| 動物園における「家族での学び」を どうとらえるか(Family Learning研究) |
| (以下は、博士論文の一部を要約したものです) |
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動物園は家族連れ来園者層が多く、日常的に、大人が動物展示を見ながら子どもに何事かを教えたり、子どもがさまざまな質問を一緒にいる大人にしている場面は少なくない。学習目的で来園する学校集団ではなく、家族連れであっても、楽しみながらあれこれ動物について解説や質問をしあったり、子どもが動物に対する働きかけの様子を見て、大人同士が語り合う場面も多い。
筆者自身は、子ども同士、子どもと大人(多くは親)、子どもと動物園スタッフ間のやりとりを観察する機会に恵まれており、動物を見るという共通体験が、両者の話題を拡げたり、互いのこれまでの経験や知識を交換している場面によく出会う。そのような場面に散りばめられた数多くの学びの諸相はどのように捉えることが可能だろうか。
1 幼児を含む子どもへの関心
筆者の、動物園における幼児を含む来園者の滞在のようすや、彼らが求めるものについての調査の動機は、「動物園という非日常的な環境で、生きている動物たちを『見る』あるいは『接触する』ということは、当の本人を含む社会的な諸関係(人間関係)のなかで、どのように展開していくのか」への興味に結びついている。
たとえば、幼児の態度や発言に対して、周囲の大人(多くは親や祖父母であるが)が、ときには励まし、うなずき、さまざまな支援を与えている場面があると同時に、何気なくかけていることばに、大人の価値観や動物の見方が如実に出ていたり、子どもの興味に正しく応じてはいないような場面にも出会う。大人からのことばや態度をとおして、子どもは自分自身の動物観すなわち、動物とはどんな存在なのかの認識がつくりあげられていくものである。もちろん、大人の動物に対する「価値観」も、長い歴史の中で培われ、その時代の社会に共通した動物観や生命観が生み出されており、時代を経て創り上げられた動物の見方が、世代間に実際に受け渡され、それは実際に動物を目の前にして交わされる大人と子どものことばや態度のやりとりのありように、具体的に表れる。
しかしながら、おそらく大人ほどは動物との接触を経験していないはずの幼児の行動や言動の中に、筆者はきらめきとでもいうか、何か原初的な「動物と人間のかかわり合い」や関係の原点をみるような印象を、しばしば持つ。接近し、動物に呼びかけ、挨拶をし、可能なら触れたり軽くたたいたりする。幼児が見せる生き物との関わりかたの自由さや素直な表現の仕方は、あらかじめ大人のような「観」にとらわれないからこそ、たいへんに興味深い。その子どもの行動やことばがけの具体的な特徴に、自分にない感じ方を、大人が見て取ることもあるだろう。その瞬間に、子どもの内面に触れたように感じて、その子どもに対する理解が深まることもあるに違いない。
筆者は、動物園を舞台に展開する、大人と幼児を含む子どもとの間の、具体的なやりとりを把握することにより、動物の見方や興味関心、逆に恐れや拒否などがどう伝えられていく可能性があるのかを知りたいと考えた。
このような、幼児を含む家族連れ来園者のみせるさまざまな行動への日常的関心にもとづいて、筆者が来園者研究に着手することは、前項に述べたような「博物館来館者研究の動向」すなわち、家族の成員どうしの社会的相互作用を含む学習の諸相をみようとする研究動向とも一致しており、それ故、「幼児を含む家族連れ」のやりとりを「学習場面」として分析することに、来館者研究上の意義があると言える。
2 本研究における「学習体験の理解」の定義
第1章の来館者研究の流れでも触れたが、博物館における学習体験については、それを把握するためのモデルをFalk
and Dierking(1996)が提起した。彼らによれば、本来「博物館体験の理解」とは、博物館の展示によって学習されたことは何か、ということのみにとどまらず、@博物館に行って体験した多くの出来事が、総体としてその来館者たちに何をもたらしたのかを知るということ、Aそれらの結果により、博物館が自身の活動を新たなものにしようとする意志をもって実践することの2点を含んでおり、博物館側にとって実践的な提案であると言える。
本研究の主題である、「家族で展示を一緒に見る体験」の理解と整理は、永年にわたり博物館側が捉えようとしてきた「展示意図伝達」の程度を知ることと、来館者相互の「交わりコミュニケーション」に果たす展示の役割を知ることを意味している。Falk and Dierking(1996, 前出)が言うように、博物館での体験は、「いっしょに訪れた人々・あるいは博物館側の人々との社会的関係の深まり」としても記憶され、その深まりの中でこそ博物館体験が意味を持つ。
筆者自身も、学習体験とは、本来、その人にとって、学習された事柄が日常の生活に具体的に役立ち、根を下ろし、何らかの実践や行動に組み込まれていくことによってこそ意味があると考える。つまり、ある博物館体験の、その来館者にとっての日常生活への影響や役割を知ることが重要なのである。しかしながら、人々自身にとっての学習体験がどう日常に役立っているのかは、博物館側からの調査にとどまらず、たとえば広く社会学的な観点からの継続的な調査や、それらに基づく総合的学際的な研究が必須となり、何より、これらの調査に主体的に取り組む博物館利用者自身の存在が鍵となるだろう。
したがって、筆者はこの日常生活への影響まで含めるという彼らの観点が重要であるということは認めるが、本論の範囲としては、来館者が特定の展示を見るという体験について、主として来園者相互の発話内容を中心とした「交わりコミュニケーション」の具体的展開を観察し、あるいは来館者への直接のインタビューによって、博物館側として展示利用における来館者理解を進めることとしたい。あくまで、本研究における「来館者理解」とは、「展示のある博物館」を来館者にとっての学習環境と位置づけ、@具体的なその展示利用の特徴を捉え、あるいは展示に対する意見を得て展示意図の伝わり具合を知ることと、Aそこでの来館者相互の交わりコミュニケーションの実態を知ることにより、当該展示の持つ役割を来館者の視点から正当に評価すること、その2点すなわち、展示の二重性を分析することである。
こうした調査研究の先に、博物館利用者自身が研究主体として自らの学習体験を語るような研究も意義を持つに違いない。
以上のような「来館者の学習体験の理解」を含んだ本格的調査・研究はまだ日本では着手され始めたにすぎないが、子ども自身に焦点を当て、子ども達が家族やいっしょにいる大人達とどのように展示に取り組んだり楽しんでいるのか(あるいはいないのか)を観察するという試みが最近みられるようになった(重盛
2001)。これは、展示の使われ方・博物館の利用のしかたを、利用者である子どもの目線から評価するという試みである。つまり、学びの諸相を拾い上げて展示の役割を考察するということである。
しかし、残念ながら動物園での、幼児や年少の子どもを含む来園者を対象とした「家族での学び」については、体系的な研究として公表されたものは日本にはほとんどない。断片的な観察事象をつなぎあわせて、何らかの示唆を得ることも可能であるが、目的を持った観察でないと、それに対応した結果を期待することは難しい。そこで、筆者はまず、長い歴史を持つ欧米の来館者研究のうち、「家族連れ来館者」に焦点を当てた研究と、動物園の家族連れ来園者を対象とした研究を概観し、そこから本研究の方法への示唆を得ようと考える。
3 欧米の博物館における「家族での学び」研究概観
博物館で家族連れを対象とした研究がみられ始めたのは、「チルドレンズ・ミュージアム」や、「ディスカバリールーム」、「サイエンスセンター」など子ども向けの学校外学習施設がたくさんつくられた70年代後半以降である。たとえばButler
and Sussman (1989)は、「家族連れ」(family groups)が、博物館来園者の多くを占めているにもかかわらず、全米博物館協会の会誌「Museum News」の1950年から1978年の著作タイトルの中に、「家族」という言葉がたったひとつしかないこと、しかし、80年代にはいると、にわかに博物館の学習プログラムに、「Museum−Family」の相互関係がとりあげられるようになったことをあげ、「すなわち80年代以降、展示と来館者、来館者同士の相互関係の重視傾向は、『家族連れにとっての博物館を知ろう』と方向に向かった」と分析した。
実際、子どもを対象とした「チルドレンズ・ミュージアム」が合衆国で増加したのは70年代後半であり、『ミュージアム・ディレクトリー』(
展示学研究所, 1998)によると、80年代では38館、90年代に入ってからも31館と、現在ある施設の3/4が設立されている(筆者による集計)。編者らによると、アメリカでチルドレンズ・ミュージアムが急増した背景には、学校教育の補完や犯罪防止ということもあるが、片親や10代の親の増加など今日的課題の解決に寄与できる施設としての期待がかかっているとされる。この指摘は、「家族」の変貌という現代日本の抱える問題とも共通していると思われる。こうした「子どものための」諸施設や諸機関が、家族関係の新たな創出に本当に寄与していくためにこそ、「家族連れにとっての学習環境の整備」「博物館体験を家族の成員相互の学習の観点から見直す」という研究がなされるべきだと筆者は考える。家族相互でおきていることがらを具体的にとらえるとき、そこでの「学習」の諸相は、おそらく当たり前すぎて当人同士には気づかないような、さまざまな非自覚的な学びも含まれるだろう。それは、教授ー学習課程における学びの概念にとらわれているからに過ぎない。重要なのは、博物館展示を仲立ちとして成立する、親しい家族相互の目的的コミュニケーションすなわち「交わり」の中に、互いの学習を助け、支援するしくみがどのように機能しているかを、まず探索することなのだと考える。
この家族連れの「学習体験」ということに関連し、Leichter and Larsen(1989)は、次のように指摘している。
アメリカにおける来館者研究が、博物館を訪れる家族連れをに焦点を当て たというのは、家族連れをエデュケーターの一員であると位置づけた点に、 その革新的な役割がある。(抄訳:筆者)
つまり、博物館側からの働きかけによる来館者の変化ということだけでなく、実は、家族連れというグループは、その構成メンバーどうしが、博物館という特殊な環境のもとで互いに影響を与えあう関係にあるのだ、という意味である。家族の成員同士が互いに教えあうような相互関係をもち、その関係が生み出されることが重要だとされている。
たしかに、共通のテーマで家族が互いに話し合ったり、展示を見るという共通の体験をするということは、よく見られる光景であり、筆者がこれから確かめようとする「交わり」としてのコミュニケーションの具体的な展開の光景でもある。
しかし、これらの現象を、博物館における「Family learning」と名付けて位置づけ、それらを研究対象とするというのは、来館者研究の新しい段階であり、これは、70年代から顕著になったアメリカの家族形態の多様化の現象と無縁ではないと考えられる。ちょうどこのころは、LaVila-Havelin(1989)が指摘するように、アメリカでは博物館の企画する親子参加のワークショップが盛んになった時期でもある。
アメリカのサイエンスセンターの博物館評価者(エヴァリュエーターと呼ばれる)であり、長く来館者研究に携わっているBorunら(1995)によると、来館者研究のうち、とくに、家族連れを対象としたものには、大きく分けて2つの方法があるとされる。ひとつは、家族連れの博物館滞在の特徴を把握するもので、主として追跡法や定点からの観察による。もうひとつは、博物館という場における家族の成員それぞれにとっての「学習体験」の特徴を知るというものである。後者は、展示を見ながらの発話や指さし行動のサンプリング、あるいは直接のインタビューやテストによって多面的にとらえる手法を採用している。
さらに、博物館における家族の学習体験についての研究レビューをBorunら(1995前出)らが行っており、そこでは、次のような研究分類がなされている。
1)博物館を訪れる家族連れの典型とは何か? という属性に関するもの
2)なぜ家族連れは博物館を訪れるのか? という来館動機に関するもの
3)家族連れはどのように博物館で行動するのか? という過ごし方の特徴に関するも の
4)家族連れは博物館でどのように学ぶのか? という学習のしかたの特徴に関するもの
5)学習効果の測定に関するもの。
そして、研究の関心は、主として「異年齢の集団内、異性間における学習プロセスを理解すること」にあるとした。それらの方法の主なものは、家族連れの館内行動観察やインタビュー、テストなどである。ボーランはしかし、観察によって、家族での学びというものを推測することが可能かどうか、という基本的な問題も提示している。とくに、3)の行動・過ごし方の特性を調べる研究については、そもそも家族連れの来館動機が、互いの交流にあり、展示から直接何かを知ることよりも、互いの情報交換のほうが重要であって、そこに展示からの情報が影響するという傾向があることから、認知的プロセスに、家族連れというグループの成員同士のやりとりが役割をもっていることを調べた研究(たとえばBlud, 1990)を紹介し、観察対象を「やりとり」にしていることを評価している。
これらの研究経過に基づき、結論として、「諸個人の学習課程」ではなく、そのグループ全体としての学習というものを、展示以外からの情報あるいは成員のそれぞれの前知識を含めて知ること、その上で、博物館を訪れたことがどのようにグループ成員に分かたれるのか(sharing)を問題とすべきだと主張している(Borun, et.al., 1995,前出:P.264)。
また、そもそも言語や行動による社会的なやりとりこそ、協力・共同による学習を支える基盤であるとして、ともにコミュニケーションを通じていっしょに学んでいくというこの学習スタイルが学校場面はもちろん、博物館でも確かめられているという主張(Litwak , 1993)もみられる。
家族での学びに関連した調査は、イギリスでも例外ではない。ロンドンのサイエンスセンターでの家族連れへの来館者調査(Stephenson,
1991)によると、親は博物館を「子どもにとって(他の遊園地などの施設に比べて)楽しくてためになる」と答え、楽しく過ごしている子どもの姿に満足するという傾向が確認されている。イギリスの「ユーリイカ!」博物館では「展示室で過ごす時間の81%は、家族や他の来館者とのやりとりにあてられている」ことが確かめられている(
コールトン, 1999:引用はp.37)。
4 幼児を含む「家族での学び」研究概観
幼児がどのように展示を利用しているのか、そこでの一緒にいる大人や年長者との社会的関係はどのような役割を果たしているのか、などについての研究は日本にはまだない。欧米の来館者研究全体を文献から見渡しても、「幼児の行動」に焦点を絞った研究はない。
学習環境としての整備の程度を評価するという目的であれば、おのずと学齢期以降の子どもや青年・大人が対象となってきたし、展示の意図伝達がうまくいっているかどうかという展示評価研究であれば、ターゲットとする来館者からデータを集めることが効率的であるからだと考えられる。
しかしながら、博物館側が家族連れ向けのさまざまな展示や企画をはじめ、子ども博物館や子どものための諸施設が次々と増え、上述の「家族での学び」というとらえ方が始まったことにより、来館者研究の対象として「家族」という単位を意識してとりあげ、異年齢間の情報伝達や学び方を具体的に知る試みが始まると、必然的にそうした調査に「幼児」が含まれることにはなる。
したがって、「幼児を含む家族連れを対象とする」ことには、第一に家族全体に焦点を当てた調査をしていて、家族の成員の各々が博物館をどう利用しているか、具体的展示の利用法はどうか、という調査研究の結果の一部としてそこに幼児が含まれるという場合があり、第二に幼児向けの展示や幼児を対象とした独自のワークショップやプログラムが企画されていたときの、利用調査の場合がある。
幼児は単独で来館することはなく、必ず他の年長者や大人の来館動機があって、彼らに「ついてくる」場合がほとんどといってよい。また、近くの公園や幼稚園や保育園の保育現場と異なり、幼児にとっては博物館は「なじみのない」空間であり、昨日遊んだ記憶がそこによみがえるというようなことはないといってよい。大人に連れてきてもらって、その大人が見守る中で、初めて見る空間に入って過ごすというのが常である。
そのため、幼児を対象とした先行研究が少ない理由のひとつは、年長者を対象とした来館者調査の方法がそのままでは使えないということもあると考えられる。来館動機を直接聞くようなインタビューはむずかしい。滞在時間を測定するにも、それを決定する要因は、いっしょにいる他の家族の都合であることも予想される。初めて見たり触れたりする展示では、「なじみのなさ」の影響がまず表れる可能性もある。楽しんでいるかどうかの判断は、観察者の主観が入り込む可能性がある。そして最も難しいのは、ある行動をしている幼児の、その行動の意味が、日常的に接している大人(親・保育者など)以外にはわかりにくいという点がある。たとえば、その幼児が何か口ずさんでいるときは、「熱中している」ときであったり、足をぶらぶらさせ始めたら、それは「飽きちゃった、もういや」というサインだったりするように、日常的に接している誰かの助けを得てはじめてその行動の意味するところがわかる。
したがって、筆者は「博物館」という、幼児にはなじみのない環境で、幼児を含む家族連れを対象とした研究には、次のような方法が有効だと考える。すなわち、いっしょにいる家族の成員と幼児との社会的関係が展示のどの要素によって生まれたり変化していくのかを客観的に観察すること、さらに、その家族の他の成員が、対象とした幼児のどのような行動や言動に興味を感じ、その理由について報告をしてもらうのである。これら二つの方法を組み合わせることにより、さまざまな物理的環境(展示)を利用して活動し、さまざまな社会関係(家族の成員間のやりとり)のなかでの、幼児のその博物館体験を理解解していくことができると考える。
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