07/18 IMPホール K列32番
作・演出 マキノノゾミ
6年ぶりに劇団員全員がうち揃ったそうで、まずはめでたい。1年に1回でもいいので、M.O.Pはがんばって続けていってもらいたいよ〜〜〜!
今回「集大成」的な作品と銘打たれておりましたが、なるほど、マキノ作品を今まで見てきたひとなら「集大成ってそういう意味ですか!」と違う意味で納得な、M.O.Pお得意のお話かなと。
舞台は地中海の孤島にひっそり佇むホテル、オリゾンテ。ホテルの女主人アンナとその恋人、ホテルに滞在しているバカンス客たち、そしてアメリカから来たという謎の男。時は第二次世界大戦のまっただ中、ある日、島の唯一の交通手段である渡し船とともに、不穏な客人たちがやってきて・・・といった感じの舞台設定。
集大成というか、「名場面集」というか、今までの作品のエッセンスがあちこちに見え隠れしてそれを想像するのも楽しいかな。最後まで飽きさせない展開はさすが。個人的には、最後はどちらの意味でもちょっと余計かな?とも思いつつ、マキノさんらしいといえばらしいのかもしれない。
しかし個人的にはもう話がどうこうと言うよりも三上市朗・小市慢太郎・キムラ緑子のクリーンナップがどーん!とセンターに立っているのがもうそれだけでご馳走ですよね、という感じ。三上さんも小市さんもピンで見てもすっげえ魅力的な役者さんですが、お二人並ぶとまた全然違うテイストの魅力が出てくるところがいい。ここにもう1枚、男看板が加わっていたら、私の勝手なルール「いい男が3人いるとブレイクするぞよ占い」が発動していたような気もするんだけど、M.O.Pは逆にここにドリさんという魅力的なヒロインがいるからこそ他の劇団には出せない魅力が加わっていると思います。
ちなみに今回、小市さんがホテルの女主人の恋人で自称作家、三上さんがアメリカから来た謎の経歴の男、ドリさんがそのホテルのかっくいー女主人を演じてらっしゃいます。小市さんとドリさんは結構甘いシーンもあって、もう、あんた・・・・。三上さんは三上さんで後半殆どコスプレ大会だしねえ。どんな目の保養かと。どのお姿も私は好きですが、最後のスーツがちょっとたまらんかった。あんなシンプルで格好いいって、ほんとヤバイ。
M.O.Pにも9年ぶりだとかで新人さんが入ったようで、これがまた声がいいんだわ!マキノさん、絶対声で役者選んでる。いや、ダメじゃない。むしろ大歓迎。酒井さんや木下さんをはじめとするお馴染みの方々もがっちりはまっていていい感じ。岡森さん、今回の役いいよねー!今までの系統ではありつつ、ちょっと三の線。小市さん、かなり色っぽい役。素敵。素敵すぎて熱がでそう。三上艦長ももちろん最高。でも、なんだかんだとクライマックスを持っていったのはドリさんでした。ちくしょー、憎らしくなるぐらいのうまさだなまったく!
2005/07/13 松竹座 3階1列21番
ざっくり感想。「宮島のだんまり」は昼の部の口上代わりというか、最初に芝翫さん、仁左衛門さんと勘三郎さんのご挨拶もあり、その他オールスター総出演という感じで目に楽しい一幕。芝翫さま大活躍!
大津絵道成寺。唐子が出てきた瞬間に思い出しました!これ見た!見てるよ!見たことをきれいさっぱり忘れてた・・・おいおい・・・そうだったそうだった、唐子のなかにひとり笑瓶そっくりなひとがいる!って言って友人が言ってたんだった。でも「とう尽くし」とか全然覚えてなかったなあ。面白かったです。早替わりが本当に早くて思わず拍手拍手。雁治郎さん、お若い・・・!!
研辰。見るたび、毎回泣いているような気がする。どうにも弱くてダメです、この物語は。五月に歌舞伎座で拝見したときと比較すると、地元だからか?扇雀さんのはじけっぷりがレベルアップしていたような気がします。東京では福助さんがとにかく印象的でしたけども。あと、勘三郎さんは断然こなれてきた印象。東京の時はやはりお疲れもあったのかなあ、とも思うんですが、全開で飛ばしてらっしゃいます。この人の天性の愛嬌というか、人を惹きつけてやまない魅力というのはまったくすごい。どうしても勘三郎さんに目がいってしまいますもんね。
松竹座の3階席、結構すき。1階はどうしても客の反応が勝ちすぎるきらいがあるけど、3階だとそういうことがないので集中しやすいのかな。私はどうも遠くの席で見る方がのめり込みがちなのかもしれない。でも近い席も好きだけどさ!
2005/07/12 シアターBRAVA! C列21番
作 三島由紀夫 演出 蜷川幸雄
元の能の舞台も、三島由紀夫さんの本も未読。まず「卒塔婆小町」、休憩を挟んで「弱法師」。蜷川さん、三島さん、能楽集、となんだか縁遠いような感じがしていて、今まで再三見る機会はあったにも関わらずスルーしておりました。今回のお目当てはもちろん藤原竜也くん。
話としては「卒塔婆小町」の方が好きでした。見終わった後またネットでいろいろと調べてみたのだけど、元の能のほうの舞台がすごく気になっております。観てみたいかも。
「何かをきれいだと思ったら、きれいだというさ、たとえ死んでも」という詩人の台詞がすごく印象的。「昔、私を美しいと言った男は皆死んだ」というのはもちろん逆説的な言い方にすぎないのだけど、詩人が気付かずに巻き戻した針が、一瞬のうちに解き放たれて人生の絶頂を通り過ぎて死んでいく、というシーンが素晴らしかった。
小町役の壤晴彦さんも凄いの一語なのだが、久しぶりに拝見した(大阪にはなかなか来てくれないのね、洋さんはね)高橋洋さんの詩人がよかった。っていうか、小町の手に取りすがるシーンあたりからエロくてエロくて、「君は美しい」と言って死んでいくところなんていいのかこんなもの見せて、というぐらいえろかったです。すげーどきどきした。
これだけの出番で嵯川さんや鷲尾さんが出ているのがすごい・・・と妙な感動をしてしまった「弱法師」。圧巻はなんと言っても後半の藤原竜也の独白ですが、そこに至るまでの裁判所で二組の夫婦が俊徳の言いなりになっているシーンもよかった。俊徳と級子の二人だけにひんやりとした空気感があって、親たちの狂騒ぶりがなんだかいっそう哀れだったり。
幸運なことに3列目のど真ん中で見させていただいたのですが、後半俊徳が舞台の中央に歩み出てくるところ、藤原くんの目に確かに燃えさかる炎が映っていると思わず思ってしまったほどの表現力、イメージの喚起力に脱帽。身を乗り出すどころか、あまりの迫力に圧されてちょっとのけぞり気味になってしまった私だ。対峙する夏木マリ姐さんの底知れぬ冷ややかさも印象的。かっこよかった・・・
2005/07/09 MIDシアター D列7番
チラシが気に入って初挑戦。基本的に「物語」「言葉」「台詞」を重要視してどうしても舞台を見てしまいがちなひとなので、マイムとかダンスとかって縁遠かったんですが、まあ何事も挑戦だ!と。
しかし面白かった!!
舞台の上で身体が自由であるってすごい!!!
<イメージの出発点として・・・>
一列にゲームのこまが並ぶ。ゲーム盤にその駒を配する。
プロペラ、机、椅子、水筒、鞄、帽子、ゴーグル、操縦桿・・・。
ある男もその上に置かれた。
男は軽く空を見上げ、歩き始める。
ゲームのルールのもと、予期せぬ物語が始まる。(公式サイトより引用)
昔川崎悦子さんが役者さんたちが踊るダンスを私はダンスとは呼ばない、動きと呼んでる。だってちゃんとダンスを踊ろうと思ったら何年もかかるから、そう言っていたのをちょっと思いだしました。ああ、すごい。なんて身体が雄弁なんだろう。言葉がないことなんて忘れて見入ってしまいました。終わった瞬間ものすごい熱い拍手をしてしまいそうになった(みんなもう一度照明がつくまで待ってたから我慢したけど)。
言葉で説明するのはまるっきりもう無理!なので、公式サイトで見れるスポット映像をちょっと見てみて下さいな、という感じかしら。あの緑の照明のなかで繰り広げられるダンス・・・すげー良かった。うまく言葉で言い表せないですけど、エッシャーの騙し絵の舞台版というか、むしろ騙し絵の中に自分が入ったような感覚を味わえます。
1時間半ぐらいの舞台だけど、本当に集中できた良い時間でした。見に行ってよかった!!
2005/07/07 新神戸オリエンタル劇場 K列11番
作・演出 倉持裕
川沿いに立つ劇場で、1年もの間ロングランを続けているとあるオペラ。その劇場のVIPシートに併設された部屋では、オペラ歌手の恋人の作曲家が彼女がステージに出ている間中このVIPルームに居続けている。判で押したような毎日に退屈する作曲家。ところがその日は、作曲家の友人を初めとして、見慣れない人たちがその部屋を出入りしはじめる。
えーと。見ながら勝手に自分の中でしていた解釈が、パンフの最後の「ネタバレ」であらまあ、全然ちがうわ、ということがわかっておはずかし。
うーんネタバレをしないで感想書くの難しい。ということで先に役者の感想。小林高鹿さん、細見大輔さんに伊達暁さんと目に優しい男前が多くて楽しい。細見さん、衣装的なこともあるけど彼本来の二枚目さが良く出ているのでファンにはたまらなかろう。伊達さんとともにさすがの存在感。小林さんと玉置さんはやはりある種慣れというか、安心してみていられる感がもっともあったおふたりでした。瀬戸カトちゃん、きれい。こぐれさんは、ああ、こぐれさんだなあと(笑)片桐仁さん、ぼくもとさきこさんはコンビとしてはすごくよかった。でも片桐さん、最後もうちょっとがんばって欲しい。
以下ネタバレするので未見の方は見ない方がいいです。というか、見たら本編面白くないと思うので是非回避で。
ちょっと散漫な感じがするかなあというのが第一印象なんですが、私はこの話の中の「現実」を美鈴と細山、宇賀と水内と多希だけととらえていて、だからオペラが終わって水内がシルクのマフラーをして再び客席の方から帰ってくるまでのあれこれを「作曲家が日常を脱却するために思い描いた出来事」だと思っていたんですねえ。だから散漫な感じがするのも、それは「細山の思いつきだから」だと思っていたんだけど、でもパンフ見たら違うようです。うーんそうかー、そうなのかー。
片桐さん非常に大事な役で、彼が細山に迫る場面は台詞も非常に印象的なのですが、もうちょっと片桐さんの持ち味と違うテイストを感じられるといいのにな、と思ったり。
あと小林高鹿さんのピアノ、あれ本当に弾いてますよね・・・?すごい。
宇賀の「今度はたまに出てくる役でお願いしますよ」とか堀込の「マネージャーってことにしたんでしたっけ」とか、多希の「こっちもあっちも同じじゃない」とか、倉持さんのテイストだなあと思いつつもっと現実と妄想の境界がわかんなくなっちゃうようなところまで描いてくれた方がいっそ好みかも、とも思いました。客席を挟んで舞台の上とこの部屋で「パリアッチ」の世界が展開するっていうことなんだろうけど・・・ちょっといろいろ伝わりにくい印象。
パンフによると舞台上で演じられているオペラは「パリアッチ」らしいんですが、それは台詞では説明、なかったような。でもあらすじを言ってくれるからそれでわかる人にはわかるのか(芝居のタイトルなんだから言わなくてもわかるだろとか言いっこなし〜)。私は劇中で「衣装をつけろ」の音楽がかかったときにようやくわかりました。オペラ全然知らないけど、この曲だけ映画「アンタッチャブル」のおかげで知っているのです。そうか、そういう話だったんだ、パリアッチ(道化師)って・・・。
2005/07/06 シアタードラマシティ 11列36番
作 ジョン・キャメロン・ミッチェル 翻訳・演出 青井陽治
1年前絶賛を博した三上ヘドウィグ、早くも再臨。それだけ「彼女」との再会を望んだひとが多かったということなのでしょう。衣装やメイクが様変わりして、なんというかゴージャアアアアアス!という感じになっており。ゴージャスと言ってもキラキラ派手派手の、大阪のおねーちゃんが履く大阪でしか売ってないピンヒールのようなある種行き過ぎたゴージャスさで登場したときちょいと驚きました(笑)
基本的に昨年の日本版初演と大きく変わるところはないものの、個人的に見た感じの印象は結構違うものがあって新鮮でした。去年はなんというか、もっと「ショウ」に近いものだったような気がしていて、だから見終わった後ああ、この曲で踊りたい!もっと歌が聴きたい!という感情が実はすごくあったんだけど、今回はこのあとアンコールで何か歌う、というのがちょっとしっくりこないよなあと思うほど、最後のMIDNIGHT RADIOで完璧に物語が閉じた、という感じがしたからなんです。つまり今年の方がより「ステージ」として完成されていたんだなあと。
去年はどこに着地するかわからないはらはらさがあったけど、今回は着地する場所が三上さんにはきちんと見えている、という感じ。
去年はすこしたどたどしい部分もあった客とのMC風コミニュケーションや、ステージでの語り、バンドとのやりとりも今回はまったく手慣れたもので、そのどぎつくも可愛らしい仕草や言葉がたまりません。ほんとカーテンコールで出てくるまで「三上博史」ってひとの存在をちょっと忘れるぐらい、ヘドとしての存在感はすごいものがあります。
ここからちょいと脱線。
初演時に「ヘドウィグを日本でやるなら吉井和哉にやってほしい」というような声がちらほらとあったのは、やっぱりマリーさんの姿やJAGUAR HARD PAINでのコンセプチュアルなロックショウを知っているひとからなんだろうと思うけど、私は吉井にヘドをやって欲しいとは思わないんですが、でも吉井のやっていたことと、ここで歌われていることは同じ魂を持っているよなあとは強く思います。
脱線終了。
Musical batonでの「5曲」にヘドの「Wig in a BOX」を入れたぐらい、私はこの曲が好きで好きでたまらんのですけど、なんつーかこの「目が覚めて、自分に戻るまでは」という切なさと、「もう二度と振り返らない」という歯軋りのような思いにもーカンタンに泣いてしまいます。あと今回はMIDNIGHT RADIOがキたなあ。切なくて優しい。たまらん。
2005/06/19 京都府立文化芸術会館 7列30番
作・演出 蓬莱竜太
佐々木蔵之介さん久しぶりの舞台、しかも二人芝居、お相手佐藤隆太くん、作演がモダンスイマーズの蓬莱竜太氏、ということで「こりゃ見てえ!見たすぎるよ!」と地団駄踏んでいたら京都公演があって今泣いた烏がもう笑ったというような私でした。やっぱ、蔵さまのご出身が京都だからなのかな?ありがてえありがてえ。
とある有名なお笑い芸人の息子である兄弟。兄は父のあとを継ぎ売れないながらも芸人を目指し、弟は家出同然に飛び出した後東京でバンドをやっていて、父親の葬式にも帰ってこない。四十九日にひょっこり現れた弟と兄がお互いのことを語り出す。
この話のクライマックスは間違いなく、弟が背負ってきたリュックの中から夥しい数の「ネタ帳」が叩きつけられるところであって、それまでたった一冊しかない、と思われていたネタ帳をめぐる攻防や、亡くなった父親像がそのワンシーンでまったく違う顔を見せてくる、というのがすごい。だらだらと父親のことを語るよりも、あの夥しい数のネタ帳が何より彼らの父親を如実に伝えていると思う。
ビルの屋上というシュチュエーションですが、弟の方はその場所にとどまる必然性が実はないので、「引き留める」という作業がやっぱり多くなってしまうのが後半はちょっと気になったところではありました。あと、父親が弟に渡していたネタがとてつもなく高度なものだったと知った時に、それまで頑なに「芸人」に拘っていた兄が真に挫折するわけですが、あそこはもうちょっとくどくやっても良かったような気はします。父からのプレッシャーに恐れを感じて逃げた弟の気持ちは割と通ってるんだけど、兄の方は「憧憬」以外の父親への気持ちがあんまり伝わってこなかったからなあ。
ほぼ全編に渡って蔵之介さんが話を運び、ネタをし、舞台を背負わないといけないので(弟のほうは、極端に言えば関西弁で激昂するあの一瞬にすべてがかかってると言ってもいい)大変だろうなあと思いつつ、生真面目なのにどこかへなちょこ感満載な兄貴っぷりを硬軟自在に演じていてさすがです。怪獣な感じの蔵さま、ひさしぶりに見たかも。佐藤隆太くん、言いたいことをうまく言えないキャラが、佐藤くんの持つ一生懸命な感じとよく合ってた。ドラムのところ、へんにリアルで笑いました(笑)。
2005/06/15 神戸文化ホール 11列30番
作 平田オリザ キム・ミョンファ/演出 イ・ビョンフン 平田オリザ
芝居の感想は感想として、さらっとそれのみを書こうかとも思ったのだけど、どうにもそれでは据わりが悪くて結局何回も書いては消し書いては消ししてしまった。結局それでも何をどう書いていいのやらわからなかったりするわけだが、そんなこと言っていてもいつまでも書けないし、どうしたものやらである。
具体的に書けないので歯に衣着せまくりのような発言でもうしわけないのだけど、私は仕事で毎日毎日たくさんの韓国の人と、結構特殊な状況で会う、ということを繰り返しているので、この芝居にはなんというか、芝居とは別のことでいろいろ考えさせられたのです。
ソウル、漢江のほとりでのピクニック。韓国に暮らす日本人達が通う韓国語学校の初級クラスの生徒達が花見をするのだ。先生の弟夫婦と母親もピクニックに来る予定になっている。彼らの話す自分のこと、国のこと。桜の花は静かにはらりはらりと散るばかり。
舞台上では日本語と韓国語が飛び交いますが、それだけではなく日本語どうし、韓国語どうしの会話も同時多発で進行する場面もかなりあります。それに韓国語の字幕まで見なきゃいけないので、結構忙しい。
自分でも驚いたんですが、実は「日本人」の人たちが話す韓国語はかなりの部分わかりました。韓国人同士の会話はもうまったくお手上げ!だけども、あれぐらいゆっくりだと単語の想像がつけば字幕は見なくてもついていけて、言葉が不自由なものどうしのすれ違いやら勘違いもあーわかるわかる、と思ったり。
でも本当ならもっと理解できて当たり前なんだよなあと思ったりもして、結構反省したりもしたのだった。「最低限のことを伝えあう」というのはそんなに難しいことじゃないけれど、ちゃんと話すというのは本当に難しいしそれこそ本気の努力が必要なのだ。私の回りには韓国語を流暢に話す人が沢山いるのだが、彼ら彼女らも本当に地道な(そして猛烈な)努力をしているのを見てきているので、やっぱり自分はダメだなあと落ち込みもし。
正直なところを言うと、韓国側と日本側のぶつかり合いは、もっと激しいものを想像していたので、そこはすこし驚きでした。在日の問題についても、もっと突っ込んでくるのかなと思っていたし。今回神戸という公演地で、おそらくこの地方公演の中でも最も在日の方が多い土地だったと思うのだが、おそらくたくさん見に来ていたと思われる神戸在住の在日の方がそのあたりどういう風に受け止められたのか、伺ってみたい気もしたり。
とはいうものの、かなり後になって堪えるシーンというのも結構あって、昨日仕事で日本語を少しだけ理解している韓国人のおじいさんと、片言の韓国語と日本語で話していたら、突然佐々木久子さんの
「面白いって言ってもいいですか?・・・面白い。好き。・・・・ごめんなさい。」
という台詞が頭の中に溢れてきてしまって、あやうく仕事の最中なのに落涙しそうになってしまったのだった。あの舞台でのオモニの姿が、なんだか誰の姿の中にも見えるような気がして、激しく動揺してしまった。
でも、私は韓国という国と「分かり合わなきゃ」とか「好きにならなきゃ」とかはまったく思っていない。国が違う、というのは実際大したことなのである。私は個人的に、国籍なんて大した問題じゃないなんて顔をして、「本当の意味での国際交流」とか「わかり合わなきゃ」とかいう人を信用できない。日本と韓国の間にも、最後までぴったりと寄り添うことのなかったシートのように、「河」は厳然としてあるのである。河がないかのようにふるまったり、河を見ないようにしたり、そういうのは全然「理解」なんかじゃないだろうと私は思っているからだ。
ただ、どれだけ違っても、どれだけ議論しても、イーブンであれ、とそれだけは思う。当たり前のことだと思われるかもしれないが、当たり前だからこそ、私はこのお互いがイーブンであるということが、一番大切なことだと思うのだ。
芝居の中で印象に残ったのは、オモニの「浜辺の歌」はもちろんなのだが(これは冒頭で佐々木さんがくちづさんだ時からすでに私の涙腺はやばかった)、西谷と先生が遊覧船にむかって大声で叫ぶシーンである。それまでに舞台の上にあったある種の閉塞感を吹き飛ばしてくれるようないいシーンで、その後に続く弟さんと西谷の交流も含めて舞台に明るさをもたらしてくれる素敵なシーンだった。
西谷は最初に「一石」を投げてしまう、無神経な人物として描かれていて、劇中何度も「うーわーーー(もう頼むから口を閉じれ)!!!」と思うシーンが多々あったが、それでも、例えば屈託なく「韓国が好き」といい「韓国語を学ぶのは面白い」という林田と較べて、じゃあどちらが「理解」に近づいているのかと言ったらそれは西谷の方ではないかと私は思う。林田の屈託の無さこそが、時代が変わったと言われるものなのかもしれないけれども。
日本、韓国、双方の側で中心となる三田和代さんと白星姫さんがやはり絶品であった。お二人以外も実力者揃いの舞台で、とくに印象に残ったのは佐藤誓さんと先生役の李南煕さんかな。小須田さん、いつ拝見しても若々しくて驚くなあ。
「イーブンであること」が大事だと私は書いたけれど、それはやはり「そうではない」場面に出くわすことが今まで少なからずあったからかもしれない。いろいろなことにとらわれて意識しすぎるよりも、林田のような単純に「好き」という新しさが、これからの関係を支えていくのかもしれない。どちらがいいのかは、正直私にもまだはかりかねている問題なのだけれど。
2005/06/04 MIDシアター Cブロック1列1番
作 千葉雅子 演出 河原雅彦
小劇場で大衆演劇を!というコンセプトだそう。なるほどなんだか昼メロな香り。でも昼メロより品がある気がしました。座長村岡希美さん、座付作家千葉雅子さん、座付演出家河原雅彦さん、にぎやかし坂田聡さん、という4人の一座に毎回豪華なゲストが参加して繰り広げられる「たつことかつこ」姉妹の「いつみても波瀾万丈」人生!
かつこをレイプする役柄の「レイパー」とたつこに恋する「ラバー」の二人が毎回ゲストで出てくるそうなんですけど、今回はレイパーが粟根まことさん、ラバーが松重豊さん。松重さんよ一体舞台何年ぶりだい・・・映画ばっかり出てないで舞台も!舞台も!レイパー、ラバーと名前はわけられてますがこれ二人ともラバーでありレイパーですよね。最後に「愛してる」って待ってた言葉をくれる歌川もラバーだし、がっちり心を掴んでおきながら「俺がだめなんだよ」なんて言って去ってしまうへなちょこ五十嵐もレイパーだ(心の)!でもごめん、へなちょこ、僕大好きだよ!三度の飯より好きかもしれないよ!あんな強面でへなちょこってある意味最高・・・最高。それにしても舞台に居る松重さんってどうにも存在感放ってるよなあ。またスズカツさんとやってくれないものか。粟根さん、落差のある結構激しい役所、お着替えも多くて素敵なファンサービス。つんつるてんの浴衣が個人的にはツボでした。
ところで五十嵐が「俺もむかし妻と子どもを・・・」そのあと聞き取れませんでした。「亡くした」って言ったの?「失踪した」って言ったの?誰か教えて〜。
私は千葉雅子さん初めて拝見したとき(阿佐スパの「十字架」だった)、舞台上のファイトがなんとも本気でそこに惚れたのですが、今回そのファイティングをたくさん見れて幸せでした・・・若い女のギャーギャーうるさい「逆ギレ」じゃなくて肝の据わった女の「ブチギレ」って感じがすごく好き。もっとやれ!と思う(笑)。村岡さん、いつ見ても佇まいが素敵だよなあ。でもってほんっっっとに声が最高。身体を張った好演でした。あの深い声で「あんなに情けない声出すとおもわなかったんだもの」なんてダークなことを言ってみせるその奥行きが素敵だわん。
オープニングの「ガヤ4人衆」ってまとめられ方にも笑ったんですが、皆さん芸達者だなあと。小林顕作さん芸風幅広くてすげえなと思いつつ、ちょっとキャラに走り過ぎかなとも。これ、ガヤの人たちも毎回変わるのかしら。そっちも面白そうだよなあ。
来年も、ということなのでゲスト陣含めて楽しみにしております。いろいろ謎な部分も残されてるし。息の長いシリーズになるといいですね!
2005/06/03 HEPHALL H列2番
ドナ学会(ドナ研)のすげーファンというわけでもないのだが、ついつい見てしまいますね。いつもどおりなんだかゆる〜い感じで。今回腹筋さんがトップバッターでしたが、パワーマイム・・・まあグダグダでそこは面白かったけど・・・。浅越ゴエさんはさすがに手堅い、という感じ。久保田さんのは意味不明ながら自分は結構好きです。っていうか久保田さん、ずっと博士の名前間違えてたし!
今回の私的目玉は平田&小松コンビだったんですが、大変満足。小松さん素敵すぎる。どうしよう。声もいいし笑いの間は天才的だしほんとたまらんものがある。毎回ドナ学会は他の出演者の発表を舞台上で他の人も聞いているんですが、久保田さんのネタにめちゃめちゃ小松さんがウケてました。かわいかったな・・・(どこ見てるんですか)。
客席に後藤大王がいらっしゃっていて、フィルム発表の時振り返ってみたい衝動を抑えるのに必死でした(笑)
2005/06/03 シアタードラマシティ 15列42番
作・演出 鈴木聡
「最悪な」は「人生」にかかるのでしょうか「ガイドブック」にかかるのでしょうか。どっちもなのかな。いわゆる「勝ち組」からは程遠い人たちの、人生をやっていくための「ガイドブック」。読んだら元気が出てくるかも?ただし、「勝ち組」になりたい人にはお役に立たないかもしれません。
ドイッチとオノッチ、実はそっくりな人物が私の回りにいるのですよ〜。だから観ている間自分の知り合いに二人が被って被って。しかも結末までなんか似てるの!
オノッチが「仕事だってわかんないけど、とにかく俺はシェフになるって決めた。だからここで頑張る。可愛い子いっぱいいて目移りするけど、おれはキヨッペに決めた。だから結婚して二人で頑張る」と言うけど、いい男の子だよなあ、と本当にじーんとした。でも私、ドイッチの「決めない勇気」ってのもわかるんだよなあ。私はそんな勇気がない人間なので、言ってみれば「ちゃんと」就職して手堅く勤めてはいるけれども、でもそういう決断することで何かに属する安心感、的なものを手に入れてはいるわけですよ。「何者にもならない」って実は結構キツイことのような気がするんですよね。
お話的には、個々のシーンには満足しつつもちょっとファンタジーな展開かなとか思いましたけど、「決める勇気」と「決めない勇気」というのは凄く頷けるなあと思ったのでした。
あと、ミュージカルというよりは「音楽劇」だよね、とも思いました(笑)なにをもってミュージカルというか?というのはそりゃあまあ人それぞれでしょうけども、でも音楽よりも台詞が印象に残っているしなあ、と。その中でも印象に残ったのは「待ちながら思うこと」「エレベーター」とかかな。
さて、私の好みの傾向を知る方々には読まれてしまっているでしょうが、個人的に今回の草刈正雄さんにずっぱまりでした。なんなんでしょうか、あの弾けっぷり。自由すぎだ。思い出し笑いで帰る道々すっかり変な人だったよ私は。共演の役者さんたちが次々と繰り出される草刈"それは卑怯だ!"演技に本気落ちしていくのもわかるってものです。もちろん「エレベーター」のショウストッパーな歌声も素晴らしかった。ああいうちょっと胡散臭いぐらいの男前だからこそコメディやるとはまるよねえ。
「BOYS TIME」以来となった森山未來くん。最初に拝見したときもこの子踊りすげえ!と思ったんだけど、今回もその踊りの素晴らしさを堪能できて満足。歌もいいし芝居もできるし、まさに次世代のスターだ君は!小林隆さんや三鴨絵里子さんのキャラもよかったな。川平さん、なんとなく以前に拝見したことがあるような役回りでありつつも、憎めない魅力ふんだんで人柄が出るなあと。愛されキャラですよね。
2005/05/29 シアタードラマシティ 19列2番
作・倉持裕/ケラリーノ・サンドロヴィッチ/後藤ひろひと/故林広志/千葉雅子/土田英生/長塚圭史 演出G2
「SEVEN 15minutes stories」という副題つき。今をときめく7人の作家に、それぞれ15分の短編を書き下ろしで書いてもらうという贅沢な試み。普通の2時間芝居を長編とするなら、これは短編、オムニバス小説集です。
それにしてもまあ、揃いも揃えたり、な作家陣だよなあ。
各作家の舞台を一度でも見たことがあるひとなら、多分容易に「これは誰の作品」と当てられる気がします。当てる楽しみも含めて見たい、という方のために式次第は色変え。
「仮装敵国」式次第
一、開場
二、暗転
三、長塚圭史作品
四、倉持裕作品
五、井手茂太作品
六、土田英生作品
七、千葉雅子作品
八、故林広志作品
九、井手茂太・佐藤史郎作品
十、後藤ひろひと作品
十一、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作品
十二、暗転
十三、ご挨拶
十四、暗転
十五、閉会
ちなみにこの式次第は当日チラシの中に挟み込まれているので、誰がどの作品か見たくない人は要注意。
短編なのであまり内容について書きすぎると楽しみを削いでしまうことになるかも、ということで全体的な感想に終始しちゃうかもしれませんが、何より「15分の短編とはいえ(いや短編だからこそ?)作家のカラーははっきり出る」ということが如実で、それはとても面白かったです。「敵」という共通のテーマを投げて作品を書いてもらったようなのだけど、その舞台の切り取り方にもそれぞれカラーが出てます。個人的に、長塚作品と千葉作品は出だしでわかりました(笑)
例えば「え?」とか「何?」とか「なんで」とか、そういう台詞とは言えない合いの手みたいな言葉が、実はその作家の全体のトーンを支えてるっていうのもなんだか発見でした。ケラ作品と後藤作品はそのトーンの違いで「っぽさ」が別れていた気がします。倉持さんのは、途中から「これは倉持さんに違いない」と確信。故林作品と土田作品が実はちょっと迷ったんですけど、この台詞を言う水沼さんなり金替さんなりを想像するとこっちかな?という感じ。
個人的に一番面白かったのは倉持作品、15分という芝居の中で着地点が一番キレイに決まった、って感じ。故林さんの作品もうまいなあ、と思ったな。ケラさんや土田さんの作品は設定自体はどうということはないのに会話でうまく笑わせるなあと。(しかしケラさんの作品はちょっとラジオの時間を思い出してしまった。)千葉さんてあまりこういう短い作品とか書き慣れていない気もするけど(あ、でも電源コントとかうまいよな)、なかなかにシュールでちょっと意外でもあった。長塚さんの作品はなあ、ちょっとタイミングが悪かったような気もしないでもない。気にしすぎかな。途中で出ていったひとがいたので余計気になっただけかもしれないが。笑った具合でいくと後藤さんの作品が一番笑った気もするのだが、最後がなー。これはもうちょっと長くてもいいかも、という感じもしました。
もうひとつのお楽しみは、作家と役者の意外な相性。後藤作品の福田転球、ケラ作品の八十田勇一、故林作品の春風亭昇太に久ヶ沢徹といったところはなんだか意外にもイイ!!という感じであって、これをきっかけにそれぞれの本拠地でお呼ばれ、なんてことになったら面白いなあと思ったり。辺見えみりちゃんは長塚作品での姿が印象的。松尾貴史さんは、今回得意技すべてを封じて「まともな突っ込み」に終始している姿がある意味貴重かも。あと、井手ダンスを踊っているときの福田転球さんのイキイキぶりが際だっていてよかったです。転球さん、ケラ作品でも土田作品でも光ってたし、実力あるひとだよなあと改めて感心。
2005/05/19 シアタードラマシティ 11列19番
作・演出 後藤ひろひと
後藤大王のアイデア一発、という感じの脚本。いい加減だけど勘と要領だけはいい刑事、女を次から次へと変えることから「シャッフル」とあだ名されている男が、転落事故の影響で相貌失認(人の顔を正しく認識することができない)になってしまう。自分の目の前に現れる人物は、同僚の顔をした上司、アイドルの顔をした目撃者、という具合にすべてがシャッフルされて見えてしまう。連続宝石強盗ハートを追う彼の運命やいかに!
アイデアが優れているのでそこかしこにしかけられた笑いの地雷がいとも簡単に炸裂していくのが見事です。シャッフルを演じる伊原さん以外は皆さん他の役になりきらなくてはいけなくて、そのギャップだけでも充分に可笑しい。なかでも平田さんのパワフルな演技にはまったくもってしてやられました。いやーすごいわあの人。三上さんと風花さん、山内さんもそれぞれある意味ステレオタイプな役所を平坦にならずにキャラを立たせていてよかったです。
伊原さんは「シャッフル」のあだ名も納得な愛され型色男で堪能堪能。三つ葉の頭をなでてやるシーンに非常にぐっときた。思えば大王はこういうさりげないラブシーンを描かすと本当にうまいのだよなあ。
ちょっと気になったのは全体的にテンポが遅めだなというか、もっと畳み掛けてくれたほうが個人的にはもっとツボだったろうな、ということかな。
後藤大王が劇中でも説明されていたようにこういう症状は本当に存在します。オリバー・サックスの「妻を帽子と間違えた男」はタイトル通り、本当に妻と帽子を間違える男の話で、その中に事故で相貌失認になってしまった男性の症例が出てきます。
いろいろ突っ込みどころはあるとはいえ(相貌失認でも、声の判断がつかなくなるわけじゃないし)、こういうところからこれだけエンタテイメント性あふれる舞台を創り上げられるというのがすごい。後藤大王のセンスは面白いなあと感心してしまいます。
2005/05/14 歌舞伎座 13列23番
「菅原伝授手習鑑」
「車引」。なぜかぐっと時代が遡って平安の時代ではないですか。道真・・・時平・・・ああ、「陰陽師」で話が出てきた気がするよ!時平って確か博雅の爺ちゃんじゃなかったっけ?(←岡野版)なぜか時平が人外魔境の大物になっていてびっくりしたが、それよりも勘太郎くんの烈しさにびっくりした。血管切れそうな熱演でしたなあ。
「芋掘長者」
楽しかったあ!大好きですこういうかわいい話。お話もわかりやすいし後味も良いし。三津五郎さんがわざとへたにおどったりするところがめちゃくちゃうまい。へたなのにうまいとはこれいかに。芋掘り踊りも愛嬌たっぷりでかわいいのなんの。三月の「鰯売」を思い出すようなほのぼのエンディングで心もほのぼの。
「弥栄芝居賑」
「中村座」の初日に男伊達、女伊達が祝いに駆けつけるというなんとも「ご馳走感」たっぷりな一幕。両花道こしらえて左右にずらっと綺羅星の如く輝くスターさんたちが!みたいな。それぞれの口上が工夫されていて楽しかったなー。染さまはやはり阿修羅ネタでした。それにしてもずらりならんだ女伊達のなかでも玉三郎さんの美しさは際だつわ・・・。
「髪結新三」
どっちかっつーとピカレスクロマンという感じの筋立てで、多分新三が格好いいんだろうけど実はあんまり格好良く見えなかったんだよなあ。役の中で印象に残っているのは家主長兵衛の三津五郎さんと勝奴の染五郎さん。三津五郎さんと勘三郎さんの「鰹と半分もらっていくぜ」のやりとりは最高。勝奴は染五郎さんにしては珍しい、けちーな小悪党って感じの役で、その調子の良さがなんとも言えない小粒感でよかった。
意地張って見栄張って、ろくな最期が待っていないと自覚しつつも粋と見栄を頼りに生きる男、なーんて結構好きな題材だけにもっときりっとした感じが欲しかったかなーとか思いました。
2005/05/13 歌舞伎座 13列15番
「義経千本桜 川連館」
通称「四の切」というのだそうですがどうしてそう言うのかは知らず。*1有名な猿之助さんの狐忠信も、勘三郎さんが平成中村座でやった狐忠信も見ておらず、演目自体初見でした。
なるほど、これが名作義経千本桜か・・・とふむふむと眺めおり。いろいろケレン味溢れる演出も多くておお!と素人な私はいちいち新鮮でした。話の内容は個人的にはあまりピンとこなかったんですけどね。しんみり泣かせるお話という感じはあまりしなかったですね。菊五郎さん、本物の忠信の時の重厚感と狐の時の軽みがいい対比で落差があって面白かったです。
「鷺娘」
時間にして約30分の舞踊なのに、その間にぎっしり詰まった趣向、空気、芸の力に圧倒され。玉三郎さんの美しさに身も心も奪われました。吹雪の中力尽きて倒れる姿に思わず知らず涙が。「研辰」を見に来たお客さんに鷺娘を見せたい、という勘三郎さんの気持ちがわかった気がします。
「野田版・研辰の討たれ」
初演時の興奮もそのままに、遊び心てんこ盛りでなにより「やってる役者さん達が一番楽しそう」な舞台にこちらもにこにこ。勘三郎さんはこういうペーソス溢れる役柄させると天下一品だよなあ。私の大好きな福助さんは二役ともにはじけまくり、扇雀さんとの姉妹コンビも抜群で楽しかったです。
初演の時はお兄ちゃんばっかり見ていた平井兄弟、今回は弟を特化して見てきました。実際はお兄ちゃんなのに、弟キャラがはまるな勘太郎くん(笑)。染さまと二人での立ち回り、お見事でした。
初演の時は最後の展開を知らずに見ていたのですが、今回は最後を知っている分、紅葉の中の辰次の独白が切ないったら。「まだまだ生きてえ、死にたくねえ。生きてえ生きてえ、散りたくねえ。そう思って散った紅葉の方が、どれだけ多くござんしょ。」それまでの、徹底的に笑わせるシーンの連続からここの独白で一気に泣かせるところがたまりません。
何をどう楽しんでも私は別にいいと思う。この芝居をNODAMAPだって言うのも観客の勝手だしこんな新喜劇みたいな芝居歌舞伎座でやるなと言うのも勝手だし、これが新しい歌舞伎だ!と興奮するのも勝手だし勘三郎は天才だ!というのも勝手だ。観客は自分の観たい文法でしか舞台を見ないしそれでいいと思うんだ。私がこの芝居を好きなのはどれだけ祝祭の顔をしていても、その底辺にしっかりとある野田さんの意識、「この綱を切らせるのはおれの手じゃねえ、あの声だ」と辰次が言う、その「声」という存在への意識が感じられるから、そしてなによりもその枠の上で自由に飛び跳ね、人間というものの楽しさ哀しさ形にしてくれる中村勘三郎というひとの気概が感じられるからだと思います。
でも本当になにより、みんな楽しそうなんだよなあ。それが高い金を払ってあの舞台を見に行くお客さんへの、なによりの「おみやげ」じゃないかと思うんだけども。
2005/05/12 青山円形劇場 G33
作・演出 桑原裕子
初見。最近良くお名前を拝見するなと思っていたのだが、最近どころか「何気に10周年(公式ページより)」の年季の入った劇団さんなのだった。うーん、無知な自分。
小学校時代の恩師が亡くなったのをきっかけに、昔「移動教室」で訪れた南国の島に集まる小学校時代の同級生たち。いじめっ子、いじめられッ子、リーダー格の子、影の薄いやつ、転校生。あのころの思い出を語り合ううちに、昔のほのかな恋心、そして、語られなかった過去が次第に浮かび上がってきます。
奇を衒わない素直な脚本で、こちらも素直に物語を受け止めることができました。あの頃の甘酸っぱい気持ち、とは言っても、本当のところあんな風に語るべき「過去」や「恋」なんてそうそうないのが現実の人生なんですけど、それでもちょっと胸が苦しくなるような思いってのは確かにあって、そういう思いを追体験させてくれるようなお芝居でした。
たとえば修学旅行、たとえば夜の肝だめし、たとえば夏の花火大会。ほかの子に見つからないように、こっそり好きな男の子と手をつないだことのある女子は、絶対見るべき。
どんどんシリアスさを増していく後半にあって、「カッコよく成長しなかった自分」にコンプレックスを感じるあまり替え玉作戦に出た彼のエピソードが実にうまく空気を和ませてくれて大好きでした。物語のクライマックス、円形劇場の上と舞台上で物語が同時進行する場面がありますが、ここ、せっかく「舞台ならでは」の演出なので上と下がもう少し会話の中でリンクしていくと面白かったかな、と思いました。一瞬交錯してまた離れていく、みたいなのも面白いし。ちょっとどちらに集中すべきか迷ってしまったんだよねえ。
ツユをやった桑原さんと、タルをやった佐藤滋さんのお二人、すごく印象に残りました。佐藤さん、なんか若かりし頃の久松信美さんを彷彿とさせる味わいがあって素敵でしたー。ほんと、いかにも「まっすぐですてきな男の子」という感じで良かったです。冬馬くんをやった横山真二さんも好きなキャラです(笑)
大人になったっつっても、実はあんまり変わってなくて、でもやっぱり昔のまんまじゃなくて。きらきらの切なさに、後半は思わず涙。見に行ってよかったです。
2005/05/11 ザ・スズナリ F列4番
作・演出 岩松了
岩松さんの作品、今まで2,3本しか拝見していないと思うんだけど、なんだかどうにも苦手意識があって、だからこの3本連続上演シリーズも全然チェックしていなかったのですが、高橋一生くんがねえ、どうしても見たくて。「ハルシオン・デイズ」で拝見して以来、要チェック物件(物件言うな)のお一人なので、完全に役者目当てで見に行ったわけでございます。
うーでもねえ、そんな苦手意識を吹き飛ばしてくれるほど面白かったの!私みたいに「岩松作品ちょっと苦手だなー」と思っている人ほどお勧めしたい!当日券も出るだろうし、今見たら、平日の回ならe+でまだチケット買えますよ!スズナリで29日までっす!
そんな強力プッシュしておきながらなんなんですけど、この作品を「わかる」「わからない」、「理解している」「理解していない」でいったらたぶん私は「わかってないし理解してない」になるんだろうけど(ダメダメですやん)、でもとにかく、何かわかんないけど、すごいもの見た!って感覚だけはしっかりと自分の中にあるんですよ。
ある山奥で合宿免許に参加している20人の男女が登場人物。合宿免許っていう一種独特な、ゆっるーい団体生活の、これまたゆっるーい、でも確かに存在する閉塞感の中で、爆発寸前な彼らのパワーが火花を起こし、スパークし、鎮火していく。その一瞬一瞬の火花の切実さだけはどうにもリアルで、だからストーリーがどうとか、テーマがどうとかそういうことに頭が回らないんだよなあ。その彼らの息苦しさだけが、ひしひしと伝わってきて息が詰まりそうになる。
印象に残ったシーン羅列。冒頭、吉田、君原、聡子三人の空気。風呂上り、ひとり毅然の城内。かと思えば阿部の前でなんだか躁鬱?な独り言。「いい人って言われる人はそのことに苦しんでいる。俺はい人じゃないって自分に言い聞かせてる。でもそうやって言い聞かせるがゆえにその人はいい人なのよ。」アイスクリームが一番美味いのは冬から春にかけてだって、阿部の主張。佐藤さんが夢中な家出娘ってどんな?で盛り上がる男ども。風呂上りののつぼにひとりシャツを渡そうとする早苗。場を支配する水野の登場。早苗とその姉の口論。絵を書く武。吉田と水野のガチバトル。こぼれるジンジャーエールとコーラ。
役者さんそれぞれの見事なテンション、集中力。世界をがっちり作り上げていてすごいです。荒川良々くんのファンはとにかく見に行ったほうがいいと思う。でも、良々だから笑えるんでしょ〜的見方はやめておいたほうがいいよ。だって、マジでカッコいいっすから、彼。本当に。近藤公園さんと平岩紙ちゃん、あ小路勇介くんもだ、大人計画組、いい仕事してます!遠藤雅さんて、初見だと思うんだけどいやー、たたずまいが素敵。一見親切で実は肝心なところ突き放しているクールさが良かった。城内役の佐藤直子さん、演技のテンションが皆「若者暴走」的な方向へ走るのを、ひとりまったく違うベクトルで勝負していて際立つ存在感。チョウソンハくん、多分つかさんがらみで何度も舞台を拝見しているのじゃないかと思うんですが、すいませんやっと個別認識しました。浮いたり沈んだり、激しい役どころ。愛と暴力の境目がわかんなくなっちゃうようなラスト、なぜだか涙が出てきてしまいました。小島聖さん、「男が絶対そっちを向く」と納得させるファム・ファタールぶり、最高。紙ちゃんとの、客席に背中を向けての激情芝居がすごかったです。私のお目当て、高橋一生くん。
かあああっこいいいいいい!!!!
ととりあえず一言叫ばせてください。こちらもまた「女が絶対ほっとかない」モテフェロモン出しまくりですごかった。しかも結構、やな男。たまらんなあ。
2時間ノンストップ、マジであっという間です。見終わった後下北沢のご飯屋で夕食を食べていると、そこかしこで聞こえてくる、知ったかぶった会話をしながらたいしておかしくもないのに手を打ちながら笑っている人たちの顔がなんだかぼやけて見えました。なんだ、そのぬるさみたいな。なんか自分の感覚の穴が開いたっつーか、そんな錯覚すらしてしまいそう。いやーほんと、凄かった。
2005/05/11 シアターアプル 8列34番
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
その世界の外では大層なことが起こっているのに、世界の内側は相変わらず乱雑で混乱していて自分勝手な感情が渦巻いている、世界のひどさと自分たちのひどさは実はあんまり関係がない・・・というような、ケラさん独特の世界観。
飛行機事故で奇跡的に助かったものの、墜落した島は戦火の真っ只中。日本からはなぜか救助にも来ない、現地に住んでいるというジャーナリストに住む所や食料をあてがわれるだけが外の世界との接触口という閉塞感。少しずつ、あるいは一気に常軌を逸していくのが、観ていてじりじりと足元に火をつけられている感じでなんともいえない居心地悪さ。
こういう話前も見たなあというそれこそデジャ・ヴュ感もありつつ、とはいえ3時間15分という長丁場、特に1幕の1時間50分を集中しきって見ることができたのは、それぞれのキャラクターの立たせ方が秀逸だからなのかなと思ったり。中でも赤堀さんの「道男くん」、秀逸すぎて本気で憎らしくなったほど。いやーすごい。快演でした。前半を引っ張ってくれたのは間違いなくこの人だと思う。
話の中身が微妙にタイムリーで、あまりリアルに現実世界と引き合わせるのはやめようと思いつつも、とある場面ではやっぱりちょっと引いてしまった。だってこれ、そんな未来の話でも過去の話でもないんだもんなあ。今だよ、今じゃん、これ、みたいな。希望を託すはずの未来もあるんだかないんだかわかんないんだもんな。
個人的には筒井君のキャラクターが、終盤もっと出てくるかと思ってたんだけど、期待したほどではなくそれがちょっと残念。でも朴訥オタクキャラの雰囲気はすごくよかった。前半の赤堀さんに続いて、後半を引っ張ってくれたいっけいさんもさすが。こーゆう役うまいですよねえ。猫背椿さんと池谷のぶえさんの二人、よかったなあ。特に池谷さんの正体不明な感じ、癖になりそうです。常盤貴子さん初舞台だそうだけど、そうは思えない安定っぷり。細かいことだけど最後のシーンは本気で殴ってほしいなとちょっと思いました。カーテンコールの笑顔がまぶしかったです。
2005/05/10 駅前劇場 当日券
作・演出 西永貴文
動物電気の辻修さん目当てで観劇。思い起こせば・・・もう3年前だったか2年前だったか(あやふや)、猫のホテルの「起きてるものはいないのか!」に客演していた辻さんを見て、こ、こんな気がちがった役者さん久しぶりにみた!(褒めてます!)と感激して以来、お目にかかりたいと思いつついつもすれ違っていたのです。久しぶりの再会(勝手に)。嬉しいーー。
恋愛ドラマ3本のオムニバス。恋愛ドラマとは言ってもブラウン管の歌姫に恋する男だったり、彼氏のために風俗で働いている女だったり、実の兄に異様に執着される女だったりとなんともゆがんだりひずんだりな愛の場面ばかりだったりして。それぞれ短い時間ながらも、サスペンス的な要素もうまく演出されていてどの話も面白かった。個人的に好きなのは第3話かな。ドラマと笑いの部分のバランスが絶妙だったと思う。秋澤弥里さんと村木宏太郎さんの兄妹がよかったし、不思議な弟くんの佐々木光弘さんも面白かった。
終盤にこの3つの話が交錯するんだけど、最後はすべて辻さんがかっさらったという感じ。それぞれのドラマの中でもちょっとずつ出てきてインパクトだけを残して去っていく、という登場の仕方だったんだけど、最後はもう・・・凄い破壊力。そのあとモニターに結構「さ、人生前向きに!」みたいな言葉が並ぶのだが、辻さんの自由奔放さを見た後でそれを見てもなんだか目を素通りするわ、薄すぎて。
あまりに好きすぎてこのまま1時間辻修ショーでもいい、とすら思った私なのですが、もっともっと辻さん堪能するにはやっぱり動物電気の本公演に行くべき?それとも拙者ムニエルの加藤啓さんと組んだっていうユニット「モッカモッカ」をチェックするべき?っていうかモッカモッカ、来年1月デビューライブて・・・いったいどんなユニットなのおお!もう興味津々よおお!!
2005/05/09 シアターBRAVA! 2階F列14番
演出 デヴィット・ルヴォー
『8 1/2』どころか、フェリーニの映画を一本も見ていない私である。ぜんぜん自慢できるこっちゃない。グイド・コンティーニという映画監督と、彼をめぐる16人の女性を描くミュージカル。
正直、一幕はうーんちょっと食いつき悪いかなーという感じが否めず。池田有希子さんがシーツにくるまれて出てくるシーン(あれ、すごいですよね!)大浦みずきさんの際だつ存在感等々、いいなあと思える場面も多かったんだけど、全体的に歌詞が聞き取りづらくそっちに気を取られすぎた。この劇場の音響のせいなのかしらんと思ったんだが、大浦さんや田中利花さんの声はクリアに聞こえたのでそうでもないんだろうなあ。
しかし二幕で、厳格な神学校に入れられた少年グイドの過去の話になるあたりから急速に集中した。っていうか、田中利花さんの歌、大っ好き。彼女の声ほんといい。一幕の最後、少年グイドの手のひらからこぼれる赤い砂を受け止めるところでカットアウトになる演出もすごく印象的。二幕は個人的に大絶賛。クラウディアとの再会から実際に映画を撮り始めるグイド、でもそこには「芸術家としての自分」と「本来の自分」が重なってしまったものしかない。ボッティチェリのプリマヴェーラの三美神を背景に、グイドが自分にとってのミューズたちに去られる場面、すごくよかった。そして最後、ひとりになったグイドが「老いた監督の末路」を語るところで出てくる少年グイド。ごめん、泣いた。9歳の自分を解放し、9歳の自分に解放されるグイドに。ああ、わたしはいつまでたっても「赦されない子供」というのに弱いのです。
舞台装置、ならびに美術が素晴らしくて、2階席で見たので俯瞰でいろいろ見れたのが楽しかった。ひとつひとつの場面の、ここぞ!というシーンでの絵的な美しさも印象的。別所さん、一幕のときは「もうちょっとへなちょこフェロモンあった方がなー」とか思いましたが、二幕の魂の入りっぷりは見事!歌詞も後半になればなるほど俄然聞き取りやすくなってきて、おかげで集中できました。大浦さん、出てきただけで存在感が違う(笑)。声がいい!!何とも言えず深みがあって、うるさくないのによく届く。純名りささんのクラウディアもよかったです。
それにしても難曲が多いね!ミュージカル素人だけどそう思った。これをがっつりこなしたうえで客に届ける作業まで持っていくには生半可な歌唱力じゃ出来ないだろうなあ。しっかしこれをバンデラスでやってたんですよね・・・見たかった・・・。しかし、個人的にはグイドをやるのはもっとへなちょこフェロモン満載の人がいいんじゃないかなどと思ったりね。えへへ。
2000/04/22 シアタードラマシティ 7列32番
作・演出 G2
G2さんの脚本て個人的にピンとこねーなー、って印象がすごくあるんだけど、この作品はよかったと思う。あるレトロな石鹸工場に居る寡黙な職人の過去と、彼の因縁、運命が現在と過去を行ったり来たりしながら語られていきます。最初にある程度悲劇は暗示されてはいるけれども、それでも引っ張り方、運命の分岐点までの持って行き方もなかなか見事だったなあと。
ただラストがねえ。
ハッピーエンドになるのが悪いわけでは全然なくて、問題なのはあれではハッピーエンドになってないんじゃないかということなんですよ。永井が生きていて、「もう一度親方の石鹸を作ってくれ」というけど、そこで彼が承諾するのはその前の美雪との会話からして「自分の石鹸」作りでなければならないんじゃないだろうか。そして彼にその決意を、つまりは過去からの解放を決定づけるのは、同じ苦痛を味わってきた立花でなければならないんじゃないかと思う。もちろん、きっかけになるのは美雪でいいんだけど。
あて書きではなく、脚本を完成させてから納得できるキャストに依頼した、というだけあって戯曲の世界にしっかりキャストが収まっていて、それも見やすかった要因かなと思う。中でも、ケチ社長立花をやった山西惇さんと、親方をやった久保酎吉さんが絶品、この二人の親父芝居激突を見るだけでも大いに価値があったなと。久保さん、多分初見なんじゃないかと思いますがいやいや見事。最後の独白なんてほんとに聞かせる、という感じ。
新谷真弓さんや、竹下宏太郎さんなどもいい味、豊原さん、稽古場日記によると直前に役設定の変更があったようだけど、変えて正解な気がします。陰山さん、パンフによると今回出演を決めたのは久保さんが出るから、だそうで。20年ぶりの共演らしいです。大学時代早稲田「新」劇場でご一緒した仲だとか。
主役のお二人もすがすがしく、はしゃぎすぎない真面目な演技でよかった。総じて好印象、ラストを除けば(笑)。でも、G2脚本の中では一番好きかもですね。
2005/04/20 歌舞伎座 2階3列19番
「ひらかな盛衰記 源太勘當」
梶原景時って、本当によく出て来るねえ〜・・・と妙に感心。いい役だったり悪い役だったりするけど、その「どうともとれる」あたりが題材にチョイスされる要因なのかしらん。この演目の主役は景時じゃなくてその息子なんだけど、「ああ、武家の息子って・・・」というあらすじではありました。物語そのものよりも弟平次との対比が結構面白かったかな。典型的なダメ弟くんで、兄の恋人に横恋慕までしてる。先陣でひけをとったというだけで切腹だのなんだという話自体がすっげえなあと私は思ってしまうのだが、それを盾に兄を母親の前で手にかけようとする平次もすごい。絵に描いたような男前の海老蔵さんがこういう役をやるのも珍しいよね。愛嬌があってすてきでした、團十郎さんといいこの親子は本当に愛嬌があるなあ。勘太郎くん、もとは役柄は千鳥だったんだけど、急遽主役の源太に。真面目で優等生なお兄ちゃんという感じで、こいうとこにも人柄はそこはかとなく出るのかしら、と思ったり。母延寿とのやりとり、千鳥とのやりとりがよかったです。
「京鹿子娘道成寺」
苦手?の舞踊、でもいろいろ新鮮で楽しく拝見しました。所化の「まい尽くし」とか楽しい場面も多かったのは意外。海老蔵さんと勘太郎くんも所化で出ていて、まい尽くしで笑ったりしているのがなんか可愛かった、それにしても二人ともやっぱり背が高いですね。白拍子花子が花道で踊るところ、所化は舞台中央で正面を向いて居るんですけど、ひとり勘太郎くんだけが花道を凝視していたのがものすごく目立っていて、ああ、お父さんの芸見ておきたいんだなあという想いにちょっと胸が熱くなったりして。
後半になるにつれ踊りがだんだん取り憑かれたようになるのが好きでした。私はどうもああ、きれいね〜っていうだけよりも、なんかダークサイドに転化していくところにぐっと来るみたいです。あと舞台がちょうど桜の季節と重なっていて、やっぱりこういう時期に見たい演目だよなあと思ったりして。
「与話情浮名横櫛」
見染の場での仁左衛門さんと玉三郎さんが何とも言えずすてきでうっとりだった。ふたりの「あっ・・・」という感じがすごく伝わってくる、まさに一目惚れな空気がよかったなあ。玉三郎さんの「いい景色だねえ」もいいし、そのあとの仁左衛門さんの羽織を逆さまにかけて「わかってるよぉ!」ってのも可愛かった。っていうか仁左衛門さんはこういう可愛さを出させると天下無敵じゃないだろうか。源氏店は最初の、お富さんが番頭の藤八をからかうシーンが面白かった。玉三郎さんの徒な女っぷりもすてき(でも個人的には、こういう役は福助さんのほうが好きかもと少し思ったりした)だし、藤八におしろいを塗るところとかなんかちょっと笑いこらえてる?みたいな感じで和んだなあ。見染と源氏店の間の場は上演されないんですね、なんか残念。だってアツアツの二人、落ちていくふたりがどんなだったか興味湧くじゃないですか、あんなにすてきな出逢いなんだもん。
ところで勘太郎くんはこの「切られ与三」より、「蝙蝠安」の役の方が「断然面白そうだしやってみたい」そうですよ。お、おもしろいひと・・・(笑)でも私も好きですけどね、蝙蝠安。左團次さんの蝙蝠安、憎めない感じが出ててよかったです。
2005/04/19 歌舞伎座 1階14列6番
「毛抜」
すっごい楽しい演目だった!華やかで楽しくて、もしかしたら3月4月通じて一番「襲名気分」を味わったかもしれない。お家乗っ取りを謀る悪者を、粂寺弾正が見事な推理の冴えで退ける、というお話なんだけど、確かに理屈に合わないところはあるものの、でもこれは理屈じゃないですよねー。いいのいいの、楽しければ。そういうお話だってありますとも。
絵に描いたような悪者八剣玄蕃を演じる團蔵さんの、これまた絵に描いたような悪者演技も面白かったですが、なんと言っても團十郎さんの粂寺弾正が最高!ほんっとになんて愛すべきオーラなのかしら。毛抜と小柄は踊るのに、煙管は踊らぬ。うーん。って考えちゃうとことかあまりにもラブリーでときめいた。男も女も見境無しに口説くひとで、でも全然いやらしくないんだよなー。いや、勘太郎くんの手を取ってナデナデスリスリしていたときは「うーわーー!!」と思ったけど。いや勿論「羨ましい!」という意味で。ふられた後の「面目ない」って挨拶がまたおかしい。
マイラブ勘太郎くんは立ち回ったり驚いて兄の切腹止めたり煙草盆運んできたり口説かれたり立腹したり、あらまあ百面相vというぐらい見所があってよかったです。なにより彼の見目麗しい手がこれでもか!と拝めてもう・・・私が弾正になりたい(結局そこ)。
「口上」
先月よりもなんだか皆さんこなれてきた印象があるのは気のせいなのでしょうかしら。左團次さんは毎回本当に面白い。こういう人大好きです!玉さまは「先月鰯売の楽日のあと、『なんだか終わっちゃうのがさびしいわね』って話を勘三郎さんにしたら『でも兄さん、4日後にはまた別の芝居で一緒なんだよ』と言われた」というお話をご披露。これ、初日は「4日後には僕に殺されてるんだよ」だったらしいんだけど、その方が断然面白いですよね。でもネタバレなんだよなあ、次の演目の!なんか惜しい。口上から復帰の七之助くんの挨拶は短め、勘太郎くんは背景の美術のご紹介。二人とも、他の出演者から「お二人のご子息も」とか名前が挙がるたびにちゃんと小さく頭を下げていて可愛らしかったです。勘三郎さんは、今回なにより團十郎さんが、病気から10ヶ月ぶりに歌舞伎座復帰ということで、この舞台に戻ってきて下さったことが何より嬉しい、とご挨拶。歴代勘三郎の襲名には、必ず團十郎が口上を述べるという伝統があるそうで、この日も團十郎さんの挨拶の時ひときわ大きい拍手が起こっておりました。
「籠釣瓶花街酔醒」
下野佐野の次郎左衛門は、商売一筋の真面目な絹商人。下男の治六とともに吉原を訪れ、美しい花魁八ツ橋に一目惚れします。八ツ橋に次郎左衛門は通いつめ、身請けをするところまで話が進みます。ところが、間夫の浪人繁山栄之丞から次郎左衛門と別れるよう迫られた八ツ橋は、満座の中で心ならずも次郎左衛門に愛想づかしをします。八ツ橋のことを深く恨んだ次郎左衛門は、四か月後に妖刀籠釣瓶で八ツ橋を切り殺してしまうのでした。
以上が松竹のサイトに書かれてるあらすじ。このたった数行で説明される話が、舞台にあがるとこうも面白く、奥深いかということにあらためて感じ入ります。目の前で役者が演じていることの威力、芸の威力、いろいろな意味で堪能させていただきました。
まずは有名な見染の場。江戸に来た記念、といって吉原見物に来た次郎左衛門と治六が、花魁道中と遭遇する場面。タチの悪い客引きに引っかかりそうになった二人が「そろそろ宿に戻るか」という相談をしているところへ花魁道中の錫杖の音が聞こえてくる。まず舞台上手から七越(勘太郎くん)、次いで花道から九重(魁春さん)。そして待ってました、舞台奥、桜の影から玉三郎さんの八ツ橋が登場である。出の場所が三方向に別れているのですごく立体感があり、客席に居ながらにして吉原で花魁道中に「行き会ってる」という感じが自然にするのがイイ。でもって玉三郎さんの八ツ橋である。もう・・・・絶品。こっちも「来るぞ来るぞ」と思って待っているのだけれど、なんか出てきただけで客席が息を呑むというか、視線集中というか、いやすごいんです、これは見ないとわからないすごさ。マジで空気が変わりますもん。次郎左衛門は口をぽっかーーんと開けてその後ろ姿を見送るのだが、多分私の口も開いてたね。でもって、花道で次郎左衛門をちらっ・・・・と振り返り、微笑うんですねえ。この七三での笑みというのは有名な場面らしいのだけど、さもありなん。落ちる、これは落ちるよ。あんなの見ちゃったら、そりゃあとりつかれるよ。
続く立花屋の店先の場面では、次郎左衛門がお金にきれいないいお客であることや、すっかり吉原の「顔」になった次郎左衛門がうかがえます。八ツ橋に吸いつけ煙草をもらったりして、なんだかいい雰囲気ではあるんですが、実はこの八ツ橋にも恋人がいて、それが仁左衛門さん演じる栄之丞。ま、絵に描いたような男前。続く兵庫屋の廻し部屋の場面で、八ツ橋はお前さんに黙って身請けしやがるつもりだぜ、と吹き込まれた栄之丞が八ツ橋に詰め寄る場面になるんだけど、廻り舞台がぐーっと回ってくると部屋の柱にもたれた栄之丞がいるわけですよ。この気怠さ。ほんのちょっとしたことなんだけど、この二人の立ち位置だけで、栄之丞と八ツ橋はつきあってはいるけれど、もうなあなあな関係になっているのがわかるんですよねえ。今でも好き同士ではあるんだけど、恋をした頃の初々しさは二人の間にはもはやない、といった空気。でも他のやつにとられるとなったら話は別。栄之丞は八ツ橋に、次郎左衛門に愛想づかしをしろと迫るんですが、恋ゆえの無理難題と言うよりは、自分のプライド満足させたい一心のように見えたりして。
で、とうとう「縁切りの場」になるわけですが、いんやもう泣いた泣いた。やっと待ちかねた八ツ橋が来てくれたと嬉しくてたまらない次郎左衛門に、「気分が悪い」「気に入らないことがひとつある」「あんたと口をきくと気持ちが悪くなるのよ」と、これでもか、な言葉を投げつける八ツ橋。それは苦渋の表情なのだけど、回りのものが寄ってたかって八ツ橋の不実をなじるものだから、八ツ橋ももう止まらない。好きでこんなことを言っている訳じゃないのに、誰もこの自分の身の内を理解してくれようとしない、その苛立ちとやるせなさに彼女の言葉は緩むどころか冷える一方。そうして挙げ句自分には栄之丞という間夫がいる、と告白してしまう。治六が主人のために激昂し、八ツ橋に詰め寄るのを次郎左衛門が「下がっていろい」というあたりから涙止まらず。細く流れる胡弓の音がまた切なさ倍増。仕事仲間には虚仮にされ、皆が部屋を出ていった後、残って言葉をかけてあげる九重の優しさにまた涙。でもここでその九重に感謝をしつつも、「ことによったら・・・・」と一瞬目の色がすっと消える(本当に消える、まるで何かに取り憑かれたように。凄すぎです)次郎左衛門の表情に、来るべき悲劇の予感がひしひしと伝わってきます。
四ヶ月後、再び吉原を訪れる次郎左衛門。恐縮する店のものや八ツ橋たちをよそに、「これからはまた初会の客のつもりで」と優しい言葉をかけます。すっかり安心しきった八ツ橋は、次郎左衛門とふたりで座敷に残る。ここで、ちょっと梯子段を見てきてくれ、と言われた八ツ橋が席を立つと、瞬間次郎左衛門の顔が変わって足袋をささっと脱いで座布団のしたに隠すんですね。この時の表情の凄まじさ、もう展開知ってるのに手のひらにいやな汗をかく。梯子段を見に行く八ツ橋の何気なさと美しさが、よけいこちらの身に堪える。そして「この世の別れだ、飲んでくりゃれ」。万座の中でよくも恥をかかせてくれたと、羽織を脱ぎ捨て持参した妖刀籠釣瓶に飛びつき、一刀のもとに八ツ橋を切り捨てる。でもってこんな場面なのに、死ぬときまでも死ぬほど美しいんだ、八ツ橋が。ゆっくりとのけぞりながら倒れていく(神業ですよ、もう)八ツ橋をじっ・・・と見つめ、灯りを持ってきた下女をも切り捨てて、自分の手に吸い付いた籠釣瓶を見ながら、独りごちる。「籠釣瓶は、よく斬れるなア・・・」。
さて、ここまであえて触れずに書いてみたんですが、四月興行のチラシをご覧になればおわかりのとおり、次郎左衛門というのは痘痕面の、ひどく「醜い」男なんです。私はこの演目のあらすじは知っていたけど、この写真を見るまでそのことは知らなかった。これは単に気のいい実直な商人が花魁に入れあげたあげく逆上する話というだけではない何かを、この執拗なまでの痘痕面は示しているような気がします。この「籠釣瓶」自体、全編を通せば八幕の大長編で、そこには籠釣瓶の由来、因縁、次郎左衛門のご面相についても触れられているそうなのですが、たとえその部分が演じられていないとしても、その事実はこの物語の根幹を為す部分だと思います。劇中で、何度か次郎左衛門の顔についての台詞があります。あの顔だけど、遊び方はきれいな旦那。この顔で八ツ橋を身請けするなんざ、まさかと思えばやっぱりな。ふた目と見られぬこの顔故断られても仕方無い。次郎左衛門は八ツ橋に惚れた。それは八ツ橋が美しかったからだ。ただきれいというだけではない、完璧に彼女は美しかった。痘痕面の次郎左衛門はだからこそいつも、美しいものに焦がれて焦がれていたのだろうと思う。彼は愛想尽かしをする八ツ橋に対して切々と訴えるが、激昂できない。これには何か訳があるのだろうと、八ツ橋を信じ切ることもできない。それは彼の心の中に、どこかやっぱり、という想いがあったからじゃなかろうか。やっぱりおれのものにはならないのだ、あの美しいものは。どうやっても自分のものにはならないのだ。江戸を離れて四ヶ月、次郎左衛門は何を考えていたのか。妖しく美しく光る籠釣瓶を見ながら、あの美しい八ツ橋を美しい籠釣瓶で斬ることを、かれはじっと考えていたのかもしれない。
八ツ橋が次郎左衛門を憎からず思っていたのは、彼の人柄、そして何より、真摯に自分を思ってくれているという喜びであったのじゃないかと思う。栄之丞との間には薄れてしまった初々しさに、彼女はきっと心を癒されただろう。だけど、次郎左衛門の中に奥深く眠っていた美しさへの執念ともいうべきものに彼女は気付くことはない。そして次郎左衛門は、自分の中の真に善きものに、彼女が惹かれていたと気付くことができない。
籠釣瓶はよく斬れる。そういって刀を灯りにかざす次郎左衛門は狂気だったのか、それとも正気だったのか。恥をかかされた男の一心の恨みというよりは、かれはそうやって八ツ橋を「自分だけの花」にしようとしたような気がしてしょうがない。死んだ八ツ橋を見つめる彼の目はどことなく満足気ですらあって、この結末の酷たらしさを一層際だたせていたような気がします。
歌舞伎のお話の中には、今となってはそういう感覚、ちとわかんねえなあと思うものもありますが、この物語で描かれた自分への不信、愛するものへの不信、見栄とプライド、すれ違い、妄執。人が人を思うときの美しさと、その裏にある暗さ。それは今、この時代にも溢れかえっていることで、たとえ何年、何百年経っても変わらないことなのかもしれません。だから人間はどうしようもない、そして、だからこそ人間は面白い、と言えるのかもね。
2005/04/17 シアタードラマシティ 20列36番
脚本 中谷まゆみ 演出 板垣恭一
中谷&板垣タッグ第4弾。showcaseの看板は取れてはいるけれど、個人的にはshowcaseシリーズを見に来たテンションではあり。
このお二人のコンビを高く評価しているからこそ期待値も当然跳ね上がってしまうわけで、だからこそかもしれないけど、個人的に今作にはちょっと乗り切れなかったな、との思いが強い。脚本としてうまくまとまっていない印象を受けてしまった。姉弟三人の個人的な問題、親の介護という問題、寝たきりの父と結婚する、といい出す若い介護士の存在という問題、それらがどうにも結びついていっていない印象。親に残されたリミットとその子供たちという切り取り方では、飯島早苗女史の「蠅取り紙」に一歩も二歩も出来を譲る仕上がりだよなあと独りごち。
「親」が他人事というひとは基本的にいないわけで、だからこそ台詞の端々に見え隠れする単語にドキッとさせられるのだが、姉弟3人(客席にも)に対してある種「父の代弁者」となっているさおりにシンパシーを感じられない(劇作的になのか、演者の問題なのかはわからない)のがちょっとネックだったかな。単に「現実をつきつける役」に留まってしまっているのが惜しい気がする。
うまく効いたなと思ったのは赤いハンドバッグのエピソードぐらいで、米櫃の小説もちょっと不発かな。大樹がさおりを見知っていたというエピは果たして必要なのだろうか。
と、なんだか辛いことを思わず書いてしまったけど、勿論面白くないわけではないのです。ある程度のレベルは超えているし、2時間半超でもきちんと集中して見れるというのは当たり前のようでなかなか難しいこと。ではあるのですが・・・うーん。やっぱりどうにも、期待値が異様に高いことが要因ですかね。
役者の中では、池田成志さんと堺雅人さん、七瀬なつみさんはなんというかこの世界を「理解している」という感じがひしひしと伝わってきてよかった。特にGJ!なのは成志さんかな。ほとんどコメディリリーフのような登場の仕方でありながら、個人的に彼の台詞に一番胸つかまれるものがあった。菊池さん、悪くはないけどなんとなく奥行きのない役作りに見えて残念。星野さん、難しい役所だとは思うけどもう少し役柄に芯が欲しいところ。前田吟さんは制約の大きい役だったけど、表情など細かい表現にも手を抜いていなくて好感でした。
2005/04/16 京都芸術センターフリースペース 全席自由
作・演出 前田司郎
昨年東京公演時の好評が記憶に新しく、京都までお出かけ。チケット代1500円、やっす!ここまで出かけてくる電車賃の片道代よりまだ安い。昨年夏の「家が遠い」の演出に対して京都芸術センター舞台芸術賞を受賞されたそうで、それが今回の京都公演に繋がったとか。
若草物語骨格な4姉妹のお話、という予備知識はありましたが、まああまりそれとは関係なく。しみじみと良い舞台。子供の頃と、ある程度成長してからの4姉妹が、病弱な三女のベッドを中心に描かれていきます。子供の頃の理不尽で突発的な怒り、「言いつけたら殺すよ」とか「バカズミ!」とかの口げんかの言葉が妙にリアル。三女の病気がなんなのか、どのくらいの病状なのか、それらは一切語られませんが、ただその狭く細長いベッドの上にしか、彼女の世界がないことがじわじわと胸に響いてきます。成長した4人のシーンで、久しぶりに東京から帰ってきた次女を含めて4人姉妹がベッドの回りで語らうシーンがありますが、晩ご飯の相談をしながら妹に「正しい思いやり」をかけつつ去っていく3人と、それを見送る三女。このシーンの何とも言えない寂しさたるや・・・!家にいるときに聞こえてきたピアノをMDで再現させながらベッドに一人残る彼女の姿に胸が詰まりました。あのあと、お父さんが来てくれたのが本当に私も嬉しかった。
病気の三女を残して、嫁には行けないと言う長女、東京から戻ってくるべきかしらという次女、東京への進学は諦めるべきだと考えている四女。ああ、そうだ、「○○のために」だ。○○のために、という言葉は、いついかなる時でも美しくない。ないのだけど、それに頼らざるを得ない自分というものへの歯がゆさ、もうどうか私のことなんて忘れてほしいの、そうは出来ないなんてことわかっているのだけど。忘れて欲しくて、でも取り残されたくはないの。最後のシーンの涙が、いつか遠い日に自分が流した涙のようで切なかったなあ。私に構わないで、私を構って。
「家が遠い」の時も思ったんだけど、ラストの切り方がちょっと独特で、その辺感覚の合う合わない人居そうな気がします。私も、最後もうちょっと方向を指し示して欲しいタチなので、若干のとまどいはありますがまあそれは、好みの差かな。
役者さん、特に三女役の端田新菜さんがあまりにもハマリすぎていて、そのリアルさにあっという間に劇世界に引き吊り込まれた感じ。4姉妹は本当にすごくいいバランスだったなあ。会話の微妙な可笑しさや、子供っぽいやりとりと大人な彼女らの切り換えも見事でした。
金丸座 後舟
「彦山権現誓剱」
思っていたよりも楽しい演目で、個人的には好きな感じ。「助太刀」だからもっと鬱々としたのを想像しておりました。番付に六助の役は武蔵がモデル、って書いてあったんだけど、それを意識しない方が面白いかなという気もしました。染五郎さんの六助、やっぱり線の太い役というよりはめっぽう腕の立つ男前、という感じだしね。お園の芝雀さんともども客の空気を掴むのがうまくて、おかげで笑いも多くて良かったです。微塵弾正に騙されたとわかるところが、今までの和やかな空気を一気に変える迫力に満ちていて見入っちゃいました。声もよく届いていて、満足満足。
「身替座禅」
以前仁左さまと左團次さんのお二人で見たことがあって、その時も面白さと仁左さまの可愛さにときめきっぱなしだったのだが、吉右衛門さんと歌昇さんのお二人も良かったです。吉右衛門さん、出てきただけで客席の「待ってました」感がすごい。やはり断然花形役者であることよと感心しきり。二枚目優男の役なので吉右衛門さんのイメージとは若干違う役所でしたけど、さすがに色気も花もあってすてき。可愛らしいしさ〜〜〜。単純な物語だけどこういうのも楽しくて良いですね。
2005/04/10 シアタードラマシティ 12列18番
作 マイケル・フレイン 演出 ポール・ミラー
鹿賀丈史さんと市村正親さん、念願叶っての共演ということで話題の舞台。1970年代の東西冷戦まっただ中のドイツで実際に起きたスパイ事件をもとにした戯曲。共演者にくせ者俳優を揃えてかな〜り濃い面子。
ある一人のカリスマ政治家と、彼に憧れ、妬み、恋をし、憎んだ男たちの話、なんだなーと見ながら思った。どうにかして彼と関わりたくて関わりたくてみんな必死。それがネガと出るかポジと出るかの違いでしかなくって。だけどそのヴィリー・ブラントにとって、本当に心を許せた男が、誰よりも自分を崇拝しながら、誰よりも自分を裏切り続けた男だったってこと、その裏切りを知りながらも、ギュンター・ギョームを自分のそばに置き続けた。その心の裡は一体どんなものだったのだろう。
ほとんど素舞台で、会話劇、しかも場面があちこちに飛ぶのでかなり集中力が必要な舞台ではあります。自分も一、二度集中力が切れかけるところがありました。うーんでも、もっと面白くできると思うんだけどなー。演出が平板すぎやしないかな?と疑問符。鹿賀さんのブラントの芝居とか、ちょっと平板に見えるかなあと思ったり。ギョームがスパイかも、と知ったブラントがノルウェーの別荘で二人で語るシーンは静かな場面ながらもその心理戦が見事で素晴らしかった。ああいう駆け引きめいた緊迫感が全編に渡ってもう少しあったらかなり芝居のテンションも違うと思うんだけど。
しかし何しろ「実際にあった出来事」という背景が私の場合はずいぶんこの芝居を見る上で大きかった気がします。ワルシャワのゲットー犠牲者追悼碑の前でブラントが跪くシーン、「なかったことにされていた我々東ドイツを地図に書き入れた男」という台詞、ベルリンの壁崩壊後、かの地を訪れたブラントを見送るアルノとギョームの顔。あのラストは美しかったなあ。二つに分断された祖国を持った哀しさ、そこにはやっぱりノンフィクションの重みがありました。
鹿賀さん、芝居自体は抑揚が一定過ぎるかなーと思いましたけど、何よりブラントとしての存在感がすごい。市村さんさすがに軽妙洒脱ですなあ。藤木孝さんブラボー!という感じ。いやもう素晴らしい胡散臭さ、独特の間、いやもう堪能。近藤芳正さんはどこ行ってもうまいなあ!今井朋彦さん、相変わらず口角の筋肉どうなってんですか、という滑舌の良さがすてき。ラストの台詞の優しさに思わずうっとり。
軽妙洒脱なコメディとしては機能していなかった部分もあって、若手の演出家(長塚さんとかさ・・・)でやってみたらどーなんだろうなーとか思ったりしました。
そうそう、芝居とはまったく関係ないのだが、パンフレットの稽古場写真、みなさまスーツ仕様で写ってらっしゃるんだけど、そのなかでも藤木さんの格好良さにめろめろになってしまった。うわーーーごめん超好み。やせ形三つ揃い眼鏡。なのに溢れ出るこの色気。まさにナイスミドル!その他にもビシッ!と三つ揃えな近藤芳正さん(でも靴スニーカー)の、異様におしゃれなワイングラスの持ち方とか、タートルネックで私を落としにかかっている今井さんとか、なんかそんじょそこらの写真集よりおじさまスーツ好きの私にはおいしいパンフでした。
2005/04/05 厚生年金会館芸術ホール 1階J列17番
脚本 中島かずき 演出 いのうえひでのり
見てきました「荒神」。何回字面見ても「あらかみ」とか「こうじん」と言いたい私が居たのだが、芝居を観たら「あらじん」になりました。無国籍な匂い紛々な「蓬莱国」の城取りに、魔物と人間の恋、ドリームズカムトゥルーなキャラを絡めてジュブナイル。お子さまにも安心しておすすめできます。
2時間という話は前もって聞いていたので、ある意味もっとスカスカな舞台を想像していましたが、エピソードの分量はいつも通りでテイストを濃縮還元という感じかな。思ったよりもいい意味で「短く感じない」芝居でした。いつもの新感線の舞台を2時間でぶったぎったのを想像していたけど、3時間をつめてつめて2時間にしたのね、と納得。なんだやれば出来るんじゃないですか!いいよいいよ、2時間いいよ。やっぱり歌がないと大幅短縮になるんだなあ。
東京公演からそうだったのか、それとも大阪に来てから上り調子になっているのかどうかわからないんだけど、まあとにかく今日は田辺誠一デーですか、と言いたくなるぐらい田辺さんが凄かったのである。「これから第二部の始まり」になるところからおそろしい勢いで場を制圧してきて、ジンをもう一度呼び出すところはもう「今一体喋っているのは誰なのだ」と思うくらいまったく違う田辺誠一がそこにいました。いやあ凄かった。田辺さんの「陰」が際だっているおかげで、それと対極の位置にある「陽」のつなでも際だってくるんだよな。山口さんのつなで、ある意味「ウザさスレスレ」みたいな感じなのだが、田辺さんの変態的悪キャラに対抗するキャラなのでそのウザさがうまいこと効いてる感じがする。途中不覚にも目頭が熱くなりそうになって自分で驚いた。いくら年とったからって涙もろすぎだこりゃ。
田辺さんに対抗するのがつなでだと書いたけど、この芝居実は悪役に対抗するキャラが主役のジンではないんだよね。そういう意味ではジンと更紗の二人は主役カップルでありながらしどころの少ない役だと言えるかも。特にジンは主役にしては書き込みが少ない中、森田くんはよくやっているなあと思う。彼の芝居を観たのが初めてなので今回限りの印象なのかもしれないけど、どちらかというと「勢い一発」っていうよりも、「細部に神は宿る」ということをよくわかっている、積み重ねて芝居を作るタイプの役者さんなのかなーと思った。思った以上にナイーブな表現が良くて、声に芝居のニュアンスもよく乗っていたので、そういう意味でも更紗との絡みで脚本的にもう一押し欲しかった気がする。そうするとかなり後半の爆発に気持ちが乗っていけたんじゃないかなあ。殺陣のキレと身の軽さは過去の新感線客演陣の中でもダントツだと思う。動きが本当にいちいちキレイ。見せ方を心得てるなあと思いました。声も良く出てたけど、張り上げると若干声が割れるところもあってちょっと気になったかな。
私は戯曲を買っていないんだけど、買った人の話によると元の脚本では「本当の名前」がキーワードになっているらしい。ボラー&ツボイ&ジンのお父さん三人の過去を匂わす発言があったりだとか、「千と千尋」「ハリポタ」(ハリポタはギャグでネタにもしてましたね)のテイストを感じないでもないですよね。そのあたりの題材の切り取り方諸々含めて、対象年齢は下げ目で狙って書いたのかなあという感じ。それでもきっちり枠に収めて、なおかつバッチリ形にしてみせるいのうえ&中島コンビは職人だなあ、と感心しきり。
新感線な役者の方々もなかなかに大活躍で、まずなにより川原さんの殺陣をこれでもか!!というぐらいいっぱい観れたのがほんっっとに嬉しかった。いつもいつもあっという間に終わっちゃうからさあ。もう、堪能!でした、はい。前田さんとカナコさんのチャーリー&エンジェル、実は結構好き(笑)。ああいう無駄な動きや恥ずかしさスレスレのキャラは大好きです。河野さんが一体いつぶりだ!というぐらい爽やかキャラで、これはファンの人はたまらんだろう!と思ったり。粟根さんのツボイは仕事師の風格。あんな格好ながら殺陣もそれなりに多くて、こちらも眼福。じゅんさんは舞台のキャラそのままに「ジンのお父さん代わり」って感じでなんだかほほえま〜〜〜であった。ボラーのキャラとしては若干爆発力が足りない気もしましたが、今回は森田くんを立てる!という感じなのかな。
今回客演陣4人はそれぞれ本当にいいバランスで良かったです。森田剛初舞台!ということでいろいろ話題ではありましたが、SHIROHから本当に短いスパンでここまで持ってくるのはすごいっすね。大阪で見たということもあるのかもしれないけど、アンサンブルとしてもかなりまとまってきていて、芝居のみならずお遊び的なシーンも含めて全くスキのない2時間という感じ。非常に充実感のあった観劇でした。新感線に初めて出た森田くんや、新感線初めてご覧になったお嬢様方にも気に入っていただけると良いのだけれど。
2005/03/26 バナナホール 立ち見
レビュー総集編ってことで、宇多田やら80年代アイドル歌謡曲やらマイケルやらを派手な衣装とお色気とお笑いで綴って下さる約2時間。初めての会場で大阪で、慣れないことも多くてきっと大変だったんじゃないかと思いますが、たった1日の為に限定レビューをやって下さる心意気に乾杯。
毛皮族の公演は「DEEPキリスト狂」しか見ていないのですが、なんか、ダンスみなさんうまくなってませんか・・・?いやまあ、トラブルも多くてもたついたところもあったんだけど、全体的に「うまくなってる・・・?」という印象が。ジュンリーのソロ「恋一夜」(?)が妙に色っぽくてドキドキした。会場で抜群にウケていたのはやはり宝塚ネタと、カーテンコールのマーシーダンサーズであろうか。個人的には「セーラー服を脱がさないで」とかに別の曲をどんぴしゃで重ねてみせるのが面白かった。
平安貴族の衣装もなかなか素敵でしたけど、黒のジゴロ風衣装がやっぱよかったなー。江本さんほんとオーラのある人だと思う。これ前も書いたけど、中山可穂さんの小説に出てくる「王寺ミチル」を是非江本さんで実写化してもらいたいーーー!
2005/03/16 ワッハホール G列16番
作・演出 わかぎえふ
初日なんで、具体的なネタバレはナシの方向で書いてます。
ラックシステム、「お」のつく3文字シリーズ。といっても、「お正月」と「お祝い」しか見ていないんですけども。かなり粒ぞろいのキャストを揃えて、新作で迎える10周年記念公演です。
舞台は大正時代、なのかな?展開と台詞の端々からそういう時代設定なんだろうなという感じですね。舞台は吉原遊郭。東京でありながらなぜか行き交う大阪弁の店「いてて屋」の遊女たち、客たちのあれやこれや。
それなりにエピソードもまとまっていて面白く観れます。設定とかあれ?って考え出しちゃうといろいろ不思議なことも多いけども、とっつきやすい描かれ方をしているので作品世界にすっと入っていける感じ。ただキャストが多く、しかもかなり粒ぞろいなんですが、それが裏目に出たのか全体的に散漫な感じも。どのキャラクターもそれぞれ面白いのに、書き切れているとこまでは行かず、出番も少ないみたいな。1時間50分という上演時間を考えると致し方なしかな、とも思いますけどもね。長々とやられてもつらいし、痛し痒しです。
際だってうまく書かれているエピソードは河内屋の遊女、志保の話。この志保を演じるのがキャラメルボックスの大森美紀子さん。いやはや、キャラメルでは決してお目にかかれない大森さんが拝めますぞ。こういう役もっとやればいいのにー。関西弁も見事に使いこなしてらっしゃいました。関さん、楠見さん、桂吉弥さんなんかはちょおっともったいない使われ方かなあという気も。中道裕子さんのきりりとした感じはなかなかよかった。藤谷みきさんは、あの藤谷さんだよね?いっやあ何年ぶりでしょうか。美しさ可愛らしさ健在で、時の流れを感じさせず。
ラブストーリー、ということなんですけどその二人への求心力もちょっと弱いかな、と思いました。演出も・・・なんかベタで。セットの大正モダンな感じは細かいところまでかわいくてよかった。衣装も、さすが着道楽なふっこさんのお見立て、どれもこれもおしゃれで素敵でした。そうそう、東京公演もあるのかどうかわかりませんけど、人によって役に立ったり立たなかったりするお土産が用意されてますので、どうぞご期待あれ(笑)
2005/03/12 精華小劇場 全席自由
作・演出 天野天街
精華小劇場初、天野天街演出初、少年王者館KUDANproject初、というわけで初物尽くしの観劇。こいつは春から縁起がいいやな。
原作はしりあがり寿氏の傑作漫画。こちらは既読。ヤク中の喜多さんを更生させるために二人でお伊勢参りに旅立つという筋書き。でも彼らの旅は自分の内側へ内側へ入っていってしまうのだ。リアルと幻想、虚と実が入り乱れる世界。
最初はなかなかペースが掴めなかったのだが「ふりだしの畳」あたりから一気に呑み込まれました。うどんの出前を取るあたりは完全に作品世界にどっぷり。いやしかし、あのうどんのシーンは凄いよな・・・。最初は「こうだ」と思っていたものが一瞬あとにまったく正反対に見えてしまうなんて。写真のネガとポジが一瞬にして入れ替わるような不思議感覚。演劇って普段「見えてないものでも見えている」という大前提で観客はいるわけで、でもそれって実は結構異常な感覚なんだよなあ。「あの壁は?天井は?・・・見えてるんだ」
って言われたときドキッとした。
旅は死に、照明は塩梅に、塩梅は死を 埋め ま したに変わっていく。最後には二人そのものも消えてしまって終幕。ああ、なんか酔った。
舞台装置に小技が効いていて「あったりなかったり」する世界を見事具現化。小熊ヒデジさん、寺十吾さん、どちらも初見ですが作品世界にバッチリはまってもうこのひとたちしか考えられない。カーテンコールで一瞬暗転になって、何事もなかったかのように二人の立ち位置が逆になっていたりして最後にトドメのアッパー喰らったかのような感じで劇場を後にしました。その劇場が小学校の中だっていうのも、なんだかシュール。なんだかちっともリアルじゃねえやな。
2005/03/10 歌舞伎座 1階12列15番
「猿若江戸の初櫓」
お昼の部一番のお目当てである。なのに、ギリで歌舞伎座に駆け込んだ私を許して。よ、よかった間に合って。番付は前日たっぷりと読み込んでいたので無問題。舞踊劇、であるので阿国と京から江戸に来た道化の猿若が、お殿様のために一肌脱いで、その気働きの良さを褒められ日本橋に猿若座の櫓をあげることを許される、という筋書き。板倉勝重から「小屋の手当は」と言われてひょ、ひょうえ〜〜〜!となってしまう猿若がめちゃキュート。それにしても勘太郎くんの踊りはすてき。踊りの良し悪しなんてそんなわかるわけじゃないけども、でもキレがあって人を惹きつけるなあ〜と思う。もっと長く見ていたかった!!
「俊寛」
すごく有名な演目で何度も名前を聞いたけど拝見するのは初めて。しかし個人的には3月の演目の中でもっとも心中ツッコミまくってしまった演目ではあった。役者さんがどうと言うより、物語的に「?」が多い感じ。船が去ってからの俊寛は見所たっぷりで見せますがそれまでがどうもいまいち心理的盛り上がりに欠けるっす。ひとり残されてからの茫然、後悔、慟哭と来る感情の波は「ああ、役者ならこれやりたいよな」って感じはすごくするのだが、個人的には「俊寛がひとりで残らねばならなかった」筋立てに得心がいかないのでどうしてもテンションが上がりきらない。幸四郎さんを歌舞伎の舞台で拝見するのも実は恥ずかしながら初めてで、やっぱ遺伝は声に一番強く表れるよな〜とちょっと思った。
「口上」
見ているだけで楽しい、お祝い気分満開にさせてくれました。面白かったのは左團次さんと富十郎さんかな。左團次さんは南座での海老蔵襲名の時も面白い口上だったけど、そういうのがお好きな方なのかしらん。富十郎さんは1階席から見てもおそろしい若々しさ。どんなエキスだ。見習いたい。福助さんの口上もよかったなー。出演者中唯一七の名前を出してくれてはりました。玉三郎さんはもう、なにをしてもかわいい。どうしよう。これ、落ちてる!?あたし落っこっちゃってる!?それにしても勘太郎くんはお辞儀がきれいでもううっとり(おい)。
「一條大蔵譚」
ズバリ今年の大河にズームイン!な内容だったのですごく頭に入りやすかった。人物がイメージできるとこうも違うものか。勘三郎さん、こういう目線ひとつで客席の呼吸を掴む役めっちゃうまい。ただ頭には入りやすかったけど、なんだか間延びした印象も受けないではなかったり。夜の「盛綱」のほうが、静から動への切り返しという意味でも見応えあったかな。でも雀右衛門さんも拝見できたし、仁左さま玉さまの夫婦役も拝めたし、目の保養〜という感じではありました。それにしても「俊寛」といい、平家や源氏から題材とってるものが多いのねえ・・・。
2005/03/09 歌舞伎座 3階1列27番
「盛綱陣屋」
開演十分前に番付買い込んで筋書きだけとりあえず入念にチェック。自慢じゃないが(本当にないが)そうしないととてもストーリーの肝についていけないのです私は。歌舞伎の番付は見所まで書いていてくれるので助かる〜。なるほど、モデルは真田兄弟なのね。自分の中で登場人物をわかりやすく置き換えて観劇。しかし実際、こういう時代物というのはなかなか見るときのスタンスというのが定まりません。でもって子役が出てきただけで瞬間冷凍庫のようにテンションが下がる私であるので、個人的にはあまり好きな演目ではないかなあ・・・と思っていたのですが、首実検のところでの盛綱の無言の芝居がすごい迫力で、なんだか一気に呑まれました。うう、すげえ。この部分だけ色んな役者さんの見てみたい。でもって、富十郎丈のお芝居を拝見したの私初めてだと思うのだが、「人間国宝」云々と仰っているお客さんの話が聞こえてきて「え?こんなに若いのに人間国宝なんてすごい〜」と思ってみたらなんと昭和4年生まれでらっしゃった!!きょうええええええーーーー!である。出演者の中でも一二を争う台詞回しのクリアーさであったが・・・御年75歳とは・・・恐るべし歌舞伎、である。
「保名」
仁左衛門さまの舞踊。ああ、ちょうちょが・・・きれいね・・・にざさまもきれい・・・と思っているうちに終わってしまった。紫の鉢巻きってなんか妙にセクシーだなあ。
「鰯売恋曳網」
ストーリー的には「あ、あ、ありえねえ!」という大団円ながらも、とにかく蛍火と鰯売の二人がかわいくてかわいくてほほえましくてもうそれだけでヨシ!なのである。蛍火の玉さま・・・う、美しい・・・でもってなんという可愛さか!胸がきゅんvってなるよきゅんvって!勘三郎さんの鰯売も素晴らしく愛嬌があって良いのだ!!鰯売を膝枕してあげて「寝言をもう一回言ってくれないかしらん」と言ってるところなんかト・キ・メ・キ・1000%という感じだった。なんつーかもう、キャラ勝ち?笑いどころも多くてなごむ〜〜〜。花道での襲名おめでとうのご挨拶も素敵だし、勘三郎さんが玉さまの着物をなおしながら「お前は本当にいつ見てもきれいだねえ」って言われてにこーーーーっとする玉さまにノック☆アウト。もう☆も飛んじゃいますよってなもんだ。傾城の皆様も左團次さんのお父さんもいい味だしていて素晴らしかった。すっごく楽しい気分で歌舞伎座をあとに出来て、満足満足。
2005/03/09 スパイラルホール B列15番
作・演出 松尾スズキ
松尾スズキ&大竹しのぶのタッグ。4本のオムニバスの合間に、映像で「出しっぱなしの女」が挟み込まれる構成。
大竹さんの自由度が素晴らしくて、相変わらずどこにいても何をしても光っている女優さんなのだが、その大竹さんと1on1で向かい合う松尾さんの技量と存在感にも恐れ入った。
以前「業音」を見たときに、あまりにも松尾ワールド原液でお飲み下さいみたいな感じで、劇場出るとき湯当たりならぬ松尾当たりしてしまって「もう少し薄めてくれた方が自分は飲みやすい」とかそんなことも思ったんですが、今回のは良い感じに飲みやすかったな、個人的には。大竹さんの「全然ダメじゃない感じ」(大人計画の役者に漂う「ダメ感」が大竹さんって不思議なほどない)がそうしているのかな、とも思うけど。
薄めとはいえ短い作品のどれもが「生まれちまった哀しみに」というトーンであって、一見究極にバカバカしいんだけどリリカルな美しさもあったりして私は好きな感じだったかな。「これからの人」と「刺したね」が特に好き。「これからの人」は見た目は本当にバカなんだけど、「初めてのSM」「突起物の女」のある意味前フリも効いていてぐっとくる台詞が多かった。
映像も・・・うーん実は、この映像の面白さは自分にはよくわかりませんでした。笑ったけど、自分でも驚いたことに生で芝居を観るよりも、さっき舞台に出ていた人が出ている映像を見る方が直視できない恥ずかしさがある。舞台と映像、見に行くときのスタンスが違うのでどうにもモードチェンジ出来ず。
今回のは軽いジャブ、という感じの小品集であったので、徹底的に大竹さんを描いたらどんな作品が生まれるのか、見てみたくなりました。
2005/03/06 シアタードラマシティ 9列27番
作・演出 長塚圭史
山奥の一軒家に妻を連れてやってきた山本という男。借りた家には赤の他人がなぜか入り込んでいて、自分の浮気が原因で気が触れた妻は空想上の恋人となんとか連絡を取ろうとする。電話借りたさに妻が隣人と名乗る牧田に協力すると、なんと掘り返してしまったのはゾンビだった。タイムカプセルに入っていたかのような、彼らの「日本国」への思い入れに振り回される山本。彼らは爆撃機をアメリカへ飛ばし、せめて復讐をしようというのだが・・・
21世紀、「今」の非日常な世界に、60年前の日常が入り込んできます。「大日本帝国」「皇国日本」「アジアの解放」そんな単語が、不倫だ浮気だ妄想だという世界と混ざり合う。身体の腐った人間と、身体をなくした人間と、心を見失った人間と。「人間らしい」のは、果たして誰なんでしょうね?
たかだか60年前のことなのに、スパッとフタをしたまま手触りも匂いもしない「歴史標本」にしてしまった太平洋戦争を、こうして舞台の上で形として見せるというのはそれだけでなかなか強烈です。取り上げている題材からしても、好き嫌いは別れそう。「君が代」の扱い方とか、台詞の端々、もうちょっと踏み込むと主張が匂いすぎるぞ、というところでスレスレかわしているあたりはうまい。
ただちょっと消化不良な感じも否めず。「悪魔の唄」というのは非常に秀逸なタイトルで、見終わったあと「おおお!」と思わず感嘆してしまいましたが(チラシのコピーも含め)、あの時代に一方的にふたをしてしまうことへの違和感、それを「悪」だったと片づけることへの居心地の悪さを出す一方、信じ込ませ、力で麻痺させ、すべてを決めつけて命を捨てていくという空恐ろしさは描き切れていなかったような気がしてしまいます。最後の突撃の前に鏡石が立花に「気合いを入れてもらえますか」というシーンがありますが、「死」への恐怖という、人間なら誰でもが持っている根源的な感情を、手近にある肉体を痛めつけて麻痺させることへの違和感。そういった違和感も個人的にはもう少し突っ込んで欲しかったなと。こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、国のために命を捨てていった彼らの純粋さが際だつような描き方だなあと思ってしまったり。そのあたりのバランスがちょっと気になりました。
というのも、ゾンビ三人組含め牧田夫妻、山本夫妻、それぞれの個人的な想いがうますぎると言ってもいいぐらいうまく掬われているからで、そうするとやはりどうしてもパーソナルな目線で見ることに集中してしまうんですね。愛されるものの為に戦った、兄弟へのコンプレックス、それを直球でぶつけてきた(独白で聞かせるとはなんだか意外で)のも驚きましたが、見ている心情としてはどうしても彼らに肩入れしてしまいがちです。出来れば最後、そうやって肩入れした観客をもう一回うっちゃって欲しかったんだがなあ、なんて。
立花と牧田夫妻+平山の人間模様は芝居のひとつの柱なんだけど、こちらはもう文句のない出来。こういうのを描かせると長塚さんは本当にうまい。平山と立花、サヤのシーンはなんとも美しくて、涙がこぼれそうになりました。ある意味、ここが自分的にはクライマックスでそのあとちょっと集中力を欠いてしまったかも(汗)立花の役は実はよくわかんなかったんだよなあ。彼が「爆撃」にこだわる心情がいまいち読めず。サヤを愛してない、ってのはわかるんだけどだとすると「それぐらいしかない」という想いが彼を爆撃機に駆り立てていたのかしら。それとも素直に劇中の言葉を信用するべきなのかしら。愛子は哀しい女だったなあ。何がキツイって、愛子の頭に銃口が突きつけられているときは嘘でも「イエス」と言えなかった男が、自分の頭に銃口が突きつけられた途端「イエス」というところ。うわーもう、山本ダメダメじゃん!その他にも謎かけなのか設計ミスなのかわからない「?」もはしばしにあったりして、そのあたりも気になるっちゃ気になる。
私のお目当てである吉田鋼太郎さん、硬軟自在とはまさにこのことか、な素晴らしいダメっぷりに感動。力を抜いても入れてもうまい。さすがです。あと今回は山内圭哉がかなりもっていっておりましたなあ。中山&伊達の阿佐スパコンビとの相性も良くて面白かった。中山祐一郎さんはもう、なんか何を見ても愛しく思える病気になってきたかもしれない。ダメ格好いい、ダメかわいいところがなんともツボ。あといい男ウォッチャーとしては池田鉄洋のマジ男前演技と、長塚圭史のエセ爽やかぶりを並んで見れた挙げ句、二人のうさんくささ×二乗な演技にたまらずにやにや。
最後の窓の向こうに映し出されるものを怖いと見るのか哀しいと見るのか。最後の爆音が「愛国心」という名の爆撃機なのだとしたら、そこにはホラーではない「怖さ」があるような気がしてしょうがありません。
2005/02/19 世田谷パブリックシアター 12列16番
作 ベルトルト・ブレヒト 演出 串田和美
あんなにも「夏祭」が好きなのに串田さん演出の他の作品を拝見していないなあと思っていて、「コーカサス」は最初大阪公演があると勝手に思いこんで楽しみにしていたんですけどそれが単なる思い込みだったということがわかり、一時はもう今回は諦めるか・・・というモードだったんですけどなんか、やっぱりどうしても見たくなってしまって当日券で行ってきました。開演1時間前に行って、当日券の列の7番目ぐらいだったかしら。いろいろ事前情報の収集もしておりましたので迷うことなく1階最後列のS席をチョイス。
世田谷パブリックシアターの客席と舞台に半々にかかるように円形の舞台があって、そこから擂り鉢状に客席が両サイドにある変形舞台。私は通常だったら舞台があるほうに設えられた客席側の最後列でしたので、舞台を横切って客席に着くことになります。パンフは舞台上でも売っていて、そちらで買いました。舞台の上でちらっと上を見上げると、パブリックシアターのあの青空がなんだかいい感じ。席に着いたあとは言ってみれば通常の舞台側から客席を見る形になるのですごく新鮮でした。あと、舞台袖はこのようになっておるのか〜と開演前は異様にキョロキョロしてみたり。いつもは覗けないところが見れてなんだかお得。
設定としては劇中劇なのかな?役者たちが三々五々あつまって今から演じるお芝居の相談。候補は3つあって、ひとつは「とうさんをかあさんと呼んだ日」とか、そんなの(笑)これは却下ですよね!でもう二つは自分の子供ではない赤ん坊を育てることになった女性の話と、ひょんなきっかけで裁判官になった男の話。グルシャとアズダックの話がここから始まります。
いきなり劇場に響き渡る朝比奈さんの声がまずカウンターパンチ。「音楽」というよりももっと素朴な、「おと」「こえ」の力強さに全編が彩られていてあっと言う間に世界に引きずりこまれる。役者さんたちは皆舞台を縁取るように円形に座り、出番のない間も舞台を創っている。「おと」もさることながら、「ひかり」の演出もまた見事で、青空が夕焼けになり、宵闇になり、ろうそくを使ったシーンの美しさもすごく印象的だった。本当はすごくテクニカルなのかもしれないんだけど、でもなんだかすべてが素朴で、色んな国の役者さん、演奏家が少しずつ舞台に参加したり混ざったりしているのが、作り込まれた感じがなくてまた逆に良いんだよなあ。
休憩時間に舞台上でグルジアワインを頂くことが出来て、さっさとトイレを済ませたあとは舞台上でワインとチーズを喰らいながらな〜んとも言えずのほほん気分に。そのままアズダックの裁判に民衆として参加(笑)真横に谷原さんが居たりしてまじめな顔の白塗りに笑う。アズダックの賄賂にいちいちブーイングしたり、谷章のいちいち細かいリアクションに笑ったり。ワインの力とこの楽しさですっかりオープンマインド状態。あ〜〜〜楽しい。この楽しさってなんなんだろう!
そんな状態で聴いたからなのか、二幕の途中で田中莉花さんが歌う歌でボロ泣きする。「愛しい人よ/戦いに出るときは/最前列にいてはだめ/最後列に居てもだめ」という歌。やっぱ歌の力ってすげえなあ、と田中さんの声に酔いしれました。二幕の展開はいわゆる「大岡裁き」で、日本人にはお馴染みの展開ではあるんだけど、それでもそこに行き着くまでのグルシャとアズダック、丁々発止のやりとりも非常に面白く、思わず固唾を呑んで展開を見守ってしまったり。
松さん、泥臭さはあまり感じられずどちらかというと知的な感じもあって、個人的にはもっと単純な役柄として見せてもらいたかったな、という気もしましたが、声の美しさと際だつ存在感、埋もれない役者だなあとほとほと感心。毬谷さん、七色の声は健在!いやもうすばらしい化けっぷり。知事夫人の屈託なく嫌みな感じと、義姉のなんだか愚鈍な感じと、役柄も千差万別ながら演じ分けも素晴らしくて堪能させていただきました。公爵役のひと、えっらい声が良いけど誰なんだ!と思ったら中嶋しゅうさんだった。納得〜。串田さんのアズダック、最後の10分間が絶妙に良い。谷原さん、清々しすぎる男前。清々しい、じゃなくて、すぎる、感じがまさに谷章ですよな!
最後の祭りの踊りの輪の中で、ひとり佇むアズダックの横顔が浮かび上がる。祭りの輪はどんどん大きくなり、ひとりまたひとりと誘われて輪に加わっていく様子は、まるで本当の、遠いどこかの国のお祭りを見ているようでした。なんだか見ているうちに涙が勝手に出て来ちゃって参った。観客との垣根を取り払うというよりは、客席と舞台という構造をそれごと違う世界にしてしまう、その力に脱帽。あの祭りの輪を見ている間、私は世田谷パブリックシアターの観客ではなくて、どこかの広場で祭りの輪を遠巻きに眺めている村人のひとりであった気がします。このトリップ感、やばい、癖になりそうだ。
2005/02/10 新神戸オリエンタル劇場 O列10番
作・演出 小林賢太郎
久々の本公演。私はラーメンズに関してはもう受け身まっしぐら、好きなようにしてっ!状態なので、感想もまともに書けそうもなく。ただひたすらにげはははと笑い転げておりました。とりあえず今回のネタはこんな感じ(以下すべて仮タイトル)。
「釈然としない」「ゴトーを待ちながら」「The wind blew」「バニー部」「面接」「メタモルフォーゼ」「不思議の国ニッポン」
好きなコントは1本目と3本目。1本目はおお、ラーだなあと思わせる絶妙な不思議感。こういうの大好き。個人的に「弱点都市大会」をもっと見てみたかった。3本目は「椿」の「カウント」をなんだかちょっと彷彿とさせる。「バニー部」「不思議の国ニッポン」はラーメンズお得意の勢い重視のバカコント。腹がよじれるかと思いましたよ!「ニッポン」シリーズ大好きなのでまた観れて嬉しい。県のキャッチフレーズと、それに対するツッコミがお気に入り。「学園祭じゃないんだから」「おじいさんだよね」「届いてないよ!」飛ばされた二つの県がなんとも哀愁。メタモルフォーゼは技のご披露が最高でした。「親方!空から女の子が!」爆笑。
しかし、ラーメンズのコントって本当に面白いんだけど、ビデオで見るとさほどでもない感じがしてしまうのはどうしてなんだろうなあ。断然、生で見るのが面白い気がする。そりゃそうだろうと言われそうだけど、普通の舞台と較べれば映像メディアでも、面白さをそのままお届け!することも可能なものだと思うのに、不思議です。
そういえば小林さんは少しお太りになられましたか?私はあまりそういうのに気づかないタイプなのですが、アゴまわりにお肉がついたかな〜と思う瞬間が何度か。私は小林さんのコント中って、「かわいいなー」「かっこいいなー」という感想はあまり抱かなかったんだけど、でもコントが終わって相方を「片桐仁!」と紹介するときが、げええええかっこいいいいいいと身悶えするほど格好良かった。なにがツボるか人間わかりません。
しかしラーメンズのコントほど、見ていない人にその面白さを伝えることが難しいものもないと毎回思います。今回は友人と見たんだけど、見たあとの会話をハタから見ていたらちょっとした不思議ちゃんであったことだろう。そういえば劇場を出るとき後ろを歩いていた女性が「今帰り道で死んでもいいわ」と言っていたがそこまで言わせるとは、コント屋小林賢太郎も本望であろう。恐るべし、ラーメンズ。
2005/02/08 シアタードラマシティ 3列14番
作・演出 三谷幸喜
ミヤコ蝶々さんの半生をモデルにしたひとり舞台。馴染みの楽屋で自伝の出版のためにインタビューに訪れた若い記者に向かって、彼女が自分の人生を物語るというスタイル。最初は乗り気でなかった彼女だが、若い記者の「自分の舞台を見ている」という言葉に好感を持ち、そしてなぜだか記者のえくぼにほだされて、波瀾万丈の自分の人生を語り始める。
いやー面白かった、素晴らしかった!期待されて期待されて、それでも必ずその期待に応える三谷さんのすごさ、それについていく戸田恵子さんのすごさ。ああ堪能した、久しぶりに手が痛くなるほどカーテンコールで拍手を送りました。
一人芝居ではあるけれどもモノローグよりダイアローグを主体にした作り方で、違う視点から三谷さんの持ち味である「会話の面白さ」も味わえました。でもダイアローグであるからこそ、客にも集中力と想像力が求められるわけで、その点もがっつり噛みごたえのある舞台だなーというのを久々に味わえた感じ。小道具の使い方、照明の使い方には脱帽!!彼女の人生と深く関わった男性たちそれぞれを、そこに居ないのにキャラ立ちして見せるのはもうさすがだなとしか言いようなく。マリンバとパーカッションのシンプルな音楽と効果音がまた良いんだ〜。ナマで音を合わせてくれるなんて、ある意味豪華すぎる効果音じゃないだろうか。
二人目の夫と病院で別れるところ、笑顔で手を挙げて「最期のお別れ」をするシーンがたまらんかったなあ。彼女の恋の象徴だったえくぼの音が、ここではあんなにも哀しい。ベッドに見立てた姿見を引っ張りながら、「不幸を商売にする女と言われた」と告白するときの切なさ、愁嘆場で涙を零されるよりも、何かに耐えながら歯を食いしばる人間の姿の方が私は何倍もぐっときてしまいますね。第二部というか後半というか、彼女が着物を着替えてきたときに付き人とおぼしき「はるちゃん」に、「誰もおらへん、うちひとりや」と言いながら記者に話し続けるので、あれ?と思っていたんですが、それが「いっぺん練習せななんにも喋られへん臆病な女や」に繋がってくるんだよなあ。「相手役が見えない」ことを逆手に取った脚本の構成に脱帽。最後のシーンはだから本当の意味での「自問自答」なんだけど、それは壮絶な人生を送ったミヤコ蝶々さんだけでなく、女性ならみんな一度は自分に問いかけてみたことがある事のような気がします。誰かのせいにしながら、言い訳しながら、傷つくのが怖くて逃げてきたんじゃないか。でも、自分と自問自答しながら日々を積み重ねていくことだって、やっぱりそれは戦ってるんだと思うんです。やりたいことをがむしゃらに見つけることだけが勇気じゃない。父親に放り込まれた芸人の道だけれど、彼女はその道を誰よりも愛した。それが何よりも大事なことなのではないでしょうか。
微妙な声のトーンを駆使して、「現在」と「過去」を自由に行き来する戸田さんが本当にすごい。観客にも勿論想像力が求められますが、戸田さんがうまいので違和感なく舞台に集中することが出来ました。舞台の照明が消えた瞬間の沸騰するような拍手。カーテンコールの拍手鳴りやまず、スタオベする人、ブラボー!のかけ声、戸田さんの目には涙が浮かんでました。蝶々さんの地元大阪でのこの圧倒的な賞賛の拍手は、「なにわの女」を見事に演じあげた戸田さんへの何よりの花束になったのではないでしょうか。
2005/01/29 新神戸オリエンタル劇場 D列14番
作 高見健次+劇団赤鬼 演出 吉村シュークリーム
関西で随一の観客動員数を誇る劇団だそうである。前回キャラメルを見に行ったときに前説で加藤さんが紹介していまして、新神戸でやるというのはたしかにすごいものだなあと思い時間があったら見にいってみようかなと思っていたのだった。というわけで時間はあまりなかったのだけど見に行ってみました。
設定は近未来?スクラップにされるはずのロボットが6体、工場から逃げ出した。予備電池のない彼らは、バッテリーが切れるまでの束の間、ロボットの自分が「自分のやりたいこと」をして過ごそうと決める。その中の一体であるロイは逃亡の途中であるひとりの女の子と出会う。ロイは残りの時間を、生き生きと自分を生きている彼女とともに過ごそうと決意するが・・・。
キャラメルで加藤さんが紹介したということもあってやはり系統的には似ていました。しかし作品の展開がキャラメルよりはシニカルな感じかな。最後にフィリップがキーになるというのはうっすら感じていましたがおお、そう持ってきますかと。ある意味、かなり救いのない展開。だからこそラストは、フィリップの思惑をも越えるものであった方が良いのではないのかなと思った。彼がプログラムを書き換えただけでは、結局お釈迦様の手の中、みたいな印象になってしまうし。伏線の散りばめ方、回収の仕方ももっと練ればより良いのにと思うところが結構あった。どうして手のひらでロボットだとわかるのかとか、どうして6体なのかとか、ロイが戦闘用だということも、もっとうまく使えたのではとか。
ひとつひとつのエピソードはとても練られていて良いシーンになっているところが多い。執事用ロボットの最期はかなり切なかったし、ファーストシーンの子供との出会いがラストへ結びついていくところ、ロイとフィリップのエピソードはかなり良くできてる。セシィとモーリス、ロイの関係もある意味「出来過ぎ」なんだけど、その出来過ぎ感を逆手にとった展開はうまいなーと思いました。ただそのエピソードひとつひとつが有機的に繋がっていない感じがするところはちょっと残念かなと。
しかし久しぶりに、勢いがうまさを凌駕している舞台を見たような気持ちになって、なんだか懐かしく思ったりも。音響は既存の曲を使っているのだろうけど、かなり良いセンスだと思う。照明もかなり「勢い!」という感じだけど、ちょっと似た処理が多くて気になった。オープニングが非常にキレイだったので、あの印象は大事にして欲しいような気もしたり。
役者の中で飛び抜けてうまい人が居てうーん誰だこれはと思っていたら客演の世界一団のひとであった。小松利昌さんというらしい。オカマ役ということで得している部分もあるけれど、それを差し引いても抜群のうまさだったと思う。というか私の好きなタイプの役者だ。関係ないが声が(顔も)生瀬勝久さんに激似であった。主役の男の子はナイーブな感じの似合う男前。フィリップをやった原さんというかたもなかなか声が良く印象的でした。
大きな会場でやるというのもキャパ拡大には有効だと思いますが、なんとなく作風的にもう少し小さい劇場でみっちり見てみたい劇団だなあと思いました。役者さんの熱気を間近で感じられる方が劇世界に酔いやすいような気がします。
2005/01/26 厚生年金芸術ホール J列17番
作 木下順二 演出 観世榮夫
平家物語の一ノ谷から壇ノ浦までを題材に、平家方知盛、源氏方義経を中心に描いた戯曲。79年に初演されてから四半世紀の間に渡って手を変え品を変え上演され続けているというもので「現代演劇の最高峰」と言われているそうだ。なるほろ。
睡眠不足プラスかぜっぴきというかなりデンジャラスな状態であったためヤバイかな、と思いましたが意外と大丈夫でした。昔山本安英の会での公演を観たときも寝た記憶はないから多分もともとこういう話が好きなんだろうと思う。冒頭の詩の朗読(詩じゃないのかもしれないが、個人的にあの文章には詩の美しさを感じる)は素舞台に読み手が現れてやるかたちでした。本当にうっとりするほど美しい文章だわあ。
前半にすこし長さを感じるシーンが多いのだが、その前半を萬斎さんとともに引っ張る阿波民部役の木場勝巳さんが素晴らしくなんとも引き込まれる。萬斎さんは群読や地の文を読むときの浸透力がすごい。さすがだ。立ち居振る舞いの美しさも素晴らしくて見惚れます。個人的には木場さんに物語的求心力を、萬斎さんが様式的求心力をそれぞれ持っていていいバランスだったかなと思いました。源氏方に話が移ると、もともと義経の話が好きというのもあってこちらも面白く。義経の嵐さんが最初ちょっと拒否反応だったのだが見ているうちに気にならなくなってきた。弁慶・伊勢三郎・佐藤忠信なんかはいいバランス。義経の話はどうやってもその後に待つ悲劇が頭に入っているだけに、あの「ただ平家を討ち滅ぼすことのみに専心する」という覚悟がまた切ないのですなあ。
「そうなるはずのことだったように思われる」と知盛が何度も口にするように、大きな運命の輪の中で葛藤する人間たちというのは面白い見方だなあと思った。知盛は心の奥底でどこか「諦め」みたいなものがあって、それが一ノ谷での敗戦以降の彼を支配しているようなのだけど、骨抜きになった平家方の中でただひとり気を吐く阿波民部が、最後の最後壇ノ浦で御座船がおとりであることを白状してしまうくだり、冒頭の自分の馬を射殺すなと言いながらその己の言葉に愕然とする知盛と重なって、運命というものに翻弄される人間の切なさが感じられる非常に印象的なシーンだった。
芝居と直接関係ないのだが阿波民部が固執する三種の神器、勾玉と剣が二位尼によって海に沈んだあとどうなったのか気になったのでいろいろ調べてみたらこちらもかなり面白かった。勾玉は軽いので結局浮かんできたそうだが、剣はついに見つからなかったらしい。しかし、もともと勾玉以外は卑近な言い方をすれば「オリジナル」ではななくて「レプリカ」なんだそうである。鏡のオリジナルは伊勢神宮に、剣のオリジナルは熱田神宮にある(と言われている)のですな。でもって安徳天皇とともに沈んでしまった剣のあと、ちゃんと代わりの神剣がその後用意されたらしい。そう考えると「天皇などは勝手に捻り出す泥人形のごとき、しかし三種の神器は二度と作られることのない代え難いもの」と力説していた阿波民部の言葉もまたなんと皮肉なという感じがしてくるではないか。
舞台の終盤、壇上で平家方源氏方の合戦が群読で表現されるのだけども、なんとも言えず迫力に満ち、かつ平家物語の文章の美しさ、そのリズムに思わずうっとりであった。かっこいい。合戦の最中に読み手が「月の運行」を差し挟むのもすごく好きだ。この舞台、人に強くお勧めする感じではないのだが、個人的には題材の切り取り方がうまくツボにはまったなーという感じでした。しかし、観客の平均年齢の高さがすごかったな。でもって見事に携帯電話がなりやがりました。開演前ボードを持って係員がしつこくしつこく案内していたので逆に「鳴る率が高いんだろうな」と思ったら案の定だった。おそらく私の前の前の列あたりの女性だったと思うが、思わず靴を投げて後頭部を直撃してやりたい衝動に駆られてしまいましたです(だっていつまでたっても切らないんだもの)。携帯電話の電源の切り方を知らないなら劇場に来るな、とは言わん。携帯を持つな。以上。
2005/01/21 シアタードラマシティ 17列39番
作 W.シェイクスピア 演出 蜷川幸雄
「ロミオとジュリエット」って、シェイクスピアの中でも悲劇中の悲劇、みたいな話だけど「四大悲劇」のなかには入っていないのね。若い二人の熱病のような恋は、周りの人には悲劇をもたらすけれど二人にとっては必ずしも悲劇でなかったってことなのかしらね。そりゃあ死んでしまったけれど、二人は最後までお互いを愛していたわけだからさ。
誰もが知ってるお馴染みシェイクスピアの名作。若い二人の恋を引き裂く家どうしの確執。基本です。お約束です。三段の高さに別れた一面の壁、その中の写真は早逝した若者たちの写真。写真の眼にあたる部分に照明があたるような仕組みになっていて、物語の登場人物がその写真たちにじっと見られているような効果もあり抜群。相当な高さがある壁を登場人物(特にロミオ)は上がったり降りたり大忙し。高さもあるので、バルコニーシーンなどは非常に感じが出ていたと思う。
私がこの芝居を観る最大最高の目的であった藤原ロミオはあまりのかわいらしさに会場中が彼に恋をしたのではないかと思えるぐらいのスパークぶりであった。基本的にマキューシオが殺されるまでの「ロミジュリ」って普通に楽しいシーンが沢山あると思うので、このシーンを素晴らしくはじけた演出にしているのがすごく良かった。ロミオを何度も呼び止めて挙げ句「何を言うつもりだったか忘れたわ」なんて吉本でやったらそこで絶対ズッコケが入る、と言うぐらいのオチであろう。ロミオの「幸せだー!」は最高でした。しかも素晴らしいのは藤原くんはちゃんとロミオを生きているということだ。彼の台詞は大仰なシェイクスピアの言い回しさえもなんのその、感情がびしばしと伝わってくる。まったく天才だなこのやろー。
と、いろいろ楽しませてもらいはしたのだが、やはりどうしても「ああもううんざり」となってしまうのは止められませんでした。すいません。謝ることはないか。途中からなんだか記号を見ているような気持ちになって来てしまったんだな。この芝居の中で記号を越えて描かれている人物って主役二人とロレンス神父、それに乳母ぐらいなものなんじゃないか。あとは敵対する家の血気盛んな若者という記号、格式と対面を重んじる一家の長という記号、ジュリエットに横恋慕する青年貴族という記号。そういう「枠」を飛び越える存在として生きるロミオとジュリエットを見るものなのかもしれないが、だからってあまりにぺらい描き方はどうなのかとどうしても思ってしまう。パリスなんてまさにそうで、劇中で何度も「男だったらこう生まれたいと思うほどの立派な方」と口を極めて褒めているがあのパリス見てそう思う観客がひとりでもいたらお目にかかりたい。二幕の嘆き節大集合に段々感覚も麻痺してくるし、墓場のシーンでのパリスの慟哭や二人が死んだあとの父親同士の和解のシーン、うわー死んじゃったーバターンジタバタ、あまりにもいろいろトゥーマッチでこれ以上は御免被りたいというのが正直なところだったり。
哀しみを観客に伝えるのはそういった説明的な台詞よりも、ふとした仕草やたわいもない言葉だったりするわけで、ジュリエットが散々泣きわめくシーンよりも「指輪を差し上げて」というシーンや、毒薬を飲む時に思わずドアに駆け寄ってばあやを呼んでしまう瞬間のほうが圧倒的に印象に残っているし、二人の別れのシーンでロミオが壁にもたれ、このままこのドアを出ていかなければならないのにどうしても出ていけない、その引き裂かれるようなつらさの方が何倍も哀しみを感じたりするものです。
ロミオの藤原くんは前述のようにこの若さでこの台詞を自分の言葉として吐ける希有な役者だなと改めて感心しました。全員が全員藤原竜也の技量をもった人たちばかりのシェイクスピアを見たら感想も違うかもしれない。マキューシオらと較べてあまりにも知性的で、それがある意味二人の関係性の中ではネックかな。ロレンス神父は見ようによっては非常に間抜けというか、「お前がすべての原因やん」と思われがちなストーリー展開ではあるものの、瑳川さんさすがの貫禄で素晴らしい。ロミオを諭すシーンの説得力には惚れ惚れしました。この人しか頼る者はいない!と思わせる存在感。マキューシオは言葉や行動の端々にロミオへの執着っぽいものが見えて、そのあたりもう一押しで記号脱出だったのにと思うと惜しい。梅沢さんはさすがの軽妙洒脱なうまさ、心を鬼にして「ロミオなんて大したことなかった、パリスのほうがよっぽどいい」とジュリエットを諭すシーンが印象的。杏ちゃんはジュリエットを生きようとはしているんだけど、心はついてきているのだが台詞がもう一歩ついてきていないかなあ。惜しい。
「シェイクスピアの楽しみ方」は古今東西いろいろあるのでしょうが、私はやっぱり物語を楽しみたいしそこで生きる人たちの哀しみや怒りを、楽しさを共有したいなと思う。それはタイトルロールだけではなく、すべて(とは言わないまでも、ある程度は)の登場人物に対して記号以上の存在理由があって欲しいと思うのですが、技量のバランス的な問題もあって難しいのかもしれませんね。それにあの圧倒的な台詞量、独特の言い回し、そういうものに振り回されるとどうしてもそこで生きる人たちの輪郭がぼやけてしまって、その辺が私がシェイクスピアが苦手な原因なのかもしれないなと思います。
2005/01/14 梅田コマ劇場 10列31番
脚本 中島かずき 演出 いのうえひでのり
時は徳川、キリシタンご禁制の時代。かつて奇跡の子と呼ばれ類い希なリーダーシップを持ち人々を率いる島原の益田四郎時貞と、天性の声を持ちその声で人の心を操る天草のシロー。二人のSHIROHは出会い、そして悲劇の輪がゆっくりと回り始める。
思うんだが、新感線の舞台って大抵いつも完璧じゃない。なんちゅーか、ちょっといびつというかある意味洗練されていないというか、そういう部分が結構ある気がする。もちろんそのいびつさを愛しているファンも大勢いるわけだけど、しかし何よりすごいのはそれらを呑み込み、観客を巻き込む圧倒的なパワーに溢れていることなんじゃないだろうか。小さくまとまる劇団が多い中で、結成以来二十余年、そのパワーを失うどころか「老いてますます盛ん」(老いてないけど)なところはまったくもって感服つかまつりました!である。
とそんな大きなまとめで入ってしまった。終わってどうする。新感線初のロックミュージカル、ガチンコマジ勝負でミュージカルやってみたっす!うっす!みたいな気合い入りまくりの一本であった。多少アレレと思う部分もなきにしもあらずではあるけど、押し寄せるパワーの前にあっさり呑み込まれてしまったかなという感じ。まあいきなりぶっちゃけたことを言えば私はストレートプレイの方が好みではあるんだけど、しかし翻訳ミュージカル特有の「字余り字足らず攻撃」もないし、台詞は繋ぎでとにかくキレイに歌えばいいんでしょ的な自己陶酔タイムもないし、座付きの作曲家がはりついて書いて下さっているだけあって何より楽曲が芝居の中で自然に活きているし、ミュージカルをみているとどうしても出てしまう「普通に喋れ」というツッコミは一度も炸裂させずに済みました。
個人的にちょっと首を傾げたくなったところは、まずラスト。うーんどうにも、最後風呂敷慌てて畳みましたな感じが個人的には拭えなかった。シローが死んだあとの展開にもうひとつ、四郎のキャラを生かして一場面欲しかった。それが「最後の奇跡」に繋がっていくといいんだけどなあ。四郎が寿庵を「失いたくないもの」と思っている描写が劇中殆どないので結構唐突な感じもあるし、あとこれは個人的な好みだけど、3万7千の人々がシローに殉じていくより四郎に殉じて欲しかったという気がする。だってシローは神を信じていないじゃないですか。だからなのか、シローが死んでからの人々の殉教の行進に「勁さ」が欠ける感じがどうしてもしてしまった。リオが出てきて「最後の奇跡」に繋がるあたりの展開はすごく好きなんだけどなー。リオのキスで目覚めたあとの(「復活」かな)シローの歌声が響くシーンは素晴らしい。本当に奇跡を見ている気にさせてくれた。
もうひとつ、もし再演するなら是非再考願う!と思ったのがモニター。モニター要らない〜〜〜要らないようううう。舞台の上に置かれたモニターってすごく無機的な印象を与える。それがなんか、この舞台と合わない感じがしてしょうがなかった。しかも私が見た日モニターのうち1台が調子が悪かったらしく、ラストに向けてのものすごい緊迫感の中画面がちらっちらして目障りでしょうがなかった。あれを「歌詞を聞き取れない人が居るかも」「展開がわからない人が居るかも」ってことで補足説明のために使っていた場面もあったけど、舞台見ているときにモニタの画面なんて(しかもその中の文字なんて)追ってられませんよ。結局大事な役者の表情や動きを見逃して余計話が分からなくなるだけじゃないか?大丈夫だ、たしかに歌詞が壊滅的に聞こえない人もいたけど(それはどうかと思うけど)、物語のダイナミズムはちゃんと伝わってきてるから!あと現代の風景とオーバーラップさせるというのも、あんなに始終強調しなくてもいい。ラストのどう見ても現代の戦場の音と、なんなら戦車でもガツンと伝わってくると思う。こういうリンクのさせ方は個人的にはすごく好きな部類だけど、そのためにあのモニターがあるというのなら「そこまでしなくていい」という感じだ。
休憩入れてほとんど約4時間、と思うとなげえなあ!という感じがどうしてもしますが、不思議なほど長さは感じなかったですね。序盤の2,3曲ぐらいかな、どういうテンションでついていったらいいのか計りかねるところがありましたが、植本さん登場のあたりで一気に空気が和んで話に入っていけたかな。あの固い最初の空気を正確無比な馬鹿芝居で和ませていく植本潤さんの力業にちょっと感動。1幕は確かにちょっと散らかり気味の感じはあるけども、でもところどころに和みポイントがあって個人的には嬉しかったなー。和んだ空気を一気に「新感線」にたったひとりで(強調)染めていくじゅんさんのハートの強さにも惚れ惚れです。個人的にはシリアス一辺倒で押すよりもこういう空気は残しておいて頂きたい気がします。
島原の四郎は自分の力を信じられないがゆえに反乱軍のリーダーとなって立ち上がることを躊躇うわけですが、寿庵と出会い、「弱い人間だからこそ出来るのかもしれません」という言葉に決意を固める。弱さを乗り越えて立ち上がる人間、というのは私の涙腺をもっとも刺激するモチーフなのであって、またここの上川さんが魂の芝居で客席に高揚感をで与えてくれるので、このあたりはもう新感線舞台特有のパワーにあっという間に呑み込まれてしまいましたねえ。対するシローは殉教を叫ぶ人たちの中で激しく違和感を感じ、リオの「歌って」という言葉に「拳に神は宿る」と高らかに歌い上げる。二人のSHIROHがそれぞれ自分の意志で立ち上がっていく様をリンクさせ、そのあとに二人の邂逅があるところなぞ、しびれるほどうまい構成。
さて、ラブストーリーに興味はないとか普段豪語している私であるが、ゴメン、超ツボだった。なにがって、お蜜とシローの恋が!見ながら思わず「こ、これや!!このラブや!!」と浪花商人のように手もみして買い付けに走りそうな勢いですらあった。世間の酸いも甘いも噛み分けて、天国も地獄も見てきたであろうお蜜が、まっすぐに自分に向かってくる男の子(ある意味天才)(しかも可愛い)(ピュア100パー)に揺れる揺れる、ぐらぐら揺れる。でもって男の子の方はなにしろピュア100パーなものだからもう自分のラブを直球勝負でぶつけてくるわけさ!彼にとっては彼女は「自分の「生き場所」を与えてくれた人、自分が誰かの役に立つ、ここにいても良いんだよってことを初めて教えてくれた人なわけだ。自分の祖国に自分の居る場所がなかった彼にとって、その出会いの大きさははかりしれんだろう。でもそれすらも計略だった!なんて皮肉!でも計略のはずだったのにいつの間にかミイラ取りがミイラに!これも皮肉!演じる中川くんの、まさに天然犬っころ!みたいな懐き加減も素晴らしいし、自分の情を押さえに押さえてそれでも捨て切れぬ恋心を感じさせる秋山菜津子嬢がこれまた素晴らしすぎ。彼女を裁くなら俺を裁け!なシーンと、そのあとお蜜がシローに斬りつけるシーンとかもううわああ、ツボ、ツボ過ぎて首がかいいよ!なにが「安いラブストーリーは要らない」だ、ゴメンこれ、ある意味安いよな!読めるし!でも好きなんだ!なんでこんな王道に今更はまってるんですかと思いつつ、はまりすぎてお蜜とシローの死で自分の中のテンションがマックスになってしまった。ふい〜。
中川くんは声がすごく中性的なので、この「神の声」という設定にはどハマリしている印象。ポテンシャルを生かしきっていない気がするので、再演する際はもっと難曲を書いてあげても良いのかもとすら思った。前述のようにお蜜との恋におばちゃんはメロメロ。上川さんはこういう苦悩の人がはまるわねえ〜。歌は、もう全然イケてるじゃないですか!!なんだよ謙遜しちゃって!みたいな感じ。個人的にはじゅんさんとのおもしろやりとりをもっと見たかったナリ。殺陣のシーンもどれもお見事でしたが、十兵衛をぶったぎる時の殺陣が好きかな。そのじゅんさんはたったひとりで(と言ってもよろしかろう)新感線的笑いを一手に引き受け、それをちゃんと成立させるとこがさすが。植本さんも、短い出番の中で相も変わらず印象的な良い仕事。高橋由美子ちゃんはなんだかお蜜に較べると若干キャラにブレがある感じでその点気の毒かなと思いつつ、しかしクリアな声と歌、最後の慟哭の表情は印象的。お蜜はこの物語中もっともブレなく描かれている人物の気がする。秋山さんは歌も芝居も存在感バリバリでその設定を十二分に自分のものにしているし、彼女の存在があるおかげで物語に断然厚みが増していたと思います。いやはやさすが。
巷でジャイアンと評判の江守さんの歌は個人的には通しなんですけど、遊ぼうとしているのかなんなのか、芝居がグダグダになるのはちょっと勘弁かな。周りの人も平気でオチてるし。あかんやん。杏子さんは声が嗄れていたのかあれで100パーなのか、どちらにせよ歌詞はほとんど聞き取れず。残念。泉見さんのゼンザは可愛かったな。もっと歌わせてあげてもよかったのにー。吉野さんのダンス&歌&はじけた殿様っぷりは◎。聖子さん非常に格好良いキャラで好みでしたが、もっとクールでも良かったかも。成志さんと粟根さんは楽しそうに悪役商会やってるなあという感じ。ちひろちゃんのリオは声の透明感が素晴らしかったな。
帝劇に書き下ろしオリジナルミュージカルがかかるのは久しぶりなんだとか。ひや〜やるねえ新感線。そういう新しい扉を叩くというよりは叩きすぎて壊れちゃったみたいな印象もありつつ、小さくまとまるよりもそんな大きな新感線であれ!と、丸大ハンバーグのような気持ちで締めたいと思います。大きくなれよ!(これ以上?)
2005/01/09 シアタードラマシティ 4列12番
構成 宮沢章夫 構成・演出 竹中直人
うーん。苦痛でした(笑)2時間チョイなんだけど最後もうお尻が痛くてしょうがなかった。つまり集中力が切れていたということです。「くだらない」ものをやるのはすごくいいと思うけど問題は「くだらない」んじゃなくて「つまらない」になってしまっていることじゃないかと・・・。最初は竹中さんが出てきただけで笑っていた観客がどんどん音を立てて引いていくのがある意味見物といえば見物でした。なんでこんなことになってしまったんだ?
役者は一生懸命やっているのだがあまりの滑りようにその一生懸命さがもう痛々しくなるという悪循環ですらあり。まあ何しろ届いてこない。それぞれの役者さんが下手なわけでもないんだが。
木村佳乃さんと佐藤康恵さんの可愛さはまあ一見の価値ありかな。佐藤さんはバレエのシーンが素晴らしかった。坂田さんのオレオレ詐欺のギャグも結構ツボだった。って、これぐらいでもう勘弁して下さい(笑)
2005/01/08 ワッハホール I列12番
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
どこだかわからない、いつかはわからない、おそらくは遠い未来のある一軒家で暮らしている二人の兄弟。そこを訪れる二人の女と二人の男。会話の端々に予感を含ませながら2時間45分、汚れた世界に愛情のソースをかけて召し上がれ。
直接的な説明なしにそれぞれの会話から街、もしくは世界が崩壊しつつあることを匂わせたり、一軒家に住むふたりのところに訪ねてくる人たちという筋立ては「4.A.M」を彷彿とさせますが、しかし箱は一緒でも中身は違うなあという感じです。お得意の会話の微妙なすれ違いで笑いを生んでいくケラさん独特の会話術は極力抑えめ、笑いのための笑いは今回眼目じゃないんだってことでしょうか。しかしそういったお遊びがなくても集中力がまったくとぎれない劇作はすごい。何がどうってわけじゃないんだけどなあ。登場人物の感情の波に乗っていけてるからそう思うのかしらん。ケラさんの舞台で誰かの思いに共感するって、実はあまりないことだったりするんだけど、今回はキャラクターそれぞれにこっちの感情に引っかかってくるところがあったと思う。前半はチャズの弟への思いに、後半はキャラクターそれぞれの「失いたくないもの」(でも失ってしまうもの)への想いに振り回される。
加えて、ラストシーンの演出がもう鳥肌たつほど見事で、うーんこれはなんというか現実世界に戻るのがちょっと時間かかります!というぐらいの余韻であった。今まで確かにそこにいたのに、今はもういない。「消失」のあとの、消えていった人たちの影だけが浮かび上がり、そして消える。
防空壕の話をするスタンに頷くチャズ、スタンに「色んな話をしましょう」というスワンレイク、「うかれてた・・・!」と慟哭するジャック、そのジャックを赦すネハムキン。ラストの濃密さがほんとにすごかったなあ。特にスワンレイクの「今度こそは失うまい」と思う必死さと優しさに泣けた。
まさに少数精鋭な役者陣もまったくお見事!今回得意技を封じてまっすぐ役に向かっていってる大倉くんにまず唸らされました。ちゃんと面白くできる役者はちゃんと真面目にも出来るということなんでしょう。それにしても独特の存在感、滲み出す感情、この長丁場を最後まで引っ張っていく力にマジで感嘆。惚れ直しました。みのすけ&三宅、松永&犬山の巧者4人も見事な仕事師っぷり。もーこの人達なら間違いないという感じで安心して見れる。みのすけさんの、オヤジなのに少年という複雑怪奇なキャラなのにすごい説得力。犬山さんはいつもパッと見ちょっと鬱陶しいキャラなのに、それに愛着を持たせる役作りがうまいなあと。客演の八嶋さんはキャラに意外性こそなくてそのあたりがちょっと残念といえば残念な気もするけれど、しかしクリアな台詞回しと漂う異物感、キャラとうまくマッチして後半見事に緊迫感を作りだしてくれていたなあと。
2時間45分、普通なら休憩を入れたくなるところだけど、あえてノンストップでやったことも英断だと思います。個人的にはそりゃあ短い芝居の方が好きだけど、作品さえ良ければこれぐらいはノンストップでも全然構わない。むしろ休憩をいれることで一旦客席をクールダウンさせるのとではラストへの緊迫感はやはり多少違ってくるだろうなとも思うし。見終わったあと、「え、もう?」というぐらいの濃密さでした。堪能。