What's up?  徒然雑記


その後の互相学習 ふうしんしゅえしい   2005

今年の夏の終わり頃、徳島市国際交流協会に【中国人相互学習者募集】の張り紙を貼らせて頂いた。
運よく直ぐに相手が見つかった。真面目な中国人女性。旦那様が〇△大学で研究中とのこと。

二年前、遠くデンマークからメールを下さった華僑の鍼灸師さん、その後お元気ですか?
あれからパソコンのデータを全て失ってしまい、あなたのお名前すらわからなくなりましたが、あの時はどうもありがとう。
やっと相手が見つかりました。ご報告させてください。
HPを立ち上げて初めて届いたメールが遥か欧州からのものだったので、インターネットってすごい!って思って、とても感動したんです。
はりを通してヨーロッパの人々にも東洋医学の素晴らしさが伝わったら本当に“了不起”ですね。
お元気で御活躍の程お祈りしております。加油!
  祝ni 
  身体健康 工作順利 万事如意!



里帰り―七年ぶりの天津  in late autumn 2004

15日間天津へ行って来ました。七年ぶりの懐かしい天津です。「天津は変わったよ」とは聞いていたけど・・・。

北京空港から真っ直ぐ天津中医学院に向かいました。
しょっぱなからたまげました!なんと天津中医学院の外国人留学生寮が赤いネオンの招待所になってました。
夕刻、付近を散策しました。
天津中医学院付属病院の西側と北側には、かつては狭い道路や路地沿いに、長く続く露天の市場があったんです。
一日の勉強を終え、夕飯の材料や日用品を買いに、毎日のように通った懐かしい市場。
その市場が跡形も無く消えて、道路は拡がって綺麗(?)になり、なんとバスまで走ってます。
拡張された道路沿いには、新しいビルや銀行や、たくさんの商店が建ち並び、まるで知らない街を歩いてるみたいです。
昔は信号なんて無かったのに、至る所に真新しい信号機もできてます。

道は新しく綺麗にはなったんですけど、車の運転、交通事情は相変わらず、ですね。
歩行者用の信号が緑なんで道路を渡り始めたんですが、何もかも珍しいもので、ちょっと余所見をした瞬間、
車に接触し、おまけに運転手に怒られ、わたくし思わず「対不起」と言ってしまいました!!
ついついボケ日本人してました。頭切り替えなきゃ。

次の日は丸一日、駆け足で天津の懐かしい場所を巡りました。
「濱江道」や「平和路」、「古文化街」、「天津駅」などへ記憶を辿るかのように出かけてみたんですが、あまりの変わりようにびっくり。
特に「平和路」などはかつての面影すらなく、歩行者天国になってて、まるで別の場所です。
天津科学技術出版社の本屋さんへ行きたかったんです。でも無いんです!!
あんまりです。
天津の人ですら言ってたんです、「平和路なんか地元の人間でもわかりません!」ってね。

天津にもスタバが出来てました。星巴克って書くんですね。
私が天津に住んでた頃は喫茶店ひとつ無くて、歩き疲れたときに休む場所に困ったものですが、今回はスタバのお陰で助かりました。
(ちなみに日本の徳島にはスタバはありません。・・・・・・・セブンイレブンもありません)

秋の枯れ葉舞う天津大学や南開大学のキャンバスも歩きました。
南開大学の図書館の北東側には“かっこいい小さなレストラン街”がありました。
、天津大学に住んでた友人と、自転車に乗って、よくそこに夕飯を食べに行ったものです。
留学当時は週6日間、朝から夕方まで必死に勉強してたので、そのあと出かける夕飯のひと時はほっとする安らぎの時間でした。
その小さなレストラン街のあった緑の広大な敷地にブルが入り、まさに今何もかも壊してるところでした。
郵便局も銀行も、太極剣やってた公園もありません。

馴染みの針灸の器材屋さんや医薬書店もなくなって、もう浦島太郎状態です。
その変わりように落ち着かないまま、でもとにかく時間がないので、次の日から病院で針の研修を始めることにしました。
一付院の針灸外来も新しい建物に移って、先生方もかなり交代してました。
0.3の針でガンガンやってるところをみて一瞬たじろいだのは、悲しいかな7年間のギャップのせいでしょうか?

週末は一泊で北京まで遊びに行きました。
北京オリンピックに向けての工事か何か、ことのほか埃っぽかったです。でも胡同は壊さないで残して欲しいと切に願います。
北京留学中も、ほとんど勉強ばかりしていて、頤和園にも行ってなかったので、半日かけて頤和園を観光することにしました。
(実は大昔、日中国交回復後の1974年、頤和園には行ったことがあるんですが、宮廷料理を食べたことしか覚えてないんです)
頤和園散策のあと語言学院や王府井、東直門や西直門、建国門大街、などなど懐かしいところを駆け足で廻って・・・。
ちなみに最新の「地球の迷い方」を持ってったのに、あまり役に立ちませんでした。それだけ変化が激しいんです。
ホテルごと無い、通りごと無い、とかね。

そんなこんなで二週間、針の研修をさせて頂いているうちに、あっという間に帰国の日が来てしまいました。
二週間なんて思い出に浸るだけで、新しいことあまり学べなかったんですね。
心残り、です。 もっともっと勉強したかったのに。

いつも思うけど中国の針灸を取り巻く環境は実に羨ましいの一言。日本と違って中国では鍼治療はちゃんと医療として認められてる。
数千年の歴史的経験の上に、はり治療が病院で行われてる。病院で行われてるから高度の研究や膨大な治療実績・臨床データも豊富。
さらに中国では人々の鍼に対する信頼度が高い。日本では考えられないような色んな病気で患者さんが鍼治療に来る。
通院外来だけじゃなくて、入院はり治療だって普通にやっている。
「中西医結合」で更に高い効果をあげています!!という中国の先生の言葉を前にして、
「医療先進国」ニッポンの貧しさを上手く言葉にできずに、もどかしく思うのです。
う・ら・や・ま・し・い



(独り言です)
「先進国」の中で東洋医学に対する認識や評価がこれほど低いのも、日本の特徴でしょうか。
日本は医療の面でも特殊な国なんですね。
とにかく鍼灸師がレベルアップしてがんばらなきゃ。はりきゅうの地位向上に向けて。
まっ、頑張っても私が生きてる間に改善はまず無理でしょうけど、少なくとも其の礎にはなりたいです。



日本中医学交流会 開催さる in summer 2004

今年も、8月29日(日)、中医留学生交流会改め、中医学留学経験者連絡協議会と在日中国人科学技術者連盟医薬協会
の共催による第2回「日本中医学大交流会」が東京で開かれました。

昨年は台風で飛行機が飛ばず、今年もまた近づく台風に怯えながら、徳島から遠路はるばると出かけました。
基調講演にあった中村市立中医学研究所のS先生のお話は感動なくしては聞けませんでした。実に良かったです。

ただ共催になってからは留学経験者の参加が減ってきたようです。
地方に住んでるので年一回でもかつての留学生仲間や母校の後藤学園関係者と交流したいと思ってる私には、この状況は寂しいです。
更にさびしいことには、徳島からの参加者がまたゼロだったということ。
その上悪いことに、帰りの飛行機も、やっぱり台風で飛ばなかった!! 

★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  

東京でもう一泊することになって、これ幸いと、前から行きたいと思ってた目黒の寄生虫館へ出かけました。
12メートルのサナダムシに会える!!
しかし憧れの寄生虫館に着いてみると、な、な、なんと、その日は閉館日だったんです。
ちっ、ついてない。タクシー飛ばして行ったのにい!!


あるがまま―森田療法  in spring 2004

心と体は切り離せない密接な関係にあります。体を病めば気分が落ち込んだり精神的に参ってしまったり。
また心の疲れや悩み、強度の緊張やストレスは肩こりや潰瘍、高血圧など種々の病を引き起こします。

人は落ち込むと免疫力がグット低下して色んな病気に罹り易いんです。
東洋医学は人間を全体として診る治療体系ができあがっていて、
鍼灸治療では、こころに効くつぼとからだに効くつぼを使って、心身両サイドから同時に治療できます。

精神的に疲れきって(神経症や鬱症など)悩みを抱えたまま鍼灸治療に通っていらっしゃる方、きっと少なくないですよね。
ある特定の事柄にとらわれて、何年も何年も悩み苦しみ続ける忍耐力やエネルギーは過酷で辛すぎます。

森田療法--東洋(日本)が生んだ精神療法

神経症は自分でも治せます。本を読んでその通りに実行したら治ったという方もいらっしゃると聞いています。
森田療法は“とらわれ”に苦しむ神経症者にとって最も大切なこと
どうしてそうなり》 《どうやったらなおるか》を教えてくれます。

『心配性を治す本』         青木薫久著(K・Kベストセラーズ社)
『心臓と神経を強く太くする本』  青木薫久著(日本実業出版社)
森田理論『神経質の心理』     青木薫久著(批評社)
森田理論『神経質の性格』     青木薫久著(批評社)
『ノイローゼ・心身症・そううつ病』 青木薫久著(批評社)

森田療法の本は上記の他にもたくさんありますが、
いずれにせよああ、かってはあんなちっちゃな事で悩んでたんだ・・・≠チて
苦しんだ日々を懐かしく思う日がきっとやって来ます!

苦しいからついつい自分の事ばっかり考えがちだけど、もっと外に目を向けてみて!
人の意識は行動によって変わります。悩みや苦しみも実践で変えていけるんです。

それにしても最近つくづく思うのが、他に類を見ない日本独特の人間関係の作り方。
Yes Noをはっきり言えない分、他者のこころの中にまで配慮しなければならない。神経質者には生きづらいです。
からだの肩凝り症≠竅Aこころの対人恐怖症≠ネど
誤解を恐れずに云えば「こんなもの海外で暮らせばほとんど治ってしまう。」な〜んて云ったら云い過ぎでしょうか?
でも、例えば「視線恐怖」 
目を合わすのが怖いどころか却ってそれが楽しくなってきたりする。この“事実”誰か否定できる?

実際、海外に居て対人恐怖の“気”を感じる相手って、誰だと思います?
それはね、不思議とニッポンジン、なんです!



治療院が臭い in midsummer 2003

「少し臭いがとれてきたなあ・・・」
「????????・・・・・やっぱり臭いですか・・・」
「臭い。最初来た時はよくこんなとこに一日中居られるなあと思ったよ。ここ前は何してた?」
「ミシン屋さんと飲食関係らしいです。」
「そうかあ、あんたのとこは臭い出るもの無いもんなあ・・・」

借りた店舗は今春インターネットで見つけた。三日間二人がかりで大掃除をした折その臭いが気になった。
閉めきってあったからだろうと思い、三日間玄関のドアや窓を開け放ち空気の入れ替えをした。
しかし臭いは取れない。何処から臭ってくるのかも判らない。生まれて初めて嗅ぐ、気分が悪くなる臭いであった。
長年の飲食調理酒タバコ、色んな臭いが壁や天井に染み着いているのかもしれない。
市販の芳香剤も効き目なし。しかも芳香剤を使い過ぎると却って人工の匂いは気持ち悪い。
施灸時の煙は患者さんが咳き込むといけないので換気扇でほとんど換気してしまうから匂いのつけようが無い。
今は夏だから冷房で何とか臭いが押さえられてるものの秋になったらどうしよう?

中国で買ってきたメイグイ香を焚くことを思いついた。メイグイ香とはメイグイ花(和名は知りません)の御香。
ちなみにメイグイ花はバラの花で肝胃不和などに用いる行気解鬱の薬。肝胃不和とは西洋医学でいえば心身症みたいなもの。
このメイグイ香、色もローズ色なら匂いも上品、ストレスの多い繊細な女性にはピッタリ。
てなわけで貴重なメイグイ香をしばらくは焚いてたけれど、ついには20帖用の空気清浄機を入れた。
更に四国霊場一番札所で買った御線香を試しに置いてみる。この御線香、沈香、白檀、丁香(温中理気の薬)の組み合わせ。
なんとも白檀の香りがたまりません。メイグイ香を圧倒するいい匂いです。
24時間フル稼働の空気清浄機と白檀のお線香で只今≪臭い≫と奮闘中。

臭いと言って下さった患者さんには心から感謝。 
「いい匂いがするなあと思ったら・・・・・お線香か。 臭い消しか? 何処で買った? いくらした?」
その患者さん、しばし高級線香の香りに酔ってたみたい。



徳島は封建社会? in early summer 2003

「どの辺が痛みますか?」
「おまはん年なんぼで?」
「それでいつ頃痛み始めました?」
「子供は居るんか?」
問診時ずっとこんな調子で、カルテを取るのに小一時間もかかってしまった。
同伴の奥様も見かねて止めては下さったが、一向に聞き入れてくれない。

「もう、家でもいつもこんな調子で困ってるんです・・・」と奥様。
70歳代の日本男子、何事も男子優先、上げ膳据え膳で育てられている、女の言うことなど聴くものか!のタイプ?
困り果て、「そのようなお話はまた後で伺いますから」と笑顔でやさしく諭したつもりが
不満と幾ばくかの怒りの混ざったような顔をして、病気に関する質問には答えてくれなくなった。

この方、我儘であることは確かですが、それはこちらの関知するところでは有りません。
問題は初対面からプライベイトな領域に土足で踏み込んでくることなのです。 
鍼の経歴なら何でもお話いたしますが、鍼治療とわたくしの家庭事情など何の関係がありましょう?
失礼です!
ある初対面の女性の方も「素性が判らなければ安心できない」と言って根掘り葉掘り。
はり師としての経験などに興味は皆無のようで、この価値観には戸惑います。
このタイプ、天敵です。
たまに患者さんから他の患者さんの病名を聞かれたりすることもありますが、丁重にお断りしております。
郷に入っては郷に従えと言う諺は多くの国にありますが、住んでいる土地柄がどうであれ、マナーは守りたいものです。

結論として、プライベートな事は人間関係に於いて信頼の積み重ねの中で自然と無為に語られるものだ、と私は思っております。
医療従事者と患者さんとの関係も然り。治療を重ねながら会話も次第に深めていければと思っております。



互相学習 ふうしんしゅえしい in spring 2003

徳島県には外国人が5千人余り住んでるらしい。極めて少ない数ではある。
過半数はおそらく中国人だろうけど、街を歩いていて中国人に出会ったことなど一度としてない。
留学生より「研修生」の方が多いのは知ってるけど、この状況はなんとも寂しい限り。


どなたか中国人の方、わたくしと相互学習して下さる方はいらっしゃいませんかねえ?
もちろん中文普通語と日文普通語で。
とはいうものの、このHPを見てくれる中国人なんているのかしら?確率、99.9999999・・・%無限大に無さそう。
でも諦めない。



シドニーのマッサージ in winter 2003

疲れてぶらリ一人旅に出た。初めてのオーストラリアはシドニーだけに滞在しようと決めていた。
シドニー空港に着くと直ぐインフォメーションに行き地図を貰う。宿も探さなくてはならない。
片っ端から宿のパンフレットを手に取り何件か電話してみた。朝食付の宿にとりあえず一泊の予約を入れた。
空港で貰った地図では宿の位置はわからなかった。しかも方向音痴には自信がある。
方向音痴で私の右に出る人物はただひとり東京足立区のUさんしかいない。迷わずタクシーに乗る。
宿に着いて案内された部屋のドアを開けると中にまた三つの部屋が有った。バストイレはシェアになってる。
二つの部屋には20代のバックパッカ−の男女と年配の夫婦(らしき)一組が入っていた。
先ずは情報収集。シドニーで最も大きいインフォメイションセンターへ行くことにする。
またタクシーに乗る。
「日本人?」
「そう。あなたは?」
「フランス人」
どう見てもラテン系の顔立ちではない。
「どこの生まれ?」
「モロッコ」
うん、それなら納得。
この運転手さんずうーっと喋りっぱなし。おかげでどこをどう走ったか、通りの確認したかったのになあ。
インフォメイションセンターで詳細な地図やバス、地下鉄、電車、フェリーなどの路線図を手に入れ大満足。
次に宿を探すことにする。バスや地下鉄を乗り継ぎ宿を5〜6件訪ね部屋を見せてもらう。
どれもあまり良くない。結局、現在の宿にずっと居ることにした。

次の日も、その次の日も、またその次の日もひたすら地下鉄に乗りバスを乗り継ぎ、時にはフェリーに乗り
シドニーを徘徊していた。決まって夕方には大きなスーパーマーケットに寄り食料品等を観察した。
ふ〜ん、オーストラリア人もべジメイトを食べてるのかと思いつつ、チーズやフルーツは安くて実に美味しかった。
回転寿司を見つけて食してみた。日本と同程度の値段で味は・・・まずい。

暑い。歩き疲れた。それにちょっとばかり飽きてきた。デイツアーに参加して楽しようと考えた。気分転換にもなるし。
ツアー会社で2冊パンフレットを貰う。たくさん有って迷う。安いのを三つだけピックアップ。
この選択方法ならツアーがつまんなくてもさほど失望しない。ブッシュウォーキングのあるツアーを選んだ。

ツアー当日は朝から雨だった。今までは快晴が続いてたのに。

ツアー参加者は9人。日本人は私だけ、あとはアジア人一人と残りは白人。ガイドさんはアングロサクソンの女性。
一人旅の若いイギリス人女性とドイツ人夫妻、それにフィンランドとオランダ人男性とは会話を交わした。
実にフレンドリーなメンバーばかり(一人アジア人を除いて)でバスの中は愉快だった。
外は雨と霧で視界は最悪。楽しみにしてたブッシュウォーキングは誰も歩こうとしない。靴は泥だらけ。
こちらのブッシュはアメリカのブッシュ(大統領ではない)とは意味が全く違う。
迷ったら青木が原の樹海になってしまう。独りで歩き始めたけれど、やっぱり道に迷ってしまい、怖くて引き返した。
まあオーストラリアの原生林が見えたから良しとしよう。少人数のツアーは殊のほか楽しかった。

翌日はまた快晴。
チャイナタウンへ出かけてみる。途中偶然、鍼灸・漢方のクリニックを二軒発見。しかし皆閉まっていた。
小さな漢方情報センターみたいなところがあってビラ、チラシ、パンフレット類が積まれており、漢方薬、健康食品
なども売られていた。適当に鍼灸のパンフレットを何冊かいただいた。
チャイナタウンでは法輪功「弾圧」抗議の写真展、ビラ配りやあじていしょんで賑やかだった。
拷問の写真を見ていて気分が悪くなり、そそくさとその場を後にし、オープンカフェに入って一息ついた。
カプチーノを飲みながら先ほど貰った法輪功の新聞を読もうとしたら“繁体字”だった。読むのが面倒くさい。
その時突然目の前に驚くべき光景が飛び込んできた。ス、ス、ス、スターウォーズ!
それは全車両にスターウォーズのキャラクター達がでっかくペイントされているモノレールだった。
駅に急行した。駅のホームの壁もスターウォーズのペイントだらけ。さすがシドニー!

I'm crazy about Star Wars !!
20世紀FOXスタジオは非公開だった。本屋へスターウォーズの本やビデオを見に行った。
本はたくさん有ったがみんな字が小さくて読み辛そう。しかも長文。
読まないだろうとは思ったけれどせっかくだから記念にEPISODE T THE PHANTOM MENACEを買った。
EPISODE Uの漫画も手に入れた。

有名?らしいフリーマーケットに行く。
マーケットの一角ではマッサージをやっていた。中国人ばかり5〜6人居た。10分10$。
実は肩がひどく凝っていた。
マッサージしてくれたのは上海出身の人。彼はしきりに「いいだろう、いいだろう?」を連発した。
確かにいい。こちらも「いい、いい」と連発したくなるのを抑えがたい程に“いい”のだった。
どうして中国語を話すのかと聞かれたので以前中国で鍼灸を学んでたことがあるからって答えたら、話が弾み
結構長い間話し込んでしまった。支払いの時、彼は笑いながら○○$といわずに○○元と言った。
その瞬間私たちは共有する思いを秘め互いの目を見つめ笑いあった。いつもこうなる。


前置きが長くなり過ぎてしまい、まるで旅行記のようになってしまった。
要するに
この上海の人のマッサージには驚いた。
私が天津で学んだ推拿とは全く別物のように違ってた。
鍼灸や中薬は北方より南方のほうが日本人向きとは思ってたけど推拿お前もか!
どなたか南方と北方の推拿に詳しい方、そっと私に真実を教えてくれませんか?
御礼に徳島名産“阿波和三盆糖”などいかがでしょう?


                  

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