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 全国人権連 > 教育・啓発 > 森意見書への意見

 弓矢事件の「弓矢人権裁判」は、2005年12月6日、名古屋高等裁判所民事第2部において結審し、判決は2006年3月20日に言い渡されることとなりました。 12月6日に向け、12月5日に、「森意見書への意見」が弁護団から名古屋高裁民事第2部に提出されました。 これは梅田修氏が作成した意見書に対し、「梅田修氏作成意見書への検討」と題する森実氏の批判に対する反論です。 「梅田意見書」「森意見書」の内容とともに、教育行政を考える上で非常に重要なものですので、ここにその全文を掲載します。


 平成17年(ネ)第19号慰謝料請求控訴事件

意見書。 森意見書(乙ロ第119号証)への意見

 名古屋高等裁判所 民事第2部 御中

平成17年12月5日

       

 本意見書は、梅田修が作成した意見書(甲124、以下梅田意見書)に対してなされた、「梅田修氏作成意見書の検討」と題する大阪教育大学教授・森実氏の意見書(乙ロ第119号証、以下森意見書)に対する批判(反論)である。

  

第1 梅田意見書の主張

 梅田意見書は、三重県教育委員会「三重県同和教育基本方針」(1999年2月26日改定)を検討し、総括的に次のように指摘した。(梅田意見書32〜33頁)

  1.  部落問題の解決が前進する中で、国の同和対策の終結がはかられていった時期、三重県教育委員会は、従来の「三重県同和教育基本方針」を改定までして同和教育重視の姿勢を示した。ここに近隣府県とは異なった三重県教育委員会の特徴がある。

  2.  なぜ「三重県同和教育基本方針」を改定したのか。「新・同和教育基本方針」によれば、改定の根拠になったのは、「部落差別を助長・容認する社会意識やしくみが依然として根強く残っている」という部落問題認識である。だが、これを導くための実態認識は妥当性に乏しく、ましてや「部落差別を助長・容認する社会意識やしくみ」の存在はほとんど論証されていない。論証されないままに「部落差別を助長・容認する社会意識やしくみ」の「根強さ」が強調され、同和教育重視の根拠とされている。

  3.  それだけではない。「部落差別を助長・容認する社会意識やしくみ」の「根強さ」の強調は、部落差別は解消の方向に向かっているという認識ではなく、部落差別はこれからも不断に生じ得るという認識を導き出す。そして、「新・同和教育基本方針」は、「同和問題の解決を図ることは・・・・・・県民一人ひとりが取り組むべき課題である」といった「県民の責務」を指摘するとともに、「すべての教育関係者」には、「同和問題に対する正しい認識を深め、部落差別を解消するための自らの責務を自覚し、同和教育に取り組む」ことを求めるのである。これは、学校内外を問わず、教師個人の資質として教師の言動・認識を責め立てる論理を内包している。
     だが、こうした「県民の責務」基底には、何の根拠もない。「新・同和教育基本方針」が依拠した「人権が尊重される三重をつくる条例」からも、こうした責務は導き出し得ない。

  4.  さらに、学校での問題の解決にあたって、「新・同和教育基本方針」は、「市民団体等との積極的な連携・協力体制に確立に努める」ことを指摘する。だが、部落問題の解決にあたって焦点になってきたのは、「民間団体等との連携・協力の在り方」である。これに対して、三重県は、「同和教育と政治運動や社会運動の関係を明確に区別し、それらのウンドウそのものも教育であるといったような考え方はさけられなければならない」といった指摘(文部省など)を無視するなど、不承認の意思表示ともいえる態度をとり続けている。それだけではない。「差別事象」の解決にあたっては、関係団体との協議を不可欠な過程として位置づけているのである。

  5.  以上のように、三重県教育委員会及び松阪商業高校の同和教育推進教員・同和教育推進委員が依拠したとされる「新・同和教育基本方針」にこそ重大な問題点が存在する。これが、本券事案で問題とされている三重県教育委員会及び松阪商業高校の同和教育推進教員・同和教育推進委員の行為を助長・容認するものであったということができる。

    

第2 森意見書の問題点

 梅田意見書の総括的な指摘(第1)に照らして、森意見書の問題点を整理しながら顕彰する。

1 「同和教育は人権教育の重要な柱」をめぐって

 梅田意見書は、1996年以来の政府関係機関の動向及び三重県の対応を検討しながら、「三重県は、人権教育の展開の中で、同和教育をとくに重視するという方針・施策を確認した」と指摘した。(梅田意見書6頁)

 これに対して、森意見書は、「三重県人権教育基本方針」は、「同和教育の理念や成果を重要な柱として位置づける」と述べていること、梅田意見書が指摘するような「同和教育を重要な柱とする人権教育」という表現は一カ所しかないことから、三重県教育委員会が「もっぱら同和問題のみに取り組む人権教育」を進めているかのように批判するのは、誤読をひろげるものだと指摘する。(森意見書6〜8頁)

 だが、これは表現上の言い回しにすぎない。人権教育の推進の「基本理念」の項で、同和教育に限って(障害児教育や男女平等教育などには言及せず)、ことさら「同和教育の理念や成果を重要な柱として位置づける」ことを強調し、「基本理念」の最後に「三重県教育委員会は、このようなことを踏まえて、同和教育を重要な柱とする人権教育を積極的に進める」と結んでいるのである。

 こうした事態を踏まえて、「三重県は、人権教育の展開の中で、同和教育を特に重視するという方針・施策を確認した」と指摘したのである。(梅田意見書6頁)

 なお、念のために付け加えれば、梅田意見書は、三重県教育委員会が「もっぱら同和問題にのみ取り組む人権教育」を進めているかのように指摘していると批判するのは、それこそ誤読である。

2 「部落差別の深刻さ」をめぐって

(1) 森意見書は、いきなり「梅田修意見書の土台には、部落差別の現状に対する軽視がある」と指摘する。(森意見書3頁)
 梅田意見書が問題にしたのは、三重県教育委員会「新・同和教育基本方針」の中にある、「部落差別を助長・容認する社会意識やしくみが依然として根強く残っている」という部落問題認識の妥当性である。何を根拠にこのような認識を表明しているのかを問題にしたのであって、梅田や森やましてや学生がどう認識しているかを問題にしたのではない。仮に「行政が把握する差別事象として結婚はなかなかあがってこず、把握されやすい『落書き』『差別発言』が多くを占める」(森意見書4頁)のだとしたら、逆に三重県教育委員会は、把握しにくい「部落差別の絡んだ結婚差別」の事実をどのように確認しているかが問題となる。むしろ森意見書が問うべきは、梅田意見書ではなく、三重県教育委員会の認識である。

(2) 「新・同和教育基本方針」は、「依然として低学力傾向や進学率・中退率の較差があり・・・・・・学校や地域社会において部落差別事象が相次いで発生している」こと、「これらの背景には、部落差別を助長・容認する社会意識やしくみが依然として根強く残っている実態がある」と指摘している。
 梅田意見書は、三重県・三重県教育委員会の資料をもとに、実態認識(「依然として低学力傾向や進学率・中退率の較差があり・・・・・・学校や地域社会において部落差別事象が相次いで発生している」)の妥当性は乏しく、ましてや「部落差別を助長・容認する社会意識やしくみ」の存在はほとんど論証されていないと指摘した。
 これに対して、森意見書は、第一に、三重県教育委員会がおこなった小学生・中学生を対象とした「学力・生活実態調査」(1994年度)、高校生を対象とした「学力・生活実態調査」(1996年)において、同和地区内外による学力形成要因のちがい、高校卒業後の進路を規定する階層的要因と同和地区特有の要因を明らかにしており、「梅田意見書が必要だとする分析は、すでに三重県教育委員会によって行われている」と指摘している。(森意見書15頁)
 だが、同和地区(当時)の状態は地域によって異なっており、全県的レベルの分析だけでは自体の本質はつかめず、最低でも地方間格差を手がかりにした地方別分析が必要ではないかという梅田意見書の指摘には答えていない。また、高校卒業後の進路を規定する「同和地区特有の要因」とは何か、それは「部落差別を容認・助長するしくみ」の存在(どういう「しくみ」かも含めて)を証明しているものなのかにも言及していない。
 第二は、「学校や地域社会において部落差別事象が相次いで発生している」とされる「差別事象」については、大阪府同和対策審議会答申(1992年3月)を引用している程度で、三重県の事例に即した反論はまったくない。「部落差別を容認・助長する社会意識」の存在は指摘できないでいる。だとすれば、森意見書は、「部落差別を容認・助長する社会意識(やしくみ)が依然として根強く残っている実態がある」とする三重県教育委員会の認識こそ問題にすべきである。

3 「県民の責務」をめぐって

 梅田意見書は、「新・同和教育基本方針」が、「同和問題の解決を図ることは・・・・・・県民一人ひとりが取り組むべき課題である」(「県民の責務」)と規定し、「すべての教育関係者」には、「同和問題に対する正しい認識を深め、部落差別を解消するための自らの責務を自覚し、同和教育に取り組む」ことを求めているが、こうした「県民の責務」規定には何の根拠もないことを指摘した。

 これに対して、森意見書は、「人権教育の推進に当たって、一人ひとりが自分自身の課題と結んで考えられるようになることは同和教育だけでなく、さまざまな課題に取り組む教育において常に大切にされてきた(森意見書8頁)などと述べて「同和問題を自分に関わる重要な問題であるととらえられるような教育の推進」の問題にすり替えて批判している。教育関係者の責務についても、「あらゆる差別について正しい認識を深め、差別意識を解消しようとすることは、すべての教育関係者のしかるべき責務である」(森意見書11頁)などと述べて、「あらゆる差別について正しい認識を深め、差別意識を解消しようとする」教育の問題にすり替えて批判している。

 梅田意見書が指摘したのは、特定の社会問題(同和問題・部落差別)の解決に対して、「県民一人ひとり」や「すべての教育関係者」に責務があるとする根拠はないという指摘である。森意見書は、「新・同和教育基本方針」が依拠した「人権が尊重される三重をつくる条例」第四条(県民等の責務)からさえ、こうした責務が導き出し得ないという梅田意見書の指摘にもまともにこたえていない。

 なお、森意見書には、資料として、三重県教育委員会「外国人等児童生徒の人権に係わる教育指針」(2003年3月)が添付されている。ここには、「教育関係者は在日韓国・朝鮮人をはじめとする外国人等児童生徒教育についての理解・認識を深める」との指摘はあるが、「すべての教育関係者」は外国人問題を解決するための「自らの責務」を自覚すべきだといった類の指摘はない。

4 民間団体等との連携・協力の在り方について

 「新・同和教育基本方針」が、「市民団体等との積極的な連携・協力体制の確立に努める」ことを指摘しているが、焦点になってきたのは「民間団体等との連携・協力の在り方」である。梅田意見書は、これについて、三重県は、「同和教育と政治運動や社会運動の関係を明確に区別し、それらの運動そのものも教育であるといったような考え方はさけられなければならない」といった指摘(文部省など)を無視するなど、不承認の意思表示ともいえる態度をとり続けてきたことを批判した。

 これに対して、森意見書は、まず「焦点になってきたのは、民間団体等との連携・協力の是非ではなく、民間団体等との連携・協力の在り方である」との梅田意見書の指摘(23頁)には賛意を表明する。

 ところが、「同和教育と政治運動や社会運動の関係を明確に区別し、それらの運動そのものも教育であるといったような考え方はさけられなければならない」といった文部省などの指摘の意味は、「市民団体と関わらないことによって中立性を確保するということである」(森意見書17頁)といった珍説を披瀝する(文部省などが主張してきた「教育の中立性」の解釈としては、はじめてふれる見解である)。

 この珍説を前提にして、「原理的に、人権侵害に取り組む場合、人権侵害を受けた当事者個人や当事者集団の形成している市民団体との連携が不可欠である」(森意見書17頁)と結論づけるのである。これは、「焦点になってきたのは、民間団体等との連携・協力の是非ではなく、民間団体等との連携・協力の在り方である」との梅田意見書の指摘に賛意を表明しながら、実際は、「積極的に市民団体との連携を図ることによって中立性を確保する」ことを強調する。そして、森意見書は、民間団体等との「連携の必要性を認めた上で中立性を実現するためには、教育委員会や各学校などが主体性をもたなければならない」(森意見書17〜18頁)と、やっと中立性の中身にふれる。では、教育委員会の主体性とは何か。森意見書は、主体性の基盤となるのは「人権教育基本方針」や「同和教育基本方針」といった「基本方針」の類だという。

 しかし、この主張には中味がない。これは、教育委員会の主体性は、「新・同和教育基本方針」などの作成によって担保されるというものである。ところが、「新・同和教育基本方針」は、「市民団体等との積極的な連携・協力体制の確立に努める」ことを掲げている。したがって、この方針にもとづいて「市民団体との積極的な連携・協力体制の確立に努める」ことが「中立性の実現」につながるはずだということになる。

 ここでは、「民間団体等との連携・協力の在り方」の検討は事実上放棄されている。今回の事態(部落解放同盟の糾弾に対する三重県教育委員会の連携・協力)についても、「今回の事象に対して、果たしてどうだったか検討する必要があろう」(森意見書18頁)などと判断を回避している。また、三重県教育委員会『学校管理下における危機管理マニュアル』(平成12年9月/甲89)は、「差別事象」が生じた場合、「その事象に対する学校・組織・団体の関係者が集まり、事象を確認・把握しながら、学習・協議する場をもつことによって、共に社会的な解決に向けた取り組みを進めることを目的」として定め、関係団体との協議を不可欠な過程として位置づけていること(これ自身学校の主体的な解決の尊重という観点を欠落させている)についての意見も回避している。森意見書自体が、「教育の中立性」に関する見解を欠落させている。

5 教育関係者の研修をめぐって

 梅田意見書は、学校における同和教育推進委員などの任務を定めた三重県教育委員会の文書の中に、「全教職員が部落差別を解消するための自らの責務を自覚するような研修の充実に努める・・・・・・。」「すべての教職員が部落差別をはじめとするあらゆる差別を解消するための自らの責務を自覚するような研修の充実に努めるとともに、学校全体としての人権・同和教育の推進を図る。」との規定があることを問題とし、こうした恣意的規定(指摘されている責務には根拠がない)を根拠にした研修は、教育公務員特例法第19条第1項に規定する「職責の遂行」とは無縁であると指摘した。

 これに対して、森意見書は、梅田意見書が「教育委員会が人権教育に関する研修の充実に努めようとしていることをさして問題であると見なしている」(森意見書15頁)と批判している。これは、梅田意見書が、あたかも「人権教育」に関する研修を全体として問題にしているかのようにすり替えた批判である。むしろ森意見書は、上記の責務(根拠のない)を理由とした研修を認めるのかどうか明確にすべきなのである。

終わりに

 森意見書は、十分な論証抜きに、「差別の深刻さ」と運動団体との連携・協力の必要性を強調した文書となっているといってよい。

* 弓矢事件とは

 1999年、三重県立松坂商業高校の弓矢伸一教諭(当時)が、近所での会話を「部落解放同盟(解同)」や県教育委員会、同和教育推進教員らによって「差別発言」とされ、彼らによって「みずからの『差別心』を掘り起こせ」と、反省文(謝罪文)を書くことを強要され、400人が動員された「糾弾会」でつるしあげられるなど、内心の自由やプライバシー等の人格権という、憲法上の基本的な権利を侵害された人権侵害事件。

 弓矢教諭の問題の発言については、その場に居合わせた人が「問題がある」と指摘しており、弓矢教諭もみずからの発言の問題性について率直に認め、謝罪しています。 部落差別につながりかねない発言を聞いた人が、その場で本人にその不当性を指摘し、発言した本人もすぐにそれを認めて謝罪する・・・・・・・。 これは民主主義の前進にとって、好ましいことです。 この両者間では、部落差別は不当なものであり、許されないものであるという認識で一致しているのです。 しかもこの時点では、誰も被害をこうむっていないのです。 本来なら、この時点で「問題」は解決し、「事件」は完結したと言うべきです。

 しかし「解同」と三重県教委、同和推進教員らは、これを強引に「事件」化し、全校生徒・教職員の前で、弓矢教諭を「差別者」として謝罪させる全校集会を企図。 その渦中で悩み、苦しんだ校長が自殺に追い込まれるという痛ましい犠牲も出しています。

 それだけでなく、県教委は「解同」の「確認・糾弾」を、「同和研修の場」と位置づけ、多くの教員に出席を命じています。 「解同」の「確認・糾弾」は、法務省が「解同」と名指しした上でその違法性を指摘し、「確認・糾弾会には出席すべきでない」「出席する必要はない」等と指導しているところです。

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