ゆうまが生まれて |
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ゆうまは二人目の男の子として平成3年7月末に生まれました。おかあさんを病院へつれていき、着替えをとりに実家に帰り、少し仮眠して病院に戻ると、ゆうまは生まれていました。長男の時は生まれる迄、結構長かったので拍子抜けでした。
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不安 |
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ゆうまが変だなと私が思ったのは、2才ちょっとのころだったような気がします。今でも覚えています、木曽川の近くの公園で遊んでいた時、いくらゆうまに呼びかけても、まるで聞こえないように無反応でした。「ゆうま!」「おいゆうま!」何度呼び掛けてもゆうまには届かないのです。「耳が悪いのでは・・・・
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自閉症 |
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まだ直るかも・・・まだ間に合うかも・・・いろいろな先生に診てもらいました。ゆうまが「自閉症」と判断がおりて、1年がたとううとしていました。
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勇気 |
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障害児専門の療育施設にはいることになりました。とても厳しいところでした。おかあさんとゆうまは毎日そこに通うことになりました。障害という運命を背負った小さな命達を目の当たりにし、すこしづつ覚悟ができてきました。あの子達に勇気づけられたかもしれません。ゆうま達自信が一番辛いのに、勇気づけらる自分が本当になさけなかったことを、いまでも鮮明に思い返します。 |
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地域とともに・・・・ |
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ゆうま兄ちゃんと同じ小学校にかよわせました。ゆうまが特殊学級についていけないことは分っていましたが、地域の中にゆうまが存在してほしい。「ゆうま」という子を見守ってほしい。それが私達家族の願いでした。 そんな気持ちで1年から3年まで学区の小学校に入れてもらいました。その当時の関係者のみなさんにはご迷惑をおかけしました。ゆうまという子がこの地域にちゃんと存在していることを短い時間ですがみんなに知ってほしかったわけです。何度も学校に通いゆうまの説明をしました。それにしても自閉症という世界は説明したり伝えたりするのは本当にむつかしいことだと思いました。すくわれたのはゆうま兄ちゃんとその仲間達が同じ学校にいることでした。小さい時からゆうまを知っている仲間達はゆうまを自然にむかいいれてくれていました。ゆうまもそんな空気感をちゃんと感じとっていました。自分を受け入れてくれる人達をゆうまは明確にしていたようです | |
| ゆうまのちから | ||
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ゆうま今年小学部を卒業しました。毎日毎日元気一杯。自転車はもちろんのことローラーブレードやキックボード、スキーだってできます。お兄ちゃんのを見ながら自然に覚えていきます。今は少し目が離せるようにもなりました。家にちゃんと帰ってくれます。ボランティアの人達やヘルパーの人達とも長い間遊べるようになりました。ゆうまが他人に対して何かを伝えているようです。相手の人もゆうまのことが分かるようです。ゆうまにとって、とても大きな幸せが、まっているような気がします。ゆうまの力がゆうまの生きていく力が少しづつ大きくなっていくような気がします。ゆうまぱぱもゆうまからたくさんの力をもらっています。ゆうまが自閉症とわかってはや10年。結局いつもなにかをもらっていたのは、ゆうまぱぱ自身のような気がします。ありがとうゆうま。 |