展示観覧体験の理解
動物園来園者相互のコミュニケーション分析を中心に
お茶の水女子大人間文化研究科人間発達科学 (博物館研究)並木美砂子
平成14年2月
動物園は、多くの家族連れにレクリエーションの場として利用されており、来園者層の多くは、幼児や児童とその親の組み合わせである。筆者は、最多の来園者層である「幼児を含む家族連れ」来園者が、動物展示をどのように利用してコミュニケーションをおこなっているかを、展示の方法と関連させて調査した。
筆者は、最近の新しい動物展示方法が類人猿展示において採用されていることから、家族連れにとって、@これら展示意図の伝わり具合と、A動物展示を観覧することがどのような特徴と意味を持ちうるのかの2点を、新しい「上野動物園のゴリラの森」と「多摩動物公園の新チンパンジー村」において調査した。
「上野動物園のゴリラの森」では、ローランドゴリラが本来生息する自然を擬似的に表現した中に動物を展示している。新チンパンジー村は、チンパンジーが本来の行動を発現できるしかけを数多く配置した中に展示するという点、および、解説機能を備えたサインと展示物を備えた展示館が建設された点にその新しさを指摘できる。そのどちらも、来園者に新しい視覚体験を提供することにより、来園者に動物の理解と自然保護を訴えるという目的をもったものである。調査は、それぞれ以前の展示法との相対的比較により行った。以前の展示法とは、「上野動物園のゴリラの森」に対しては千葉市動物公園の「ゴリラ展示」を、「多摩動物公園の」に対しては、同公園の「旧チンパンジー村」をさす。
次のような理論的背景をもとに、これらの比較調査が進められた。すなわち、展示評価evaluation
of exhibits of museumsに、来館者の立場を含めた、最近の「来館者理解(understanding
of museum visitors' experiences)」の理論である。この理論は、展示者側の展示意図の伝わりかたを問題とする「コミュニケーション論(communication
theory)」から、来館者と展示者側の双方による展示を媒介とした意味創出過程(process
of making meanings )を重視する「コミュニケーション論」への変化を含んでいる。
筆者はこれらの傾向をレビューし、展示観覧体験を「来館者相互の交わりプロセス(mutual
relationship process between visitors)」として分析するためのモデルを考案した。これを、「交わりコミュニケーションモデル(
communicaiton model of mutual relationshipl)」とよぶ。
このモデルに基づき、当該展示前での、子どもと親の間の会話を採集し(採集の前にもしくは採集後での了解を得て)、観覧時間の測定や行動を観察し、また、直接インタビューもおこない、新しい展示法の効果の有無を検討した。
具体的には、来園者どうしの会話は、談話研究におけるプロトコル分析法と来館者調査法における発話分析法の2領域の選考研究を参考に、単位commentsに分けられた上で、「事実指摘(動物の行動や形態について見たことを報告する)」「疑問提起(動物や展示物に何らかの疑問を表す)」「印象を語る」「あいづちやうながし(相手に発現に同意したり、違う見方を提示したりする)」というカテゴリーに分類された。そのカテゴリー別の家族ごとの出現頻度を算出して、展示間比較をおこなった。出現頻度による有意差有無の検定は、カイ二乗検定によった。
その結果、第一に、新しい展示法に基づく類人猿展示が、家族連れ来園者にとって必ずしも展示意図が的確に伝達されているとはいえないが、新しい展示法への支持は高かった。第二に、新しい展示法のもとでは、動物の行動に関する発話が有意に多くなった。第三に、子どもの年齢によっては、同情的に動物を見る見方を反映する発話が有意に少なくなった。第四に、チンパンジー新展示で新設された展示館での来園者どうしの社会的交流(social
interaction)の頻度が高まった。
さらに、社会的交流の特徴には、発話する際の言語的表現(linguistic expression)の発達も関わっていることが予想され、その発達を確かめる実験も行った。この実験は、ビデオによる「ゴリラの典型的行動」に対して、4年齢群(幼児・小学生・高校生・大人)およびエキスパート群(動物園での動物飼育体験を持つ群)に見せて、ゴリラの行動の意味やそのときのゴリラの気分をに予想させるものであった。その結果わかったことは以下のとおりである。
@大人と幼児では関心を持つ動物個体に違いがある、
A幼児は小学生に比べ、自分の感情と動物の感情を入りまぜて理解する傾向がある、
B小学生以上では「見られていること」への批判的な見方が生まれる、
C高校生はどの年齢層よりも動物の行動を多面的に解釈できる
D飼育エキスパート群は動物の行動を目的的に語る傾向があり、かつ、見られていることへの抵抗感をどの群より多く持っている
また、どの群も、動物を理解しようとする際に、自分の体験やそのときの気分を引き出そうとする傾向があった。
以上の調査と実験から、動物展示を見ながらの「交わりコミュニケーション」には、どのような展示法を採用しているかのみならず、その家族成員の年齢の違いによる表現のしかたの異なり具合が影響していることが示唆された。また、展示解説に携わることの多いエキスパート群は、行動の目的的解説が、結論をはじめに与えてしまう可能性もあることが示唆され、解説の内容と方法には、その展示における動物行動の意味を多様な来園者とともに考えていける工夫がいっそう必要だと考えられた。
最後に筆者は、来館者理解の方途として、年齢に応じた展示の見方を3点(ながめる、見入る、見えないことを想像する)あげ、それらの見方における能動性発揮のためのしくみが展示解説のなかにも整うべきであることを主張した。
展示者側が意図した「新しい視覚体験」の提供とは、「来園者が能動的な見方」をどう持てるのかに深く関わると考えられる。来園者の自主的・能動的な見方がつくり出されるか、それらはどのように展示者側が把握できるか,を追求するかが今後の課題である。
おそらく、来園者自身が、自らの視覚体験を含む体験を、学びの体験として自主的に語れる条件が整い、そのことによって展示のもつ意味が変化していくこととあいまって、公共空間の一つとしての「博物館」における共同の学びの場が成立していくこととなるだろう。その意味で、主体的利用を支援する仕組みが博物館側に整うことも重要である。
→社会構成主義 意味創出 コミュニケーション論 来館者研究 共同の学び
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来館者調査・来園者調査に用いられた発話カテゴリー例の一覧(談話研究参照)