全国地域人権運動総連合
   

   

 全国人権連 > 人権擁護法案反対 > 人権擁護法案の廃案を求める参院法務委員会申し入れ(02年10月)

           

    2002年10月21日 

           

「人権擁護法案」の廃案を求める要請書
(参院法務委員会に対する申し入れ)

全国部落解放運動連合会      
 中央執行委員会  石 岡 克 美

     

 先の国会に提出された人権擁護法案は、法曹界、言論・報道界をはじめ、人権にかかわる多くの分野から疑念と批判が噴出し、本格的な審議に入れないまま今国会に継続審議となりました。

 同法案については、国連が示す国内人権機構のあり方とは異なるものであり、法案が新たに設置を予定している人権委員会は、その独立性の保障が何ら担保されていないとの内外からの強い批判があります。

 また、報道機関の報道によるプライバシー侵害を特別救済手続きの対象にしており、権力による言論の統制に連なるもので、国民の知る権利を奪うことになると、報道界をあげてつよく反対しているところでもあります。

 さらに、差別言動等を規制の対象にしていることは憲法上の規定に反するもので、人種差別撤廃条約第4条の留保に係わる従来の政府の態度をも翻して国民の言論表現活動に抑圧を加えることになるものでもあります。

 つまり、「人権擁護法案」では、第3条2項イ「特定に者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」に対して、「特別救済手続」による措置をとるとし、「事件の関係者に出頭を求め、質問する」などの「処分」を行うことを定めています。 しかし、ここで言う「差別的言動」とは何に当たるのかについて、法案は「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」と定めるのみで厳格な定義も行わず、いたって主観的、恣意的な判断基準で対応しようとしています。 このことは市民生活で自由な意見交換を妨げ、国民の間で自主規制を強いるものとなります。

 差別問題を解決していく上で、誤った認識や偏見を克服していくためにも、上から強圧的に押さええつける規制方法は問題解決に逆行するのみです。 国民の間での自主的な学習の取り組みなど自由な意見交換を醸成すること通じて偏見等の払拭をはかっていくことこそ大道であります。

 なお、この法案は1996年12月に成立した人権擁護施策推進法を直接の出発点に生み出されています。 この法律の審議において政府は、「人権一般を対象としてその擁護に関する施策を検討する」と繰り返し答弁し、対外的には「人権の擁護に関する基本的法律」と説明していました。

 であるなら、憲法上の原則に立脚した、人権の世紀に堪えうる法律として準備すべきであり、政府提案の法案は人権の擁護に資するものとはとうてい言えません。

 すくなくとも法案は、行政機構としての人権擁護制度を行政権力の行使を目的にしてつくりかえるものであって、国民の不断の努力に依拠して権力の濫用から国民の権利を守る人権本来の理念に立ったものとは言えません。

 しかも国際的潮流を提案理由とするならば、国連規約人権委員会の指摘を誠実に受けとめるべきです。 委員会は、「我が国の報告書に対する最終見解」で「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について」と「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置」することを求めています。 関係当局は、各々指摘のある分野について個別法の改善整備を含む迅速な対応が求められているものです。

 国連は、とりわけ「独立した機関」が必要と指摘している分野や規制の対象を限定しているにもかかわらず、この「人権擁護法案」は、人権侵害の元凶である公権力や社会的権力(大企業など)を規制することを曖昧にし、国民の私的領域や言論の分野に踏み込むような機関を構想するなど、国際社会の批判は免れ得ないものです。

 私たちは、現在と将来の国民に罪科をもたらす恐れのある人権擁護法案を、あるいはそれを小手先の安易な修正によって成立させるのでなく、新たな国内人権機構の構築に向けた国民的論議をこそ開始すべきであることを提案します。

 かかる理由から政府提案の「人権擁護法」の廃案を求めるものです。

           

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