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 全国人権連 > 人権擁護法案反対 > 人権擁護法案の廃案を求める国会議員申し入れ(02年4月)

           

    2002年4月25日 

           

人権擁護法案は国民の権利侵害法であり廃案を求める
(国会議員に対する申し入れ)

全国部落解放運動連合会 中央執行委員会  

         

           

  1. 翼賛体制確立の一里塚
       
     政府は今国会において、憲法違反の有事法制案を強行裁決し、戦前における国家総動員体制の確立で、アメリカの戦争に日本が参加しようとしています。

     有事の名のもとに、国民が平和のうちに生きる権利を侵害し、土地や財産のとりあげ、言論表現の自由を奪うなど基本的人権の蹂躙を企んでいます。

     こうした翼賛体制を確立する上で、マスコミをはじめとする国民の言論表現を管理することが支配に不可欠であることから、「人権擁護」という美名で、国民の権利侵害法がまとめられたものです。

     政府は、「個人情報保護法案」や「人権擁護法案」を今国会中に可決し、来年4月〜7月に人権委員会を発足させる予定でいます。

     人権擁護法案は、法務省の外局に人権委員会を設置し、任意による「一般救済」と、差別、虐待、報道機関による人権侵害や差別助長行為等を「特別救済」に位置づけ、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助などを行います。 また委員会は、過料の制裁を伴う調査権限を有し、行為の差止めやマスコミ報道による人権侵害も勧告・公表を行うものです。
               

  2. 国連勧告や決議を無視し、国民の権利を規制するもの
        
     法案の提案理由には、「被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防」があげられています。

     もともとは、同和問題解決の特別対策を終了し(本年3月末で失効)、一般対策への円滑な移行を論議していた平成8年(1996年)5月の地域改善対策協議会意見具申により、人権救済の在り方を調査論議する人権擁護推進審議会が設置され(1997年3月から5年の時限法)、昨年5月に人権救済制度の在り方についての答申にもとづいて法案は作成されています。

     よって、国民間の差別問題、とりわけ同和問題に係わる差別問題を色濃く反映しています。

     国連(自由権)規約人権委員会は1998年に、「我が国の報告書に対する最終見解」で「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について」と「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置」することを求めています。

     国民の願いは、人権侵害の元凶である公権力や社会的権力(大企業など)の横暴を規制し、人権侵害を効果的迅速に排除することです。 また私人間の問題でも、雇用差別の禁止など外形的な問題と思想・信条や内心に係わる問題をきちんと区別することも求めています。

     しかし、この法案は、国連がとりわけ「独立した機関」が必要と指摘している分野に限定して「特別救済」を行うのではなく、差別・虐待など曖昧な概念をもって、国民の私的領域や言論表現の分野に踏み込み、自由を規制しようとしています。

     しかも、この法にもとづく、行政機関である人権委員会は、「特別救済」と称して、差別・虐待などの人権侵害を裁定し、勧告・公表を行うなど、行政手続き法上も問題を含み、一方的に「加害者」を認定し人権を侵害しかねないものです。
            

  3. 差別の禁止を国家でなく国民の責務にしている

     日本弁護士連合会は、政府からの独立性の確保の点で致命的な欠陥があると指摘して、仕組みを改めた上、出直すべきとの理事会決議をあげています。

     また、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本放送協会は報道による人権侵害が特別救済の対象にあげられていることから、政府機関による報道への不当な干渉につながりかねない、国民の知る権利に答えられないとして、報道の自由に十分配慮した制度を共同で求め、断固反対の立場を鮮明にしています。

     このように、政府からの独立性の確保、メディアの言論・表現の自由の確保が保障されないことから反対の取り組みが進められています。

     しかし一方で、民主並び社民党は、政府案と同様に、「人権」や「差別」「不当な差別的取り扱い」「不当な差別的言動」を明確に概念規定せずに用いて、恣意的運用に為りかねない法案(大綱)を準備しています。

     「特別救済」の対象からマスコミを除外し、法務省の外局から内閣府に所管を移しても、国民の権利侵害がなくなるものではありません。

     特に、「国民の責務」を規定して、国家による国民の権利擁護義務でなしに、国民の義務により人権侵害行為を禁止するというもので、憲法の理念が逆さまになっています。

     有事法制の問題と同様、国権主義の露骨なあらわれであり、私人間の問題ではより慎重に個別具体的な法制度・救済論議が求められます。

  4. 国民の言論表現の自由を規制しかねない

     1975年6月29日施行の埼玉県加須市長選挙に際し、選挙ポスターに「同和対策是か非か」と記載し掲示したところ、差別の温存を意図するとして住民の抗議行動があり、選管はポスターの撤去を求め、候補者はこの文言の上に紙をはって消して対応したが、県・市の職員の干渉が無かったら当選していたであろうと、選挙の無効を訴えた事件があります。

     東京高裁の判決(1976年2月、判例時報806号)は、差別待遇をしてはならないことは現代社会の基本理念であるが、対策事業を行うかどうか、その方策如何の問題は全く別個の事項。 「これらについて論ずることはまさに言論の自由に属する。」仮に差別を助長するような言論をなす者があったとしても、これを公権力によって抑圧することが適法かどうかも全く別の問題。「言論に対しては言論をもってすべきが現代社会の常法であろう」。 この文言は読みようによってはどのようにもとれる。 選管や県・市の公務員が、趣旨を判断し、「やめさせるように働きかける権限をもつ根拠を見いだすことができない。 明らかに公権力によって選挙における言論の自由と選挙の公正を害するもので、不当な選挙干渉というべきである」と選挙無効を言い渡しました。

     最高裁もこの高裁判決を支持して上告を棄却しました(1976年9月、判例時報826号)。

     このように、表現行為の判定は大変困難であり、表現の自由の価値は、憲法上優位的位置にあります。

     しかし、この法案は、「人種等の属性を理由とする」「差別的言動」「属性情報の掲示」「差別助長行為」に対し、過料の制裁を伴う調査権限をもって差止め勧告や訴訟の提起を行うことから、表現行為に対し言論の自由の立場からの解決を困難にし、国民の自由な言論活動を萎縮させるなど、多くの問題を含んでいます。

     部落問題の分野では、これまで「解同」が一方的に「差別」と断定して行政・教育関係者も巻き込んで暴力的な「確認・糾弾」が行われ、教育関係者をはじめ多くの自殺者を生み出してきました。 こうした行為は、政府・法務省でさえ、「啓発には適さない」「行政関係は出席するな」と通達せざるを得ないものでした。

     これが、部落問題について自由な意見交換を妨げ、行政・教育の主体性放棄、えせ同和行為の跋扈となり、問題解決を遅らせてきた主要な要因です。

     この法案は、これら「差別」について、これまでの「解同」にかわって「行政機関」が一方的に裁定するというものであり、国民の人権を保障もせず、差別の潜在化を招きかねないものです。
             

  5. 法案にどう対応するのか

     この人権擁護法案は、国民の自由な言論活動を萎縮させ、国家が言論を管理統制する方向を強めるものであることから、廃案にすべきです。

     国会闘争では、次の点を要求します。

    (1) 「加害者」の人権が保障される担保がないこと等から、「特別救済」は行わなわず、「一般救済」手続きのみを取り扱う「人権委員会設置法」とする。

    (2) 国家行政組織法3条2項の人権委員会は、末端事務局に至るまで人選・運営などに透明性を確保し、人権擁護委員の民主的選任等をおこなう。

    (3) 国連勧告をふまえて、「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇」や「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等」を、国連が1993年に採択した「パリ原則」にそって、法務省や行政機関の管轄に属さない「政府からの独立性」が確保された機構の設立をあらためて検討する。

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