動物展示法・展示意図の変遷
(思想的背景を含む概略)

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以下は、博士論文の一部です 

 中世から近代、そして現代へ 
   
 中世ヨーロッパ(8世紀後半から12世紀にかけて)では、遠征先からの「獲得物」として動物を持ち帰って飼育し、その近くに宮殿を建てる、あるいは広大な宮殿敷地内に特別の飼育場を用意する、というかたちで「エキゾチック動物(異国産動物)の飼育場」がもたれていた(池上, 2000:p.138-142).地上の楽園のイメージに、こうした異国産動物を含む動物飼育場が大きな役割を果たしたとされる。

 中世末からルネサンス期にかけての代表的な動物飼育場には、奴隷もいっしょに住まわせており、動物と奴隷とは同じ区分に属し、奴隷の食費などの予算も動物と同じ区分であったとされている(池上, 2000 前出:p.146)。多くは、異国産のネコ科動物や猛獣が飼育されていた。猛獣は権力の象徴としては優れた存在であった。そういった動物を手の内に置いておけるというそのことが、人々に「支配者としての力」を示す有効な道具でもあった。  また、ルネッサンス期には、動物を詳しく観ることがとくに画家達に好まれ、画家の中にはダ・ヴィンチのように私設動物園を持つものもいた。また、そのころの典型的な展示方法は、動物たちが一望できる放射状にひろがる飼育場のまんなかに、「見る人」をおくというものである。したがって、「動物を飼育して展示する意図」は、王の権力を見せつけるためのその特権階級の「ひと」が一カ所にいながらすべての動物を見わたせること、となる。

 やがて、近代の幕開けとともに、1828年にロンドン動物学協会が設立したロンドン動物園は、人々への公開という近代動物園第一号としてスタートを切った。このころの自然科学の発展とさまざまな生き物の新種の発見は、人間以外の生き物についての科学的な理解を迫った。動物に対するこの時代の「科学的」とは、つまるところ、人間が動物と類縁関係にあるということの自覚であった。実際、西欧において、人間と他の動物との類縁関係が明らかにされ始めたのは、18世紀おわりごろのである。たとえば、ゲーテが1784年に「上顎の顎間骨が他の動物と同様に人間にも認められるという顎骨の比較研究」を著していることを、エンゲルトハルトとクーン(1998 :p.284-311)が紹介している。著者らによると、それまで学会では、この骨がサルにあって人間にはないと信じられてきており、その発見を示した本論文は学会で発表することを拒否された。この発見は、当時受け入れがたい事実であったのだ。

 しかしその後、比較解剖学・比較生理学の発展と、19世紀初めに著されたダーウィンの「種の起源」、そして直接的には「人類の起源(The descent of Man)」*1は、この類縁関係の存在を信じさせるきっかけとなった。西欧社会では、それまで深く信じられてきた「神」の子としての人間は、他の動物を管理し支配する特権を与えられた存在であったと当然のごとく考えられてきたが、近代科学の発展はそれを疑わせた。「類縁関係」を認めるということは、「支配」の対象であるべき動物と祖先を同じくしていることであり、人々はそれを否応なく認めざるをえなくなった。

 この傾向を動物園の変遷と人々の意識変容に当てはめてみると、次のように言うことができるだろう。すなわち、はじめは、人間とは全く別の世界の創造物である動物たちを、為政者が権力誇示のための手段として利用するための動物園であったけれども、人間と類縁関係にあり自分自身と共通項を持ち合わせているはずの動物たちを、誰もが見ることが許される動物園へと変化してきたと。しかも、人々の人権意識の目覚めが特権階級のコレクションの公開をもたらしたわけだが、こと動物園に関しては、公開された展示物である生きている動物を、「人間はどこからきたのか(起源)」「人間とは何か」という深い問いを含んだ上で、自分自身の類縁関係において「見る」という特殊性がある。人権を意識し、動物が人間に近い存在であるなら、動物も、ひどい扱いをなされてはいけないということになる。この、動物と人間との連続性への目覚めが、その後の動物園および動物展示法の改革の原動力のひとつであったことは十分考えられる*2。

 たとえば、人間との連続性を持っている動物が、檻に「監禁されている」ように見えるのは、許せない気持ちになる。そこで、動物展示法として工夫されたのが、檻という手法を使わずに、空堀や水堀で隔てる手法を用い(深い堀を掘れば動物は堀を超えようとはしない、水堀を巡らせば水をおそれる動物はそれを渡ろうとはしないという、動物行動や動物心理を利用した)、無柵方式で、動物たちを遮蔽物なく見ることができるような展示であった。つまり、自分の身を安全なところにおいた上で、鉄檻や柵を用いずに動物を見ることが可能となったのである。

 1907年にドイツ・ハンブルグ市のハーゲンベック動物園で初めて実現した「パノラマ展示*3」は、この技法によるところが大であった。若生(1995)によると、堀を利用したこのパノラマ展示は、イギリスの風景式庭園の技法を動物園に応用したものである。そしてこの技法は、ハーゲンベック方式としてヨーロッパの動物園に数多く採用されていく。このほか、形態的に類似する動物(たとえば、サイとゾウは厚い皮膚を持つという点で共通する)や、分類学的に同一の仲間(たとえば、ネコ科動物・レイヨウ類などというように)を一つの場所に集めて同じ区画で展示することもヨーロッパでは進められた。前者には分類学的根拠はなく、後者は生息地情報は無視された。

 1930年代以降は、近代主義建築の影響が動物園建築と展示に及んだ。コンクリートと鉄を使った近代建築は耐久性があり、その合理性故に、動物展示や飼育場の建築としてもこのコンセプトに基づく展示が生まれた。その近代建築の中の動物は、しばしば、まるで「近代彫刻の演出者のような存在」となってきたことを、Coe(1996)が紹介している*4。

 合理性・耐久性を重んじ、奇抜な色や形の近代建築様式は、まさに1章で述べた30年代の博物館にみられた、近代建築の様相すなわち建築物それ自体の宣伝性(労働者連帯の建築展)を思い出させる。展示は「建築」であり、動物たちがそこにいることだけが重要だったのである。  ところが20世紀後半になると、地球上の気候帯や植物帯の特徴ごとにそこに生息する動物たち多種をできるだけ忠実に展示する「バイオーム展示」*5あるいは、「バイオパーク展示」*6などの展示法が欧米で採用されていく。これらは、地球上に動物たちがどのように分布し生活しているかを科学的に示す展示法であると同時に、たくさんの植物展示を含んでいた。ヨーロッパや合衆国などの高緯度地域では、植物が育成できる巨大な温室をつくって、そこに小型の哺乳類や鳥を展示する方法もみられた。さらに、生息域や分布別に展示を分け(極地、サバンナ、熱帯雨林など)、地理的区分ごとに動物を展示する方法や、生息地の状況に似た環境を整える方向がでてきた。近代主義の批判すなわちポストモダンの考え方は、動物展示法にもこのように「生きている展示動物」を「生きた環境(植物)と共に見せる」ことに重点を置くという手法にあらわれたと考えられる。そして、世界中に動物園が設立されはじめた20世紀は、それまでの古いタイプの展示法に基づく動物園と、新しい方法とが同時に存在し、同一の動物園でも斬新な展示区画と伝統的な展示法が残るような区画が混在するという現象が続いている*7。

 こうして、動物園における展示法は、ルネッサンス期に一時見られた「それぞれの個体を詳しく見る、観察のためになるべく接近できる」といういわば科学的探求のための方法から、柵や檻を見えなくして、動物のいる風景を全体として味わうような展示(パノラマ展示)へと、人々の自然に対する態度や考え方と相応しながら、その当時の建築技術や風景デザインを表現する技術の発達度合いに応じて変化してきた。そして、実際には動物を囚われの身に置きながら、人々が起こすであろう視覚的錯覚を利用し、なるべく豊かな自然環境のなかに動物たちが暮らしているように見せるという手法が含まれている。何かを「展示する」とは、主として視覚刺激を用いた意図伝達であることを考えると、動物園におけるこれらの展示手法の発展が、ある種の錯覚すなわち、「囚われの身」である生き物たちを「囚われの身には見えない」ように工夫して、観覧者の「一方的に見る行為」の罪悪感を少なくするという意図がそこに含まれていると筆者は捉える。  これらの手法の採用には、Seidensticker and Doherty (1996)が言うように、一方で自然と切り離された都会の人々に自分が何たるかを思い出させる役割を動物園が持っており、その役割を果たそうとした動物園自身の努力と、他方、とくに第二次世界大戦後の「自然保護」という思想の広まりや、そうした活動に対する賛同者や支援者が増加してきたことと密接に関連している*8。つまり、都会の人々が動物園という特殊な施設に求めるものが、自然を収奪しつつ暮らす存在でありながら、それでも自然の一員として何とか折り合いをつけていきたいという、人々の願いと結びついているということなのである。

 総じて言えば、「為政者の権力誇示」という展示意図に始まった動物園は、「動物それ自体を科学の対象として見せる」という目的、そして、現代の「野生動物をその環境の中に置いて考えることのできるような、そして見るからに監禁されているような印象を与えないような、視覚的錯覚を用いて、自然と切り離された人々にもういちど自然の何たるかを思い起こさせる」という展示の意図へと変化をたどった。それが、展示技術の開発や動物と環境の関係についての科学(生態学など)の発展、そして飼育されているその個体への福祉的観点とあいまって、以下に述べるような展示法改革の最近の動きに結びついているのである。




                                              最近の展示改革の方向


1)行動学的展示のアイディア  

 動物園の行動学的展示には、大きく分けて2つの潮流が関連すると筆者は捉える。ひとつは、欧米の実験動物や産業家畜の飼育環境を整えて、なるべく動物の福祉を考慮した動物の扱いや飼育方法、実験方法を考えるべきであるという、「実験動物等の個体福祉」の運動の流れに基づいている。

 この動物個体の福祉への関心は、おおまかにいうと、生体解剖や実験動物の「痛み」廃絶や、家畜動物の扱いにみられる非人道性への摘発を主張した、19世紀後半からの動物愛護の運動にその端を発している(ターナー, 1994: 第6章参照)。ターナーによれば、この運動は、当初は「人間が非人道的であってはならず、とりわけ、医学などに携わる高潔な人々が、動物に対して平気で痛みを起こさせることは、あってはならない。そういうことができるのは野蛮人であるから」という考えからおきた。この「痛み」にたいするおそれが及ぶ範囲は、自分自身の痛みのみならず、他人におきる苦痛にも及び、それを嫌悪するという現代に特有の傾向が、19世紀ヨーロッパにうまれた。

 やがて、一般の人でさえも、多くの動物は、人間が持つ「おそれ」「喜び」「絶望」などに似た感情を持ち合わせていることに気づいてきた。イギリスの動物行動学者ドーキンス(1986)は、以下のように指摘している。

     われわれが他人の楽しみ、苦痛、苦しみ、幸福の経験を理解するこ とができると考えるように、
    同様な方法で、(略)彼らの(動物たちの、 という意味:筆者註)感覚を理解する手がかりがある。
   (略)(動物の苦 しみとは)広範囲にわたる極度に不快な主観的状態のひとつを経験する ことであり、
   (略)それを知るには、自分自身の感覚を動員することも 一つの方法だ。


 動物行動学の発展は、観察可能な行動という事実を手がかりに、鳥類や哺乳類の感情の問題を扱うことを可能にした。ドーキンスは、そこに、動物を見ているその人自身が自分の感覚を動員して彼らの内的状況を探ることを、ひとつの方法として提唱しているのである。どのような心的状況かを思い測る・想像するために自分の感覚を使えるということは、もちろん、人間と他の動物との類縁関係を認めれば当然であろう。

 とくに、哺乳類の中でも類縁関係が明らかな類人猿に対しては、この傾向はより強まる。チンパンジーの研究では第一人者のグドール(1999:p.363-371)も、感情の上でのチンパンジーと人間との類似性連続性を指摘している。
 20世紀は多くの類人猿を使った実験(医学実験:たとえば、ポリオワクチンの開発にはチンパンジーがたくさん使用された)がなされてきたが、類人猿に対する動物福祉の観点からの飼育環境整備は、現在、どんな実験目的であっても必要不可欠とされてきている。国により、飼育環境基準や実験手続きの人道的マニュアル化は異なるが、生体を用いざるを得ない実験動物に際しての倫理的基準は高められている。また、動物の福祉への関心は、家畜の飼育環境に対しても、そして、80年代に入ってからは、次に述べるように、動物園での飼育環境整備の動きにも影響を及ぼした。

 もう一つの潮流は、前者とも関連するが、野生動物本来の行動目録の再現を目的とした、「動物園動物の飼育展示環境のエンリッチメント*9」の運動と実践の流れである。この個体の飼育環境を福祉的観点から考え直していこうという見方が、動物園動物に及ぶ一つの例は、英国の動物福祉大学連合(University Federation of Animal Welfare)(略称はUFAW)の運動に見ることができる。この組織では、動物園動物の飼育環境や展示法がその動物に適しているかどうかという観点から、英国内の各動物園をチェックしたり、改善点を提言したり、あるいは、よりよい動物展示を表彰して励ます活動を続けている。重要なのは、実験動物や家畜・ペットの飼育環境への提言をそのまま動物園に当てはめているのではないということだ。基本的に、「人に見せる」という展示と動物の福祉とは本質的に矛盾をはらんでいるという立場である。それを認めた上で、その展示個体の生活の質のレベルをあげていくための提言と支援を行なっている。1926年にロンドンの動物福祉協会大学(University of London Amimal Welfare Society)によって設立された当連盟は、当初、野生動物の罠猟を廃止するよう呼びかけたり、人道的な動物安楽死の方法について提言をするという活動を行い、1946年には当連盟のイニシアティブで初めてのイギリス自然遺産に関する会議が持たれた。1981年には動物園の展示や飼育法に関する調査をおこない、動物園との関わりを深めていく。今日では、動物園動物の福祉賞(Zoo animal welfare award) を設けて、飼育環境と展示の改善を励ましている。この賞を受賞することは、その動物園の名誉となっている。この流れは、欧米動物園における「動物行動学的展示」すなわち、その動物本来の行動が誘発されるような仕組みを飼育展示環境に整えるという展示手法に応用され、具体的には、「フィーディング(給餌)装置」*10や「遊び道具」*11などを施すことにより、採餌行動や探索行動の誘発がなされるような工夫がされた。

 これらの工夫のはじまりは、Markowits(1982)の「behaviours engineering(行動エンジニアリング)」と当初呼ばれた、食肉類の捕食行動誘発のための装置の工夫*12にもみられた。以後、さまざまな種類の動物園展示動物に対してこれらの工夫が取り組まれていった。この「エンジニアリング」には、人間の側が飼育動物に対して行動発現を管理的に行うという意味に受けとめられやすいため、「行動エンリッチメント」と呼び変えられ、やがて、「飼育展示環境を豊かに整える」という意味で「環境エンリッチメント」とも呼ばれるようになっていった。展示する側の意識が、動物そのものを見せるだけでなく、いかにその動物らしい行動がとれるような飼育環境を整備するかに心を砕くようになったのである。すなわち、「生きた標本」の展示ではなく、「その動物がその動物らしく生活していること」を展示するという意識への変化である。

 また、動物行動を研究する研究者の立場からも、エンリッチメントの試みは歓迎された。野生動物の野外での行動が知られるにつれ、飼育下の野生動物の行動が本来の行動と違うことがますます明かになり、飼育下行動研究の目的のひとつが、野生復帰を果たすためのトレーニングである場合にはとくに、導入が奨められた(たとえばGibbons, Wyres, Waters and Menzel , 1994)*13。

 この意識は類人猿展示に強く影響した。樹上生活者であるはずのチンパンジーやオランウータンが、登ったりブラキエーションする*14もののない環境で展示されていたり、単純な檻で、巣づくりの素材がなかったりで、退屈のあげく、自障行為(毛を抜いてしまう・自分の体を傷つける)などをしてしまうことに対し、隠れ場を用意したり登れる工夫、ベッドのための自然素材、ゆるやかな水の流れなどを展示環境に整えるというものである。中には、太いロープを縦横に張り巡らして、十分な運動ができるようにしたり、高いところから眺めわたらせるようなプラットフォーム、巣を作る高い場所に、大きなかごを設置するなど、行動特性を考えた「飼育環境エンリッチメント」が次々と類人猿展示にみられるようになった*15。

 同時に、展示動物に即して整えられた飼育環境を、その使われている素材や場所の状況を「自然的な(Naturalistic)環境」と呼ぶ場合もある。その場合は、具体的に飼育環境に整えられた装置や道具などの「もの」自体に、人工物をさけるという意味と、全体としての雰囲気が「自然的」な感じを与えるという意味のふたつが含まれる。とくに、後者の「自然な感じ」は、もちろん見る側の人間にとっての印象のことであるが、このことは、次の「ランドスケープイマージョン法」(来園者を景観に浸しこむ展示法)に深く関連する。


2)精巧に作られた、生息地再現展示 (ランドスケープイマージョン)のアイディア

 もうひとつは、ランドスケープイマージョン(Landscape Immersion)展示と呼ばれる、現地の環境を視覚的に擬似した展示の中に、動物を配置するというアイディアに基づく展示法である*16。これは、その土地の典型的な植物層なども正確に模写して、人工物・自然物どちらも用いながら再現するというものである。

 この展示法は主に米国で開発され、より大がかりな「来園者体験型展示」として発展している。従来の、檻やモート(空堀)で隔てられた「向こう側」の動物を見るのではなく、なるべく生息環境を再現し、来館者をその環境が取り囲み、生息地に自ら入り込んだような印象を持たせるというのがその目的である。 これは、その土地の典型的な植物層なども正確に模写して、それまでの「自然的な展示」(Naturalistic Exhibit)で培われた、擬似自然の模写技術(たとえばファイバーグラスや粘土でそのものらしい展示物をつくる)をベースとし、一種の大がかりなジオラマ展示を生きている動物展示に用いたような展示法である。これらは、まさに職人芸の域に達するものも多く、こうした展示デザイナーや職人の腕の見せ所ともなっている*17。このコンセプトに基づく展示改革の提唱者として、米国の動物園展示デザイナーのCoe,J.をあげることができる*18。

 Coeは、来園者研究の論文集に類人猿展示とアフリカ園の子どもたちの受け止め方についての調査結果を寄稿している*19が、そこでの方法は、6〜7歳の子どもたちに、動物園訪問後数ヶ月あるいは約1年後に、印象に残った動物の絵を描いてもらうというものであった。彼は、そこに描かれた動物たちのほとんどが、展示場の環境要素とともに描かれていることに気づいた。たとえば、キリンは、実際には木々のあるところには立っていなかったにもかかわらず、同じ展示内の木々とキリンとを結びつけて一つの絵の中に表現した。また、オランウータンは人工的な鉄棒やタイヤににぶら下がり、こちら(来園者側)を見ている。その哀しげな顔は、コンクリートの人工的な環境がオランウータンとって不幸であるということを感じ取ったからだろうとコーは述べている。コーは、子ども達が動物と展示環境とを結びつけてよく記憶できること、だから、展示が自然な感じ(naturalistic)でしつらえられるべきだと述べている。そして、動物展示デザインに現地の自然環境の再現を取り入れることを提唱するのである。

 しかしながら、イマージョンということばには、見る人々に擬似的な体験をほどこすという意味がある。人々に、「まるで」ほんものの熱帯植物がそこにあるように感じさせ、「まるで」今、スコールが通り過ぎたあとの森の輝きを見ているかのように「錯覚」をおこさせるのである。生態学的な写実主義を動物園展示に持ち込むには、この「錯覚」についての正当な評価を下しておく必要があろう。  というのも、動物園における動物展示の歴史を振り返り、たとえば1907年のハーゲンベックのパノラマ展示の試みを思い起こせばわかるように、見る人々の「視覚上の錯覚」を期待し、それを利用するということは、モートの存在をいかに隠しながら全体として複数種の動物たちの群をそれらしく見せるかという展示法にすでに始まっていたからである。

 筆者は、「柵を見えなくしてまるで動物たちが一緒に暮らしているかのような錯覚を起こさせる」ときの錯覚と、「そこに入り込んだような」気分にさせる錯覚が、そもそも来園者の擬似的体験においてどのような役割の違いを演じるのか、を重視すべきと考える。
 錯覚を用いることの「正当な評価」とは、その本人にとっての役割について深く知ることである。前者はあくまで展示を見る側は文字通り「観覧者」であり、後者は見る側が動物と共にあるような感覚をもつように誘うという点で、展示に参加することを期待している。それゆえ、後者の「錯覚」は、来園者が自分の「見ている」動物の生息環境に身を置けるための視覚的情報を積極的に動員し、その情報を再構成しておきることなのだと考える。その生息環境に生きる動物の身や気分になれるような錯覚とは、眺める「自分」を思わず忘れてしまう、という感覚にまで発展したときに、成功する錯覚なのだと考えられる。

 しかし、眺める自分とその環境にいる動物の身になる自分とを「自覚」できるのは、大人に限られるのではないだろうか。子どもが想像できるのは、豊富な視覚情報(たとえば、背の高い茂みや垂れ下がる蔓、身を隠せるくぼみや岩影、高い木)をてがかりに、動物の身に自分を置いてみることに限られるだろう。そして、子どもにとっては、それらは「錯覚」ではなく、生きている動物が確かにそこにいる現実の世界である。その意味で、野生動物が本来生息する環境を子どもに想像させ理解させることは、この擬似自然の空間で得た情報だけでは不足するだろう。なぜ、そのような環境の諸要素をその動物たちが必要とするのか、についての情報も、あわせて必要になると筆者は考える。

 動物の生息地環境を再現した中に動物を展示するのは、あくまで、ある自然の断面を忠実に再現した「環境」に動物を置き、見る側のいわば「自覚的錯覚」によって、そうした環境下に自らもいるような気分にさせるということが目的なのである。展示を見る人々は、「錯覚」であることは自覚しつつも、動物の生息環境を想像することを期待される。野生の生息環境の想像を視覚的に助けること、それがランドスケープイマージョン法の目標でもあるのだ。



3)実際の展示改革  

 この2つの大きな展示法の考え方(エンリッチメントとイマージョン法)は、それまでのパノラマ展示や地理学的展示、あるいは、温室として整備されたドームや建物の中に動物を飼育展示するという「建物型」展示をそっくり置き換えるということではなく、実際には、新しい展示計画としてその動物園の数年に渡る改築計画の過程で採用されることが多かった。なぜなら、多くの場合、動物園の展示改革には巨額の資金が必要であり、内装に少し手を加える・展示物を取り替えるというような「展示替え」ではすまないからである。

 そして、欧米では、既存の動物園が新しい試みとしてこうした展示コンセプトを採用する際に、専門のデザイナーと建築設計のチームがその都度つくられることとなった。つまり、生息環境を忠実に再現したところに動物を展示するためには、植物や地質の専門家の知恵が必要であり、また、来園者にその環境を感じてもらうという点では、その展示の規模が大がかりであるが故の、来園者の立場の考慮(見やすさ、期待する体験をおこすためのパネルや装置)が必要不可欠であった。

 他方、行動学的展示では、野生下のその動物の生活と行動の特徴をよく知り、彼らがどのように環境要素を生活の中に生かしているのか、ひとつひとつの行動目録を作り上げるとともに、その行動の社会的意味や個体維持上の意味を明らかにしていくような野外調査が必要である。それまでは、きれいに磨き上げたタイルやコンクリートに、餌場を用意し、せいぜい隠れ家と床材や止まり木に気を遣い、来園者の目に映る壁にそれらしく絵を描くこと、有蹄類であれば、屋外の展示場内に水場と餌場を確保する、などが一般的だったのである。もちろん、体をこすりつけるものやマーキングのための丸太、飼育係の工夫による遊び道具が用いられたことも多かったが、その類は飼育個体の退屈さをまぎらわせるという、個別の飼育環境改善というものであった。だが、行動学的展示では、動物福祉的観点にくわえて、野生の行動に同等の行動を再現するという強い目的意識が働いている。何らかの行動がその種本来の行動であるなら、それが来園者に見られる頻度を高め、その行動の意味が見ている人にも理解してもらえるような工夫をすることも、展示の意図として働いたのである。

 もちろん、両展示法の改革路線は、全く無関係に発展したわけではない。しかし、前者はどちらかというと、すぐれたジオラマづくりのようないわば芸術的・職人的な手腕を要求した。一方、後者は、動物の立場をより考慮しての野生下に近い行動再現のため、行動が誘発されやすいデザインを考え出せるような、その動物の生態をよく知った専門家の知恵が必要とされた。さらに、小規模ではあっても、与えられた飼育環境の改善や小道具の発明も、展示の改善として、担当飼育係の技能と知識が必要とされた。  両者の交わるところは、たとえばランドスケープイマージョン展示の中にさまざまな細工を施して、色々な行動が誘発されるように、行動学的展示の要素を取り入れることであったり、あるいは、行動学的展示全体に、生息地の環境をイメージさせる要素を取り入れるなどであった。

 いずれにしても、こうした展示コンセプトの変化は、ひとつには、来園者の立場をより考慮して、動物の生息環境を見せたいということ、もうひとつには、野生下での行動と飼育展示下での行動を結びつけて、その動物本来の能力や特徴を考える機会を動物園が用意すべきであるという考えによるものと考えられる。どちらにしても、コンセプトとしては、野生動物の「本来の姿」をイメージさせるに足る動物展示ということである。 実際、80年代初頭にランドスケープイマージョンのコンセプトを提示した、Coe(1998)は、97年にロサンゼルス動物園のチンパンジー展示を例にあげて次のように述べている。

  チンパンジーの担当者は、動物にとって満足のいく状態を最優先事項にし たいと提案した。(略)観客に、
動物の 活動性を豊かにすることが最重要で あることと、与えられた環境を巧みに操作するチンパンジーたち
の創造性と 器用さとを理解してもらえるようにした。動物園側は、チンパンジーをあた かも彼らの故郷である
東アフリカの野生の群れのように見せたいと願いつ つ、その一方で、自然界にはあり得ないようなエンリッチ
メントの仕掛けを 使う、という柔軟性を示したのである。(略)このように、生息地の雰囲気 を漂わせたディス
プレイの持つ、見る者の感情を動かす力(略)を含めた、 重要な感情に訴える生態学メッセージが、効果的な
エンリッチメントプログ ラムを前進させるために必要とする柔軟性と合体して、印象的で興味をそそ る背景の
中に込められている。


 つまり、イマージョン展示は、いわば展示動物の生活の場に来園者を誘い込む「舞台」としての役割を持つということであり、そこに実際に生活する動物自身の行動学的な要求をまず満たすことによって、来園者の感情に訴え野生動物への理解を迫ることができるという立場が表明されている。舞台としての展示場の構成要素のひとつに、それぞれの動物の行動学的要求を満たすための工夫された装置を配置するということである。

 この立場は重要である。イマージョン展示が文字通り「生息地を忠実に再現して、それを見る人々があたかもその景観・環境のなかに入り込んだような錯覚」であるだけなら、それは錯覚であるが故に「舞台を外側から眺めている自分」を意識せざるを得ない。だから、再現が見事であればあるほど、その技術に驚嘆するにすぎない。「よくできた偽物」である。しかし、そこに実際に生活する動物自身の立場や気持ちを理解し、そのよくできた舞台を現実の生活に利用している動物の存在を注目してもらうためには、動物の環境要求(環境のどのような要素を利用するのかという要求・実際の利用のしかた)を知ることが必要となるだろう。つまり、展示されている動物の要求が、具体的にその展示環境において満たされているという実感こそが、舞台としての「精巧に再現された景観」を見る意味を作り出せるのである。

 以上のような展示法の流れを概観し、筆者は、動物園展示法としての生息地再現は、その展示環境の要素を使った実際の行動の再現と関連づけて、来園者自身が生息地に対する理解を深めることにおいて意味があると考える。それを支えるのがそれぞれの動物種の行動様式の研究に基づく環境エンリッチメントの要素を含んだ行動学的展示なのであると考える。

 こうして、紀元前にさかのぼることができる動物園は、「珍しい動物」を所有しそれを見せることによって、動物たちを人々の支配の道具として使う、という展示意図からはじまり、近代には「動物を科学の対象として見る」ための場として動物展示は機能した。そして、今日の動物園の展示意図は、明らかに、飼育されている「その動物」の福祉を考慮し、なおかつ「野生」のイメージをもたらすような、来園者の「動物の見方」そのものを変えて野生動物というものへの理解を促すという方向に変化している。人間と野生動物の関係を将来に渡って考え、具体的に構築していくという課題意識と責任を、少なくとも動物展示をする側は持っているのである。  今日では、動物園における動物展示とは、野生動物の本来の生息地における保護活動にも関連したものとして位置づけられ始めている(Norton, Huchins, Stevens and Maple, 1995)*1。つまり、サンプルとしての「種」ではなく、野生とつながりをもった「個体」として福祉の観点を展示動物に対して持ち、その立場から展示法を決定されていくべきだというものである。個体の福祉を十分に考えるということは、それが展示法や飼育法に反映されて初めて実現できるとする。

 具体的には、次のように指摘されている。

       展示のデザインは、その動物の寝室と展示場両方を含む施設全体について 考えられるべきで
      ある。種特異性を考慮し、施工主は動物自身であるという 立場で。展示動物自身が持つ行動特性
      が発揮できる飼育環境をもち、多種の 飼育と展示であれば、それぞれの種がストレスなく過ごせる
     工夫が必要であ る(たとえば肉食獣と獲物となる種が近くにいてはならない)。また、すべ ての展示
      デザインは教育的観点からも決定されるべきである。多種飼育を例 にとると、それが多少はそれぞ
     れの種にストレスを与えているにして教 育的観点からそれが必要だとされれば、そちらが優先されて
     もよい(Norton et al., 1995, 前出:p.320)。


 この主張によると、動物園では展示法の選択において人々の教育を優先するというミッションが貫かれているが、そこでいう「教育」とは何だろうか? 
 人々が、人工的環境下であることを知りつつも、動物園で野生動物を見、野生を想像し、自らの立場と責任を少しでも自覚できるとすれば、「教育」は成立しているのだろうか?「教育の成立」とは、上述した展示法の2つの改革の流れとどう関連しているのだろうか?
 この疑問は、来園者が、実際に動物展示というものをどう利用し、野生動物への理解がどのような契機において進むといえるのかを検証していく試みを通じて、解決されていくものに違いない。
                 (以下略)
            


                             *脚註および文献は準備中です

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