これらはすべて病気の症状とされ、副作用問題で服用できる薬が他になくなってしまった私は、この状態と一生付き合わなくてはならないのだと思いました。
それでも、そんな私でもいいとゆらりは結婚してくれた。だから私は二人で生活していくため、何ができるか模索していこうとしていました。
その後。薬の量を減らして毎日意識がなくなる症状は落ち着き、リスク覚悟で妊娠を決意しました。が、みのの妊娠中、私の病状は極端に不安定になりました。まめに血液検査をして血中濃度のモニタリングをしていたため、これは薬の副作用なのではないかと強く思うようになりました。でも、万が一大きな発作が起きたら大変だから、と言われ、仕方なく服薬を続けていました。
無事に子供が生まれて、育児も少し落ち着いてきたら転院して薬の調整をしたい、そう考えて準備していた矢先、みのは突然亡くなりました。
ちょうど通院予定直前のことで、私は娘の司法解剖の結果を聞く前に病院に行かなくてはなりませんでした。(SIDSは解剖で死因が確定するまでは不審死扱いになります。)
転院直後で信頼関係もなにも出来ていなかった医師の一言は、私にとって深刻なトラウマとなりました。私は通院継続を拒否し、大きな発作が出たら以前の病院に戻るという約束で服薬をやめました。薬が抜けるまで離脱症状に苦しんだものの、長年の悩みだった「身体に力が入らない、動作が安定しない」という症状はきれいさっぱり消滅しました。
疲労が蓄積すると電池が切れるように眠ってしまうことはあっても、それは自宅でくつろいでいる時(主に夕方〜夜)に限定されるようになりました。
その後、薬を飲まずに妊娠、出産。妊娠で病状が悪化するタイプなのは相変わらずだったけど、薬を飲んでいた時に比べればはるかに落ち着いた生活を送れるようになりました。
ただ、私が要安静だった期間が長かったため(妊娠中もほぼずっと安静)、切り替えの苦手なゆらりは産後もずっと家事育児を分担しようとして、衝突が絶えなくなりました。私は専業主婦として昼間在宅しています。仕事をしながらこなす家事と、昼間の細切れ時間を利用する家事では段取りも手順もずいぶん違って来る。でも、ゆらりはそれが理解できない。
おまけに、私が家事や育児をこなすと家庭内での自分の役割を奪われるように感じていたようです。家事をする私に対し、かなり攻撃的になりました。
実際は、家事や育児をこなさないと自分の存在意義がなくなりそうな不安を抱えていたのは私なのです。にもかかわらず、ゆらりは(自分は仕事して家族養ってるのにそれを棚に上げて)私の不安をそのまま吸い取って跳ね返していた。今なら、SIDS後の育児で二人とも必死だったからだと理解できるけれど、当時はかなり切羽詰まっていました。
が、それもどうにか落ち着いてきて。子供は無事に1歳を過ぎ、周囲でも復職する人がちらほら出てきました。そして服薬をやめて2年が経過しました。
私が左手を骨折して、お互いの実家も頼ったけれど、家事や育児の大部分をゆらりが分担するようになって。
ある日、ふっと、やっぱり仕事したいなと思いました。今の体調なら、以前ほどのハードワークでなければ、仕事できるんじゃないか。
ちょうど、子供のアレルギー対応もあり、経済的な余裕はどんどんなくなっていました。食べ物や肌に触れるものの水準を維持しようとしたら、それなりのお金はかかってしまう。
仕事をしようと決めて1ヶ月。手の固定が外れるとすぐに活動開始。子供の預け先を確保し、職安へ行き、面接を受けて、採用していただきました。
保育園探しや各種サポートの確保など、情報収集や方針決定、手続きは私、日々の子供の保育園への送迎、日常家事の分担は大部分がゆらりになります。
きっと、私達にとって、そういう形が一番自然なのだと思います。
乳児のいる専業主婦暮らしをしていると、夫は仕事、妻は家庭で家事と育児という感覚がまだまだあるなと感じることが多々あります。妊娠・出産は女性しかできない以上、そして社会がまだ妊娠・出産・育児の負担やリスクを一定ラインまでしか引き受けてくれない風潮がある以上、家計の中心は男性に置いた方が都合がいいのかもしれない。
我が家も、次の子供を妊娠すると仕事を続けていけなくなる可能性があるので(妊娠初期から安静になったら難しいでしょう)、私の収入は私が仕事をすることでかかる経費(子供の保育料、雑費、私の被服費等)と育英会の返済にあて、生活の基本的な部分はゆらりの収入でやりくりしていく予定です。
数年前は、こんな日が来るなんて思ってもいませんでした。数年後、どうなっているか全く分かりません。
昨日の続きの明日が来るとは限らないけれど、それでも人生続いていくし、道が開けることもあるんだなとしみじみ思います。
2006年10月 ゆうちゃ
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