【日記のようなもの】


遍路日記がなかなか進まないので、とりあえず今の生活を書いてしのぐことにしました。

2005年1月7日(金)
明けました(^0^)

お久し振りの日記になってしまいました。遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますM(__)M

さて、凍てつく冬がごとくすっかり更新が滞ってしまったこのHPです。気持ちばかりが先に行って、なかなか思うようになりません。ただ、どうやらここにきてようやく「修行」っぽい生活になりつつあることを報告させていただきます。

自分の場合、それなりに志を秘めてこのお寺に乗り込みましたが、得度や修行が本来の目的だったわけではないのでどうにもダラダラしがちでした。作業する時間帯も不規則で周囲の人達とずれるので尚更のこと。その中で自分なりのメリハリを探しつつ過ごしてきました。それが、ほんの少しずつではありますが分かってきた感じで、ハイ。分かってきたというか、周囲の人達が色んな場面で教えてくださっていることが、だんだん理解できてきた…そんな感じでしょうか。「メリハリの付け方」とでも申しましょうか。これからはそれをどんどん実践していこうと思っています。今年の課題はそれかな、と。

スタートがかなり遅れた感のある「修行」ですが、これからYUTIANはすくすく育っていくことでしょう。もちろん、その中に「HP更新」もしっかり組み込まれています。優先順位がありますからすぐには無理でしょうが、近いうちに必ずや「更新」を習慣化させようと意気込んでおります。

ここにいると、弱い自分や甘い自分を見せつけられる。そいつから目をそらさず立ち向かえる環境が、ここにはある。本当に、私は恵まれているなと思います。感謝。あとは自分次第。

2004年10月26日(火)
一年振りに。

燃えないゴミの詰まった袋を抱えて境内を歩いていると、「YUTIANじゃないですか?」と声を掛けられました。木の影におられたので顔がよく見えなかったのですが、その声に覚えありと思って駆け寄ったら、あーやっぱり! 思わず「Hさんじゃないですかー!!」と大きな声を出してしまいました。

Hさんとは、一年前の秋遍路で徳島から高知にかけて出会いと別れを繰り返し、そのつどお世話になっていました(お饅頭をいただいたり、朝食をお接待してもらったり)。その後、35番 清瀧寺の境内で撮っていただいた写真をわざわざ送って下さって、それは遍路中の私が写った唯一のものとなりました。

私がここのお寺に居ついたことは葉書きでお伝えしていたのですが、「YUTIANいるんだろうなぁ、でも作業の邪魔しちゃいけないからなぁ」と諦めて帰るところだったんだそうです。そこに、ゴミを抱えてのこのこと私が現れたものだから、「弘法大師のお導きだね」と。深〜くうなずく私でした。すごく嬉しかったし、「会う人にはやっぱり会うんだな」と改めて思った。そしてまた写真を撮ってもらいました。「また送ってあげるよ」Hさんは一年前と同じように、明るく優しく言ってくださいました。それも貴重な写真になることでしょう。

2004年10月25日(月)
新潟の地震。

震源地近くに住む友達一家は、車の中で寝ているそうです。別の友達は、それはそれは恐ろしい揺れだったと。もう一人は、連絡つかずです。

早く沈静化しますように。南無大師遍照金剛。

2004年10月23日(土)
へぇ〜!と思ったお話。

お世話させていただいたあるお遍路さんが、「よかったら少しお話しませんか」と誘ってくださったので、ほいほい呼ばれました。その方は番外別格なども含めて2巡されていて、今回は逆打ちをしているとのこと。逆打ちは道しるべが逆側になるので分かりにくいから初心者向きではないとは知っていましたが、その方の話を聞くことで、私が思っていたより難しいものだと分かりました。

例えば、単純に首が疲れること。道しるべがありそうな所は今までの経験で大体分かったとして、それを見るためには必ず振り返らなくてはならない。何気ない動きだけど、荷物を背負って後ろを振り返りながら歩き続けるのは、想像以上に疲れることだそうです。

それから、例えばT字路を逆打ちで来た場合、道しるべがあったとしても矢印は自分が来た方向を指しているだけで、どちらに向かえばいいのか(順打ちでいえばどこから来たのか)は分からない場合が往々にしてあるということ。この事実は、最近の私の中でも一、二を争う「へぇ〜!」でした。だから、単純に道しるべを逆に辿っていけばいいというものでもないんだなぁと。

他にも色んな話をしてくださって、「何でも自分次第だよ」と言われました。「チャンスや出会いは身近にたくさんある。それを掴めるか気付かず素通りするかは、自分の心の磨き様によるんじゃないかな。例えば、どんなにいい種を撒いたとしても土壌が悪ければ作物は育たない。普段からせっせと土を耕していれば、いざ種を撒くときに万全の態勢で臨める。種はどこにでも転がってる。それを活かすか活かせないかは、自分次第なんだよ」と。

なかなか奥の深いお話でした。最後に「ご清聴ありがとうございました」と言われましたが、こちらこそアホな質問ばかりして、それにきちんと答えてくださって、ありがとうございました。

2004年10月20日(水)
小さな引越。

お寺の中で、部屋の移動をしました。居候の割に荷物が多くて、移動する先の部屋も何やら荷物がいっぱいで、どこから始めればいいものか悩みました。とりあえず動く先の部屋の荷物を運び出し、出した荷物を他の部屋に置き(←これもそのうち整頓しなくちゃだなぁ)、自分の荷物を運び入れました。

だけど整頓までは手が回らず、布団を敷くスペースがありません。そこで一年ぶりに登場したのが、遍路中に使いまくった寝袋でした。まさかこんなところで日の目を見るとわ!? そうして床の固さと多少の肌寒さを感じつつ、でもどこか懐かしい夜を過ごすのでした。

2004年10月15日(金)
何を求めて?

お寺の敷地を坊主頭でうろうろしていると、お参りの方に「ここで修行されているんですか」と尋ねられます。以前は曖昧にごまかしていましたが、最近では「修行半分、遊び半分ですかねぇ」なんて答えるようになりました。別に尼さんになりたくてここに来ているわけではないので(HALさんにはしきりに薦められますが^^;)、それにこの体たらくで修行とはおこがましい。お寺に居ついて、あれやこれやとお手伝いさせてもらっているわけで、まぁ、平たく言えば居候ですな。

どうして私がここに来たのかは、遍路日記の「心的な変化について」や「これから」に書いていくつもりです。←いつになったら書くんだよっ!! と、とにかく、ここは自分を律しやすい環境なので、ある意味修行にもなっていると思っています。でも暇を見つけてはぐぅぐぅ寝てるし、他の人がいるときはわいわい騒ぎながら作業しているから、ある意味遊んでもいるわけです。

当初は色んなものを求めていましたが、今それらは自分の中で「どうでもよい」に分類されつつあります。ここを訪れた人が、ほっと一息つけるような場所であればいい。その場所作りに少しでも役立てればと思っています。今は自分がどうこうとかはあまり思わないです。でもそのうちまた迷路に迷い込むんだろうな。まぁいいや、そんときになったら思う存分迷えばよい。

2004年10月14日(木)
お料理教室。

今日は、大阪から某乳製品会社の人を招いて、「カルシウム足りてますか」というお題で料理の講習会がありました。それでお寺の奥さんが世話役になっていたこともあって、地元の主婦の皆さんに混じって私も参加させていただきました。

3時間でメニューは4品。いずれも牛乳やヨーグルト、チーズといった乳製品が取り入れられています。お寿司や汁物にまで乳製品を入れるのはいかがなものかと思いましたが、試食したら美味しいんですねぇ。寿司の合わせ酢にヨーグルトが入ると、ツンとしたお酢の角がとれて丸くなる。それでいてヨーグルトの酸味が加わっていますから、味がぼけてない。だしをとった後の昆布やかつお節、しいたけの足でふりかけ(佃煮?)を作ったり、かぼちゃの種でおつまみを作ったり、無駄のない調理(エコクッキングというらしい)も習いました。

普段台所に立っている主婦の皆さんですから、口も多いが(笑)手も早い。学生の頃「せんせぇ、何すればいいんですかぁ」なんて手持ち無沙汰でぶらぶらしていた調理実習の感覚で臨んだ私でしたので、正直焦りました^^ゞ それにしても皆さん「自分流の」スタイルがあるので、講師の言われた通りに調理してなかったり、だし汁の奪い合いになって(大きな鍋で用意していただしが足りなかったため)、「うちのはちゃんと取った? 隠しとき」と指令をもらったりして面白かったです。

わいわいがやがやというより、わーわーぎゃーぎゃーの講習会でしたが、勉強になりました。講師の方は大変そうでしたが、楽しかったです。

2004年10月13日(水)
水平線が見たい。

瀬戸内では、水平線が見えない。

長野に住み始めた最初の頃は、しばらく息苦しい感じがした。原因が分からなくて、「なんでだろうなんでだろう」と考えてみたら、360度どこを見渡しても山だからだと分かった。しかも島根の山のような森とも林ともつかない「なんとなく、山」といったものではなく「我こそが山なり〜」と堂々とそびえているので、そしてそれらに囲まれているので圧迫感を感じていたのでした。けれどもその感覚は決して嫌なものではなく、気持ちをどこか遠くにつれていってくれました。そして初めての紅葉シーズンには、絵葉書から切り出したような光景が目の前に広がっているのを見て思わず感嘆の声をあげたものでした。

遍路をしていたとき、瀬戸内の人が言いました。「昔、山陰を旅したことがある。そのとき日本海は荒れていた。空はどんよりと重い曇り空、海は暗い藍色だった。そして波しぶきの向こうに広がる水平線が私の不安をかきたてた」と。その人も、その感覚を嫌っているわけではなく「あの不安をもう一度感じたい」と日本海に思いを募らせていました。

瀬戸内では、水平線が見えない。数え切れないほどの島が浮かび、霞んだその先にも陸の影が見える。波らしい波はなく、引っ切り無しに行き交う船にわずかに海面が揺れるだけ。それらが私に閉塞感を感じさせる。でもやっぱり、嫌な感じではない。

ただ、今は水平線が見たい。

2004年10月10日(日)

急に秋が深まり、それでも半そで半じゅぼん。…寒いじょ(;_;) 指先は手足ともに毛細血管が収縮して青紫色になっています。服がないんだなぁ〜。実家に置いてきたままなんだなぁ〜。送ってもらえばいいんだけど、そうすると「あんた、これも着んさいや」とかって違うものが送られてきそうで二の足を踏んでいます。だのでもうちょっと辛抱してみます。いつまでもつかな。

2004年10月2日(土)
「サラにする」ということ。

頭の中をいったん空っぽにすることです。やることが山のようにあっても身体はひとつしかないから、出来ることに限りがある。やりかけのことや手の届かないことが気になって頭を離れないけど、それを背負い込んでるのがけっこうしんどかったりする。同様に、済んでしまったことで「あー、あんときあぁしときゃよかったのに…」といつまでも引きずることがあって、それもしんどい。

今日、ある人に過去の作業について質問をしたところ、「今は頭をサラにしてるから、そんなこと訊かれても分からない」と返ってきました。そのときは「無責任な奴っちゃな」と思ったけど、後になって、それって大事なことかもしれないと思いました。気持ちをどこかで切り替えていかないと、いつまでもだらだらとしんどさが溜まっていくばかりだから。

やれることに限りがあるなら、そのことを嘆くよりも、その限りの中でどれだけのことができるかに集中した方がよっぽど効率がいいし、気持ちも楽だ。今日は少し肩透かしを食らったけど、その人のいい意味での「軽さ」と、自分の持つ「重さ」の謎が分かった気がする。随分背負い込んでるから、私も一度頭を「サラに」したい。

2004年10月1日(金)
♪ちょうど一年前にぃ〜。
お遍路に出立するべく四国入りしたわけですねぇ。正確には一年前の明日、お遍路さんになるわけです。今でも何も分かってないけど、当時は更に何も分からない状態でしたから、ぽけーっとしてました。「あんたホントに行くの?」「さぁ?」ってなもんで、気がつけば坂東駅に降り立っていた。風が涼しい、秋晴れだったね。

今日は月初めだったし、色んな思いで坂東に降り立ったぴかぴかお遍路さんがたくさんいたことでしょう。これから気持ちいい季節です。四国の自然を胸いっぱい吸い込んで、元気にお参りしてほしいですね。
2004年9月23日(木)
来客。

愛媛に嫁いだ古くからの友達が、私を訪ねてお山にやって来ました。異郷にいながら故郷の言葉で話せるのは不思議だけど、嬉しい。たまたま手の空いた時間に来てくれたので、せっかくなのでお寺の案内をしました。そのうち時間が来たので作業場に戻りましたが、友達は進んで手伝いをしてくれました。助かったよ、また来ておくれ^^←調子のいい奴。

普段お寺を訪ねてくる人のお世話をさせてもらってるけれど、それが「私を訪ねて」となると気持ちが変わる。知ってる人だからお互いに気兼ねがないし、せっかくだから心地よいひとときを過ごして欲しい思う。でもそれって、知ってる人だからとか知らない人だからとか関係ないはずなんだ。なのに気の持ちようが変わってくるって事は、まだまだ私の中で知ってる人と知らない人に対する接客に違いがあるってことなんだ。HALさんが来てくれた時もそうだったけど、「今彼らにしていることを、普段の接客でやっているか?」と考えたらYESと言えない私がいた。

それがほんの些細なことだったとしても、気持ちがあるかないかで居心地のよさは随分変わってくる。自分が接客される立場になったときのことを考えれば一目瞭然だ。別にへりくだる必要はないと思うけど、親しい人に対するのと同様の気持ちで誰に対しても接客できるようになれればと思う。「もしこの人がHALさんならば」「もしこれが旧友に対してならば」しばらくはそれを念頭に置いてみるといいかも知れない。そのうち、そんなこと気にしないでも動けるようになるだろう。私もまだまだヒヨっ子じゃ。

2004年9月22日(水)
お互いにビクビク。

朝起きると、テラスに一羽のふくろうが…。そのうちどこかに行くだろうと用事を済ませて戻ると、まだいる。よく見ると、一生懸命飛び出そうとしているんですが透明のプラスチック窓?で囲われた柵に阻まれ、どうしても出られないのです。何とか手助けしようと近付くと、暴れだすのでこちらも手が出せません。もうすっかり柔らかい朝日ですが、それでもテラスを照りつけます。ふくろうは、鋭いくちばしをパクパクさせて喘いでいます。このままでは干上がってしまう。
ってゆーか、この子はいつからここにいるんだ?

何とかしてあげたいが、あのくちばしで突付かれたら相当痛いぞ…。追い立てて、逃げ出すその勢いで飛び立ってもらおうとしましたが、数回のチャレンジで目に見えて跳躍力が落ちていきます。「もう少しだよ、それ、行け!」

素手で掴んで出す勇気は私にはなく、追い立ててももはや柵を越える力はふくろうにはなく、お互いにビクビクしながら見つめあうことしばし。結局、虫取り網と棒を持ってきて、網の部分に乗っけて放り出す形になりました。

こっちは近付いただけでもすごく心臓がばくばくしたけど、ふくろうはもっと怖かったろうね。身体はあっち向いて、顔はこっち向いた状態で(さすがふくろう)、まんまるのお目めが「お前は何者じゃ、何する気じゃ、わしゃ八方ふさがりじゃ><」って嘆いてた。森に帰ったふくろうは、しばらくほぅほぅ鳴いておりました。きっと「怖かったよぅ、えらい目に遭ったよぅ」と鳴いていたのでしょう。なんにせよ無事に脱出できてよかったよかった^^。

2004年9月20日(月)
オンとオフ。

「あんたはその気になったらそれなりにやるのにね、それまでがえらい長いんよね」とは母の言葉。確かにそのようで、身体のどこかにスウィッチがあって、そいつがオンになるとばりばり動き出す。だけど、自分ではそのスウィッチを切り替えられないのです。状況に応じて、強制的にオン状態になることもありますが、基本的にはオフのようです。オフ状態のYUTIANは、はっきり言って使い物になりません。ぐうたらの寝太郎です。困ったもんじゃ。

2004年9月19日(日)
M理髪店。

坊主頭が伸びてきてぼさぼさに…ではなく、私の場合はペソッとなります。髪にボリュームがないので、貧相な感じになるのです。他人からしたら「そうかい?」というほど些細なことのようですが、気になるとそればっかり気になるので刈るようにしています。

「Mさーん、お願いしまーす」「はいよー」事前に予約を入れましたので、待ち時間はございません。お寺で作業されているMさんの貴重な時間をお借りして、青空理髪店の開店です。うぃ〜んばりばりばり…。吹くそよ風に、頬についた髪が流れ落ちていきます。「ぺちっ!」突然Mさんにおでこを叩かれました。「あー、やぶ蚊が逃げちゃった。ごめんね、もう少し待てばよかった」そうだったの、びっくりしちゃった^^。そういや足首が何箇所か痒いわ。うーんぼりぼり。うぃ〜んばりばりばり…。

ほどなくして、さっぱりYUTIANの完成です。「ありがとうございました、またよろしくお願いします」「いつでもどうぞ」あーすっきり、気持ちがいいぞ。後で奥さんから「あら、えりあしの産毛がそのままだね」という指摘を受けましたが、それもM理髪店のご愛嬌といったところでしょうか。

2004年9月16日(木)
芸術の秋。

作業を終えて夕飯を食べてくつろいでいると、どこからともなくメロディが聞こえてきました。最初はテレビのBGMだと思っていたけど、ニュースのそれにしては似つかわしくない。TVのボリュームを落とし耳を澄ますと、それはお琴の音色。それと…笛? こうなるとTVの方がすっかりBGM状態、いや寧ろ耳障りになってスイッチを切りました。

場所を移して、静かに耳を傾けました。残り少ない夏を惜しむように鳴いていたセミも帰り支度が整ったのかすっかりおとなしくなり、替わりに鈴虫が和の共演に加わりました。いいねぇ、いかにもジャパーンな趣きだねぇ...なんて癒されてみたり。雅な音を奏でる彼の方達はそのうち演奏会でもするのかな? ちょっと楽しみだったりします。

生産性はないけれど生活に張りの出る何か…更には周囲に発信していける何かを身につけてるってのはいいね。心のゆとりを感じさせてくれる。仕事以外に趣味を持つことは大事だと思ったよ。

2004年9月15日(水)
悪い癖。

思ったことを口に出せない悪い癖。相手と対立するのが怖くて、呑み込んじゃう。たまってたまって、息苦しい。だけども外に出す(口に出す)習慣が身についてないから、チャンスがあっても言葉になって出てこない。「えっとー…いやーそのぅ…」対立したいわけじゃない、ただ、理解してほしいだけなのですよ。それを誤解されずに相手に伝えなくちゃと気持ちばかりが焦って、言葉にならない。

つくづく頭が弱い子なんですねぇ。お互いのためにならないって分かっているなのに。自分の中に作り上げた対立の構造に支配されているようです。その奥には、相手を傷つけたくないと思う以上に、自分自身が傷つくことをめちゃくちゃ恐れる私がいます。「いい人」もいいけど、見る角度を変えれば「どうでもいい人」になりかねない。誤解されるのを恐れてたら、いつまでたっても理解されない。次のチャンスには、たどたどしくてもいいから自分の意見を言えるようにしようと思う。自分のためにも相手のためにも。

2004年9月14日(火)
偶然。

今日はお休みをいただいたので、近くの札所にお参りに行きました。そこで会った一人のお遍路さんと少しお話しをして、そして古本屋さんで立ち読みをして、夕方にお寺に戻ったら、昼間に出会ったお遍路さんと偶然の再会を果たしました。お互いに「あー!!」って(笑)。お遍路さんの驚いた顔、面白かったじょ←相手も同じこと思ってるだろうに。

2004年9月12日(日)
阿呆なおいら。

今まで「無理をすること」が自分のやり方みたいなもんだったから、どうしても腰痛が治らない。原因は分かってるんだ…。要は、「少しでもやばいと思ったらそこでいったん作業をとめる」ってのができてないからなんだなぁ。どうしても痛くて動けない状態になってから仕方なく作業を中止する感じですわ。しっかり自己管理せにゃいけんよ。

遍路してるときに身をもって分かったことなんだけどね。痛いのは自分自身だし、周囲にも迷惑が掛かるわけで。

しかして、今日の空手の稽古はいい気分転換になったので思わず動き過ぎてしまいました。…いろんな意味で痛い奴ですわ(T_T)。

2004年9月10日(金)
写経初体験。
生まれて初めて、写経をしてみました。毎月お寺に人が集まって写経の会?を開いているのは知っていたけど、何気に手が空かず、ようやく実施にこぎつけました^^。でも何も準備がなくって、そしたらいつも参加しておられて何かと面倒を見てくださるおばちゃまが私の分を全部用意してくれました。

最初に皆で般若心経を唱えて、心を落ち着けて写経に取り掛かります。頭では分かっていてもなかなか心が落ち着かずそわそわしていると、ご住職が「初めてだね」と声を掛けてくださいました。「きれいに書かなくていいんだよ。心を込めて書けばいい」と言って下さって、それからそわそわが晴れて、のしのし筆が進みました。

そのうち、半分ほど書いた時点で他の皆は書き終えて、団欒に突入。しばらくは頑張って書いていたけれど、美味しそうなシュークリームとお茶が目に入って、声も掛けていただいたのでそそくさと切り上げて団欒に参加させてもらいました(何気にこっちがメイン?)。もぐもぐもぐ、あははおほほ、もぐもぐ。

皆さんが帰路に着き、広間で一人静かに残りの写経を済ませました。「字を書くこと」がどんどん減っている今の私の生活の中で、字を書くためにさいたこの時間はとても貴重なものでした。書き終わる頃にはすっかり気持ちは落ち着いていて、「今のこの感覚を忘れちゃいけねぇよ」と心に言い聞かせました。そのあと深夜のドライブに出掛け、写経用の筆ペンを購入したのでした。

しかしあれだね、四国に来て何度も般若心経を読んでるけど、いつもフリガナばかり読んでいたことに気付いたよ。こんな漢字あったっけ?が何度もあった。本文はただ視界に入ってただけだった。今日、初めて本文を「読んだ」気がする。
2004年9月9日(木)
愛車Jammyくんがちょっと変。
エンジンをスタートさせると、「きゅりきゅりきゅり〜!!!!」とものすごい異常音を聞かせてくれます。毎回ではないんですが。新古車として走行距離800Kmで2年前に購入、買った直後も同じ症状があったので整備工場で見てもらったけど、そのときに限って順調なエンジン音。どうやらこの子はおすましさんのようだ。

おそらくタイミングベルトあたりに難ありと思っていますが…。まぁ、これが続くようならまた整備工場に持って行かなきゃなと思っています。今度はおすまししたらアカンよ、Jammyくん。
2004年9月7日(火)
台風の猛威。

これだけ文明が発達しても、自然には敵わない。それをまざまざと見せ付けられている気分です。幸いなことにお寺はたいした被害はないけれど、そこかしこで土砂が崩れたり倒木が道をふさいだりしているようです。

嵐が近づくと不謹慎ながらワクワクしてしまい、だけど実際暴風に見舞われるとすっかりおののき、翌日になって台風一過の爪あとを前に呆然とする。今年はそれの繰り返しです。明朝、境内で立ち尽くす私がいるのでしょう。

暴風の中、それでもお参りされていたお遍路さん達ご苦労様でした。くれぐれも気をつけて。

2004年9月6日(月)
あっという間の帰郷。

気がつけば、愛媛に戻っておりました。でも久し振りに家族とスキンシップをはかれたので、お互いに安心したと思います。妙にぺたぺたと触りあってしまいました(笑)。

実家には血のつながった家族がいる、お寺にはかいがいしく面倒を見てくださる方々がおられる。自分は幸せな奴だと思います。思えば今までの職場でも色んな方が助けてくださった。色んなところに、家族みたいに大事な人がいます。ありがたやありがたや〜☆

2004年9月5日(日)
ワトソンくんのその後。

機嫌は直ったかしらと幾度かいじってみましたが、沈黙したままです。時間がなかったので、とりあえずお寺に持ち帰ってみました。

そして、こちらであらためて組み直してみようと思っています(無謀かも知れないけれど)。ずっと人任せだったので、自力をつけるチャンスだと思っています。まずは…本屋さんにダッシュだな〜^^;

2004年9月4日(土)
ワトソンくんよ永遠なれ。

母に託していたデスクトップ型パソコンがしばらく前から様子がおかしいと報告は受けていたけれど、いよいよ動かなくなったと言われて、ドキドキしながら本体を開けてみました。

前の職場の先輩夫婦が組んでくださった自作パソコンで、私自身は全く知識がございません。よって、開けたところで何かが分かるわけでもなく、溜まった埃を払ってから「きっと暑かったからだよ、それと、ずっと起きてたから疲れちゃったんだよ」という結論に達し、ふたを開けたまま横に寝せてしばらく放置。

2004年9月3日(金)
ちょっと遅めの盆休み。

のっぴきならねぇ用事が出来たので、急遽休みをいただいて実家に戻りました。数ヶ月ぶりの地元。な〜んにも変わってない。しいて言えば、今まで飾り物だった橋がようやく開通したことと、市内のスーパーが改装してたくらいか。

事情はどうあれ、帰郷かなって嬉しいです。とりあえず、「まぁ食べなさい」と言われてご馳走を腹いっぱい食べております。。

2004年9月2日(木)
秋の気配。

まだ日中は暑いんですけど、それでもお外に出たとき見上げた空に、うろこ雲が広がっていました。そして後ろからふわりと頬をなでた風が、今までのそれとは違う冷たさをもっていました。私の好きな季節がやってきます。

2004年9月1日(水)
ありゃりゃ、もう9月なんだねぇ。

もう2学期が始まってたんですね。小中学生の頃は、8月31日はほぼ徹夜で夏休みの宿題に取り組んだものでした。高校生になると、部活や補習で気がつけば2学期に突入してた。懐かしいね。今の学生さんたちはどうなんでしょう。

空手の教本を買ってみました。とりあえずは基本を繰り返し練習するのみです。焦るけど、今はそれしかできましぇん。

2004年8月30日(月)
風台風。

すごい風だ。さっきちょっとお外に出てみたけど、飛んでくる落ち葉が凶器となって、自分めがけて刺さってくるみたいだった。今、雨はあまり降ってない。月夜に照らされた夜空を、ものすごいスピードでちぎれ雲が流れてゆく。台風が来る前までは「いよいよか!?」なんて少しはしゃいでいたけれど、今となっては、自然の脅威を前にただおののくだけの私。前回、何号だったか忘れたけどあの時は雨台風がやって来て、窓閉め忘れてて建物内が水浸しになった(閉めても入ってきたけどね…)。今回は準備万端。でも隙間風が高い音で響いてます。

こんな中でもお遍路さんはやって来る。ずぶ濡れで、疲労困憊の表情で。なぜそうまでして歩を進める? 私には怖くてできない。できることといえば、ここまで来れた旅人の無事に安堵して、これからの道の無事を祈ることだけだ。

2004年8月29日(日)
台風16号。

来るぞ来るぞとだいぶ前から心構えをしているのに、なかなか来ない。待ってるわけではないんだけどね。お遍路さんも随分気にしてる人が多くて、天気予報の時間帯にはテレビに釘付けです。

ここにいると、毎日色んな人(主にお遍路さん)に出会って、そしてお見送りをします。皆とお話できるわけじゃないけど、時間があるときは少しお話を聞かせてもらえます。それで一人一人がそれぞれの事情を抱えて生きてることを感じます。話したからって状況が変わるわけではないけれど、それは皆さん分かっているけれど、それでも話さずにはおれぬものを背負って、お遍路をしているようにも見えます。今年は猛暑で雨も多く、お遍路さんにとって過酷な夏です。どうぞ、無理なさらず気をつけてお参りください。

2004年8月26日(木)
運動不足。

毎日動いてはいるけれど、それは必ずしも運動といえる類ではないので身体はなまっています。ここに来て「空手」を習得する機会を得ましたので、時間を見付けてチャレンジしてみようと思っています。今は見よう見まねの猿芸が如く、ふにゃらふにゃらと皆さんに付いていく状態。とてもかっこ悪いのでした。

同年代の女性がおられて、長いこと空手を習っていた彼女の動きは惚れ惚れするほどかっちょえぇ。稽古上がりに捻った足首を引きずりながら、自分もいつの日にかあんな風に…と思いを馳せるのでした。

2004年8月25日(水)
今日も暑いよ。

昼間はまだまだ温度が高いですな。

昨夜、ちょいと昔の日記を読み返してみた。そこには約一年前の悶々としていた日々が並んでいて、当時を思い返してみた。結局遍路は現実逃避だったのかも知れない。でも、四国を歩くことで気持ちも前に進むことができた。そうして、過去を静かに受け入れることができた。

日記を読んで、今の贅沢な環境を再認識できた。殆ど眠らなかったけど、静かな時間を過ごせました。前の職場の人たち、みんな元気かしら。今更だけど、会って御礼や謝罪がしたい。

2004年8月23日(月)
過ごしやすくなってきました。

お盆を過ぎたあたりから、朝夕が過ごしやすくなってきました。猛暑とはいえ、やはり季節は流れてゆくものなのねん。昨夜、境内で鈴虫が鳴いておりました。一匹だけ。やたら大きな鳴き声に聞こえました。

お山のお寺に居ついてから、今日で丁度3ヶ月が経ちました。だいぶ慣れてきて、周りが見えてきました。同時に、張り詰めていた初心が揺らぐことも出てきました。要は、だれてきたちゅうことやね。みんなとても優しくしてくれるので、ややもすれば甘えてしまうのです。ここが踏ん張り時。優しさに溺れてしまうのではなく、それを有難く受け止めて、そのご恩を周囲に返していけるように律していきたいと思うのでした。

2004年8月17日(火)
日記はじめました

なかなか遍路日記が進まないので、とりあえず近況でも載せながらしのいでみようかと。せっかくトップページにHALさんが日記のリンクを張ってくださっていることですし^^。メールも近くちゃんと設置する予定です。

さてー8月に入ってから、久々の腰痛に苦しんでいます。高校を卒業してすぐに上京、新聞配達をしながら専門学校に通っていたのですが、そのときにぎっくり腰をしてからの長い付き合いです。ちょっとご無沙汰だったのですっかり忘れていましたが、奴は密かにしかし確実に存在し続けていたようです。消炎鎮痛剤を服用してコルセットをしつつ、日々過ごしています。

書店で「腰痛」なる本を購入、それによると、自分の場合そもそも身体がなまっているのが原因のようで、腹筋と背筋を鍛えなきゃと思っています。ムキムキ目指せマッチョじゃよ。