2002年3月15日
言論表現の自由及び私的自治を侵す「人権擁護法案」に反対する
全国部落解放運動連合会 中央執行委員会
政府は今国会に「人権擁護法案」を提出し、五月中に可決し、来夏には人権委員会を発足させる運びである。
この法案は、人権擁護推進審議会が、昨年五月に「人権救済制度の在り方について」とりまとめた答申を土台としている。
法案は、法務省の外局に人権委員会を設置し、差別、虐待と並んでマスコミによる人権侵害も取り扱い、これまでの制度と同様の任意による「一般救済」と、調停、仲裁、勧告、公表、訴訟援助などを行う「特別救済」に分けている。 しかも、委員会は質問調査権や強制的な権限も持ち、応じない場合は過料や罰金を科し、マスコミ報道による人権侵害も勧告内容の公表を行うとしている。
この法案は、我々をはじめ多くの国民の意見や批判を軽視し、審議会が当初からもっていた制約や本来的な問題を内包したまま、まとめられたものである。
(1) 国民の基本的人権の重要な柱である「裁判を受ける権利」を擁護し、発展させる立場からすれば、司法の民主的改革と連動するのでなく、裁判外紛争処理機関の設立根拠を「簡易性、柔軟性、機動性」と称して、司法の内在的限界論の立場をとり、裁判を受ける権利の形骸化及び三権分立における行政権の肥大化につながりかねない危険性が指摘される。
こうした問題の克服は、国民の身近で頼りになる司法の民主的改革が基本であり、少なくとも政府から人事、運営、財政の各面で独立して活動できる人権救済機関の設置が必要であるが、人権委員会の帰属や格付けをも含む独立性の確保、民主的選任と国民の信頼をうる人権擁護委員の在り方でも十分な配慮がなされていない。
(2) 公権力や社会的権力(大企業など)こそ人権侵害の元凶であるにもかかわらず、この問題を「特別救済」にきちんと位置づけず、国民の言論・表現、内心の自由や知る権利など、いままで国民間の問題で踏み込まなかった分野に、行政機関が調査権限や罰則をもって介入しようというものである。
(3) 法案の土台である答申は、同和の特別対策の終結との係わりから審議会が設置され、とりまとめられた経緯があり、人権問題といいながら差別問題が中心であり、しかも同和問題を色濃く意識したものとなっていたが、その問題点が法案にも反映している。
つまり、同和問題に係わる結婚・交際問題のように、この分野で合意されてきた政府見解では、何が差別かを判定することは困難であり、法律などで罰したり規制することは、かえって啓発に反し差別の潜在化を招くと捉えていたが、この法案は明らかに問題解決に逆行する仕組みを内包している。
結婚・交際に際して、「差別」との断定のもとに、嫌がらせや侮辱などに「特別救済」を行うことは、国民の内心の自由への介入につながり、意に反する婚姻の強制など憲法が保障する婚姻の自由への行政権力の介入になりかねず、結果的に人権を侵害し、部落問題解決をも阻害するものである。
(4) マスコミによる人権侵害については、マスコミ自身の自主的な解決機関の設置による解決が基本であり、この問題をめぐって言論・表現、報道の自由を侵害しかねない行政的な介入は許されない。
あくまで表現には表現で対抗することが近代社会の基本であり、定義できない「不当な差別的言動」「差別助長行為」などの表現行為に対して、曖昧な基準で「停止」「差し止め」など物理的、強制的な手段による対応を行うことは、言論表現の自由を侵害し、しかも自由な意見交換のできる環境づくりによる部落問題解決にも逆行する。
このように、この法案は、国民の希望してきた人権救済制度のあり方に十分応える内容になっていないばかりか、従来、国民生活に係わる私的自治やマスコミのような報道の自由が不可欠な分野へ新たな権力の介入に道を開き、しかも異議申し立てなどの反訴や黙秘権も明確に規定されておらず、新たな人権侵害を生み出しかねない危険性をはらんでいる。
国連規約人権委員会は、「我が国の報告書に対する最終見解」で「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について」と「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置」することを求めている。 国連の方針がすべて正しいものではないが、関係当局は国内実状を一定反映した「勧告」を誠実に受け止め、各々指摘のある分野について個別法の改善整備を含む迅速な検討が求められている。
国連は、とりわけ「独立した機関」が必要と指摘している分野をこのように限定しており、人権侵害の元凶である公権力や社会的権力(大企業など)を規制することを曖昧にし、国民の私的領域や言論の分野に踏み込むような機関はもとより想定していない。
全解連は、この法案のもつ問題を広範な国民に知らせ、共同して廃案に追い込むよう全力をあげる。
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