学びやに行き交う人々
〈界隈記者ルポ〉

「もの忘れがひどくなる」という俗説から、落語にも登場する茗荷(みょうが)。江戸時代、茗荷畑が多かったのでついた地名が茗荷谷という。たいそう分かりやすいこの地名は地下鉄丸ノ内線の駅名になっているが、行政上の町名は存在しない。一九六六(昭和四十一)年、文京区苔荷谷町は同区小日向に組み入れられたからだ。
 茗荷坂が昔の地名を残していた。茗荷谷駅の改札から左に進み、拓殖大学東門に向けてゆるゆると坂を下ると、左手に「林泉寺」がある。名前もすさまじい「縛られ地蔵」は、願いがあると縄を巻き、かなうとほどくという信仰から細縄でぐるぐる巻きにされ、少々痛々しい。「毎年、年末に全部切るのですが、もうこんなに巻かれています。願いのある人が多いのですね」と江田真人住職は言う。
 駅に戻ると、改札は待ち合わせの学生であふれていた。春日通りを、幼稚園のお迎え帰りの母子が手をつないで歩く。ここは大学や付属の小中高校などが集まる、日本有日本有数の文教地区なのだ。
 若者が重宝する店があった。「安いのでよく行きます」と女子大生(20)が指さしたのは、ビル二階のリサイクルショップ「アイム」電話03(3942)7753。今風の服や指輪などのアクセサリー、子ども服などが並ぶ。店長の林正恵さんによると、服は定価の半額以下といい、「子ども連れの主婦や学生さんが多いです」。

 再び駅近くに戻り、うなぎ屋「うな若」、電話03(3941)8443で午後二時まで限定うな丼(千円)を食べた。村田亘史店長(63)が三十八年前、春日通りを隔てた女子アパート一階で創業。十年前に現在地に移転してきたが、妻のトミエさんは「いまでも昔のお客さんでいっぱい。女子アパートからも来てくださるんですよ」と話す。
 お茶の水女子大学正門のすぐ手前には、女性に人気のインド料理店「ナマス力」。電話03(3947)7701。八百−千五百円のランチセットが人気。来日十三年のネパール人ハリ・タバ店長(46)は「インド直輸入の品を使うから味が違います」と胸を張る。
 その大塚女子アパートでは、他の都営アパートなどへの引っ越し準備中。「立ち入り禁止」の紙が張られた入り口ドアから中をのぞ<と、薄暗いけれども雰囲気のある通路が見えた。「さびしいですねえ」と、つえをついた高齢の入居女性がつぶやいた。
 背後から、子どもの笑い声が聞こえた。振り返ると、まぶしい光を受けた制服姿の子どもたちが、はしゃぎながら駅へと向かっていた。(林涼子)

転載許可済:『東京新聞-tokyoどんぶらこ20』2002年(平成14年)5月19日(朝刊)より