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 1998年9月16日午前  コペンハーゲン市内の「スクールサービス」(日本でいうと、教育委員会の
出先機関のようなところで、学校が地域の博物館利用を積極的に進め、博物館側も学校教育の諸実践
から学ぶ)を訪ねた。さらに同日、午後は同じ市内の国立博物館の教育サービス部のマレーテ氏を訪ねた。
以下は、短時間の取材ではあるが、筆者の印象に残ったことを中心に紹介したものである。
 
 コペンハーゲンのスクールサービスと国立博物館の教育活動
 
 かねてよりスクールサービスの実態を調査したく、お会いしてお話を伺いたいと思っていた、責任者のPaul Vestergaard 氏に何とかアポイントが取れ、彼のオフィスを訪ねることができた。
 このスクールサービスは、日本でいうなら今はやりの「社会教育施設と学校教育の連携」ということになるだろうか。しかし、日本はこの連携のパイプは組織的にあるわけではなく、個々の社会教育施設が学校や教育委員会に呼びかけるという形で、あるいは事実上できている「関係」であって、あらかじめ連携それ自身を目的としたコーデュネイト機関があるわけではない。しかし、デンマークの場合、すでに30年前からこの「スクールサービス」という機関ができておりそれは、学校教育と社会教育の接点を積極的に作り出すという役割を果たしているのである。
 Vestergaard氏によると、このスクールサービスは学校教師の自己研修のための場でもあり、博物館どうしの情報交換の場でもあり、博物館のeducatorたちのプログラム開発のためのアイディアづくりの場でもある。
 


 1)行政組織とスクールサービス
 
 デンマークの地方自治体と政府の関係は、Government−State−Amt−Comune というラインで表すことができる。日本の「関東」や「九州」に相当するのがState、Amtは、県と市町村の中間程度の大きさであり、Comuneは最も小さな自治のユニットで、日本の「小学校区」のような広がりを意味すると考えてよいだろう。というのは、Comune1つについて小中学校1つの設立が義務づけられているからだ。
 デンマークには257のコミュ−ンが含まれており、スクールサービスはAmtごとにひとつづつ設けられることになっている。コペンハーゲンが位置するシーランドは5つのAmtがあり、コペンハーゲン市はコペンハーゲンAmtに含まれ、Vestergaard氏はコペンハーゲンAmtのスクールサービスの責任者なのである。デンマーク全体では20程度のAmtがあり、Amt1つにつき1つの公立高校をもつことが決められている。そして、Amtごとに予算がたてられて、このスクールサービスという独立した機関が営まれているわけである。
 コペンハーゲンのスクールサービスのメンバーは、彼を含め7名で、主として情報交換のためのニュースレターの発行や各博物館での新しいプログラム開発のアドバイスや宣伝、学校の教師のトレーニング講座の準備と実践などが主な仕事となっている。会合は、予算関係で年1回と、他に年4回程度の報告会、メンバーどうしの研修などにあてられている。もちろん、教師たちとのプログラムの内容の反省や将来計画なども話し合われている。
 Vestergaard氏のお話によると、スクールサービスのよいところは、とくに、学校の教師が日頃の教室での教育技術の向上に、博物館などでの実践的なプログラムのノウハウが生かされること、そして、博物館の有効な利用方法を豊富な事例から学ぶことができる点である。氏の言葉をお借りするなら、「学校の先生方は、常日頃子ども達のことをよく知っているので、博物館での子ども達の喜ぶプログラムを実際に体験してもらって、博物館のサービス部門(コペンハーゲン動物園でいうなら教育部門)の人々といっしょに、博物館の活動を楽しんでもらうことが大事だ」ということだ。そして、うらやましいことに、デンマークの学校はだいたいお昼で終わるので、学校の先生は午後から夕方にかけて3時間ほどそうした博物館独自のプログラムについて学んだりディスカッションしたり、実際に博物館に出かけてそれを見てきたり、それが可能なのである。
 これは元をたどれば、70年代に教育問題で国が真剣に議論をして作り上げてきた「学校教育のガイドライン」の性質にもよるとのこと。教育内容について「教師を縛る」のではなく、ある程度のガイドラインを文部省が提示すると、あとは教師が教科書を選び、内容も自由に組み立てることができる、そういうシステム自体が産んだ「スクールサービス」の諸活動なのであろう。
 「たとえば」、と言ってVestergaard氏のあげてくださった例は、日本の幼稚園では入学前に文字を教えることがあると聞いているが、デンマークでは幼稚園で「何かものを教える」ことはガイドラインになく、それは小学校からで、幼児教育で最も重視されているのは「体験」なのだと。
 また、デンマークでは大学生がEDUCATORとして活躍することが大変多く、私がコペンハーゲン動物園での教育プログラムに、大学生がパートタイムでEDUCATORとして関わっているところをまさに見てきたところだと言うと、そうした関わり方は一般的で、無償の関わりではなく、責任を持って働いてもらう、という意味で時間給制による雇用をしているとのことである。とくに、博物館外へのガイドツアーやエキスカーションなどでは、学生たちの力によるところが大きく、そのマンパワーが活動を支えていると説明してくださった。そして、マンパワーとは、つまり、互い(博物館側と参加者側、双方)のDAILOGUEが重要であり、それを支えるのが「人」なのだと。
 そして、最後に国立博物館のマレーテ・スタック女史(Ms. Merete Staack)をご紹介いただき、そこの子供向けプログラムや学校との連携について有意義なお話がいただけるはずと、わざわざアポイントをとってくださり、2時間近くにわたるインタビューを終えたのである。
 
 
 

2) 国立博物館の教育部を訪ねて
 
 コペンハーゲンスクールサービスを訪ねたその日の午後、同じ市内にある国立博物館の教育部の責任者、マレーテ・スタック女史をお訪ねし、様々な博物館活動について実際にお話を伺ったり、スタッフの働いているところを見学などさせていただく機械に恵まれた。
 「生きている動物を使った教育的活動」の調査とは直接には関連がないように思われたが、しかし、子供観や教育観、博物館におけるサービス活動のイメージなど、どれもがデンマークにおける「教育」の問題を根底から知る上で有益と思われた。
 
 まず、スタック女史は国立博物館におけるスクールサービスの歴史はまだ新しいこと、むしろこれまでは来館者への直接の働きかけや豊富なプログラムをもつこと(とても大きな博物館なので、様々な部門別にガイドツアーを組むなど)に主力が注がれてきたが、最近は学校がクラスごとにこの博物館をいろいろ利用する傾向が大きくなり、10年ほど前にクラスルームを4つ作ったとのことである。
 この4つの教室は、日本の学校の1クラスを一回り大きくしたような感じで、それぞれ異なる目的にあうよう整備されていた。最初に案内されたのは「pre-history」をテーマにした教室。そこでは子ども達は火打ち石を使って「火おこし」に挑戦する。このプログラムの時は、大人のいわば「火おこし名人」を技術指導のために呼ぶそうである。火打ち石は、遺跡から発掘された「ほんもの」とレプリカが同じ箱の中に同居していて、「ほんもの」にも自由に触れるというのが驚いた点である。
 また、当時の衣服と同じ大きさ、同じ材料、同じ作り方で子ども達が着てみることができるような「大昔の人々の服」が数着かかっていて、これも自由に手にすることができる。これは、麻の紐で編んだ上着、女性は膝くらいまでのスカート、男性用のズボン、マントのような大きな上着などで、腰あてにもなるような大きな肩掛けバックもあった。この服
は、やはり専門家に頼み、色合いや作り方も本物そっくりに再現したものであるという。 次の部屋はがらんとした空間で、ただ細長い机とイスが置いてあるだけである。スライドやフィルムの上映と、時にはミニシアターにもなるとのこと。いわば多目的利用が可能な部屋である。壁には子ども達の絵や仮面が掛かっていて、暖かみが感じられた。上演する劇は、かつては博物館の中庭でやっていたようなパントマイムが主で、学生が上演するという。また、子ども達自身もお面をかぶり、即興の劇をしたりするようである。ただ、スタック女史のお話によると、最近、お面をかぶることを好まない子供が増えているとのこと。自分が他の何者かになってしまうのが怖いらしいのだ。
 あとのふたつの部屋はどちらも「中世」を扱い、バイキングのことと中世の貴族の暮らしをテーマにした場所であった。
 
 さて、このクラスルームの他、子ども達向けのプログラムについてもいろいろお話を伺うことができたが、学校からのブッキングは、電話でも、インターネットでも、あるいは直接窓口でもできる仕組みになっていて、前もってプログラムの内容についての情報を流しており、利用者はそれを選択できるようになっている。常にウェイティングリストもいっぱいで、これらのプログラムの人気の高さがよくわかる。そして、こうしたサービスを積極的に利用する学校の姿勢もわかる。だから、ブッキングサービスの職員はいつも大忙しで、このカウンターを見ていると、まるで旅行会社の受付窓口のような感じを受けたくらいである。
 
 学校の教師向けには、特別に「skole modtagelse」という活動があり、これは、学校側が独自に展開してもらえるようなプログラムの紹介のようなものである。
 先生は、自主的にこの活動に参加し、そこでの体験を学校に持ち帰って、実際に子ども達と取り組むことができるのである。楽しみ方のヒントをたくさんここで得ることができるのだ。
 
 この国立博物館にはユニークな子ども博物館がある。建物としての独立性はないが、子ども博物館と書いた案内に付近にたつと、明るい照明の向こうが少し薄暗くなっていて、「何があるんだろう」と、わくわくさせるような工夫がエントランスに見られた。
 ここのフィロソフィは、「賢い博物館利用のしかたを体験してもらう」というものだとスタック女史は説明してくれた。子ども博物館専属のキューレターはひとりで、彼女のもとにスタッフが4名いる(デザイナーや教育学者、その他のアシスタント)とのこと。また、子ども博物館の中に常駐して、子ども達の利用を手助けしたり、ワークショップの時に手ほどきをする専任のアシスタントがたくさんいる。彼らは、みんな学生で、自ら「こういうことをしたい」と申し出て、博物館の教育サービス部から1時間約1700円で雇用されたアシスタントである。だいたい、1週間に2−3日、一日3−4時間程度働く。 私が訪れたときの子ども博物館のテーマは「現代の生活を考える」というもので、100年前からはじまり、少しづつ時代をさかのぼっていくというスタイルをとっていた。
 また、世界各地のさまざまな生活の様子が、日常生活に使う道具や身につける物などで表現されていて、子ども達向けの体験的民族学展示のような具合であった。
 ここでも、スタッフ(学生などのアシスタント)と訪れる子ども達との「対話」がとても重視されていて、ドレスアップを手伝いながら、いろいろお話をするのが目的なのだとうかがい、アメリカなどでのハンズオン展示の流れとは違う「人間同士の交流」をとても大事にするという、この国ならではの子ども博物館の展示の基礎的な考え方を見た思いであった。つまり、物を手にして何かを感じとる、発見してもらう、というための展示というよりむしろ、展示物を使いながら、子ども達の好奇心や遊び心そのものを「対話」によってより創造的なものにしていこう、とする考えである。未来のクリエーターを大事に育てたい、ということなのだ。
 
 そして、最後にスタッフの方々が働くオフィスを見せていただいたが、どの部屋にもそれぞれの個人の名前がフルネームでプレートにはってあり、「仕事」が「個人」に属していることがよくわかり、日本の「何々室」先にありき、のシステムと全く逆であることも思い知らされた国立博物館訪問であった。



デンマークの社会変化と教育の考え方の変化について
 
 デンマークが工業社会への脱皮をはかったのは、今から60年ほど前にさかのぼるが、子ども達の日常生活にも深刻な変化が訪れた。たとえば、食べ物がいったいどこで作られ、どこからやってくるのか、その大切なことを知る機会が失われたのである。
 伝統的にブタの生産はさかんであり、それは今でも変わらないが、子ども自身は「ブタが生産されている」事は知っていても、実際にブタがどこでどのように生産され、どのように肉になり、自分たちの口にはいるのかは、もはや教えなければわからないのである。
だからそれを教える場がどうしても必要になる。
 一方、ソーシャルデモクラシーの流れの中で、30年ほど前に教育体制が大きく変化した。つまり、子どもを育てるということは、「どの子にも高等教育の機会を与えることだ」という認識が国の教育政策として採用されたのだ。平等に教育の機会が与えられるべきだという考えである。
 そのような大きな変化と相まって、人間が生きていく上で最も基本的な「食べ物」についての知識や国の産業についての知識が、ひろく子ども達の教育内容として整えられるべきだと考えられたのである。だから、コミュニティは子ども達のために学校のみならず、さまざまな教育の場を提供することを自らの義務としてきたのだ。
 デモクラシーの成熟と、博物館をふくむ様々な教育機関の目標や設立の意図は、確かに関連すると痛感した。
つまり、その社会が何にプライオリティーを置くべきだと考えているか、そこにはデモクラシーの成熟度が関連するということである。


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