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部落問題解決の到達点と部落解放運動の歴史的教訓

  はじめに

  全解連は、社会問題としての部落問題の基本的な解決の到達点を踏まえ、部落解放運動の発展的転換をはかり、人権と民主主義、住民自治をめざす地域住民運動へ組織的改変を行うことにした。 この新たな組織は全国地域人権運動総連合である。

 全解連第34回定期大会の写真 全解連は、この歴史的意義を踏まえ「部落問題解決の到達点と部落解放運動の歴史的教訓」を公表し、これまでの82年に及ぶ部落解放運動に幕を閉じ、組織の発展的転換をはかるものである。

  全解連の歴史は、部落解放同盟正常化全国連絡会議結成以後、「解同」による反共分裂主義の策動とたたかいながら、矢田事件、八鹿高校事件など暴力的な攻撃と果敢にたたかい、これらの運動の結果、政府自身が「確認・糾弾行為」を否定せざるを得なくさせた。 また全解連は、経過的特例的措置としての同和行政の目的と性格を明らかにし、この国民的な合意形成を図る中で、「解同」の半ば永久的な同和行政の存続要求を退け、同和行政終結への大きな流れを国と自治体で作り出した。 このような歴史の歯車を主体的に押し進めたことが、部落解放運動の発展的転換を実現させることにつながったのである。

  これまでの多くの人びとの努力と献身に心から感謝を申し上げ、新しい運動の創設に向けた我々の取り組みに引き続くご協力を訴えるものである。
     

 一、どこまで部落問題は解決したか

 1、部落問題の性格と解決の状態

  全解連は部落問題の性格規定及び部落問題が解決された状態を定式化してきた。

  部落問題とは、封建的身分制に起因する問題であり、国民の一部が歴史的に、また地域的に蔑視され、職業、居住、結婚の自由を奪われるなど、不当な人権侵害をうけ、劣悪な生活を余儀なくされてきた問題をいう。

  部落問題の解決とは、・部落が生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正されること、・部落問題にたいする非科学的認識や偏見にもとづく言動がその地域社会で受け入れられない状況がつくりだされること、・部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服されること、・地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現すること、である。

 2、部落の変化をどうみるか

 (1) 同和対策審議会答申と部落問題の位置づけ

  同和対策審議会答申は、1960年代当時の状況を反映して「同和問題」の性格を「もっとも深刻にして重大な社会問題である」と規定した。 その後、同和対策事業特別措置法が制定され、3度に及ぶ法律の名称変更が行われ、特別対策は約16兆円の事業費が全国4603地区に投下された。 部落住民自身の努力、民主勢力の取り組み、行政・教育関係者をはじめ国民各層の理解と協力など、多方面にわたる解決の努力によって「社会問題としての部落問題」は基本的に解決した状況に至ったといえる。

 (2) 部落の瓦解現象の進行

  同和対策審議会答申が出されて以後、国民的な努力とともに社会構造の急激な変化にともない、部落を形成してきた枠組みが崩れてきた。その結果「部落」に瓦解現象が大きく進行し、現在なおその現象は継続している。

  部落の瓦解現象は、同和地区における混住率の増加、同和地区外への同和関係人口の流出、部落内外の結婚の増加となって現れている。 同和地区では、過去22年間に急激な混住化が進行し、地区全体の中で同和関係者の比率が過半数を割る状況になっている。 また、同和地区自身の人口は増加しているにもかかわらず、同和関係者が他地域へ大量流出している。 さらに、部落内外の結婚は、高学歴化の進行、社会的交流の促進、旧身分にこだわらない意識の成長などを反映して、急増してきている。この結果、身分制の重要な要素であった系譜的血縁関係が大きく崩れ去り、すでに歴史的に「部落民」という用語が現実味をおびなくなってきている。

  部落問題に係わる独自課題が薄れ、国民融合が促進される状況のもとで、部落という地域を対象にし、部落住民のみを基本的に組織する運動形態は、運動による旧身分の固定化に通じるものであり、この時代にふさわしくないものとなっている。
                

 二、部落解放運動の教訓            

  •   部落解放運動の歴史は、封建的身分差別の残りものを克服し、わが国における民主主義を確立するたたかいであった。 1922年に創立された全国水平社は、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と謳いあげた。全国水平社の綱領では、「吾等は人間性の原理に覚醒し人類最高の完成に向かって突進す」と、この運動の理念が人間の尊厳の保障と自由で平等な社会の実現であることを示した。このことは、部落解放運動がすぐれて民主主義の思想につらぬかれた運動であることを示している。   

  •  戦前の部落解放運動は、天皇制権力のきびしい弾圧と懐柔にめげず、天皇の名のもとに国民相互の融和を説く「融和運動」を批判しながら、階級的融和、人民的融和の方向を打ち出し、戦争と暗黒支配のもとで解体したとはいえ、歴史課題としての部落問題解決の地歩を築く先駆的な役割を果たしたといえる。

  •  戦後の部落解放運動は、部落差別に反対し基本的人権の確立の旗を高く掲げ、部落住民の諸要求の実現と部落住民の経済的、社会的、文化的地位の向上をめざす運動を繰り広げた。 また部落解放運動は、部落問題解決の立場から自由と民主主義を破壊する政治反動とたたかい、人権と民主主義を前進させる立場から、社会進歩をめざす統一戦線の一翼として運動を前進させてきた。            

  •  戦後の部落解放運動は、劣悪な生活環境などの条件のもとで憲法の生存権に依拠した運動を前進させ、人間らしい生活をおくる権利の内実を豊かなものに発展させ、暮らしに憲法をいかす運動の一翼を担ってきた。 こうした運動の前進に対して支配権力による住民の要求を同和行政の枠内に吸収し住民支配を貫徹させる動きが強まった。          

  •  戦後の部落解放運動において、60年代末に部落解放同盟内に「部落民以外すべて差別者」とする部落排外主義が台頭し、暴力的な組織排除をともないながら、ついに組織の分裂にまでいたった。 この部落排外主義は、暴力的な糾弾闘争を背景に、不公正・乱脈な同和行政や偏向教育を強要するなど、地方自治と教育を大きくゆがめた。 しかも新たな差別を生みだし、部落問題解決の逆流をつくり出した。 この間の部落解放運動はまさに部落排外主義とのたたかいをぬきに語ることができない。部落排外主義は、部落問題解決の逆流、自由と民主主義への敵対、国民の自由と権利の蹂躙を特徴としている。  

  •  国民融合論は、このような部落排外主義との果敢なたたかいの中で、理論的政策的に確立された。 国民融合論は、部落差別が封建的身分制に起因するものであり、同一民族内の問題との立場から、この解決は部落が他から分離独立することでもなければ、他を見下すことでもなく、部落内外が水平の状態を実現し、旧身分を理由にした垣根を取り払えば解決できる性格の課題であること明らかにした。 この国民融合論は、その後のたたかいを反映して理論的政策的にも大いに深められ、部落問題解決の大道をひらく道しるべとなった。         

  •  33年間に及ぶ同和対策は国と地方あわせて約16兆円にのぼる同和予算が投下されたが、その一部を特定団体などが私物化したものの、全体としては公正・民主の同和行政の確立、全解連をはじめ部落住民の自立の助長、国民の理解と協力などとあいまって、部落の生活環境と生活実態の改善、偏見の社会的克服を前進させた。 ただ、このような成果とともに同和対策が与えた部落解放運動への否定的影響や行政の主体性の欠如、自由な意見交換の抑制、エセ同和行為の横行など、少なからぬ負の側面も決して無視できず、この克服は現在なお解決への努力が求められている。        

  •  全解連結成の意義は、真の部落問題解決をめざし、部落の中から主体的に国民融合を押し進める集団運動としての真価と、この大道に立ちふさがり逆流の役割を担う部落排外主義との果敢なたたかいにあった。 その結果、全解連が果たした様々な分野への社会的影響と部落問題解決への能動的な作用は計り知れない意義があったと確信する。 たとえば部落排外主義による「言葉狩り」に反対して、日本社会で言論と表現の自由の守る先駆的な役割を果たしてきた。          

  •  部落解放運動は、歴史の発展法則とこれを合法則的な流れとして促進する人間の集団運動こそ、歴史課題を前進・発展させる原動力であることを実証した。 82年に及ぶ部落解放運動の歴史は、部落住民を積極的に組織し、人間の尊厳と権利の確立をはかる立場から住民の諸要求の実現をめざし、そのために集団の力で地域住民運動を展開することにより、部落問題解決の主体者として成長し、歴史課題である部落問題の解決を成し遂げることであった。
                  

  最後に

  部落差別の解消形態は、これを支える社会的な仕組みがなくなっても、なお一定期間残存し、しかも緩やかな形で徐々に死滅していくものである。 旧身分にこだわらない市民としての地域人権運動こそが、最終的で根本的な部落差別の解消策となる。 ここに新しい地域人権の運動の意義と役割の一端が存在する。
                  

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