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「自閉症とは、情報の理解の障害です。中枢神経の働きに異常があって、見る、聴く、触る、嗅ぐ、などの知覚が正しく機能しません。そのために、自分の周囲のできごとの意味をうまく理解できず、混乱の中で強い不安や恐怖心を抱いて生活しています。彼等の問題行動は、その苦しみの現れである場合多いのです。
決定的な治療のない今、彼等が幸福な人生を送るためには、家族や周囲の人々の深い理解と対応が不可欠です

日本自閉症協会愛知県支部発行「SHARE」2000春号表紙文より。
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ゆうまが生まれて

ゆうまは二人目の男の子として平成3年7月末に生まれました。おかあさんを病院へつれていき、着替えをとりに実家に帰り、少し仮眠して病院に戻ると、ゆうまは生まれていました。長男の時は生まれる迄、結構長かったので拍子抜けでした。

ゆうまの名前は、本当は「竜馬」にしたかったのですが、字数が合わず、「雄大」を考え、また字数が合わず、「裕馬」も合わず、最後に「裕眞」という字になりました。すこし重い感じがしたのですが、品みたいなものを感じ(勝手に)、この字に決めたと思います。

「何事もなくすくすく」が一番だと、ごく普通に思い、そうなることになんら不安はありませんでした。

不安

ゆうまが変だなと私が思ったのは、2才ちょっとのころだったような気がします。今でも覚えています、木曽川の近くの公園で遊んでいた時、いくらゆうまに呼びかけても、まるで聞こえないように無反応でした。「ゆうま!」「おいゆうま!」何度呼び掛けてもゆうまには届かないのです。「耳が悪いのでは・・・・

お母さんはその少し前から気づいていたらしくて・・・ゆうまになにかが起きている・・・・・

自閉症


耳の検査はしました。異常はありません。「視線が合わない」「反応がにぶい」「呼び掛けに反応しない」・・・・お母さんは専門書を何冊も読み、その時「自閉症」という言葉が・・・・。深い深い闇に吸い込まれていくような・・・そんな気持ちが目の前で広がったことを思い出します。私は、ただ、おどおどするばかり。いらいらするばかり。「ゆうま・・そんなことないよな・・ゆうま!」そんな言葉しか言えない、なさけない父親でした。
まだ直るかも・・・まだ間に合うかも・・・いろいろな先生に診てもらいました。ゆうまが「自閉症」と判断がおりて、1年がたとううとしていました。
東京の「自閉症」の専門家へいくことになりました。ここの先生は「ゆうま君は自閉症です。それも重いです。」とはっきりと・・・・・。・・・まだ・・まだ間に合うかも・・・
水道橋の後楽園で少し遊びました。私以外は東京は初めてでした。ゆうまは元気に走り回っていました。
帰りの記憶があまり、ありません。

勇気

障害児専門の療育施設にはいることになりました。とても厳しいところでした。おかあさんとゆうまは毎日そこに通うことになりました。障害という運命を背負った小さな命達を目の当たりにし、すこしづつ覚悟ができてきました。あの子達に勇気づけられたかもしれません。ゆうま達自信が一番辛いのに、勇気づけらる自分が本当になさけなかったことを、いまでも鮮明に思い返します。

地域とともに・・・・

ゆうま兄ちゃんと同じ小学校にかよわせました。ゆうまが特殊学級についていけないことは分っていましたが、地域の中にゆうまが存在してほしい。「ゆうま」という子を見守ってほしい。それが私達家族の願いでした。 そんな気持ちで1年から3年まで学区の小学校に入れてもらいました。その当時の関係者のみなさんにはご迷惑をおかけしました。ゆうまという子がこの地域にちゃんと存在していることを短い時間ですがみんなに知ってほしかったわけです。何度も学校に通いゆうまの説明をしました。それにしても自閉症という世界は説明したり伝えたりするのは本当にむつかしいことだと思いました。すくわれたのはゆうま兄ちゃんとその仲間達が同じ学校にいることでした。小さい時からゆうまを知っている仲間達はゆうまを自然にむかいいれてくれていました。ゆうまもそんな空気感をちゃんと感じとっていました。自分を受け入れてくれる人達をゆうまは明確にしていたようです
  ゆうまのちから
 

ゆうま今年小学部を卒業しました。毎日毎日元気一杯。自転車はもちろんのことローラーブレードやキックボード、スキーだってできます。お兄ちゃんのを見ながら自然に覚えていきます。今は少し目が離せるようにもなりました。家にちゃんと帰ってくれます。ボランティアの人達やヘルパーの人達とも長い間遊べるようになりました。ゆうまが他人に対して何かを伝えているようです。相手の人もゆうまのことが分かるようです。ゆうまにとって、とても大きな幸せが、まっているような気がします。ゆうまの力がゆうまの生きていく力が少しづつ大きくなっていくような気がします。ゆうまぱぱもゆうまからたくさんの力をもらっています。ゆうまが自閉症とわかってはや10年。結局いつもなにかをもらっていたのは、ゆうまぱぱ自身のような気がします。ありがとうゆうま

  ゆうまの願い
 

ゆうまが生まれてもうすぐ17年になろうとしています。時間はとても早く、泣いてた昔の思いも少しづつ薄れてきました。ゆうまの隣で私も寝ます。ゆうまの安心した寝顔を見るととても幸せな気分に浸れます。ゆうまの願いはなんどろうと思いを馳せる時があります。平穏無事な平和な時間と未来。つくづくそう思います。この子の唯一の願いは平和であること。みんんが笑顔で暮らしていること。みんんが元気で暮らしていいること。きっとそれだけなんだと思います。”ピース”そんなゆうまの未来が確実にきますように・・・