2002年に国会に提案され、政府・与党の修正案にもかかわらず、2003年10月に廃案となった人権擁護法案の提出の動きが、ここにきて急速につよまってきました。 今回出されようとしている法案も、廃案になったものそのままの法案です。 こうした動きに対して、出版界、放送界などを中心に、多くの国民の反対の動きも強まっています。 主たるものは報道規制や救済機関となる「人権委員会」が法務局の外局におかれる等々の問題です。 また国民の中には、同和問題が見え隠れしていることについての懸念も払拭されていません。
各紙で懸念が表明/市民の言動まで規制する危険!
人権擁護法案は、「侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」と表現していますが、何を差別的と判断するかは人権委員会まかせで、いくらでも恣意(しい)的な解釈と適用が可能です。 なかでも相手を「畏怖(いふ・恐れおののくこと)させ、困惑させ」「著しく不快にさせるもの」は「差別的言動」とされます。 人権委員会によって「差別を助長、誘発する」とされたものは、「差別助長行為」として、予防を含め停止の勧告や差し止め請求訴訟ができる仕組みです。 これでは市民の間の言動まで「差別的言動」として人権委員会が介入し、規制することになれば、国民の言論・表現の自由、内心の自由が侵害される恐れがあります。
「差別」を口実とした市民生活への介入といえば、かつて「解同」(部落解放同盟)が一方的に「差別的表現」と断定し、集団的につるし上げる「確認・糾弾闘争」が問題になりました。 「糾弾」は学校教育や地方自治体、出版・報道機関、宗教者などにもおよび、校長の自殺など痛ましい事件が起きました(今日でも後を断ちません)。
「糾弾闘争」は現在でも後を絶っておらず、今回の法案は「解同」の運動に悪用されかねません。 人権擁護法案どころか逆に、人権侵害法案となることが心配されます(しんぶん赤旗、2005年3月17日)。
「人権擁護法」の国会提出を許すな!
実はこの人権擁護法案の提出の背景には、同和問題、「部落解放同盟」が深く関わっているのです。
同和教育・啓発は、同和地区の実態から乖離し、批判が強まっていくころに、「人権教育・人権啓発」と衣をかえて再構築されました。 それがやがて、人権擁護法案となってあらわれてきたのです。 人権擁護法案の背景には複雑な経緯がありました。
全国人権連は、人権擁護法案に反対し、闘争本部を設置。 人権擁護法案の国会提出について断念するよう、政府・与党や関係機関に要請しています。
全国人権連の闘争本部は、本部長に千本美登副議長、本部員に吉村駿一副議長、新井直樹事務局長、中島純男事務局次長、植山光朗、前田武、内海ハル子各常任幹事があたっています。
人権擁護法案関連は、下記をご覧ください。