
弓矢人権裁判(*)が昨年10月末、最高裁において三重県側の上告を棄却し、確定しました。 この判決の言い渡しには、「解同」関係被告の責任を不問に付すなどの問題点もありますが、「解同」の「確認・糾弾」などをあらためて否定するなど、重要な点も指摘しています。
これらのことから1月15日、中央人権共闘、全国人権連、国民融合全国会議の3団体は共同で、「弓矢人権裁判の終結にあたって」とする声明を発表しました。 以下に全文を掲載します。
弓矢人権裁判の終結にあたって
2007年1月15日
中央人権共闘会議
全国地域人権運動総連合
国民融合全国会議
昨年10月末、最高裁判所は弓矢人権裁判について三重県の上告を棄却し、それぞれの上告受理申立を受理しないと決定した。
これにより、名古屋高裁の判決が確定した。
高裁判決は、県教委の確認会・糾弾会出席強要と同推教員らによる糾弾会提出のための「反省文」作成強要を違法とした一審津地裁判決に加え、三重県教委らの違法行為をさらに広く認定して賠償責任の根拠と認め、330万円の慰謝料支払いを三重県に命じた。
一方で高裁判決は、事案の核心をなす「お嬢さんの将来にいいかもしれませんね」との弓矢教諭発言と町内会分離運動を「比較的重大な部落差別事件」と断定し、なにが差別かの論拠も示さないまま、この断定に寄りかかって確認・糾弾会を主催し実行した「解同」関係被告の責任を不問に付すという重大な誤りを犯している。
にもかかわらず、判決が内心の自由への侵害は違法として確認・糾弾に制約を課し、その確認・糾弾会への出席強要と反省文、感想文の作成強要やそれの配布など、糾弾の準備行為、関連行為を明確に違法としたことには意味があり、確認・糾弾行為の強行実施を不可能にするものである。
「解同」、県教委、教職員組合を含む同和教育体制とそれを梃子とした学校・教員支配、県下すべての市町村における差別撤廃条例の制定という「解同」翼賛体制のもとでのたたかいとして大きな前進と言うべきであろう。
我々は、違法・不当な暴力・糾弾とそれに迎合・同調した行政・教育に裁判上の決着をつけるたたかいと位置づけ共同して支援を訴えてきたが、今回の判決が持つ積極的な意義を確認するものである。
とはいえ、判決確定をもって事態がすべて解決するものでないことは言うまでもない。
判決を武器として三重県の不公正な行政・教育を正すたたかいはむしろこれからである。
今日、大阪、京都、奈良における「解同」利権と行政の乱脈・不正に対する怒りは、新たな世論の広がりをつくりだしている。「解同」問題は三重県行政、教育においても最大の弱点の一つであり、この問題を追及することによって大きな転換の展望を開くことも不可能ではない。
我々はひきつづき三重県民のたたかいを励まし、連帯するものである。
* 弓矢事件とは
1999年、三重県立松坂商業高校の弓矢伸一教諭(当時)が、近所での会話を「部落解放同盟(解同)」や県教育委員会、同和教育推進教員らによって「差別発言」とされ、彼らによって「みずからの『差別心』を掘り起こせ」と、反省文(謝罪文)を書くことを強要され、400人が動員された「糾弾会」でつるしあげられるなど、内心の自由やプライバシー等の人格権という、憲法上の基本的な権利を侵害された人権侵害事件。
弓矢教諭の問題の発言については、その場に居合わせた人が「問題がある」と指摘しており、弓矢教諭もみずからの発言の問題性について率直に認め、謝罪しています。 部落差別につながりかねない発言を聞いた人が、その場で本人にその不当性を指摘し、発言した本人もすぐにそれを認めて謝罪する・・・・・・・。 これは民主主義の前進にとって、好ましいことです。 この両者間では、部落差別は不当なものであり、許されないものであるという認識で一致しているのです。 しかもこの時点では、誰も被害をこうむっていないのです。 本来なら、この時点で「問題」は解決し、「事件」は完結したと言うべきです。
しかし「解同」と三重県教委、同和推進教員らは、これを強引に「事件」化し、全校生徒・教職員の前で、弓矢教諭を「差別者」として謝罪させる全校集会を企図。 その渦中で悩み、苦しんだ校長が自殺に追い込まれるという痛ましい犠牲も出しています。
それだけでなく、県教委は「解同」の「確認・糾弾」を、「同和研修の場」と位置づけ、多くの教員に出席を命じています。 「解同」の「確認・糾弾」は、法務省が「解同」と名指しした上でその違法性を指摘し、「確認・糾弾会には出席すべきでない」「出席する必要はない」等と指導しているところです。
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