| 人権施策推進法とは
1996年6月村山政権与党(自民党、社民党、さきがけ)の「人権と差別問題に関するプロジェクトチーム」が、次の3点で合意しました。 (1)「人権教育の国連十年」の国内行動計画に法的措置を加えること。 (2)人権侵害による被害の救済に関する法的措置を講ずること。 (3)地域(同和)改善対策事業における法的措置を講ずること−。
与党の合意をうけて政府は、同年12月、「人権の擁護に関する施策の推進に関する法律」(案)を提案しました。 法律は、参議院から衆議院でそれそれ゛可決・成立しました。
政府の提案理由は、「同和問題、女性・・・等不当な社会的差別がなお、存在し・・・差別意識解消に向けた教育、啓発・・・や人権侵害による被害の救済・・・」をすることを目的にしたと説明しています。
しかし、政府の提案理由は、同和地区実態とかけ離れていました。 全解連(現在、「全国人権連」)は具体的な資料などで批判しました。
また、同法8条で、「人権擁護施策推進審議会」の設置も決まりました。 同審議会の目的は、第1一に、「人権が侵害された場合における被害の救済に関する施策の充実」(1号審議事項)と、第2に、「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する基本事項」を審議すること(2号審議事項)でした。
与党のはからいもあってか、同審議会委員の中には、部落解放同盟の別働隊ともいわれる「全同教」(全国同和教育推進協議会)会長が就任しました。 同委員は、部落解放同盟の全国大会で「部落解放基本法」制定に全力をあげると決意を表明しました。
大会を報道した新聞には、同委員の発言に拍手喝采があったことが紹介されていました。
全解連は、こうした事実を指摘し改善を求めました。 「人権擁護施策推進審議会」委員の公平な選任はありませんでした。
「同和地区住民の代表者、当事者の代表」を自負する委員は、部落差別の「悲惨」さなどを強調したと伝えられています。
「当事者の代表発言」に異論を唱えるのは、勇気のいることです。
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