|
|
|
|
ゆうまぶらぶら記
-My diary / poem- |
コミュニケーションの障害という致命的なハンディを背負っているのに
ゆうまからいつもなにかが伝わってきます。
一体ゆうまからなにが伝わってくるんでしょうか。
「楽しいね」 「うれしい!」「こんなはずじゃない」「やめろ」「あそこへいきたい」
「お腹が減ったよ」「ここにはいりたい」「これが好きななんだ」 「そこへはいきたくない」
「もうおれがやるよ」「ここにあるじゃないか」「はやくつくれ「ほっといてくれ」
「はやく遊びにいこうよ」 「ぐずぐずするな」
「こわいよ」 「ねむたいよ」 「はやくおきてよ」 「そんな話しはするな」 「喧嘩するな」
「悲しいよ」 「どうしよもなく腹がたつよ」 ・・・・・・
多分こんな感じでしょうかね。
元気がよく、乱暴で、恐がり屋で、やさしく、身勝手なゆうまですが、考えてみると、 平凡は10才の男の子のプロセスなんでよ。 ゆうまの中での言語構造は一体どうなっているんでしょうか。 まったくないという人もいますが、 自分の感情や状況の分析は存在しているわけですから、 ゆうま独自の言語体系つまりスクリプトが存在しているわけですよね。 そうでなければゆうまの世界はまさしく渾沌とした、形容できなほどの不安と恐怖に 満ちた世界があることになります。 一般的な知識はゆうまパパにはありませんし専門書を見れば答えらしいものがあるのかもしれませんが、 確実に感じるのはゆうまから伝わってくるものを表現すると「とても気持ちがいい」ということ。 つまりゆうまの中には確固たる世界があり自分の存在を認識しているからこそ、気持ちがいいね、 というほんわりとした空気感を伝えてくれるのです。 よし勝手に結論がでた。よかった。 あいつは「感」がすべてではない。 ゆうま独自のスクリプトをもっている。 よしよし。すっきりした。