人権擁護施策推進法をめぐって
1997年4月
全国部落解放運動連合会
- これまで続いてきた同和対策に関わる特別法(「地域改善対策特定事業に係わる国の財政上の特別措置に関する法律」)は1992年3月31日に5年間延長され、1997年3月31日に法失効の期限を迎えました。 この法失効問題と関わって1996年5月17日に政府の同和問題の協議機関である地域改善対策協議会(地対協)は、意見具申を発表しました。
この内容は、特別対策を終了し一般対策に工夫を加えつつ対応する、同和教育・同和啓発は、人権教育・人権啓発に再構成する、人権侵害に関わる被害救済は、21世紀にふさわしい人権侵害救済制度の確立をめざして鋭意検討する、というものでした。
この地対協の意見具申を受けて1996年6月5日に与党「人権と差別問題に関するプロジェクトチーム」(「プロジェクト」)は、事業関係で「法的措置を講ずる」、教育啓発関係で教育啓発の推進に関する法的措置を検討する、被害救済関係で必要な法的措置を含め、新たな制度について検討する、という内容で合意しました。
その後「プロジェクト」は、同年7月18日に同和対策事業に関わる問題について、「15事業について法的措置を講ずる」ことで合意します。これを受けて政府は、この合意内容にもとづき事業関係について大綱を決定し予算編成を行いました。法案は、3月に入っての通常国会に内閣から提出され、日切れ法案として、激変緩和で15事業について5年を期限とする現行の改正法が成立しました。
- 「プロジェクト」は、教育啓発及び被害救済について一時ペンディング(保留)となりましたが、8月7日に「プロジェクト」で「目的、責務、審議会の設置等を含む所要の法案を次期国会に提出すること」で合意し、これを官房長官に申し入れ、さらに、9月25日「プロジェクト」は、法案の名称については、目的、責務、審議会の設置等を含む所要の法案の提出を求めた与党合意を踏まえた名称とすること、法案の目的、責務、前文または提案説明には、同和問題に関する国民の差別意識の解消、同和関係者に対する人権侵害事件の解決のために法的措置を検討することとした与党合意を踏まえ、同和問題の解決のための法案であることを明確に織り込む、審議会の所掌事務については、法務大臣・文部大臣・総務庁長官が諮問し、内閣総理大臣及び関係各大臣に意見具申を行うことができるよう配慮すること、で合意し、官房長官に申し入れました。
- 「人権擁護施策推進法」は、衆議院では昨年の11月29日に法務委員会で提案説明が行われ、12月13日の同委員会で論議され、日本共産党のみが反対して可決されました。 また参議院では、12月17日に法務委員会で論議され、日本共産党のみが反対して可決成立しました。
国会に提出された 「人権擁護施策推進法」案は、法務大臣の提案説明で「今日におきましても、同和問題等社会的身分や門地による不当な差別、人種、信条、性別による不当な差別その他の人権侵害がなお存在しており、また、我が国社会の国際化、高齢化、情報化の進展等に伴い、人権に関する様々な課題もみられるようになってきております。 特に、同和問題につきましては、本年(96年)5月に、地域改善対策協議会から同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について意見具申がなされ、この中で、差別意識の解消に向けた教育及び啓発の推進、人権侵害による被害の救済等の対応の充実強化等が求められており」、「これらの状況を踏まえ、人権の擁護に関する施策の基本とも言うべき人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策並びに人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策を今後とも推進していくとともに、これらの施策について、改めて十分な検討を行うことが必要であり、これが同和問題の早期解決のためにも不可欠と考え、この法律案を提出することとした」ことを明らかにしました。
この法律は、第一条で「人権の尊重の緊要性に関する認識の高まり、社会的身分、門地、人種、信条又は性別による不当な差別の発生等の人権侵害の現状その他人権の擁護に関する内外の情勢にかんがみ、人権の擁護に関する施策の推進について、国の責務を明らかにするとともに、必要な体制を整備し、もって人権の擁護に資することを目的とする」として、第二条で、「国は、すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策並びに人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策を推進する責務を有する」としています。 そして、第三条で「法務省に、人権擁護推進審議会を置く」としています。
- この衆参両院での論議の特徴は、日本共産党を除くほとんどの委員が強弱の違い、表現の違いはあるものの、この法律が同和問題解決の法律であることを政府側に答弁させようとしたこと、特定の団体の代表を審議会委員に選出するよう政府側に押しつけようとしたこと、でした。
これに対して、政府側は、この法案の提出となった「背景」は、第1に地域改善対策協議会の意見具申で,「差別意識の解消に向けた教育及び啓発の推進」、「人権侵害による被害の救済等の対応の充実強化」を「今後の重点施策」として提言したこと、第2に、1994年12月に人権教育のための国連10年が国連総会で採択され、我が国においても、1995年12月に閣議決定により本件10年の推進本部が内閣総理大臣を本部長に設置されたこと、法律の条文に「同和問題」を入れなかったことを地対協の意見具申では、同和教育、同和教育に関しては、人権教育、啓発として発展的に再構成するとともに、人権侵害の被害の救済等の充実に関しては、現行の人権擁護制度を抜本的に見直すべきであると提言している、この法案は人権問題一般についての問題を規定している。 人権一般の問題も抱え込んでいる法律だというふうに理解している、個別救済という趣旨が、例えば特定の人権について法律の策定を目的とした審議かという趣旨であるのかといえば、そうではない、法案は、すべての国民のあらゆる人権擁護に資することを究極の目的とするもので、一部の団体の利益を図るために利用されるようなことがあってはならないし、そのようなおそれはないと確信する、人権の尊重の理念を国民の中に涵養していくことであり、国民の心の問題ということから、みだりに行政機関が私人間の紛争に介入することは極力差し控えるべきである。 人権侵害の被害者救済の審議については、人権侵犯調査処理の問題、それから人権相談の問題、さらに人権擁護委員制度の問題等が考えられる、(法律で罰則をつくり強制力で、落書きや差別発言を抑える考え方について)罰則等で縛るということが我々の考えている人権問題の解決に直ちにつながるものであるとは考えていない、審議会の委員は、その設置の趣旨、目的に照らして、人権に対してさまざまな角度から公平公正な審議が行われるような体制とする必要がある。 したがって、委員の人選にあたっては、この点に十分考慮しながら、広い学識経験と専門的知識を有する者を選任したい。 本審議会に多様な国民の意向が正しく反映されるように慎重におこなっていきたい、審議会の審議とその議事録を公開するべきであるかどうかは、これは最終的には審議会が決定すべき事項。 しかし、仮に特別の事由によりやむを得ず審議及びその議事録を非公開とする場合にも、議事要旨を公開するなどの方策をとるなど、透明性の確保に努めたい、(審議会の議を経て)必要があれば法的な措置ということは当然とることがでてくる。 (人権教育、啓発)その具体的な方策は、中間答申等の措置が講じられるよう配慮する・・・・・・などと答弁していました。
- 「人権教育のための国連10年」と国内行動計画
国連は、1994年12月23日の第49回総会決議で、1995年1月1日からの10年間を「人権教育のための国連10年」と定めました。 この制定の中で「人権教育の定義」を「人権教育は、次の諸点を思考するような知識技能の伝達と態度の育成を通じて人権の普遍的文化を形成することを目的とする教育、訓練、普及、情報の努力であると定義できる」とし、人権と基本的自由の尊重の強化、人格の全面発達と人間の尊厳、全ての諸国、先住者、人種、国民、エスニック、宗教、言語グループの間の理解、寛容、男女平等、友好の促進、すべての人々が自由な社会に実質的に参加できること、平和維持のための国連の諸活動の促進、の5点をあげています。
政府は、国連総会の決議を受けて、総理大臣を本部長におく関係省庁による推進本部を設置し、国会で「人権擁護施策推進法」が上程される直前に、「人権教育のための国連10年」の国内行動計画(中間まとめ)を発表しました。 この時期に政府が発表したのは、この法律と国内行動計画が深く結びついているからです。
この国内行動計画では、「人権の擁護・促進のためには、そもそも人権とは何かということを各人が理解し、人権尊重の意識を高めることが重要であり、人権教育は、国際社会が協力して進めるべき基本的課題である」と位置づけています。 そして「この国内行動計画は、憲法の定める基本的人権の尊重の原則及び国連行動計画などの国連文書の趣旨に基づき、我が国において人権という普遍的文化を構築することを目的に、あらゆる場を通じて訓練・研修・情報提供努力を積極的に行うことを目標とする。 また人権教育を進めるに当たっては、人権にかかわりの深い特定の職業に従事する者に対する取り組みを強化するとともに、本10年の展開において、女性、子ども、高齢者、障害者、同和関係者、アイヌの人々などの重要課題に積極的に取り組むこととする」としています。 このもとで、「あらゆる場を通じた人権教育の推進」を謳い、学校教育、社会教育、企業その他一般社会、特定職業従事者に対する人権教育を強化するとしています。また、「重要課題への対応」として、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌ問題、外国人問題、エイズ問題、ハンセン問題などへの対応を打ち出しています。
- 人権教育、人権啓発の前提は何か
「人権教育のための国連10年」がめざしている人権文化を創造することは大切なことです。 しかし、人権文化の創造は、どのようにして国民の間で醸成されていくべきか、その考え方と方法論が重要な分岐点になります。
そもそも人権意識は、生まれたときから人間に備わっているわけではありません。 人権意識は、近代以降の憲法において「法の下の平等」が社会的に確立され、集団的な権利確立のたたかいを主軸にして、議会制民主主義、学校教育などを通じて国民の意識に定着してきました。 人権の歴史は、フランス革命の人権宣言で原型が確立され、それ以後の人民のたたかいによって、充実させられ、その後人権概念が大きくひろがってきました。 人権の考え方の根底には、水平社宣言にみられるような人間解放への熱望があります。 このことが、平和な社会、より自由な社会、より人間らしい生活など、人間らしさを希求する人民の力となってきたのです。 人権の伸長は、抑圧された人民の力が原動力となっています。この集団運動こそ、歴史の歯車を前進させ、人権と民主主義の思想を広め、定着させてきたのです。 ここに人権意識の問題をとく核心があります。
また教育は、その営みそのものが本来的に人権に係わります。 学校教育を通じて子どもや生徒、学生に人権意識を培っていくには、憲法の民主的諸原則と教育基本法の精神をよりどころに、国民の教育権の堅持、民主教育の徹底、子どもと教師の人権の保障など、教育上の原則が遵守される必要があります。
国民の教育権とは、国民が主権者として平和的・民主的な社会を形成し、健康で文化的な生活を営むのに必要な能力を身につけるために真理・真実を学習する権利であり、親にはこうした教育を子どもに保障する責任と権利があるということです。 同時に、教師には、こうした教育をおこなう責任と、それをはたすために、真理・真実を教授する自由、自主的な教育活動をおこなう権限が保障され、教育行政には学問の自由と教育の自主性を擁護し、不当な支配から学校と教師をまもり、教育条件を整備確立する責任があるというものです。
民主教育とは、すべての青少年に、自然や社会についての基本的な知識、生活と労働に必要な技術の基本、文化諸分野の基礎的諸要素などをこどもたちの発達に即して理解できるやり方で習得させ、健全な身体を発達させ、互いの人格の尊重と真理や正義を愛する心など民主的な市民道徳を身につけ、真に自主的、批判的な判断力を育成し、文化の創造的発展と社会の進歩に寄与する教育活動です。 この民主主義教育の徹底こそ、子どもたちに人権意識を育み、培う確かな保障となります。
人権教育の土台には、学校において子どもと教師の人権が保障されていなければなりません。 この保障なくして人権をどれだけ上から唱えても、青少年や教師にとっては人権が空々しく現実とかけ離れた存在になってしまいます。 教育をおこなう責任がある教師には、人格の尊厳が守られ、教育上の指導性が擁護されてこそ、ゆきとどいた教育ができます。 教師の地位と尊厳を守り、教育上の自主的権限を尊重し、自主的な教育研究活動が奨励されることが、教育現場で豊かな人権教育を実現させていくことになります。
なお、啓発の問題では、行政のおこなう啓発行為は、あくまで強制力の伴わない、国民の間で社会的合意が形成され、国民の主体的判断にあおぐべき範囲のもので、政治や社会運動と一線を画したものでなければなりません。 憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」としています。
近代国家においては、人間の尊厳、人格の独立、民主主義の立場から、人の精神活動の内面の問題で、外部からの権力をもって抑圧したり、強制したりすることは許されません。 人の内心におけるものの考え方は、絶対的に自由であるのが、民主主義国家の基本的原理です。啓発は、人の内心に直接働きかける営みであり、憲法第19条に照らして慎重に対応されなければなりません。 また、啓発を法により推進することは、行政の啓発行為に対して国民に法の名による協力を強要するもので許されません。 およそ法はそれ自体、一定の事象に対する特定の価値判断の表明としての意味を持っており、国民に対してその遵守を強制する力を持つのです。 行政の実施する啓発行為を法の名において実施すれば、国民に一方的な教えを強いることになります。
- 「人権擁護施策推進法」と国内行動計画の問題点は次の通りです。
第1に、「人権擁護施策推進法」は、「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策」を人権擁護推進施策審議会で「調査審議」するとしています。 また、国内行動計画では、「市民相互間の人権対立の調整を図るための方策について調査研究する」とも書かれています。 このように、両者にみられる問題点は、人権問題を「国民相互間」「市民相互間」とかいうように、もっぱら人民内部の問題に収れんさせ、すり替えています。 しかし、人権問題は、一般に国家権力の横暴から国民の権利を譲るところにありました。 これをあたかも国民同士の権利の衝突、対立に解消することは、国家権力の人権侵害を覆い隠し、しかも国家権力こそ、人権擁護者であるかのごとく振る舞う本末転倒した発想です。
第2に、支配階級が国民の意識の中に存在する国連美化論を巧みに利用し、しかも「人権教育」という大義名分を旗印にして、憲法原則をゆがめる動きがあります。 もともと「人権教育のための国連10年」の動機は、国連の人権宣言や人権条約の内容を広く知らせるところの広報活動にありました。 それが今回の決議では、広報活動の領域を乗り越えてしまい、各国の実状や到達段階を無視して教育のやり方まで国連が定型化できるかという問題を投げかけています。
第3に、人権教育の国内行動計画や「人権擁護施策推進法」では、地対協意見具申や国連決議を根拠に「人権教育及び人権啓発」の名で、国家権力が主体となって、国民全体に対して一定の価値観を押しつけていく構造になっており、これは乱暴にも国民の教育権を蹂躙し、国家権力が教育内容にまで介入する、あるいは介入に道を開く危険性を内包しています。 しかも、国会答弁では、「教育・啓発」に関しても、政府は「法的措置」まで念頭にいれており、憲法第19条との関わりで重大な違憲性につながる可能性をもった問題です。
第4に、現在の同和教育・同和啓発の実態がどうなっているかの問題があります。 つまり、政府は、地対協意見具申を踏まえて、同和教育・同和啓発を人権教育・人権啓発に再構成するというわけですから、この実態がどうなっているかが大きな問題になります。 現在の同和教育・同和啓発は、国民を「差別意識」の持ち主との前提にたって、差別される者と差別する側の図式にもとづき、それぞれの自覚を促し、部落問題を他の人権問題から特殊化、別格化させ、部落第一主義的な内容のもとに、上から半ば強制的に有無を言わせない押しつけがまかり通っているのが実態です。 したがって、このような同和教育・同和啓発が少なからぬ地方で現実に存在しているもとで、これを人権教育・人権啓発に再構成しても、結果的に現在のようなゆがんだ構造は改善されず、そのまま名前を代えて踏襲されてしまいます。
政府は、これからは人権教育・人権啓発だといっています。 人権意識の問題が差別意識の問題に収れんされ、さらに人権侵害がすべて差別問題であるかのように矮小化も行われ、このもとで差別する側と差別される側の図式化の押しつけなど、ますますゆがんだ議論が横行する可能性があります。
第5に、現実の人権侵害の克服を人権教育・人権啓発という建て前で解決が可能であるがごとく描き、結果的に啓発万能論、道徳注入論で人権意識が成長するように見せかけています。 国連の人権条約を学校現場で取りあげ、学ばせても、これが自動的に青少年の民主的人格形成につながるかといえば、そうならないのが現実で、これはまったく別問題です。それは、上から注入したり、教育したりすれば、人権尊重の人格ができあがるというような単純なものではありません。 このことは国連のユネスコでも、人権教育で教科書という考え方をとらないといっています。 現在の教育のもとでは、今までの詰め込みに、さらに人権教育の名の詰め込み教育がおこなわれるだけです。
このほか「人権擁護施策推進法」の制定は、28年間継続されてきた同和に関わる特別対策を終了させ、これを「人権擁護」に改変させることにより、今までの枠組みを大きく変えるに違いありません。 今までは基本的に同和地区が存在する都府県の自治体しか関係なかった問題が、「人権擁護」に改変されることにより、全国的なものとなり、これがすべての行政分野、教育分野のみならず、一般市民生活にまで影響を及ぼし、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌ問題、外国人問題、エイズ問題、ハンセン問題などで運動している諸団体にも少なからぬ問題を投げかけています。 また同法は、政府の人権擁護機関の見直しを課題にしており、法曹界や人権擁護運動にまで大きな影響を与えるものと考えます。
- 「人権擁護施策推進法」に対する全解連の基本的態度について
全解連は、現行の特別法失効後のあり方について、部落問題解決の到達点をふまえ、激変緩和措置や経過措置は別として、これ以上の特別の法的措置がかえって部落問題解決の妨げになるとの立場から、いっさいの「同和」にかかわる特別な法律を要求しないことを社会的に明らかにしてきました。
この法に対しても同様の立場から反対を表明しています。
この根拠には、第1に、1965年の「同和対策審議会答申」が掲げた「社会的、経済的、文化的に同和地区の生活水準の向上をはかり、一般地区との格差をなくすこと」は、ここ28年間におよぶ総合的な特別対策のもとで、国と自治体により約14兆円の事業費が費やされ、当初の目的が基本的に達成されたこと、第2に、基本的人権の尊重をうたった憲法のもとで、「同和」や「同和地区」に対する時代遅れな考え方が、国民の長年にわたる多大な努力と社会進歩によって大きく薄れ、国民の常識の範囲で解決可能になったことによります。 このような状況は、長年の悲願であった部落解放の事業が最終段階を迎えていることを意味するものだからです。
政府及び法務省は、一方で「人権一般を対象として、その擁護に関する施策を検討していく」法であることを表明しながら、他方で同和問題を契機にしたと繰り返し答弁しました。 衆参の付帯決議では、教育・啓発について2年で、人権擁護のあり方について5年で意見をまとめることが言われています。 法が成立したもとで、前の言明どおり、この法律が人権の擁護と伸長に役立つよう、また同和対策継続勢力がねらう「人権」を口実にした「同和」に特別の地位をあたえさせないため、審議の監視と人権問題の実態に即した告発、人権擁護のあり方で要求運動をすすめることがこれからの課題です。
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